クソザコ従者の赤錆ちゃん(仮)   作:やーなん

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お待たせしました!!



“願い” 後編

 

 

 

 アイアンハートは教会で情報収集をした後、領主の屋敷へと堂々と向かって行った。

 

「変装の基本は堂々とすることだが、アイアンハートは堂に入ってるナ……」

 

 私達は透明になって彼女の背を追った。

 勿論護衛の為だ。

 

 彼女が一歩一歩、歩く度にその姿は急速に老いていく。

 まるで本来の姿を取り戻すかのように。

 

「老人の姿の方が説得力も増すでしょう」

 

 とは、彼女の言葉だ。

 確かに、神父とかシスターって老人のイメージがあるけどさ。

 

「もし、領主さまにお目通り願えますか」

「あ、貴女、その祭服は!!」

 

 門前の衛兵に話しかけたアイアンハートは、まさに堂に入っていた。

 この世界もあの女神の影響下にあるから、この黒い祭服の効果は抜群だ。全く疑われる余地がない。

 

「りょ、領主さまにいったいどういうご用向きでしょうか」

「それは、領主さま自身がよくご存じの筈では?」

 

 衛兵は言葉に詰まった。

 彼も知っているのだろう、先日屋敷の入り口で行われた凄惨な事件の顛末を。

 

「い、急ぎ取次ます!!」

 

 衛兵は血相を変えて屋敷の門を潜って行った。

 そしてすぐに迎えの執事らしき人物がやってきて、敷地内にある聖堂に通された。

 

 貴族の屋敷には聖堂が備え付けられていたりすると言う話は聞いたことが有るが、実際に見ると金持ちはスゴイなとしか思えなかった。

 

「スゴイな!! 聖職者に変装し堂々と潜入する!! 

 探偵小説みたいでワクワクするナ!!」

 

 と、二世が目をキラキラさせて言う。

 お前怪盗やろがい。

 

 センセイはいつでも実体化し、抜刀できるように構えていると言うのに。

 

「む、あれは何の建物でしょうな」

 

 そんな彼が興味を示したのは、煌びやかな貴族の屋敷に似つかわしくない武骨な四角い建物だった。

 何かに似ているような気がするが、パッと思いつかない。

 

「さあ、でも今はアイアンハートの方が優先だろう」

「ですな」

 

 私とセンセイの会話が終わることには、聖堂にたどり着いた。

 本当に貴族の屋敷は無駄に広い。

 

「……偉大なる女神リェーサセッタ様、なにとぞ我が息子の愚行を御赦しください」

 

 あった。

 領主と思しき老紳士は、聖堂の女神像の前で一心不乱に祈りを捧げていた。

 そして、両手に縋りつくように握られていたのが、あの過去視でも見た女神のエンブレムだった。

 

 あれが、女神が復讐者に与える紋章……。

 たしかに、異様なオーラを纏っている。

 

「領主さま、御客人でございます」

「誰も入れるなと言ったはずだ……」

 

 領主が振り返る。

 しかし、アイアンハートの格好を見るに、その表情は見る見る青ざめて行った。

 

「リェーサセッタ様の遣いでしょうか」

 

 まさしく、彼にとっては祈りが通じた瞬間だったのだろう。

 

「我が神は慈愛深い。

 あなたの苦痛を和らげて差し上げよと、私は遣わされた」

 

 アイアンハートは本当に初見なら誰でもかの女神の神官だと疑うことも出来ないような素振りで彼に近づいた。

 

「邪悪を司る我が主は、全てをお見通しである。

 汝の悪行を述べよ」

「我が愚息の愚行を知りながら、我が子可愛さからそれを見逃していました」

 

 彼女の言葉に、領主は懺悔する。

 だが、アイアンハートは目を細めた。

 跪いている領主にはそれが分からない筈なのに、小さく身震いした。

 

「言ったはずです。

 我が主は全ての悪を知る全知悪なる御方であると」

「……我が愚息の所業を、私はもみ消しました。

 悪い仲間と一緒に盗みや暴行を働き、薬物の売買に携わっていたことも!!」

 

 クズ野郎だな、と私は吐き捨てた。

 同時に、領主が憐れに思えた。

 

 彼の評判は決して悪くない。

 住人たちは口々に勇敢だと彼を称えた。

 彼は決して悪人では無いのに、悪を行わなければならなかったのだから。

 それは糾弾されるべきことなのだろう。

 

「息子の為にすることを、なぜ咎められましょう。

 貴方はその方法でしか息子を愛せなかった」

 

 しかし、アイアンハートは優しく声を掛けた。

 

「あなたの息子の罪は、あなたの罪では無いのです」

「しかし、しかしそれではあまりにも無責任だッ!!」

 

 自責の念が、彼を苛んでいた。

 

「使用人たちの話も私の耳に入って来る。

 私が何も釈明をしないばかりに、我が息子と刺し違えた相手の家族が誹謗中傷の憂き目に晒されていると!! 

 本当なら私が責任をもって謝罪すべきなのです!! 

 ですが、息子の死後の名誉を思うと……」

 

 クズ野郎の死後に名誉もクソも無いだろう、と私は思った。

 だが、それでも、彼は父親なのだろう。

 

「お願いです神官様、リェーサセッタ様の裁きをお示しください!! 

 私は、その通りに致します……」

 

 ここでそのエンブレムを渡せと言えば、恐らくそれで終わったに違いない。

 だけど、問題はそんな単純じゃない。

 

 私も二世も彼の苦悩に共感し、悩んでいると。

 

 アイアンハートが、とんでもないことを言い出した。

 

「ならば、雌雄を決することで汝の命運を試そう」

 

 え? 

 

「雌雄?」

「数日以内に、お前の息子の不名誉を暴こうとする賊が現れるだろう。

 汝はそれを賊として討つがいいだろう。

 それができなくば、汝は汝の責任の果たし方を決めればいい」

 

 領主が顔を上げる。

 そこにはもう、アイアンハートの姿は無かった。

 いや、単純に透明になっただけだが、この世界の住人にとっては神秘性を裏付ける証明になるだろう。

 

「撤退しましょう」

 

 アイアンハートの言葉に、私達は頷いた。

 

 

 

 §§§

 

 

「計画に変更はないとは言え、なんてことを言い出すんだ」

 

 虚空城に戻った我々は、最後の作戦会議をしていた。

 

「それがフェアかと思いまして」

 

 アイアンハートはすまし顔で答えた。

 

「しかし、拙者も領主殿の苦悩は理解できまするな。

 バカ息子を持った藩主の話など我が祖国でも枚挙が暇もない」

 

 センセイは腕を組んでやりきれないとばかりに首を振った。

 

「それで、どうするんだ、二世」

 

 私は二世に水を向ける。

 彼女は頭を抱えてうんうん唸っていた。

 

「わ、分からない。どっちの味方をすれば正しいんだ……」

 

 彼女の気持ちは分かる。

 事件の当事者は、とっくにどちらもあの世だ。

 

 この一件はもう、被害者しか居ない。

 

「依頼者を立てれば、領主の名誉も地に落ちる。その地位を手放すかもしれない。

 そして次の領主が、まともとは限らない。

 領主を立てれば依頼主は生き地獄のまま。

 あのまま放っておけばいずれ己の命を断つやもしれぬ」

 

 センセイは言葉にして悩まし気に唸った。

 

「私は、私は!!」

 

「なにをらしくないことで迷ってるんだ、二世」

 

 私達は振り返る。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 そこに居たのは、我らが主だった。

 相変わらず気味の悪い容貌だ。

 

「怪盗なんて所詮悪党だろ。

 悪党の分際で、正しいとか正しくないとか」

 

 彼は可笑しそうに笑っていた。

 

「他人を傷つけるのが嫌なら、悪党なんてやめちまえよ」

 

 彼はそれだけ言うと、厨房の奥に行ってグルマンにおやつを貰いに行った。

 

「…………そうだ、依頼人は理不尽な理由で虐げられている。

 それを見過ごしちゃダメだ。ゴメンみんな、私はやるよ」

 

 そして、彼女は決意した顔を見せた。

 ならば、私達はもう否は無かった。

 

 

 

 §§§

 

 

『我が名は怪盗レディ・ジョーダン。

 契約により、奪われし尊厳を領主より頂戴する。

 今宵、霧の出る夜に神からの贈り物を貰い受ける』

 

 このような予告状が、街中にバラまかれた。

 この街は工場の煙などが原因で、濃霧が発生する。

 昼はまだ薄いが、夕方以降は濃くなり誰も出歩かなくなる。

 

 街中に予告状をバラまいた後、住人の反応を見る為に朝の霧の中からざわめきが聞こえる。

 

「誰も怪盗なぞ、信じていないようだな」

「所詮イタズラだと思っているのでしょうな」

 

 街中に千枚以上バラまいたんだ。

 当然領主の耳にも入ったことだろう。

 

「今夜決行するよ、もう後には引けない」

「ああ」

 

 私達四人は頷いた。

 

「それにしても……」

 

 私は、うっすらとこの街を覆う霧を見渡す。

 

「なんだか嫌な感じがするな、この霧は」

 

 なんだかねっとりと体にまとわりつくような、奇妙な感覚だ。

 

「それは恐らく、霧に魔力が含まれているからでしょう」

「それは本当か?」

「ええ」

 

 アイアンハートは頷く。

 彼女もシスターだから、多少の神聖魔法の心得がある。だから魔力を私より感じられるのだろう。

 

「これが、この街の住人が恐れる、“魔霧”です」

 

 私も、話には聞いていた。

 この街を汚染する、恐ろしい公害。

 魔力を含んだ鉱石を燃料を燃やし、それが霧となりこの街……国を蝕む悪夢となったのだ。

 

「この世界に長居は無用だ。

 仕事を終えたら虚空城に戻ろう」

 

 私の言葉にみんなは頷き、私達は霧に紛れてこの場から立ち去った。

 

 

 

 

 そして、決行の時が来た。

 

 

「例のエンブレムには、魔法でマーキングしておきました。

 今も聖堂にあるようです」

「よし、二世とセンセイが陽動。私とアイアンハートはブツを奪おう」

 

 アイアンハートの言葉に、私は作戦の差配をした。

 

「それにしてもセンセイ、その格好はなんだ?」

「盗人と言えば、手ぬぐいを被っているモノでござろう?」

 

 なぜかセンセイは布を被って鼻の下で結んでいた。

 

「とにかく、行くぞ。

 作戦開始だ!!」

 

 私達が透明なまま領主の屋敷の敷地に侵入した。

 中には衛兵が何十人も警備をしていたが、私達が見えるはずも無い。

 

 そしていそいそと二世が建物の上に移動すると、姿を現した。

 

「はーっはっはっは!! 怪盗レディ・ジョーダン参上!!」

 

 ……まあ、これ以上無い陽動にはなっただろう。

 

「護衛は任せてもらいましょう」

「任せた!!」

 

 姿を現し、衛兵の注目を浴びた二世は颯爽と領主の邸宅へ向かって行った。

 すぐにセンセイもそちらに向かって行った。

 

「くそ、本当に賊が現れるとは!!」

「領主さまが居ないこんな時にッ」

 

 衛兵たちの愚痴が聞こえる。

 

「どうやら、領主は不在のようだ。

 今のうちにブツを頂こう」

「ええ」

 

 ふと見てみれば、あの貴族の屋敷に不釣り合いな四角い建物の扉が開いていた。

 私は気になったが、それどころではないのですぐに考えを戻した。

 

 聖堂は、がらんとしていた。

 女神像の前に、供えられた女神の紋章。

 

 いっそ罠を疑うほど不用心で、或いは誰もこれに近づきたくなかったのかもしれない。

 本物の女神が授けたアイテムだ、不用意に触れば呪われそうだし。

 

 アイアンハートは実体化し、それを手に取った。

 

「行きましょう」

「ああ」

 

 私は従者間の念話──だと言いづらいので“内線”と表記する──で二人に連絡を入れた。

 

 注目が行っているお陰で、私達はあっさりと領主の敷地から逃げ出せた。

 流石に邸宅に向かったのなら衛兵も追わずにいられないから、あっさりとしたものだ。

 

「待たせたナ!!」

「ずらかろう!!」

 

 二人が合流すると、実体化して手を挙げる。

 

「怪盗は華麗に立ち去るのだ!!」

「珍しくちゃんとやれたんだからさっさと行くぞ!!」

 

 女神の紋章は実体があるので、透明なままでは持ち運べない。

 私達はそれを民衆に示す為に、行動しようとしたのだが。

 

 その時だった。

 

 

『──なるほど、貴様らが例の賊か』

 

 くぐもった、機械越しのような声が聞こえた。

 

 私達が路地を見ると、がしゃんがしゃん、と音が聞こえた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 それは、各所から蒸気を吹かす街灯ほどの大きさの有る巨大な機械の鎧だった。

 

 それを見て、私は理解した。

 あの四角い建物──ガレージと呼ばれる格納庫のことだ──に収められていたのは、この機械鎧のだったのだと。

 

『電信を聞いて駆けつけてみれば、……そうか、お前たちが我が運命か』

 

 機械越しにも聞こえるその声は、間違いなく領主のモノだった。

 彼はその手にしていた巨大な剣を正眼に構えた。

 

「ふむ、相手にとって不足無し!!」

 

 質量の差は数倍では効かない相手に、センセイは好戦的な笑みを浮かべて妖刀を解放した。

 

 直後、ぶつかる両者!! 

 

 白い蒸気をまき散らしながら巨体とは思えぬ凄まじいパワーとスピードでこちらに肉薄する領主と、センセイの剣技の応酬。

 

「この技量!! ツワモノとお見受けする!! 

 その名を聞かせて貰おうか!!」

『ほざけ、賊に名乗る騎士の名は無い!!』

 

 その巨体で巨大な剣を操るには狭い路地なのに、領主は巧みに剣を振るってセンセイの妖刀と打ち合っている。

 センセイもセンセイで、機械鎧の可動範囲と建物を利用すれば簡単に有効打を与えられそうなのに、それをしないで正面から切り結んでいる。

 

 そうだった、センセイは割と戦闘狂なところがあるんだった……。

 

 息を呑むような、ふたりの決闘。

 私達は援護をすることさえ無粋と思えるそのやり取りを、息を呑んで見守っていた。

 

 そして、私達の思惑など関係無いと言うように。

 

 ────無粋な乱入者が現れた。

 

 

「ふッ」

『フン!!』

 

 センセイと領主は、同時にその闖入者を斬り捨てた。

 

 

 ぢううぅぅぅ!! と言う悲鳴が路地に反響する。

 それは、巨大なネズミのような怪物だった。

 その大きさは、人間の半分ほどもある。

 

 それが何十匹も、領主の背後の路地から、マンホールの下の下水道からわらわらと現れた。

 

 

 なぜ、領主がこんな大げさな機械鎧を纏って、街を闊歩していたのか? 

 その答えがこれだった。

 

 “魔霧”は、この世界の動物を狂暴化、巨大化させ、人間を襲う怪物へと変貌させる。

 

 それに対抗する為に、この世界の貴族は蒸気機関と機械を駆使したカラクリをこしらえた。

 

 領主の評価に、勇敢と言うのがあったのはこの為だった。

 彼は魔霧の夜に、こうして街を見回りをしているのだ。

 

「か、囲まれてる!!」

「我らも戦うぞ!!」

 

 これに生身の人間が襲われたらひとたまりも無いだろう。

 狂った巨大なネズミの群れを、付与された炎の魔法で焼き払う。

 

「戦闘は得意じゃないのにぃ!!」

 

 二世も魔物の跋扈する世界の住人だった人間だ。

 短剣を抜いて襲い掛かる巨大ネズミをいなし、斬り捨て、蹴り飛ばしている。

 

「ライトボルト!!」

 

 アイアンハートが魔法で光の矢を形成し、射出して援護してくれる。

 

 だが、相手はネズミの群れ。

 余りにも圧倒的なその数。

 

「くそ、マズい!!」

 

 ぷすん、と私の剣から炎が出なくなってしまった。

 オリビアに掛けられた付与が切れたのだ。

 

 そうなると、多勢に無勢。

 私は同時に四体の巨大ネズミに襲い掛かられ、押し倒された。

 

「赤錆!!」

 

 苦戦している二世の声が聞こえた。

 

「気にするな!! 戦え!!」

 

 どうせ私達は不死身だ。

 痛みなんて無くそうと思えば無くせるし、そもそもこの身体さえも仮初だ。

 

 重い。体中を齧られている。

 身動き一つ取れない。

 

 ああ、いつまでこれを我慢すれば良いんだろう。

 そう思った時だった。

 

 

 七色の輝きが、視界を埋め尽くした。

 

 

「何しているんだお前たち」

 

 虹色に光る剣を手にした、我が主が視界の隅に映った。

 

「あんまり遅いから迎えに来たよ」

「『悪魔』殿!!」

 

 アイアンハートの歓喜の声が聞こえた。

 

「オリビア」

「はい、我が身に魔法『サンダースパーク』を装填(リロード)!!」

「消え失せろ汚物ども」

 

 我が主が、オリビアを振るう。

 電撃が迸り、魔物と化した巨大ネズミたちを焼き尽くした。

 

『ぐ、蒸気アーマーの制御が!!』

 

 同時に、領主の機械鎧の制御系にダメージを与えたようだ。

 センセイも対処を終えると、こちらに合流した。

 

「さ、帰ろうか」

「我が主、その前に寄り道があります!!」

「はあ……もうさっさと終わらせなよ」

 

 私達は霧に紛れ、さっさと撤退した。

 

 

 

 翌日、霧が晴れたこの街の中央広場に、女神の紋章と一つの文章をが示された。

 

『領主の屋敷から、奪われたジョンとエマの名誉を確かに頂戴した。怪盗レディ・ジョーダンより』

 

 と。

 

 私達はそこに人だかりができるのを見てから、この世界から立ち去った。

 

 

 

 

「この度はよくやってくれた」

 

 と思ったら、私達は闇の中で女神に礼を言われた。

 

「リェーサセッタ様」

 

 アイアンハートがその名を呟く。

 我が主はすぐに面倒くさそうに身体ごと顔を背けた。

 

「邪悪の女神と言えど、所詮は生身も無い身。

 全ての人間の嘆きを聞き届けることは出来ないからな」

 

 今回の依頼人に我らを紹介した彼女はそう言った。

 

「全ての悪を知る全知悪なるこの身でも、全てをどうにかできるわけではない。

 神々の領域に無駄は無い。お前たちには、お前たちの役割が有るのだ」

「下らない。

 本音を言えよ。お前のような女が人助け気取って何が目的なのさ」

 

 多分神様とかに振り回されるのが大嫌いそうな我が主が嫌味を言う。

 

「無論、我が愉悦の為」

 

 その女神の言葉は、思わず我が主が彼女の方を向いてしまうくらいには意表を突かれたようだ。

 多分、また小奇麗な言葉でも言うと思ったのだろう。

 

「ほら、見てみろ」

 

 女神リェーサセッタは、下瞼に指を当てて眼球を開きながらその瞳をこちらに示した。

 

 そして、私達は息を呑んだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 奈落のようなその瞳から見える奥底は、真実──奈落だった。

 真っ赤な瞳は赤色の地獄で、そこでは無数の亡者が助けを求めて両手を伸ばして呻いていた。

 

「ここに居るのは、居もしない神を喧伝し人々を騙し、欺き、人々から搾取してきた愚か者どもだ。

 そんな聖職者気取りの苦しむ怨嗟の声が、我が精神を満たす何よりの愉悦なのだよ」

 

 ゾッとする他なかった。

 この女神は、誰よりも執念深く恨み深く、憎しみで満ちていた。

 

 まさしく、魔王を産みだす程に。

 

「これが、私が“善い神様ごっこ”をしている理由の一つだ」

 

 それは、自分を神だと思ったことが無いと言った彼女の自虐なのだろうか。

 

「赤錆、神とはなんだ?」

「え?」

「──私は、“諦め”だと思う」

 

 女神は目を閉じ、そう言った。

 私も、脳裏にあの“暴君”の姿が思い浮かぶ。

 

「川が氾濫したのはそこに住む竜神様がお怒りだからだ、という奴ですな」

「そうだ。神とは、人間が諦める理由だ。

 災害、運勢、身内や近しい者の死。

 私は復讐を止める理由として、私を利用しているに過ぎない」

 

 神が認めた復讐だから、次の復讐の連鎖を諦める。

 それを思いついたのが、誰よりも神を憎んだ女神だと言うのが皮肉だった。

 

「そして、用件はもう一つある。

 私と盟友は宗教の教義で支配下の世界の者達を導かないと決めた。

 故に、我らの言葉を騙った者を決して赦さないと決めた」

 

 すっと、女神の指先が我らの一人を指差した。

 

 アイアンハートだった。

 

「我が神官の服装で、我が言葉を騙ったな。

 ──それは罰に値する」

 

 その瞬間、我が主がアイアンハートの前に出た。

 

「はッ、相変わらずだな負け犬リネン。

 オリビアの次はアイアンハートか? 

 お前が仕向けてあの世界に行ったくせに、そのやり方に不満があるんだって?」

「黙れ。これは私たちの決めたルールだ」

 

 一触即発の雰囲気だった。

 二世は私の背中で震えているし、センセイも柄に手を掛けている。

 

 私はどうすればいいか分からなかった。

 同室の仲間がピンチなのに、私は何をすればいいのか、何を言えば良いのか、ただ立ちすくむだけだった。

 

「わかりました」

 

 しかし、そんな状況でもアイアンハートは変わらなかった。

 

「罰が必要と言うのなら、受けましょう」

「アイアンハート!!」

 

 我が主が振り返る。

 その表情には珍しく焦りがあった。

 

「我が信仰に口出ししない。我が主、それが契約だったはずです」

 

 いつもは『悪魔』殿としか言わない彼女が、我が主と彼を呼んだ。

 彼は何も言えずに、彼の前に出たアイアンハートを止めることも出来なかった。

 

 その直後だった。

 女神の瞳が、まるで口のようにアイアンハートを呑み込んだ。

 そう表現するほかなかった。

 

「あ、あ、ああ……」

 

 アイアンハートが地獄に墜ちた。

 その光景を見て、二世が震えた声を出した。

 

 だが……。

 

「む、ん、これは……」

 

 なぜか彼女を怨嗟と苦悶に満ちた地獄に突き落とした張本人は、困惑したように唸っていた。

 

「参ったな、これは私の負けだ」

 

 女神は首を振って、吐き出すようにアイアンハートをその瞳から追い出した。

 

「ど、どうしたんだよ、大丈夫か?」

「……もう終わりですか?」

 

 我が主がアイアンハートに駆け寄るが、当人はケロッとしていた。

 

「魂を凌辱し、精神を苛む我が奈落の牢獄で数万時間ほど過ごしたのに、この女は何も変わらなかった。

 それどころか、同じように囚われた者たちを救おうと声を掛け始めた。何度も何度も諦めることを知らずに。

 人間とは思えない精神性だ。異常としか言いようの無い」

 

「当然だろ、僕の従者だからな。

 いや、こいつの昔から頭がおかしかったっけ」

 

 女神も、我が主も、手に負えない頑固さ。

 それが彼女だった。いや、私も理解できないけどさ。

 

「……気が変わった。

 我が元で、我らの教育を受ける気はないか?」

「は? こいつは僕の従者なんだけど!!」

「別にお前から彼女を奪うつもりではない。

 アルデンのように我らの神官として正式に認めようと言っているのだ。

 その為の教育だ。これには、我らの影響下でしか活動できないお前たちにとって有益だと思うが?」

 

 確かに、今回アイアンハートの変装は大変効果的だった。

 

「どうするんだ、アイアンハート」

 

 私は彼女に尋ねた。多分こいつに洗脳教育とか効かなそうだし、それは女神も思い知ったはずだ。

 

「大変興味があります」

「おい!!」

「魔王様の城の本棚の書籍では神々への理解は足りませんでした。

 より深い信仰への理解が必要だと思っていたので、渡りに船です」

 

 我が主の頬が引きつっている。

 多分、生前からアイアンハートに振り回されていたんだろうなぁ。

 

「と言うわけなので、しばらくお世話になります」

「うむ、我が盟友もお前ほどの人材ならば喜ぶだろう」

 

 こうして、女神リェーサセッタはアイアンハートを連れて行った。

 

 

「おや、私の方が先に戻ったのですか?」

 

 が、虚空城に戻った我々の前に、あの黒い祭服を来たアイアンハートが居た。

 そうだ、我らに時間の概念なんて無かったんだ……。

 

「お前、何ともないのか? なにもされなかったか?」

「ええ。向こうで最高峰の神学校で勉強してきました。

 元の世界では一介のシスターに高等教育など不可能だったので、非常に有意義な時間を過ごせました」

 

 学友も出来ましたよ、と彼女はキョウコが持っているようなスマホみたいな機械の画面にSNSアプリを表示させて私達に示した。

 こいつ、すっかり文明の利器を使いこなしているだと!? 

 

「リェーサセッタ様に仕える神官は向こうでは大変エリートらしく、これからはもっと『悪魔』殿のお役に──」

 

 その時だった。

 アイアンハートに、我が主が抱き着いたのだ。

 

「……」

 

 私達は絶句だし、たまたま周囲に居た従者たちもそうだった。

 我が主は何も言わずに、アイアンハートの身体に顔を埋め、彼女はそれを黙って受け入れて抱きしめた。

 

「……よし、トランプでもしようか」

「そうですな」

「賛成賛成!!」

 

 私とセンセイと二世は、クールにその場を去った。

 

 

 程なくしてアイアンハートも卓に混ざってきた。

 

「あの“魔霧”の世界、リェーサセッタ様に寄るともっと面白いモノが有るそうですよ」

「確かに、興味深い世界でしたな」

「あの機械の鎧とかすごかったよねー」

 

 そして私達はそんな風に雑談をし始めた。

 

 あの世界とはこれからも度々関わり合いになるのだが、この時の私達はそれを知る術はなかった。

 

 

 





更新遅くなりました。
エアコン無いので寒くなる前に書いた方がいいんですけど、やる気がないと書けない性質でして。

あと、10/17日の活動報告に二世のイメージをAIイラストで作ったので載せておきました。興味があればぜひ。
前にも書いたかもしれませんが、小説に挿絵を付けるのが昔からの夢だったので、AIイラストをこれからも活用していきたいと思います。

ここすきにも励まされています。
ぜひこれからもご愛読下さると幸いです。

ではまた次回!!
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