愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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五話

「とりあえず、念のため病院では偽名を使おうか」

 

 診察に訪れた翌日。早速入院することができるようで、準備ができた個室のベッドに腰掛けるアイに雨宮先生が言った。自分は荷物を持ち込みながら話を聞いている。壱護さんは朝の便で東京に戻っており既にこの場にはいない。

 希望がなければこちらで決めるけど、と雨宮先生は紙を渡してくる。

 

「そっか、有名人だもんね私。う~ん……」

「僭越ながら、苗字に関してのみ口を挟んでもよろしいでしょうか」

 

 悩んでいるアイに向かってそう言ったのは、入り口近くで待機している女性。昨日、アイが身辺警護のお姉さんと呼んでいた相手である。

 彼女を紹介してくれたのは現在活動休止中のニノだ。というのも、

 

『申し訳ありません。実家から呼び出しを受けまして、非常に、非ッッ常に不本意ですが、しばらくの間アイドルとしての活動をお休みさせていただきます』

 

 妊娠が発覚した直後に、ニノがそんなことを言い出したのだ。

 改めて話し合いが設けられ、ニノから話を聞くに、ニノの実家──織崎家の次期当主を決めるため、本家・分家から次期当主候補を競い合わせるための呼び出しを受けたそうだ。アイドルやってて次期当主候補なのかと思ったが、規定以上の成績を収め、候補を事前に辞退していなければ自由に出来るらしい。ニノを含め、大体の候補者もやりたいことを続けながら辞退はしていないそうだ。していない、と言うのは少し語弊があり、実はニノ。これまで色んな情報を探るために実家の人間を使っていたことで辞退を認められなかったそうな。何というか、ちょっとだけ申し訳ない。

 実際、会議の数日後に壱護さんの元に現当主であるニノの祖父からわざわざ電話があったようで、ニノの一時離脱を認める他なかったらしい。グループメンバーの半分が活動休止して頭を抱える壱護さんだったが、残ったミネとナベ、そしてミヤコさんから(物理的に)尻を蹴られ、なんとか立ち回っている。

 

 そういった理由でニノがB小町を離れることになったのだが、その際、東京を離れ極秘に出産するアイの身辺警護兼サポートとして、ミヤコさんぐらいの年齢の女性を事務所に連れてきたのだ。それがニノが側近と呼んだ小鳥遊さんだった。線引きのためか名前を語ることなく、苦笑と共に名前を教えようとした主人のはずのニノも、小鳥遊さんの物理的抵抗で口を閉ざす羽目になった。

 

 ──そんなわけで、小鳥遊さんには秘密裏に入院するアイの護衛や身の回りの世話、話し相手、それと男性に対しての防波堤としてアイに付き添ってもらうことになった。

 一応、自分も宮崎に滞在できるよう、壱護さんがわざわざマンスリーマンションも借りてくれたのだが、流石に何もかも甘えっぱなしではいられない。こっちでも出来る仕事は可能な限り全て自分に回してもらったり、週に何度かは東京に戻って仕事をするつもりだ。それにアイの出産に比べれば重要度は低いが片付けないといけないものだって残っている。

 

「苗字は『にしき』としてもらえますか。漢字表記は何でも構いませんので」

「いいよー。でも、なんで?」

「『にしき』に手を出すことは即ち織崎家を敵に回す意味合いですので。まあ、一般人には伝わらない名家の符号みたいなものです」

「ニノちゃんの実家おそろしや~……んー、じゃあ、にしき、にしき……」

 

 スマホでにしきを変換して、

 

日紫喜(にしき)(らん)!」

 

 こちらに決めた偽名を見せてくる。

 名前はおそらくアイ=(あい)(らん)といった感じだろうが、日紫喜は当て字が過ぎないだろうか。

 

「東海地方にいる苗字ですね」

「いるのか……」

 

 試しに調べてみたら、確かにいた。

 

「そういうことなので、名前は今ので」

「……あ、はい。じゃあ僕はこれを出してきます」

「じゃあ、自分も少し出てくる。小鳥遊さんと待っててくれ」

「うん、いってらっしゃいハルカ」

 

 書類に偽名を記入し雨宮先生に渡す。

 アイに断ってから、受け取った書類を出しに行く雨宮先生と一緒に病室を出た。しばらく雨宮先生の後を付いて歩き、人気のない場所まで来ると、

 

「……ここなら滅多に人は来ないよ」

 

 自分の方を振り向いて言った。

 話が早くて助かります、と返し、自分でも気配を気にしながら本題を口にした。

 

「アイが信用できると言ったので、自分もそれを信じて一つ情報を伝えておこうかと思いまして」

「……それって、結構ヤバい奴?」

「妊娠同様知っているのはごく少数で、個人的には妊娠と同じかそれ以上と思っています」

「信用が重いなぁ……」

 

 一応、話す前に聞かなくても問題はないとだけ伝えるが、雨宮先生は深呼吸一つで続きを促してきた。

 

「アイは身内を除き──男性恐怖症です」

「……。…………すまない、もう一度いいかい?」

「アイは、男が対象の、対人恐怖症を患っています」

「スゥ──」

 

 大きく息を吸って落ち着こうとしているのだろう。けれど、眼鏡を直す指は震えて余計にズレているし、感情の消えた顔から血の気が失せている。こういう相手は、感情が表に出ないだけで内心では物凄く取り乱しているはずだ。なので、ひとまず雨宮先生が落ち着くまで待つことにした。

 数分経って、ようやく落ち着いたのか口を開いた。

 

「それは……確かなのかい?」

「医師に診てもらったわけではありませんが、仕事が仕事なので本人も認めています」

「……」

「何があったかは申し訳ありませんが……」

「あ、いや……そうだね」

「一応言っておきますが……お腹の子どもは間違いなくアイと自分との子どもですので」

 

 変な想像をされないようあらかじめ釘を刺しておく。ほんの少しだけ食圧をこめて視線を送れば、わかってるよ、と雨宮先生は慌てて両手を挙げる。

 

「それなら担当医を女性に変えた方が……それに精神科の方に」

「いえ、出来る限りアイを知っている人は少ない方がいいですし、アイも診てもらう気はないようで……それとさっきも言いましたが、アイが先生は信用できると言ってますので」

「……わかった。引き続き僕が担当医を務める。もちろん出来る限り距離は置くし、僕を含めて男性と二人きりにならないよう十分に気を付ける」

「ありがとうございます」

 

 それともう一つ。

 昨日から聞きたいと思っていたことを尋ねた。

 

「先生は昨日、患者の一人が君のファンだったと言ってましたよね?」

「ああ。研修医の頃だけど」

「じゃあやっぱり、四年前の広島のライブに行けるよう、患者のために奔走した研修医は雨宮先生だったんですね」

 

 確信をもって告げた言葉に、雨宮先生は目を見開いて驚きを見せるのだった。

 

 

 

 

  ★☆☆☆

 

 

 

 

「──それで、大丈夫なの? その医者」

「しばらく様子を見たり、自分が何度か東京(こっち)に行ってる間は小鳥遊さんが見てくれているが、評価は悪くない。サボって他の患者のとこに行くのがムカつきますがね、あのロリコン──なんて、看護師と意気投合してたけど」

「ロリコンはマズいでしょ。え、そのヤブ医者大丈夫なの!?」

「昔関わった幼い患者のことを引き摺ってるのをロリコンに定義していいならロリコンだな雨宮先生は」

 

 加えて、雨宮先生はサボり癖はあるものの、患者一人一人に対して寄り添って接しているみたいで先生を知っている患者の評判は悪くない。

 事情を聞いた側からすれば引き摺るのは仕方ないとは個人的に思う。

 

「あー……そういう」

「まあ、事情を知ってる看護師はそれでも『結局ロリコンってことですから』ってバッサリ切り捨ててアイに注意を促してたが」

「ふ~ん……あ、ついでに小鳥遊さんってどうなの? やっぱニノみたいに変な趣味してんの?」

「ニノがいないからって言いたい放題だなお前……。無表情で何考えてるか分からないが、仕事には忠実だよ。アイも仮面被ってるが、それでも多少は素を出して接している」

「へぇ。あの主にしてあの従者ありって思ってたけど、そうでもないみたいね」

「いや、まあ……正直に言ってしまえば、自分も趣味を隠してるんじゃないか、と思ってる」

 

 ニノもあんなクソ重感情を隠していたのだ。従者も隠すのが上手いと思うのが普通だろう。

 

「そうよね! どんな趣味隠してんのかしら……やっぱ主従でアイのファンとか?」

「ニノに対する言動を見る限り、それはなさそうだが……」

「じゃあアンタは何隠してると思うのよ」

「そうだな……実は可愛い物が好きだとか? 自室に大量のぬいぐるみが飾られているとか」

 

 それでぬいぐるみ一個一個に名前を付けて、独りの時はぬいぐるみに話しかけている──なんて。

 

「……悪くないわね」

 

 などとミネと雑談に興じていると、現場に到着した。

 ミネと共に現場のスタッフに挨拶をしに行き、ある程度の話を聞き、それを纏めた用紙をミネに渡し、

 

「じゃあ予定時間には迎えに戻る。壱護さんが来るまでに何かあれば連絡してくれ」

「はいはい。名桐の用事の邪魔にならないように、何かあってもこっちで対処するわ」

「自分のことは気にしなくて──」

「ばーか、気に留めるに決まってるでしょ」

 

 現場から踵を返そうとしたが、ミネの言葉に足が止まる。

 

「アンタに何かあれば一番に困るのはあの子なの。行動するならまず第一にそれを頭に置いときなさい」

「……そうだな」

「それにアタシも……アタシたちも専属料理人のアンタがいないと困んのよ。けっこー楽しみにしてるんだからね、名桐の料理」

「……、……そうか」

 

 それだけ、とぶっきらぼうに言い捨てミネは現場内に戻っていった。かすかに見えたミネの頬が赤くなっていたように見えたのは気のせいだろう。

 ミネの言葉は思いの外自分の胸に突き刺さった。そうか、楽しみにしてくれてたのか。なんてことはない一言だったが──嬉しかった。

 だからこそ、今から向かう用事には関わらせたくなかった。

 

 消命を使いながら路地裏に入り、人目がなくなった瞬間に跳躍と壁蹴りで屋上へと駆け上がり、屋上から屋上へと跳び移り駆け抜けていく。

 次第にビルは少なくなり、建物も減って、舗装された道路とその両脇に整然と植林された木々だけになった。枝から枝へと跳び移り、速度を落としながら木から歩道へ飛び降りる。消命を解きながら駆け足から歩きへと変えていき、最後に足を止めて立ち止まった自分の前には重厚な木製の門があった。奥にはいくつもの建物が見える。

 門に掛けられた表札には達筆な字でこう書かれていた。

 

遠月茶寮料理學園

 

 遠月茶寮料理學園──略称は遠月学園。

 そう、ここが『食戟のソーマ』の主な舞台として描かれた場所、今世の祖父が学園総帥として支配している場所。

 そして──母の人生が大きく捻じ曲がってしまったであろう場所。

 

「関わる気もなければ、来る気もなかった──お前たちが現れなければ、な」

 

 見上げながら呟き、背後へ視線を送れば、そこに彼は立っていた。

 前回と変わらない黒服を着た男性。違う点を挙げるなら、サングラスは外しており、彼の背後に黒い車が停車している。

 

「……お久しぶりでございます。悠様」

「恭しい口調に、くん呼びの次は様付けか。自分はいつの間に薙切に組み込まれたんだ? 花邑」

「以前は街中でしたが、今回は遠月──様付けはお許しください」

「いいさ。逆に今回は、自分は改める気はないからな」

 

 自分の言葉に思うところがあったのだろうが、花邑は口を開くことなく車の後部座席のドアを開けた。

 それにしてもだ。今日、自分が遠月学園に向かうことを知らせたのは昨晩だ。わざと急に知らせて勝手に会いに行ってやろうと考えていた。にも関わらず、こうして準備して迎えてくるのは予想外だった。

 まあいいか、と車に乗り込もうと車内を見て、先客がいることに気付いた。

 

「……おい」

「本日はこの時間帯にお嬢様(・・・)の送迎を予定されていましたので。目的地も同じであればなおのこと問題ないかと」

「はぁ……まあいい」

 

 溜め息を吐いて、負の感情を胸の奥底に沈めてから車内に乗り込む。流石に子どもの前で空気を悪くするつもりはない。

 花邑がドアを閉めて運転席に戻る束の間だが車内は自分と先客の二人だけ……いや、助手席にも一人乗っている。驚きつつも警戒するようにこちらを睨む顔は未だ幼いが、自分は誰か知っていた。当然、隣に座る先客のことも。

 自分と同じ金に近いハニーブロンドの髪。急に乗ってきた見知らぬ歳上の男に対しての怯えを必死に隠し、幼いながらも凛とした姿はお嬢様と呼ぶに相応しい。

 

「あ、あなたは……?」

「君と同じ、薙切仙左衛門の孫だよ」

「お、おじい様の……孫!?」

「名桐悠だ、はじめまして──薙切えりなちゃん」

 

 薙切仙左衛門の孫。

 血筋的に叔母に当たる薙切真那の娘。

 『食戟のソーマ』にてヒロインとして登場したキャラクター。

 

 それが自分の隣に座り、驚きに目を見開いている少女──薙切えりな。

 まあ、見た感じまだ10歳前後の可愛い少女ではあったが。

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