愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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五話

「~♪」

 

 車内から流れる外の景色を鼻歌交じりに眺めるえりな。

 

「ずいぶん機嫌が()いな、えりなや」

「あっ……、し、失礼しました」

「よいよい。儂はあれから何度も会っておったが、えりなが悠と会うのは連隊食戟以来だからのう」

「えと……はい。悠お兄様に久し振りに会えるということで浮かれていました」

 

 祖父、仙左衛門の言葉に、つい嘘をついてしまいチクリと胸が痛む。

 確かに悠に会えるのも楽しみの一つだが、それ以上にテレビ越しにしか見れない推しに生で会えることが、えりなの意識を大半を占めていた。

 しばらく前に悠から連絡があり、大切な話があるということで一日予定を空けたのだが、仙左衛門からえりなへ電話を替わってから、こっそり言われたのだ。

 

『その日はB小町も来るから、推しに会わせてあげる。緋沙子ちゃんも連れてくるんだよ』

 

 その日から、今日が来るのを今か今かと待っていたのだ。緋沙子にも後でこっそり教えたら、隠れてガッツポーズしていたのは見なかったことにした。

 しかし、仙左衛門には内密にしていることなので口には出せなかった。えりながアイドルに興味を持っていることは緋沙子と花邑の三人だけの秘密なのだ。

 

 ──仙左衛門がそのことを知っているとは知らずに。

 とはいえ、仙左衛門は孫の趣味を咎める気も、咎とも考えてはいなかった。

 えりなは教育(あんな事)があった後でも、幼い身ながら薙切家のためと神の舌と精神(こころ)を擦り減らして味見役を務めている。もちろん薙切家の人間として相応しくあるため勉学も常にトップをキープしている。

 それを思えば、好きなことぐらいは自由にさせてやりたいのだ。薙切家当主としての責務がある以上、祖父として、してあげられることは少ない。

 だから仙左衛門は今日も気付いていないフリをする。

 

 花邑の運転する車は自然に囲まれた施設に到着した。私有地と公有地を分ける入り口には『未来の家』と描かれた看板が門柱に飾られている。

 駐車場に車を駐車し、助手席に乗っていた緋沙子が後部座席のドアを開ける。仙左衛門とえりなが降りると、広場からは子どもの笑い声が聞こえてきた。

 えりなは初めて来た施設や遠くで遊んでいる子どもたちを見回す。一部の子どもは施設を訪れたえりなたちを目聡く見つけ、指を差したりしている。

 

「ここは……?」

「──ここは『未来の家』。身寄りのない子どもたちが様々なことを学び、育ち、それぞれの未来へ己の足で進めるよう手助けする場所です」

 

 えりなの疑問に答えたのは、こちらへ歩いてくる職員らしき人物。

 顔に刻まれた皺は歳を重ねていることを証明しているが、ピンと背筋を伸ばした姿は堂々したもので、矍鑠(かくしゃく)たる*1一人の女性だった。

 

「直接会うのは数十年振りかの? 四條の。元気そうで何よりだ」

「はっ、はじめまして!」

「そっくりそのまま言葉を返しますよ仙左衛門。今になって若い頃のような気炎を上げているようで。──ええ、はじめまして。あなたが薙切えりなさんね。私は四條。この施設と四條家の代表を務めています」

 

 それと、と後ろに控える緋沙子と花邑に視線を遣り、

 

「えりなさんの従者、新戸緋沙子さんと──連絡の一つも寄越さない癖に都合の良い時だけ手を借りる馬鹿たれね」

ごくっ……はい、よろしくお願いします(この方が、お父様が敵に回してはいけないと挙げた四條家の長。とてもそうは思えないけど……)」

「その節はどうも、ご迷惑をお掛けして……」

 

 驚く緋沙子と頭を下げる花邑。

 四條は瞳を細めて、パンと手を打つ。

 

「それでは案内しましょう。待ち人がお待ちかねですから。ただし──」

 

 驚いて腰を抜かないように、と意味深に呟いた。

 

 

 

 

 廊下を歩くたびにキィキィと音が鳴る。五人で歩いている中、音を鳴らさずに歩みを進めることが出来ているのは四條のみ。えりなや緋沙子はどうにか音が鳴らずに歩けないか試しているが、上手くいかず諦めた。

 

「今日はこの施設出身の子が所属するアイドルグループが訪れるので、少し騒がしくなりますが我慢してください。あの子に久し振りに会えるのを楽しみにしている子たちもいますので」

「構わんよ。むしろ、その催しにえりなも参加させてもらえるとありがたいが」

「え……」

「ええ、もちろん。えりなさんも緋沙子さんも是非参加してください」

「お、おじい様……?」

 

 突然の言葉に困惑するえりなだったが、仙左衛門はえりなに向けて笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。もしかして知っていた? と思ったが、えりなは質問せずに「ありがとうございますおじい様」とだけ言うことにした。

 老朽化した廊下を進み、廊下の材質が変わって音がしなくなり、階段を上り、入り口からだいぶ離れたとある部屋の前に通される。

 コンコンと四條がドアをノックする。

 

「悠。薙切家の皆さんが来ましたよ」

『──入ってくれ』

 

 ドア越しに悠の声が聞こえた。

 四條がどうぞ、と横にズレつつドアを開けて入室を促す。

 

「邪魔するぞ、はる、か……」

 

 まずはじめに部屋に入った仙左衛門。しかし、その足は一歩二歩進んだだけで止まり、掛けた声も尻すぼみになっていった。

 入り口近くで仙左衛門が止まってしまい、えりなと緋沙子は首を傾げる。

 

「……おじい様?」

 

 声を掛けても反応がなく、仕方なく仙左衛門の横から身を乗り出すように部屋の中を覗く。

 

「悠おにい……」

 

 部屋には悠が笑みを浮かべて、えりなたちを出迎えていた。

 

「やあ、えりなちゃん。久しぶり、元気だった?」

「さ、ま……?」

 

 ただし、一人ではなかった。

 その腕に抱える二つ、いや──小さな二人(・・)。自分の半分くらいの大きさの男の子と女の子は、まるで過去に従姉妹(いとこ)と取り合いになった人形みたいだ。悠にしがみ付きながら部屋に入ってきたえりなたちを見つめている。ピンクのうさ耳フードが付いた女の子はコテンと首を傾げていた。

 

「アクア。ルビー。仙左衛門おじいちゃんと、えりなお姉ちゃんだ。挨拶しようか」

「ばぶ」 「あーい!」

 

 悠の言葉にアクア、ルビーと呼ばれたお人形はえりなたちを見ながら声をあげ、熊耳フードの男の子はちっちゃく、うさ耳フードの女の子は元気よく手を振っている。

 動いてる。つまり、悠が抱えているのはお人形じゃなく──

 

「え、え? 悠お兄様に、え……赤ちゃん?」

 

 答えに思い至ってしまったえりなは、

 

「え、ええええ────っ!?」

 

 薙切家の人間としては相応しくない、けれど年相応の叫びをあげるのだった。

 

 

 

 

  ☆☆☆☆

 

 

 

 

「ドッキリ大成功ってやつかね」

 

 驚いて開いた口が塞がらないえりなちゃんを見て、笑みが苦笑に変わる。

 花邑と緋沙子ちゃんまで入ると、師匠は部屋に入らずに部屋のドアを閉めた。

 

「お、おお、お兄様!? そ、その赤ちゃんは本当に……!」

 

 震える指でこちらを指差しながら、えりなちゃんが聞いてくる。

 藍久愛海と瑠美衣を抱えたまま近づき、えりなちゃんの視線まで屈む。

 

「そうだよ。男の子がアクア、女の子がルビーって名前だ」

「だう」 「あー」

「え、あ、えっと……は、はじめまして……?」

 

 思わず丁寧に返してしまうえりなちゃん。

 おいで、と緋沙子ちゃんと共に部屋の奥へ連れていき、職員に借りたパズルマットの上に藍久愛海と瑠美衣と共に座らせる。

 出入口へ戻り、未だ無言で立ち尽くしている爺さんに声を掛ける。

 

「爺さん」

「──ハッ」

「気付いたな。てっきり驚いて心停止したかと思った」

 

 そうなったら釘パンチの要領で気付けをするところだった。

 我に返った爺さんは目頭を揉むと、マットの上で戯れる藍久愛海と瑠美衣、えりなちゃんに視線を向ける。戯れると言っても、藍久愛海と瑠美衣はえりなちゃんと緋沙子ちゃんに視線を行ったり来たりさせるだけで、えりなちゃんははじめて赤ん坊と関わるのか、瑠美衣に手を伸ばしては引っ込めるを繰り返していた。緋沙子ちゃんはおろおろしてる。流石に学んでいる項目に赤子対策はなかったようだ。

 

「……花邑。お主は知っておったか?」

「今回は流石に。食戟後から苺プロのガードが織崎家によって固くなっておりましたが……そういうことでしたか」

 

 花邑も驚いている。以前、花邑なら子どもが産まれたことも知っているかもしれないと予想したが、ニノのおかげで隠せていたようだ。

 爺さんは椅子に腰掛けつつ、ただジッと四人の様子を眺めている。

 

 

 ──ひ、緋沙子……赤ちゃんなんてど、どう接すればいいのかしら!?

 ──そ、そうですね……そうです、名前を呼んでみてはどうでしょう。

 ──名前? そ、そうね。あ……アクア?

 ──あい。

 ──~っ、へ、返事をしたわ緋沙子! じゃ、じゃあ、ルビー?

 ──あい! おねちゃ!

 ──~~っ! 緋沙子聞いたかしら!? 今、ルビーが(わたくし)のことをおねちゃって……これってお姉ちゃんって言ったのよね!?

 ──はい、間違いなく! ……赤子ってこんなにしっかり反応したか? ……まあいっか。

 ──お姉ちゃん……(わたくし)がお姉ちゃん……! ふふ……

 

 

「……そうか。食戟の際の感情のおはだけ──急だとは思ったが、あの子らが産まれたのを知ったのであれば合点がいく。しかし、何故言わなんだ。そうすれば……」

「妊娠・出産は事務所内でも極秘事項だった。知る人間は少ない方がいいし……なにより、行為に及んだ時、妊娠中はまだ薙切家は警戒対象だったからな」

「そうであったな。今は儂らを味方だと思ってくれてる、と自惚れてもよいかの?」

「この場にいる薙切の人間はな。それに……」

 

 言葉を区切り、子どもたちに近付く。

 緋沙子ちゃんが瑠美衣の髪を恐る恐る撫でて、相好を崩したえりなちゃんが藍久愛海を優しく抱き締めたりしている。

 一声掛けて、藍久愛海と瑠美衣を抱き上げ爺さんの元に戻る。

 

「抱いてあげてくれないか」

「……よいのか」

「ああ。ただ、薙切家当主としてじゃない。アクアとルビーの曾祖父(そふ)として接してくれないか。どこにでもいる、ありふれた祖父と孫のように」

「……」

 

 爺さんは自分から藍久愛海と瑠美衣を受け取り、両手で抱きかかえる。瑠美衣は厳つい外見や右目に刻まれた傷跡に少し怖がっているが、嫌がる様子は見せない。

 

「小柄だが重いの。赤子を抱いたのはえりなとアリス以来か……」

「アリス……自分から見て、伯父の娘だったか?」

 

 原作として知っているが、知らないフリをする。

 

「うむ、今は北欧で暮らしておる。機会があれば会ってみるか?」

「この子たちのことを考えれば交友関係は広げた方がいいかもしれないが、しばらくは隠しておきたい」

「わかった。……改めて子どもたちの名前を聞かせてくれるか?」

 

 爺さんの頼みに頷き、一度瑠美衣を返してもらい、

 

「男の子が藍久愛海。アクアと呼んでほしい」

「ばぶ。じーちゃ」

「うむ。男児にしては少し儚げな印象だが、利発そうな子だ。もう話せるのは以前聞いたお主からの遺伝かの」

 

 特に名前のことに触れることなく藍久愛海と目線を合わせ、目尻を下げて微笑む。

 藍久愛海と瑠美衣を交換し、

 

「女の子が瑠美衣」

「じぃじ!」

「おうおう、この子も話せるか。賢くもあるが、それ以上に元気でよいの。大きくなったらえりなやアリスに負けず劣らずの美人になりそうだ」

 

 元気のいい瑠美衣にさっき以上に笑みを深くする。

 最初は怖がっていた瑠美衣もすぐに笑みを見せるようになった。

 えりなちゃんが近寄り、爺さんの膝に乗った瑠美衣の頭を撫でる。その光景に、爺さんは更に笑みを柔らかくして、えりなちゃんの頭を撫でた。

 

「──悠」

「なんだ?」

「お主は今──幸せか?」

「──ああ。十分過ぎるくらいに」

「そうか。そうか……」

 

 爺さんは感慨深げに呟くと、視線を下に向け、

 

「儂にできることがあれば、いつでも言ってほしい。薙切家当主ではなく──お主とこの子たちの曾祖父(祖父)として力になると、我が残りの人生を賭けて誓おう」

「人生を賭けるとか誓いとか相変わらず古めかしく言うなって。普通にえりなちゃんやアクアとルビーを祖父として甘やかしてあげてくれればいいから」

「む、そうか」

「でも──ありがとう、爺さん」

「……うむ」

 

 自分が今どんな表情を浮かべているかわからないが、自分を見た爺さんは満足そうに頷いた。

 よかった。二人とも、しっかり受け入れてもらえている。

 これで自分やアイに何かあったとしても、壱護さんやミヤコさんだけでなく爺さんにも任せることができる。無論、そんなことは起こさせる気はないが。だが、何事も例外は存在する。アイが連れ攫われた時のように。

 祖父としてと言ったが、きっと何かあれば薙切家の権力も使って大抵の問題から藍久愛海と瑠美衣を守ってくれるはず。

 さて後は──と、考えたタイミングでドアがノックされる。

 

「イベントが始まりますよ」

 

 ちょうどいいタイミングだ。

 えりなちゃんと緋沙子ちゃんに声を掛けて、師匠に二人を連れて行ってもらう。えりなちゃんは何度も藍久愛海と瑠美衣の方を振り返りながら、緋沙子ちゃんと共に部屋を後にする。

 

 さて後は、この子たちの母親を(・・・)紹介したり(・・・・・)、壱護さんと爺さんの対面だが。

 えりなちゃんが真実を知った時、どんな反応を見せるのかだけは不安だ。

 そう思いながら、爺さんと子どもたちを抱っこしながら会話をするのだった。

 

 

 

 

  ☆☆☆☆

 

 

 

 

 悠たちがいた部屋からえりなと緋沙子は四條に連れられて階段を下りていく。さっきまでいたような部屋は三階のみで、それより階下は学校の体育館みたいな講堂になっている。三人が下りていくとだんだん施設の子どもたちやB小町の挨拶が聞こえてくる。

 

(はぁ~……それにしても、アクアとルビー、可愛かったなぁ。赤ちゃんって初めて見るけど、あんなに小さくて可愛いものだったのね。声を掛ければ、ちゃんとお返事を返してくれるし、何といっても(わたくし)のことをお姉ちゃんって呼んで……)

 

 階段を下りながら、うふふと今しがたの出来事をえりなは振り返る。

 過去に共に暮らしていたアリスとは従姉妹(いとこ)だったが、どちらが姉か妹だとはどちらも考えたこともなかった。

 

(わたくし)や緋沙子、アリスが赤ちゃんだった時もそうだったのかしら? おじい様に聞いたら教えてくれるかしら?)

 

 思い出しただけで胸の中がほんのり暖かくなって、嬉しくなってしまう。自然と顔が緩んで笑顔になってしまう。

 こんな風に笑えたのはいつ以来だろうとえりなは思い返す。

 アリスと一緒にお屋敷で暮らしていた時?

 才波様の料理を食べた時?

 それと同時に──ほんの少し羨ましい気持ちも生まれていたことにえりなは気付いていた。

 悠がアクアとルビーに対して見せていた、とても優しい表情。その顔を──えりなは父親と母親から向けられたことがあっただろうか。

 ──思い出せない。たった数年前のことなのに……思い出せるのは、料理を食べて辛そうなお母様と幽鬼のように恐ろしいお父様のお顔だけ。

 

「──えりな様?」

 

 緋沙子の声にハッと我に返る。

 考え事をしている間に講堂に到着したようだ。えりなはふるふると頭を振って、

 

「なんでもないわ、行きましょう緋沙子」

 

 意識を嫌なことから切り替える。

 

(そうよ。今は嫌なことを考えることよりも、もっと大事なことがある。薙切家の人間として生きる以上、今日のようなチャンスはこの先二度と訪れないかもしれない。でしたら、おじい様も許してくださった最初で最後の機会を思う存分楽しむのよえりな!)

 

 四條が開けてくれた扉を通って、えりなと緋沙子は講堂に入る。

 入った瞬間、二人の目に飛び込んできたのは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行っくよー! 明るく、楽しく、元気よくっ! みんなで一緒に盛り上がろうっ!!」

 

 B小町の四人が立っているのは、えりなたちや集められた施設の子どもが立っている場所より二段三段ぐらい高いステージ。学校で例えるなら校長が話をしたりする舞台だろう。

 現在はまだ昼過ぎ。太陽が窓から差し込んで明るいのに、観客となった子どもたちの目には、まるで四人だけがライトで照らされているように舞台が光り輝いて見えた。

 

 その壇上で──

 それぞれのイメージカラーの衣装を着て、

 なんとも言えない表情の動物の髪留めを付けて、

 B小町が流れてきた曲に合わせて歌い、踊りを披露する。

 

 以前からアイを知っている子どもや、アイを知った上でB小町のファンである年長の子どもは楽し気に声や腕を振り上げている。

 アイが悠と共に最後に訪れて以降、施設に入所した子どもや、アイドルなどがあまりわかっていない幼い子は、最初こそ驚いたものの、歌い踊りだしたB小町の姿に言葉を失い、目が離せなくなっている。なかには、わからなくても腕をブンブン上下したり、B小町の踊りの真似をしだす子どもも出てきた。

 

 えりなもまた同じように目が離せないでいた。

 薙切家の人間として、産まれた時から一生安泰、誰よりも恵まれてる──

 そんな言葉を陰から、時には堂々と言われてきたえりなが唯一、薙切家の人間としてでなく、一人の少女であるえりなが、初めて見た時から魅了され、目を離せなくなってしまった推しが、

 えりなが何度も繰り返し見た踊りを舞い、こっそり小さく口ずさんだ曲を歌っている推しが、

 B小町アイが──確かに、そこにいた。

 四條と共にステージに近付く。B小町が踊るステージの前で見ている子どもたちはちらりと後ろに立ったえりなを見たが、すぐに興味を失いB小町に視線を戻す。知らない子どもが急に来るのは、この施設ではよくあることなのだ。

 

『あ・な・たのアイドル~。サインは~?』

 

 アイは踊りから抜け出して子どもたちに近付くと、サビの部分をアレンジして、問い掛けるように歌い、マイクを向けてくる。

 歌詞を知っている施設の子どもたちはわかってるように。

 えりなと緋沙子は反射的に、

 

  ──Bィ~!!

 

 大きな声で答えた。

 えりなと緋沙子はすぐに我に返り、大声を出したことに頬を赤く染めるが、

 

『いいよー! みんな上手だね♪ いぇい☆』

 

 アイのウインクに別の意味で顔が赤に染まっていく。

 

 ──すごい。これが……これが生で見るアイドルなのね。

 

 テレビ越しでしか見ることができなかった本物のアイドルの姿に、えりなは興奮していく。

 立ちっぱなしで見ているだけだったのが、いつの間にか腕を振り上げていた。

 職員の方が配りはじめたペンライトを一心不乱に振っていた。幸運にもえりなと緋沙子が受け取ったペンライトは、それぞれ推しの色に光るものだった。

 

 後ろで立ってたはずだったのに、見ている内に緋沙子と一緒に名前も知らない施設の子たちともみくちゃになりながら見ていた。薙切家であれば周りから下賤な者と触れ合うのは、なんて言われてしまうような状態。でも不快な気持ちには全然ならず、この状態すら悪くないと思えていた。

 

 気付けば──えりなは大きな声で笑っていた。

 緋沙子も最初は戸惑ったり、えりなの心配をしていたが、次第に周りに合わせるようにペンライトを振り、今はえりなの隣で笑っていた。

 いつもは従者の身だと言って後ろに控えているだけだったのが、

 

「緋沙子! うふふ……あははは──!」

「えりな様……ふふ……あはは!」

 

 ほら、こんなにも簡単に隣で笑い合ってくれる。

 

 ──やっぱりアイドルってすごい! それに楽しい……すっごく楽しい──……!

 

 それから──

 B小町は合計二曲とアンコールの一曲を披露して。

 その後は衣装から着替えてからレクリエーションとして施設の子どもたちと一緒に遊んだ。当然、えりなと緋沙子も参加した。

 

 

 レクリエーションが終わり、あとはちょっとした質問コーナーだけだったが、えりなと緋沙子は四條に呼ばれ、少し早めに部屋に戻ることになった。子どもたちは四條に文句を言ったり、二人に別れの挨拶を告げていた。口々に言われ、少し混乱したが、えりなは、

 

「ええ、また」

 

 どうにか挨拶を返し、講堂を後にした。

 四條の後を歩きながら、えりなは胸に手を当てる。

 まだ興奮でドキドキと高鳴っている。

 

(こんなに鼓動が早くなったのは才波様と写真を撮って以来かしら……)

 

 楽しかった。

 B小町のライブもそうだったが、知らない子ばかりだったのに一緒に遊ぶのも。これまで遊んだ相手などアリスと緋沙子以外いなかったから無理もないだろう。

 ──今日この日を、(わたくし)は絶対忘れない。

 胸の内で固く誓うえりなだった──が。

 

 この後、これ以上に驚愕する真実が判明することを。

 絶対──否、一生忘れられないだろう衝撃が自身に襲い掛かるということを──満足して胸がいっぱいになっていた今のえりなには知る由もなかった。

*1
歳をとっても丈夫で元気のいいさま




Tips『未来の家』:
 悠は赤ん坊の頃から、アイは母親が捕まってから、壱護にスカウトされて引き取られるまで過ごした児童養護施設。東京都郊外の自然に囲まれた場所に存在する。
 現在は赤ん坊から中学生までの年齢の子どもたちが入所して暮らしている。職員は半数が四條家に属する者たちで、それ以外は施設の卒業者が働いている。


Tips『四條』:
 四條家及び『未来の家』の代表を務める女性。自分を母親や祖母と思わせないように、子どもたちには四條と掛けて「師匠」と呼ばせている。
 本人曰く、「当主の座も施設の代表も形として引継ぎを済ませていますが、何かあった時、責任を取るのが私の最後のお役目です」と高齢ながらも未だ現役で仕事を続けている。でも子どもたちとサッカーするくらいスッゲー元気。この世界の老人方、原作キャラ・オリキャラ共々、みんな元気が良すぎでは?
 様々な場所に顔が利くようで、名前がわからず捨てられた子どもは本来、市町村長が名前を付けるのだが、『未来の家』に引き取った子どもは彼女が全員名付けている。


 『未来の家』と四條には元ネタが存在するが、気付いた人はたぶん私と同年代(のはず)。
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