不道徳を行う者の前に、『悪魔』はやって来る。
人間の子供の姿で、数多くの従者を伴って現れる。
赤い文字の悪魔
私の名は■■■。
騎士の家に産まれたが、私の生きた時代騎士なんて名誉職みたいなもので、大して庶民の出自と変わらない。
父は町を守る立派な仕事で、母を早くに亡くした私を愛してくれた。
──そんな父が、汚名を着せられ殺された。
私の人生は、復讐劇で彩られる。
実家から逃げ出す際に、倉庫の奥にしまい込まれていた古い赤錆の浮いた剣だけが私の全てとなった。
住んでいた街に居られなくなった私は殆ど着の身着のまま放浪することになった。
いや、放浪なんてかっこいい響きじゃない。
ただ逃げ出しただけ。
そうして三日間の彷徨い歩いた私は、魔物に食われなかっただけ幸運だった。
だが同時に、食料らしい食料にあり付けることもなかった。
飢えと憎しみは、私が良心を捨て去るには十分な理由だった。
「食べ物を、置いて行け!!」
笑えるだろう?
騎士の娘が野盗に成り下がったわけだ。
そんなバカは、相手を選ぶ余裕も無かった。
「どういたしますか、主よ」
「お前の好きにすればいいよ」
黒いローブで顔を隠した少年を、頭三つぐらい身長の高い男が主人と呼んでいた。
そして一瞬だった。
間合いは十歩以上あったのに、男が抜剣した瞬間に私は風の塊か何かで殴りつけられていた。
私はそんな一撃でダウンした。
当然だ、父は私に剣技なんて教えてはくれなかった。
良い旦那さんを見つけて、早く結婚して孫を見せて欲しいとばかり言っていた。
「嘆かわしい、まだ若い……」
少年と男以外にもう一人、モノクルを掛けた老紳士然とした男が私を見下ろす。
「この様子では野盗も初めてだろう」
私を倒した男は、懐から銀貨を取り出し私の足元に投げた。
「その無様さでは物乞いの方がまだ生きられるだろう。
少なくとも、野盗で生計を立てるよりかはよほどマシだ」
私は彼に慈悲を掛けられた。
それが悔しくて、情けなくて、己の惨めさに耐えきれず泣き出してしまった。
良心を売り払ってこれである。
これでは父の仇なんて夢のまた夢である。
「む、その剣、家紋入りか……」
これは後に知ることだったが、彼もまた元騎士。
そして、その日の夜には師匠と呼び慕うことになる相手であった。
「我が主よ、彼女の話を聞いてやってもよろしいでしょうか?」
「好きにしろって、言ったじゃん」
それと同時に──。
少年の、真っ赤な瞳が私を見下ろす。
「その代わり、こいつの命はこいつを助けた僕のモノだ。
……お前も、それで良いな?」
この『悪魔』、私のご主人様との出会いでもあった。
私は師匠の従士として剣技を学び、『悪魔』の従者となった。
師匠も彼の従者であり、老紳士こと教授も同様だった。
なぜ我が主が悪魔なんて呼ばれているのか、私の人生では関係無かった。
ただ、三年ぐらい一緒に放浪して、命を狙われているぐらいしか知らなかった。
それでも度々教会勢力に刺客を撃退し、魔物とかと戦ってその過程で私はそれなりに強くなれたと思うし、楽しかったとは思う。
それでも、私の人生は復讐劇だった。
大陸をぐるりと回り、私は故郷に戻って来た。
戻ってきた故郷は様変わりしていた。
父に汚名を着せた連中がのさばり、圧政が敷かれ人々は苦しめられていた。
私は、奴のところに乗り込んで決闘を申し込んだ。
意外なことに、これは受け入れられた。
いや、奴は多分、汚名を着せた相手の娘を衆人環視の下で惨殺し、正当性を示し見せしめにしたかったんだろう。
当然、これは公平な決闘では無かった。
私は両腕を屈強な騎士たちに掴まれた状態で、決闘が始められたのである。
「くそ、卑怯だぞ!!」
「知らなかったのか、決闘には助太刀が認められているのだよ」
悪党は言う。
だが、奴は所詮小悪党だった。
「ならば、我らが助太刀しても文句はあるまいな?」
その言葉と共に、師匠が現れて私を戒めていた騎士たちを斬って捨てた。
民衆を割って歩いてきたのは、本物の『悪魔』。
「やれよ、赤錆」
己の名を捨て、『悪魔』の従者に成り下がった私を呼ぶのは、当然我が主だった。
「うあああああああぁぁぁぁ!!!!」
人生最高の渾身の一撃で、私は父の仇を討ち取った。
それで、私の中に有った何かが燃え尽きたんだ。
「見ろ、悪魔だ!!」
「あの女、悪魔に魂を売っていたんだ!!」
「殺せ、殺すんだ!!」
私達は当然大勢の騎士たちに囲まれた。
「……逃げて、下さい。我が主……」
「お前は、どうするんだ」
「わかってるでしょう?
復讐劇に、ハッピーエンドは似合わないって」
私は己の命を振り絞って大暴れして、命を落とした。
我が主たちがその後、どうなったかは知らない。
だが、多分逃げおおせただろう。
それを知れないことが、私の心残りだった。
こうして、私の人生は幕を閉じた。
「ごめん、生き返らせちゃった♪」
「おい、ふざけんなよ」
そうなる、筈だった。
§§§
少なくとも、私が生きている頃はまだ、我がご主人様はまだただ生身の人間だった。
「それがさ、お前が死んでから五百年ぐらい生き延びちゃってね。
悪魔だ、悪魔だって言われ続けてるうちに、本物になっちゃったみたい♪」
「いや、そうはならんだろ」
私のツッコミは、しかし教授は首を振って否定した。
「いいや、そうとも限らない」
「そうなんですか、教授」
「ある種の概念の蓄積、魔術学的な怪物化、東洋における妖怪変化。
人間が別の存在にシフトする例は枚挙にいとまがない。
我が主が五百年も生きれたのならば、その可能性も高いだろう」
教授は優秀な魔術師だ。彼の頭脳がそう結論を導いたのなら、多分そうなんだろう。
「確かに、吸血鬼も時代や認知度によって弱点が変化するとも聞くしな」
「そうなんですのぉ~?」
師匠の言葉に、間延びしたような声が割って入る。
そう、この場には私達四人だけではない。
私は声の方を見やる。
ざっと、七十人くらい。
老若男女人種魔族問わず、私の見知らぬ集団が居た。
「ああ、そうだ。お前たちに紹介しておくよ」
我が主は、ぽんと手を叩いてこう言った。
「こいつらは、僕の歴代の従者どもだ。
なんか僕の復活に合わせて、お前たちと同様に復活したみたい」
それを聞いて、私は思った。
ああ、こんなにも我が主の被害者が大勢居たのか、と。
「つまり、我が主は民衆によって普遍的な認知の結果、死後に本物の悪魔として復活した。
その従者たる我々も、その付属品のような扱いで復活したと?」
教授がこの未知の現象を説明してくれる。
だから私は冷静で居られた。
「多分。ほら、お前たちの魂はこの魔剣の中に入れてたし」
我が主は、そう言って見覚えのある短剣を取り出した。
これは誓約の魔剣。相手にいろいろな制約を課せるらしいが、私は彼の従者となることを誓う以外に見たことは無い。
「それより、我らの故郷はどうなったのだ?」
私の知らない従者の一人が、そう言った。
ちなみに、ここは上下左右も距離も時間も無さそうな謎空間だった。
混乱するのも分かる。私も教授や師匠が居なかったらパニックになっていた。
「……悪魔というのは、魔術的には概念的存在と言われている。
俗人どもの悪魔という呼称は、相手を貶めるの使う蔑称にすぎない。
本物の悪魔は、時間や空間に囚われないとされる。
つまり、我々は──」
「生きているとも死んでいるとも言えなくなった。
永遠の時間に存在しているとも、あらゆる場所に居るとも言えなくなった、と言うわけね」
ダークエルフの魔女のような女が教授の言葉を引き継いだ。
彼は頷くほかなかった。
「例えるのなら、本と同じだ。
有名なおとぎ話が世界中に頒布され、知られるようになる。
そこに出てくる悪役の存在を、寝物語に子供に聞かせるのと考えよ。
悪い子は、あの『悪魔』が現れて攫って食べられちゃうよ、と。
我々は、それを知る全ての人間の前に現れ得る存在となったのだ」
……教授がかみ砕いて説明してくれるのだが、私は馬鹿だからこれ以上説明されても分からない。
「つまり、神は居られる。
我々はその御許に近づけたと、そう言うわけですね?」
「神と悪魔を区別しなければ、概ねその通りだ」
修道女らしい女性の言葉に、教授は頷いた。
「自分たちの定義は、終わったか?
それよりずっと大事なことが有る」
我が主は、従者たちの討論が一区切りすると、そのように切り出した。
「これからどうするか。どうしたいか、誰か何かある?」
しーん、とした静寂がこの謎空間にこだましたような気がした。
「……僕が悪かった。
お前たちは何がしたい?」
「我が主に付き従うだけ」
「人々の救済を」
「とにかく爆破できるものはないかしら?」
「一先ず我が主の生涯を一筆したためたいですな」
「強い奴と戦いてえ!!」
ま、まとまりがねぇ……。
流石は我が主の従者になった連中である。
「とりあえず、悪魔らしく序列を決めようか」
我が主もそう思ったらしく、現実逃避気味にそう言った。
「我が騎士、お前が序列一位だ。教授は序列第二位」
なるほど。
あれ、この流れだと……。
「そして赤錆、お前が序列三位だ」
ああ、やっぱり……。
こうして、私はこの癖が強い奴らのナンバースリーとなってしまった。
ただ、我が主の三番目の従者と言うだけで……。
§§§
それから少し経った。
実際にどれくらいの時間が経過したかは不明だが、設置された時計によると一週間ほどだ経った。
あの謎空間には、城砦が建っていた。
なにを言っているか分からないと思うが、私にもわからない。
我が主の従者の一人である魔術師が、一瞬で作り上げたのである。
ここが我らの住居、本拠地と相成った。
「今日の朝礼だ!!」
時間と言う概念から解き放たれた我々には滑稽かもしれないが、我々はまだ人間性を捨てては居ない。
或いは、人間らしさにしがみついて自我を保とうとしているのかもしれない。
我々はもう、死の概念すら無いのだから。
「我が主からのご報告である!!」
師匠は序列一位と言うことで我が主の側近である。
或いは金魚のフンみたいに付き従っている。
教授はいろいろと実験をしたいと割り当てられた自室に引きこもっている。
私? 私に仕事なんて無いよ。
「僕らと同じ位相にさ、魔界? 悪魔界?
魔神とかが住んでるところに出向いてみたんだけどさ、まったく相手にされなかった。
一応仲間扱い? みたいな感じで、曹長の地位を貰えたけど、アイツらにとっては一兵卒みたいな扱いでさ。
ムカついたから二度と関わり合いにならない。以上」
実にふわっふわした報告だった。
いや、曹長て。そんな階級が悪魔社会に有るなんて知らなかった。
「朝礼は以上だ。各員、持ち場に戻れ!!」
師匠の号令で、従者たちは散っていく。
持ち場と言っても、今のところ誰も何もすることが無い。
なので、割と好き勝手なことをしてる奴が多い。
例えば……。
ドゴーン、爆音が鳴った。
「また、あいつか!!」
私は爆音の発生源に向かった。
「おい、ボマー!! 近所迷惑だって言ってるだろ!!」
「だって赤錆さん」
主によりこのボマーなんてあだ名を付けられたらしいのは、ドレスを纏った淑女だった。
「いくらでも爆弾を出せるんですよ!!
爆発こそ芸術、爆破こそエクスタシーッ!!
この城砦の耐久度を確かめたいと思いませんか?」
それ、と彼女はこっちにドクロマークの付いた爆弾を投げてきた。
「やめッ」
爆発。
私は爆発四散した。
が、ダメージは無かった。
今の私に死の概念が無いと悟ったのは、このクソ女のお陰である。
「いい加減に、しろ!!」
「えいッ」
ドカン!!
次なる爆弾が投じられた。
「おりゃあ!!」
私は剣を抜いてボマーの黙ってれば怜悧な顔をぶっ叩いた。
「あいたッ」
「次やったら両手を切り落としてやるからな!!」
と言っても、私が爆発四散しても即復活できたように、こいつの両手を切り落としても全く意味はない。
「分かりました。
「……」
なんでお前みたいな奴が我が主の従者に、と言いかけたが止めた。
ここに居る連中は、皆が爪弾き者ばかり。
我がご主人に孤独を救われた者ばかりだった。
まだ全員の事情を把握していないが、きっと恐らくそうだろう。
「赤錆さん」
「今度はなんだ?」
私が声に振り向くと、一人の修道女が立っていた。
私の同室で、主にアイアンハートと名を賜った女である。
「修練室でウルフさんが暴れています」
「今度はあいつか!!」
あのクソ獣人め、どいつもこいつもいい加減にしろ!!
……こんな風にこの一週間、私の仕事は身内の揉め事を首を突っ込むことばかりだった。
そして、その翌日の集会である。
「我が主よ、重要なことが分かりました」
教授が我が主に報告する。
「なに?」
「どうやら、我々は自意識の維持にコストが生じるようです。
何かしらのエネルギー供給をしなければ、我らはいずれ消滅するでしょう」
「まあ、そうだよね」
それを聞いて私は、ああ私たちは生きているのか、とどこか他人事のように思った。
「手っ取り早い供給源は?」
「……人間の魂かと存じます」
それを聞いて、我が主は笑った。
「本当に、本物の悪魔になったんだね、僕たち!!」
その言葉に、私は複雑な心境になった。
我が主は私が死んだ後ぐらいから、開き直って自ら悪魔を自称しだしたそうだ。
それでも、人間としての尊厳は捨てなかったらしい。
恐らく、死ぬまでずっと。
「なら、悪魔らしく、我らは悪を成そうじゃないか」
我が主の決断に、誰も異を唱えなかった。
※この作品はタグの“メアリース・シリーズ”と同じ世界観の小説です。
別作品を読まなくても単独で楽しめます。
この作品は十年くらい前に某所で書いた拙作をこちらのシリーズでリメイクした位置づけです。
キャラたちの関係はおいおい描写していく予定です。
タイトルは今風にしましたが、あくまで未定なので、そのうちアンケートを取るかもしれません。
感想、高評価を下さると、幸いです。
それではまた、次回!!
どの従者のエピソードの掘り下げを見たい?
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序列一位、総長
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序列二位、教授
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序列三位、赤錆
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序列四位、二世
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序列五位、グルマン