愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
僕は転生者である。名前は薙切
転生前は宮崎の病院で産科医をしていたが、気が付いたら──いや小説の真似事はここまでにしよう。あるいは某名探偵風か。どっちにしろこれ以上はまずい。
僕とルビーが推しの子に転生してから今日まで、僕たちの体質とかを除けば特にこれといった問題が起こることなく、父さんとアイ、それとB小町のメンバーや斎藤夫妻に蝶よ花よと育てられていた。
オムツ替え、入浴、そして授乳といった三大試練はそろそろ慣れてきた。
恥ずかしくなくなった、と言えば嘘になるけど、父さんとアイが与えてくれる愛情? を受け続けて、恥ずかしいと逃げ続けるわけにはいかないって最近気付いたから。それに素直に甘えるのも悪くない。
オムツ替えや授乳は仕方ないと割り切っているが、お風呂はごくたまにしかアイと入っていない。流石にお風呂だけはまだ恥ずかしさが勝つ。それにルビーもアイと入りたいと駄々をこねるので必然的にアイと二人で入る機会は少ないのだ。
ところでさりなちゃんや。君、そんなに欲望に忠実な子だったっけ? いや、悪くないよ? むしろ色々と我慢してたあの頃に比べれば、自分の気持ちに素直な今の方がずっといい。……でもなぁ。
さて、そんなわけで三大試練を乗り越えた以上、あとはのんびりと成長するだけ。
──と、思っていました。
「ねね、アクアマリン。こっちとこっち、どっち着てみる?」
「や、やー……」
僕は新たな試練を前に、首を横にブンブン振っていた。
向かい合うように座っているアイの腕には、それぞれ異なるベビー服が吊るされている。
片やフリル付きのワンピース風のベビー服。イチゴのワッペンとカラーが特徴。
片や水色水玉模様のロンパース。こちらも至る所にフリルが付いて、おまけにリボンの髪留めも付属してる。
──うん。どっちも女の子用なんだけど!?
なんでだ!? 乳児の服が可愛い系が多いのは知ってるけど、それでどうして女の子用を選ばせようとするの!? まだ時々着ているクマ耳フード付きの方がいい。
「ねぇアクアマリン。ちょっとだけ、ちょっとだけ服を着てみよ? きっと似合うから!」
「やー! それルビーの!」
「違うよ~。これはアクアマリン用に買ったんだよ~」
思わず言葉を喋ってしまったが、アイは気にすることなくジリジリとにじり寄ってくる。僕はその分、ハイハイで距離を取る。
女の子用なのに僕用に買ってきたの? ナンデ!?
ルビーに助けてと視線とアイコンタクトを送るが、
(ママが買ってくれた服を嫌がるなんてありえないんですけど? それにお兄ちゃんなら似合うよ!)
なんて感じの視線とサムズアップを返された。
そんなルビーは既にアイの手によって着替えさせられており、フード付きのドレスみたいなロンパースを着せられていた。とっても似合ってるよルビー。可愛いな、ちくせう。
「あー……アイ? 藍久愛海?」
どうにか逃げ続けていると──というより、アイが僕との追いかけっこにハマったみたいでまったく捕まえようとしてくれない──、洗濯物を干していた父さんの声が聞こえてきた。
何やってるんだ? と言外に聞いている父さんに、アイは僕ににじり寄るのをやめて顔を向ける。僕はすぐさまハイハイの進行方向を父さんに軌道修正し、
「おとさん!」
「おっと」
父さんに飛び込むように逃げ込んだ。
受けとめてくれた父さんは、僕を抱き上げポンポンと優しく背中を叩いてアイの前に座る。
「よしよし……それで? なんで藍久愛海を追いかけ回してたんだ? いや、瑠美衣の可愛い格好からある程度予想はできるけど。似合ってるよ瑠美衣、お姫様みたいだ」
「えへへぇ」
「ミネちゃんたちとミヤコさんと一緒に選んだ二人の服がようやく全部届いてね。それで試着会と洒落こんでたんだ」
「いつの間に……」
「ちょっと前の女子会の時に話題に挙がってね、みんなで選んで買ったんだよ。ニノちゃんだけ時間掛かって少し日が空いちゃったけど」
話を聞くに一人それぞれ一着ずつ選んだようで、僕に選ばせようとした二着はアイとミネが選んだもののようだ。ちなみにルビーが今着てるのはナベが選んだらしい。ナイスチョイス。
「なるほど。けど、流石に女物を藍久愛海に着せるのはよくないと思うんだが……」
大体の事情を理解してくれた父さんが僕の代わりに反対してくれる。
「えー。アクアマリンなら可愛い服も似合うよ、絶対!」
「似合いそうなことには大いに同意するけどな」
ちょっと父さん!? そこも否定して!
腕の中で父さんのお腹を思いっきり殴る。しかし悲しいかな、幼児の非力な腕ではぽこぽこと叩いているようにしか見えない。
「ごめんごめん。──それで、他にはどんな服を買ったんだ?」
「えっとね……」
そう言って、アイは買った服をカーペットの上に並べる。
その間に父さんが僕を下ろし、アイの隣にいたルビーを僕の横に座らせた。
アイとミネが選んだのは前述のとおりで、僕とルビー両方とも可愛いものを選んでいた。可愛いしルビーには似合うけど、僕が着るってなると。でもせっかく買ってくれた物を着ないってのも申し訳ないし……悩ましい。
ミヤコさんが選んだのはルビーと色違いでお揃いの無難な物。お腹の部分に動物の顔がプリントされたサスペンダー付きレギンス。そうそう、可愛いのでもこういうのでいいんだよ。
ナベが選んだのはフォーマルなスーツみたいなロンパース。蝶ネクタイも付いていて、ルビーと二人でどこか舞踏会でも行かせる気か? なんて思わせる組み合わせだった。
最後にニノが選んだ服だが──
「ニノちゃんだけは『当日のお楽しみということで』とか言って、通販で選ばずにニノちゃんが手ずから持って来たんだけど……」
「和服、それも羽織と袴だな……」
僕用の黒地の羽織に白黒縞模様の袴。
ルビー用の桜の模様を散りばめた白と桜色の着物に赤色の袴。
ベビー服ならぬベビー和服。しかも両胸にはアイのトレードマークのなんとも言えない表情をしたうさぎの刺繍が家紋みたいに刺繍されている。
前世でも半纏とかならともかく羽織と袴なんて着たことなんてなかった。大学の卒業式や成人式で着て来た奴は数人見たけど、俺はスーツだったなぁ。
なんて前世の思い出を振り返っている内に、父さんが羽織を手に取って何かを確かめてる。
「……、……マジか」
「どうしたの?」
「触ってわかった。これ、和服を模した廉価品じゃない。量産品かもしれないけど、どっちも本物の和服だぞ、これ」
「本物って……他のと違って手触りいいなぁって思ってたけど、ホント?」
「ああ。……マナー違反だがニノの奴、他人の子の服にいくら掛けたんだ? あいつの実家のことを考えると、ちょっと値段の予想がつかねぇぞ」
「ちなみに和服っていくらぐらいするの?」
「自分も詳しくないけど……男女ともに最低価格で十万、高級な一点物なんて百万すら簡単に超えたはず」
「じゅっ……ええっ!?」
思いがけない価格に、アイは大きな声を上げて驚く。
アイだけじゃない、ルビーもギリギリで声を上げなかったが目が飛び出しそうなほど驚いていた。卒業式で着て来た友人に値段を聞いてなかったら僕も同様に驚いていただろう。しかも晴れ着を買って着て来た女性の知り合いは百万近くしたと言っていたのを思い出す。
「それは……それは、なに? もう服じゃなくない? 私だったら怖くて着て外に出て行けないよ。ずっと部屋に飾り続けるよ?」
「アイドルの衣装……いや、流石に着物とじゃ比べられないか。そんなことよりだ」
揃ってみんなの視線がカーペットに広げたベビー和服に向けられる。誰もが和服を見る目が変わっているのは間違いない。
父さんが改めて手に取って確認して、アイに僕を持ち上げるよう頼む。脇を抱えられ宙に浮いた僕の体にベビー和服を重ね、
「……ちょっと、いやかなり大きいな。1歳か2歳、もしかしたら3歳ぐらいまでを見越したサイズか?」
思ったよりサイズが大きいことに気付く。確かに腕と足が裾から出ないほどブカブカだ。
ルビーも同様に持ち上げて服を体に重ねてサイズを見たが、結果は同じだった。
「ひとまずこれはしばらく保管だな……保管方法、爺さんにでも聞いておくか」
「そうだね。じゃあ今度、ニノちゃんにも色々問い詰めておくよ」
「任せる。アイが聞けば答えるが、はぐらかすなら、新しい試作を食わせると伝えといてくれ」
「はーい。……私がいない時に出してね」
アイの念押しに、父さんはわかったわかった、と苦笑を浮かべている。
父さんが作る料理でも苦手なものがあるのだろうか? 以前、B小町の配信で白米が苦手だったと言っていたことがあったが、今はおかわりもしてる姿を見る限り克服してるみたいだし。
「それじゃあ和服は片付けるとして……」
考えている間にアイに脇の下に手を入れられ、
「アクアマリン、つ~かまえた♪」
「……あ」
「ふふ、お着替えの時間だべ~」
「ふるっ……、……やー!」
古ッと言いかけたが寸前で我慢し、僕はアイの手から抜け出すために全力でもがく。
全ては男としての尊厳を守るために! 例え推し相手でも全力で抵抗してやる! いくぞ!
ジタジタジタ! ジタジタジタジタ!
――まあ、赤ん坊の体力と抵抗力で抜け出すことなんてできるわけなかったのだが。
途中、もう一度父さんに助けを求めようとしたが、
「ほどほどにな」
洗濯物を干している途中だった父さんは、そう言い残してベランダに出て洗濯物を干す作業に戻ってしまう。
結局、止められる相手がいなくなってしまったことで、試着会はアイが満足するまで続き、着替えと写真撮影を交互に行われる羽目になるのだった。
Tips『薙切アクア』:
もう二度と女の子用は着ないと心に固く誓うが、その決意はB小町の面々が服を持ってくることであっさり崩れ去ってしまう。ちなみに着慣れすぎて、女物を着ることに抵抗がなくなる未来が彼を待っている。
Tips『斎藤アイ』:
二人を着替えさせるたびに「きゃわ~! きゃわわ~!」と鳴き声を上げて、カメラを激写していた。後日、撮りまくった写真をミネたちに見せて回ったことで新たな試着会が始まることをアクアはまだ知らない。
なお、アイ本人は写真を見せた時に、ニノに和服の値段を聞いて宇宙猫になることをまだ知らない。
Tips『ニノ』:
織崎家御用達の呉服屋に依頼して、双子用の和服をわざわざ作ってもってきた。当然のことながら自費だが、ニノは満足気。付き従っていた小鳥遊は何やってんだこいつ? みたいな表情を浮かべていた。
「ところでお兄さん。アクアくんとお揃いの羽織と袴はいかがです?」
「……聞くだけ聞くが、成人用はいくらなんだ?」
「そうですね。家紋を入れるだけの既製品でしたら──これぐらいかと」
「……必要になったら爺さんにねだるから、やめておく」
「仙左衛門様におねだりはずるくありません?」
なんて会話があったらしい。