愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
驚愕の要求とそれによって偶然という他なく引き起きてしまった昨晩から一転、今日は朝から天候に恵まれた。雲一つない快晴に程よく冷たい秋風が日差しの熱を緩和してくれている。
自分とアイは前々からの予定通り、壱護さんに引き取られるまで暮らしていた施設を訪れていた。施設を離れてからも自分は定期的に訪れていたが、いつからかアイもそれに付いて来ることが増え、ここ数年は忙しいかったが年に一回は必ず施設に顔を出していた。
出迎えたのは自分の名付け親とも呼べる、施設の代表を務めている四條という老婦人。子どもには『ししょう』という苗字から師匠と呼ばせている。自分の名付けをするのは法律的に市長なのだが、コネか弱みか、あるいは別の何かか……とにかく理由は知らないが、この施設に引き取られた名前のない子どもは全員師匠が苗字と名前を決めて市長に送り付けて調書として届けさせているらしい。
ちなみに『名桐悠』という名前は、『悠』は体の弱い男児にあえて女の名前を付けることで災いから退ける厄除けから。『名桐』は赤ん坊だった自分が「なきり、なきり」と喋っていたらしく──身に覚えがないが──それで面白がって『薙切』と付けたが市長の機転で『名桐』と変えたそうな。余計なことを、と師匠から愚痴られたのは覚えている。名前も覚えてない市長、そこだけは感謝してます。
閑話休題。
今日は平日の昼ということもあり、施設に残っているのは職員と教育施設に通っていない・通えない子どもたちだけなので施設に入って囲まれるなんて心配をしなくて済んだ。そのまま師匠の部屋で近状報告を済ませ、アイはこちらを遠巻きに眺めていた子どもたちと遊びに出て行った。
「それで? あなたは何を悩んでいるんですか?」
部屋の外から人の気配がなくなってから、師匠が聞いてきた。
「……顔に出ていたか?」
「いいえ。ですが十年以上共に暮らしていた子どものことぐらいなら、気配でわかります」
「すごいな」
師匠が用意してくれた紅茶で唇を湿らせ言葉を選ぶ。
「この部屋周りの床は誰が来ても気付けるよう、わざと軋むよう設計してあります。だから遠慮はいりませんよ悠」
「だから昔からここだけ軋むのか……じゃあ」
師匠を信用して、自分は昨晩のことを話した。
アイが愛を望んでいる理由。
愛を知り愛が欲しい、愛してあげたいから子どもを望んだこと。
その言葉を聞いて自分が少しだけ気分が悪くなってすぐに応えられなかったこと。
アイの望みを先延ばしにしていること。
流石に前世のことは話す気はないので少しだけ嘘をついたが、概ね事実だけを伝えた。
普段、ほとんどのことに動じず平静な顔で対応している師匠も、自分の話を聞き終えた後には渋い顔を浮かべている。
「――話は以上だ。参考にするわけじゃないが師匠の意見を聞きたい」
「普段相談事をしない子どもの相談はいつも頭を悩ませる……それ以前に当時から職員はおろか私までも欺かれていたとは、どこかで子どもだと甘く見てしまっていたのかもしれませんね」
「先に言っておくが……」
「わかっています。あの子が悪意を以て嘘をついているのではない、ということぐらいは。悠だってそうだったんですから」
「アイや自分は例外だ。今いる子どもたちが同じだと思わないでくれ」
わかってます、と紅茶に口を付ける。
「私の意見よりも、まずあなたです。悠はどうしたいのです」
「……自分はアイの願いは叶えたいと思っている」
「……」
「だけど、子どもが出来たとして愛を得られるかといえば、そうは思っていない」
だってそうだろう? よく子どもは愛の結晶なんて例えられるが、じゃあなんでこの施設から親なしの子どもがいなくならないんだ。五十歩譲って両親が事故で亡くなったり、病気などで共に生活できなくなったと判断され施設に預けられるならわかる。だが、自分は理由はどうあれ捨てられ、アイは虐待の末に置いて行かれた。そんな理由なんか百歩どころか万歩譲っても認められない。
「それに怖いんだ。仮に子どもが運よく出来たとして、良い親になってあげられるか。自分もアイも親なんて知らない。自分たちが、子どもたちに同じ過ちを犯さないか……怖いんだ」
子どもは親を見て育つ。虐待を受けて育った子どもが成長し自分が親になった時、同じことを生まれた子どもにする可能性がある、なんてネットに載っていた。
もちろん、ネットの情報を鵜吞みにするつもりもないし、アイもそんなことするはずがない。自分も子どもに対して虐待をしたという記憶は思い出した記憶の中には一つも存在していない。
だけど、それでも不安は拭えない。
「それで結局のところ結論は?」
「……悩んでいる」
「呆れた」
肩をすくめ首を振って呟く師匠に自分は思わず睨みかけた。
「本当に変なところから悩んでいるんですね」
「変なところって……普通は違うのか?」
「普通……とは違うでしょうが、アイドルになったあの子の場合、まず考えるところは職業的なところだと思いますが?」
「それは……多分、大丈夫なはず」
確かにアイドルに子持ちはマズいだろう。しかし、そこは一応考えている。
後はニノに手伝ってもらう。今日までのニノの言動を改めて振り返ってみれば、アイに協力していたのは間違いない。それもアイがニノを無理矢理巻き込んだのではなくニノ本人の意思で。だったら最後まで付き合ってもらう。
「あとは年齢ですね。若いうちの出産は危険が伴います」
「そこも……大丈夫。さっきより保証できる」
肉体面だけならグルメ食材でなんとかなるはずだ。
「その自信がどこからくるかは知りませんが……それなら余計に意見なんて必要ありませんね」
「なんでだ?」
「それぐらい自分で考えなさい。はぁ……まあ、嫌なことなら即座に拒絶するあなたが否定しないということはそういうことなんでしょう」
「……」
「迷うフリをするぐらいなら、閨に誘う文句でも考えなさい」
★★☆☆
一方的に話し合いを終わらせる師匠。追い出される形で施設を後にする自分とアイ。しかも帰り際に、
「子どもができるまで敷居をまたぐことは許さないので」
アイや職員に聞こえないよう追い打ちをかける始末。施設に戻ってここまで疲れたのは初めてだった。
バスで街に繰り出し、昼食をアイの要望でマ〇クで済ませる。体に悪いがジャンクフードって奴はときたまどうしようもなく食べたくなるものだ。自分だってグルメ食材で作られたものではなく、この世界のジャンクフードは割りかし好きだし。
二人で五千円ぐらいの量を食べ、その足で、ある店に向かい前々から予約した品物を購入しながら施設で言われた言葉を振り返る。
まあ振り返るまでもなく気付いていたことだ。
自分は今世では嫌なことは出来る限り拒絶するようにしている。だからアイが望んだ子づくりを聞いた時、自分は消極的ではあるが反対はしなかったのが自分の本心なのだろう。消極的なのは倫理観がどうより、思い出してしまった前世の記憶から生まれてしまった迷いだけ。たぶん、あの時記憶を思い出さなければ、昨日の内にヤッていたかもしれない。
だって、
ああ、でも駄目だ。不安要素を考えると、後からあとから出てきてしまう。
「……ハルカ?」
無言だった自分にアイが変装用に被った帽子の奥から覗き込んでくる。
「やっぱり……昨日のお願いは迷惑だったかな」
「いいや。いや……実際、どうなんだろうな」
もしかしたら、言葉では、思考では、アイを受け入れていても、これまでの環境下による無意識なもので拒否反応が出ているのかもしれない。
それでも、
「でも、少なくても自分は君が大切だと思ってるのは嘘でも間違いでもない」
「ハルカ……」
「じゃなかったら、こんな贈り物をするわけないし」
先ほど買った包装された包みをアイに手渡す。
「これって、さっき買ってた」
「本当は部屋に戻ってから渡すつもりだったけど、君の不安を拭えるのなら今渡すよ。誕生日おめでとうアイ」
「……開けていい?」
「今は見るだけ、な」
アイの言葉に頷いて、道の端に寄り腰掛けられる場所にアイを座らせる。ラッピングを剥がしてフタを開けるアイの目に入ったのは一対のピアス。片方にはスタールビー。もう片方にはアクアマリンの宝石が装飾として付けられている。
流石にピアス穴は開けられないしアイドルである以上動いて外れないか心配なので、穴を開けなくても付けられるノンホールタイプを選び、激しく動いても外れないよう留め具にバネを特注で追加してもらった。
「宝石の石言葉ってたくさんあってな、君に合いそうな物を一つに選べず、結果的に二種類石が使えるピアスになってしまった」
ルビーは愛の象徴とも呼ぶ色であるため、愛情を意味する石言葉を多く付けられている。普通のではなくスタールビーにした理由は、初めて目にした時、光の反射が宝石の中に星の輝きを生み出しているように見えて、それがアイの瞳を連想したから。
どうか、君が愛し愛されるようになってほしいと願いながら。
アクアマリンは愛に関連した石言葉は少ないが、幸福という石言葉があり、店員にも幸せな家庭を願う人や円滑な人間関係を望む人にとてもおすすめ、と紹介された。斎藤夫婦やB小町メンバーとの関係は良好だが、過去の記憶からそんな幸せを失うことを恐れているだろうアイのために、もう片方の宝石はこれを選んだ。
どうか、君の
「……ねぇ」
手の中のケースに収まったピアスをそっと撫でながらアイは呟く。
「私……えっと、あれ……どうしよう。言葉が、見つかんない……ああ、ダメ……言葉が、浮かんでは消えて……上手く、話せないよ……」
「大丈夫。時間はあるんだ、深呼吸してゆっくりと……」
そこまで言って、自分は言葉を止めた。止めざるを得なかった。
舌打ちは内心だけに留めた。言うべき言葉を呑み込んで口を開く。
「アイ。ケースをしまって、すぐに動けるように」
「え……?」
「招かれざる客だ。それも……すまない、狙いは自分のようだ」
自分もアイも嘘や仕事の時はともかく、本来のパーソナルスペースは広い。特に自分の場合、限界突破している身体能力のおかげで敵意や視線、気配には気付きやすくなっている。危険かどうかも直観である程度察知できるが、今回はそこまで警鐘は鳴っていない。
アイを背中に隠すように振り向くと、正面から黒服にサングラスを掛けた、いかにもな男女がこちらに向かって歩いてきていた。いや、よくよく周囲を観察すれば、黒服と同じ雰囲気を纏っている私服姿の奴らからも視線のような気配を感じる。いつの間にか自分とアイは抜け出せるとはいえ囲まれていた。
今度こそ舌打ちを打つ。囲まれていることに気付かなかった自分の失態だ。自分の悩みばかりでアイの安全を少しでも疎かにしてしまった。
「失礼。名桐悠……で間違いないか?」
とうとう声を掛けられたか、という気持ちと今更声を掛けてんじゃねぇよ、という気持ちがごちゃ混ぜになりながら揺れる感情を抑える。
なんだよ。どうして昨日から絶妙なタイミングで邪魔が入る。
ああ──面倒だ。