青空と雪原と神託   作:テキサス仮面

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短いですがどうしても早いうちにここだけは投稿したかったので。


『傲慢の朝』

 

 1097年 ロドス本艦 食堂 p.m. 12:36 天気/曇天

 

「知らせを受け私たちが街に着いたときには、酷い有様だった」

 

「感染者監視官の死体をめった刺しにする感染者。錯乱してボウガンを乱射する警察。農民が農具を振り降ろして感染者を襲い、感染者は今まで自分たちをないがしろにしてきた住人を殴り続けていた」

 

「パトリオットが盾兵を連れていくことを許可していなければ、いったいどれだけの犠牲が出たものか」

 

「だが、間に合わなかった。私の友は最愛の人を失った」

 

 そこまで語ると、フロストノヴァは一旦口を閉じる。

 いつの間にか食堂のにぎやかな雰囲気は鳴りを潜め、嫌な静謐が空気を満たしていた。

 

「そんなことが……」

 

 議論など軽々しく口にしたことを恥じるように、アンナは俯く。

 好奇心を満たすだけに調べたそれは文字の羅列などではなく、実際に起こった出来事。当然そこに関わった人々がいるのだ。

 

「オネーサンのお友達ってどんな人だったのかな」

 

 葬儀のような重い空気を嫌い、眼帯の少年は切り替える様に質問を投げかけた。

 

「そうだな」とつぶやくと、フロストノヴァは厨房に視線を向ける。

 

「料理が得意だった」

 

「奇妙な言動で他人を戸惑わせることもあったが、決して傷つけるような真似はしない優しい女性だった」

 

 夫に対してだけは少し違ったがな、と付け足すフロストノヴァは寂しげながらも穏やかに口元を緩める。

 だが、そんな穏やかな表情は長くは続かず、より一層悲哀に染まっていく。

 

「なぜ、彼女があんなことを選択したのか、誰もわからない」

 

 水面を打つ水滴のように、彼女のこぼした言葉が嘆きを波のように波及させた。想定外の影響に問いを投げた少年はたじろぐも、好奇心を抑えられず再び白いコータスと向き合った。

 

「あんなこと、って?」

 

 フロストノヴァは厨房から視線を外し、わずかばかり逡巡するとゆっくりを目を伏せた。

 

「愚かで、最も困難な道だ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 1093年1月10日 フェヴローニャ p.m. 10:00 天気/曇天

 

 

 祝福を上げたこの場所で見送らなければならないのか。

 埋められていく棺桶を見つめながらアンドアインは胸の内で嘆く。

 

 先日亡くなったばかりのイーゴリの遺体は、白い木材で作られた簡素な棺桶の中に横たわっている。

 しかし、本来ここにいるべきはずのジェリスタの姿はない。

 彼女が座るべき最前列の空席が、酷く寂しげにその存在を主張し続けていた。

 

 もちろん彼らは何度も声をかけたが、ジェリスタは上の空とも、心ここに在らずとも言い難い奇妙な空返事ばかり。アンドアインが同族の特権をもってその窺い知れぬ感情を汲み取ろうとするも、相変わらず一か所に複数人数が固まっているかのようにバラバラの感覚がそれを拒む。

 大声を上げ声が枯れるまで嘆き悲しむようなことも、災いをもたらしてしまったタルラ達への怒りを募らせることもしない。ただ、イーゴリの遺体が運ばれていくのを黙って見つめるだけで、葬儀には訪れなかったのだ。

 

 しかし、あの街で悲しくも命を失ったのは彼だけではない。他にも葬儀を望む人は多く、ジェリスタを待ち続けるわけにはいかなかった。ジェリスタを葬列に加えることを諦め、儀式は黙々と進行していった。

 昨日の混乱により人の姿はまばらで、多くが街の救援活動に従事している。そんな中、弔問に訪れたのはごく僅か。

 普段より人気の無い村に吹き抜ける風はより冷たさを感じさせる。

 

 葬儀とは死者の為というよりも、残された人々が前を向いて歩けるようにと癒すための側面が強い。旅立つ者に別れを告げ、再び歩み出すための荷造りのようなものだと、儀式を取り仕切るアンドアインは解釈している。

 しかし、この場に最もいるべきであるジェリスタの姿は一向に現れることはない。

 もっとも癒されるべき人物が不在のまま淡々と儀式は進み、棺桶が墓穴に入れられる直前、誰かが雪を踏みしめる音が異様に響き渡る。

 

 そこに、ジェリスタは突然現れた。

 

 彼女は明らかに大きすぎる上着を身に纏っているが、何人かはそれが彼女の夫のものであると気がついた。

 遺品を身につけるのは、仕方がないことだろう。

 なにせあまりにも急すぎたのだ。彼女はまだ若く、籍を入れてから2年も経っていない。しかもその大半の時間病に臥せていたのだ。少しでも最愛の人を身近に感じたいと思うのは何もおかしいことではない。

 

 

 しかし、妙だ。

 

 

 何人もが彼女の名を呼ぶが、サンクタは振り返ろうともしない。

 彼女は無言のまま、棺の元へやってきた。飾り気のないただの木の箱を、愛おしく触れる。

 

 主宰のアンドアインが何度も彼女の名を呼ぶが、反応はない。

 仕方が無く、彼は不可解な彼女の行動を理解しようと、その感情を汲み取った。

 

 すると、彼は突然妙な事を彼女に問う。

 

「……君の名は? ジェリスタなのかい?」

 

 アンドアインは、驚愕に、押し寄せる悲しみの伝播に肩を振るわせ、今にも崩れ落ちそうになる。

 

「ジェリスタは死んだ」

 

 彼女は、弱弱しくも、はっきりとした声で名乗った。

 

「ここにいるのは、イーゴリ・フョードロヴィチだよ」

 

 




彼女は佯狂者。
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