愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
──見て! 見て! センセ、これ見てよ!
目の前で興奮しながら、何かを持った手をぶんぶんと振り回すさりなを見て、吾郎はああまたか、と冷静な頭で考えながら、
──振り回されちゃ見えないって。
と、夢見るたびに何度も繰り返した言葉を返す。
彼にとって
ある時、病室を訪れた吾郎にさりながチケットを見せてきた。以前から話に聞いていた推しのアイドルのライブチケットだった。抽選で当てたらしく、その時のさりなのはしゃぎっぷりは凄かった。後で吾郎が調べれば結構な倍率だったらしく、あの興奮も当然と思えた。
あまりの喜びように吾郎も嬉しくなる。しかし、それも次の言葉を聞くまでだった。
──頑張って、一人で行けるよう許可貰わなくっちゃ。
最初は何を言ってるんだと思った。許可を貰うのはいい、だけど
聞いてみれば、さりなの両親はその日も仕事でどちらも空けられないらしい。吾郎はどうして、と疑問を浮かべるよりも怒りの方が沸いてきた。たった一人の大切な娘の数少ない願いさえ叶えてあげないのか? 物だけ与えて見舞いにも滅多にこないのか? と嘆きもした。
だから、吾郎はあの時、無意識に呟いていた。
──駄目だ、一人は絶対に許可できない。
──だけど、さりなちゃんが本気で行きたいって言うのなら、
──ご両親の説得と体調だけ整えておいてくれ。
──あとは俺が、なんとかするから。
患者に入れ込むのはやめとけ、と教授や先輩から何度も言われていた。けれど、それでも吾郎はさりなに入れ込んでしまった。
医者になって初めて接した幼い少女に同情したからかもしれない。
かつての自分の境遇を重ねてしまったのかもしれない。
だから、吾郎はさりなに約束し──動いた。
上司を説得し、ライブ会場近辺の救急隊に懇願し、さりなの両親を説き伏せた。
説教はもちろん怒鳴り散らされた。門前払いもされた。疑わしい目でも見られた。それでも吾郎は言葉を重ね、頭を、時には地に伏して願い──ようやく全ての許可が下りた。
吾郎も同伴して参加したライブは元からファンのさりなはもちろん吾郎もステージで踊り歌うアイドルの虜になった。彼女が夢中になったのも十二分に頷ける。何より隣で大興奮でキレのあるオタ芸をするさりなを見れただけでも吾郎は連れてこられてよかったと思えた。
永遠に続いてほしいと願わずにはいられない時間も、いつかは終わる。ライブの半分が終わりB小町が一時休憩のためステージ裏に消えて行ったのが、吾郎とさりなにとって魔法が消える合図だった。
本当は最後まで参加したかったが、慣れない長距離移動と人だかりで間違いなく疲労するだろうと予測して初めから途中で退出することを条件とされていた。
だけど、救急車に戻る途中、記念だからと人ごみの少ないガチャを回した。まさか一発でさりなの推しであるアイの『アイ無限恒久永遠推し!』と描かれたキーホルダーを引くとは思っていなかったが。
救急車に乗り込んだ帰路の途中、赤信号で停車した際に助手席の隊員から二枚の色紙を手渡された。なんでもB小町が所属する事務所のスタッフがさりなへ、と渡してきたみたいで、一枚にはB小町全員のサインが描かれており、もう一枚にはアイだけのサインと、メッセージが手描きで記されていたのだ。
『また、ライブで待ってるからね。約束だよ』
ストレッチャーに寝そべっていたさりなに二枚の色紙を見せると、さりなは最初ドッキリかと疑ったが、隊員の証言で本物だとわかると、
──センセ……私、頑張って治す。治せなくても良くなる。それでもう一回
そう言って、色紙を抱き締めながら、その日一番の笑顔を見せながら涙を流した。
吾郎も当然応援した。
けれど──その願いは叶わなかった。
ライブから約一年後にさりなは星となって空へ還った。
そのたった一年の間、さりなは飾っている色紙に描かれた約束を胸に必死に生きようと足掻いた。実際、吾郎以上にさりなを見てきた主治医も過去一番調子がいい、とまで言っていたのだ。
吾郎も研修医としての仕事以外の時間のほとんどを治療法を探すために費やした。
また、もう一度アイに会うために何度もライブの抽選に応募した。段々と倍率は上がっていったが、幸運なことに一年の間に二度も当選することができた。けれど、そのどちらのライブにもさりなは行けなかった。
一度目は距離的な問題で。
二度目は体調が芳しくなく。
何一つ叶うことなく、彼女は還った。
──センセ……これ、あげる……それと、もし、アイに、会えたら……色紙……
最期にライブで手に入れたキーホルダーと色紙を吾郎に渡して。
──それとね……
センセ……だぁいす、き……──
そこで世界は黒く塗り潰される。夢が終わり、現実に戻る合図だ。
もう何度も繰り返し見てきた。涙は流しきって、最近は一滴も出てこない。
ああ、でも。でもね、さりなちゃん。
涙は枯れても君を喪うのは何度見ても──やっぱ辛ぇわ。
★★★★
「──しもーし、センセー」
「んぁ……」
声が聞こえてくる。
「──にぃ~、い~ち」
まだぼやけた意識のまま吾郎は目を開ける。
横を向いてズレた視線の先には今現在、自分が受け持っている患者であるアイが何かカウントダウンをしている。
寝ちまったか、と欠伸をしながら正面を向くと、
「保護者の、踏み潰す、こうげき」
「どぅわっ!!?」
目の前には黒タイツを穿いた足が迫ってきていた。しかもパンプスのヒールのおまけ付き。
ギリギリで吾郎は避ける。紙一重でかわしたヒールが先程まで顔があった芝生を貫いている。
「あっぶねぇ!?」
「ちっ……申し訳ありません。気付かず踏みそうになってしまいました」
「舌打ちを隠そうともしてねぇし、踏み潰す攻撃とか言ってたよな!? ヒールは流石に死ぬよ!?」
「職務の最中にうたた寝する方が悪いと思いますが? 同志に報告しますよ?」
「すんませんでした!」
パンプスからオペラシューズに履き替えながら踏み潰そうとした女性──小鳥遊から無表情に言葉を返され、吾郎は謝りながら立ち上がる。流石に同志──毒舌看護師──に報告はマズい。でも何故同志? 吾郎は内心で首を傾げる。
クスクスと近くで笑う声が聞こえる。視線を向ければ、アイが髪と顔を隠した帽子の下で笑っていた。順調にお腹の双子は育っており、だいぶお腹も大きくなってきていた。これといった問題も食事を除けば特に発生しておらず、何事もなければ予定通りに出産できるだろう。
敷地内に設置された時計を見る。休憩時間を大幅に超えていた。
「やべぇ……見つかったのが君たちでホントよかった」
「いえ、五分ほど前に同志が通りかかり、ドン引きして立ち去りましたよ」
「……マジ?」
「よかったですね。ドMのあなたにはご褒美ですよ」
立ち上がった吾郎だったが、がくりと膝をついてしまう。ドMじゃない、と否定する言葉も力なかった。
「っていうか、何でドン引きされたの? 俺」
「寝言でさりなちゃんって言ってたからだと思うよ」
「あー……」
「さりなちゃんってセンセの恋人?」
「しっ、駄目ですよ藍さん。同志がドン引きしたということは、それはもう……」
「──その先は口にするんじゃねぇ」
さっきまでとは打って変わって、吾郎は低い声で小鳥遊の言葉を遮る。だが、すぐにハッとしてアイと小鳥遊を見て、バツが悪そうに顔を背け、謝る。
「……すまん、感情的になった」
「いえ、こちらも見ず知らずの相手に対して悪ふざけが過ぎました。申し訳ありません」
「ごめんなさい、センセ」
小鳥遊も触れてはいけない対象だったか、と頭を下げる。アイもそれに釣られて謝る。
頭を上げてくれ、と慌てて二人にお願いしてから、吾郎はガシガシと髪を掻くと、
「散歩は切り上げて病室に戻ろうか。ちゃんと説明したい──特にさい、日紫喜さん、君には」
真っ直ぐアイを見つめ、そう言った。
★☆☆☆
「さりなちゃんは俺が研修医の時に出会った患者だった」
二人を病室へ送ったあと、吾郎は一度自分のデスクへと戻り、大切に保管していたものを取り出してアイの病室に戻ってきた。
軽い雑談を二つ、三つほど交わしてから、吾郎はそう切り出した。
「歳は君と同じ。アイドルが大好きで、病気が治っていればアイドルをやってたかもしれない」
「まだ病気は治ってないの?」
「何年も前にお星さまになったよ」
「ぇ……そっか」
アイは驚きつつ、さっきの吾郎の怖い顔に納得がいった。冗談とはいえ亡くなった相手を悪く言うのはよくないことだ。アイはもう一度頭を下げる。アイ本人は言おうとしていないが、近くで笑っていた以上、さりなを笑ったのと同じだと思ったから。
「ごめんなさい」
「故人に対しての侮辱、改めて申し訳ありませんでした」
「さっきも言ったけど頭を上げてくれ二人とも。もう過去の話だから」
それよりも、と、吾郎はさりなの話を続けた。
B小町を見て目を輝かせていたことや、B小町メンバーの話になると早口になることや、アイのファンでアイみたいになりたい、などと、さりなとの思い出を振り返るようにどんな子だったのか、アイに話した。ライブの話題になり、
「それでライブの帰りにこれを貰ったんだ」
そこで吾郎は布で包んで保管していた物をアイに渡した。受け取ったアイは首を傾げながら開けてもいいか尋ね、許可を貰ってから布をめくる。
中に保管されていたのは二枚の色紙。一枚はB小町四人が印刷され、四人の直筆サインが描かれたもの。もう一枚はアイが単独で印刷されたもので、こちらにはアイのサインと、
「『また、ライブで待ってるからね。約束だよ』……」
アイの字で書かれた言葉が添えられていた。
何となく見覚えがある色紙にうーん、と首を傾げるアイ。記憶を漁った末に思い出した。
「あ、これ……確かハルカが私たちに頼んできたものだ」
「名桐さんが?」
「うん。理由は話してくれなくて、それからすっかり忘れてたけど、そっか、ハルカが……」
懐かしそうに色紙を撫でる。
「……ごめんねセンセ。私何も知らなくて、この言葉も言われたまま書いたから……嘘になっちゃってる」
「……嘘にはなってないさ」
「なんで?」
「あのライブの後も何度も大小関係なくライブをやっただろう? ならそれは俺たちファンからしたら、ライブで待ってくれてるってことだから。会えるかどうかは抽選──運でしかない。君は十分に約束を果たしてくれてたんだ」
「そう、なのかな……?」
「それに、B小町というか人気が出たアイドルのファンは何百何千人といる。むしろ覚えてなくて当然なんだ。だから覚えてないことを気に病まないでくれ」
むしろ誇ってほしい、と吾郎はアイの手元の色紙を見つめながら言葉を続ける。
元々、さりなはライブ前から長くないと当時から先輩だった主治医が休憩や吾郎と二人きりの時にこぼしていた。それがライブから帰ってきてみればどうだ、さりなは二枚の色紙と推しの言葉だけで一年も永く病魔に抗った。長くないと判断されたのに、一時はもしかしたらと希望まで出てきたのだ。
『雨宮……何かを好きになるって、想いの力って凄いな』
さりなが亡くなった後、落ち込んだ吾郎を呑みに誘った先輩が呟いた一言に、吾郎は頷くしかできなかった。あの時は自分の感情で周りを見れなかったが、主治医だった先輩も色々思うところがあったのだろうと後で気付いた。
それから、正式に産婦人科医として勤めるようになってから、吾郎は一つの持論を見出した。
──好きなものができれば、生きたいと思える。
本職の傍ら、入院患者の見舞いに訪れては色々と勧めてきた。主な布教アイテムはもっぱらB小町のDVDだったりするが、それでも吾郎は持論を信じて入院患者に好きになれそうなものを勧め、病魔に負けずに生きようと思える理由を作れるようにしてきた。
「ありがとう、斎藤──いや、アイさん。君のおかげで一人の女の子は最期まで生きる望みを捨てなかった」
「──」
頭を下げる吾郎に、アイは言葉を失っていた。お礼を言われるとは思っていなかったのだ。それも嘘だとわかっているにも関わらず。アイにとって、悠やB小町メンバーといった身内以外に嘘だとバレた時は怒られるか、悪く思われるかのどちらかだと思っていたから。
「私、自分のためにしかアイドルやってなかったのに、誰かの生きる理由になってたんだ……」
「ああ。あ、でも責任感を感じるなよ。今まで通りにアイドルやってるのが一番誰かのためになるんだから」
「そっか。なんだろ……すごく、アイドルやっててよかったって思えるかも」
胸に手を当ててポツリと呟く。
「ねえセンセ。この色紙、どっちか貰ってもいい? ちゃんと覚えておきたいんだ。さりなちゃんのこと、この気持ちを」
「いや、二枚とも貰ってくれて構わないよ」
「え、でも……これ、さりなちゃんとの大切な思い出なんじゃ……」
「元々チェキ会や握手会の抽選が当たって会えた時に渡すつもりだったんだ。何度応募してもハズレたけど……それに、俺には思い出とコレがあるから」
そう言って首から下げた身分証のケースから何かを取り出す。『アイ無限恒久永遠推し!』とデフォルメされたアイの顔が付いたキーホルダーだ。
「わ、懐かしい。これって昔にしか販売しなかったキーホルダーだ」
「ライブん時に、さりなちゃんが一回だけ回したら一発で出してね。その時は二人して興奮して叫んだよ」
それ以来、このキーホルダーはさりなの中で大事な宝物になっていた。検査する時以外はずっと色紙同様、目に見えるところに飾っていた。
「だから色紙は受け取ってほしい。さりなちゃんもきっとそう願ってるから」
「……わかった。大切に飾っておくね」
吾郎の願いにアイは頷き、優しく色紙を抱き締める。
その夜、悠が宮崎に戻り、病室で笑顔のアイの出迎えを受けながらふと気付いた。今日の朝までなかったものがベッドサイドのテーブルに置いてあった。スタンドに立て掛けられた二枚の色紙を見て、ああそうかと呟く。
悠の視線で何を見ているのか気付いたアイは、嬉しそうに今日あったことを話すのだった。
Tips『雨宮吾郎』:
宮崎総合病院に所属する産婦人科医。アイの熱狂的ファン。
原作よりも一年長くさりなと接し続けたため、原作よりもさりなちゃんのことを引き摺っている。本人曰く背負ってるらしい。ちなみに今の状態で告白されてたら、年齢差等を気にしながらも受け入れるぐらいにはさりなちゃんへの想いは強くなっている。夢の中でしか話すことができないし、今の想いを伝えることもできないが。
原作にあった医師としての持論も、「美しい物は健康にいい」から「好きなものができれば、生きたいと思える」に変更。入院患者のもとに足を運んでは雑談の中で好きなものを聞き、有り余ってる貯金で購入し、一緒に見たり遊んだりしている。好きなものがない患者にはB小町のDVDを見せたりしてる。漫画やアニメ、アイドルでもなんでもいい、何かを好きになり、熱中して、生きようという気力になってくれるなら、と願って。