今回はタルラのお手紙パートです。
フェイゼへ:
ついに、数年の時間をかけ、ようやくここら一帯の感染者が団結……いや違う。感染者と一般人が団結し、ウルサスへ声を上げることに成功した。
ウルサスの腐った統治に苦しんでいるのは感染者だけではない。農民も重い税や感染者監視隊による搾取により食事すらままならない極貧を強いられている。工場の労働者も労働環境に対しまともな賃金は得られず、外国企業の参入によってようやく労働組合という概念が持ち込まれたばかり。
誰しもが不満を募らせ、その怒りの矛先を感染者に向けさせることで何とか国としての形を保っているのが今のウルサスなのだ。
そんなこと間違っている。
同じ志を持ったソフィア達の協力もあり、ウルサスの厳しい統治に抗議の行進を行うことが出来た。
友人であるアガトンの強い願いで決して暴力に訴えない方針だったが、酷薄なウルサスにとっては撃ってくれと言っているようなもの。奴らはお構いなしにボウガンの引き金を引き、無辜の血が流れてしまった。
酷い争いになった。私は参加者を守りながら、権力に踏ん反り返った愚か者たちを炎で飲み込んだ。
酷い混乱でまともに指揮を執ることが出来ない状況だったが、幸いにも遊撃隊の一部が戦線に加わり、結果我々は勝利した。
駐在していた感染者監視隊は壊滅、権力者は街を放棄。
街を勝ち取ったんだ。
「レユニオン・ムーブメント」、いや、ウルサスにとっての大きな一歩。
感染者も一般人も見ているものが違うだけで、共に同じものを求めていたことに多くの人々が気づいてくれるだろう。
失われてしまった命は戻らない。私は彼らの命を背負ってウルサスをより良い国に変えていくことを誓う。
ウルサスはきっと変わっていける。
1月9日
【手紙の損傷が激しく、読み取れる箇所は少ない。ところどころ滲んでいる】
自分が関わると誰かが不幸になる。龍門の人々が私を疫病神と罵っていたが、まさにそうなのかもしれない。
イーゴリが死んだ。
イーゴリが死んだ。
あの騒ぎの中、知人の監視員を庇って亡くなったとアリーナから聞かされた。
私がジェリスタを1人にしてしまったのか?
急いで葬儀に向かったが、そこに居たのは「イーゴリ」を名乗るジェリスタの姿があった。
どうして
どうして
何が起こっているのか全く理解ができない。書きながら整理して落ち着こうと思ったが、無理そうだ。
私は彼女になにも言葉をかけることが出来なかった。
困惑が思考を拒み、動揺が喉を閉じる。
込み上げてくるものが何なのか、わからない
とにかく彼女と話をしなくてはならない。明日、会うことが出来たらその時こそ。
1月10日
フェイゼへ:
小さいとはいえ移動都市を感染者が手に入れた。長期間の持続運用が可能な移動都市だ。この事実に感染者たちは希望を見出し、私たちに対し懐疑的だった感染者たちは次々と街へ集まり始めた。
しかしいつまでも喜んでばかりはいられない。ここは西北凍原ではなく、ウルサスの厳格な法律によって管理された移動領土。街一つが落とされたことに、ウルサスが黙っているはずがない。
憲兵に貴族の私兵。それに部隊を壊滅させられた感染者監視隊。荒野には戦艦が跋扈している。
惨劇に嘆いている余裕はなく、すぐさま街を守るために行動に移さなければならない。今のウルサスのほぼすべてが我々感染者の敵なのだから。
行方不明者の捜索、新たな感染者の受け入れに、都市の分割、新入りの戦闘訓練。そして非感染者による革命組織との連帯。気を抜けばすぐさまにウルサスの鉄甲に粉砕されてしまうだろう。
しかし、そのあまりの慌ただしさに私は葬儀の後、彼女に会うことが出来なかった。
彼女がアパートを引き払い家財すべてを他者へ譲ったことを知ったのは、私がスノーデビルたちを率いて近隣都市の駐屯軍の先兵を何とか撃退した後だった。
以前訪れたアパートにはがらんどうの部屋しか残っておらず、彼女たちが過ごした痕跡は何一つ残されていなかった。あの冷え切った空き部屋で談笑したことがあると信じられない。まるで初めから誰も住んでいなかったようだった。
だれも止めなかったのか?
ジェリスタが悲しみのあまり正気を失ったのではないのかと彼女の後見人を名乗り出たアンドアイン問いただしたが、彼は違うと首を振った。
「彼女は完全に正気であり、彼女は自分自身の財産を扱うことに何一つ問題はない」
そう言ったサンクタの男は葬式で見た時よりも、酷く老けたように思えた。
このような悲劇に見舞われて、彼女が正気を保っていると?
サンクタの共感など私たちが知る由もないが、感情だけで他人を知ることが出来るはずがない。
居てもたってもいられず私は彼女の姿を探し、その日彼女と会うことが出来たのは、夜になってからだった。
夜の郊外、ウルサスの凍土はより一層生者を拒むように冷気が体温を奪う。こんな場所に彼女がいるのかと半信半疑ではあった。
アリーナからジェリスタは街の移動が無ければ夜の間は必ず荒野にいると聞いていたが、その姿を目にするまで悪い冗談か、見違いだと思っていたよ。……本当にそうだったらよかったのだがな。
その姿を見たとき私は言いようもない衝撃に頭を打たれた。
何日間も着続けた汚れた衣服。
蓬髪は艶を失い、月明かりの中に溶けていた。
そしてその手には赤いリボンが握られており、何かに祈っているようだった
『自主的狂気』と誰が言ったか。
本来彼女のものでない名を呼ぶと、ゆっくりと振り返った。
彼女の憂いを湛えた双眸はしっかりと私の目を見つめており、正気を失ったように思えない。
彼女は葬儀の後も夫の服をずっと着続け、それが朽ちるとぼろ布でできた赤い服と緑のスカートのみを纏い、時には裸足で雪の積もる街中を彷徨っていたらしい。(これはイーゴリが、彼女の夫が好きだった色だと、アリーナが言っていた)
すぐに私への関心を失った彼女は再び祈る。
「これ以上誰も傷つきませんように」
いったい彼女が何に祈っているのか、見当がつかなかった。
彼女が新参の感染者たちに『聖女』と崇められるようになったのは、この頃からだっただろうか。
施しをほとんど拒み、常に平和を祈り続け、偶に予言を述べる。
そして彼女は例の「奇跡」を使い続けていた。
触れた感染者の痛みを取り除き、鉱石病によるアーツの暴走を軽減することが出来た彼女は、夫が亡くなった後惜しむことなくその力を以て感染者を救い続けた。
鼻血どころか咳に血が混ざるようになったというのに、決して拒まなかった。
事情を知らない感染者は皆そろって彼女を「聖人」と称え、感染者は、レユニオンは「聖人」の加護があると祭り上げ始めた。
そうやって「イーゴリ・フョードロヴィチ」を知るものが増えていくにつれ、「イヴァンジェリスタ・フョードロヴナ」を知るものはほとんどいなくなってしまった。
もちろん私は彼女を止めた。
「自身の命を分け与えるような真似を、イーゴリが喜ぶのか?」
だが彼女はただ笑みを浮かべてこう答える。
「亡きジェリスタの為だよ」と。
どうして
彼女をよく知るものは皆思い思いの方法で彼女を救おうとした。
アリーナは彼女を常に気をかけ、彼女が拒もうとも傍らにい続けた。その結果感染者だけではなく非感染者からも人望を集め、今では戦士ではない感染者たちからは、私より人気があるらしい。
ソフィアは限られた物資をやりくりしながら、彼女にとてもおいしい料理を振舞い続けた。…ただジェリスタは一口だけ口にすると貧困にあえぐ者に譲ってしまうので、「もっと食べてほしい」と嘆いている。
ヨハン、村の鐘楼守をしていたサルカズは彼女の『奇跡』をアーツで再現できるようにした。彼女が身を削らずとも感染者を救えるようにと。これに救われたものは多く、レユニオンが多くの感染者達に支持されたのは彼のアーツによる貢献が大きい。
アンヌシカは街での惨劇の後にレユニオンに加わったサルカズだったが、彼女はジェリスタを「聖人」として見ず『イーゴリを名乗るサンクタ』として接してくれている数少ない人物だ。今は彼女にジェリスタの世話をしてもらっている。
レオニードの奴は感染者監視隊による襲撃を少しでも抑えるために、通信用の設備の強奪やスパイを買って出た。だが、彼は被害者とはいえ感染者監視隊の一人。……彼は感染者たちの前で手に源石片を突き刺して感染者となり、信用を勝ち取って見せた。感染者が起こしたと言っても過言ではない惨劇に遭ったというのに、「ジェリスタさんがこれ以上祈らなくていいように、俺のできることをするだけっす」と笑っていたよ。
ただ、アンドアインは彼女を止める資格が無いと項垂れていた。どうやらあの男と彼女は同じ国の出身だったらしいが、それ以上のことは誰も知らない。サンクタの出身地といえばラテラーノではないのか? 今思えば彼女の異変はラテラーノから帰ってきてからだ。
あの男が、彼女たちをラテラーノにさえ連れて行かなければ……
いや、この考えは良そう。もしもの未来など、目の前の現実に比べれば重要ではない。
2月4日
フェイゼへ:
「草民の自由」の有する「見えぬ街」の鐘楼に頼り、敵の目を何とか誤魔化している状態なのだが、これに不満を持つ者たちが出始めた。
あの日街を勝ち取ってからというものの、戦いは一層激しさを増し息をつく余裕も無くなってきた。
安定の地のはずが、ずっと逃亡せざるを得ない状況に陥っている。感染者の街という希望の光を見出したはずなのだが、光とはいっても黄昏の輝きだったのだと誰かが言っていた。私はそうとは思わない。
街を手に入れたとはいっても、肥沃な土や田畑もないし、皆不安と疲労でまいっているのだろう。薄いシチーぐらいしか出せないが、今度ソフィアと共に晩餐会を開いてみようと思う。これで少しでも戦いの疲労と感染者と一般人の隔たりを和らげてくれればいいのだが。
パトリオットもなかなか西北凍原から動こうとしてくれない。私たちが掴んだ勝利を、軽率な愚行と断言して冷たくあしらわれてしまったよ。
パトリオットに否定されてから、良かった出来事といえば、イーノとサーシャと出会えたことぐらいだろう。
燃料の源石を得るために立ち寄った採掘場近くで保護した少年たちは、今ではすっかり私よりもアリーナに懐いてしまったよ。次点でジェリスタだろうな。
サーシャは戦士たちに弓を習い、早い段階から頭角を現し始めている。イーノはエリクによるスパルタ教育でもう立派な後方支援要員になった。
エリクに医療知識を叩きこもうとするのは虐待なのではと咎めたが、彼曰くイーノのような少年は何かに熱中させて思考を埋めたほうがいいと言ってきかなかった。
確かに、医療知識があるものは一人でも多く欲しい。特に今のような状況では。
ジェリスタの体調は悪化の一途をたどっている。ヨハンが彼女のもたらす奇跡をアーツで再現することに成功し鉱石病の緩和が可能となったが、その術の難しさからジェリスタのように多くの人々を救うことはできない。なんといっても街全体の姿を隠してしまえる鐘楼のアーツを使えるのは彼とエリクの二人だけ。エリクの症状も芳しくないようで、もともとヒステリックなところもあったのだが、ついに筆を折ってしまった。彼の絵をアリーナは好んでいたというのに、残念だ。
私たち感染者に残された時間は少ない。だが、せめて後世の者たちが生きる権利を奪われない世界に繋げられるよう、最後の時までこの命を以て道を照らし続けて見せる。
3月6日
【どの手紙も出された痕跡はなく、鐘楼内の倉庫で埃をかぶっていた】
登場人物一覧
〇『イーゴリ』
主人公。カイデー僕っ子サンクタ♀。
〇タルラ
燃やすのを我慢したら、とんでもなく燃えた。
〇アリーナ
タルラをとげとげしい目で見るようになってきた。
〇レオニード
感染者になることに躊躇はあったが、何もしないより苦しくないからという理由が彼の背中を押した。
〇エリク
帽子の男
タルラに絵を描いた画家。ヒステリック気味なニヒリスト。
医療知識を持っているが、過去を明かそうとしない。
〇ソフィア
品のあるクランタの女。黒毛。
ウルサス革命を目指す学生貴族中心の団体「草民の自由」リーダー。
感染者に対して親身になっている団員はかなり少数であることに気が付いていない。
〇アンヌシカ
狩人のサルカズ女性。美しい緑髪が特徴的。唐突な新キャラ。