愛が欲しい一番星と愛を知りたい転生者 作:だんご大家族
アイが出演したドラマの放送からしばらく。
自分はいつものように車を運転し、目的地へと向かっていた。いつもと違う点を敢えて挙げるのなら、同乗者がアイやミネたちといったアイドルではなく藍久愛海と瑠美衣の二人だけという点だろう。共にチャイルドシートに座っているが藍久愛海は自分と話したり外の景色を眺めている。一方、瑠美衣は最初こそテンションが高かったものの次第に言葉数が減り、途中で夢の中に遊びに行ってしまっていた。
目的地である山に囲まれた病院近くの高台に車を止め、藍久愛海を下ろし、荷物を肩に掛けて瑠美衣を抱きかかえる。
今日は以前、藍久愛海が五反田監督と取り引き? してアイの出演を獲得した映画の撮影日。しかし、撮影日が違うため現場にはアイは来ていない。確か今日はグループでの仕事だったはず。
ならアイがいないのに何故来たのか。簡単な話──藍久愛海が映画に出るからだ。
電話で聞いていたし以前の現場でどこかで使いたいと言っていたが、まさかこんな早くとは思わなかった。まあ、壱護さんはやや渋っていたものの最終的にはOKサインを出した上、藍久愛海自身が乗り気である以上、自分が反対する理由はない。
「五反田監督」
道すがら準備に勤しむスタッフに挨拶をしつつ五反田監督の下へ向かう。
「おぉ、来たか」
「おはようございます。本日はアクアがお世話になります」
自分の挨拶に合わせて、藍久愛海もぺこりと頭を下げる。
「ああ、こっちこそよろしく頼む。事務所の方には、早熟の話は通ってるんだよな?」
「ええ。社長の方にも話を通し、息子は今月から苺プロ所属の子役『アクア』となっています」
「助かる。事務所入ってない子役使うと他所から怒られるわ、契約がどうとかで面倒事が増えるわで良いことなんかないからよ」
「そうでしたか。あ、お口に合うかどうかわかりませんが、よろしければこちらをどうぞ」
瑠美衣を抱える手とは反対の手で持っていた手提げを五反田監督に渡す。
五反田監督はにやりと笑いながら手提げを受け取り、
「なんだなんだ。こんな小規模映画の監督に山吹色のお菓子ってか? 貰っても早熟とアイドルを贔屓にはできねーぞ?」
「そんな意図は一切ありませんよ。ただの私が作ったお菓子です」
「若マネの手作り……」
受け取ったお菓子が自分が製作した物だと聞くと、段々と顔色を悪くして顔を近づけてくる。
「……あれから、俺の方でも調べたんだが。お前さん、料理界を牛耳ってるどころか他の業界にも口出せる名家出身って、マジな話?」
「ええ、本当ですよ」
「ま、マジかぁ……。どっかで聞いたことある苗字だと思ってたが、他の業界にそこまで詳しくない俺でも耳にしたことがあるぞ。──ハッ、前の現場で散々ナマ言ってないか俺!? もしかしなくとも干される……!?」
「干しませんよ。権力なんて持ってることを匂わせるだけで十分なんですから。以前と変わらず、いつも通りに接してください」
「そ、そうか? それならよかった」
「まあ? ウチのアイドルたちに手を出そうとしようものなら? 色々と手を回して干すこともやぶさかではありませんが?」
ふふふ、とわざとらしく営業スマイルを浮かべる。
薙切の名を無暗矢鱈に使う気はない。しかし、性や美を売り物にしている以上、偉い人間に呼ばれてキャバクラめいたことや枕な仕事などといった、そういった話がないわけじゃないのだ。それを回避するためなら薙切の名はいくらでも使うし、壱護さんとミヤコさんにも名を出すよう伝えてある。もっとも、『薙切悠』の名前と──恐らくニノの次期当主内定がじわじわと業界に広まっているおかげでよほど料理界に疎くない限り、手を出そうと考える輩は減少傾向だと思いたいが。
「父さん父さん。悪い顔になってる」
「おっと。そういうわけですので、私の実家のことも含め、気にせず食べてください」
「怖ぁ……そ、そうさせてもらうわ。──あ、うっめ」
口にあったようで何よりです。
☆☆☆☆
五反田監督と別れた後、スタッフに案内された休憩室に荷物を下ろし、取り出したタオルを枕代わりにして瑠美衣を床に下ろす。事前にブルーシートが敷かれていたのはラッキーというべきか。藍久愛海も近くに腰を下ろし、受け取った台本を読み直している。
まだ挨拶回りを終えていないので、藍久愛海に声を掛けてから休憩室から出て行く。
何故か子どもたちと一緒にいる時よりも挨拶回りに時間が掛ってしまったが、現在撮影中のスタッフや演者を除き、だいたいの挨拶を済ませたので子どもたちを残した休憩室に戻る。特に女性スタッフが色々自分のことを聞いてくるんだよな。そんなに若いマネージャーは珍しいのだろうか。
「……ん?」
「ちょっと、かなが先に通りたいんだけど」
「ああ、ごめんね。──どうぞ」
変な疑問を抱きつつ休憩室に戻ると、入り口で段ボールを持ったADを引き連れた女の子と鉢合わせた。脇に逸れて道を譲ると、女の子はふん、と当然のように部屋から出て行き、代わりにADが申し訳なさそうに頭を下げて女の子を追いかけていく。
あの子は確か……有馬かなちゃん、だったか。本来はこの映画唯一の子役で、十秒で泣ける天才子役とか言われてニュースで取り上げられていたのは何となく記憶に残っている。ああ、それとミネも話題に出してたな。子役に凄い子がいるって。アイ以外の優秀な相手に対しては年齢関係なく評価するんだよなアイツ。
なんてことを考えながら二人の元に戻ると、
「……お兄ちゃん」
「わかってる、相手はガキだ。殺しはしない、殺しはな……!」
おーっと、何かあったみたいだな。
引き攣った笑みを浮かべているが目は笑ってない。むしろ瞳が黒く染まっている気がする。そういうところ、お母さんにそっくりだよ二人共。
「アクア、ルビー」
二人に声を掛ける。
自分に気付いた二人の瞳から黒が消えて、同時に空気も正常に戻った。
「あっ、パパ!」
「おかえり父さん」
「くふっ……ただいま。それで? 何があったんだい?」
突撃してきた瑠美衣を腹部で受け止め、事情を聞きながら藍久愛海の近くに腰を下ろす。
事情を聞くに要約してしまえば、さっきすれ違った有馬ちゃんに藍久愛海とアイが馬鹿にされたそうな。
「コネの子、ね。確かに急に参加するってなったら、そう思われても仕方ないな。アクア」
くく、と笑いを堪えつつ藍久愛海の頭を撫でる。
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。アイと藍久愛海の出演は五反田監督との取引で決まったことなのでコネと言うより監督のゴリ押しに近い。しかし、そんなことを知るはずのない第三者からすればコネや圧力でも掛けて無理矢理出演させたように見えるだろう。
「笑い事じゃないよ! マ……、アイお姉ちゃんを、あとついでにお兄ちゃんを馬鹿にされて、パパは悔しくないの!?」
「特に思うところはないなぁ──ついで扱いされちゃったアクアは?」
「僕のことは別に。でも、アイをコネの子って言われたのはムカついた」
「なんで!?」
「この場にいないアイさんには実害がないのが一つ。悪口を言ったのが子どもだからが二つ」
瑠美衣の問いに指折り数え指を折る。
「さてアクア。仕返しめいた発言をしていたけど、どうするつもりなんだい? 過激なものは止めるけど」
「……カットされた以上、有馬がアイの演技を知らないのは仕方がないことだとはわかってる。けど、演技で馬鹿にされたなら──」
──演技でわからせてやる。
なんて宣言する藍久愛海。何をするかは具体的には聞かず、頑張れと頭を撫でておいた。
そんなこんなで時間は過ぎていき、藍久愛海と有馬かなちゃんが出番の撮影が始まる。スタッフと共に現場に付いて行き、よく見えるように瑠美衣を肩車して待機する。
有馬かなちゃんは天才子役とテレビで持て囃されるだけあり、見事に気味が悪い子ども役を演じきっている。確かウチの子より1歳上だったはずだが、それでもこの演技は流石の一言だ。
さて、そんな天才子役をわからせるために藍久愛海は、
「──では、ご案内します」
役を演じることなく、普段と変わらない声音で演じて魅せた。
なるほど、と納得している間にカチンコと五反田監督の声で撮影が終わる。
「いつものお兄ちゃんだったね?」
「そうだね。だからこそ、不気味に見えたのかもしれない」
おどろおどろしい雰囲気の中で、本来なら特に気にならない至って普通な子どもの普通な対応。自分や瑠美衣といった普段一緒に過ごしている相手からすればどんな場所であろうともいつもの藍久愛海ぐらいとしか感じられなかったが、知らない相手からすればそれが逆に不気味さを感じさせたのだろう。親の贔屓目抜きでも有馬かなちゃんに引けを取らない演技だった。
「お疲れ様、アクア」
「お兄ちゃんおつかれ~」
主演の女優と話していた藍久愛海に近付き声を掛ける。
そのタイミングで後方から、
「──問題大ありよっ!!」
悲鳴にも似た叫び声が現場に響き渡った。
振り返れば有馬かなちゃんが五反田監督に縋って撮り直しを要求している。後ろ姿なのではっきりとは見えないが、涙声から察するに泣いているのだろう。
「かな、全然ダメだった! お願い監督! もっかい、もういっかい撮り直して!! かな、次は上手く──」
何度も撮り直しをお願いする有馬かなちゃんを慌てて女性スタッフが引き剥がす。
すごいな、と素直に感心する。
ああいった周りに持て囃されて自分は凄い子だと思っている子は大抵、一度でも挫けてしまえば立ち直ることができずにただ泣き喚き癇癪を起すだけだと思っていたが、有馬かなちゃんは泣いてはいるが撮り直しを要求していた。
次はもっと上手く、藍久愛海よりも凄い演技をしてみせると宣言して。
「アクア、声を掛けるかい?」
「……うぅん。何を言っても傷つけるだけだ」
「そうか。ルビーは憶えておくんだよ。アレがミネさんも凄いと褒めた、女優としての誇りを持っている子だから。これからあの子はきっと──アイさんたちみたいに有名になる」
「……うん」
自分の言葉に二人はしっかり頷き、今は大泣きしている未来の大女優の姿を目に焼付ける。
それ以降の撮影については特に語ることはない。
有馬かなちゃんからの接触はなく、おおよそスケジュール通りに予定は進み、新たに問題が発生することなく撮影を終えて、帰路に就くのだった。
Tips『有馬かな』:
原作同様わからされ、アクアをロックオンした模様。
Tips『薙切ルビー』:
こちらもこちらで目が覚めた時、悠がいなくて原作ほどではないがギャン泣きした模様。
ルビー
「パ~パ~! なんでパパいないの~!?」(ジタバタ)
アクア
「父さんは挨拶回りしてるだけだから、すぐ戻ってくるって」
ルビー
「パパの胸の中で寝~た~い~! オギャってナデナデされて甘やかされたい~!」
アクア
(……欲望に忠実になったなー、さりなちゃん)
ルビー
「パパの細いのにムキムキな腕で抱きしめられて、ガッシリとしてるけど決して硬すぎない大胸筋を枕にしたいよー!」
アクア
(なんか最近、筋肉にのめり込んでるような気がするけど……まあいいか)