クソザコ従者の赤錆ちゃん(仮)   作:やーなん

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神意
“願い“ 前編


 

 

 

「む、グルマンめ、腕を上げたな」

「魔王城に滞在中はずっと調理場に入り浸っていたらしいからな」

 

 いつもの朝食の時間。

 時間なんてこの虚空城には無意味だが、同じサイクルが有ると言うのは重要だ。

 ここは太陽も何もない。

 聞けば船乗りも週に一度は同じメニューで食事を取り、曜日感覚を維持すると言う。

 

 この食事も、我らの人間性を維持するのに一役買っているのだ。

 

「はあ、剣のこの身が恨めしい」

「同情するよ」

 

 私は隣の席にオリビアを置きながら、朝食を取っていた。

 ちなみに昼食と夕食は任意だ。ただ朝食は皆で取ることが暗黙の了解となっていた。

 

「なあ、赤錆」

 

 そうして食事を取っていると、私の隣に二世がやってきた。

 

「どうした、二世」

 

 ここ最近、彼女に元気が無いの分かっていた。

 だが、その原因は分かっていたし、彼女が相談しに来るのを待っていた。

 

「……どうにかして、“暴君”に取り次げないだろうか」

 

 各々好き勝手に話し合っていた皆が、一斉に沈黙した。

 

「御伽噺では竜は宝を守っているそうだ。

 お前は私に竜の巣に行けと言うのか?」

 

 我ら従者一同の中で、当然“暴君”の話題は禁句だ。

 あの魔女殿が、本人の前で言ったわけではない暴言で処されたのだ。

 我らの中で圧倒的な実力を持つ彼女でさえ、あの暴威の前には小さく悲鳴を上げるしかできなかった。

 

 相手は全知全能の神。

 しかも、機嫌を損なえばすぐに消される。アレを知らないと言うのは、それだけで幸せなのだ。

 

「前に話しただろう!! 

 私のお爺ちゃんは“聖地”に行ったんだ!! 

 ……そして廃人になって帰ってきた。

 私には、あそこで何が有ったか知る権利がある、そうだろう!?」

「で、その結果がアレか」

 

 二世の軽率な行動が、“暴君”の機嫌を損ねた。

 その結果、三人も消されかけた。

 

「そ、それについては、自分勝手だった。反省している……」

 

 二世はしゅんとうな垂れてしまった。

 まあ、反省しているならいい。

 

「でも、どうしても知りたいんだ」

 

 だけど諦めきれないという彼女の表情を見てしまった。

 言うなれば、未練だろうか。

 

 はは、亡霊じみている我々にこれ以上相応しい言葉はないだろう。

 

「止めた方がいいですよ。

 奴の辞書に容赦なんて言葉は無いですし。

 私との約束を守ったのなんて、例外中の例外のはずです」

 

 私もオリビアの意見に賛成だった。

 だが、私も二世の気持ちは分かるのだ。

 

「うーん……」

 

 悩む。悩ましい。

 多分次訪ねて言ったら普通に殺される気がする。

 どうしたものか。

 

「頼むよ赤錆。彼と交流のあるお前にしか頼めないんだ」

「いや別に交流があるわけでは……」

 

 その時、私の脳裏にひらめきが迸った。

 

「もしかしたら、何とかなるかもしれない」

「本当か?」

「ああ、任せろ」

 

 この時、私は気づかなかった。

 皆が私を畏怖の目で見ていたことを。

 

 

 

 §§§

 

 

 私は気づいてしまった。

 この虚空城に時間の概念は存在しない。

 

 私はいつも、『黒の君』やキョウコから呼ばれて召喚される。

 だが、これはその前提からおかしいのだ。

 

 つまり何が言いたいかと言うと。

 

 

「お呼びでしょうか」

「ああ」

 

 私は自分から()()()に行った。

 そう、やろうと思えば自分から相手が必要とする時に召喚されることも出来ると言うことだ。

 

「なんだ、この臭い」

 

 早速話を付けようと思ったが、キョウコの家のどこかの一室らしいこの場所は、異様な臭いで充満していた。

 

「キョウコの世話をしろ、僕はあっちで待っている」

 

 それだけ言って、『黒の君』は出て行ってしまった。

 部屋の中央には御香が焚かれており、キョウコは部屋の隅で虚ろな表情をしていた。

 

「あへ、あへ……」

 

 彼女は虚空を見つめ、とても女子がしていい表情をしていなかった。

 いや、世話をしろって、どうすれば……。

 

 私は一旦虚空城に戻り、教授にどうすれば良いか聞くことにした。

 

「それは恐らく、第六感や魔術的感性の獲得を試みているのでしょう」

「あの変な臭いで?」

「魔術において、秘薬を用いてトリップし、霊的感覚を養うのは普通の事です。

 人間の肉体は魔法を扱うのには不向きですから、それを適した形に改造するのも魔法を扱う上で必要な事なのです」

「なるほど……じゃあ、私がするべきことは?」

 

 私が尋ねると、教授は言い難そうに私のすべきことを伝えた。

 

 私はすぐにキョウコのいる部屋に戻った。

 

 

 私は度々キョウコに呼ばれ、彼女の世話をさせられていた。

 だから彼女の家の構造や設備についてある程度知っていた。

 

 私はまず風呂場に出向いて、機械を操作し風呂場にお湯を張る。

 そしてそこからタオルなどを持ち出し、キョウコの下に戻った。

 

 そして案の定、全身を弛緩させたキョウコの周囲は見るも無残になっていた。

 私は何も言わず、彼女の衣服を脱がしてタオルを敷いて、すぐに洗濯機に服を放り込んでスイッチを入れた。

 

 代わりの着替えを用意し、あとは様子を見つつ待機した。

 

 

 そして数時間後。

 

「うう、ひっぐ……」

 

 キョウコは泣いていた。

 そりゃあ泣きたくもなる。

 

 トリップ中のキョウコは見るも無残だった。

 全身の穴と言う穴から体液を垂れ流し、その表情を見たら百年の恋も冷めるだろう。

 あらゆる人としての尊厳が粉砕されていた。

 

「あれ、またやるんですか?」

「当然だろ」

 

 風呂から上がって、着替えたキョウコは己の師に無残な回答を貰っていた。

 

「イヤです、もうヤダあれ!!」

「人間の身体は魔法を使うように出来てないんだ。

 強力な魔法の負荷で何日も吐き続けたいならボクは止めないけど?」

「うう、ううう!!!」

 

 キョウコはじたばた暴れながら抗議した。

 彼女の師は鼻で笑うだけだった。

 

「これから徐々に香の濃度を上げていく。

 あとこれを飲んでおけ、香の後遺症がほぼ消える」

 

 あれ、後遺症が出るような代物だったのか!? 

 

「うげ、なにこれ、雑草の煮汁みたいな味する」

「当然だろ、薬草の煮汁なんだから」

 

 私でも引くような緑色の液体を、キョウコは涙目になりながら少しずつ飲み干していく。

 

 私は一連の修業を見て思った。

 魔法使いは絶対に無理だ、と。

 

「ああそうだ、言うまでもないことだけど、この修行の事は口外するなよ。

 少年院行きになりたくなかったらな」

「やっぱり、あれ、違法薬物なんですね……」

「魔術とドラッグは切っても切り離せない関係にある。

 魔女の軟膏が劇毒なのは有名だろ? 

 お前に呑ませたあの薬草の煮汁も、中毒症状を打ち消す魔女の秘伝だ」

 

 流石は魔術師の中の魔術師の神、その修行も本格的だった。

 

「これを繰り返し、シックスセンスや霊的感覚を養う。

 その内、何もしなくても超感覚を維持できる。

 ほら、あそこに何が見える?」

「なにか、靄みたいなのがあります」

 

 彼の指差す先を見たキョウコは目を凝らす。

 ああ、あそこには……。

 

「あれはこの辺に居る低位の浮遊霊。

 自意識も無いクズ霊どもの一種だ。

 そういった霊視も、そのうち自在に可能になる」

「すごいです」

 

 二人の会話を他所に、私は居間に飾ってあるカレンダーを見た。

 そして知った、このやりとりはキョウコがカノンと戦うより二週間以上前だった。

 

「師匠は、あらゆる魔術を極めたんですよね?」

「まあ、魔術と名の付くものは大体は」

「じゃあ房中術はどうなんです!?」

 

 急に元気になるキョウコに、『黒の君』は露骨に嫌そうな表情になった。

 

「これだから中学生はイヤなんだ。

 房中術って、男子かよお前は」

「いや、女子も結構下ネタとかエグイですよ」

「そんなこと聞いてない」

「で、実際にどうなんです? ヤリまくったんですか?」

「生憎だけど、ボクは清い体だよ」

 

 すまし顔の彼に、キョウコは疑いの目を向ける。

 

「えー、だって魔術師って一子相伝なんですよね? 

 師匠も子供を作ろうって思ったこと、無いんですか?」

「無いね。そもそも一子相伝とか言うのは、一代で魔導を窮めることも出来ない凡才ども苦肉の策さ。

 ボクくらいの天才にもなると、後継者なんて必要無かったんだ」

「童貞のまま年を取ると魔法使いになるって本当だったんですねぇ……」

「……」

 

『黒の君』は指を鳴らした。

 直後、キョウコは喉に手を当ててもがき始めた。

 

「ごめんなさい、だ。言えるだろ? 

 師匠には敬意を払えよ」

「ご、ごべんなざぃ」

 

 キョウコはガラガラ声で絞り出すように声を出した。

 やっぱりイカレてる……。

 

「はあ、はあ、虐待だ、こんなのDVだ、いつか訴えてやる……」

「やってみろよ。施設ごと消してやるから」

 

 己の師を恨めしそうなキョウコを見て、私は本当にやるんだろうなぁ、と思った。

 何もすることの無い私は、とりあえず二人にお茶を入れることにした。

 

「でも実際、魔法にエロは重要なんですよね!! 私、知ってますよ!!」

「まあ陰陽の概念があるように、人間の男女は一対になってる。

 性交を利用しお互いに魔力を循環させ、活性化させる魔法があるのは事実だ。

 ボクも研究したことがある」

「師匠は童貞なのにどうやって?」

「……簡単な話だよ、他人に使わせたんだ」

 

 イラっとしている『黒の君』だったが、弟子の真面目な質問にちゃんと答えてやった。

 

「魔術の基本は、代用と流用だと教えただろ? 

 他人での実験結果を、自分自身の魔力で再現すればいいだけだ」

「すぐに人体実験とか、やっぱり魔術師の倫理観おかしい」

「まあ、ゴミはゴミなりに使えたよ」

「ゴミ?」

 

 キョウコの疑念に、彼は失言をしたことに気づいたようだった。

 

「僕が房中術の術式と方法を与えた奴が、ゴミ同然の奴だったってだけだ」

「協力者ってわけじゃなかったんですか?」

「……せっかくだから話してやろう」

 

 コーヒーのドリップが終わるまで、私はメイドのように存在感を消してその話を聞くことにした。

 

「そいつは、ボクの与えた魔法で、次々と女を物にし、その家族やその周囲にまで手を広げて言ったんだ。

 ある時、そいつはボクに言ったんだ、貴方を神として崇めさえてくれ、と」

「ああ、なんかどっかで聞いたような設定のエロゲみたいな展開になっちゃったんですね」

 

 キョウコに、なんでそんなことを知ってるんだ、と言わなかった私は偉いと思う。

 

「魔法が使える新興宗教の教祖、か。

 なまじ師匠みたいな本物が居るから性質悪いですね」

 

 キョウコはうんうんと頷く。

 だが、彼女と違って私は彼と同じ世界に身を置いていた。

 彼を、『黒の君』を崇める宗教なんて聞いたことも無かった。

 

「ここが一番笑える話なんだけどね。

 ソイツはそのゴミの言葉に舞い上がって天狗になったんだ。まだ若い頃だったしね。

 ……そう、ボクはいい気になって自分を神として崇めることを許したわけさ」

「……で、どうなったんですか?」

「後からボクの馬鹿弟子から報告が入った。

 そのゴミがボクの名前を使って何をしているかをな」

 

 思わず、怖気が走った。

 彼の声音は、それほどまでに恐ろしいものだったからだ。

 

「──全部消したよ」

「け、した?」

「ああ、全部」

 

 キョウコは理解が追いつかないようだったが、私は戦慄していた。

 

「あのゴミ教祖も、その信者共も、その家族も。

 ボクの名を唱え、崇める全員を、この世から消し去った」

 

 キョウコの顔色が真っ青になっていく。

 彼の話が、どうしようもない事実なのだと理解してしまったのだ。

 

「以来、ボクを崇めるモノが現れたら即座に抹殺する術式をくみ上げ、常時展開した。

 世間じゃ“圧政”なんて呼ばれて、ボクの代名詞となった術式がこれだよ」

 

 かの御方を、見てはいけない。

 かの御方を、知ってはいけない。

 かの御方を、願ってはならない。

 

 私は、かつて“聖地”で盟主に言われたその言葉の意味をようやく理解した。

 

 彼の怒りに触れてはいけない、その根源を。

 彼の人類への絶望、失望そのものなのだと。

 

「それ以来、ボクは馬鹿弟子に任せて表舞台から去った。

 ……ボクが怖いかい?」

「いえ、ただ、ちょっとショックで」

「じゃあ、今日はこれで終わりにしようか」

 

 気づけば、コーヒーはコップから溢れていた。

 

「ひとつだけ覚えておくといい」

 

 帰り際に、彼はキョウコに言った。

 

「あのゴミ野郎より、最低最悪のクソ野郎がこの世に居たってことをね」

「ああ、自覚はあったんだ……」

 

 直後、彼の指の音と共に視界が塗りつぶされ、私は虚空城に帰還していた。

 いやだって、誰だってそう思うじゃん……。

 

 とにかく、私はすぐにキョウコの下に戻った。

 

 次に彼女の元に戻った時、キョウコはベッドにごろごろしていた。

 私は用件を伝えねばならなかった。

 

「キョウコ」

「なーに? それよりコーヒー淹れて。砂糖二つにミルク入れて」

「……わかった」

 

 私は溜息を吐いて、改めてコーヒーを淹れにいった。

 

「どうぞ」

「うん」

「そんなにショックなのか?」

 

 まあ、キョウコは割と人殺しとは縁遠い世界の住人だ。

 私が居た時代なんて命が軽すぎる。

 二世みたいに争いを好まない人間でも、状況次第で目の前の殺人を仕方ないと思うような価値観なのだ。

 

 コーヒーカップに口を付ける彼女は小さく頷いた。

 

「師匠はどこかで、ヒーローだと思ってたから」

 

 私は、思わず皮肉気な笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 魔王を倒した、かつての英雄。

 全ての魔術師がひれ伏す“暴君”。

 そのどちらもが、両立している。

 

「なあキョウコ、頼みが有るんだ」

「なんですか?」

 

 私は彼女に用件を伝えた。

 

「今度、友達を連れて来ていいか? 

 お前の師匠に会わせたいんだ」

「別にいいけど、いつ頃になるの?」

「いや、約束を覚えてくれてさえいればいい」

 

 キョウコは不思議そうにしていたけど、わかった、と頷いた。

 よし、言質は取った。

 

 私は虚空城に戻った。

 

 

「二世、約束を取り付けて来たぞ」

「え、ホントに!?」

 

 彼女は私の手を取ってぴょんぴょんジャンプして喜んだ。

 彼女が喜んでくれていたので、マジかよ、みたいな周囲の視線なんて気にならなかった。

 

「じゃあ、早速行こう!!」

「ああ」

 

 二世は黄金の鍵を取り出し、虚空を扉に見立てて鍵を開けた。

 

 

「随分と、姑息な手を使うんですね」

 

 “聖地”。あの門の前で、とんがり帽子を被ったキョウコはクスクスと笑っていた。

 

「約束は守ってもらうぞ」

「良いですよ。赤錆ちゃんの頼みですし」

 

 何が可笑しいのか、彼女はずっと手を口元に当てて笑っていた。

 

「なにが面白いんだ」

「いや、だって、あの人に御願いを叶えて貰う唯一の方法が、私の仲介が必要だって────知らなかったでしょう?」

 

 それは、初耳だった。

 いや、誰も知りうるはずが無い。

 初見殺しにもほどがある。

 

「あなた達の事は、本当に例外中の例外。

 それ以外の方法で会いに来た者を、あの人はこの世から帰さない」

「……」

「どうしたの?」

「いや、『黒の君』の所業を聞いてショックを受けていたお前が、それを笑って話すようになるのは寂しいと思ってな」

 

 それを聞いたキョウコは、ぽかんとしてから。

 

「……色々あったんだよ」

 

 十四歳の頃の彼女には出せない、哀愁のある笑みを浮かべた。

 

「さあ、行こう」

「うん」

 

 彼女は私の手を取って、巨大な門へ向かった。

 

「お久しぶり姉さん元気?」

「今の私に元気も何もないし、久しぶりも何もないだろう」

 

 門番をしている盟主に声を掛けるキョウコ。

 私は思わず彼女を見てしまった。

 あんなに殺意バチバチだったのに、今は割と良好そうな関係だった。

 

 門が開く。

 

 この世のものとは思えない光景が、現実とは思えない景色が続いている。

 

 

「また来たのかよ」

 

 神々の王の居城とは思えないほど朽ちた場所、“暴君”の寝床。

 むき出しの岩が彼の玉座だった。

 

「きゃー、ダーリン、久しぶり!!」

 

 私は思わず、ギョッとして隣のキョウコを見た。

 勿論二世もだった。

 

「え、お前たち結婚したのか?」

「役所で籍は入れてないので、事実婚? 内縁の関係みたいな?」

「いや、それは今どうでもいい」

 

 そんなことを聞きに来たわけじゃない。

 

「はあ、キョウコの頼みなら仕方がない。

 お前はボクらに何を願う?」

「本当に、良いのか?」

「ボクらの決め事だ。

 ボクとキョウコ、そして外の馬鹿弟子。

 我ら三人でひとつの神性。三位一体にして全知全能」

 

 私は、改めて圧倒される。

 本物の、願えばそれを実現してくれる存在に。

 

「各々の権能を三つに分けることで、三段階のプロセスを経て、あらゆる事実や法則を捻じ曲げることが許される」

 

 

「私が運命を読み取り、賽の目を振り直す」

 

 神賽と天秤を持つキョウコが言う。

 

「私が、それが望まれたモノなのか観測する」

 

 盟主が現れ、分厚い帳簿を持つ彼女が言う。

 

「そしてボクがあらゆる過去や未来の事実を改変する。

 そうやって、ミスも解釈違いも一切無い、完全無欠の、究極の願望成就を成す」

 

 “暴君”が言う。

 私も二世も、息を呑むほかなかった。

 

「ふふ、あはは!!」

 

 だけど、彼は笑い声を上げた。

 

「だけど、預言しよう。お前達は何も叶えず帰る」

「なぜ、そう思う」

「どんな願いも叶えてやる、そう言われてまず最初にこういうだろ?」

 

「その回数を無制限にしろ?」

 

 二世の言葉に、彼は頷いた。

 

「そんなことを願う奴は、そもそもここには来れない。

 この世のルールは矛盾を許容しない。

 ボクらは、そこまで自由じゃない。

 その程度なんだよ、ボクらの言う全知全能ってのは」

 

 つまり、誰の願いが叶えられ、叶えられないかは、決まっていると言うことだろうか? 

 そもそも、キョウコに認められた者以外は“暴君”が抹殺する。

 以前盟主が言っていたように、感情では引き金を引けない、そう言う仕組みなのだろう。

 

「さあ言え、僕らに何を願う」

 

 “暴君”が、真に全知全能で、何も叶えない神々が問う。

 

「……お、お爺ちゃんを」

 

 私は、二世がその先を口にしても誰も否定できないと思った。

 だけど彼女は口をきゅっと結んでこう言った。

 

「私のお爺ちゃんが何を願ったのか、教えて欲しい」

 

 彼女は、己の美学を貫いた。

 きっと己の祖父を、蘇らせてほしいとも言えたはずなのに。

 

「ほらな」

 

 まるで何度も読んだ本のセリフを確認したかのように、“暴君”は鼻を鳴らした。

 

「お前の祖父は、ボクの前に来てそしてボクを知覚し発狂した」

「発狂、だって?」

「お前たちは肉体が無いから分からないだろうが、人間にとってボクの情報量は耐え難い。

 常人はボクを認識しただけで精神が吹き飛ぶ。

 一瞬で脳みそを焼かれ、目玉をえぐり出し、耳を削ぎ落したくなるような苦しみに襲われる」

 

 それは、まさに二世が言った彼女の祖父の状態そのものだった。

 

「ボクは憐れんだ。

 だから、故郷に帰してやったんだ。

 その魂をその鍵に封じて、いつか来るだろう孫娘を見守れるようにな」

「うそ……」

 

 二世は己の手に在る黄金の鍵を両手で握り締めた。

 

「ずっと、ここに居たんだ」

 

 恐らく、その鍵に意識などないのだろう。

 だが、間違いなく彼女の祖父はずっと二世と共に居たのだ。

 

「お前の祖父がボクに願おうとしたのか、だったな?」

 

 彼は、あやまたず、寸分違わず、二世の願いを叶えた。

 

「──奴は、二度と魔王によって悲しむ者の現れない世が欲しい、と言おうとしたんだ」

 

「────」

 

 私は目を閉じた。

 魔王から平和を盗み取ろうとした、偉大なる怪盗への黙祷だった。

 

「その孫娘たるお前に問う。

 祖父の願いの、成就を望むか? 

 今だけ、その問いの答えを聞いてやる」

 

「私が、それを望んだらどうなるの?」

 

 二世は冷静だった。

 

「リネンを、リェーサセッタを消し去ることになるな。あいつが魔王の元凶だ」

「……」

「お前が気にすることはない。

 そもそもあいつが存在しなかったことになるだけだ。

 誰もそれを認識できないし、アイツの席に別の誰かが座るだけだ」

 

 私はすぐに分かった。

 それは、悪意に満ちた罠だと。

 

 結局それは魔王を消し去っただけで、魔王が別の何かに成り代わると言うだけだと。

 ようやく理解した。彼らの言う、全知全能などと言うまやかしの正体を。

 彼が自嘲する、彼らの不自由さを。

 

「わ、私は!!」

 

 どちらが悪魔だと、私は思った。

 その誘惑、その問いは彼女を苦しませるだけでしかないのに。

 

「魔王オクタビアータに世話になった!! 

 我が主は、そのキョウダイを殺さないと誓った!! 

 私は、そんなことを望まない!!」

 

 

「ほらな」

 

 結局、彼は何も変えようとしなかった彼女を、そして何も変わらない運命に鼻白んだ。

 

「下らない茶番は済んだろ? 

 じゃあ帰れよ。見苦しい」

「それは、違うだろ!!」

「赤錆、いつもお前が思っている通りだよ」

 

 “暴君”の目が細められた。

 マズい、口答えをしてしまった!! 

 

「魔術師なんて野蛮でイカレた連中、そうさ。それがボクさ」

「ぁ……いや、それは」

「三秒やる。さっさと失せろ。イチ、ゼロ」

 

 三秒やるって言ったじゃん!! 

 私は二世を抱えて、すぐに虚空城に戻った。

 

 

 結局、彼の予言通り何も叶わず、何も得ず、私達は戻って来た。

 もう二度とあの場所には近づかない。私はそう誓った。

 

「ふふ、ふふ」

 

 あれ以来、二世も吹っ切れたらしい。

 今日も己の祖父の魂の宿る黄金の鍵を磨いている。

 終わりよければ全て良しである。

 

 私もオリビアの身体を磨くことにした。

 あんなのに反抗した彼女に敬意を抱く。

 

 

 そしてなぜか。

 

「おいウルフ、今日は暴れていないだろうな?」

「……うす、姐御」

 

 乱暴者のウルフに釘を刺すと、なぜかいつもと違う反応が返って来た。

 身体を縮こませてそそくさと去って行った。

 

「なんだ、あいつ」

「赤錆さん!!」

「どうした、ボマー」

「私の目に狂いはありませんでしたわ。

 貴女は私よりもよほどイカレてると!! 私は敬意を表します!!」

「何言ってんだお前」

 

 ボマーの奴が爆弾の一つも爆発させずに去って行った。

 今日は槍でも振るのだろうか。

 

 そんな風に自主的に見回りをしていると、今日は皆が私を遠巻きに見ているような気がする。

 

 私はたまたま近くに居たゲミニに尋ねた。

 

「ゲミニ、なんだ今日はみんなよそよそしいじゃないか。私の誕生日はまだ先の筈だが」

「サプライズなんて計画してないっすよ、姐御」

 

 ゲミニの私を見る目は、理解できないモノを見る目であった。

 

「分からないんすか、姐御。

 あのアレに二度も会って、無事でいられるなんてヤバいっしょ」

「は?」

「しかも、二世のことで話を通して来たんでしょう? 

 まともな神経じゃ出来ないっすよ」

「へ?」

「ゲミニ、こっちに来なさい」

 

 サジタリウスがゲミニを手招きしている。

 その仕草は、さっさとそいつから離れろ、と言っているようにしか見えない。

 

「あ、じゃあサジが呼んでるんで」

 

 ゲミニもそそくさと彼女の元へ行ってしまった。

 

「赤錆」

「あ、教授」

「次はいつあの御方に御会いするのですか? あの御方の講義を聴講する機会が有るのでしょう? 何とも羨ましい限りですな是非ともその栄誉を私も預かりたいものですそれで一体どのようなお話なのか恐縮だが教えて欲しいのだが無論無理にとはいわないが当然私としても対価を──」

 

 私は、怖くなって逃げ出した!! 

 教授の目がイッてた!! 

 

 

「いや、当然では? 

 人喰いドラゴンと仲良く話してたら、それはもう狂人ですよ」

「うそだー!!」

 

 オリビアに愚痴ると、そんな無慈悲な言葉に返って来た。

 

「しばらくすれば、ほとぼりが冷めますよ」

「もういやだぁ!!」

 

 この日から、私は従者一同でぶっちぎりに一番イカレた奴と言う認識となってしまったらしい。

 舐められなくなったのは良いけど、こんなの望んでない!! 

 

 

 

 





長くなったので前編後編になりました。
二世の出番もあんまり無かったですしね。

後編もなるべく早く投稿します。
では、また!!
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