愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「おっさんがキメ顔すんな、酔っ払い」
「カッコつけんな、若い子好き」
「ふふふ~……出禁野郎」
「なあミヤコ。俺、泣いていいよな。腹ん中に隠してたモン全部吐き出したってのに、この仕打ちはあんまりだろ。もう少しカッコつけさせてくれねぇかな……あと出禁はどこで聞いたのニノさん?」
「女子会で私が愚痴ったからよ。若いキャバ嬢に酔ってウザ絡みした出禁野郎」
「じょしかい──あ、待って、悪かった! だからサングラスはやめて!?」
……なんだかなぁ。
個人的に凄く壱護さんが格好良く見えたのに、周りがそんな壱護さんは許さないとばかりに一瞬でぶち壊していく。見なよ、ミヤコさんにサングラスごとアイアンクローされて悲鳴を挙げてる姿なんて、さっきまでの真面目な空気なんて微塵も残っていない。
「いってぇ……ゴホン、話を戻すとしてだ」
「サングラス、ズレてるよ壱護さん」
「……話を戻すとして、だっ」
ズレたサングラスを掛け直しながら、壱護さんは話の軌道を修正しようと声を張る。各々が席に座りなおしたり姿勢を正すなか、
「──」
アイだけが未だ言葉を失っていた。きょとんとした顔で壱護さんを見ている。
改めて口を開こうとした壱護さんも、その前にアイの視線に気付き、
「あー……その、なんだ。アイ」
「……はっ。あ、えっと……あ、あははー。な、何かな? 佐藤社長」
「さっきのは俺個人の勝手な気持ちだ。別に深く考えなくていい」
「それは……」
「どうしてもって言うなら、これから少しずつ、記憶の片隅で考えてくれればいい」
「……」
「今は目先の問題だ。……な?」
壱護さんの言葉に、アイは少し考えたが静かに頷いた。
よし、と呟いた壱護さんはパンと空気を換えるように手を叩き、話を戻した。
「で、だ。──アイ。今すぐにアフターピルを飲む気は……」
「ないよ」
わかっていても聞かずにはいられなかったが、予想通りの答えにだよな、と呟く。
「まず一つ聞かせてくれ。──さっき条件付きと言ったが、条件ってなんだ?」
「昨晩の情事で妊娠しなかったら、アイが20歳になるまで性行為はしない。それだけだ」
「……よくアイが納得したな」
「まあ昨日は、自分もアイも色々と曝け出して、ようやく気付くことができた想いがあったんだ」
隣に座るアイの肩を引き、片手で抱き寄せる。
アイも嬉しそうにされるがまま自分に体を預けてくれる。
「……」
「願いの成就。拭えない不安。その想いをアイが受け入れてくれただけさ」
「私は今すぐ妥協ラインを踏み越えてくれてもいいけどなー」
「不安が解消されたらすぐに踏み越えるから、それまで我慢な」
「ざーんねん」
抱き寄せた手に頬ずりしてくる姿に、口角が上がるのを我慢してされるがままの手で髪を梳く。
そこで今までとは違った視線を感じて意識を壱護さんたちに戻す。真剣な顔をしていた二人は、驚きに目を見開き、口をポカンといった感じで開きっぱなしになっていた。
「……? そんな驚いた顔をしてどうした?」
「いえ、だってあなた、平然としてるけど……そんな顔できたのね」
「ああ……今の悠はあれだ。初対面でその空気纏ってたら、絶対俳優に誘って、いや、あの時アイが言った条件を諸手挙げて受け入れてデビューさせてたはずだ。──今からでもやってみないか?」
「自分みたいな愛想のない奴なんざアイドルや俳優は無理だって、以前にも言っただろう? ──今は考えさせてくれ」
この話は前もしたし、何より壱護さん自身が同じ結論に達していたことだ。なのになんで今更終わった話題を口にしたのだろう。思わずアイと顔を見合わせ首を傾げていた。
試しにミネたちの方を向いてみれば、うんうんと頷かれた。
「ほらな」
「今のは社長の意見に賛成って意味で頷いたのよ」
「……気付いてないみたいですけど今のお兄さん、アイちゃんに似た雰囲気を出してますよ」
「そうか?」
「雰囲気というより──その瞳でしょうか」
パンとわざと音を鳴らして扇子を広げ、自分を視線で射抜いてくる。
「魅了とは違いますが、アイちゃんのように人目を集めやすいと言えばいいのでしょうか」
「カリスマ性とかはどうでもいいが……まあ、アイと似てるって言われるのは、悪い気分ではないな」
「……この場にわたくしたちしかいないからでしょうが、アイちゃんに対する接し方も変わりましたね」
「そうかもな」
「ええ。……砂糖でも吐きかけたいほどに」
「……」
それは知らない。
何度も話がズレたが、今度こそ元の話に固定しようと思う。
壱護さんもそう思ったのか、
「悠から言われてるかもしれないが、それでも聞かせてくれ」
昨晩に自分がアイにした質問とほぼ同じことをアイに聞いていく。
子どもが欲しい理由。
アイドル活動はどうするのか。
バレてしまった場合苺プロがどうなるのかわかっているのか。
未成年での出産による危険性。
その際、アイに子どもを作ることを勧めたのがニノだと全員にバレてしまい、
「──という理由からアイちゃんに子づくりを推奨しました。処罰は如何様に……いふぁい、いふぁいでふ。ふぃねふぁん、なぶぇふぁん」
「どうしてこいつらはぶっ飛んだ意見しか出さないんだよぉ……」
ニノはどうしてそこに至ったのか、先程の実家の件と合わせて暴露した。
壱護さんが泣いた。いや、涙とかは出てないんだが。
ミネとナベは後で追及するつもりなのか、今は左右から頬を思いっきり抓っている。
「……妊娠してから報告されるよりマシか」
「壱護……」
「最後に聞かせてくれ、アイ。もし妊娠したとわかったら──産むんだな?」
「──うん。産むよ。産んで愛してあげるんだ」
「……はぁぁ」
アイの頷きに、深く息を吐いて背もたれに体を預ける。
「ったくよぉ……16と18の子どもが覚悟決め過ぎなんだよ。若いんだから生き急ぐことなんてしないで、もうちょっとゆっくり歩けばよかったじゃねぇか」
「すまない」 「ごめんなさい」
「謝んな。はぁ……ミヤコ、悪いが」
「謝らないでちょうだい。あなたが決めたのなら、私も支えるわ。大人として、なにより……私だって母親として、ね」
「助かる。──ニノは置いとくとして、ミネとナベ。お前たちには申し訳ないが……」
「嫌よ、アタシは」
壱護さんの言葉を遮って、ミネが拒絶の声を上げる。隣で視線を向けたナベはやれやれといった様子で肩をすくめている。
だろうな、とミネの反応は半ば予想できていた。
ミネとナベ、ニノの三人は星野アイに対しての反応が丸くなっていたが、B小町アイに対してはそれぞれ別ベクトルで反応を新たに尖らせていた。
ニノは言わずもがなファンとして。
ナベは参考にすべき手本として、或いは追いつくべき目標として。
そしてミネは──
「アタシは今、アンタを越えるためにアイドルをやってんのんよ。それを何? 妊娠? 未確定だとしてもそんなことのために一年近くアイドルから離れるっての!?」
「そんなことじゃあ……!」
「そうね、アイにとっては大切なことなのは十分に理解したわ。けどね、アタシにとってはそんなことなのよ。越えなきゃいけない相手がいない間、ファンにアタシの独り相撲を見せてろっていうの!?」
ミネにとってアイは──宿敵、とも呼ぶべき相手なのだろう。
B小町発足時からリーダーとして引っ張ってきた立役者であり、B小町のなかで最もアイドルに──舞台に立つことに夢を抱いている少女だ。
「なんて……昔のアタシだったらここまで言って部屋を出て行ったわ」
「ミネちゃん」
「アイに魅了されて、アイに嫉妬して」
そこで一瞬だけ自分の方を見て薄く笑い、
「アイと話して、アイの願いを知って──そうなったらもう、応援したくなるじゃない」
「ミネちゃん……」
「……けど! アタシが応援するの星野? 斎藤? ……まあどっちでもいいわ。アタシが応援するのは星野アイだけ。嘘が得意で、色々重い、アタシたちの友達の星野アイだけよ。同じグループのアイのためなんかじゃない」
「……ぁ」
だから、と指を伸ばしアイに突き付ける。
「さっさと産んで戻ってきなさい! その間にアタシは今のアンタに追いついて……うぅん、追い越してアタシがアンタに代わる一番星になってやる!」
「……うん。うんっ、わかった。じゃあ戻ってきたらすぐに追い抜いて見せるから待っててね♪」
激励のような宣戦布告に、アイが瞳を星のように輝かせながら受け返す。自分なんかとは決定的に違う、誰もを魅了する瞳を前にするもミネは気炎をあげている。
その様子をニノは面白そうに見つめ、ナベは仕方ないよう肩をすくめている。何も言わずともナベもアイの行為に異を唱えるつもりはないようだ。
本当に初期の頃に比べればだいぶ変わったものだ。
……ただちょっとだけ待ってほしい。
「ミネ」
「あによ。今いいとこなんだけど」
「まだ妊娠したとは決まってないんだが……」
「うるさい。妊娠させろ」
「──じっ」
「なんて物騒。あとアイ? 期待の眼差しをされてもしないからな。あの、ワクワクしないで。近い、どんどん近づいて来てるから一旦離れよ? な?」
後方のナベとニノも生暖かい目をしてこちらに視線を送ってくる。
壱護さんとミヤコさんは溜息を吐いて肩を落としている。だがこちらを見ている瞳は決して険しくなかった。
★☆☆☆
「──それじゃあ、今後のことについてだが……」
「その前にもう一つだけいいか?」
「なんだよ、まだあんのか? もうお腹いっぱいなんだが……聞かなきゃ駄目?」
「確定してるわけじゃない。だが、もし予想が正しかったら……B小町の進退の危機まである」
「……話せ」
もっとも大切な話が終わって一安心したのも束の間。これ以上何があるのか、と全員から視線を集める。今度は首を傾げるアイもその中に含まれていた。
正直、妊娠よりもハズレてほしい話題を口にしなければならないことに気が滅入りながらも、口を開いた。
「アイがもしかしたら、男性恐怖症になった可能性がある」
「……、……根拠は?」
部屋に入る前にスタッフ二人との会話の時に起きたことを話す。
野呂さんの時は、自分の後ろに隠れるように動いた。
長谷川さんの時は、手が触れた瞬間に半ば無意識で手を引っ込めていた。
「もちろん、ただの偶然ということもある。昨日の一件で自分がアイの動きに過敏になってるだけかもしれない。だが……」
「逆に否定する理由もないわな。むしろなってもおかしくない状況じゃねぇか……ああ、マジか。マジかぁ……!」
ガシガシと髪を搔き乱す壱護さん。
一方でアイは、むしろ冷静に話を受け止め、納得したように頷いていた。
「そっか~。茂呂さんと長谷山さんに感じたのは怖かったからなんだ」
「おま、んな冷静に判断してんな! ……いや、もしかして問題ない程度か!?」
「うぅん、ダメ」
「は?」
呟くやいなや、自分の胸に飛び込んできた。一瞬、反応が遅れるがアイの体が震えていることに気付き、すぐに抱きしめる。
「すぅ……ふぅ……」
「……やっぱり、男が怖くなったんだな」
「すぅぅ……、うん。さっきは無意識だったから何も感じなかったけど、ハルカの言葉に納得したら、急に体が震えてきちゃった」
「言わなければよかったか……」
「うぅん、ファンの前で気付くよりずっといい。おかげで」
なんて、その言葉の意味を問うよりも早く、アイはもう一度自分の胸の中で深く呼吸してから体から離れ立ち上がり──
「──これでどうかな?」
「──」
いつも通りの、アイドル・アイとしての笑みを湛えた顔を見せる。
しかし、その笑みを見て大丈夫になったな、とは絶対に言えない。言えるものか。
壱護さんとミヤコさんは言葉を失っていた。
ミネは絶句して。ナベは目を背けて。ニノは扇子を床に落としている。
誰もがアイの姿を見て、何をしているのか、
アイは演じているのだ。
ファンがアイに求めている
誰にも縋らず、自由で、奔放で、強くて、無垢で、誰であろうと愛し、誰からも愛される、決して期待を裏切らない、完璧で究極な偶像。
ファンが作りだした妄想をこれでもかと詰め込んだ着ぐるみを、こともあろうにアイは自ら着込み、演じたのだ。
男性が怖くなってしまった、なんて微塵も感じさせない姿を。
「んー……ちょっと違うかな。もっと、こう──いぇい☆」
「何を……何を、やってるんだアイ……!?」
「え? 次の仕事までにB小町アイを固めておこうかなぁって」
「固めておくって……続ける気、なのか!?」
「
「っ……」
「アイドル辞めないよ、私」
演じるのをやめ、B小町アイからアイに戻る。
一時の演技だったとはいえ、アイの顔には汗と疲労が浮かんでいた。それでも真っ直ぐに壱護さんを見る。
「自覚してわかったけど、たぶん知らない人相手だと会話することも厳しいかも? まだ知ってる人としか関わってないから予想程度だけど」
でも、とアイは続ける。
「男の人が怖い、握手するのも苦手ってわかってても、アイドルは続けたい。アイドルを始めたのは斎藤社長の言葉に乗っかってみただけだったけど、今は私自身が続けたいって思ってる」
「それは、愛のためか」
「一番はそう。でも、今はもうそれだけじゃないよ。アイドルをやるのが、みんなでB小町をやるのが楽しいから」
一人一人に視線を向けて笑う。
「……そうか」
「……それとね」
「ん?」
「なんだかんだ言いながら、私を養子として引き取ってくれた斎藤社長には感謝してるんだよ」
「は──」
「バカやった時はいつも叱って何が悪いか教えてくれたり、迷惑かけてもサポートして何とかしてくれたり……そうやっていつも私のこと見守ってくれてた」
「あ、アイ……」
「だからね。私は社長の──
だからアイドルを続けさせてください。
そう最後に壱護さんにお願いするように頭を下げるアイ。
言葉を失っていた壱護さんは、ゆっくりとアイの言葉を理解していくと、目を手で隠し見上げ、
「……、……、こんの……、んなもん、許すしかねぇじゃねーかよぉ……」
言葉に詰まりながら、鼻声でそう呟くのだった。
ミヤコさんはそんな壱護さんの背を優しい表情でさすっている。
頭を上げたアイは、ミネたちに囲まれて笑いあっている。そこにさっきみたいな嘘の笑顔はまったくない。
ああ、よかったと心の底から思った。
これで妊娠しても、しなくても大丈夫だ。問題は出てくるだろうが、必ず自分がいなくても誰かがアイを支えてくれる。
あと残る問題は……自分のことだけか。
それから──
B小町のこれからの方針を話し合ったり、その日の夜はニノたちと──正確にはニノだけだったが、ミネたちもついてきた──ごく一部、赤く染まった夕食を共にしてニノが百面相を浮かべることになったり。
グループとしての仕事をこなし、やはりアイが男性恐怖症になっていることがファンや苺プロ以外の会場スタッフへの反応でわかったり。だけど、アイ自身で作りだした嘘の『アイ』によって、アイドルをする分には問題がないことがわかったり。
それでも嘘が剝がれてアイが辛そうになった時は、自分やミネたちが支えて。
そうして、今年初めての雪が降ったある日。
アイが体調を崩した。
ここ数年風邪一つなく過ごしていたため珍しかったが、『アイ』を演じることがアイにとって負担になっていたのかもしれない。
しかし、体調を崩してから、アイの調子は戻らなかった。
食事を残したり、今まで平気だったミヤコさんの香水の匂いがダメになったり、ミネたちからの情報では練習や休憩の合間に、えずくこともあったそうだ。
ここまできて、ようやく自分たちはもしかして、と気づき始めた。
ミヤコさんに頼んで、妊娠検査薬を購入してもらい、
『ねぇ……これって、そういうことだよね?』
検査結果が表示される棒状の道具を前に突き出し、アイは恐る恐る聞いてくる。目の前に突き出された検査結果が表示されるところには──しっかりと線が入っていた。
テンションが本人以上に上がった女性陣に囲まれながら、嬉しそうにしているアイを、少し離れて壱護さんと共に見ていた。おめでとさん、と感情が入り混じった口調で自分の肩に手を添えられる。
人づてに聞かされた前世も嬉しかったが、目の前で本人から伝えられるだけで、こうも違って感じるのか。不安はあるが、実感と嬉しさがこみ上げてきた。
あの日から約一ヶ月後の今日──アイの妊娠が判明した。