忘却の川の跡   作:鯵nius

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二人の守護者、二人の女主人

 

 

 

――桜井穂波という魔法師について。

 

 

 

 桜井穂波、国内でも有数の対物・耐熱障壁魔法の使用者であった。その障壁性能は十師族の中でも「鉄壁」の異名を持つ十文字家の障壁魔法にも匹敵するとの評価を得ている。

 その能力を生かし、2087年まで警視庁のSPとして従事した。彼女が退職する際は強い引き留めが行われたが、その意思を変えることは叶わなかった。

 

 その後の足取りは不明となっている。

 

 

 

――故人、2092年8月11日に大亜連合による沖縄侵攻の中、魔法演算領域のオーバーヒートにより命を落とす。

――四葉の記録より――

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 2087年、夜。

 

 

 

 府中にある住宅にキャビネットが停車した。

 開いたドアから女性が降車する。

 

 黒曜の長髪を靡かし紫に輝く瞳に右目の泣き黒子が「魅惑」の魔法を彷彿とさせる。病的なまでに真っ白な肌は彼女の持つ独特な雰囲気と合わさって異常なまでの儚さを醸し出す。

 魔性の女、その例えが過剰でないほどの美しさをもつ女性、司波深夜。

 

 それに続いて降りるのはスーツを違和感なく着こなす女性。

 こげ茶色の髪にウェーブのかかった髪、細身にも拘らずスーツを着こなす姿から鍛えられ引き締まった体型であると推測できる。

 女性にも関わらず服装と佇まいから、先の女性の護衛と容易に想像がつく彼女は、まさしく司波深夜の護衛、守護者(ガーディアン)である桜井穂波であった。

 

 

 

 深夜と穂波は四葉家で出会い、その後キャビネットに乗り司波家に到着したのである。

 

 キャビネット内ではある程度の緊張が解れた穂波ではあったが、司波家を前にして再び緊張が訪れていた。

 四葉家に行った時ほどではないが、新たに二人と出会うというイベントを前にして期待感、楽しみという気持ちも合わさり、謎のテンションに陥っていた。

 

 

 

 

 

 司波家に入り、そのままの足で穂波は深夜にリビングに案内された。

 深夜がリビングから出てしばらくすると、深夜が一人の女の子を連れてきた――その後ろには男の子が一人――。

 

(聞いていた話では6歳でしたか……そうは思えないですね)

 

 恥ずかしいのか少し下を向きつつもじもじとした様子で深夜の前に立つ女の子は、到底6歳とは思えないほどの美少女であった。確かに幼さはあるが、深夜と同じ色の髪を伸ばし、その下にある顔は完全な左右対称とも思えた。人間というよりは人形、と言われた方が納得がいくだろう。

 

 恥ずかしがっている様子を見て「可愛い」と思いつつ、緊張をほぐしてあげるためにも自分から話しかけた方がいいと瞬時に考えた穂波は腰を落として少女と目線を合わせ明るくニコリと笑って話しかける。

 

「初めまして、深雪さん。私は桜井穂波と言います。『穂波』と呼んでください。よろしくお願いします」

「司波深雪です。こちらこそ、これからよろしくお願いします!」

 

 やはり穂波の人柄がなせる業なのだろう、さっぱりと明るい性格をした裏表のない様子の穂波の様子は好印象だったようで、司波深雪は恥じらいや緊張をなくして挨拶を返す。

 

 その様子にもう一度穂波は微笑みを返す。笑った時に両側にできるえくぼは少女のようにかわいらしく、穂波の明るさにアクセントとなってより印象を強くするものになっていた。

 

「穂波さんは、お母様の守護者(ガーディアン)なのですよね? お母様のことよろしくお願いします」

「はい、もちろん奥様のことも、そして深雪さんのお世話もバッチリさせていただきます」

 

 6歳の少女から「守護者(ガーディアン)」という言葉が発せられたことに穂波は心の中で小さく驚いていたが、笑顔の裏に押し込める。

 

 そして、ふともう一人の子供、少年がいることを思い出した。忘れていたというより、深夜も深雪もその少年をいないように、もしくはあまり触れたくないように扱っているせいで気づかなかった、というのが正しいだろうか。

 

 深雪との話にひと段落が着いた頃、深雪や深夜がリビングに入ってきたドアの横に、まるで執事や警備員化のように「休め」の姿勢で直立している少年の姿が目に入った。

 

 

 

 

――最初に桜井穂波が感じたのは『死』であった。

 

 

 

 桜井穂波はこれまで警視庁のSPとして護衛としての能力を磨き続けてきた。

 

 それ故に、身体能力はもちろん、とっさの判断力や行動についても研鑽の日々を過ごしてきた。その緊急時の対応や危機回避能力は、意識せずとも必要な時に必要な行動を適切に行うだけの能力として見に着いている。

 

 その域にまで達したからこそ、生まれる前から期待されていた役割を果たせるようになったからこそ、穂波は前職を辞め、四葉家のもとに戻ってきたのだ。

 

 そして、護衛としては当然持ち合わせるべきである目の前の人間の危険度についても自然に見積もることができる。

 

 

 

 その穂波の感覚が、少年を見た瞬間から警鐘を止めどなく響かせていた。

 その少年から香る死の気配、歴戦の戦士に匹敵かそれ以上の殺気を身にまとっている、そんなイメージを幻視し、穂波はスーツの下では鳥肌が立っていた。

 

 聞いていた話では7歳、だがそんなことを思い出す余裕はなく、まさしく時が止まるような感覚に陥る。

 

 精一杯顔に出ないように努める姿はまさに護衛の鑑とでもいうべきだろうか、穂波はうっすらと滲み出す恐怖心を必死に振り払い、深雪に目線を合わせるように屈んでいた姿勢から立ち上がる。

 

「奥様、よろしいでしょうか」

 

 穂波は問いかける。

 問いかけられた深夜は、その内容は言われずとも何を聞かれているのか理解していた。理解していたために、少し考えるような素振りを見せて答える。

 

「勝手になさい」

「ありがとうございます」

 

 深夜は深雪へ近づき、それと入れ替わるように穂波は少年の正面に立つ。

 

「初めまして、達也君。聞いていたと思いますが改めて、桜井穂波です」

「司波達也です。母と妹をよろしくお願いします」

 

 深夜と少し話した深雪が達也の横のドアからリビングを出ていく。出ていく瞬間、深雪の瞳はほんの少しの興味と、「もの」に対するような無機質さを覗かせ、達也を一瞥していた。

 

 その様子を見ていた穂波は事前に聞いていた話を改めて思い出しつつ、心を落ち着かせる。

 

「私と達也君は守護者(ガーディアン)という立場は同じです。ただ、まだまだ達也君は7歳、つまり子供なんです。なので私は達也君のこともしっかりとお世話いたします――お節介かもしれませんが」

 

 穂波は深雪にしたときっと同じように、足を曲げて達也の視線の高さを合わせ、目を合わせながら笑いかける。

 

(奥様と深雪様の達也君への扱いを変えることはできません、それなら……)

 

 すでに穂波は自分の感じていた驚愕や恐怖心という感情を消し去っていた。

 

 

 

――いい意味でも、悪い意味でも桜井穂波という人間は常識的な人間であった。四葉の関係者、という意味では不適格と思われるほどに。

 

 

 

 7歳、そんな小学生になったばかりのような少年が受けるには余りに非情なまでの過酷な「教育」が行われていたのだろう。この家に来るまでのキャビネットの中で話は聞いていたが、達也を実際に前にして感じ取った雰囲気は想像を超えていた。

 

 年齢にして25歳、調整体として生を受け、生まれる前から四葉に買われて教育されていた穂波が、ある種似たような境遇の達也に庇護欲という感情が湧き上がってしまったのは仕方のないことだろう。

 

 

 

 

 

 当の達也は不思議な顔をするしかなく、困惑していた。

 物心ついた時から人ならざる「もの」や使用人として扱われ続け、さらには感情をほとんど消されてしまった達也にとって、穂波の言葉は理解はできるが自分に向けられた言葉である実感がなかった。

 

 初めて向けられた感情、初めての扱いに達也はどう返していいのかわからず、ほんの少し眉を顰めて考える。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 結局、出てきた言葉はそんな当たり障りない言葉だけだった。

 穂波はそんな達也に心配を抱きつつ、後ろで静かに眺めていた深夜に改めて声をかける。

 

「さて、奥様、深雪様と達也君は夕食がまだだと思うのですが」

「そうね……達也、深雪さんは夕食を食べたかしら?」

「いいえ、まだです」

 

(これが、母親と息子の会話……?)

 

 どれだけ聞かされていたとしても、どれだけ言い聞かされても穂波には到底親子とは思えない深夜と達也の会話に悲痛さを感じずにはいられなかった。

 

(やはり私だけは――)

 

「それでは、私が夕食の方を作らせていただきます! 奥様、台所をお借りいたします」

「あら、HAR(ハル)に作らせればいいのではなくて?」

 

 穂波に対して、深夜は少女のようにかわいらし気に人差し指を口元にあて首をかしげて疑問を投げる。

 

 近年ではHAR(Home Automation Robot)、自動家事システムが先進国で普及しており、司波家にも当然配備されている。

 加えて、ミストレスである深夜にとって家事というものは無縁のものであった。そんな彼女にとって「料理を作る」という穂波の言葉に疑問を抱かずにいられなかった。

 

「自動機械で調理されたものはどうしても味気なく感じてしまいまして、折角なら今後もお食事は私に作らせていただければと思います」

 

 自動機械による調理が一般化している今日において、穂波の考えはやはり深夜にとって不思議なものだった。

 

「そう、好きに使って構いませんよ。私の分は少なめでお願い」

「――ありがとうございます!」

 

 面白げな微笑みとともに、確かに明かさの感じられる声色で発せられた言葉に穂波は意外感を隠せず、戸惑いつつもお礼を返す。

 

「達也君、夕食ができましたらお呼びしますのでお部屋でお待ちください」

「――わかりました」

 

 達也は一瞬深夜に目を向け、特に何も言わない様子を見て返事をし、リビングを出る。

 

 

 

 その後、スーツから少しラフな私服に着替えた穂波はキッチンへと向かい、腕を捲り気合を入れて調理をし始める。

 

 その様子を深夜は面白いものを見るような目で見つめながら、椅子に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





四葉家、司波家で会話が弾むイメージがないですよね……

その点、桜井穂波は感情豊かな常識人だと思うんでいい潤滑油だったんだと思ってます。

地の分ばかりかつ亀進行ではありますが、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
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