クソザコ従者の赤錆ちゃん(仮)   作:やーなん

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殺意

 

 

 

「錬金術において、人体は三つに分けられるとされています。

 即ち、肉体、精神、魂の三つです」

 

 今日の勉強会は教授の講義だ。

 魔法の基本的な理論について話しているらしいが、私はもう欠伸が出そうだ。

 

「我々は今、この三つのうち肉体が欠けている状態です。

 この場所は次元の狭間だと仮定すると、地上や神々の領域の間にあると考察が出来るわけで、肉体を失った状態でも魂や精神が維持できると考えられるのです」

 

 隣のエリュシオンを見る。ぐっすりである。

 隣の二世を見る。爆睡していた。

 

「人間の構成要素である三つは、黄金比で構成されており、これら一つでも欠けると人間と言う存在が維持できない。つまり、死が訪れるわけです。

 しかし、その情報が失われるわけではない。

 我々が地上に現れる場合、その情報を基にして仮初の肉体が魔力によって構築され、一時的な受肉を果たす訳です。

 これは召喚魔法の理論にも当てはまるわけでして」

「教授~、質問ですぅ」

「はい、質問ですか、チェリーさん」

「私達を蘇らせたのは“暴君”様なんですよねぇ? 

 私も吸血鬼ですけど、復活できませんでした。どうしてでしょう」

 

 どうやら、チェリーの奴が質問を投げかけたようだ。

 

「貴女の場合は特殊例ですから、最初から理屈だって説明するのは難しいですね」

「そうなんですの~」

「しかし、かの御方の御業は流石と言わざるを得ない。

 何故に、かの御方が人の身で神の如きと称えられたか分かりますか?」

「その辺りの話は教会には伝わっていない。

 是非教えて欲しい」

 

 今度はリブラが几帳面にノートを取りながら尋ねた。

 

「かの御方、『黒の君』は魂の秘密を解き明かしたと言われています」

「そんな、馬鹿な」

「ええ、肉体は目視や実例、精神は反復や事例などから観測が可能です。

 しかし、魂はそうはいかない。我々は魂が実在すると仮定して、それを観測することはできないからです」

 

 確かに、魂は誰にでもあるとされているが、誰もそれがどういうモノなのか分からない。

 

「かの御方は研究対象に興味を失うと、それを地上に下賜なさる。それを我々は“遺物”と呼んでいました」

「下賜? 随分と大仰な呼び方だな。

 我ら教会は無作為にバラまかれる故に災厄と呼んでいたがな」

「魔術師同盟の書庫には、その“遺物”の一部が貯蔵されていました。

 それによると、魂は肉体的な長所とは別に、人間の才能を司っていると記述がされていました」

 

 なるほど、とリブラは頷いた。

 

「つまり、長身で力も強い者が戦士としての才能があるわけではないように、小柄で力の弱い者が戦士として優れている場合もあるということか」

「まあ、その辺は魔王様曰く、ランダムで半自動ということなので、必ず噛み合うわけではないのでしょう」

 

 それはまあ、残酷な話だ。

 己の非才を神にでさえ恨めないとは。

 

「ただ、肉体や精神がお互いに影響するように、魂も肉体や精神に影響し合っているそうです。

 つまり、どんな人間でも己の才能を発揮する下地は自動的に創られるわけですね」

「無能な人間だとされる者は、己の才能に気づいていないだけ、と言うわけか」

「ええ、尤も、己の才能に気づくことが幸福とは限りませんが」

 

 二人の話は難しい。

 しかし、今の我々はその魂を摂取して生き長らえている。

 知らないでは済まされないのだろう。

 

 そこで、ふと思い出した。

 

「あの、教授。聞きずらいことなんですけど」

「はい、何でしょう?」

「以前教授は盟主を偉大と言ってましたけど、彼女はどれくらい優れた魔術師なんですか?」

 

『黒の君』当人はボロクソ貶していたが、そんな相手が魔術師たちのトップに居られるだろうか? 

 

「……」

 

 あれ? 

 教授がものすごく口ごもったんだけど……。

 

「あー、えー、盟主がその地位を維持していたのは、かの『黒の君』の弟子という一点のみでして。

 組織運営の手腕や魔術師としての実力は~、その、そう!! 

 ええ、神輿として優れていたのです!!」

 

 食堂に微妙な空気が蔓延した。

 聞こえるのは二世のいびきだけである。

 

「しかも弟子の育成に失敗している」

 

 魔女殿が剃刀のように鋭い横槍を入れてきた。

 

「待て、待て待て、盟主の弟子と言えばカノン殿は優秀だっただろう!! 

 ……そう言えば、彼女はどうしているのだろうか」

 

 彼女にフォローする声も有ったが、まあ盟主の知人からの評価は全く変わらないようだった。

 

「彼女は魔術師と言うより、生きた魔術装置みたいなものよ。

『黒の君』に弟子入りした際に、魔術的改造を施されたらしく、それ以来歳を取ることも無くなったそうよ。

 言うなれば、彼女もまた『黒の君』の“遺物”のひとつよ」

 

 ああ、研究対象に興味を失うってそう言う……。

 それは、気の毒に……。

 

「まあ、彼女が周囲から無能と誹られていたのは、我ら魔術師の悪習もあっての事なのです」

「ああ、あれか」

 

 リブラは心当たりがあるようだ。

 私も、話半分には聞いている。

 

「はい、我ら魔術師の技術の継承は、一子相伝。

 同じ魔導を使う者は、一世代に一人であるべし。

 弟子は免許皆伝をしたのならば、速やかに己の師を討ち取り次代の継承者を得よ」

 

 私が散々、魔術師はイカレた野蛮な連中と言っていた理由がそれだった。

 彼らは、身内殺しなのだ。

 

「私も、己の父をこの手で葬りました。

 私の産まれた時代ですら形骸化していた悪習でしたが、父は古いタイプの人間だったので、私も従う他ありませんでした。

 そうでなければ、父に殺されていたでしょう」

 

 教授は遠い昔を思い起こすように天井を見上げた。

 控えめに言って、狂ってる。

 

「なぜ、そんな悪習が?」

「諸説あります。

 技術の独占や、悪用を防ぐなど、同じ魔法を複数人が会得すると効力が衰えるなんて迷信もありましたな」

 

 リブラも嫌悪感満載の表情だった。

 そりゃあ真っ当な文化じゃないもんな。

 

「ですが、魔術師同盟の重鎮には、その悪習を遂げたモノも多かった。

 それ故に、己の師を斃せなかった盟主は、師の技術を継承できなかった無能なのです」

 

 あの『黒の君』を殺せ、と? 

 無理過ぎる……。

 

「まあ、決して引きずりおろせないトップへのやっかみとしての意味合いも多かったけど、盟主は優れた指導者とは言えなかったわね」

 

 魔女殿が補足する。

 この人も大概酷い物言いだ。

 

 そう思っていたら、誰かからの呼び声が聞こえた。

 

「教授、『黒の君』からの呼び出しみたいです」

「なに? 羨ましいですな」

 

 この人、一回消されたのによくそんなこと思えるな。

 

 私は、呼び声に導かれるままに身を任せた。

 

 

 

 §§§

 

 

「お呼びですか?」

「杏子を守ってろ」

 

『黒の君』の指示は端的だった。

 

 薄暗い、逢魔が時のどこかの路地。

 私はキョウコを背に、状況を把握すべく務める。

 

 そして気づいた。

 背後のキョウコ、目の前の『黒の君』。

 その先に、何者かが居ることを。

 

「おい、誰だ?」

「──師匠、私です」

 

 聞き覚えがあるのに、私は一瞬誰の声か分からなかった。

 

「お前か、馬鹿弟子」

 

 彼は警戒して損した、とでも言いたげに首を振った。

 そう、暗がりから現れたのは盟主だった。

 

 当然、まだ人間だった頃の、肉体を持っている彼女だった。

 ただ幾分か声にハリがあって、感情が乗っていた。

 だからすぐに彼女の声だと気づけなかった。

 

「何十年も連絡が無かったので、何事かと心配しました」

「なんで僕がお前に心配されないといけないのさ」

「心配もします。

 あの“緋色”が、貴方の一張羅を持って私に会いに来たのです」

 

 “緋色”? 

 また、知らない人物が出てきたぞ。

 

「で、どうしたの?」

「適当にあしらいました。

 貴方の無事を確認せねばならなかったので」

「ああそう」

 

 彼は何だか過保護な母親を相手にするような面倒そうな顔になった。

 

「いったい、何が有ったのですか!! 

 あの一張羅は、師匠がその師匠から頂いた大事なモノだと仰っていたはず!!」

「別に。くれてやったんだよ」

「そんな馬鹿な……」

 

 私は二人の会話に入ってこれず、キョウコと顔を見合わせる他なかった。

 

「ま、まさかッ」

 

 盟主の身体が異様なほどに震えた。

 

「戦われたのですか、あの“緋色”と!?」

「ああ、ボクと戦いになる奴は久しぶりだったよ。

 ちょっと油断しちゃったかな、勝ちを譲ってやったよ」

 

 え? なに、どういうこと? 

 つまり、負けたってこと? 

 あの『黒の君』が、“暴君”が? 

 

 私の困惑は、盟主も同様だった。

 

「だ、だから、そのようなただの人間と変わらぬ気配をしていたのですか……」

「ああ、着過ぎた服を久々に脱いだ解放感さ。

 自分でも死に方が分からなくなるぐらいだったし、むしろ気楽だよ」

 

 不死身と言うのは、要するに“フリ”だ。

 不死を破る手段を持った英雄に倒されるための、布石に過ぎない。

 

 つまり。

 

「“暴君”は討たれ、冠を下ろした。

 ただ、それだけの事だよ」

 

 本当に、『黒の君』は負けたのだ。

 不死身の怪物の暴虐が、永い時を経て終わったのを示していた。

 

 盟主は俯いた。

 そして、か細い声で言った。

 

「だから、新たに弟子を取ったのですか」

「知ってたのか。それとこれとは関係無いよ」

「関係無いわけがない無いでしょう!! 

 魔導の目的とは、継承と研鑽。そう教えてくれたのは貴方ではないですか!!」

 

 盟主が感情的になるのも無理はない。

 魔術師の継承とは、師の抹殺なのだから。

 

「私を、置いていくつもりですか!!」

「もう良いだろう、僕も長く生き過ぎた。

 あの世で兄貴たちも待っている。待たせ過ぎたさ」

「人の死後に訪れるのは転生。

 天国も地獄も、私たち人間が想像するようなところではない、そう解明したのは貴方でしょう!!」

 

 悲痛な叫びだった。

 好悪では語れない、師弟の想いがあった。

 

「貴方を待つ者なんて誰も居ない。

 だから、貴方も死者蘇生の魔法を断念──」

「おい」

 

 盟主は、真っ二つになっていた。

 べちゃり、と路地に彼女が倒れる。

 

「お前は昔から余計な一言が多いな。

 用件を言えよ、用件を」

 

 普通の人間なら、もう彼女は生きてはいない。

 だが、盟主は平然と答えた。

 

「……本当に、そんな小娘を弟子にするのですか?」

「ああ」

「なぜ、私ではなく?」

「お前自分の無能さが分かってないのか? 

 ボクが誰を後継者にするのか、ボクが決める」

 

 それは、長年連れ添った相手にあまりにもひどい言葉だった。

 キョウコもドン引きしている。

 

「あの、別に私、後継者の看板とか要らないですよ? 

 ほら師匠。姉弟子が居るんですし、そっちを後継者にしても」

「なあ、お前も分かってるだろ?」

 

 キョウコの言葉は無視された。

 私は激昂する彼女を押し留めた。

 

「“緋色”にやられて流されたこの地で拾われ、そこに杏子がいた。

 コイツを見て一目でわかった。

 ボクはこいつを育てる為にこれまで生かされて来たんだ」

 

 運命だよ、と彼は語った。

 

「神話でもよくあるだろ? 

 たとえ、全知全能だろうとも運命ばかりはどうしようもないんだと」

 

 それは、彼の後の姿を知る私からすれば、随分な皮肉に思えた。

 私達があの“聖地”に導かれたように、彼も“暴君”となることは決まっているのだろう。

 

「……わかりました」

「あっそ。じゃあさっさと帰れよ」

「師匠にばかり、後進の育成を任せておけません。

 彼女が後継者たるのか、いずれ確かめさせていただきます」

「好きにしろよ」

 

 盟主の視線が、ここで初めてキョウコに向けられた。

 

 

コ ロ シ テ ヤ ル

 

 その視線が、そう語っていた。

 当然だろう。盟主からすれば、このキョウコが居なくなれば全て元通り丸く収まるのだから。

 

「では」

 

 盟主の姿が消える。

 さてここで、最大の問題なのは……。

 

「さて、あのバカも追い払ったし。

 時間を浪費した分はそれだけ詰めるからな、覚悟しろよ」

「あ、はい……」

 

 この『黒の君(ぼくねんじん)』は徹底的に盟主を見下しているので、彼女をキョウコの脅威だと認識していないことであった。

 

 確かに盟主は指導者としても魔術師としてもすぐれた人物ではないかもしれない。

 だが、そんな彼女も長所のひとつくらいはあるわけで。

 

 私は後に知るのだが、盟主は『黒の君』の威光を笠に着ていただけで、別に彼女は『黒の君』にその地位を保証されていたわけではなかった。

 

 そんな彼女が千年以上自分の地位を守れた理由。

 その長所とは、ずばり……。

 

 

 ────自分の邪魔者を、排除するという才能だった。

 

 

 

「カノン。あの小娘を殺せ」

 

「はい、師匠」

 

 盟主の右腕、生きた殺戮マシーン。そして、後の弓神。

 彼女は自分に忠実な最強の手駒を、出し惜しむなんてことはしなかったのである。

 

 

 

 

 





次回、赤錆死す!!(尚もう死んでる

ではまた、次回!!

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