「えーと…」
俺はメモ用紙に書かれた番号を見ながら電話の番号ボタンを押す。
「で?嫌になって脱柵したと?」
その隣では同期の樋口が新兵に対してドスの聞いた声で尋問をする。流石、元特殊憲兵隊捜査班に所属していただけあってか迫力が違う。
「は、はい.....」
新兵はビクビクしながら樋口の顔色を伺う。
「まぁ訓練つらいからねぇ.....わかるよ」
さっきのドスの声とは違い、二段階ぐらい高く優しい声で新兵に共感し、お茶を目の前に出す。恐らくコイツは恋人とかにDVしてたのだろう。でなければこんな手のひら返しのような態度の変え方はできない。
「あっお前恋人とかにDVしてただろ?」
俺の冗談交じりの質問に樋口は「してませんよ!」とツッコむ。
「………」
新兵はその状況をただただ怯えながら見ていた。少しでも緊張が解けるようにジョークを言ったのだが駄目だったみたいだ。
「コホン!とりあえず訓練所に連絡して引き取ってもらうからね」
さっきの事を無かった事にするため入力途中になってた訓練所の電話番号を入力する。
「そ、それだけは!」
「いや、もう捕まってる時点で終わりだから」
新兵の制止は樋口の正論で跳ね除けられる。
「きみがどうして海軍に入ったのかはわからないが、別に辞めたいのなら辞めればいい。だが、辞める時は正式に手続きをとれ。同期に迷惑をかけるな。」
「はい.....」
俺の言葉に新兵はただ項垂れるだけであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「.....申し訳ありませんでした。」
「いえいえ」
30分後、教官が助教数人を連れて新兵の身元引き取りに来た。
「お手数をおかけして申し訳ありませんでした!」
「脱柵なんて二度とするなよ?」
「はい!」
新兵はそう返事をして教官たちと分駐所から去っていった。
「ふぅ~.....とりあえず一件落着ですね」
「だな」
「そういえば、新兵の子引き取り時にはかなり元気でしたけど、何やったんですか?」
「ああ.....冷蔵庫に入ってたケーキを食わせてやったぞ。」
誰のケーキだか知らんが、訓練期間中は洋菓子など口にする事はできない。まぁ彼もこのケーキのおかげで頑張れるだろう。知らんけど。
「ちょっと!?それ僕のケーキですよ!?何やってるんですか!?」
「じゃあ名前くらい書いとけよ…」
「いやいや!僕たち二人しかいない分駐所で名前なんていちいち書く必要ないでしょ!」
「三人だ。所長を忘れるな」
「いないようなもんでしょ…」
俺が所属している第103海軍憲兵隊、第三分駐所は都会から離れた所にある小さな港町と海軍訓練所がある地域の治安維持を務めている。
引き受ける事案の6割が新兵の脱柵などの訓練所関係。4割が密猟者の取り締まりや警察の応援として駆けつける事になっている。
そう…
俺は提督を辞めた。
ーーーーーーーーーーー
「朝から早々に脱柵対応か.....」
樋口はコーヒーを入れながら椅子に座る。俺が休みだった昨日も色々あったみたいで目には隈ができ、明らかに疲れ果てていた。
「まぁこの時期は心身ともに限界が来るからな」
「でもこれで3日連続ですよ?そもそも脱柵なんて訓練所側の警備が甘い証拠じゃないですか!」
「まぁな。これ以上脱柵がおきたら本署に連絡して指導、または訓練所の監査を行ってもらうつもりだ。」
「あーあ.....困っちゃいますよ…。通報もほとんどしょうもないのばかりだし」
「まぁ平和な証拠なんだからいいじゃないか。特殊憲兵にいた頃よりかはマシだろ?」
「そりゃそうですけれども.....。前元帥を逮捕してあんだけ英雄扱いされた僕と鎮守府を復活させて英雄扱いされた先輩の末路がこれって.....悲しくないですか?」
そう。こんな辺境の地で働いている樋口だが、彼は憲兵の中でもエリートである特殊憲兵隊の捜査班に所属しており、当時の海軍上層部の汚職を検挙し、海軍の体制を1から変えたすごい人物なのだ。
だが彼も艦娘絡みの事件で特殊憲兵隊を辞める事になった。
「ゲッ…」
樋口は何か嫌な事を思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔をする。
『今日土曜日じゃないですか.....。″あの子″が来る日ですよ!」
「あー.....。樋口、お前対応しておいて」
「またですか!?」
この分駐所では、一週間に一回必ず″奴″が訪れてくる。
「じゃあよろしくな」
提督は樋口にそう言い残し逃げるように休憩室に入る。扉の奥からは「自分で断ればいいのに…」と樋口の愚痴が聞こえてくる。
「あの.....すいません.....。」
噂をすればなんとやら.....。俺が部屋に入った途端、奴の声が聞こえる。危ない…ギリギリだった…。
「君も毎週毎週よく来るねぇ.....。″舞風ちゃん″」
陽炎型 18番艦 舞風
俺が提督辞めるきっかけとなった砲弾誤射事件を起こした張本人である。
「…提督さんなら今日もいないよ」
樋口はため息を付きながら面倒くさそうに彼女の対応をする。それを見て舞風は「す、すいません!」とばかり謝っていた。
「あ、あの!これ!」
そう言って彼女は大きな紙袋を樋口に渡す。
「あのさ…提督さんが人の作った物は食べれないって言ったはずだけど?」
「だ、大丈夫です!今回は買ってきた物なので…」
「「......」」
舞風が樋口に紙袋を渡すとお互いに黙って気まずい空気が流れる
「そ、それでは!また来ます!失礼します!」
そう言って彼女は足早に分駐所から去っていく。
「……もう帰りましたよ」
樋口の言葉を聞くと俺は部屋の扉を開ける。
「艦娘っていつから高給取りになったんですか?」
そう言いながらから樋口は彼女から貰った紙袋の中身を取り出す。
中身は高級ブランドのスイーツだった。
俺が作った艦娘の給料制度は今もしっかりと後任の提督に引き継がれている。ただ給料と言えどもお小遣い程度レベルでこんな高級ブランドのお菓子を買えるほど貰っていないはずだ。
「……これどうします?」
どうやら処分に困っているようだ。だが…
「俺はいらん。毒でも入ってたらどうするんだ。」
その言葉に樋口は「言うと思ってました」と苦笑いをしていた。
樋口は「捨てるのはもったいないからこれも所長の胃袋行きかな」と言いながら部屋の奥にそれをしまう。
俺は舞風が持ってきた物に手をつけたことはない。そしてこれからも手をつけるつもりはないし、できれば艦娘とはもう二度と関わりたくないと思ってる…。
「もう次来た時は言いましょうよ。金輪際関わるなお前なんて見たくないって」
「わかってるだろ…。アイツは俺を殺そうとしてきたんだぞ?もし会ってなんてみろ。即刻俺はあの世行きにされるぞ」
俺の言葉に樋口は「はぁ…」と深くため息をして俺を見る。その目は何かを見透かし、呆れや失望が混じっていた。
樋口に睨まれた俺は「な、なんだよ…」と怖気づく事しかできなかった。
「本当はわかってますよね?事故だったって」
「ああ…」
そう
わかっている
舞風は俺の命を狙うような子ではない。
以前鎮守府に着任してた時も彼女から暴言や暴力を受けた事はなかった。
むしろ…
「まぁどうするかはあなたの勝手ですが、いい加減対応する僕の身にもなってください。」
樋口はそう言い放ち、巡回のため分駐所を出る。
「わかってるよ…」
彼女は『また来ます』と言った。恐らく一週間後彼女はまたここに来るだろう。
その時、俺はどうすればいいんだ?
許すのか?
そもそも許せるのか?
「はぁ…」
俺は誰もいない分駐所で一人頭を抱え、何日も悩む羽目になった。
だがそんな必要はなかった。
なぜなら
彼女が分駐所に来る事はもう二度となかったのだから
続く