実際のところ、我らの故郷は末期だった。
私が生きていた時代でさえ、まともな教育機関など無かった。
聞くところによると私の死後千年ぐらいで滅んだらしいが、むしろ魔王と言う脅威まであってよくそこまで保ったと思えるほどだ。
だから我ら従者一同で学校に通った者は片手で数えられるほどしかいない。
つまり、何が言いたいかと言うと。
「今日は基礎的な算数の授業の続きを行います」
アイアンハートが食堂に集まった我らにそう言った。
要するに、教師役が増えたのだ……。
「数字って百以上ってあるのか?」
「ぼく知ってる、たくさんでしょ?」
我らの知能水準なんてこんなものだった。
私だって10以上の数をすぐに計算したりできない。
「我ら人類の造物主、女神メアリース様は人類文明を司る御方。
即ち、その神官は教職の資格も当然のように有さねばなりません。
なので、これからは私も皆様の教養を養うべく尽力する所存です」
あの後、アイアンハートがそう言った。
二世とかは顔が引きつっていた。
我が主は逃げた。……が、すぐに捕まった。
「僕は計算くらいできるんだけど……」
彼はぶつぶつ言いながらアイアンハートが用意した計算問題を解いている。
「教授の魔法の講義よりずっとマシでしょ」
あの人はすぐに専門的な話に行ってしまうから、私達が付いて行けないのだ。
授業が終わると、彼女は教授やリブラと長い話を始めた。
教授は言わずもがな、リブラも教会の教育機関で勉学を納めた人間だ。
話の内容から、アイアンハートが仕入れた最新の知識を共有しているらしいのはわかる。
「では私が書籍を調達しますので、これからは各々で各分野の講義をするということで」
「ではそのように」
「いやぁ最高峰の学術書ですか、ワクワクしますな」
どうやら我らの知識層の話はまとまったようだ。
「負け犬リネンめ、余計なことしやがって……」
と、ぼやく我が主が年相応に見えるくらいは忌々しそうだった。
「ところで、正式に神官になったらしいけどそれで何かできることとかあるのか?」
話を逸らす為か、我が主が言った。
「ええ、例えば神官権限で個人のステータス画面などが観覧できますよ」
「いや、ステータス画面って、ゲームじゃあるまいし」
キョウコの遊んでたゲームかよ。
私は思わずツッコんだ。
「いえ、本当です。全ての人間には神々が管理しやすいようにステータス画面が存在するのです。
そこには能力値や個別ID、衛生状況や交友関係、発言ログや才能の評価さえ克明に記されているのですよ」
「……なんか、怖いね」
知識層の相談に、勉強が怖いのか戦々恐々していた二世が言った。
確かに、人間を完全に管理する為にあるようだった。
「教授殿の話では、誰しも得意分野が存在するそうですな。
赤錆殿も、それで何に秀でているのか分かるのでは?」
そこで、ソロバンというらしい道具で計算問題に向かっていたセンセイが余計なことを言った。
「あ、たしかに」
「おい、止めろって。そんな度胸試しみたいな」
「そうです。頼まれても皆さんには見せませんよ。ステータス画面は個人情報の塊、他人に許可なく見せるのはコンプライアンス違反ですから」
嫌な予感がした私が及び腰になって言うと、眉を顰めてアイアンハートが援護してくれた。
しかし彼女からコンプライアンス違反なんて言葉が聞けるとは……。
「そこまで厳重なモノなのか?」
「ええ、衛生的観点から、誰と何度性交したとかの情報もありますので」
「せッ」
彼女は何でもない風に言うので、二世が真っ赤になった。
アイアンハートがしっかりしていたので、私は安堵した。
「じゃあアイアンハート、命令だ。赤錆のステータス画面を開け」
「はあふざけんなよ!?」
悪ふざけで誓約の魔剣を持ち出す我が主に私は食って掛かろうとしたが。
「……」
アイアンハートは動かなかった。
いや違う、微動だにしなかった。
我が主の契約の執行は絶対だ。
非常に強力な強制力が発揮されるのだが。
……いや、よく見るとアイアンハートは目を見開いて小刻みに震え始めた。
歯を食いしばってギリッと歯を噛み締める音が聞こえる。
まさか、アイアンハートの奴、メチャクチャ我慢してるのか!?
あのどうしようもない魂の束縛に、全身全霊で抗っていた。
「『悪魔』殿。やっていいことと悪いことがあります。分かりますね?」
別に睨んでるわけでは無いのに、目に力を入れているからか彼女の表情がとても怖かった。
「ご、ごめん、僕が悪かった……」
すごすごと我が主は引き下がった。
私は思わず彼女に拍手を送った。
「あなたも上に立つ者ならもっと思慮深く行動してください。
精神的向上無くして人間力の成長は見込めません。
肉体を失った我らに、それが困難なのは理解していますが」
「説教は止めろよ、お前が死んでからどれだけ生きたと思ってるんだ」
「わかりません。でもあなたは全く変わっていない」
我が主はそれを嫌味だと感じ取ったらしく、更に顔を顰めたが。
「……でも個人的には、あなたが変わっていなくて安心してもいました」
アイアンハートはいつも通り真顔でそういうモノだから、我が主は苦みを冷めた渋いコーヒーで飲み下したような表情になった。
「おい、お前たち、そろそろ次の依頼に行くぞ!!」
照れ隠しなのか気恥ずかしいのか、それらを振り払うように我が主は言った。
「それで、誰を連れて行くんだ?」
「お前に我が騎士、センセイにウルフ、後は……」
我が主は偶然目に入った一人の従者に目を向けた。
「我が盾、セーフティ。お前もだ」
「御意に、我が主」
最後に呼ばれた騎士は恭しく頭を下げた。
「おい、ちょっと待ってくれ。
なんなんだ、その人選は。戦闘力極振りじゃないか」
私は我が主に物申した。
別に彼は依頼内容を把握してから人選を決めているわけではない。
キョウコの時のように、私達は時系列ごとに順番に依頼を処理しているわけではないのだから。
ただ、連れて行く人選によって、依頼主の問題を解決するのに最適なメンバーになる場合が多いらしい。
例えば、元商人のマイザーが連れて行かれて、私が呼ばれなかった時がある。
その場合、依頼主は自分を破滅させた商売敵への復讐を希望し、それを成し遂げたらしい。
後から別の従者が呼び出されることも多いが、最初の面子で解決できる場合も多いようだ。
そんな仮説を、教授は統計とやらから導き出したらしい。
「ああ、連れてく面子によって、依頼内容が最適化されてるんじゃないかって、教授の仮説だっけ?
時間の概念の無い僕らは、連れて行くメンバーの組み合わせによって最適な依頼主の前に現れることが出来るってやつ」
私の懸念は我が主も分かってくれた。
「でも、戦闘力極振りってのは違うだろ。
だったらお前とセーフティを連れてったりしないよ」
「……」
「……」
私とセーフティはうな垂れた。
私は言わずもがな、彼はどちらかと言うと守勢に特化しているので先に挙げられた突破力や攻撃力に秀でている面子と比べたら見劣りするのは仕方がない。
多分従者一同での最強メンバーは、先の三人に彫刻家とエリュを入れた面子になるだろう。
「ああでも、その仮説が正しいなら、逆にお前やチェリーとか、戦闘能力皆無な連中だけを選んでも面白うだね」
「おい、少なくとも私は戦闘能力皆無ではないぞ!!」
あの人畜無害な自称吸血鬼と一緒にされては困る!!
「それじゃあ、行こうか」
私の主張は無視された。
まことに遺憾である。
§§§
私達が召喚された場所は、一見してどこかの王城の謁見の間であった。
衛兵や家臣団が壁際に並び、そして正面には若い威厳のある女王が玉座に座ってこちらを見下ろしていた。
「まさか、本当に我が母は悪魔を呼びだし、契約していたと言うのか」
我らの召喚と言う結果を見て、女王が思わずと言った様子で呟いた。
周囲の衛兵や家臣団もざわつく。
よくあるパターンだが、召喚者自身も我らを呼び出せるとは思っていなかったらしい。
「僕は『赤い文字の悪魔』。
何故に僕をこの世に呼び出したんだ?」
我が主がいつものように問う。
「私はドーンハート王国の今代の女王。
母エリアナとそなたが契約をしたと聞いている」
「ああ、あの姫様の娘か」
私も思い出した。
内乱で馬車で逃げ出そうとしてた、あの姫様の娘か。
たしかに面影がある。
「我が母は病床ゆえ、数年前に王権を頂いた。
知人であるならばあとで会ってくれまいか」
「それは勿論。
だが、今は契約の話だ。
今代の女王よ、我らに何を望み、何を差し出せる?」
うむ、と女王は頷く。
「まずは国家の危機が訪れた際に、そなたらを呼び出せば解決できると言うのは真か?」
「まあ事情を聴いてみないと分からないね」
「では説明しよう」
女王の話に依ると、この世界は複数の国家をひとつの議会で取りまとめているのだそうだ。
この会議で決まったことはほぼ絶対。
戦争を止めろ、と言われたら止めなければならないし、領土問題があれば議会が領土を線引きすることも出来る。
それほどに絶大な権力を持つ国際協議の場なのだと言う。
「二年前、ある大国が野心を持った。
極端な軍事国家となり、次々と周辺国家へ戦争を始めたのだ」
「なら、その議会でやめさせれば良かったじゃないか」
「その大国とその息が掛かった国々がその国際会議の議席が過半数を占めていたのだ。
だからだろうな、全ての国家を支配しようと考えたのやもしれん」
女王は溜息を吐いた。
「そして会議の議席は、二か月後に迫る国際神前試合にて決まる。
それで大国がこれまで通りの議席の大半を得てしまえば、戦乱は続いて行くだろう」
「お前はそれを止めたいわけか」
「戦禍は明日は我が身ゆえにな」
女王は大臣の一人を呼び、地図を持ってこさせた。
地理的に、大国とこの国はそこまで離れていないようだ。
たしかに明日は我が身である。
「他国は信用できない。
故に、わが国だけで議席の半数を獲得する方針を決めた。
先日の協議では、荒唐無稽だと笑われたがな」
女王が周囲を見渡すと、臣下たちは顔を背けた。
「その為に、国際神前試合で全勝する必要がある。
その国際神前試合の勝率によって、議会の議席が各国に割り振られるからだ」
「つまり、それは一種の代理戦争なわけか」
「ああ、それ故に試合形式こそあれど、ほぼルール無用だ。
神前にて各国の戦力や技術を競い合い、それを証明する戦争の縮図と言う形だからな」
私はもう一度地図を見る。
ドーンハート王国の土地は大国の半分程度。
他の国々と比べても中堅程度だ。
どう見てもその神前試合で全勝できる戦力を持っているとは思えない。
「……そう、この国際神前試合が、この世界において長らく戦争の代替行為だったのだ。
本当に戦争が起これば、人的にも物資的にも大きな損失が起こる。
国際神前試合とは、それを抑制する為に神に提案された仕組みだった」
「まあ、無駄な血が減るだけ人道的とは言えるのかもね」
女王は顔を俯かせた。
戦争が目前に迫った彼女の心労は察して余りある。
「かつて、もう三十年も昔になるか。
我が母が反乱によって命を落としかけ、そなたらに助けられたのも、他国が議席をより多く得る為の陰謀だったと聞く。
此度も我が国の危機を、救ってくれるだろうか?」
「その前に、一つ聞かせろ」
我が主が目を細めた。
「絶対的な権力のある会議の議席を占め、今度はこの国が横暴を振るわない保証はどこにある?」
「国際神前試合は四年に一度だ。
もし議席を占めたとしても大国の戦争を止め、その勢力を削ぎ戦争の被害国の補償に当てさせることに尽力する。
そして次回の国際神前試合には我が国は辞退する。これでどうだ?」
我が主はしばらく思案した後、いいだろう、と納得した。
そして相手が対価を提示し、誓約の短剣の前に契約は結ばれた。
予想通り、戦闘が前提の依頼のようだった。
「ところで、議会の議席を占めたとこで、誰がその権限を執行するんだ?
議会の命令を、相手が無視したらどうなる?」
「ああ、それについては心配はない」
女王はさらりとこう答えた。
「百何十年か前に、この国際神前試合の制度が出来た頃、ある国が議会の決定を無視して暴虐を働いた。
だが、この会議の権力は神に与えられたモノ。
その国は神の顔に泥を塗ったことになる。
その結果として──」
「その国の妊娠中の妊婦の胎児が全て同時に死に絶え、その国では二度と新生児が産まれなくなった」
私は思わず身震いをした。
私以外のみんなもギョッとしている。
まさしくそれは神罰だった。
「議会の決定に逆らうと言うことは、────この仕組みを提示した人類の造物主たる女神メアリース様の侮辱に値すると言うことになる。
故にその国は滅びた。そう聞いている」
故に、その会議は絶対の権力を有する。
私達はそれに関わる、重要な仕事を任されてしまったわけだ。
「じゃあ神前試合と言うことは、つまり……」
「ああ、勿論メアリース様が直接来賓としてご観覧なされる」
我が主が、面倒なことになった、と言う顔をしていた。
その後、今回は契約だけということで、女王の母親つまりかつての依頼主に会うことになった。
「久しぶりだね、エリアナ」
「その声は……忘れもしない」
若い頃から年を取っても、その面影は失われていなかった。
かつての姫君は、女王となってその娘に命のバトンを渡していた。
そして今、自室で病床に伏せていた。
その横には、あの石像にされた元護衛が立っていた。
「そう、またお会いできましたわね。
私にとっては、そうでない方が良かったのでしょうが」
「まあ、国の危機みたいだからね」
我が主も国家の危機以外に呼ぶな、みたいに念を押していたし。
これは彼女にとって喜べない再会なのだろう。
「あの子以外に、私には息子にも恵まれました。
ですが、戦争が起こりあの国へ平和への使節団として出向いた先で、謀殺されました」
「そう、か」
それには我が主も、なんと言葉を返せば良いか分からないようだった。
「どうか、我が子の事を頼みます」
彼女は、我が主の手を握ってそう言った。
病床の身とは思えない力だったのか、我が主は思わずその手元を見下ろす程だった。
「ああ、契約は既に成った。任せろ」
それを聞いて安心したのか、彼女は眠りに就いた。
その後、虚空城に戻った我らに、アイアンハートが話しかけてきた。
「神託がありました。
子細は窺っています。神前試合の際にはメアリース様の側に侍り、此度の審判を務めることになりました」
「ああ、そう……」
話のテンポが早すぎるな、と言う顔を我が主はしていた。
「ちなみにだけど、僕らに有利な審判は──」
「この私が、そのようなことをするとお思いですか?」
「そうだね。逆に安心したよ」
「そして、試合形式も発表されました。
こちらに資料がございます」
アイアンハートは単に私達に近い人物だから選ばれたのだろう。
神官と言うのも大変だ。
「ふむ、なるほどね。
試合は各国総当たり戦で、一試合五回戦。
勝ち抜き戦形式で、相手の五番手を打ち破ることで勝利となる、か」
我が主が資料に目を通してその内容を口にする。
「つまり、一番手が相手の主将まで順番に倒しても勝利できるわけですな」
「極端な例だけど、そうなるね」
好戦的な笑みを浮かべるセンセイに、我が主は頷いた。
「そして、この資料によると十六国相手に全勝するのが今回の依頼になるね」
「ははは!! 腕が鳴るなぁ!!」
ウルフが両手の拳を打ち合わせて、ケダモノの笑みを浮かべた。
「試合に出場するメンバーは、事前に登録した者のみとなっています。
控えのメンバーを含めて、人数制限はありません」
アイアンハートがルールを補足する。
私なんだか、その言い回しに違和感を覚えた。
「一応聞くけどさ、これって僕らが全試合に出て勝っても問題無いわけ?
その国家の戦争の縮図みたいなものだろ? ズルじゃないのか?」
「ええ、戦争の縮図です。
ですので、複数の国家同士で手を組んでの八百長もアリです。
だから、誰を味方に付けるのかという政争も、戦争に含まれます。
それにかの世界の議会で重要なのは、戦争と言う事象による切磋琢磨における技術の発展、そして最終的な人間同士の意思決定なので」
あくまで、神様は直接的な干渉はしない方針らしい。
コンパクト化された戦争、神に委託された世界の運営を決める戦い。それがあの世界の神前試合なのだろう。
「それで、だれがどの順番で試合を行いますかな?」
師匠が我が主に問うた。
「うん? 別に序列順で良いじゃん」
「ではそのように」
え、それって、つまり。
「先方はお任せください、我が主」
セーフティが剣を抜いてそれを掲げた。
「はははッ、俺は二番手か!! 楽しみだな!!」
ウルフが楽しそうに吼える。
「ほう、拙者は三番手でござるか。
お二人を破る猛者が現れるでしょうか」
センセイが妖刀に浮いた露を怪しげに舐めた。
「おい、それって私が副将ってことになるじゃないか!?」
重要なポジションに焦る私。
「後詰めはお任せを。
赤錆、無様な試合をしたら許さないぞ」
「ひえ」
主将を務める師匠に睨まれ、私は縮こまる。
「必要無いと思うけど、交代メンバーは一応他の面々を登録しておいてくれ」
「了解しました。運営本部にはそのように書類を提出しておきます」
しかも、我が主はこの五人で全勝する気であった。
そうして、いろいろな手続きが終わった私たちは、試合当日の現地へと向かうことになった。
よわよわクソザコな赤錆ちゃんですが、何らかの才能を秘めている予定です。
でもなにが良いかまだ決まってません!!
何か候補ができたら、アンケートでもしてみますね!!
ではまた次回!!