愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者   作:だんご大家族

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十二話

 それはある日のこと。

 

「パパ! 私は怒っています!」

 

 洗濯物を干し終わった自分に、ビシッとスプーンを向けてくる瑠美衣。藍久愛海は隣で瑠美衣に視線を向けながらモクモクと離乳食を食べている。

 幼児という小さな体でプンスカ怒っていても可愛いとしか思わないが、そこは顔には出さずに瑠美衣の言葉に答える。

 

「突然どうした? 瑠美衣。離乳食(ごはん)足りなかったかな? それとスプーンを人に向けたら駄目だよ」

「はーい、ごめんなさーい。ごはんは美味しかったし、お腹いっぱいになったよ。でも、ママのミルクも飲みたい!」

「帰ってきたお母さんが疲れてなかったらね」

「うん! ……って違う! ごはんじゃない!」

「うん? じゃあなんだい?」

「いつになったらママのミニライブに連れてってくれるの!?」

 

 瑠美衣の言葉に、ああそれかと呟く。

 施設でB小町を遠巻きに見せた時に交わした約束。その日のように遠くからではなく近くで見られるように販促イベントで行うミニライブに連れていくというもの。

 もちろん忘れてないし、ちゃんと準備はしてきた。ただ二人にいつ開催されるかは知られないようにしていたが。ホワイトボードにもアイの欄は『お仕事』とだけ書いていたし。

 

「大丈夫、忘れてないよ」

「じゃあいつ行くの?」

「今日」

「……へ?」

「B小町のミニライブには、今日、行きます」

 

 ポカーンと口を開けたまま呆ける瑠美衣。藍久愛海はスプーンを咥えたままジト目で自分を見ている。たぶん、施設でえりなちゃんの予定を聞いた時の日時を憶えていたのだろう。

 アイが仕事に出てから外出のための準備はしていたのだ。今食べてるグルメ食材製の離乳食も外で空腹にならないように用意した物だし、家事は全て済ませ夕食の下準備もほぼ終わらせている。

 本当は食べ終わってから言うつもりだったが、まあ今言っても誤差程度だ。

 

「ごはん食べ終わったら二人のお出掛けの準備も始めるからね。ああ、だからといって急いで食べないように」

「うん」

 

 藍久愛海は素直に頷くと食事に戻る。言葉は少ないが満足そうな表情で頬張っている。この頃は母乳を飲むのにも慣れてきて特に抵抗することもなくなったが、この様子だとすぐに乳離れしてアイが残念がりそうだ。

 

「──ハッ。今日行けるの!?」

「戻ってきたか。そうだよ」

「ひゃっほー!」

「こら、喜んでもいいけど場所を考えようね」

 

 子どもたちが座っているのはテーブル付きのベビーチェアだ。喜びすぎて手足をバタバタさせれば食事がこぼれるかもしれない。

 やんわりと注意して大人しく──はちょっと無理そうだな。さっきまで怒ってたと思えない程、瑠美衣のテンションの上がりようがすごい。苦笑を浮かべ、離乳食で汚れた瑠美衣の頬を口拭き用として準備していたタオルで拭くのだった。

 

 

 

 

  ☆☆☆☆

 

 

 

 

 今日のB小町の仕事は販促イベントを兼ねたミニライブ。

 各々がそれぞれ個人の仕事を持ち始めているが、B小町としての仕事が減ったわけではない。むしろ、こういった小さなイベントの抽選にも応募して参加してくれるファンの心をしっかりと掴み、沼に引き込むためにアイドルとファンの距離が近いイベントは積極的に開催していた。

 

『それでは登場してもらいましょう! B小町のみなさんで~す!』

 

 スピーカーから聞こえる司会の声と共にステージに登場するB小町の四人。笑顔で観客に手を振り、軽い挨拶とトークを司会と交える。

 子どもたちを連れた自分は最前列の端に立つ。ここならすぐに移動することができる。

 

「はわぁ……抽選でしかあたらないミニライブぅ。それも最前列でママの生ステージが見られるなんて……!」

興奮するのはいいけど、ちゃんと約束は憶えてるかい? ルビー

 

 双子用のベビーカーの中で興奮するルビーに、消命を緩めに使い気配を薄めた状態でおしゃぶりを渡しながら声を掛けた。

 会場に入る前にいくつか守るように念押ししたことがいくつかある。

 一つ、できるだけ目立つことはしないこと。

 一つ、母親(アイ)との関係に繋がりそうな言動はしないこと。さっきはママと呼んでいたが、呼ぶのであればアイお姉ちゃんと呼ぶこと。

 他にも約束事はあるが、まあ基本はこの二つだ。一応、事務所所属の自分(スタッフ)の子どもとしてここにいる設定は考えているが、そもそもこの場に子どもたちを連れてきていることがバレただけで壱護さんからの説教は免れないだろうな。

 

「そうだぞルビー。推さない・囃さない・喋らないを守らないと途中で帰るんだからな」

「言われなくてもわかってるよお兄ちゃん。……ところではやさないってどういう意味?」

「今日の場合は手を叩いたりしないって方かな」

「へー。ま、せっかくパパが連れて来たんだもの。それに──」

ならいいよ。お父さんは気配を消しているけど、ずっと側にいるから楽しんでね

 

 瑠美衣の言葉に、頭を撫でて立ち上がりベビーカーの横に立つ。

 そういえば、と気付く。B小町のライブを観客側から見るのはこれが初めてだったことに。

 これまではライブの仕事があっても裏方で仕事をこなして見ていなかったり、ステージ裏から壱護さんやミヤコさんと眺めていた程度だ。あとは精々、会場の外で休憩中に洩れてきた音を拾うくらいか。

 

「ところでお兄ちゃん。気配を消すって……」

「……父さんだからできるのであって、普通の人は出来ないからな」

「だよね」

 

 裏から見てもファンの興奮はステージ上で踊るアイドルに負けないものだと感じていたが、こうして観客に交じってみると、その熱量がより強く伝わってくる。

 

客席(ひと)が居ようが居まいが関係ない♪』

 

 それはトークを終えB小町が歌い踊り始めた瞬間、さらに膨れ上がった。熱狂的なファンはヲタ芸を披露しているし、他の観客もサイリウムを握った腕を歌に合わせて振っている。

 最低限まで照明を絞った観客席を四色の光の曲線に彩られていた。一色だけのファンもいれば両手で二色。それぞれの手に二本を持って四色を輝かせるファンがいるかと思えば、片手に四本全てをどうにか掴んで四色八本のサイリウムをブンブン振り回す猛者もいる。人差し指から小指の間だけじゃなく親指の関節でどうにか握ってるんだろう、凄いな。ああいうのを箱推しって言うんだったか。

 

 ────ば────ぶ──

 

 というか本当に熱量がすごい。小さな会場なのに、過去に地方の大きな会場で感じた熱量にも劣らないファンの応援。対してB小町のパフォーマンスも負けていない。一挙手一投足で観客の視線を引き寄せて、魅了という光で見た者全ての意識と心を輝き焦がす。

 自分もサイリウムを持っていたら無意識に手を振っていたかもしれない。生憎と入場前に購入した二本のサイリウムは藍久愛海と瑠美衣に渡したので手元にはなかった。

 

  ──ばぶばぶ──ぶばぶば──!

 

 ……さて、と。

 そろそろ意識を逸らすのはやめるか。二人の声はさっきから聞こえていた。しかし、どう声を掛けようか悩みつつ考え事をして放置していたのだが、流石にいい加減声を掛けるべきだろう。

 ちらりとステージ上のB小町四人──アイたちに視線を向ける。歌い踊ってはいるが四人全員の視線は自分、の横のベビーカーに向けられ、見開かれた目と口が驚きを如実に表している。

 続けて観客の方へ。気付いている、ないし驚いているのは近くにいる観客だけだが、その動揺? 混乱? を含めた興味のこもった視線は段々と広がっているようだ。

 放置し過ぎたな、と感じて気配を薄めたまま藍久愛海と瑠美衣へ視線を見下ろせば、

 

「「ばぶばぶばぶばぶ! ばぶばぶばぶばぶ──!!」」

「──」

 

 

 

 

  ☆☆☆☆

 

 

 

 

 悩みは悩み。仕事は仕事。

 そう分けて考えていたはずだったけど、ファンの前に立つとどうしても頭をよぎってしまう。嘘で作った仮面のおかげで表情に出すことなく踊りながら私──アイ──は悩んでいた。

 答えは出ずに続けていると、ここ数ヶ月でグルメ細胞によって強化された──ってハルカに聞いた──耳がファンの野太い声援や喉を枯らさんばかりの応援に交じって予想外の声を拾ってきた。この場で聞くことのない、だけど聞き間違うことのない二人(・・)の声に悩んでいたことを遥か彼方に吹き飛ばして、私は目を見開いた。曲が終わってないので動きは止められなかったが、意識と視線だけを向けて──

 

「「ばぶばぶばぶばぶ! ばぶばぶばぶばぶ──!!」」

 

 ベビーカーに乗せられた金髪の赤ん坊──どこからどう見てもアクアとルビーの二人が両手に握り締めたサイリウムを一糸乱れぬ動きで振り回し、見事なヲタ芸を披露しているではないか。赤い光の残光が適当に振り回しているのではないことを長年見てきたファンのヲタ芸と比べて気付いてしまう。

 

 ──うちの子たちがヲタ芸やってるんだけどぉっ!?

 

 口と喉は別の誰かが動かしているかのようにしっかり声を出して歌っている。けれど私の内心は半ば悲鳴に近い声を上げていた。意識の全てが視線の先の光景に魅了されてしまった。

 それと、私は気付かなかったが、横で踊り歌うミネちゃんたちもパフォーマンスは続けながら表情に出して驚いていたり、表情が崩れないよう我慢したり、苦笑を浮かべていたようだ。

 

「なんだあそこの赤ん坊……ヲタ芸やってるぞ!」

「乳児とは思えないキレだ!」

「て、店長……!」

「み、見事だ……だが古参として赤子に後れを取るわけにはいかん! やるぞっ!!」

「うっす! 周囲に迷惑かけず、我ら親衛隊の真のヲタ芸を見せてやりましょうっ!!」

 

 なんか驚きや賞賛の声の他にも聞こえたが、気にしないことにした。というかアクアとルビー以外のことに意識を向けたくなかった。

 どうしてアクアとルビーがここにいるんだろう。今日はハルカと一緒に家で過ごすって聞いていたのに。なんて疑問を覚えるよりも先に、

 

 ──うちの子たち、きゃわ~~!!

 

 感情を抑えきれなかった。

 『B小町アイ』としての仮面が剥がれ落ちるのがはっきりと感じられるけど、それ以上の感情が表情に浮かんでくる。どんな表情(かお)になっているかは自分でもわからない。でも、絶対に負の感情じゃない。

 だってアクアとルビーのヲタ芸だよ。ばぶばぶ言ってるんだよ! すっごいシンクロしてるんだよ!? 双子なの!? 双子だった! きゃわ~通り越してきゃわわ~だよ!! きゃわ~ときゃわ~を掛け算してきゃわきゃわだよ!! もう自分でも何言ってるのかわかんないよ! でも止まらないし止められない、止める気もない!

 

『あ・な・たのアイドル~。サインはB♪』

 

 頭の中がお祭り状態のまま最後まで踊り切り、締めのポーズまで決めて曲が終わる。

 ファンの歓声が広がる中、一部のファンと私たちの視線はステージ上じゃなくてアクアとルビーに向けられていて。

 私たちが向けている視線にも気付かないほど興奮しているアクアとルビーはヲタ芸をやめてもブンブンとサイリウムを握った手を振り回している。

 たぶん、初めてじゃないかな。パフォーマンスしている私たちから視線を奪う相手が現れたのは。アクアとルビーなら全然オッケーだけど。

 

「あはは、すっごいわね。あの子たち」

「ええ、ええ。オタクとしての才能に満ち溢れてますね」

「その褒め方は草」

 

 知っている相手だとバレないよう当たり障りのない感想を呟くナベちゃんとニノちゃん。

 一方、ミネちゃんは、

 

「──」

 

 手で口を隠して言葉を失っていた。隠せてない瞳がキラキラ輝いている。

 叫びたいのを必死に我慢しているんじゃないかな。もしここが家だったら受け身も取らずにぶっ倒れているか、二人に抱き着いて頬ずりなんかしちゃってると思う。私も今すぐにしたいから、気持ちはすっっっごくわかる。

 

 ──ところで。

 アクアとルビーがいるということはハルカもいるのは確実だ。当たり前だけどベビーカーの安全ベルトに固定されている二人が自分たちで来れるわけがない。そもそもハルカが子どもたちだけにするなんて絶対ありえないことだ。姿が見えないってことは消命って技術を使ってるんだと思う。

 どこだどこだ~、と自然な感じで周りを見渡す、

 

「──くっ、ふ、ふふ、ふ、はは……

 

 ──前に、私の耳が抑えるような笑い声を拾った。

 小さいが間違いない。ハルカの声だ。場所的にアクアとルビーの近くで気配を消していたんだろう。それに段々とベビーカー近くに立っていた人の姿形がハッキリとしてきた。近くのファンが驚いていないところを見るにあれかな、気配を消してたんじゃなくて気に留められない感じにしていたのかも。国民的アニメの秘密道具みたいな感じで。なんだっけ? 石ころなんとかみたいな?

 さてさて、ハルカはどんな風に笑っているのか。大抵のことには動じないハルカのことだ、いつもみたいに穏やかに笑っているのだろう。

 アイドルとしての仕事もキッチリこなしながら、完全に姿を現したハルカの顔を見──

 

「は、ははっ。アクア、る、ルビー……く、はは、あははは──!」

「──」

 

 

 

 ──────。

 ────。

 ──。




Tips『グルメ食材製離乳食』:
 グルメ食材で作った離乳食。乳児用に作ったため味はかなり薄めにしてあるが、それでも普通の離乳食に比べて美味しさは段違い。
「でもママのおっぱいの方が美味しいもん」(ルビー談)
「これで授乳から卒業できる……」(アクア談)
 なお、アイの希望でアクアが乳離れできるのはもうしばらくかかる模様。


Tips『サイリウムベビーズ』:
 やっぱり我慢できなかった模様。一本は悠が購入して渡していたが、もう一本はこっそり自前の物を持ってきていた。当然、サイリウムカラーはアイのイメージカラーである赤。
 実は我慢する気なかったな? この双子。
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