愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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à la carte La carte7

〈苺プロ新部門〉

 

 

 始まりは一本の電話からだった。

 

「……料理の依頼?」

『うむ。先の食戟以降、悠の料理を食べてみたいと遠回しに願い出る者が後を絶たなくての……それに、未だ悠を悪し様に囁く者共にわからせる良い機会でもある』

 

 出産後の一ヶ月検診を前倒してもらい、数日前に宮崎から東京の新居へ戻ってきた悠のスマホに掛かってきた電話の相手は仙左衛門だった。検診を待つ間に、悠は一度、仙左衛門の元を訪れ、食戟で得られるモノの書類や契約等を色々と交わしており、その際に連絡先も交換していた。

 アクアとルビーの相手をミネたち三人に任せ、悠は少し離れたところで会話を始めた。アイは双子のお守りが一番多いミヤコと共にお昼寝中である。この場にいない壱護はアイとニノの復帰後最初の仕事の調整を行っている。

 

 ──きゃっきゃっ。

 ──きゃー見て。今、ルビーがアタシの方見て笑ったわよね!?

 ──なに言ってんのよ。ウチ見て笑ったんですけど?

 ──あ?

 ──なによ?

 ──張り合わないでください、二人とも。子どもたちの前ですよ?

 

「依頼内容や報酬、拘束時間によるな。海外や日を跨ぐのはNGだ。自分にも本来の仕事がある」

『無論だ。数人ずつ、複数の料理を一度に作ればその要望には応えられる。(せん)だって希望する料理を提出させれば、拘束時間も減らせられよう』

「そうだな。ああそれと、創作料理は無理だ。食戟で見て気付いているかもしれないが、自分が出せるのは既存の料理を工夫する程度。味の開拓(・・)なんてできないから、やるんだったら、それだけは徹底させてくれないか」

『……そうだな。あの時のような料理は、お主の感情がはだけなければ無理であろう』

「感情がはだけるってなんだよ」

 

 あの時の自分はそんなだったのか、と今更恥ずかしくなってきた悠。なお、その時の食戟を撮影されていることを知り、アイたちの前で録画された映像を流されて珍しく羞恥心で顔を覆うことになるのは、まだまだしばらく先の話である。

 

 ──あう。

 ──反面、アクアくんは大人しいですね。

 ──ホントね。そういうとこは父親そっくりというか。

 ──どうか、暴走癖まで似ませんように。

 ──うぅ?

 ──でも可愛さは断然上だわ、うん。

 ──右に同じく、ですね。

 ──ぐうかわ。

 

「まあ個人的にはこの場で受けてもいいが……その依頼、苺プロ経由で回してくれないか?」

『確か、悠の所属する芸能事務所だったな。元後見人のためか』

「ああ。公私でずっと世話になってきたんだ。後見人から外れたとはいえ……いや、外れたからこそ少しでも恩を返したい」

『ふ……そうか、そうだな。儂はその者の為人(ひととなり)を知らぬが、悠にとっては善き後見人だったのだろうな』

「……ああ。信頼できる大人(ひと)だよ」

『機会があれば言葉を交わしたい。折を見て、伝えてはくれぬか?』

「わかった。自分も爺さんと話したいこともあるし、あの人は嫌がるだろうが伝えておく」

 

 ──……おぎゃー! おぎゃー!

 ──わっ、急に泣き出した!? ど、どうしたんでちゅかぁルビー?

 ──急なマザリーズ*1。流石ミネ、女優志望なだけはある。

 ──ま、マザリーズって何!? じゃなくて、ど、どうすればいいのよ!?

 ──はいはい、貸して。ルビーちょっとごめんねぇ……よっと。

 ──はんぎゃー!!

 ──いてて、ごめんごめん。急にオムツの中覗かれたら怒るわよね。でもうん、予想通り催してる。

 ──はぁ、すぐにわかるものなんですねナベちゃん。

 ──弟たちのお世話してたから。はい、ルビー。オムツ替えてキレイキレイになろうねぇ。

 ──……うぅぅ。

 ──あら、もしかしてアクアくんもかしら。よいしょっと、ペラリ……アクアくんもですね。

 ──ウチはルビーのやってるから、アクアはミネかニノが替えてくれる?

 ──ニノ……オムツ替えってどうやるの?

 ──……わたくしに聞かれても。

 ──待てこら、オムツ替えもできないのになんでお守り引き受けた。

 ──双子が可愛かったから。(ミネ&ニノ)

 ──……。

 

『ところで……奥が騒がしいようだが、赤子を預かっておるのか?』

「ああ、スタッフの子だ。すまないが、向こうがトラブル起こしかけているみたいだから、そろそろ切るぞ。依頼の方は社長に聞いてから、こちらから掛け直す」

『うむ』

 

 通話を切り、悠は視線を向ける。

 慣れた手つきでオムツを替えながら指示を出すナベと、あたふたしているミネとニノ。アクアとルビーは泣いていないが、何故か「早くしてくれないかな」みたいな表情を浮かべているように見えた。

 苦笑を浮かべ、悠は声を掛けながら戻るのだった。

 

 

 後日、苺プロにて、悠の情報が整理された。

 事務スタッフ兼マネージャー見習い兼B小町専属料理人兼──

 苺プロダクション料理人部門(・・・・・)所属──薙切(・・)悠。

 部門所属人数一人。依頼先も一件のみ。これから人も依頼先も増える予定は特になし。

 けれど、思いの外何度も依頼が来るとは悠も壱護も思ってもみなかった。

 

 

 

 

  ☆☆☆☆

 

 

 

 

〈センチュリースープ(仮) その2〉

 

 

 誰もいない自宅のキッチンで、自分は静かに調理をしていた。

 アイと子どもたちはいない。アイはミネたちとリハビリを兼ねて復帰後の新曲の練習に出掛け、藍久愛海と瑠美衣は壱護さんとミヤコさんが斎藤家へ連れて行っている。

 

「お前も根詰めてただろ。双子は見とくから一人の時間を楽しんで来い」

 

 なんて言葉に甘えて見送ったが、正直なところ趣味と呼べるものを自分は持っていない。特にすることも思いつかなかったので、こうして調理に没頭しているのだった。

 静かな自分とは対照的に、キッチンに響く調理の音。そして──食材の声。

 言語ではない──だけど、間違いなく声として耳に、意識に伝わってくるのを感じ、その声に導かれるように食材を選び、調理し……料理(ゴール)に近づいていくのがハッキリとわかる。

 

 食材の声が聞こえるようになっていたのに気付いたのは、模擬連隊食戟が終わってからだった。

 あの時の感情の暴走が引き金になったのは言うまでないのだろうが、どうして聞こえるようになったのかまではわからない。けれど、この声のおかげで十傑との食戟を圧勝という形で終わらせることができたのだ。食材たちには感謝してもしきれない。食材に対して感謝の念を忘れたことなど、前世で死ぬ間際のあの時から一度たりともないが。

 とはいえ、いつも食材の声が聞こえるわけではない。

 アイのために食事を作る時は大抵聞こえるが、それ以外はまったくと言っていいほど聞こえてこない。──このスープを作っている時は除いて。

 センチュリースープ。

 どうしてこのスープを作っている時だけ声を聞かせてくれるのかは知らない。けど、スープが完成させられるのならなんだって構わない。声を聞けばきっと、

 

「──……って思ってたんだが、そう都合よく完成するわけないか」

 

 食材の声に従って調理を進めたが、完成したのは自分だけの力で辿り着いた透明のスープ。一口味を見たが、間違いなく美味しさはこれまでで一番の出来だ。しかし、これは完成(・・・・・)ではないと(・・・・・)、自分の中の感覚がそう告げているし、何より本物のようにオーロラが出ていない。このスープにはまだ、ピッタリ当てはまる食材或いは調味料(パズルのピース)が足りないんだろう。

 

 まだアイに出会うよりも前。ある程度自分の転生特典に慣れてきた頃に、一度だけセンチュリースープを飲んだことがあった。あの味は10年以上経った今でも忘れることはできない。漫画の描写通りの──それ以上の衝撃だった。味も、見た目も、食べた後の全部が……いや、流石にあのだらしのない顔は忘れよう。美にうるさい美食四天王の彼がスープを飲まなかったのも納得できてしまったぐらいに、あの顔だけは許容範囲外だ。……スープは本当に美味しかったが。

 閑話休題。

 そこで生まれて初めて愛を知りたい以外の欲が湧いてきた。ただの憧れだった夢を、現実では再現不可能な料理を、漫画のような実力を持った自分なら、グルメ食材を使わず普通の食材だけで作れるのではないか? と。そう思ってしまった。

 結果は──ごらんの通り、目の前の透明なスープが今の自分の集大成だ。

 これはこれで悪くない。けど諦める気もない。

 まだ自分は20にも届いていない。時間は十分にあるのだ、気長にやっていこう。

 

「──ただいま~」

 

 内心で気持ちを改めながら、調理台に広げた食材や調味料を眺めていると、玄関からアイの声が聞こえた。ふと外に視線を向けてみれば、いつの間にか陽は傾き夕日に変わりかけていた。

 スープ作りに没頭して、時間を忘れていたようだ。

 帰宅しキッチンに入ってきたアイに声を掛ける。

 

「おかえり」

「はぁ~ひさびさの練習は疲れた疲れた。やっぱ一年近く離れると鈍るもんだね。くんくん……またあのメチャ旨スープ作ってたの?」

「ああ。たまには一人でのんびりしろって、壱護さんとミヤコさんが藍久愛海と瑠美衣を預かってくれてな」

「あはは、そっか~……」

 

 笑いながらスープを覗き込むアイ。少しするとハテナ顔で首を傾げ始めた。

 

「どうした?」

「んー? なんだろ、気のせいだと思うけど……声が聞こえ(・・・・・)たような(・・・・)──」

「……え?」

 

 この家、この部屋、このキッチンには自分とアイ以外誰もいない。

 いや、一つだけある。さっきまで自分も同じように聞いていた()が。

 

「アイ、まさか食材の声が……?」

「ねぇねぇハルカ。これスープに入れてもいい?」

「え? あ、ああ……それは構わないけど」

 

 アイが調理台に並べた調味料の一つを手に取って聞いてきた。それは普段の調理には使うがセンチュリースープには使っていなかった調味料の一つ。

 いや、それよりもだ。どうしてアイが食材の声を聞こえる? 妊娠中の食事をほぼ全てグルメ食材で作ったからか? いや、食材の声を聞くには食運が不可欠だ。記憶が間違ってなければ、食運は持って生まれる天性の才能であり後天的に習得はできない。仮にグルメ食材を食べたことで得られるものがあったとしても、それはグルメ細胞だ。食運じゃない。

 

 なんて考えている間に、アイは手に取った調味料を寸胴鍋の上で数回振った。無造作とも思える振り方で中に入った調味料が音もなくスープの中へ溶けていき、

 

ゆらぁ

 

 スープから美しいゆらめきが立ち昇った。部屋全体に広がったわけじゃない、寸胴鍋の上にだけ。湯気がオーロラのような美しさを出しているが、天井にオーロラを形成するほどじゃない。グルメ食材で作られた本物には遠く及ばない。

 

「あ、ああ……」

「わぁ……!」

 

 けど、けれど。

 料理から出るはずのない奇跡の光景に、自分とアイは言葉を失い、ただ見惚れていた。

 ずっと立ち昇るものだと思っていたが、三十秒も経たない内に湯気は輝きを失い、白い或るいは無色の湯気に戻った。

 震える手でおたまを持ち、味見用の小皿によそい口に運ぶ。

 

「ハルカっ、私も! 私にもちょうだい!」

 

 アイの要望に答えることなく無言でスープをよそった小皿を渡す。アイは躊躇うことなく小皿を傾け一息に口に入れ──驚いたように口元を手で押さえ、コクンと飲み干すと、

 

「ん~~~~っ♪」

 

 嬉しそうな表情を浮かべ、腕をブンブンと振っている。鍋に当たって火傷するかもしれないから小さく振ろうな。

 でも、それぐらい美味かったのだろう。アイがいなかったら、自分もガッツポーズしていた。

 さっき味見をした時もこれまでで一番いい出来だと思っていた。しかし、調味料を入れてからの味は入れる前とでは段違いだ。まるで絡み合っていただけの肉や魚、野菜の旨味という糸を、太い一本の糸に()り合せたように。そんな太い糸は口に入れた瞬間、少しずつほどけていき、スープに溶けだした数十数百の旨味が口の中に、飲み込んだ後も体の中で広がっていく。

 

「はぁ……っ、美味(おい)っしいぃ……!」

「ああ、美味いな。本当に美味い……でも、どうしてその調味料を入れようと思ったんだ?」

「なんか声が聞こえた気がしたんだ。上手く言葉にはできないけど……『僕を入れて』とか『おめでとう』って言ってた気がする」

「……そうか」

 

 アイが食材の声を聞くことができた理由はわからない。でも、そんな些細(・・)なこと(・・・)完成に(・・・)近付けた(・・・・)スープ(・・・)の前ではどうでもよかった。

 ただ、自分一人で近付けたかった、と少しだけ残念な気持ちもある。まあ、ただの独りよがりなものだ。むしろ、食材は「誰かを頼れ」的なことを自分に伝えようと、アイへ語りかけたのではないだろうか。

 何を言っても推測の域を出ないが。そんなことより──

 

「アイ。このスープ以って斎藤宅に行こうか。皆で飲もう」

「うん! ……あ、ミネちゃんたちにも飲ませたいんだけど」

「たぶん残らないだろうし……また今度、作るよ」

 

 今は完成に近付いたこのスープをアイだけじゃない、壱護さんやミヤコさんにも味わってもらいたい。流石に産まれたばかりの藍久愛海と瑠美衣には早すぎるので飲ませられないが、飲めるようになったら飲んでもらいたい。

 スープを保温性の優れた容器へ移している間に、アイは壱護さんへ連絡を取っている。

 準備を済ませると、冷めないうちに自分はアイを抱え斎藤宅へ跳んでいくのだった。

*1
赤ん坊や幼子に話しかけたり、あやしたりする時に発する声掛け。ワントーン高い声や同じ言葉を繰り返したり、幼子の反応を確認できるよう間隔を空けてゆっくり声を出すなど、特徴は様々。




Tips『食運』:
 食材に導かれ、食材の正しい調理法がわかるなど食に恵まれる才能。食材の声が聞こえるのも食運による才能の一つ、と本作では解釈している。原作でも曖昧だからね、しょうがないね。
 悠は言わずもがな、アイが食材の声を聞こえる理由は不明――ではなく。
 アイは長年、少しずつグルメ食材を食べており、幸か不幸かグルメ細胞の適合が上手く肉体に馴染んだ世界初のグルメ細胞所持者。悠は転生者のため除外。ちなみに壱護やミヤコ、B小町の三人といった、アイ以外にグルメ食材を現時点で食べた人物は全員適合していない。
 加えて、アイは適合食材『■■■』を体内に取り込んでいる。明確な描写はしていないが、わかる読者はわかる、はず。ヒントは『トリコ』でもあった誰かの適合食材をイメージすればヨシ。ついでに言えば悠の適合食材『■■■■』も同じ設定。この似た者同士さんめっ、早く気付け♪
 最後に、アイはガラス片の混じった白米や悪阻の時を除けば、いつも出された料理は完食している。幼少期は冷めた残り物だったり、異物が混入しているのでは? と、怖いと思ったりもしていたが、それでも生きるために食べてきた。悠と出会ってからの料理はその感情を吹き飛ばし、嘘偽りなく美味しいと言えるものばかりだった。だからこそアイはいつも料理への、食材への、そして作る人(ハルカ)へ感謝を忘れない。
 理由になっているかは不明だが、以上のことから、食材はアイへ言葉を伝えたのかもしれない。真実は食材にしかわからないが――それ以降アイは食材の声を聞くことはなかった。


Tips『センチュリースープ(合作)』:
 食材の声を頼りに悠が作った未完成のスープに、食材が特別に声を届けたアイが振りかけた調味料によって出来上がったスープ。
 原作のように周りにオーロラが浮かび上がることはないが、少しの間だけ湯気がオーロラのように輝く。また、当然ながら使っている食材のレベルが違うため、原作のセンチュリースープよりも味は下と悠は判断している。しかし、この世界の人間にとっては至極の逸品或いは必殺料理(スペシャリテ)と呼べるほどの料理。
 ちなみにアイが振りかけた調味料は現実にも存在するものだが名前は内緒。というかあまりにもご都合主義すぎるので、終盤の『トリコ』のように深く考えないでいただけると幸いです。




 最後はちょっと適当な感じがしますが、ある程度書きたい番外編は書いたので、投稿後に次章を書き始めます。
 多分これまでよりのんびりじっくりと書くと思います。気長に待っていただけると幸いです。

 それでは次章『記録⑤ 新しい生活と知らない感情(キモチ)』よろしくお願いします。
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