愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「──じゃあ、そっちに帰る時は新しい部屋なんだね?」
「ああ。荷物も段ボールに入れたままだが、だいたい運び終えたから、一ヶ月検診が終わって帰ってくる頃には子どもたちとすぐに新しい家に住めるはずだ」
「そうなんだ。楽しみ楽しみ」
「ただ、家具はまだ備え付けのものしかないから、今の内に何か要望でもあるか? こういう家具が欲しいとか」
「んー……じゃあ写真を飾れる場所が欲しいな。ハルカや
「わかった、場所を作っておく」
「あ、それと星の砂! それもどこかに飾りたい」
「星の砂……ああ、あれか」
確か、ファンからもらった贈り物だったか。人気が出始めてから色々な物をもらったりしているが、その中でアイが帰宅したあと素で喜び、星の砂をくれたファンの名前も間違えることなく憶えていた。人の名前を覚えるのが苦手なアイにしては珍しいことだと記憶の片隅に今も残っている。
了解、と返し、背の部分を傾けたリクライニングベッドに楽な姿勢でもたれているアイの髪を梳く。
引っ越しを提案したのはミヤコさんだ。子どもが産まれる以上、もう少し設備が良い部屋に居を移した方がいいとのこと。距離的にも元々住んでいたマンションに近い場所なので、私生活面でサポートしてくれると言ったミヤコさんの移動や負担を考えると割と良い物件を見つけられたと思っている。
「ねぇ、ハルカ」
「なんだ?」
「いつもより顔が怖いね」
「ん……そうか? まあ、明日の面倒事のせいかもしれない」
誤魔化して苦笑を浮かべる。あながち間違ってもいないしな。
「そんなに大変なこと?」
「大変と言えば大変だな。自分で提案したことだが、ちょっと後悔してる」
後悔はしているが、たぶん自分は何度でも爺さんに食戟を叩きつけるだろう。それこそ本当に出来過ぎなほど都合の良い条件にでもならなければ。
「そっか。私はてっきり子どもたちの名前に納得してないと思ってた」
「ああ、そっちか……」
苦笑と共に呟く。
お腹の子たちの性別は雨宮先生から既に聞いている。男の子と女の子だ。
名前も実は決まっている。というよりアイが性別を聞いてすぐに名前を決めたのだ。
『──漢字はまた後で考えるけど、男の子はアクアマリン! 女の子はルビー!』
……アイと出会ってから初めて言い争いをしてしまったのは今となっては懐かしい思い出だ。いや、実際は半年も経ってないのだが。それにもちろん怒鳴るような言い争いをしたわけではない。
そもそもの話、自分は別段、俗にいうキラキラネームを嫌ってない。
ルビーを娘の名前にするのはいい、しかし、息子にアクアマリンはどうなのだろうか。せめてアクアにしないか?
そう言いながら、何故その名前を選んだのか聞いてみれば、
『私にとってこの二つは特別だからってのが理由の一つ』
そう言って視線を向けた先には、アイの16歳の誕生日で贈ったアクアマリンとスタールビーのピアスが台座に飾ってあった。入院中は付けないようにしているが、こうして目の届く場所に飾り、数日に一回は手入れを欠かさないらしい。
『二つ目の理由はアクアマリンとルビーの石言葉から。ハルカもピアスを選ぶときに調べて知ってると思うけど、アクアマリンの石言葉は幸福・聡明・勇敢。ルビーの石言葉はスタールビーも混ぜて愛・情熱・常に主役』
『海のような優しく穏やかな心で幸せを育んで、だけど荒れ狂う海のような問題が起きても勇敢な心と冷静な心で立ち向かえる──そんな人になってほしいからアクアマリン。アクアだと水になっちゃうから、それじゃあダメなんだ』
『私たちと違ってちゃんと誰かを愛せるように。好きなことに情熱を向けて生きることが楽しいと思えるように。常に主役は……私とハルカの子どもだからね? 私以上に美人で引っ張りだこに決まってるよ♪ ──だから、ルビー』
アイの言葉に声が出なかった。
自分が思った以上にアイはしっかりと考えて名前を決めていたのだ。子どもたちの成長を、どんな風に育ってほしいか願いを込めた名前を。少なくとも、ただ自分の好きな物の名前を無理矢理当て字で付ける親なんかよりずっと良い名前だ。
アイの名付け理由が決めてとなり、自分はアイの命名を受け入れた。その後、名前の漢字の付け方でまた一悶着起きたのだが。いやまあ、流石のアイも
藍久愛海は初めは愛久愛海にしようとしていたが、そこは自分含めた三人の説得でなんとか事なきを得た。藍なら色合い的にもちょうどいいだろうし、アイも偽名で使ってる藍ならと納得してくれた。
「ちゃんと話し合って、アイの子どもに向けた思いをしっかり聞けたんだ。納得は話し合いの時にしているよ」
「ホント~?」
「……ぶっちゃけるのなら、藍久愛海が中学高校時代にグレないかだけ、ちょっと心配してる」
「大丈夫だよ~。ハルカに似て他の人の評価なんて気にしない子になるはず!」
「間違ってないから強く否定できねぇなぁ……」
どうでもいいが一応、中学の頃に名前が女みたいだと
「まあ、あれだ。外でだけアクアって呼ぶようにするとかは考えた方がいいかもな」
「それもそうだね。はぁ、それにしても中学高校か~……今の私と同じ年頃だよね。ね、アクアマリンとルビーが大きくなったら、したいことってある?」
「突然どうした?」
アイは少しだけ視線をドアへと向けて、声が外へ聞こえないよう小声で話す。
「前世のハルカはさ、子どもとあんまり過ごせなかったんだよね」
「……ああ」
「だからね、前世でやりたかったこともあったんじゃないかな~って思って」
「そっか……そうだな」
藍久愛海と瑠美衣を前世の子どもの代わりと考えたことなど一度もない。だけど、アイの言葉で少しだけ前世を振り返る。
やりたいこと、したいこと、と呟きながら考え、
「……送り迎えの言葉を言ってあげたいな」
ポツリと呟くように漏れた。
「送り迎えって……行ってきますとかただいまとかのアレ?」
「前世は一度も言えなかったからな。あ、休日一緒に遊びたい。一緒に料理をするのもいいな。それに──」
気付いたら、願いが止まらなくなっていた。滾々と湧き出る水のように後からあとから思いついては口にしてしまう。
そんな自分をアイは嬉しそうに見つめ、そっと梳いていた手にもたれる。
「叶えよ。私とハルカ、アクアマリンとルビーの四人で全部」
「……ああ」
それからも他愛のない話し合いを続けていると、わずかにアイが息を漏らす。心なしかさっきより瞼を重そうにしている。
「……ん~」
「眠いか?」
「ん、ちょっとだけね。まだ眠りたくないけど」
「そうか。けど、無理するなよ。出産までもうすぐなんだから」
髪を梳いていた手を離し、大きくなったお腹を優しく撫でる。雨宮先生が伝えてくれた出産予定日も一週間を切っており、既にある程度出産に対応できる人員が交代で配備されているらしい。また、未成年での双子の出産のため、もしもの時を考えて帝王切開の準備もしているとのこと。
……心配事はあるが、特に何も言わない。
「今回は早めに出るって行ってたけど、いつ頃東京に行くの?」
「そうだな……アイが眠ったら行こうかな」
「えー、見送りたいからダメ。私が起きてる間に行ってよ」
「……仕方ないな。じゃあそろそろ行くか」
「まだダーメ。もっと話してから」
「どっちだよ」
くすくすと笑うアイにつられて笑みをこぼす。
アイの前髪を掻き上げて、露わになった額と頬に唇を落とす。確か、キスする部位によって意味があり、額と頬は祝福と親愛だったはず。
「わ……えへへ、お返し」
自分の頬を両手で包み、アイは額と頬、そして唇にキスをする。
「ん……お前ね」
「えへへ、お守り代わりにね」
「ったく……最高のお守りだよ」
照れ隠しに呆れたように呟いてしまう。なんだこれ、最高かよ。
それにしてもお守り代わり、か。もしかしたらアイもただの面倒事じゃないって気付いているのかもしれない。自分もアイが一つ嘘をついていることに気付いているように。
「……行ってきます、アイ」
「うん。行ってらっしゃい、ハルカ」
最後に至近距離で互いの顔を見つめ、部屋を出る。
廊下には小鳥遊さんが待機してくれている。片手にはブラックの缶コーヒーが握られている。
「お待たせしました。……自分が来た時、いつも外に出てくれてますが、部屋で待機してもらってもいいんですよ?」
「HAHAHA、ご冗談を。私は砂糖で溺死する気はありませんので」
「砂糖? まあいいか。一応、作り置きが冷蔵庫に入っているので藍が空腹を感じたら出してください。ある程度の説明は貼った紙に書いてあるので。……藍のこと、よろしくお願いします」
「かしこまりました。……悠さん」
「はい」
「……いえ、詮無き事でした」
いってらっしゃいませ、と頭を下げる小鳥遊さんにこちらも頭を下げて病院を後にするのだった。
★☆☆☆
「──本当によかったのかい?」
悠が立ち去ってから時間が経過し、吾郎が看護師を伴って病室を訪れる。浅い眠りから目覚めていたアイに軽い問診をしてから、迷いながらも聞いた。
本当は何度も言いかけた。けれど、アイが真剣な表情をして頼み込んできた以上、担当医として患者の頼みは無碍にはできず、結局吾郎はアイの頼みを叶え──
「君の出産予定日は一週間以内じゃない──
「よくは……ないよ?」
うつらうつらとしながらもアイはハッキリと答える。
「本当はそばにいてほしかったし、誤魔化したくなかった。たぶん、今日だって知れば、予定してたもの全部放り出してここにいると思う」
前世での一件もあるが、それは胸の内でだけ呟く。
だけどそれはダメ、と代わりに声にする。
「ハルカには、ハルカにしかできないことがあるの。きっと、明日の面倒ごとも私とこの子たちのために自分から首を突っ込んだんじゃないかな」
「面倒事……それはいったい」
「知らない。けど、ハルカが嘘をついて誤魔化すってことは、私の直感だと相当めんどくさいことだと思う。たぶん厄介って言ってもいいくらい」
意味ってあってる? と首を傾げるアイに吾郎は苦笑しながら頷く。おそらくアイは面倒と厄介の意味合いのことを言っているのだろう。どちらも難しい場合に用いる言葉だが、片方は実力以内の困難を示し、もう片方は実力以上の困難を示すのだ。
だからと、アイは心配する素振りは一切見せず、笑顔を浮かべる。
「私は私がしなきゃいけないことをする。赤ちゃんを産むのはママになる私の役目だもん。それで、ちゃんとハルカが帰ってきた時に、三人で迎えてあげるんだ。おかえり、三人で待ってたよって」
「……そうか。わかった、なら俺も全力でサポートする」
「なにかありましたら私にも指示を出してください雨宮先生。こう見えて、助産師の資格を持ってますので」
「わかっ……え、資格持ってんの? 国家資格だよ? デジマ?」
側近のたしなみです、と何でもないように答える小鳥遊。絶対違うと思ったが言葉にはせず、代わりに、
「名家に仕える奴って多芸なんだな、スゲー」
とだけ馬鹿っぽく返しておいた。小鳥遊と看護師から冷たい目を向けられたが、それには気付かないフリをしてアイに向き直る。
「さて、と。それじゃあ俺は一度帰るよ。準備ができたら戻ってくる」
「お疲れ様センセ。早く戻ってきてね」
「おう。ま、俺以外にも先生はいるし、この二人もいるからな。来れなくても大丈夫だろ」
「えーヤダ。センセがいい」
男性恐怖症があるとはいえ、かなり打ち解けられたなと吾郎は嬉しい感情を内心だけで留め、看護師に声をかけてから病室を後にする。アイは吾郎を見送ったあと、小鳥遊と看護師の二人と二、三会話してから、刻限まで再び睡魔にその身を委ねるのだった。
──だから、この時誰も思いもしなかった。
それからほどなくして始まったアイの出産に、雨宮吾郎の姿がないことに。
病室での会話が、雨宮吾郎との最後のものになろうとは。
母になろうとしている少女の周囲の人間は、誰も思いもしなかった。
──カァ
★★★★
──コン、コン。
ドアをノックする音が、思考の隅で聞こえた気がした。
音と共に自分を囲っている、たいまつくしに灯る火が四十本全て、同時に掻き消える。合掌をやめ、頭に乗せたプリンを下ろす。能力で生み出したグルメ食材の一つで、プリンラクダというラクダのこぶについているプリンだ。数ミリ動いただけ崩れてしまうほど柔らかいので食禅とかでよく使っている。頭にプリン乗せて座禅組んでる姿なんて、知らない人間が見れば気が触れたとでも思われかねないが。
「時間になりました。悠様、準備はよろしいでしょうか」
「ああ」
ドアの向こうから花邑の声が届く。
たいまつくしを消し、プリンを一口で食べてからドアへと向かう。
「──よくお似合いです」
「別に服装なんて清潔ならなんでもいいと思うがな。まあ、一応礼は言っとく」
外していたボタンを留めながら部屋を出る。花邑は一歩引いて付いて来る。
今着ているのは迎えに来た花邑が渡してきたグレーのコックコートだ。ただ、サイズも丈も自分にピッタリなのは聞かないことにした。なんで今の自分の体にあうコックコート渡せんだよ、ちょっと引いたわ。
「それはようございました。──
「頭には入れてきた」
どういう理由を付けて学園や配下を納得させたかは聞いていないが、おそらくまた名家特有のスケールの大きい無茶ぶりで通したのだろう。
今回の食戟は、自分がそう言っているだけで公式に認定された食戟ではないので、爺さんとの食戟であることは公表されていない。あくまで
「要は指定されたお題を作ればいいだけだろ。簡単な話だ」
「簡単に言いますが、審査員たちは
「花邑」
「っ──」
「……ふぅう。いい、自分も過敏に反応し過ぎた」
「……失礼しました」
「まあ、心配はいらない。舌の肥えた相手に料理を出すのは
ニノとえりなちゃんを除けば、今世では初めてだが、まあそれを口にすることはない。それに不味いからと手を出されたり、熱いスープや固形物を投げつけられるわけじゃないのだ。それだけで幾分か楽な気持ちで挑むことができる。
「初めてでないとは……?」
花邑が呟いているが、自分はその声に誤魔化す声を上げなかった。
会場へ続く出入り口近くで数人の生徒が立っていた。すでにイベント自体は始まっている。迷った様子もなくこちらを見ているということは十中八九、自分が目当てだろう。
「案内はここまででいい。始まったらまた頼む」
「は。……ご武運を」
足を止め深く頭を下げる花邑に後ろ手を振る。ある程度進み、歩みを止める。
相対した数人の男女から一人が一歩前に出てくる。
「やあ、遠月学園へようこそ。十傑評議会第一席、くお──」
「名乗りは結構。君たちの名前に興味はない」
予想通り十傑評議会のメンバーだったが、バッサリと自己紹介を断ち切る。自分が憶えていないだけかもしれないが見た感じ、原作に出てきた遠月OBはいない。それに遠月学園に関わる気はあまりないのだ、名乗られても覚える気がない以上、自己紹介は不要だ。
言葉に詰まった第一席に言葉を重ねる。
「通り道に集団で固まるな、この学園でいくら偉かろうが部外者の自分にはなんの価値もない」
「なっ……は……?」
「わかったら横にズレろ。通行の邪魔だ」
「っ、君は──」
「──邪魔だ」
食圧を込めて言い放つ。
自分の言葉に声もなく驚き、よろよろと横へズレる。
話があるなら待機室にいる時に来ればいいものを。応じるかは別の話だが。
止めていた歩みを再開し、会場へと向かう。
かつての自分は、愛想も振りまく気もない。なにより人前に出たくないと、思っていた。いや、何年も経った今でもそう思っている。これまでの生活のようにB小町の、アイのマネージャー程度に顔を出し、それ以外は料理に事務、雑務と裏方に回っていれたらよかった。
けど、アイのため、これから産まれてくる子どもたちのためなら話は別だ。愛想は難しいが、人前にはいくらでも出てやる。
重たい扉を片手で押し開けて会場に入れば、眩しい照明が出迎え。
会場にひしめく観客の関心が一堂に自分に集まり。
審査員が何かを呟き、学園総帥が頷く。
そして、会場中央に集まり、こちらへいくつもの感情を向ける選ばれた生徒たち。
『ついに出てきました! 今回皆さんに対戦してもらうチームは……え、あれ、ひ、一人?』
会場中に届く司会役の声が戸惑ったように言う。
観客はもちろん、選手として選ばれた生徒からも声があがる。
それを遮り、進行を進めたのは、
「今回、生徒諸君と模擬連隊食戟をするのは──薙切悠ただ一人のみである」
壇上の上に立つ学園総帥。
ざわり、と別の意味でざわめきたつ。
その中で自分は静かに告げられた名前を心の内で呟いていた。
薙切悠──もしかすれば、それが正しい苗字だったのかもしれない。似てはいるが産まれてからずっと名桐だから、違和感しか感じられないが。
いつかは慣れるだろうか、と思いながら、緩くまとめていた髪を解き、一つにしっかりまとめて首元で縛り、髪を縛る紐に付いた筒状の髪留めで紐を隠す。
一世一代の大舞台、アイへの想いを胸に。使える手段を全て使って。
さあ──はじめよう。
Tips『
本来の苗字を引っ提げて大舞台に立つ。戸籍を移したとかではなく、あくまで芸名のような気持ちで名乗っている。仙左衛門お爺ちゃんは孫を薙切と紹介できて、鋭い眼光の裏でご満悦な様子。ちなみに悠が着ているコックコートもお爺ちゃんセレクション。
Tips『連隊食戟』:
集団対集団という団体戦による変則食戟。どちらかの陣営全てのメンバーが敗北するまで続けるという、いわゆる勝ち抜き戦方式の食戟。ここ数年は遠月学園内で開催されたことはなく、今回の催しは名目上、連隊食戟というものを知ってもらうために総帥自ら企画された。なお、公式に記録された最後の連隊食戟は一般生徒五十人対十傑第二席一人というものだという。それを最後に連隊食戟を行う者はいなくなり、次第に風化して人の記憶から忘れられていった。
さて、ここまで来たけど……食戟、どうしよう。
未だに悩み中&リアルが忙しないので、更新は遅れると思います。可能ならこの章を書ききってから投稿したいなぁ(何十日かかることやら)