「今日は誰を連れて行こうかな♪」
我が主は食堂で暇潰しをしている私達を指差し始めた。
私はそれを無視して、テーブルを囲う面子に向き直った。
「やった、ブラックジャックだ!!」
「二世さん、それは宣言するものではなく、駆け引きに使うべき役なのでは?」
「あ、そうだった」
「まあまだみんな素人だから、気にするな」
私は二世やアイアンハートと一緒にトランプをしていた。
キョウコから暇潰しの道具として、トランプと遊び方の書いたルール本を貰って来たのである。
「次は大富豪でもやってみよう!!」
「でしたら、もう一人は欲しいですね」
「そうだな。おい、暇な奴誰か混ざらないか?」
私が周囲を見渡すと、皆の背中がビクリと震えた。
そう、まだこいつら、私にビビってやがるのである。
「賭け事ですかな?
なら拙者も混ぜて貰いましょう」
酔っ払いのセンセイがやってきた。
肉体が無いのに酔えるなんて器用な奴だ。
この面子に師匠やチェリーやエリュシオンくらいである。
今の私に普通に接してくれるのは。
「別に何も賭けてないけど、勝負が面白くなるように暫定的にこのオハジキをチップ代わりにしてるぞ!!」
二世は私がキョウコから貰って来た平たいガラス玉の入ったビニール袋を見せた。
「むむ、これは見事なガラス細工……。
これを遊戯の札に見立てるとは贅沢でござるな」
そうして、彼が席に座ったところで。
「おい、そこの四人。今日の仕事に付いて来い!!」
我が主からお呼びが掛かってしまった。
「はぁ、了解」
「なんだよやる気が無いな」
「別に」
私はこれでもみんなの為に頑張ろうとしていたつもりだった。
なのに、今では腫物のような扱いだ。
やる気も失せると言うものだ。
「お前たちも良いな?」
我が主が残りの三人に目を向ける。
二世は気まずそうに頷き、センセイは酔いを醒ます為に水を飲んでいた。
アイアンハートはいつも通りのまま頷いた。
「じゃあ行くよ」
§§§
「う、うそ、ほんとうに、呼べた?」
この度の召喚主は、私達を見て驚愕の表情をしていた。
「僕は『赤い文字の悪魔』。
お前は僕に何を望むんだい?」
「……う、ううぅ」
我が主の問いかけに、召喚主の青年は急に嗚咽を漏らしながら泣き始めてしまった。
「やれやれ、アイアンハート」
「お任せください」
アイアンハートは我が主の意向に従い、青年に寄り添い言葉を掛けながら慰めはじめた。
「お前たちは付近の情報を収集しておけ」
「分かった。しかし、我が主よ、彼の依頼を受けるつもりか?」
二世は泣いている召喚主を見ながらそう尋ねた。
「あの様子なら、お遊びで呼んだわけじゃなさそうだ。
悪魔になんて頼ろうとする奴だ。その話を聞いてその心に漬け込むぐらい、悪魔として当然じゃないか」
「ウム!! やはり我が主は義賊なのだナ!!
弱者の為に立ち上がる志し!! 私は嬉しいぞ!!」
「勝手に言ってろよ」
面倒くさそうな我が主はすぐに二世から視線を逸らした。
オリビアの話が脳裏に過る。
我が主は弱者が虐げられるのを嫌っていた、と。
私達は透明になり、召喚主の家の周囲を探った。
そして、絶句した。
「なんだ、これは!?」
「ううむ……」
私だけでなく、二世もセンセイも言葉を失う。
召喚主の家の壁には絵具らしき文字の罵詈雑言で埋め尽くされていた。
『人殺し』『外道』『死ね』『売女』『地獄に落ちろ』等々。
「とりあえず、旅人を装って情報を集めよう」
意外にも、最初にそう言ったのは二世だった。
私達はこの街の文化レベルを探り、目立たない服装を調べ、聞き込みを始めた。
キョウコ曰く、異世界モノには中世ファンタジーや近未来、超古代等々いろいろと枠組みがあるそうだ。
そして、この世界は我々とキョウコの住む地球との真ん中あたり。
文化レベルは所謂、近代の地球に近いと推察できた。
石造りの街並みをタキシードを来た紳士や貴族みたいなドレスを纏った夫人が闊歩し、キョウコのところで見たのと比べ物にならないほど粗末な自動車が街道を移動していた。
少し街道から外れれば、みすぼらしい子供たちが靴磨きなどの仕事をしていた。
遠くでは、もくもくと無数の煙突から煙を吐き出す工場が乱立している。
近くに流れる川はどんよりと濁っており、町は発展しているのにどことなく全体的に華やかで退廃的な雰囲気があった。
私だけでなく、二世やセンセイにとっても異世界の景色だ。
「さて、どうしますか」
「情報収集にはお金が居る」
私が異世界の景色に手をこまねいていると、二世がそう言った。
「調達してくるから、ちょっと待っててくれ!!」
二世はそう言って、ササッと行ってしまった。
「大丈夫なのか? 彼女は」
「まあ、スキルは本物だから」
センセイに私が苦笑いをしていると。
「調達してきたぞ!!」
一時間ほどで、彼女はお金を調達してきた。
その間に、私達は周囲の観察をしてこの世界らしい服装に変身していたのだが。
「それ、どこのお金だ?」
「ちゃんと悪人から頂戴してきたぞ!!
麻薬を売ってたから間違いない!!」
「なるほどな」
「ついでにとっちめておいたゾ!!」
「おいバカ!!」
私が関心する暇もなかった。
「居たぞ、あの変な格好の女がうちのシマに手を出しやがった!!」
「ぶち殺してやれ!!」
透明じゃない、即ち実体化しているのが仇となった。
黒いスーツに帽子の格好の連中が銃を持ってやってきたのだ。
おいマズいぞ、あの銃は連射出来る奴だ!!
「目覚めよ、“水流切り”よ」
だが、間合いの差や武器の差など、達人の前には無意味だった。
目にも止まらぬ抜刀術が煌めく。
一瞬にして、センセイの魔剣が黒スーツどもの銃器を真っ二つにした。
武器が無ければこっちのモノだ。
「ふん!!」
私も抜剣し、以前オリビアに付与して貰った炎の力を解き放つ。
炎と言う分かりやすい脅威が、彼らの目の前を撫でる。
「ひ、ひえぇええ!!」
「東洋人の妖術師だぁ!?」
黒スーツのゴロツキどもは悲鳴を上げて逃げ帰って行った。
「ふん、ハッタリには十分だな」
「いやいや、竜の息吹の如き威容でしたぞ」
センセイのお世辞を流しつつ、私達は姿を隠した。
「それで、その金子で何をするのですかな?」
今度は皆で透明になってから、センセイが問うた。
「任せてくれ、情報収集は得意だ!!」
「今度は余計なことをするなよ?」
「も、勿論だ」
私は二世に念を押した。
「心配なので我らも付いて行きましょう」
「そうだな」
私達は透明のまま二世に付いて行った。
初めからそうすれば良かった。
情報収集と言えば、酒場が定番だ。
と言うか、他の方法を知らない。
二世が取った方法は私にとって意外だった。
まず彼女はパン屋で袋いっぱいにパンを買った。
そのまま裏通りに行くと、掃除をしている子供に話しかけた。
私達はその様子を遠巻きに見ていた。
「それにしても、劣悪な環境だ。
我が祖国もここまで酷くはなかった」
「確かにな」
裏通りは馬糞か何かがそこら中にこびりついており、ぐったりと寝ている小さな子供まで居た。
貧困と不衛生、この街の象徴みたいな場所だった。
話を聞き終えた二世は子供にパンを渡すと、次は近くで花を売っている少女に聞き込みをした。
そして聞き込みを終えると、パンを渡した。
すると、周囲の警戒をしていた子供たちが押し寄せてきた。
どうやら、情報収集は上手く行きそうである。
「子供たちから話をまとめると、あの家にはジョンとエマが住んでいたらしい」
「彼がジョンか?
しかし、彼の家に他の人間の気配は無かったが」
「うん、エマは貴族に強盗に入って返り討ちに遭って亡くなったそうだ。
ただ、その際に当主の息子を殺してる」
私とセンセイと顔を見合わせた。
今回の召喚主、ジョンは身内の強盗の加害者家族と言うことか。
「貴族はこの辺りの領主で、他の住人にも酷い扱いをしているそうだ」
「どうせ貴族など碌な連中では無いと思うが……」
私は腕を組んで溜息を吐いて、二世を見た。
彼女の意見を聞きたかったのだ。
「二世、お前はどう思う?」
「強盗なぞ、美しくないナ!!
奪うならお宝のみ、それが怪盗だからな!!」
これがついさっき、麻薬の売人をとっちめて金銭を強奪した当人の言葉である。
「とりあえず、情報は集まったので戻りましょう」
私はセンセイの言葉に頷いた。
とりあえず、情報収集はこれで良いだろう。
あとは、召喚主の話とすり合わせるだけだ。
§§§
私達が戻る頃には、アイアンハートは召喚主を宥め終えていた。
「丁度良かった、今呼び戻そうとしてたところだ」
我が主も、彼から事情を聴き終えたところだろうか。
「二世、こちらが集めた情報を我が主にお話ししてくれ」
「うん」
二世が先ほど集めた話を伝える。
「そんな、違います!!」
すると、召喚主ジョンは声を荒げて否定した。
「私達は片親で、父は幼い頃に失踪、母さんだけが拠り所でした。
でも、あの当主のドラ息子が馬車で母さんを撥ねた!!
妹のエマは、復讐の為に領主の息子の下に……」
そして、彼はまた泣き始めた。
「まあ事情は分かった」
我が主は、虚空から魔剣を取り出した。
それは、オリビアだった。
「オリビア」
「はい、何でしょう?」
「過去視をしろ、事実を確認する」
その後、我が主はジョンから正確な日時を聞き出すと、オリビアは己の力を解放した。
情景が変わる。
見るからに貴族の屋敷の玄関ホールだ。
メイドと執事が列を成し、帰宅した主人たちを出迎えていた。
当主らしい老紳士と、その息子らしい男。
息子の方の身なりも良いが、ガラの悪さは見た目に出る。ドラ息子と言うのも本当なのだろう。
息子が当主に金をせびり始めると、事件が起こった。
エマらしき少女が玄関の扉を開け、何やら紋章を掲げた。
……あれは、神器か? 異様な魔力を有していた。
それを見た者達は動揺し、動けなくなった。
その隙に、エマは短剣で息子を何度も刺突した。
ドラ息子は明らかに致命傷だ。大量の血を流し、数分も持たない。
だが、エマはそれよりも早く倒れ、絶命していた。
まるで、魂を奪われたかのように。
過去視は、これで終わった。
「あ、あれは、リェーサセッタ様の紋章!?
エマの奴、なんてことを……!!!」
同じ景色を見たジョンは青ざめていた。
「リェーサセッタ? ここで奴の名前が出るとはね。
いや、むしろ奴の影響下だから僕らが呼ばれたわけか」
我が主がぼやく。
確かに、彼女の盟友の自伝に我が主の記述があるらしいから、必然的にそれが流布している地域が私達の出現域となる。
「あの紋章は何なのだ?」
センセイはジョンに問うた。
「あれは、リェーサセッタ様が復讐を望む者に与える紋章です。
神が、その復讐の正当性を認めたと言う証です。
ですが、その代償として、復讐を遂げた者の命を奪う。
エマの命が燃え尽きたのはその為でしょう」
ジョンは意気消沈していた。
それもそうだろう。妹が自らの命を投げ打ち、復讐を神に願い、それを成就させたのだから。
「その者の命を奪うのは、復讐の連鎖を止めるため。
それ自体は仕方のないことです。
ですが、リェーサセッタ様の紋章は決して消えない。
領主たちがその事実を隠しているのでしょう」
「神が認めた復讐の証拠なぞ、醜聞以外の何物でもないでしょうな」
やりきれない、と言った様子で先生は首を振った。
「ふん、そう言うことか」
我が主はどこか納得したように鼻を鳴らした。
「お前が僕らを呼び出したのは、あの女の差し金だろう?」
「……はい。夢見の中で、リェーサセッタ様に御会いしたのです。
そして、妹の不名誉を晴らしたいのなら、この儀式を行え、と」
「なるほど、僕らはあの女の不始末の尻拭いをさせられるわけか」
気に入らない、と我が主は言った。
「僕は帰る。あの女の尻拭いなんてゴメンだね」
「我が主!!」
「勿論、契約も無しだ」
我が主はそう言ってから、なおも抗議しようとする二世にこう言った。
「これだけは言っておく。お前たちの暇潰しに、僕を巻き込むなよ」
「そんな!!」
「二世さん、お待ちなさい」
我が主は消えてしまった。
虚空城に戻ったのだろう。
だが、私達はそのままだった。
「わかりませんか? この
「あッ!!」
「『悪魔』殿は我らの所業に口を挟む気はない、そう言うことでしょう」
アイアンハートが諫めると、二世もパァっと笑顔になった。
「タダ働きだぞ、良いのか?」
「勿論、タダ働きこそ義賊の本懐だ」
私が問うと、二世は満面の笑みで頷いた。
§§§
早速、私達は虚空城に戻って作戦会議を行った。
「作戦の目的は、女神の紋章の回収だよな」
「それさえあれば、ジョン殿と妹殿の名誉は回復されるとのことでしたな」
テーブルを囲んで、ジョンから貰った町の地図を広げた。
「ここが領主の屋敷だナ!!」
「周辺から比べても、大きいな」
二世がターゲットのいる屋敷を指差す。
近くの大きな工場二つ分の大きさがあった。
「段取りを決めよう。
まず我らが透明になり、目的のブツの場所を確認する。
この世界に魔法は空想に過ぎないようだし、我らが見つかることはないだろう」
「そのまま目的の者を持ち出して終わりですか?」
「まあ、そうなるよな」
アイアンハートの言葉に、私は頷く。
別に他に特別な行動は無い。余計な遊びなど必要無いからだ。
「思ったのですが、もし紋章を取り戻したところで、彼が周囲からの顰蹙に立ち向かえるとは思えないのです」
「あー……確かに」
彼女の言う通り、召喚主ジョンは憔悴しきっている上に内気で復讐なんてとんでもないと言い出すような人物だ。
例え紋章を奪い取っても、何の解決にもならない気がする。
「そ、こ、で、だ!! 怪盗の出番と言うわけだナ!!」
正直、そうなるだろうと思ったから私から言い出しはしなかった。
「町中に予告状をバラまき、華麗に領主の屋敷に潜入!!
お宝を奪取し、民衆にそれを知らしめるのだ!!」
二世の提案は、まあ理にかなっている。
「それしかないか」
私は溜息と共にそう呟いた。
二世の案に乗るのは癪だが、召喚主家族の名誉を取り戻すなら致し方ない。
「作戦の段取りに、異論はございません。
しかし、私に懸念もございます」
そこで、小さく手を挙げてアイアンハートが発言した。
「鉄心殿、何か問題がござるか?」
「加害者一族、即ち領主の心情を知りたいのです」
センセイに問われ、アイアンハートはそう答えた。
「は? 貴族なんてみんなクズだろ」
「それは一方的なモノの見方でしょう。
庶民には庶民の、貴族には貴族の価値観があります。
ましてや、領主もまた息子を失った身。
その事情を無視して、彼の息子の不名誉をバラまくのは人道に反しているかと」
彼女の意見に、我ら三人はお互いに顔を見合わせた。
それは、私達には無い視点だった。
「一度、領主の屋敷に訪問したいと思います。勿論、聖職者として」
「それは、構わないけど、怪しまれないか?」
「ジョン殿の家から聖書を拝借して、内容には目を通しております。
面白いことに、我らの世界と大して価値観は変わっていないようです」
それは聞くものが聞けば面白い話なんだろうが、我ら揃って学の無い人間の集まりである。
「そして、この格好ならどうでしょう」
アイアンハートはいつもの修道服から、黒い祭服へと様相を変えた。
「あ、それはアルデンさんの」
「ええ、彼は聞くところによると女神リェーサセッタ様の神官のひとり。
この祭服は彼女の影響下でどの世界でも共通らしいです。
この格好であれば、怪しまれることなんて無いでしょう」
そりゃあ、魔王の側近だった彼の服装なら、誰も怪しめない。
アイアンハート、中々にしたたかな奴だ。
「もし……」
二世が顔を俯かせ、呟いた。
「領主がどうしようもないクズで、息子の不名誉を隠して民衆を扇動してジョンさん達を貶めているとしたら?」
「その時は、神の名の下に正義を示すだけのこと。
問題は、彼が息子の罪に苦しんでいた場合なのでは?」
彼女の言葉に、私達は言葉を返せなかった。
「我らの故郷で、オラクル教会の崇める神は居なかった。
ですが、我らの神は我らの想像する通りの存在。
ならば苦しむ者に救いを与える機会を授けるのも当然の事でしょう」
アイアンハートが、現実を突き付けてくる。
────怪盗なぞ、所詮はファンタジーの存在だと。
美術館から悪党の宝石を盗み出せば、それを警備していた者達は路頭に迷う。
醜聞で美術館はどうなる? 館長の責任は? 悪党に賠償を求められたらどうなる?
誰も不幸にならない、快刀乱麻を断つような愉快な娯楽小説みたいな展開などあり得ない。
「想像できる全ての可能性を考慮し、我らは我らの義を成しましょう」
この作戦で最大の障害は、まさか我らの良心であるとは。
私達は、彼女に突き付けられたような気がしたのだ。
前後編の筈が、思いのほか長くなったので三話構成になってしまいました。
でもこういう話を書きたかった!!
いろんな世界でいろんな悩める人々の問題を解決するお話を!!
序盤に出た王女の王国の次の話も書きたいですし、後編の次の話はそれにしようと思います!!
ではまた次回!!