「絶対あれ、殺しに来るよなぁ」
とんでもない修羅場を見た気がする。
虚空城に戻った私はそう思わずにはいられない。
「まだ全然、何をすればいいか分からないしなぁ」
こちらから能動的に動けないのが痛かった。
私は所詮呼ばれた時にしか動けない使い魔なのだから。
「ん?」
私が城内をうろうろしていると、広場で吟遊指示人のバードがみんなに歌を披露していた。
一曲終わった後なのか、拍手が聞こえる。
「おや、赤錆殿。貴方も一曲リクエストをどうでしょう?」
「いやそんな気分じゃ」
「では今人気の『大魔王に挑む英雄の歌』はいかがでしょう」
それってつまり。
「ええ、大魔王の二度目の復活の時の歌でございますよ。
この歌に登場する英雄の一人があの『黒の君』だそうで」
「まあ、聞いてみるだけ聞いてみるよ」
私は常連になっているチェリーの横に座った。
バードは歌う。
八人の英雄の歌を。
一人は聖剣の剣士。光の剣で魔王を断つ。
一人は女魔術師。自在に水を操り魔物の軍勢を洗い流す。
一人は貴族の女魔剣士。気高き炎を纏う剣技で人類の誇りを示す。
一人は錬金術師。偉大な叡智で、魔王を討つ秘策を産み出す。
一人は銃士。錬金術師の妹にして忠義の軍人。仲間たちを指揮し、自在に操る。
一人は豪傑。類稀なる肉体で、屈強な魔族を打ち倒す。
一人は黒魔術師。豪傑の双子の弟にして、あらゆる魔法を自在に操る。
最後は、聖女。癒しの力で、仲間たちの傷を癒す。
……まさに精鋭。
役割分担がはっきりしているし、当時最高峰のパーティに違いない。
長い歌だった。
途中、主役の聖剣の剣士のライバルらしき死神を名乗る強敵が出てきたり、隣国に攻め行ったり、魔王とは関係ない戦いの話が続いて行く。
だが、私が気になった一節があった。
それは、歌のかなり最初の方だった。
「王家に産まれた聖女は嘆く。
ああ、我は無力なりや。魔法の叡智、我に授けたまえ。黒き衣の貴方よ。
然もあらん!! その秘められた魔力を、この身が呼び覚まそう!!」
聖女は、黒魔術師に教えを乞うていた?
黒魔術師とはどう考えても『黒の君』で、彼は聖女に魔法の知恵を与えた。
そうなると、彼の弟子はもう一人居たことになる。
だけど、そんな話はまるで出てこない。
そして英雄譚の〆は、英雄たちの没後と決まっている。
歌にはこうあった。
聖剣の剣士、女魔術師と結ばれ英雄として国に奉られる。
女魔剣士は領地を貰い、復興に尽力し領民に看取られる。
錬金術師は妹の銃士と共にまだ見ぬ僻地へ消える。
豪傑は故郷の村で伝説と語られるようになった。
聖女は癒しの力で人々を助ける旅の途中で行方不明。
そして黒魔術師は、今もまだ生きている。
ある意味、ゾッとするオチだった。
「剣士は結局女魔術師と結ばれましたのね~」
「聖女とも良い雰囲気だったのに」
「私は女魔剣士とくっつくと思ったぞ」
「馬鹿め、銃士との友情が良い味を出しているんだ」
と、聴衆は好き勝手言い始める。
確かに、やたらと剣士はモテていた。
錬金術師はそれを冷やかすシーンが多く、良い空気を吸っている感じだった。
銃士はクソ真面目な軍人で、色めき立つ女どもを怒鳴る側。
豪傑と黒魔術師の双子はどちらかと言うと猪突猛進な兄を嗜める皮肉屋な弟のシーンが多く見られ、コメディリリーフな役回りだった。
何だか、想像するだけで楽しそうな連中である。
「それにしても、『黒の君』も出ていると言う割には、彼の活躍が地味でしたね」
「ああ、どちらかと言うと錬金術師の策謀が光っていたな」
「これでも、かなり正確な内容ですよ。
教会の検閲無しの内容で歌えるのは私ぐらいです」
と、バードは鼻を鳴らす。
こいつ、そんなことをしてたから教会に追い回されて我が主に縋りつく羽目になったのだ。
「まあこの当時、『黒の君』は十代半ば。
未熟も未熟な時でしょう、それでも他人に指導できる力量であるのは想像に難くありませんな」
「本当に天才だったんだな」
いや、天才ではなく天そのものだったわけなんだが。
「かつての英雄が、今は“暴君”ですか。
栄光が、彼を変えてしまったのでしょうか」
チェリーは憂いを帯びた表情になった。
まあ英雄の凋落は聞いていて楽しいモノではない。
「私としては、大魔王との戦いの迫力をもっと上げたい所存です。
赤錆さん、今度彼に御会いしたらその辺りのところ聞いておいてください」
「出来るかバカ!!」
怖くて出来ないって!!
§§§
「赤錆さん、一人だとサボりそうだから見張っててくださいよ~」
次に呼ばれた時は、キョウコの自室だった。
今度は何事かと思ったら、これである。
「はあ、好きにしてくれ」
どうせ私に拒否権は無いんだから。
私は机に向かって勉強をしているキョウコを横目にマンガを読み始めた。
「はぁ~、今度の試験の範囲広すぎる~。
もういやー、時間足らなすぎる~」
さっきからキョウコは弱音しか言わない。
「キョウコ、お前は魔術師になるんだろう?
なら俗世の評価や試験など、気にする必要はあるのか?」
「それ、師匠も言ってましたよ。
お前は僕の弟子何だから、学校の試験なんて適当で良いんだよ、って。
自分は全部のテストの点数を平均点に狙って出してるくらい頭良い癖にね!!」
キョウコは鬱憤を晴らすように愚痴り始めた。
「仮にですよ、私がご立派らしい師匠から独立した時、最終学歴が中卒ってあり得ないじゃないですか。
そんな魔法使い嫌ですよ、私!!」
「はぁ……」
生憎、この世界の常識的価値基準を私は持ち合わせていなかった。
「なら何ゆえにお前は、魔術師を志す。
魔術師なんて連中は碌でもない。お前の師匠はその筆頭だぞ」
「まあ、師匠が人間的には赤点なのは何となーくわかってますよ。
でも私は私のやりたいことをするんです。
夢だったんですよ、魔法使いになるの」
夢、か。
まあ彼女の手持ちのマンガは、謎の妖精に導かれた少女が魔法使いになると言う内容が多く見られる。
マンガの中の彼女たちは夢や希望に溢れ、正義と友情を体現していた。
「赤錆ちゃんはこうは思いません?
────なんで、神様は困った人を助けないんだ、って」
「……」
「神様が誰も助けないなら、私が神様の助けない人々を助けるんだって、そんな夢です!!
だって、誰も私を助けてくれなかったから」
……なんとなく、彼女の心の影が見えた気がした。
なにせ、この家に気配は彼女一人だけ。
そう、彼女の両親を私は一度も見たことが無かった。
「師匠だけなんです、私を助けてくれたのは。
勿論、それは私の才能を見込んでってことなんでしょうけど」
「お前は、わかっているのか?」
私は、たまらずにこう言った。
「魔術師となり、魔法を窮めると言うことが。
お前は自分の師と同様に、人間ではあり得ない寿命を得ることになる。
それだけの年月を、他人の為に費やすのか?」
私は、彼女の末路を見てしまった。
もう遅いのは分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
そんな正義など、悲しいだけだと。
「えへへ、だってカッコいいじゃないですか」
キョウコは机に顔を落として、屈託のない笑みを浮かべる。
「憧れなんですよ。正義の魔法使い」
「……」
私に、彼女は眩しかった。
復讐のみで自分の人生を終えた、私には。
そして間もなく、彼女の寝息が聞こえた。
私はやれやれ、と首を振って彼女を起こそうと、そうした時だった。
「ねえ、赤錆ちゃん」
とんがり帽子を被ったキョウコが、私の隣に座っていた。
「きゅ、急に現れるなよ!!」
「えへへ、ゴメンゴメン」
キョウコの成れの果ては、私を見てニヤニヤ笑っていた。
「ホント、バカですよね。
人間として死んでおけば良かったのに」
「……」
そんな言葉を、私は彼女から聞きたくなかった。
「ねえねえ赤錆ちゃん」
そして、私は彼女からもっと聞きたくない言葉を聞かされる羽目になった。
「もし私達の間に友情があると思うなら。
────そいつを、今ここで殺して」
身体なんて無いのに、息がつまるような気がした。
「ば、バカなこと言うな!!」
「あッ、師匠の呪縛が有ってできない?
大丈夫大丈夫、今だけ解いてあげるから」
キョウコは両手を両頬に当てて、子供のように笑ってこちらを見ていた。
「さあ、早く早く♪」
この時ほど、彼女を憎らしいと思ったことは無かった。
彼女は分かってて言っているんだ。
私がそうであるように、目の前にいるとんがり帽子はとっくにあらゆる時間や因果から切り離された存在。
仮に今、そこの机で眠るキョウコを殺したって、そいつには何の影響も及ぼさない。
「おちょくるのは止めろ」
私は、毅然とこう言った。
「私は悪魔の従者だぞ。
誰が好き好んで、神の言うことなぞ聞くものか」
胸を張って言う。
それが、私の精一杯の反抗だった。
「あはは!! 冗談だよ、冗談!!
そんなことしたって、意味無いし。あなたが殺したか、殺さなかったか、で枝分かれするだけだもん」
彼女が無邪気に笑うのが、いや、そこで寝ているキョウコと同じような笑顔を見せるのが許せない自分が居た。
「……ごめんね、私の為に怒ってくれて」
「止めてくれ」
そんなことを言われたら、何も言い返せないじゃないか。
「大丈夫、辛くなんて無いよ。
あの人もいるし、姉さんも居るし、カノンも居るし」
そこで、あッとキョウコは声を出した。
「忘れてた。これを教えに来たんだった」
「なにをだよ」
「そこにいると、危ないよ」
とんがり帽子のキョウコが窓を指差す。
「え?」
直後であった。
窓がパリンと割れ、カーテンを突き破って何かが入ってきた。
「きゃあ!! なになに、何事!?」
寝ていた方のキョウコが飛び上がった。
私は何が飛び込んできたのか見る。
彼女の自室の壁に刺さっていたのは、矢だった。
そして、いつの間にかとんがり帽子のキョウコは居なくなっていた。
「キョウコ、刺客だ!! 机の下に隠れていろ!!」
「は、はい!!」
「それには及びません」
千切れたカーテンを左右に押し退け、襲撃の首謀者本人がわざわざ顔を出した。
そいつは、小柄なキョウコと同じような体格の女だった。
魔術師御用達の伝統的なローブを纏い、なにより立派な弓を手にしていた。
そして何より印象的なのは、その何の感情もない瞳だった。
「我が名はカノン。
盟主直属の粛清部隊、“処刑人”が筆頭。
以後お見知りおきを、次期“二代目”」
「あ、はい。ご丁寧に」
随分なご挨拶なのに、キョウコは反射的に頭を下げた。
「我が役目は、世俗を乱す同胞の抹殺。
16世紀以来、我らは日陰に徹すると決めたが故のこと。
盟主は、あなたの出現はそれを乱すことだと判断した」
おい、今まさにお前がこのご近所の平穏を乱してねぇか!?
「で、今から殺すと、わざわざ言いに来たのか?」
じりじり、と彼女とキョウコの間に入りながら、私は時間を稼ぐ。
こんなことして、あの『黒の君』が気づかないはずが無いからだ。
「……私は、盟主に大恩がある。
孤児であった私を拾い、弟子として重用してくれた恩だ。
しかし、大師匠たる『黒の君』の意向もまた絶対。
だから私は、見極める必要があると結論付けた」
カノン、ああ、そう言えば、思い出した!!
従者の誰かが言っていた。盟主の弟子が、たしかそんな名前だった!!
「貴女が時期“二代目”に相応しいか否か、私に示してほしい」
「えっと、どうすれば良いんですか?」
「私は、これしか知らない」
彼女は、弓を示した。
それはつまり……。
「これから朝までお前を狙う。
それまで生き残れ。出来なければ、そのまま殺す」
「結局、これから殺すって宣言しにきただけか!!」
だと言うのに。
「あのー、質問を良いですか?」
「なんだ?」
「仮に生き残れたとして、盟主は意見を翻すんですか?」
暢気に質問なんてしやがっているのだ。
「いや、私は所詮、盟主の道具だ」
「じゃああなたの所見なんて何の意味も無いじゃないですか」
それに、彼女は言い返せなかった。
所詮カノンは盟主の使いっ走り。
彼女がキョウコを認めたところで、盟主は次の刺客を送るだけだ。
キョウコは意外と、物事の本質をよく見ている。
ほら、カノンも言葉に詰まってる。
「じゃあ、こう言うのはどうです?」
キョウコは土壇場なのに、自分を殺しに来た相手に提案して見せた。
「あなたの要求を呑みます。
でももし私が勝ったら、あなたは私の味方になって下さい」
「それは……しかし、私は盟主を裏切れない」
「じゃあ、仮に私が“二代目”に成れたとして」
すっ、キョウコは目を細めた。
私は慄いた。カノンもそうだった。
「その時、あなたはどんな身の振り方をするんでしょうね」
私は、その時初めて理解した。
『黒の君』の眼は確かだと。
彼女こそが、“二代目 暴君”の器であると。
「その時になって、盟主もあなたも、ごめんなさいで許してあげませんよ」
「わかった!!」
上手い、キョウコは上手いこと盟主を巻き込んだ。
これはカノンは断れない。
「あなたが生き残れば、私はあなたの味方になる!!」
キョウコはニヤリと笑った。
あのとんがり帽子のキョウコと、同じ笑みだった。
「吐いた唾は吞めませんよ」
「わかった、私が証人になる」
これは、決闘だ。
なら、私が出来るのは二人の証人になることだった。
「ところで、朝まで逃げ切れば私の勝ちとのことですが」
そして、彼女は調子に乗ってとんでもないことを言い出した。
「別に、私があなたを倒しても良いんですよね?」
「──できるものならな!!」
流石のカノンも、ここまで手玉に取られてプライドが許せなかったようだった。
「十分後、開始する。明日の朝六時まで、己の残りの人生を噛み締めるがいい」
そして、カノンは消えた。
「お、お前、勝算はあるのかよ!!」
私はキョウコに詰め寄った。
あんな大言を吐いて、何も策はありませんでした、じゃ済まされない。
「ごめん、何もない」
てへぺろ、と舌を見せる彼女に私は絶句した。
「お、お前なぁ!!」
「とりあえず道具集めるね」
キョウコは部屋の中の魔法用の杖や魔導書を漁り始めた。
「そろそろ、じか──」
準備時間の10分が過ぎた直後、私は虚空城に戻っていた。
そして、すぐに呼ばれた。
「おい、どうな──」
私は虚空城に戻っていた。
すぐに呼ばれた。
「お──」
戻っていた。
「ど──」
戻。
「──」
。
もしや、これ、無限ループって奴では?
今回でカノン戦を終える予定でしたが、区切りが良いのでここまでにしました。
杏子編はあと2話ぐらいで一区切りしたいですね。
最初みたいにいろんな世界を転々としたり、従者たちに焦点を当てたいですし。
ではまた、次回!!
どの従者のエピソードの掘り下げを見たい?
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序列一位、総長
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序列二位、教授
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序列三位、赤錆
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序列四位、二世
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序列五位、グルマン