愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
「ママの初ドラマ、楽しみだね♪」
「チョイ役だけどね~♪」
後部座席で楽しそうに会話するアイと瑠美衣の声を聞きながら、自分は事務所の車を走らせる。藍久愛海はチャイルドシートを付けた助手席に座っている。
藍久愛海と瑠美衣が産まれて一年としばらく。アイドル以外の仕事を着実にこなしてきたアイは、とうとうドラマに出演するまでに至った。今日はその初撮影日。とはいえ、アイが瑠美衣に言ったようにアイの今回の役は、主役やサブキャラとかではなく、主役と仲がいいクラスメイトの一人といったエキストラに近いチョイ役だ。そこから出番が増えるかどうかはアイに掛かっていると言ったところか。ちなみにアイよりも早く舞台やドラマの仕事がきていたミネは、準主役候補に挙がるくらいの知名度を得ていたりする。
「それよりも二人共。出掛ける前にも言ったことは憶えているかい?」
現場に到着する前に藍久愛海と瑠美衣に改めて言っておく。
「現場ではお母さんのことをなんて呼ばなきゃいけない?」
「アイお姉ちゃん!」 「アイ」
「よし。もしお母さんは誰? って聞かれたら?」
「えっと……ママはママだよ?」
「
「そう、藍久愛海はしっかり憶えてたね。瑠美衣も大正解だ。お母さん……アイをお母さん、ママって絶対に呼ばないようにするんだよ。もししつこく聞いてきたら、お父さんに聞くように言うか呼びに来ること。OK?」
「はーい!」 「わかった」
「よろしい。アイも現場では二人と仲良くし過ぎないよう気を付けてくれ。自分もいつも通りある程度距離感を保って接するから」
「りょーかいだよ、マネージャー」
「……」
何故か──
距離感を保つと言った矢先なのに、アイに『ハルカ』や『パパ』以外で呼ばれたことに一抹の寂しさを覚えた。自分だってアイのことは『アイさん』と呼ぶのに。
今までそんなこと一度もなかったのだが……この気持ちも愛に関係あるのだろうか。
わからないまま、自分は「お願いしますね」と仮面を被って返し、高速から降りるためにハンドルを切った。
☆☆☆☆
「苺プロのアイです。本日はよろしくお願いします!」
撮影の準備を始めている廃校の一教室の入り口で挨拶をするアイに、準備の手は止めずに口々に挨拶を返すスタッフたち。そんな中で一人、作業をせず腕を組んで佇んでいる男性がアイに近付いていく。
正面に立たれ、顔を覗き込まれたアイは表情を作りながらゆっくりと一歩後ろに下がる。
確か、今回のドラマの監督を務める五反田という人だ。
「ど、どうかしましたか? 監督」
「んー? いや、別に」
「なんか怖いし不機嫌っぽいね」
「しかめっ面だしな。悩み事でもあるんだろ」
すぐに動けるよう準備している間に、子どもたちがこそこそと話している。
聞こえたかどうかわからないが、小さな声に反応してか、五反田監督はアイから二人へ視線を移した。
「……ん? この子どもは?」
「失礼、私の子どもたちでして」
意識がアイから子どもたちに移ったことに便乗して、声を掛ける。
ジロリとした目を向けられるが、涼しい顔で受けきる。
「マネージャーが子連れで現場に、ねぇ……。あれか、働き方改革って奴か」
「他は知りませんが、かもしれませんね。昨今は共働きが増えてると聞きますし」
「時代だなぁ……。ん、よく見りゃマネージャーにしちゃ若いな。いくつだ?」
「今年
「若いな!? その歳でマネージャーどころか子持ちか……ま、大人しくできんならペット連れてくる役者もいるし、最近じゃよくある話か」
時代だなぁ、と呟き、頭を掻いてその場を離れていく。
どうやら子どもの同行は注意されずに済みそうだ。藍久愛海と瑠美衣はホッと胸を撫でおろし、アイは苦笑を浮かべるのだった。ただ個人的に、この歳で子持ちは時代ではないと思う。
その後、控え室で待機していた共演者である役者の方々にも同様にアイが挨拶をして、合わせて自分が子どものことについて頭を下げておく。子どもたちも自分を真似して頭を下げると、
「かっわい~!」
「パパと一緒に頭下げて偉いね~♪」
女優の割合が多い役者の方々は、その姿で二人に魅了されてしまったらしい。頭を撫でたり、膝に乗せて抱きしめたりと可愛がられてる。
瑠美衣はご満悦な表情で「ばぶぅ、ばぶぅ」なんて鳴いていた。可愛いよ、こんな場所じゃなければ写真を撮りまくってたのに。藍久愛海は少し恥ずかしがっているが、その表情が逆に女性陣の心を射抜いたようで、更に撫でまわされている。
アイは控え室に並んだ食べ物を見て回りながら、時折二人の方に視線を向けていた。
「廃校でも電気は通ってるみたいだし、お弁当じゃなくてここで作ってもらえばよかったかも」
「どうでしょう。本来、こういった廃校の電気やガスなどは止められているはずです。今回は撮影のために電気や上下水道は通していると思いますが、ガスに関しては微妙なところですね」
「そっか、残念」
「まあ、ガスがなくても作ろうと思えば作れますが今回は諦めてください」
普通であればカセットコンロや調理器具で嵩張るが、自分の能力なら正式名称は知らないが、作品内で登場したコンロが付いたフライパンや調理器具も出せるので、ほぼどこでも料理することが可能だ。流石にこういった他人の目が多い場所ではあまりやりたくないが。
それに──
「あ、あの~……」
「はい、どうかしましたか?」
どういうわけか一部の女優が自分に話しかけてくるのだ。仕事のことかと思えば、ほぼ大したことのない雑談や自分のことを聞いてくる。何故アイではなく自分に話しかけてくるのだろうかと疑問は浮かぶが、アイの初めての撮影現場で軋轢を生みたくないので波風を立てないように対応していく。それに頬がほんのりと赤く染まっているが、風邪か何かだろうか。アイに
「……」
──ぞわり。
女優と話していると後ろから圧を感じた。意識を向ければ、お菓子に視線を送っていたアイが圧を向けてきていた。ちょうど自分が食圧を
自分、何かしてしまったのだろうか? 自問しても何も思い浮かばなかった。
そんなこんな過ごし、もうすぐアイの撮影が始まる頃、藍久愛海の姿が見えないことに気付く。瑠美衣はまだ出番のない共演者と一緒にいる。部屋にいないところを見るに恐らく可愛がられ過ぎて疲れたのだろう。
制服に着替えたアイに断りを入れて控え室を出ると、廊下の先に五反田監督に抱き上げられた藍久愛海を見つけた。さっきアイを覗き込んでいた時よりも興味深そうに藍久愛海を見つめている。
特に怒っている様子は見えないので、歩いて二人に近付いた。
「五反田監督」
「んお? ああ、若マネージャーか」
「息子が何か粗相でも?」
「いやいや、ずいぶん面白い早熟だと思ってな。You Tubeで社会人顔負けの挨拶を覚えさせるたぁ、なかなかどうして面白い教育させてんな」
「……はは、恐縮です」
そんな教育していません。
言葉から察するに藍久愛海、なんか変な挨拶したな? そんな意味を込めて視線を向ければ、藍久愛海はそっと目を逸らす。うん、確定だ。
「画面として面白いから使いたいんだが、こいつは子役としてどっかに所属させてたりするか?」
「いえ、二人が望まない限りは特には」
「じゃあ俺の名刺を渡しとくか。もしどっかの事務所に入れた時は連絡してくれ」
藍久愛海を下ろし、名刺を自分と藍久愛海に渡してくる。受け取ったあと、自分も渡してないことを思い出し、返しで自分の名刺を差し出す。
「……んん? 料理人部門……? B小町専属料理人? マネージャーじゃなかったのか?」
「本来は事務や専属料理人だけ務めていましたが、紆余曲折ありまして。料理人が主で、マネージャー業は兼業ですね」
「料理人部門ってのは出張料理人って奴か? それとも
「その二つですと前者ですね。基本、アイさんを含めウチに所属するアイドルたちは私が弁当を用意していますが、現場に調理場があり事前に許可を貰えれば、その場で作ることもあります」
「そういやぁ、確かに弁当用意する奴が、んなこと呟いてたな。……もしかして、同じ現場なら事前に言っておけば俺たちの分も用意してくれんのか?」
「……可能と言えば可能ですが、正直に言いますと金銭的に難しいかと」
こちらを、とPDFを開いたスマホの画面を見せる。
「なっ──、んだこの料金設定!? いくらなんでも高すぎねぇか?」
五反田監督が素っ頓狂な声を挙げる。
当然だ。PDFに表示された料金はどれも一般的にはありえない高額に設定していたのだから。
弁当一食がだいたい五百円前後、よほど高くても千円には届かないだろう。そんな弁当の料金に桁を一つ足せば、自分が用意する弁当の料金になる。ちなみに、もし薙切の依頼で作ることになったらさらに料金は上乗せされるらしい。
料理部門を新設し所属することになった頃、改めて作ってもらった名刺に印字された文字を見て、そういった依頼が爺さん以外から舞い込んできた場合どうするか、爺さんも交えて壱護さんと三人で話し合ったことがあった。話し合いの結果、もし依頼がきた場合は受けることもできる。ただし金額設定は爺さんが行った。安請け合いをさせず、自分や苺プロに負担が掛からないように、爺さんが──食の魔王が相応しいと定めた価値を。
「食の魔王様が決めた値段だから、それだけの価値が父さんの料理にあるってことでしょ。父さんの料理、美味しいし」
「早熟の意見じゃなんとも言えねぇよ。それに食の魔王様ってなんだ? どっかで聞いたことがある気がするが……」
「まあまあ。私の料理についてはそこまでに。五反田監督、そろそろ撮影の時間では?」
「お、おお。そうだな。──食の魔王……食の魔王……誰との話題ん中だったか……」
ちらりと時計に目をやり、思い出そうとしていた監督に声を掛ける。思考から戻ってきた監督は未だ思い出しそうにしながらも、藍久愛海と自分に「ついでに見てくか?」と誘う。藍久愛海にどうする? と視線で聞けば、頷いたので監督の誘いに乗った。
瑠美衣は……ちょっと間に合いそうにないな。あとで謝ろう。
教室の窓に腕をつく監督の隣に藍久愛海を座らせる。滑って落ちないよう藍久愛海のお腹に腕を回しておく。
藍久愛海と監督が話している間にシーンに登場するアイを含めた役者とスタッフが揃い、カチコン? カチンコ? の音と共に撮影が始まる。
「……確かに早熟の言う通り、いやに目を引くな」
「でしょ」
監督の感想に自信満々に胸を張る藍久愛海。
確かに合流前にアイが宣言した通り、カメラに向かってだけ可愛く見せるのは四方八方から見られるステージよりも簡単だろう。実際、その可愛さに見惚れるスタッフも視界の隅にいるのを確認できた。
ただ──
「……もしかしたら逆効果になるかもしれないな」
「ん、何か言った? 父さん」
振り返って聞いてくる藍久愛海に、「なんでもないよ」と返す。
アイが可愛く見せてるのはいい。ただ、今アイの隣にいるこの作品の主人公。それを演じている女優の売り出し文句は記憶に間違いがなければ──
「まあ、なるようになるしかないか」
「……? あ、監督! アイのMV見たいなら貸すよ!?」
「お口にチャックだぞアクア」
「その歳で強火オタとかそっち方面も早熟かよ。時代だなぁ」
ありえそうな予想が頭をよぎるが、今の自分にできることはないため、代わりに興奮して声量が大きくなりそうな藍久愛海の口を塞ぐのだった。
Tips『薙切悠』:
マネージャーとしてアイの撮影に同行中。
顔は良いので数人の女優に粉を掛けられるが、まったく気付かず斜め上のことを考えていた。鈍感というよりは前世からの経験で、赤の他人が自分にそんな感情を向けてくるわけないと無意識に判断しているため。気付いても身内以外どうでもいいと一蹴するだろうが。
Tips『アイ』:
人生初のドラマ撮影に参加。カメラという一点に『アイ』を全力で魅せつける。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか。神もとい放送日のみぞ知るというもの。
悠が女優と話してるのを見て、ちょっと胸の奥がモヤモヤしてドロドロして、なんか嫌だった。
ちなみに食事の際、アイが「うまうま」と食べている弁当の量(二段式の重箱。かなりデカい)に共演した女性陣は(好きなだけ食べられることに)嫉妬を覚え、(食べている量に)ドン引きしていたそうな。