愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「当たり前だろうが」
冷静でいられなくなり、ジジィの胸倉を掴み上げる。悠お兄様!? と悲鳴を上げるえりなちゃんの声が遠い。
近距離で突き付ける自分の顔を見て、
「そう、その表情だ」
ジジィは静かに言う。
「退学が決まった瞬間、未那は今の君と同じような表情をしておった。感情が抜け落ち、瞳に光も何も映していない──無の顔だ」
「──」
「儂はようやっと誤ったのだと悟った。気付くのが──否、初めから娘に対して選択を間違え続けたのだ」
その辺りで横から腕を掴まれる。視線だけ向ければ花邑が手を伸ばして首を振っている。再度、至近距離で爺さんの
「それが儂が最後に見た未那の姿だった。その場で退学へのサインを書き終えた未那は姿を消し、行方を眩ませ──今に至るというわけだ」
掴まれて乱れた胸元を着直すことなく爺さんは語り終える。
そこに原作で見たような、また先程会議の間で見たような威厳はこれっぽっちも感じられなかった。
自分の中で薙切仙左衛門という人物は、家族に対して情の深い人物ではあるのだが優先順位を低くしているのだと予想していた。事実、爺さんが動き始めたのは
ただ、擁護するつもりはないが、爺さんだって好きで父親より当主や総帥を優先していたわけじゃない、と思いたかった。薙切家は長い歴史を持つ名家だ、当然、何代も付き従う家や部下が数多くいるはず。その頂点に立つ当主としての責務は自分には計り知れないほど重圧なものだろう。総帥としての立場もそうだ。ただでさえ悪い意味で注目されている中で、父親として関わっていると知られれば余計な噂がさらに母に付き纏っていたかもしれない。それに気付いていたからこそ、爺さんも『父親』と『当主及び総帥』という立場の板挟みになっており、選択するしかなかったのかもしれない。
これらはあくまで自分の想像でしかないが、あながち間違ってないと思いたい。
母が行方を眩ませて約二十年近くが経つ今でも、爺さんはこうして後悔の渦に囚われているのだ。本当に切り替えができている人間というのは、こんな風に後悔した表情を浮かべることはない。だって、自分は知っているのだ。実子でも容赦なく切り捨てられる人物を――
「あの……おじい様」
おずおずとえりなちゃんが手を挙げる。
「未那伯母様は見つかっていないのですか? 薙切家が総力を挙げればすぐに見つかると思うのですが……」
「そうだな、えりなの言う通り、薙切が総力を挙げればすぐに見つかるだろう。しかし……それは無理なのだ」
「無理……?」
「えりなお嬢様。先程仙左衛門殿が仰ったように未那様は分家や部下からもよく思われていませんでした。仙左衛門殿自ら未那様の記録を抹消したのも、分不相応にも分家共が要求したからです。薙切から逃げ出した者は薙切に不要、と」
「そんな……で、ですが、それだったらお母様だって」
「真那殿は神の舌の持ち主でありこれまでの功績があります。一方、未那様にはそれがありませんでした。価値のある相手に媚を売る──えりな様も経験したことがあったでしょう」
「……そうね。ええ、何度も耳にしたわ」
花邑の言葉にえりなちゃんの感情が消える。
確か、神の舌を持つえりなちゃんもこの時期にはもう味見役をしていたのだったか。それと実父からの洗脳と言う名の教育はこれからだろうか。それとも年齢的に既に経験した後だろうか。歳を聞いていないのでわからない。
「話を戻しましょう。未那様を軽んじる輩は大勢いました。加えて、流行に乗るかのように部下の間でも未那様を下に見るようになってきた愚か者も増えていきました。このような状態で薙切家の総力を挙げるなど到底できず、良く思わない輩に気付かれぬよう捜索は私含めた極少数でしか行えませんでした。結果、今でも見つけられずにいるのです」
「そう、だったのね……」
「自分の時は結構な人数だったがな」
皮肉気味に言ってやると、花邑は苦笑してあれでも少ないのですよ、と返した。
だから一般人とのスケールが違うんだよ。これだから名家って奴は。
「それに……ここ数年、時々これ以上未那様を探さない方がいいのでは、と思ってしまうことがあるのです」
「……」
「え……ど、どうして!?」
「薙切としてどう扱っていようと、私は今でも未那様が生きていると信じています。そんな未那様にとって我らは悪夢を思い出させ、傷付けるだけの存在でしかないでしょう。であればこれ以上探さずに、未那様には心穏やかに過ごしてほしいと……そう思ってしまうのです」
花邑の言葉に誰も何も言わなかった。父親である爺さんも口を固く閉ざしている。
自分はよくわからなかった。母親に会いたいのか、このままでいいのか。別に迷っているわけじゃない、本当にわからないのだ。
「……話は変わるが、爺さんは自分と会ってどうしたかったんだ」
だから、沈黙を破って話題を変えた。
うむ、と呟き胸元を正す。
「理由は二つ。一つは君と話がしたかった」
「もう一つは?」
「……許されるならば、悠。君を薙切家に迎え入れたい」
「難しいだろ」
即答する。
「これまでの関係を全て捨てて薙切に下れと言ってるならば……」
「そこまでは言わんよ。できれば薙切家傘下の組織に属してほしいが」
「第一、さっきの輩にはどう説明するんだ。出涸らしの子なんざ、満場一致で反対されるだろう」
仮に当主の一声で有無を言わさず迎え入れても、後で軋轢を生むだけだ。
しかし、正直に言えば薙切家に入るのはメリットが大きいと思う。
「だけど、薙切の財布と権力は惜しいな……」
「悠様……それは流石に」
自分の呟きに花邑が窘めるように呟く。えりなちゃんと緋沙子ちゃんも「えー」と呆れたような目で見てくる。
わかっている。流石に自分も言い方が悪いと思っている。
「けど事実だ。別に自分だけなら特に稼ごうとは思わないが、家族に良い生活を送ってもらいたいって考えたら、金はいくらあっても足りないくらいなんだ」
例えば、これから産まれてくる子どもたちの養育費用だが、大学まで通わせるとしてすべて公立入学なら約3000万。私立なら約4000万以上必要だと載っていた。双子なので更にそれが倍。
別にそれを苦に思うわけではない。むしろ自分が苦労するのは構わない。けど、これからどうなるかわからない。というか、今のままでは稼ぎの大半をアイに任せてしまうことになってしまう。
産まれてくる子どもたちを幸せにしたい、なってもらいたい。だったら、手を伸ばせば届きそうな財布を掴まない選択肢は自分の中に存在しないのだ。
「権力もそうだ。偉い立場ってのはそれだけで武器にも盾になってくれる。逆に低い立場の人間は何もできずにされるがまま」
アイの、というより男女問わずアイドルの立場はまさにそれだ。立場の低い彼ら彼女らが逆らえないことをいいことに、偉い立場の人間は権力を振りかざして己の欲望を満たそうとする。グルメ食材によって綺麗になったミヤコさんがB小町出演時間の取引材料にされたこともあるし、ミヤコさん自身も現役時代はキャバクラまがいのことをさせられたなんて愚痴ってたこともあった。
B小町の四人は壱護さんが上手く立ち回っているが、いつか何か起きてしまうかもしれない。権力ではないがアイを一度危険に晒してしまったのは事実なのだから。
もちろん、自分も立場が低い。施設育ち、親なしというだけで一段も二段も低く見られる。
アイを、子どもたちを、今の居場所を守るためにはやはり権力は必要だ。
……きっと、漫画であれば爺さんの、薙切家当主の一言で全て決まっていただろう。
けれど、現実ではそうはいかない。そうであればこの短い間で知った程度だが、母が薙切家から出て行った時に要求をされた分家の言葉を爺さんが呑むとは到底思えない。
「ああ、そうだな。自分で言ったことだが、やっぱ薙切家の財布と権力は必要だ」
「悠様……」
ならどうするか。さっき自分で難しいと言っていたが、当たり前だ。
というか、ここに来るまで自分はもっと力尽くな手段を考えていたじゃないか。
「爺さん。さっきの迎え入れの件、受けるよ」
「……そうか」
「だけど、爺さんの要望は受けない」
「ぬ?」
「もっとシンプルに──力尽くで奪い取る」
鞄の底から百均で買っておいた白い手袋を取り出して──投げつけた。
爺さんに。食の魔王──遠月学園総帥・薙切仙左衛門に。
驚きに声を失っている花邑とえりなちゃん、緋沙子ちゃんの前で。
手袋を投げつける──それは、古くから存在する決闘を申し込む行為。
「この学園は料理が全て。だから母は学園を追われた。だったら、その逆をしたっていいわけだ」
そして、投げつけられた手袋を反射的に掴み取ってしまった爺さんに。
「むしろ有象無象には出涸らしの子を潰す好条件だろうな。こちらの得意分野に勝手に引き込まれてくれたって」
「だからさ薙切仙左衛門。
★ ★
「――本当によろしかったのですか」
多重塔から遠ざかっていく車を眺める仙左衛門に花邑は問うた。茶室には既に孫たちと側近の姿はない。離れていく車には悠の他にえりなと緋沙子が乗っており、入り口まで見送ると言って付いて行ったのだ。
「なにがだ?」
「食戟の申し込みもそうですが……それ以上に食戟の対戦内容です。悠様自ら提案したとはいえ、あまりにも無謀すぎます」
「……果たして、そうだろうか」
花邑の心配を仙左衛門は見えなくなっていく車を見つめて違う意見を口にした。
短い邂逅だったこともあり悠のことを知り尽くすことなどできなかったが、少なくとも自らの力量に驕るような性格ではなかった。
「遠月のことは藤乃嬢だけでなく自分で調べているだろう。その上で食戟を挑むと口にしたということは、勝機があると確信しているからだ」
「お言葉ですが……悠様は小中高と普通校に通っておりました。春より正式に所属する事務所でアイドルグループの専属料理人を務めていると調べましたが、それだけでは十傑には到底……」
しかし、と花邑は内心で呟く。
迎えの車内で悠が作った料理を口にしたえりなが美味しいと言ったのだ。誰かのために作った余り物で出来たおにぎりで、だ。神の舌を持つえりなが誰かの料理で美味しいといったことなど、片手の指の数でも足りるほどだ。
もしかしたら、と思ったが、花邑はその事実を仙左衛門には言わなかった。交換条件を出してまでえりなと緋沙子に黙っているようお願いしたのだ。ならば自分も黙っていようと決めていた。
「……相も変わらず嘘が上手いな」
「……仰る意味がわかりませんが」
「恐らく悠の料理の腕を知っているのだろう。だが、それを隠している」
「知っているのは調べた程度のことです」
「花邑。主は嘘が得意だが、それ故にわかりやすい。まあ、此度はえりなの様子でわかったが」
仙左衛門の言葉に花邑はのらりくらりとかわしていたが、
「……お主が儂に嘘を述べるのは、やはり未那の件か?」
「わかっているではありませんか」
思わず、即答してしまっていた。
「あの一件以降、お主は例外を除き未那以外の敬称を変えた。不敬だと周りから言われようと――それほど、儂が、未那を除く薙切の人間を恨んだか?」
「恨みも、ましてや憎しみもありませんよ。ただ――失望しただけです。仙左衛門殿は元より、宗衛殿、真那殿に対しても。誰も未那様の心に気付かなかった。笑みを浮かべる仮面の下を誰も知ろうとしなかった」
「……仮面、か」
「どんな時でも未那様は笑みを浮かべていたと言っていましたね。違いますよ、笑みを浮かべるしかなかったんです」
才能も異能も持たずに産まれた未那に味方は少なかった。
だから演じていたのだ。陰で何を囁かれようが関係ない、と言わんばかりに。自分がどんな風に見られても構わない。笑って、家族として接してもらえるなら――
だから未那は笑顔を浮かべていたのだ。本当の心を嘘という仮面で覆い隠して。
それを花邑は知っていた。
「どうして未那様が料理に拘ったか、仙左衛門殿は覚えていますか?」
「……」
「あなたが褒めてくれたからですよ」
「ぬ……」
「おはだけもなく、上辺だけの言葉だったのかもしれない。しかし、料理は
言葉を荒げかける花邑に、仙左衛門は平静を装いながら胸を握りつぶされている思いだった。
そうか、力なく呟き胸を抑える。えりなのために奮起している心が久方ぶりに沈んでいく。
「儂は……儂はそこまで」
「責めるように申しましたが、仙左衛門殿だけが間違えたわけではありません。宗衛殿や真那殿にも一因があり、本心を隠した未那様も、そして黙っているよう指示された私にも間違えたのです」
「誰もが間違えた、か。だが、花邑。お主は儂らと違い、間違いに気付き、次に活かせた。だからこそ、えりなを鳥籠から救うことができた」
「……いいえ。私ができたのは取り返しのつく段階で気付き鳥籠の扉を開けて外を見せているだけ。未だえりな様の心は鳥籠に囚われています」
あの時の光景を思い出し、花邑は首を横に振る。
「えりな様を本当の意味で解放することができるのは……」
「悠、か」
「……その一つになりましょう」
解放できる、とは言わなかった。
道中で見た悠とえりなの会話から、良い方向へと進めると感じた。しかし、えりなを本当の意味で解放できるのは計画で集めている――
「そのためには、悠様との食戟をなんとかしなければ」
「うむ。――花邑、主だった者を再び集めよ。まだ遠月からは出ていないはずだ」
「かしこまりました」
指示を受けて、花邑は茶室を出て行く。
一人になった茶室で、仙左衛門は懐から紙を取り出す。それは悠が置いていった娘の画像が印刷されたもの。
笑顔を浮かべる娘のかつての姿をもう一度目に焼き付け、
「未那……儂はもう何も取りこぼさん。悠も、えりなも、真那も――そして未那、全て、全てだ」
紙を掴んでいた指の力を緩め、手放す。
風に吹かれて紙は空高く舞い上がり、数秒も経たないうちに見えなくなってしまった。そうなるまでジッと見つめ続け、仙左衛門は茶室の出入り口へ歩き出す。
その背中には迷いも後悔もなく、威厳に満ち溢れていた。
後日、遠月学園高等部に在籍する一部の学生の元に資料が配られた。
枚数は少なく冊子のように纏められたは、一年生には馴染み深く、二、三年生には懐かしい宿泊研修時のしおりのようだった。
内容は要約すると以下になる。
・指定した日時に
・十傑を除き一般生徒の参加は自由。不参加によるペナルティは無し。
・お題は各人によって別。食材や料理が被ることはある。
・食材は学園が準備した物を使い、持ち込みは不可。(道具は可)
・勝利した者は可能な範囲での要望を叶える。(一般生徒は十傑クラスまで。十傑は後日別に)
・敗北した場合のペナルティも無し。
・負けを恐れず参加することを望む。
誰もが首を傾げた。
一年生は宿泊研修に比べて甘い行事だということと連隊食戟という聞きなれない食戟に。
二、三年生はこんな行事あったか? と。この時期は学期末試験が終わった後で何もないはず。
疑問は覚えたが、それでも資料を配布された選ばれた一般生徒たちのほとんどは参加することを決めた。不参加することを選択した生徒も前以て予定されていた家の都合さえなければ参加したかったと嘆いていたほどに。敗北してもペナルティがない上に、勝利すれば十傑まで登り詰めなければ叶えられない要望を叶えてもらえるのだ。
誰もが思っていた。こんなに上手い話、乗らない手はないと――
一方、遠月学園において最上位十名で構成される最高決定機関、遠月十傑評議会メンバーは学園総帥である薙切仙左衛門から今回の突発的なイベントの真相を聞かされていた。
曰く、薙切を飛び出した者の落胤が戻ってきたそうで。
DNA鑑定等で薙切の血筋は確認されたが、それでも怪しいものは怪しい。
そこで薙切家として相応しいか揉め、ならば料理で決めようということになり、この行事の開催に至ったという。
十傑の数人はやる気がでなかった。要は名家でよくあるお家騒動なのだ。
やれ家督がどうやら、後継ぎがどうやら、愛人との間にできただなんだ――
中身は異なるが、料理人の家でも後継者争い等だいたい同じ問題が発生することもある。だからやる気がなかった。
それでもイベントの開催を認め、参加を決めたのは一般生徒と変わらず報酬が魅力的だったからだ。
十傑メンバーが勝利すれば、その報酬は権限以上のものになる。
それを仙左衛門が認めたのだ。
『学園総帥としてでなく、薙切家当主として、勝者には望むものを与えよう』
十傑の権限でも凄まじいものだ。しかし、人間は強欲なもので、それ以上のものを欲してしまう。ましてや今回は政府にも圧力を掛けれる力を持つと噂される薙切家当主として報酬を約束された。これに心動かない十傑はいなかった。
イベントは無事に承認され、各々日常を送る。
準備に勤しむ者。
余暇を持て余す者。
普段通りに過ごす者。
それぞれが思い思いに過ごすが、唯一共通していたのは大小差はあれど慢心している点か。
だから、参加を決めた十傑並びに一般生徒は知らない。知ろうともしなかった。
対戦相手のことを調べようともしなかった。
食戟の相手が、自分たちの想像を遥かに超えた――
Tips『花邑』:
薙切家に仕えている人物。薙切未那の元側付き。現在は新戸緋沙子の側近教育のため一時的に薙切えりなの側付きになっている。
えりなに対して行われた『
Tips『遠月学園』:
東京都内にある日本屈指の名門料理学校。ただし、料理の腕を重視しすぎて道徳的な教育が疎かになっている等、教育機関として杜撰な体制な、漫画によくある「色々と凄い学校」
問題視されないのは卒業生が確実に世界に誇れる料理人として挙げられていること、また入学時に注意事項として、
「ウチは料理に関してすっっごい厳しいよ。自己責任だけど、それでもいいなら歓迎するよ(要約)」
なんてことが書いてあるため。要はわかって入学したでしょ、的な。
原作前であること、また仙左衛門の計画によって集められた生徒がいないため、ほとんど地位や実力に鼻をかけた自己中心的でエリート意識の強い生徒しかいない。極星寮? 今は雌伏の時間なので。