愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
屋根を伝い、公共交通機関よりも早く事務所の屋上に到達する。他の家屋と違い、事務所の屋上は解放されているので降りる時に見られても問題はない。
アイを下ろして事務所へ向かう。
「あれ、名桐君。もう来てたのかい?」
階段を降りると、ちょうど事務所のあるフロアの出入り口で男性スタッフの一人と鉢合わせする。
その際、後ろを付いていたアイがピクッと反応して、ほんのわずかだが自分の後ろに隠れるようズレた、気がした。
「……ええ。おはようございます野呂さん」
「はい、おはようございます。……おや、アイちゃんも一緒だったんだ」
「うん。おはよう茂呂さん」
「あはは、アイちゃんは相変わらずだね。野呂だよ」
いつもと変わらないアイの挨拶に、スタッフは笑いながら訂正する。
アイが名前を間違わない相手は自分とB小町以外ほぼいない。普通は何度も間違えられたら不快に思うかもしれないが、アイの場合そういうキャラでやっていると思われている。特に壱護さんやミヤコさんも間違わられているのでスタッフも特に何も言わず笑って受け入れてくれている。
休憩に行く途中だったみたいで、壱護さんたちが応接室で待っていると教えてくれると、入れ替わりで屋上へ登っていった。
特に言葉を交わすことなく別室に辿り着いた。
ノックをしようとすると、
「あ、ちょうどよかった」
別の男性スタッフから声を掛けられた。腕には段ボール箱を抱えている。
「アイさん、ファンレターが届いてますよ。どうぞ」
「わぁ、たくさん。ありがとうございまー……」
段ボールから抜き取ったファンレターを差し出す。
アイも受け取ろうと手を伸ばして受け取る。その時、
「っ……」
わずかにアイの指先とスタッフの手が触れた。瞬間、アイがまるで火傷したかのように手を引っ込めた。
バサバサッとファンレターが床に落下し散らばる。
スタッフは驚いているが、手を引っ込めたアイもあれ? と自分の手と落ちたファンレターに視線を行き来させていた。
さっきの反応と今の反射的な行動に、自分はまさかと嫌な予想を浮かべるが、
「大丈夫か? 静電気でも溜まっていたかな」
ひとまずこの場を乗り切るために、床に散らばったファンレターを拾い集める。
「これで全部と。長谷川さんも大丈夫でしたか?」
「え? あ、ああ。俺はバチッとこなかったから大丈夫。ごめんねアイさん」
「え、あ、うん。こっちこそファンレター落としちゃってごめんなさい!」
「長谷川さん。その段ボールの中は全部B小町四人宛てですか? そうなら、これから会議なので自分が預かります」
「あ、そう? じゃあお願いしますね」
段ボールを自分に渡すと、スタッフは事務所に戻っていく。ちょっと首を傾げていたが誤魔化せただろう。
アイは不思議そうに手を見つめているが、たぶん、そういうことなんだろう。
壱護さんたちに話すことが増えたな、と思いながらドアをノックするのだった。
★☆☆☆
応接室で待っていた壱護さんたちに挨拶して段ボール箱を置き、壱護さんの対面にアイと並んでソファに座る。ちなみに壱護さんとミヤコさんが並びで座り、ミネたちB小町三人は少し離れた所で、予備で置いてある一人用のソファにそれぞれ座っていた。
「それで? 大事な話ってなんだ?」
アイの頬に貼られた冷却シートを気にしつつ、嫌な予感をひしひしと感じながらも毅然した態度で自分とアイに向き合う壱護さんに、自分とアイも背筋を伸ばして視線を合わせる。
「先に結果だけ話せば……昨夜、アイとセックスをした」
「……は?」
「避妊対策もせず、アイも危険日で……孕む前提で性行為をした」
目を逸らすことなく、一字一句ハッキリと壱護さんに伝える。
昨日の内から壱護さんとミヤコさん、ミネたちにはちゃんと全部伝えるとアイと話し合って決めていた。ニノは共犯なので知っているが、最低でもこの部屋にいる人には伝えるべきだと思ったから。
ミヤコさんは絶句し、ミネとナベは驚きからか理解できていない。ニノだけは扇子で口元を隠し表情を変えていない。
壱護さんは最初呆けた顔をしていたが、段々と内容が頭に入ってくると、怒りや困惑が入り混じった表情を浮かべた。
ゆっくりとした動きで身を乗り出し、自分の胸倉を掴む。
「悠……それがどういう意味を持ってるか、わかって言ってるんだろうな?」
「ああ」
「何もわかっちゃいねぇ! って、ただのガキ相手なら返しただろうが……お前はそういうことを考えられる奴だ。なのに……なのに、どうしてだ」
「……」
「すぅ、はぁ……吐け。最初からそこに至るまで全部だ」
怒鳴り散らしたかっただろう。殴り飛ばしたかったかもしれない。そうされて当然だと思っていた。
けれど壱護さんは、ギリィと奥歯を噛み締め、肩を震わせても、胸倉を掴むだけで収めた。掴んでいた手を離し、目元を抑えて、ソファに深く腰掛け直す。
自分は静かに昨日、いや実質的には一昨日から始まった一連の出来事を話し始めた。
前々から希望されていた欲しいものが子ども、子づくりだったこと。
一日だけ考える時間を貰い、翌日に予定通り施設に行ったこと。
その帰りで薙切家の部下に接触されたこと。
自分を捨てた母親が薙切家の人間で、祖父があの食の魔王だということ。
話し合いの最中、アイの母親がアイを誘拐同然で連れて消えたこと。
アイが、母親の男に殴られたり犯されそうになったこと。
どうにかアイを見つけ、男を潰し、母親は放置して連れ戻したこと。
アイと互いの想いを話し合い、最終的に条件付きで性行為を行ったこと。
その全てを全員に話した。
話し終わる頃には全員、それぞれ表情を変えていた。
「……情報が多すぎて処理が追いつかん」
真剣な表情で壱護さんは溜息を吐く。
「順に聞いてくぞ。施設に行くまではいい。お前が薙切の血を引いているのは間違いないんだな」
「捨てられた時からわかってたし、薙切の方でも確証を持って断言していた」
「……だから初めて会った時、曖昧なことを言っていたんだな。なんだって俺がスカウトしたアイドルの半分はやべぇ家柄に関係あるんだよ……」
「自分を付属品にしてアイを数えないでくれ。いや、元々付属品か」
「自虐ネタはやめて? ほら、俺が睨まれるんだから」
そういえば初めて会った時に誤魔化したことがあった。その時はこんな形でバレるとは思ってもみなかった。あちらから接触してこなければ関わるつもりはなかったし。
横で首を傾げているミネとナベに、ニノが説明している。
「……半分? ハルカ以外にもいるの?」
「……やべ」
「その件については話し合いが終わってからな。──構わないな? ニノ」
壱護さんの失言に気付き、目聡く反応するアイに、後回しにして話の路線を元に戻す。
その際にニノに尋ねておいたが、
「ええ、お好きなように」
そう何でもないように返した。隣から向けられる視線と合わないよう目を逸らしながら。
「じゃあ次だ。思い出したくもないだろうが……本当なのか? アイ」
「……うん。お母さんに連れてかれた部屋で、男の人に殴られたり、蹴られたり、その……服を破られて、その姿を写真で撮られてから犯されそうになった」
ギリィと今度は壱護さんの握り締めた手から嫌な音が聞こえる。
「悠。そのクソ野郎はどうした」
「警察には連絡はしなかった。代わりに徹底的に恐怖を植え付けておいたし、自分たちに繋がるような物はカメラ含めて全て回収した」
「バックアップの懸念は」
「カメラには何も繋げていなかったし、パソコンも持っていなかったからほぼゼロに近い。それと星野あゆみも、自分とアイが立ち去る瞬間に様子を見た限り、おそらく今後問題にはならないと思う」
「警察に連絡しなかったのは正しい。だが、今後問題にならない根拠は?」
「直観」
「……信じていいんだな?」
「ああ」
あのクソに放った最後の十連釘ノッキングは肉体を脆弱になるよう抑え込むために打ち込んだ一撃だ。ちょっとやそっとじゃ解けないよう十連で打ったので、報復も不可能なはずだ。
また以前は自分の直観に懐疑的だったものの、最近は信用の一つになっているようで、壱護さんはならいい、と言って、アイに視線を移す。
「……アイ、頬は大丈夫か?」
「触ると痛いけど、今は大丈夫だよ。お腹にも貼ってるけど、動くのにししょーもないよ」
ちらりと服を捲って腹部を見せる。
流石にすぐに服を捲らない、と戻させたが。
アイのいつも通りの言葉に、心配そうに見つめていた壱護さんもそこで深く息を吐いた。
「そうか。……そうか。よかった……無事で、本当によかった」
「……」
「もー、佐藤社長、大袈裟だよ」
しかし、アイの言葉を聞くと、表情を一変させた。
心配そうに下げていた眉尻を吊り上げ、ソファから立ち上がった。
「大袈裟? ……っ──こっんの、大馬鹿野郎ッ!!」
大絶叫。
叱ることは何度もあったが、ここまで感情を込めて怒号したのは初めてだった。
これにはアイだけでなく、隣に座っていたミヤコさん。少し離れていたミネたちもビクッと体を震わせている。
「っ!?」
「大袈裟なわけないだろうがクソアイドル! ウチの稼ぎ頭のアイドルのことだぞっ! いや、そもそも──アイドル以前に、娘の心配すんのは親として当たり前だろうがっ!!」
感情任せに吐き出した言葉に、アイが怒られているのも忘れたように、きょとんとして、
「……むす、め? 親? 佐藤社長、私のこと、今……娘って……?」
そう呟いた。
アイの顔を見て、壱護さんも自分が何を言ったのか気付いたのか、
「あークソ……」
と怒りを収め、ガリガリと頭を掻いてソファに座りなおした。
「それも後だ」
「いや、それは無理だろう」
「ないわね」
「流石に無理でしょ」 「これだから社長は」 「諦めたほうがよろしいかと」
「テメェら……」
まあ、即座に自分含めた五人から総スカンを食らうのだが。
うぐぐ、とまた別の感情を見せていたが、もう一つ溜息をこぼして諦めたように口を開いた。
「最初は娘なんて感情なんざ持ってなかったさ。初めて街で見かけて、瞬間に俺の本能がアイツだって叫んだんだ。この少女こそ俺の夢を叶える最後のピース……道具だってな」
「だから必死にスカウトしたさ。物で釣り、都合の良い言葉を並べ、興味を引かせた。二度目のスカウトに男連れで来るとは思わなかったが、スカウトに成功した時は内心拍手喝采を挙げていたな。悠っていう付属品も足りない人手を補う分にはちょうどいいと思っていた。……後で付属品どころかこっちが本命と言わんばかりの超優良人材だと発覚した時は狂喜乱舞したな」
「養子の件は予想外だったが、些細なもんだと思ってた。……たぶん、悠と
「アイを中心としたB小町という『道具』を作り、夢を叶えるために突き進みながら──共に生活するアイを見ちまった」
「宿題に頭を悩ますアイを、悠の料理を美味そうに掻っ込むアイを、何かに悩み苦しみ、必死に隠そうとするアイを」
「人として、幼いただの
「アイを、道具としてでなく斎藤アイとして見ちまったんだ」
「それが引き金になって、アイだけじゃない。ミネたちもそうなってしまった」
「気付かされた時にはもう遅かった。ああ、俺はこいつらをなんつー
「だけど、それでも……それでも、夢は諦めきれなかった」
「その頃だ、悠にB小町の活動方針について意見されたのは」
「二つ目の分岐点はまさにあの時だった。悠の意見を聞いて、予定していた計画を全て投げ捨てた」
「後はここにいる全員が知っての通りだ。それぞれの個性を伸ばし、四人が輝けるB小町を目指した」
「目指しながら、今度はちゃんとお前たちを見るように心掛けた。軋轢が生まれそうなときはミヤコや悠に協力してもらいながら対処した」
「なんとかやっていく内に、お前たちを見る目が変わったって自分でも気付いた」
「道具としてじゃなく、宝石のように高価で大切なもののように見てるってことに」
「そっからだ。アイのことを義理じゃなく──実の娘のように思えてきたのは」
「都合の良いクソ野郎だと笑いたきゃ笑え。けどな」
「俺にとってアイはもう」
「血が繋がってなくとも、誰に何を言われようと」
「アイ本人に嫌がれてようが」
「俺の、斎藤壱護の──娘だ」