愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
二年前、隣に座り
自分はアイに「会ってほしい人がいるんだ」と言われ、特に疑うこともないままアイに連れられてフードコートの一角で件の人物と向き合って対面していた。
……まあ、流石に特に疑うこともなくってのは嘘だが。
突然、会ってほしい人がいるって聞かされた時は動揺した。早いな、と驚く気持ちにこんなあっさり見つけるのか、という少しばかりの嫉妬を混ぜ込んで。
自分はといえば相変わらず愛がどんなものかまったくわからずに過ごしている。
あの一件から自分に甘えてくるようになったアイと他より少しばかり贔屓目に接したり、家族だからと自分の最大の秘密である転生特典を教え、時々グルメ食材を二人で内緒に楽しんだりしているが、愛のあの字もわからなかった。
……いい加減現実に戻ろう。
どうでもいい話を頭の隅に追いやり、改めて目の前に座る人物に視線を向ける。
金髪にサングラスをかけた年上の男性。イケメンというよりチャラい。
やはり、そういう相手ではなさそう、というのが第一印象だった。
「どうした? 突然頭を押さえて」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
「!?」
隣でアイが信じられないモノを見たような表情を浮かべている。そういえばアイの前で敬語で話したのは初めての気がする。失礼な、虐待されていた前世はだいたい敬語だったんだ。嫌な思い出しかないから使いたくないが。
「そうか? じゃあ改めて自己紹介だ。俺は苺プロダクションという事務所の社長をやっている斎藤壱護ってもんだ」
「アイと同じ施設育ちの名桐悠です。はじめまして」
「それと私の家族!」
そうだな、と頭を撫でる。
斎藤さんは難しい顔で「なきり……?」と苗字を気にしている。
「お前さん、なきりって……あの料理界の薙切か?」
「薙切をご存じで?」
「料理界を牛耳ってる上に影響力は芸能界にも及んでいる一族なんだ。小さな事務所とはいえ
「そうですか。そうですね……残念ながら自分の名桐はこう書きます」
テーブルに備え付きの紙ナフキンに苗字を書き込み見せる。
「名桐……そうか、勘違いして悪かったな」
「いえ、別段勘違いでもないですし」
「は?」
「なんでもありません。それで斎藤さんはアイとどういう関係で?」
「聞いてないのか?」
「ええ。会ってほしい人がいる、とだけ」
今度は斎藤さんが頭を押さえる。
「ああ……うん、よくそれだけで俺と会おうと思ったな」
「問題ないだろうと直観で感じましたので」
「そうか……たぶん、直感だが君も相当な変わり者だな」
自覚してます。
「数日ほど前に、星野さんをスカウトしたんだ。アイドルにならないか、と」
「でも断ったんだ」
ズズゥとストローでクリームだけを吸ってアイが続きを言う。
「だってアイドルって歌って踊って、ファンに愛してるって言うんでしょ? 愛がわからない嘘つきの私がアイドルなんてできっこないよ」
でも、と。
「佐藤社長が言ったの。嘘の愛でも本物になるかもしれないって」
「斎藤な」
「それを聞いて、ちょっと迷ったけど、なってもいいかなって思ってるの。私の嘘でできた愛が本物になれるか試したいんだ」
「……そうか」
「それでね。ハルカはもちろん手伝ってくれるよね」
「もちろん。そう約束したからな」
アイの言葉に自分は即答する。
今日ここへ連れてきたのはそれを伝えたかったのだろう。それと別れの挨拶も兼ねて。
施設に住みながらアイドルはできないと思う。多分、斎藤さんがアイを引き取ることになる。そうなればアイドルになる以上頻繁に会うことは難しいだろう。
――キュッ
……。
……? なんだ、今の? ……イタい?
一瞬だけ感じた痛みに自分は内心で首を傾げる。
そんなことを考えている横で、アイはトンッとフラペチーノのカップをテーブルに置いて、だからと前置いて、
「スカウトは私とハルカの二人にしてほしいなっ」
見るものを魅了する瞳の輝きを強め、アイはスカウトを受け入れ――ん?
受け入れた――というよりお願いした。
アイと自分を……アイドルに?
「……は?」 「はい……?」
ほらみろ、斎藤さんも驚いてサングラスがズレて点になった目が見えている。自分もそんな目をしているんだろう。
「「はあっ!?」」
二人分の驚く声がフードコートに響き広がる。
声を上げて驚くなど転生してから……いや、前世含めても初めての経験だった。
――だから、自分は忘れた。
先ほど感じた、胸を締め付けるような一瞬の痛みを。
自分がその痛みを再び味わうのは――もう少し先のことだった。
★★★☆
あの時は大変だったな、と食材を炒めながら振り返る。時計は11時を過ぎていた。
アイのお願いは、斎藤さん……壱護さんだけじゃなく自分も反対する側だった。
壱護さんの目から見て、名桐悠はルックスは良くても、アイドルや俳優として光るものが感じられない、という評価をもらった。
自分の見た目は、簡単に表せば薙切えりなに近い。そのため顔はいいんじゃないか、とは自分も思ってる。まあそれだけだ。歌は平凡。踊りはできるが、身体能力に物言わせた人の動きをコピーするだけの機械のような動き。愛想も振りまく気もない。なにより人前に出たくない。
二人じゃなきゃスカウト受けない! と我が儘を言うアイを壱護さんと二人であの手この手と説得して、どうにか自分のアイドル化は免れた。
ホッと一息つく間もなく「でもハルカと一緒じゃなきゃやだ」なんて言うのだ。壱護さんと二人でまた頭を抱えたよ。
調理を終えた料理をランチジャーに詰めて、鞄に他の荷物と共にしまう。身支度を済ませ時計を確認して部屋を出る。
アイドルにならない以上、壱護さんにとって自分は無価値な存在。ハンバーグを彩るコーンや人参みたいな付属品、いやそれ以下だ。どうにか切り捨てたかったことだろう。
だが、アイは我が儘で頑固だ。こうと決めたらテコでも曲げようとしない。二人でアイドルになることを諦めさせたのだって奇跡、とはいわないが運がよかったのだ。一度ハードルを下げた以上、最低でも一緒という部分が叶わない限りスカウトに応じなかっただろう。
結局、主に自分と壱護さんでアイやそれぞれの妥協点を出し合い、時々アイが
大きくまとめると、
・戸籍上は壱護さんがアイの親になり、自分は後見人として、二人を施設から引き取る。
・学生の間は自分は手伝いという体で事務所で裏方として働くこと。
・高校卒業後は内容はなんであれ苺プロダクションに利益を与える職種に就くこと。
こんな感じだが……正直、壱護さん思ったより良い人なのでは、と思わずにはいられなかった。
一番難しいだろう三つ目でさえ、引き取られて初めての夕食を作った際に「お前、ウチの専属料理人にならないか?」なんて真顔で言ってきたのだ。隣で奥さんのミヤコさんも頷いてたし。
加えて、施設通いでもよかった自分のために、わざわざ壱護さんの住むマンションの一室から少し離れた部屋を別で借りてくれたのだ。たぶん、アイを逃がさないようにするための投資だろうが、それでも感謝しかない。
……壱護さんたちと暮らしてるアイが週に数日は自分の部屋で過ごしているのには二人、あるいは三人で頭を悩ましているが。
そんなこんな、生活が一変した頃を振り返っている間に事務所に到着した。時刻はちょうど正午を指している。今日のスケジュールだとアイは所属するグループ『B小町』のメンバーとレッスン中なので、近場で契約している稽古場にいるだろう。そちらへ足を向ける。
食戟のソーマの世界に転生し、メインヒロインに関係のある一族に生まれた自分。
だが現実は原作関連に一切関係ない場所で、原作に関わることなく、普通……とは言いにくいが平和に生活する毎日。
愛はまだわからないが、この生活は悪くないと思ってる。
だから――このままで。
誰に願えば叶うだろうか。わからないから自分を転生させた神様とやらに願いながら、自分は稽古場の扉を開けた。
――どうか、この幸せがずっと続きますように。