今回は短めのタルラのお手紙パートです。
フェイゼへ:
時間の流れは早い。以前書いた奇妙なサンクタの女性が私たちの暮らす村に現れてからもう三ヶ月経ったようだ。
長らく感染者たちのために活動を続けていたが、まるで夜の雪道を明かりを持たず歩むような日々に何度足を止めそうになったかわからない。
だが、ようやくこの長い道のりに雪解けが訪れそうだ。
私は、近くの街で新たな友人と協力者たちを得ることに成功した。
それはウルサスのひどく凝り固まった国情を変えようと「草民の自由」という学生貴族を中心としたグループだ。
彼らは単に外国かぶれの貴族ではない。啓蒙思想を広げるための、薄汚れた服を身に纏って農民たちと共に汗を流す立派な活動家たちの集まりだ。
ほかにも労働者のための夜間学校で教鞭を振るっていたり、リターニアで学んだ感染対策や症状の緩和策まで身につけたものなど様々。
そのなかで特に気を許すことが出来る友になった女性がいる。
ソフィア、「草民の自由」のリーダーだ。
彼女は少々難し屋な面があるが、長々と説教を垂れるような真似はしない、気づかいにあふれる女性だ。
服装は警察などに目を付けられないよう、非常に庶民的なものに扮しているが、品と理性ある立ち振る舞いは隠しきれていない。
そして稀にガリア訛りを滑らせてしまうことから、彼女の身分についてある程度察しが付くが、今は同じ大地で逆境にあらがう同志であるという情報だけで十分だ。
そんなことよりも彼女に関して特記するべきはその料理の腕だろう。
ソフィアはなんと庶民の家庭料理から、都市に住まう皇帝が口にするような高級デザートまで何でも作れてしまう。味に関しては文句のつけようがなく、特に彼女の作る乾いたチェブレキのようなものは絶品だった。本当にあれはすごい。
私がソフィアを村に招いたときには、逆にキュウリのピューレやスイバのスープを振るわれてしまい、どちらがお客様かわからなくなったのはよい思い出だ。
村で手に入るものであんなに違うものが作れることに驚いたが、彼女を村に招くことに否定的だったアリーナが、いつの間にか私よりもソフィアと友好を深めるようになっていたことには、思わず目を丸くしたよ。一体いつの間に1プードの塩を舐めあったんだか。
そんなソフィアにはひとり兄がいると語ってくれた。今は感染者となり外国で暮らしていることも、だ。
外国に遊学中に感染者になってしまった兄を家族が追放したことに憤慨し、闘争へ身を投じたと聞いている。だからこそ彼女が中心である「草民の自由」にとって感染者もウルサスの同志と分け隔てなく援助している。
『感染者はわれわれの敵などではない、良き隣人だ。感染者差別は政府への不満を逸らすための醜悪な手段に過ぎず、感染者を排除し尽くせばあの超え太った議会の貴族たちは次の犠牲者をさも当然のように作り出すだろう! 立ちあがろう同志諸君! 我々の敵はこの腐り切ったウルサスそのものだ!』
感染者もウルサスの同志であると考える彼らの持つ情報網は私の計画に非常に役に立ち、もうじきここ一帯の感染者を団結させられる。ようやくうまく行き始めた。
感染者に手を差し伸べるものはないないと思っていたが、私の予想は良い方向に裏切られたものだ。同じ志を持つものが一人でも多く集まり、感染者への差別が撃ち払われるときはそこまで遠くないのかもしれない。
話は変わるが、この国には心正しき善良なものだけが目にすることができる湖の中の「見えぬ街」というおとぎ話がある。
そこに行けさえすれば悪名高き「吊し屋」バユンの手から逃れられると口にする者もいる。(『首吊りの運命にあるものは溺死しない』、という意味らしいが)
まぁ、要するに、迫害されたものたちの楽園ということだな。
なぜ突然こんな話題を持ち出したかというと、「草民の自由」が本拠点とする集落が、その街から名前を拝借したからだ。
理由は二つ。
一つ目は名称がおとぎ話に出てくるものということもあって、まじめに取り合う政府の人間は少ないということ。
二つ目は、おとぎ話のように姿を見せなくなるからだ。なんでもリターニアから来た術師が巧みに所在を隠蔽しているとのことだが……詳細はここでは教えてもらえなかった。今度私も連れて行ってもらう約束を取り付けたので、次の手紙にどんな場所だったか感想を書こうとおもう。
流石に「草民の自由」の本拠点では手放しに感染者を受け入れるつもりはないらしいが、それはあくまでもグループの活動にそこまでの余裕がないだけ。グループのメンバーの半数はまだ学生でほとんどが私よりも若い。こればかりはまだ時期尚早だろう。
いずれすべての人々が平等に暮らせる場所として、ウルサスの手本になるべき場所にしてみせる、と語るソフィアの熱のこもった声が今も耳に残っている。本当に良き友人と出会うことが出来てよかった。
今思えば村に監視官がやってきた時、本当は彼らとの交流も切れていたかもしれない。
あのときジェリスタが現れなければ、私は監視官を強引な手段で止めていたに違いない。爺さんがやられるのを黙って見ることなんでできやしない。目の前の悪行から目を背け、自己保身に走ることなんて許されない。犠牲ありきの正義は、善を装った悪なんだ。衝動的な怒りで力を振るえば、一生逃亡生活になっていただろうとアリーナに言われてしまったが、実際そんな時が来てしまえば、私は迷いなく力を振るうだろう。
だがそれは、
そういえば例の監視官の男が仕事をやめたらしい。名は確かイーゴリだったか。金払いだけはいい感染者監視隊をやめて、街の工場で働きだしたのだとジェリスタが教えてくれた。いったいどんな心変わりがあったのか。
もしかして彼女は不思議なことばかり言って皆を呆れされるが、人の運命を変える力があるのかもしれないな。
一度、フェイゼをジェリスタに会わせてやりたいよ。もちろん私の友人のアリーナとソフィアと共に。
タルラは妹へ向けた手紙を書き上げ、筆を置いた。
暖炉の火が揺らめいてパチパチと薪が爆ぜる音が心地よい。ふと、窓の方へ眼を向けると、何処までも続く夜闇が白銀の世界を覆い隠している。日差しこそわずかに暖かくなってきたとはいえ、夜分は相も変わらず冬から時間が進んでいないのではないのかとタルラは思った。まあ、嫌ながら慣れてしまった都市部の湿った雪よりも不快ではないのだけが救いか。
悪意と膨れ上がった欲望が交錯するサンクト・グリファーブルクを初めとしたウルサスを象徴する都市の重苦しい空気から遠く離れ三年。いまだにコシチェイという毒蛇の手から逃れられた気がしない。窓の外のようにこれから歩む道も、闇に覆われているのではないのかとドラコは気を重くする。
だが、だからこそ、私は闇を打ち払う火を灯そう。
タルラは書き上げた手紙を丁寧にたたむと、燃え上がる暖炉にくべた。
伝えたいことは、再開したときに直接伝えるのだ決めている。幼い頃に離れ離れとなった妹に、胸を張ってまた会えるように、そう自分自身に誓うのであった。