「よく来てくれた。
もしかしたら来ないかと思ったぞ」
国際神前試合の当日へと向かった私達は、馬車の群れの中にいた。
私達を見つけた女王の近衛兵に招かれ、彼女のいる馬車の中に入った。
「これから会場になる闘技場都市へと入る。
国際神前試合の為だけに存在する都市だ」
「確かに、壮観ですな」
馬車の外で周囲を警戒している師匠の声が聞こえる。
この行事の為だけに存在すると言うだけあって、巨大な都市が見えた。
人、人、人。見渡す限りの人。
住人と兵士、そして視界の果てまで見える凄まじい規模の都市。
「どういう段取りなの?」
「まずコロッセオで開催宣言がある。
それから一週間ほどパーティと言う名の政治合戦。
そして本戦へとの運びとなる」
女王からそれを聞いた我が主は面倒くさそうな表情になった。
「なんだよ、戦うだけじゃないのかよ」
「そなたらも選手ならば、開会式ぐらい顔を出すべきだ」
女王が困ったように笑いながらそう言った。
「それに、開会式はなるべく心許せるものが近くに居て欲しい。
私はこれで二度目だが、生きた心地がしない……」
「?」
我が主が、なんで開会式で生きた心地がしないのだろう、という表情になるのもやむ無し。
しかしその答えも、数時間後に出てしまうのだった。
勇壮な騎士たちが並ぶ。
十八国もの出場国の戦力が揃い踏みしているのだから、私の感想も壮観と言う他ない。
「一介の騎士として、この場の居られるのが誇らしいな」
と、セーフティは興奮気味であった。
彼は師匠と違って若い騎士だから、このシチュエーションにワクワクしているらしい。
この光景を見るだけで、この世界の国々がこの行事にどれだけ力を入れているのかよくわかるし、私も内心興奮を隠せない。
こんな規模のお祭りは、生前は経験が無かった。
「主殿、串焼きと酒を買ってきましたぞ」
センセイなんてパレードじみたコロッセオへの中央道路の脇で商売をしている住人の露店から飲食物を調達してくる有様だ。
「食べる」
我が主も、あむあむ、と香ばしいタレの匂いのする串焼きを受け取って食べ始めた。
「早く戦いてぇな、ぶっ殺したいぜ」
そして魔族のウルフは周囲の強敵たちを見て舌なめずりをしていた。
彼は彼でブレない。
交通整理をしている多くのスタッフの尽力で、我々は数時間でコロッセオに入場できた。
「やっと始まるのかよ」
その時間だけで我が主は飽きて私達とトランプし始めたくらいだが、ようやく開会式が始まるようだった。
コロッセオの壇上に、王族らしい身なりの者達が現れたのだ。
「まず、此度の国際神前試合の際し、前期の議会の解散を宣言致します」
まあ新しい議会の議席を埋めるための行事なので、旧議会の解散から始まるのは妥当だろう。
何らかの魔法で会場全体に聞こえる彼らの声に耳を傾ける。
そして思った。
長い。もう三十分ぐらい喋ってる。
「なんで偉い人の話っていつも長いんだろうね」
「どの世界でもそういうモノなんだろ」
我が主と私はそんな愚痴を言い合う羽目になった。
「それでは、次へ。
今期の決済報告の時間です。各国代表は前へ」
私達は用意された椅子に座している女王の方を見た。
「護衛を頼む」
彼女は青い顔で、近衛兵や私達の同行を依頼した。
「赤錆、行ってこい」
「はいはい」
まさかこの場で蛮行をする者は居ないだろうから、私ともう一人女性の近衛兵を伴い、女王は壇上に上がった。
十八国の代表とその護衛が壇上に集った。
この護衛と言うのも各国で個性があって面白い。
国威を示すように大勢を引きつれていたり、たった一人の武人を従えていたりと、様々だ。
だが、一様に彼らの主人たちの表情は強張っていた。
王族たちの前には、無人の座席。
「我ら人類の造物主、女神メアリース様の御なりである」
黒い神官服の男が声を張り上げてそう言った。
粛々と進んでいた開会式の会場に、完全な沈黙が舞い降りる。
そして。
「全員、ご苦労さま」
まるで、最初からその空席に居たかのように、かの御方は現れた。
「名乗るまでも無いけど、我が名はメアリース。
此度の国際神前試合の開催を承認するわ」
どこか不機嫌そうな人間味を感じさせない冷徹な表情。
淡々とした声音。
彼女が、人類の造物主。
人間の概念そのもの。
女神メアリース。
「資料を」
「こちらに」
女神が横に手を差し出すと、神官がすぐさまサッと紙束を差し出した。
女王が息を呑むのが聞こえた。
「ドーンハート王国。
前期より食料自給率が147%から6%も下がっているわ。
これについて説明してもらえるかしら」
「は、はい!!」
上ずった女王の声が、憐れなほど沈痛な空気の会場に響き渡った。
彼女が精いっぱい目の前の神に自分の国の不作について説明を始めた。
「それで、不作の原因とそれの対策を聞かせて頂戴」
「はい、勿論です!!」
私は、理解してしまった。
何故に彼女がこんなにもこの開会式を恐れていたのかを。
この開会式とは、人類文明を司る神の目の前で自国の政策について報告しなければならない、ある種の地獄だったのだ。
「まあ、良いでしょう。許容範囲内だわ。
次、アクシリア王国」
初っ端から一番手にやり玉に挙げられた若き女王の顔には脂汗が浮かんでいた。
近衛兵が気を利かせてハンカチを差し出した。
尚も公開処刑──否、吊るし上げは続く。
「ねえ、これはどういうこと?
食料の消費量に対して、出庫量が釣り合っていないのだけど?」
「そ、それはですね……」
この場に居るのが、全員この世界の王族とは思えないようなやりとりだった。
「横領と中抜きが発覚し……勿論、下手人には厳罰を与えております!!」
「じゃあ当然、その分はあなたが補填するのよね?」
「……帰国次第すぐに、国庫から補填致します」
「遅い。今から伝令を送りなさい。そちらの不始末でしょ」
「……御意のままに」
怖い……。
責められてないのに、こっちまで胃がキリキリする。
そして問題は、次の国だった。
「次、グリフィンス国。
──ねえこれはどういうこと?
ノルマの半分も満たしていないのだけど?」
ぺらり、と紙をめくる音の次に、女神の詰問が飛んできた。
「そ、それは、グラシア帝国の侵攻によって、穀物地帯の一部が焼失してしまい……」
「ああそう。で、それがどうしたの?」
詰問された王族は無慈悲な女神に愕然とした。
「どうしたの、とは?
グラシア帝国の蛮行を罰してはくれないのですか?」
「それとこれとは関係ない、と言っているのよ」
女神はパンパンと資料を叩いた。
「この世界の国々には、その国力に応じた食料の輸出ノルマを課している。
これは貴方達の祖先から続く契約なのよ。
ノルマが達成できないなら、国家として存続は認められない。ただそれだけのことよ」
その宣告を突き付けられた王族が唖然として膝を突いた。
「来期までに改善なさい。
出来ないのなら、王権を停止する。以上よ」
「……」
「じゃあ次はその原因にしましょうか」
女神は、私達が召喚された原因。
この世界の大国、グラシア帝国の代表に目を向けた。
「ノルマの三分の一以下、これをどう弁明するつもり?」
「弁明することなどあるものか。
我が国は、これよりメアリース様に食料を一切献上しないと決めた」
そう言ったのは、若い王族だった。
「気が狂ったのか!!」
隣の女王が思わず叫んだ。
他の王族も似たような言葉を投げかけていた。
「ふーん、それはなぜ?」
「我が国に課せられたノルマは、総生産量の六割。
こんな量を毎年献上していては我が国の発展が妨げられる!!
メアリース様、貴女も文明を司る御方なら、ご理解のほどを願う!!」
「ああそう、分かったわ」
女神は彼の言い分に深く頷き。
「で、今期の残りはいつ補填されるの?」
彼の言い分に全く耳を貸さなかった。
「メアリース様、我らは農奴ではない!!」
「はあ……」
怒りを押し殺した王族の声に、女神は溜息を吐いた。
「あなた達の事情なんて聴いていないわ。
ノルマを達成しなさいと言っているの。
そうでなければ来期以降の王権を停止するわ」
「構わない。我らは人間による国を築く」
その言葉は、神への反逆だった。
「わかった」
今度は溜息を吐くことなく、女神は頷く。
「じゃあ、あなたの国の人間の命から補填させてもらうわ」
「なんですと?」
「この世界はね、元々争いの無い世界で暮らしたい、と私に願って転生させた者達が開拓した世界。
私はこの世界に争いを排除する代わりに、食料の出荷ノルマを課した。
この世界から出荷された食料は、他の発展途上世界や災害で苦しむ地域へと送られる支援物資になっているのよ」
女神が足を組みかえる。
表情を変えぬまま、淡々と話を続ける。
「このままこの世界の食糧支援が滞ると、毎年約三十万人の餓死者が出る試算になるわ。
私の支配下の人間は全て、飢えることも病むことも職を失うことも無い。それこそが我が権能。
それを侵すことは何人たりとも、決して許されない」
もう一度、女神が足を組みかえる。
苛立ちを示すように。
「だからあなたのいう人間による国から、毎年餓死者の分だけ命を補填させてもらう。
勿論、国民がゼロになるまで、ね」
「いくら何でも、横暴が過ぎる!!」
「私が横暴なら、あなたは傲慢よ。
あなた達の祖先の願いを踏みにじっているのだから。
私は彼らの願いを聞き届け、この世界を貸し与えた」
女神は椅子に背を預け、やれやれと首を振った。
「この世界は私のモノなのだから、家賃を徴収して何が悪いの?
そもそも、平和に暮らしたいという者達に貸し与えた世界なのだから、文化的発展なんてあなた達に期待してなんていないわ」
「メアリース様、そろそろその変で」
神官の男の諫言も気にせず、女神メアリースは言葉を続ける。
「それ以前に、人間は誰ひとり例外なく私が創ったのよ。
ならその人的資源をどのように使用するか、私が決めるのは当然の事じゃない」
女神に侍る神官たちが、顔に手を当てた。
誰かが一言多すぎる、と言ったような気がした。
なるほど、これは魔王様の言う通り、人気は出ないだろう。
「我々を、道具と仰るのですか……」
「そうは言ってないわ。私の所有物だと言っているのよ」
それは同じだろ、と私だけでなくこの場の何万という人間がそう思ったに違いない。
「でも、そこまで言うなら良いでしょう。
あなた達全員のノルマを撤廃しても構わないわ」
これには、ハラハラと状況を見守っていた女王だけでなく他の王族たちも目を白黒させた。
「あなた達の祖先と、あなた達は違うものね。
今を生きるあなた達が必要と感じたのなら、そうすればいい。
ただし、それを次の国際議会で決議しなさい。
私はその決定を尊重しましょう。これまでのように、ね」
「なんて、ことを……」
女王は真っ青な表情で震えていた。
そんなこんなで、開会式は終わった。
「メアリース様も何を考えているんだ!!」
王族専用の馬車の中で、私達に割り当てられる滞在場所が割り振られるのを待っている間、女王は荒れていた。
「あれでは、私達人類が争う大義名分を与えたようなモノだ!!」
「そんなにもノルマってのははキツイものだったの?」
「……中堅国家である我が国はそれほどでもなかった」
だが、と彼女は顔を俯かせる。
「メアリース様の口ぶりからすると、我ら人類の過度な発展を抑制する為でもあったようだ。
それが無くなると言うことは、グラシア帝国に同調する輩も出てくるだろう……」
各国の食料ノルマとやらは、それなりの負担として各国にのしかかっていたようだ。
それが丸ごとなくなるのなら、この世界の住人にとっては諸手で喜ぶことなのだろう。
「だけど、この世界の人間が神々の支配からの脱却を望むのなら、それはそれで健全なんじゃないの?」
「戦乱で戦うのは我ら王族ではない。国民なのだ!!
それも、我らの大義名分に酔わされた無知で罪の無い民たちがだ!!」
少なくとも、女王は国民の事を考えているようだった。
「君、国王には向いていないよ」
我が主がそんな彼女を皮肉気に笑った。
「私も、亡き弟に玉座を譲るべきだった。
誰が国民に死ねと命令せねばならんと思っている!!」
女王も鼻を鳴らしてどっかりと椅子に座り込んだ。
「まあ僕は嫌いじゃないけどね」
しかしひねくれ者の我が主はそんなことを言う。
彼女のように甘いことを言える為政者は、我が祖国には居なかっただろうからなぁ。
そして、私達にも一応部屋が割り当てられることになったのだが。
「どうしますか、我が主。
こちらで本戦まで待ちますか?」
「バカ言うな。この世界の政治なんて興味ないよ。
少なくともパーティに出るなんてゴメンだね」
師匠の問いに、我が主は肩を竦めてそう言った。
それは私も同感だった。
観光として街を見て回るのも良いかもしれないが、この時期は余計なトラブルまで付きまといそうである。
「じゃあ虚空城に戻ろうか」
結局、我らは本戦まで虚空城に待機することになった。
「それにしても、あんなのが人類の神とはね」
我が主はどこか遠くを見ながらそう言った。
「なんと言うか、想像以上に想像以上で、ある意味斜め上に人間の神らしい御方でしたな」
何とも具体的な形容詞は無いが、師匠の言いたいことは分かる。
いい意味でも悪い意味でも、人間らしさの塊だった。
そうか、あれが人類の造物主か……。
「何なんでしょうな。不誠実では無いはずなのに、良い印象を抱けないと言うか」
「あんなのが人間の神とか、最悪だな」
セーフティも喉の奥に何かつっかえたような物言いをするし、ウルフはせせら笑っている。
「理由なく天災を齎す神よりはマシでは?」
センセイはそんな風に言う。
まあ、彼女はそんな印象の女神だった。
「それにしても、あの顔、どこかで見たことが有るんだよな……」
ここでふと、我が主が小首を傾げる。
その直後である、私も何だか以前に会ったことがあるような気がした。
「あ、もしや!!」
ハッとなったセーフティが声を上げた。
「我が主。お忘れですか?
以前、盟主に依頼されてカノン殿と共にした一件を!!」
「ん? あれ、まさか」
彼のその言葉を聞いて、私もハッなった。
「まさかあいつ、盟主の馬鹿弟子か!!」
我が主が気づいたように、私も気が付いた。
私も、彼女に以前会っている。
そう、あのオリビアの一件の時に。
リェーサセッタ様が私に言っていた、カノンの姉弟子。
彼女がメリスと呼んでいた、あの女だった。
「忘れてた、あの負け犬が盟友と呼ぶ相手なんて一人しかいないじゃないか」
そう言えば度々、リェーサセッタ様は盟友という言葉を使っていた。
それが彼女なのだろう。生前も、死後も。ずっと変わらない盟友なのだろう。
「マジか……あのゴキブリ女が人類の造物主とか」
「心中察しますぞ、我が主」
セーフティが心底同情している。
いや、ゴキブリ女て。
「これこれ主殿、女性に対してゴキカブリなどと言うものではないぞ」
「しょうがないだろ。一人居たら三十人くらい出てくるんだから」
「?」
その言葉に、センセイも私もウルフも首を傾げて顔を見合わせた。
しかしそれが言葉通りの意味だと私が知るのは、しばらく先の事だった。
「あんなのに見られながらとかとか勘弁してほしいんだけど。
あの依頼は後回しだ、後回し!!」
そう言って、我が主は去って行った。
いや、我々に時間の概念はないから、幾らでも後回しにはできるのだけれど……。
我が主のワガママに、私達はただただ首を振るほかなかった。
このまま本戦に行ってもいいのですが、後二話ぐらい掛かるかもしれないので、箸休めに他の話を挟もうと思います。
それではまた、次回。