忘却の川の跡   作:鯵nius

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ところどころ修正や手直しをする癖で突拍子もない話になっていないかが日々不安です。


初めての

 

 

 

――今でも思い出すのは後悔ばかりだ。

 

――初めて人の温もり、優しさを与えてくれた人。

 

――ただ、その事実でさえ無力だった自分を責め立て、より深い後悔の底へ突き落す。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 2087年、司波達也と桜井穂波の出会ったその日。

 

 

 

 桜井穂波は司波深雪と司波達也、二人と初めての挨拶をした後、気合を入れて――と言っても短時間で――夕食を作り上げた。近年では一般的となった自動調理機械に任せない手料理である。

 

 

 

「深雪さん、お食事の準備ができました」

「穂波さん? すぐ行きます!」

 

 冷めないうちに、と穂波は深雪の部屋をノックして声をかけると年相応の少女らしい声が明るく返事をする。

 

「達也君、ご飯の方できましたよ」

「わかりました」

 

 意識してか少し砕けた口調で達也の部屋にも同じくノックをして声をかけると、相変わらず感情の籠っていない無機質な少年の声が返ってくる。

 

 対照的な二人の子供の反応に、やはり穂波は違和感を拭えなかった。

 

 

 

 4人掛けにしては大きめのダイニングテーブルには既に司波深夜が座っていた。深夜には成人にしては随分と少ない量の食事、その向かいには小学生低学年の子供には十分な量の食事が二人分並んでいた。

 

「深雪さん、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 穂波は深雪を見るや、深夜の向かいの席を引いて深雪を呼び寄せる。

 丁寧な穂波の様子と、慣れないことに少しの緊張で上ずった声になったことに対する恥ずかしさを隠しつつ、深雪は席に着く。

 

 深雪は目の前の食事、いわゆる和食と言われる食事を前に目を輝かせていた。

 時間がなかったため簡素ではあるものの、ご飯に味噌汁、魚の焼き物、冷ややっこに野菜の和え物と和食の基本、一汁三菜に沿った献立になっていた。

 

 深雪にとって和食を食べるのは初めてでも、特別なことでもなかったが何故か見ているだけで心が躍るような気分だった。

 

 

 

 遅れて達也がダイニングに現れる。その姿に深雪は楽しみを邪魔する乱入者とでもいうかのように、ムッとしたような表情を見せて兄である達也に視線を向ける、睨むと言ってもいいだろう。

 

「さ、達也君もこちらにどうぞ」

「?」

 

 深雪の内心を知ってか知らずか、気にせず穂波は深雪の隣の椅子を下げて達也を呼び寄せる。

 その様子に達也は疑問符を浮かべるかのような目を穂波に向け、深雪も同様に「なぜ?」というような表情になる。

 

 

 

 そして深夜は、穂波を見つめる。その目は真意を探ろうとしている、そう穂波は感じた。

 

 

 

 穂波は深夜の意図を理解している。理由は聞いていないが深夜は、深雪と達也を深くかかわらせたくない、深雪に達也への興味を抱かせたくない、そう考えているということだ。

 深雪の様子を見るに、今はそこまで至ってはいないがいずれ達也に興味をもたなくなろうというのは想像ができる。現に今もそこまでいい感情を抱いていないような様子だ。

 

 深夜の行動や考えは理解したい、理解しなくてはいけないと思う反面、穂波にも譲れない矜持とまでは言わないものの、妥協をしたくないラインというものが存在した。

 

 

 

(せめて私だけでも、達也君を一人の人間として接してあげないと)

 

 

 穂波は頭の中でそう決意した。

 

 

 

――そうでないと心が壊れてしまう

 

 

 

 「誰が」とは考えないように、その考えを忘れる去るように、使用人としては失格だな、と自嘲する。

 

 

 

「ほら、達也君も座って」

 

 決意や不安はおくびにも出さず、穂波はいまだ不思議そうな達也の背中を押して席に案内し、座らせる。

 

「奥様、深雪さん、達也君、どうぞ冷める前に食べてください!」

 

 有無を言わせぬ流れで穂波は三人に食事を勧める。

 

 困惑を隠せないものの、確かに冷めてしまうともったいないと感じた深雪は「いただきます」という言葉とともに目の前に並ぶ料理に手を付ける。

 

 料理を口にしてしばらく、深雪の顔が驚きと、そして喜びの声を上げる

 

「穂波さん、とても美味しいです‼」

「ありがとうございます、お口に合ったようで良かったです」

 

 子供らしい何の含みもない、直接的な感謝を貰った穂波に安堵とともに素直な嬉しさがこみ上げる。自信がなかったわけではないが、通り大家の令嬢として育てられてきた深雪の口に合うか微かな心配を抱いていたが杞憂だったようだ。

 

 深雪が食べ始めたことを律儀に確認し、達也も料理に手を付ける。

 

 

 

「……美味しいです」

 

 達也から振り絞るかのように出てきた言葉には、確かな感情が感じられるものだった。

 その言葉に載せられた感情は、嘘偽りのない本心であると穂波には理解できた。だからこそ、その言葉を聞いて穂波は深雪に言われた時以上に嬉しく、そして感動を覚えた。

 

「ありがとうございます! 御代わりもあるので好きなだけ食べてください」

 

 穂波は笑顔で達也にお礼を返す。達也は軽く頷き、何かを考えつつ食事を続ける。

 

 達也と出会って初めて感じるその明るい感情の変化を目にして、より一層穂波の決意は固くなっていた。

 

 ふと、穂波は深夜が達也に視線を向けていることに気づいた。

 その視線に込められたものは何か、穂波はさりげなく探りつつ考えるが、穂波には見当もつかない。

 ただ、冷ややかで、無機質なものであったこれまでとは違う、そんな風に感じられた。

 

 穂波の視線に気づいたのか、深夜は達也から視線を外して自分の前に置かれた軽食程度の食事を丁寧な所作で静かに口にする。

 

 

 

――深夜が固まったように見えたのは穂波の気のせいだろうか。

 

 

 

「奥様? お口に合いませんでしたでしょうか……」

「――いえ、美味しいわ」

 

 穂波は「まさか」と思い冷汗が背中を流れるような錯覚と共に、恐る恐る声をかける。

 少しの間をおいて深夜が返す言葉に穂波はホッとする様子を見て深夜は優しく微笑む。

 

「美味しくて驚いただけよ。自動調理機とこんなにも違うものなのね。深雪さんはどうかしら?」

「はいお母様、どれも美味しいです。どういえばいいのかわかりませんが……いつもとは全然違う気がします」

「そうね……穂波さん、今後も好きにキッチンの方使っていただいて構いませんよ。深雪さんも気に入ったようですし」

 

 母親と娘の微笑ましい会話を聞いて、穂波は安堵する。ここに息子、達也が混ざっていないことは確かに心が痛く感じてしまう、という補足はあるとして。

 

 同時に深夜からの言葉に驚く。もちろん今後も食事は基本的に穂波が料理をするつもりだったが、自分の時間を使う以上、ある程度お願いや説明は後で必要かと考えていたため、すんなりと「深夜から」お願いされたことは予想外であった。

 

「ありがとうございます、お任せください!」

 

 予想以上の高評価と、深夜反応に喜び少し声が大きくなったのは仕方のないことだろう。

 

 深雪は美味しそうに食事を楽しみ、それを深夜が母親としての顔を覗かせながら見つめ、時には会話を交わす様子は人の温もりを感じさせられるもので食卓は明るい雰囲気に包まれる。

 

 そして、その横には黙々と食べ続ける達也が。

 その顔は、どこか少し眉が顰められているように穂波は感じられた。

 

 

 

――これが彼女との出会いだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

――今日、初めて会った彼女は、「変わった人」だった。

 

 今まで関わることがあった人は誰も自分のことをただの使用人のように接してきた。

 それが当然だったし、それに対して疑問に思うことも、不快感も感じることはなかった。

 

 自分の役目、そして望みは兄として妹を守りたい、それだけだ。だから周りからどう扱われていようと、何を言われようともどうでもいいことだ――当の妹であっても――。

 

 そんな自分に、妹に対するものと同じような態度で彼女は話しかけてきた。

 初めてのことで、不思議な気持ちとどうすればいいのかがわからなかった。

 

 当たり障りのないことを返すと、彼女の顔は少し曇ったような気がした、どうしたのだろうか。

 

 

 

――今日、初めて母と妹と一緒に食事を食べた。

 

 今まで食事は誰もいない部屋で一人、食べるのが普通だった。

 

 彼女は何も気にする様子もなく、自分を妹の隣に座らせる。

 妹は困惑するような表情を見せ、母は彼女、そして自分を見つめていた。

 

 母の感情は、自分にも読み取ることはできなかった。ただ

 いつもとは違う、そう思った。

 

 

 

 周りの様子を見ることで、妹、そして母と並んで食事ができることに、少しの嬉しさを感じる自分がいたことには気づかないふりをした。

 

 

 

――今日、初めて彼女の料理を食べた。

 

 自分にとって食事はただの作業だった。

 仕事をこなすことに支障が出ないようにただただエネルギーを補給する、そんな作業。

 

 彼女の料理を口にしたとき、始めての感覚を覚えた。

 胸の奥から温かな感情が湧き出るのを感じたのは、自分の錯覚だろうか。

 

 「美味しい」という感想が、自分の意志とは関係なく自然と口にでた。

 それを聞いた彼女は一瞬驚いたような顔をして、すぐに明るい笑顔を見せた。

 

 どうしてだろう、彼女と接すると自分で理解できない感情が湧き上がる。

 胸が熱く、しかし不快感はなくむしろ安心感を与えられるような、そんな感情。

 

 

 

――今日、初めて母の嬉しそうな、楽しそうな様子を見た。

 

 自分にとって母は特別な存在と「感じられない」が、それでも一緒に生活している以上は意識せざるを得ない。

 

 そんな母に自分は、冷たく、厳しく、そして「感情が擦れた人」という印象をもっていた。

 妹に対する母親としての愛情、それが自分には張り付けられたものだと感じる。

 感情の起伏があまりないように見える母の姿は、まるで自分と同じ気がした。

 

 そんな母が、料理を口にした後に見せた感情は心の底からのものだったように感じられた。

 

 それがなぜなのか、自分にはわからなかった。

 

 

 

――自分は彼女から与えられた優しさと、そして温かさを忘れることはないだろう。

 

 

 

 




起承転結でいうと「承」が終わったような感じですね。黒羽姉弟を書くかどうかで変わりますが、絶賛悩み中です。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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