愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「貴様、何を言っている。それは──」
目の前の部下の言葉に花邑は意表を突かれる。
今日のために招集したメンバー全員に情報は共有させてある。それは当然、名桐悠だけでなく関わりのある主要な人物全員のものをだ。特にB小町アイ、本名斎藤アイ、通称名星野アイの情報は綿密に調べ上げ、その上で対応は慎重にするよう、護衛役の彼女には確かに伝えたはず。
にも関わらず帰宅した、と。それも数年前に娘を遺棄した母親だとわかっていながら。
「まさか貴様……ッ!」
不意に嫌な予想が頭を過る。護衛として選んだのは身内のコネで所属した自分の地位を鼻にかけていた女性だった。エリート気質でやや傲慢のきらいがあり隊の中で叩き上げの人間と何度か衝突することもあった。しかし時間を掛けて育てあげ、最近はだいぶ落ち着いてきて評価もされ始めたからこそ護衛として抜擢されたのだ。
なのに、
「ほしっ……護衛対象の情報は伝達したはずだ」
「読みました」
「ならば貴様が引き渡した相手がどんな相手だったかも書いてあっただろう……!」
「え? ……別に、血の繋がった母親ですよね。なら問題ないかと」
「貴様ァ……」
何故戻ってきた。こういう時どう行動するかも教育したはずだ。護衛対象を連れていかれないようにする。それができなかったとしても尾行なりしながら、こちらに連絡を寄越せばよかった。
あっけらかんと報告する部下に、花邑は感情のままそう声を荒げようとした。
それよりも早く、
「なぁ……おい」
彼女の肩に、悠が手を置いた。その顔は俯いていて表情がわからない。しかし、花邑は甚だしい寒気に体が震えそうになる。
「な……アンタ、何を勝手に私に──」
「もう一度、今度は自分にしっかり聞こえるよう話してくれないか? 誰が……誰と帰宅したって?」
「い、痛い! 離しなさい!」
「アイを、誰が連れて帰ったって?」
「は、悠君! おちつ──」
「離しなさいよ! は、母親よ母親! 何も問題ないでしょう!?」
「黙れ! 星野あゆみは親権を喪失して──」
「────そうか」
バキャリ
落ち着いた、酷く落ち着いた声と共に何かを砕いた音が聞こえた。え、と呟いた部下は次の瞬間、肩から生じた激痛に叫び声を上げる。そんな絶叫など聞こえないとばかりに、悠は
悠の顔を見た花邑は思わず一歩引いてしまった。その顔は、その表情は、
(未那様……)
まさに無と言うに相応しいものであり、それはあの時の最初で最後の食戟に敗れた時の未那に瓜二つだった。唯一違う点を挙げるなら、瞳は闇夜のように塗り潰され、奥に隠された何かが薄っすらと浮かびかけていることだろうか。
悠の視線が一瞬逸れたかと思うと、パーカーのフードを深く被り顔を隠す。先程の叫び声で周囲から目が向けられているのを遅まきながら気付く。
「なぁ花邑」
「な……なにか」
怒鳴られているわけでもない。だけど悠から発せられる重圧に必死で耐える。後ろではアスファルトにへたり込む部下たちの姿が見えなくとも感じられた。
花邑は知る由もないし悠もアイのことで気付いていなかったが、悠は黒服に向けて食圧――原作では食材を力や威圧等、力で制圧する技術を無意識の内に発していたのだ。
「アンタ言ってたよな? アイの護衛だと。それはつまり、あいつのことを調べた上でそう指示を出したんよな」
「そ、そうだ。君の、人間関係は粗方調べた」
「だったらアイの経歴も知ってるはずだよな? 事務所は隠していないし」
頷く。
確かにB小町アイのプロフィールを苺プロダクションは隠しておらず、ファンの間でアイが施設育ちなのは周知の事実だ。流石にアイと母親の関係は書いていなかったが調べればすぐにわかった。わかっていたのだ。
「だったら……アイにとって母親がどういった相手かどうかぐらいわかっていたはずだろう? なのにテメェの部下はあっさり連れて行かせた」
「っ……」
「そこんとこどうなんだ、なぁ? 黙ってないで答えろよッ、なぁッ!?」
食圧が更に増し、体のあちこちから悲鳴が響く。
「ぐっ、言い訳にしか聞こえないが……、私は不足なく情報を共有した。だからっ、君との対話中は彼女に護衛を付けるよう判断したし……今のような状況下での対処法も、教育した……!」
「その結果がこれか!? なんにも護衛できてねぇだろうがッ!」
「そうだ……私の怠慢だ。本当に申し訳、ない……!」
重圧の中、花邑は軋む体で姿勢を正し、折れてしまいそうになりながらも深々と上体ごと頭を下げる。
永遠にも感じられる時間の中、息を吐く音と共に食圧が消え今まで耐えてきた花邑も遂に膝をついた。ドッと噴き出る汗を拭うこともせず何度も息を吐く花邑の前に片膝をついた悠は、
「飲め」
どこからともなく水の入ったペットボトルを差し出す。何も答えられないまま花邑はそれを受け取り呷り、
(な、なんだこの水は……ただの水のはずなのにまるで空気のように体に染み渡っていく! それにこの喉越し! これまで飲んだどんな飲み物より爽快だ!!)
その美味しさに思わず、今の状況も我も忘れてペットボトル一本を飲み干してしまう。
「ぷはぁっ!」
「落ち着いたな」
「……はっ! す、すまない。あまりの美味さに……」
「そんなのはどうでもいい。ケータイをよこせ」
「な、なにを……どこへ連絡するつもりだ」
「いいから寄越せ」
そう言うと花邑の胸元へ手を突っ込みケータイを奪う。手慣れた手つきで操作し、自分のケータイも取り出し何かを入力し終わると花邑のケータイを放り捨てる。
「落ち着いたらこちらから電話する。それまで関わってこようとするな」
「は……いや、しかし」
「 い い な ? 」
「ぐっ……わ、わかった」
返事を聞くや、悠は駆け出す。その姿は人だかりがあるにも関わらず、すぐに消えてどこへ走ったか分からない。
後に残ったのは何もできなかった己と肩を砕かれた痛みと重圧で気絶した護衛を任せていた部下。それぞれ立ち上がりかけている部下たちとそれらに近寄って支えている私服の部下たち。そして遠巻きにこちらに視線を送ったりこそこそと会話をしている一般人だけ。
何も達成することができなかった花邑は、
「……未那様。あなたのご子息は……恐ろしいぐらいに成長されました」
地べたに座り込みながらハハ、と乾いた笑いと場違いな呟きをこぼすしかできなかった。
★★★☆
走る。走る。走る!
「わっ!?」
「きゃっ!」
「な、なんだ!? 風!?」
人混みを身体能力を活かして針の穴を通すように駆け抜けていく。その間、アイがいないか全ての人間の顔を確認していくのを忘れない。
アイ……アイ! どこだ、どこに行った!?
叫びたくなるのを必死に堪え、一心不乱にアイを探す。黒服の女が戻ってきて、話を終えるまで時間を掛けたつもりはない。身体能力に物言わせて探せばすぐ見つかると思っていた、そんな少し前の自分をぶん殴りたい。こんなことならもう少し奴と
それに昼間に比べ人が増えてきて判別が難しくなってきた。
「どうする。どうする……っ」
普通であればそこらへんを歩いている人間に写真を見せて聞けばいい。だが、アイはアイドルであって普通じゃない。自分みたいな男が必死の形相で探していれば、質問された相手は自分とアイの関係を深読みしてくるはず。そうなればネット社会に広がり、炎上まっしぐらだ。
壱護さんやミヤコさん、ミネたちB小町に協力してもらうのも無理だ。今日は全員仕事が入っており、しかも現場先からここまで車でも片道一時間以上掛かるほど離れている。直観が嫌な方へ働いている以上、間に合わない可能性が高い。
警察は選択肢の中でもっともありえない。後出しでしか動けない上に事件性がなければ関わろうともしない。ましてやアイを連れ去ったのは親権を放棄したとはいえ実の母親だ。余計に拗れて母親の元に、なんてふざけた対応だって十二分にあり得る。
考えろ考えろ考えろっ!
闇雲に走り回っても見つかるかわからない。一度足を止め、路地裏に入る。荒い息を吐きながら自分に何ができるか考える。
ケータイは電源を切られていた。仕事用のケータイは持ってきていない。
発信機なんて物を付けるのは漫画の中だけだ。
『トリコ』世界のアイテム……人を見つけるアイテムなんてあったか。
グルメ食材……恵方巻、は無理だ。作る余裕もないしあれは食材じゃなく料理人の能力だ。
「……料理人の、能力……能力?」
待てよ、と自分で考えた言葉を繰り返す。
自分が転生する際に特典として与えられた能力はなんだ?
一つ、『トリコ』世界の物品を生み出せる能力。
一つ、『トリコ』世界基準の身体能力への成長と料理人としての才能。
「身体能力……料理人としての才能と同じ、
瞬間、自分は路地裏の奥に向かって助走のために駆け出す。数歩目に踏み出した足で地面を強く踏み込み、
「っらぁっ!」
跳び上がる。
「──……ハハ、マジか。ここまで跳べるのか」
確か走り高跳びの世界記録は2mか3mだったか。それをたった今、自分が軽々と超えた。
記録は、六階建てのビルの屋上に降り立つぐらい。何mかは知らない。だが、ここまで身体能力の恩恵をハッキリと実感できたのは調理技術の習熟速度以来だ。
「これなら……もしかすれば」
一つだけ方法を思いついた。可能かどうかなんてわからないが、他に方法が思いつかない。迷ってる暇はなかった。
ビルからビルへ跳び移り、街で一番高いビル……は、流石に諦めてそれでも高めのビルに着地する。
「20合おむすび……メロウコーラ……ゲラルドのケバブ……ホネナシサンマの塩焼き」
頭に浮かんだ食材・料理を片っ端から生み出し、それを口に運ぶ。食材には申し訳ないが、味なんて気にしていられない。
一心不乱に食べ、直観が十分だと判断したのを感じて食事をやめる。多分、一度に大量のグルメ食材を食べたのも初めてだ。
「……スゥー……フゥー……」
何度も深呼吸を繰り返す。
直観を頼りに最後に深く吸い込み、
「あああぁあああ■■■■ぁ■■■■■■■■■ッッッ!!!!」
出せる声量限界、それを越えて絶叫する。それと同時に自分の絶叫が反響するのを絶対に聞き逃さないよう精神を発生と耳に集中させる。
ギチリ、と脳が嫌な音を立てた気がした。
同時に脳内で反響が明確なイメージとなって周囲を、街を、そこを行き交う人々を形作られていく。
以前からよく『トリコ』世界基準と言っているが、では基準とは何かと考えたことがある。
一般人なのか、一流の美食屋もしくは料理人なのか。それともほんの一握りの主要人物を含めた超一流の化け物なのか。
自分はこの基準を、『トリコ』世界全ての人間が基準だと思っている。
加減をすれば一般人クラス。全力を出せば超一流の化け物クラス。
実際、以前に
だからこそ、
「■■■■ぁ■■■■ぁあ■■■■ぁ■ッッッ!!!!」
今、喉を潰しながら絶叫し、反響に耳を澄ましているのはその化け物クラスの主要人物の技。
──エコーロケーション・反響マップ──
蝙蝠やクジラは超音波を出すことでその反響でどこに何があるか、物体の距離や方向、大きさなどを把握することができる。
それを直観に任せて無理矢理実践したのだ。
かなり集中力はいるが、長時間でなければそれほど苦労するでもないらしい描写だったが、
「■■■■■■■■■■■■ァ■ッ!!」
痛い。痛い痛い痛いッ!
絶叫で喉が痛い。街だけでなく何百何千といる人の反響の情報で頭が割れそうだ。
やはり漫画の技なんて出来るようになったからといってやるもんじゃない。今すぐにやめたい。
「■■、■■■■■■■ッ■■■■──」
でもやめない。やめられない。やめることなんてできない。
マップの範囲をビル周辺から街へ更に広げ、それでも見つからず、なら一気に県内全域へ──
「────、── ──────ぁ」
広げる前に……いた。繁華街から離れ閑散とした場所に立つボロいアパート。
アイの姿を間違えるわけがない。知らない女に背負われているが、知らないアパートに入っていったが、間違いなくアイだ。
場所もわかった。距離はあるが問題ない。
エコーロケーションを解除して向かおうと駆け出し、
「――ッ゛、~~ぅごぇッ!」
散々痛め続けていた喉が遂に臨界点を越えて、喉元をせり上がってきた何かを堪えきれずに足元に吐き出した。ビシャッと吐き捨てられたのは真っ赤を通り越してどす黒く変色した血だ。てっきりさっき食べた物を戻すと思ったがもう消化が済んだらしい。咳き込むたびにビルの屋上を血で染めていく。
「ゴボッ、ゲボッ……ッ、ぅおげっ、ぐ、ぞ……ぐ、ぅぐ……あ゛、だま゛も゛、が……よ゛!」
喋るだけ激痛が走る喉とギチギチ頭を締め付けるような痛みに、立っていられず血溜まりに膝をついてしまう。それどころか鼻や耳からドロッとした物が垂れる気がして、触れればどちらからも血が垂れていた。
「~~ッ、が、ぐ、エ゛……エ゛ア゛、ア゛ク゛ア゛」
頭上にエアアクアを生み出し、自分に向かって滝のように自分に降り注ぐ。血や汗を洗い流し、降り注ぐ流水から直接口に入れ、激痛が喉から訴えられても無理矢理飲み干しグルメ細胞による回復を促す。
痛みが緩和し、ある程度まで回復したと感じ、生み出していたエアアクアを全て消して立ち上がる。
「……無事で、いてくれ」
掠れた声で震える足に力を入れ、自分はビルから跳び下りた。後に残ったのはエアアクアで洗い流されなかった自分の血痕のみ。