忘却の川の跡   作:鯵nius

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もう一人の守護者

 

 

 

――『彼女』に対して特別な感情は抱いていなかった。

 

 当然だ、自分は主人で、彼女はその護衛、お互いに「雇い主と使用人」のけじめは堅く守り、分別を忘れることはなかった。

 

 

 ただ、『彼女』といると、彼女と話すと気が安らぐことは確かだった。それを自分は、他人との交流があまりなかった自分にとって数少ない女性の話し相手だったからと考えていた。

 

 

 

――本当にそうだったのだろうか?

――えぇ、そうよ。ただの話し相手、ただの使用人、それ以上でもそれ以下でもないわ。

 

 

 

 そしてその考えを自分で否定する。

 

 

 

――いや、けじめはつけてた、それでも確かに『彼女』は私にとって特別だった。

 

 

 「私」は認めないでしょうけど、心の中で思うことは自由、そう言い聞かせる。

 同時に、湧き出る「失ったはずの感情」に気づいてしまう。

 

 

 

――『彼女』が……いることが羨ましい。

 

 

 

 ただ、この感情だけは、どうしても肯定することはできなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 2087年

 

 

 四葉本家には、「奥の食堂」と呼ばれる四葉家当主が私的な会食を開く場所が存在する。

 四葉家にとって特に重要な客人を招く、あるいは本家内で特別重要な話を食事をしながら行う、特別な場所。

 

 そんな「奥の食堂」に、司波深夜の姿はあった。

 

 深夜の正面に座るのは、四葉家三代目当主にして深夜の双子の妹である四葉真夜。その少し後ろに控えるのは四葉家に仕える執事の中でも頂点に立つ真夜の側近である葉山忠教。

 

「姉さん、急に招待をしてごめんなさい」

「いいのよ、話は聞いているわ」

 

 深夜と真夜、瓜二つの顔を持つ二人であるが、お互いに対する感情は冷めきっていた。

 

 

 

――2062年、12歳の真夜が大漢、崑崙方院から受けた人体実験は、精神を崩壊させるほどであった。

 

 決定的に真夜の心が壊れてしまう前に、深夜は当時の当主、真夜と深夜の父である四葉元造の命により深夜は真夜に対して「精神構造干渉」魔法を使用し、真夜のこれまでの「経験」を「知識」に作り替えた。

 

 その後、真夜は深夜に対して「昨日までの自分は姉さんに殺された」として、この姉妹の仲は分かたれてしまった。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 深夜と真夜は洋風のコース料理の食事中、一切の雑談がなかったのも、二人の仲を表しているのだろう。

 

(元造殿……私には今のこの二人の関係が、どうしても辛く思ってしまいます)

 

 子供のころから二人のことを見守ってきた葉山からすると、この姉妹の冷めきった関係性にはどうしても思うところがあった。もちろん、執事としての立場を弁えているため直接口に出すようなことはなかったが。

 

 「責任はとる」、そう誓った四葉元造が亡くなり、深夜と真夜の仲を取り持つ人間が存在しなくなった。

 もはや、彼女たちの溝を埋めることは不可能だと葉山自身理解していたのだ。

 

 葉山にはただただ、彼女たちの行く末を憂えることしかできなかった。

 

 

 

 さて、この食堂には深夜。真夜、葉山以外にもう一人、深夜が初めて見る顔があった。

 それが今回の招待の理由だと、深夜は食事前から察していた。

 

 静まり返った部屋でデザートを食べ終え、深夜と真夜は居住まいを正し、顔を向けあう。

 

「食事も終わったことですし、本題に入りましょうか。穂波さん、そんな後ろにいないで前に来なさいな」

「はい」

 

 葉山のさらに後ろに控えていた女性が真夜に声をかけられ、少し上ずったような返事を返す。

 

「姉さん、彼女は調整体「桜」シリーズの第一世代、桜井穂波さん。姉さんの守護者(ガーディアン)になるわ。これまでは警視庁のSPとして護衛業務を学んでいただいていました。さ、穂波さんどうぞ」

「承知いたしました。真夜様からご紹介に与りました、桜井穂波です。深夜様の守護者(ガーディアン)の命をいただきました」

 

 深夜は桜井穂波という女性に改めて目を向ける。見定める、という表現の方が正確か。

 

――身長は女性としてはかなり高め、160cm後半ほどか。少し細身ではあるが、か弱さはなく引き締まった体つき。年齢は20歳ほどだろうか、まだ若々しさを感じさせられる。名字の「桜」に引っ張られるかのように髪はこげ茶色にピンクが混じったような色をしていた。

 

 

 

「そう。司波深夜よ」

 

 

 

 とはいえ、深夜は特に興味はもたなかった。自分にも守護者(ガーディアン)が着くのは予想していたし、所詮護衛、いざという時の盾でしかないと割り切っていた。

 

 対して桜井穂波は表には出していないが内心緊張でガチガチになっていた。

 

 

 

――「触れてはならない者たち(アンタッチャブル)」と呼ばれる四葉家、その中でも特に「忘却の川(レテ)支配者(ミストレス)」、そして「極東の魔王」の異名をもつ世界最高ともいわれる魔法師二人を前にして平静を保つのは穂波であっても常人には不可能であろう。

 

 それ以前に、穂波は四葉家の敷地へ踏み入れてからというものどうしても落ち着かなかった。

 警視庁でSPとして働いていた時に培われた感覚が、ここが普通ではないと警鐘を鳴らしていた。ここは……人の死の香りがする、と。

 

 深夜と穂波の内心を知ってか知らずが、真夜は微笑みを浮かべ、二人の様子を眺めていた。

 

「これから穂波さんは守護者(ガーディアン)として姉さんに着いてもらいます。護衛以外にも、家事やお手伝いをお願いすることになるでしょう……穂波さん、姉さんをお願いするわね」

「はい、畏まりました」

 

 真夜は話は終わった、と告げるように席を立ち、葉山の明けたドアから部屋を出る。

 直前、深夜に向けた視線は、やはり冷ややかで無機質なものであったが、それに穂波は気づくことはなかった。

 

「それじゃあ穂波さん、私たちも出ましょうか」

「はい、奥様」

 

 真夜が部屋を後にして少しして深夜も席を立つ。穂波はその様子に「やっとここから出られる」とホッと一息つくことができた。

 

 少し表情に気持ちが現れてしまった穂波の様子に、深夜は気づかないふりをしつつ二人は四葉本家を後にした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 司波家に移動する際中のキャビネット内、その中で桜井穂波は困惑していた。

 

 

 

「――そういうことだから、達也は私の息子だけど、貴方と同じ守護者(ガーディアン)。妹の深雪さんはその主、私と同じようにて接してもらえばいいわ。穂波さん、理解できましたかしら?」

 

 

 

 

 キャビネット内では、司波深夜から穂波に対して、息子の司波達也とその妹、司波深雪についての説明がされていた。その内容の数々は、穂波に少なくない衝撃を与えるものだった。

 

 

 

――曰く、司波達也は司波深夜の息子であり、妹以外への衝動を失った不良品。

――曰く、司波深雪は兄の司波達也を守護者(ガーディアン)とする四葉家次期当主候補の一人。

 

 

 

 そして、達也は穂波の主である深夜の実の息子であるにもかかわらず、使用人同然の扱いで構わないということだ。これまでの穂波の常識からすると到底ありえない、家族としてあまりに歪すぎる関係性であった。

 それに穂波は困惑を隠せない。

 

「畏まりました……恐れ入りますが、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「えぇ、どうぞ」

「達也さんは、曲がりなりにも奥様の息子かと思いますので、その……同じ守護者(ガーディアン)といえど疎かにするのはどうしても違和感が……」

 

 穂波は魔法師としても、一人の人間としても俗にいう常識人である。

 少なくとも穂波自身はそう考えているし、世間一般と照らし合わせてもその考えは正しい。

 ただし、こと「四葉家」として見るのであれば、この考えは正しくない。

 

「そうかしら? ……まぁいいわ、好きになさい。」

 

 心底不思議そうに深夜は反応するが、少し考えた次の瞬間には興味を失った。

 穂波は軽く頭を下げつつ、その様子に違和感を覚える。深夜に穂波の持つ常識を否定されたような反応もそうだが、それ以上に一切の興味、関心を失ったような様子に対して、少なくない違和感があった。

 

 そして、穂波の中に一つの仮定が思い浮かんだ。

 

 

 

――人造魔法師実験で達也さんは感情を失った。同時に奥様も感情を失ってしまったのではないのだろうか。

 

 

 

 それは深夜から話された話を聞いただけの情報と、深夜の様子からふと思いついた何の根拠もない仮定。

 あって間もない深夜とのコミュニケーションから生まれた些細な疑問や違和感から生まれた突拍子もない仮定。

 

 穂波はその仮定を、「まさかね」と振り払う。

 深夜とは出会って間もないが、話をする中で確かに感情というものはあると感じていた。

 特に深雪をのことを話す際には少し気持ちが高ぶっていたのか熱を感じていたのも印象に残っていた。

 

 だから、この時穂波が一瞬思い浮かべた考えを忘れ去ってしまうのも無理もなかった。

 

 

 

 その後、穂波は深夜から聞かされた話を思い返し、達也と深雪と会うことを楽しみに感じつつ、緊張が解れたのか深夜と軽い雑談を始める――もちろん、護衛としての節度はもった上で――。

 

「奥様は普段何をされているのですか?」

「そうねぇ、深雪さんにミストレスとしての基本を教えることが多いかしら」

「なるほど、深雪さんのお勉強などは私も手伝うことができると思います」

 

 不快感のない丁寧な、と言っても堅すぎないようなバランスでの会話。

 それは護衛というものは主人との良好な関係を築いてこそパフォーマンスを発揮できる、そういった教えからなのか、穂波本来の人柄がなせる技なのだろうか。

 

「ふふ、お願いすることになると思うわ。知っていると思いますが、身体がいうことを聞かなくて……」

「存じております、奥様の身の回りのお世話も真夜様から承っておりますので、何なりとお申し付けください」

 

 これまで他人と関わる機会がそう多くなかった深夜にとって、それは新鮮さを感じさせるものであった。だからだろうか、「桜井穂波」という人間のことを知りたいと思う気持ちが芽生える。

 

 

「穂波さんは、何か趣味はおありで?」

「わ、私ですか⁉ その……映画を見るのが……」

 

 突然投げかけられたプライベートへの質問で穂波は大げさなまでに驚いてしまった。そして、少し考えた後顔を伏せて答える……その頬は少し恥ずかしかったのか赤らんでいた。

 

「あら、いいじゃない。折角ですし、もう少し深雪さんが成長したら映画館にでも連れて行ってくださらない? いつまでも世俗を知らないわけにも行きませんし」

「き、機会がありましたら是非……」

 

 まさか深夜の方からここまで踏み込んだ(?)質問が飛んでくるとは予想もせず、動揺が勝った。動揺していなかったとしても、深夜の提案に二つ返事で頷くことはできなかっただろうが。

 

 

 

 深夜は意識の底に芽生えた懐かしい感情に違和感を抱きつつ、穂波は話続けた。

 

 

 

 そして、時間を忘れ、話しているうちに目的地である司波家に到着した。

 

 

 

 




本当はこう何話も書く予定はなかったんですが……
一回読むなら3000-5000文字ぐらいかなという個人的な意見と書いているうちに文字数が膨らんでいました。

駄文ではありますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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