クソザコ従者の赤錆ちゃん(仮)   作:やーなん

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本戦 中編

 

 

 

 人狼、というテーブルゲームがある。

 キョウコに借りた娯楽雑誌にルールが書いてあって、手軽に遊べるので我ら暇人はこれを試した。

 大いに盛り上がったが、不満そうにしていた者がいた。

 

 ウルフである。

 

「俺らの一族は人間と同数にならないと姿を現さない臆病者ではない」

 

 とは彼の言である。

 

 まあそんな硬いことわずにお前も混ざれ、と言うと、彼は渋々ゲームに参加した。

 その結果。

 

「昨日決めた通り、今日の処刑は赤錆だ。異議は?」

「異議なし」

「異議なし」

「異議なし」

「おい、ちょっと待て!!」

 

 私の抗議も空しく、私は処刑された。

 そして、彼は己のロールが書かれた紙を開示した。

 “人狼”、と。

 

 彼は占い師を騙り、ゲームを支配したのである。

 

「所詮は児戯だな」

 

 意外にも、彼はこうしたゲームが強かった。

 その所以を私は思い知ることとなった。

 

 

 

 §§§

 

 

 第八試合は第三戦まで進んでいた。

 

 あれほどブーイングを投げかけていた観客はとっくに沈黙していた。

 

 ──アオオォォォン!!! 

 

 ウルフの雄叫びは、死の旋風だった。

 彼の突進が重装甲の騎士達を曳き潰していく。

 

 彼が両手を振るえば、右手で五人、左手で五人の命が消え去る。

 それが一瞬で、三度。

 

 手短なところにいる人間をかぎ爪で輪切りにすると、跳躍で騎士たちが固まっているところに飛び掛かる。

 

 審判が壊滅判定で試合を止めたのは、試合開始から三十秒も経っていなかった。

 

「まるで魔獣、いやそれ以上だな……」

 

 圧倒的な怪物の蹂躙。

 その姿に、師匠も畏怖の示すほか無かった。

 

「従者一同でどちらが上か競い合った日を思い出しますなぁ」

 

 その一方的な戦いを見て、センセイは惚れ惚れとした様子だった。

 

 返り血で真っ赤に染まったウルフは、意外にも審判に素直に従っている。

 医療スタッフは死傷者ばかりだと見て、その場で遺体を燃やして弔っていた。

 

 以前、“黒の君”は言っていた。

 人間は魔法を使うように出来てはいない、と。

 人間は魔力を先天的に扱うことができないのだ。

 

 ならば魔族とは、先天的に魔力を使用することを前提の生物。

 そもそも生物としてのスペックが違うのだ。

 

 だが、ウルフの真骨頂はここからだった。

 

 彼は医療スタッフが遺体の処置をしている様子に背を向けると、最初に投げ捨てたマイクを拾った。

 そして観衆に指を差す。

 

「人間ども、なぜ俺がこんなにも強いかわかるか?」

 

 返事は当然、返ってこない。

 

「俺はかつて、ここと同じようなコロッセオで剣闘奴隷として人間どもの見世物にされていた!! 

 残虐に殺して楽しむショーの為にな!!」

 

 それは、以前彼の口から聞いた彼の生い立ちだった。

 子供の頃に仲間と逸れたところを冒険者に捕まり、奴隷商人に売り飛ばされたのだと。

 

「だが、その闘技場のチャンピオンは違った!! 

 奴は強い魔族と戦いたいと、俺を鍛え、育てた!! 

 ある時は魔物の群れと戦わせ、ある時は過酷な鍛錬を課した!! 

 そして、俺の強さがピークに達した時、俺は第二の父と慕った奴を観衆の前で八つ裂きにしたのだ!!」

 

 観衆が困惑しているのが、ここからでも分かる。

 なぜそんな自分語りを聞かせるのかと。

 

「俺は新たな闘技場のチャンピオンとなった!! 

 十五年、十五年無敗だった!! 敗北は死と同義だったからだ!! 

 やがて、人間どもの惨めな教会どもは、俺を恐れ千人の刺客を投じ、銀の武器で誰ひとり対峙することなく俺を打ち倒した!!」

 

 呑まれる。

 彼の語り口に、誰もが呑まれていた。

 

「俺は悪魔と契約し、従僕となった!! 

 俺を満足させる相手が居なかったからだ!! 

 そして今もなお、俺を正面から打ち破る者は現れていない!!」

 

 ウルフは第四戦目の対戦相手となる騎士たちを見やる。

 

「勇者はまだか? 英雄はどこだ!? 

 俺を満足させる英傑はここに居るのか!!」

 

 威圧だけで、騎士たちが尻込みする。

 この場内を、彼は言葉で支配していた。

 

「チャ──ンプ!!」

 

 すると、我が主が待機席の前の手すりに身を乗り出し、叫んだ。

 

「チャンプ、チャンプ、チャンプ!!!」

 

 私だけでなく、皆がギョッとして我が主を見た。

 

「チャンプ!!」

 

 観客席の誰かが叫んだ。

 

「チャンプチャンプチャンプ!!」

「チャンプ、チャンプ、チャンプ!!」

「チャーンプ!!! チャンピオン、チャンピオン!!」

 

 熱狂が、周囲に伝搬する。

 さっきまであれほどブーイングを受けていた男が、観客の期待をほしいままにしていた。

 

「この俺を斃す栄誉は誰だ!? 

 それともできないのか? 

 お前らの神の目の前で、それを証明するのか!?」

 

 彼はただの怪物では無かった。

 闘技場の花形(スター)。一流の悪役(ヴィラン)なのだ。

 

「配信のコメント欄が大変なことになっています……」

 

 アイアンハートが携帯端末の画面を見て唖然としていた。

 横目で画面を盗み見ると、視聴者の反応らしいコメントが滝のように流れていた。

 

「人間の神よ、俺に挑むの者を寄越せ!! 

 そして、俺に殺される者に栄誉をくれてやれ!!」

 

 ウルフの傲岸な言葉さえ、演出だった。

 悪役は傲慢であればあるほど良いのだから。

 

「良いでしょう」

 

 女神のおわす、コロッセオでも一番高い位置にある一人分の観覧席で彼女は言った。

 

 その一言で、熱狂が静まり返る。

 神の言葉を、民衆は求めている。

 

「その浅ましいケダモノを斃せ。

 そして、人類こそ至上の種族であることを証明せよ。

 真の勇者には、我が記憶にて永遠になると心得よ」

 

 天上の下知は下った。

 

「だ、第四戦、始め!!」

 

 神の言葉に押されるように、審判が宣言した。

 我先にと、騎士たちがウルフに戦いを挑む。

 

 ウルフは嬉々として彼らを殺し始めた。

 怪物は次々と熱に浮かされた蛮勇の郎党を踏みにじって行った。

 

「壊滅、壊滅!! 

 ターラント王国は規定数の戦闘不能者を出した為、勝者ドーンハート王国!!」

 

 審判の声は、熱狂に酔った騎士たちに届かない。

 次から次へと、至上の名誉を求めて騎士たちが怪物に挑む。

 

「ターラント王国は審判非服従により失格!! 失格!! 

 鎮圧部隊、出動を要請します!!」

 

 その直後、審判の要請により待機していた医療スタッフは鎮圧部隊に顔を変えた。

 彼らもまた二柱に仕えるエリート神官達。

 

 即座に非殺傷性の光弾が降り注ぎ、一瞬で場内の騎士達が気絶させられた。

 

「おう、終わらせたぜ」

 

 血まみれのウルフはちゃっかり光弾を喰らう直前に待機席に戻ってきていた。

 

「ウルフ、何を考えているんだ、あんなに煽って!!」

 

 観衆を味方に付けて有利に立ち回るのなら分かる。

 だけど、相手まで焚きつける意味がわからない。

 

「まあ、すぐに分かるぜ」

 

 ウルフはニヤリと私に笑い返した。

 私は納得がいかないまま、席に座った。

 

 そして五戦目の対戦相手を待っていると。

 

「協議の結果、ターラント王国は今回の審判非服従により、第五戦目も失格のペナルティを与えるものとする」

 

 主審がそのように宣言した。

 私達は残りの相手を不戦勝で勝ち上がることになった。

 

「あっちだけペナルティなんて、理不尽だろ。

 煽ったのはこっちじゃないか」

「ですが、こちらにまでペナルティを与えれば、メアリース様の意向に反する結果となります」

 

 葬式みたいに暗い様子で去って行く対戦相手を見ながら、私とアイアンハートはウルフの悪辣さに舌を巻いていた。

 

「人間ってバカ種族どもはよ、昔から言葉が通じれば自分の価値観が通じるって幻想を抱くんだよ。

 まったく笑えるよな、てめえら同士でいつもいがみ合ってるってのによ!!」

 

 そして当人は騎士達の誇りをげらげら嘲笑っていた。

 とはいえ、実に耳が痛い指摘である。

 

「おい、センセイ。チャンピオンはそう簡単に戦ったりしないもんだ。

 次からはあんたが露払いをしろよ」

「ふむ、あのような奇策を見せられては断れませんな。

 この私も、血が滾って参りましたぞ」

 

 仕事を終えて気が大きくなってるのか、ウルフの傲慢な言い方にセンセイも異を唱えなかった。

 

「良いよな、我が主?」

「ああ。次からウルフは赤錆の次な」

 

 そして私の出番まで繰り上がっていた。

 勘弁してほしい。

 

「ウルフさん。何名かの魔王一族の方から、四天王にならないかというオファーが来ているのですが。

 どうやら、あなたの悪役ぶりをいたく気に入ったそうで」

「人間なんぞの神に傅く魔王に、垂れる(こうべ)は無いと答えておけ」

「ではそのように」

 

 アイアンハートはいつも通りのすまし顔で返信を始めた。

 

「おいおい、ちゃんとパイ生地に包んで言えよ」*1

「むしろそのまま伝えた方が好感度は上がるかと」

 

 まさか魔王一族ってのは跳ねっかえりが好きなのかよ。

 

「それよりも赤錆さん。

 あなたも準備はよろしいのですか? 

 センセイは強いですが、無敵ではないのですよ」

 

 他人の心配をしている場合か、と釘を刺されてしまった。

 

「今考え中だ」

 

 私はぶっきらぼうにそう言い放った。

 どうせ私達に考えようと思えば無限の時間がある。

 都合の悪いことは後回しだ、後回し!! 

 

 

 

 そして、センセイの試合は翌日になった。

 

 セーフティは強いが、あくまで個人の武勇に過ぎない。

 人外そのものであるウルフとは違うので、一戦目でまたもや敗退した。

 

「面目ありません、我が主」

「十分でしょ」

 

 今度は五十人ほど蹴散らして待機席に帰ってきたセーフティを、我が主は軽く労った。

 今回の相手は密集陣形でガチガチに固めてきたので、前回よりは相手を倒せなかったようだ。

 

「では、拙者の出番ですな」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 センセイが出陣する。

 いつも柔和な笑みを浮かべている彼は、戦いになると別人のような表情になる。

 

「では第二戦、始め!!」

 

 審判の言葉と共に、ゆっくりとセンセイは一礼した。

 そして緩慢な動きで帯刀に手を当てる。

 

 相対する騎士たちは密集陣形を崩さない。

 センセイも動きを見せず、奇妙な沈黙が流れた。

 

 そして、センセイは審判に向けて一礼した。

 それを終えると、彼は何事も無くこちらに戻って来た。

 

 私は思った。

 

 容赦無さすぎると。

 

 ようやく、困惑している審判や観客が気づいた。

 密集陣形のまま動かない騎士たちの足元に血だまりになっていることに。

 

 審判が恐る恐る彼らの鎧に触れると。

 

 ごろん、と。

 

 兜が落ちた。

 断面から血を流しながら。

 五十人が、微動だにせず死んでいた。

 

「しょ、勝者、ドーンハート王国!!」

 

 審判の宣言に困惑する観客たちが見えた。

 

「一振りのみで、相手の生身だけを斬る。

 ……実際にやってみると陳腐でござるな」

 

 センセイはつまらなさそうだった。

 

「私も岩を斬れるとイメージしたが。

 実際にできる技量が無ければ絵空事のはずだが」

 

 師匠も冷や汗が浮かんでいた。

 私もまだ信じられない。

 

 私達には肉体は無い。

 こうして現世に居るのは仮初の肉体にすぎない。

 だから身体能力を始めとした体の動きとかは、我らのイメージの産物に過ぎない。

 

 だから“出来ない”と思えば絶対に出来ないし、“出来る”と思えば各々の能力に応じて、なんと言えば良いのか、そう──現実を引き出せる。

 

 私が我が主辺りにおだてられ、完全にセンセイと同じことを出来ると信じ込まされても、恐らくは同じ結果にならないはずだ。

 

「つまんない」

 

 医療スタッフの()()()を見ながら、我が主はぼやいた。

 

「次はもっと派手にやれよ!! 

 あんなんじゃ呪ったのと変わらない」

 

 我が主の言い分は理不尽だったが、確かにこれは彼らが悪魔の呪いで死んだのと何にも変わらない。

 

「御意に」

 

 センセイは我が主の言葉に静かに頷いた。

 

 

 そして第二戦目。

 

「おい、あんなのアリかよ」

「アリですよ」

 

 相手は二頭立ての戦車、所謂チャリオットを五台も並べてきた。

 真っ当に生身で相手できるわけ無いが。

 

「始め!!」

 

 審判の声と共に、馬に鞭が入れられる。

 得体の知れない相手への恐怖をかき消すように、数台のチャリオットが走る。

 

 だが。

 

「“水流斬り”よ、目覚めよ」

 

 センセイが鞘から魔剣を抜刀する。

 

 横薙ぎのその一振りは、文字通り津波だった。

 

 魔剣の軌跡に合わせて、大量の水が鉄砲水となって場内を覆いつくした。

 

「我が妖刀の真の銘は“水龍斬り”。

 我が祖先が荒れ狂う水龍の魂をこの刀に封じ、ひとたびこれを解き放てば水龍の息吹が全てを押し流す」

 

 災害そのものである、濁流のドラゴンブレス。

 それがあの魔剣の力だった。

 

 災害を前に、チャリオットは無力だった。

 馬は押し流され、戦車の台車は崩壊した。

 そこに乗る騎士たちはその重装備故に溺れ、もがき苦しんでいる。

 

「もはや拙者の渇望を満たすのは、神仏でもなくば敵わぬのか」

 

 センセイはゆっくりと納刀した。

 彼を見ていると、強過ぎると言うのも考え物だ。

 

 まあ、こんな感じで私の出る幕は無かったのだが。

 

 この世界の住人も、決してやられるばかりではなかった。

 

 

 

 

 

「……こうなっては仕方ない。アレを投入するぞ」

「かしこまりました、殿下」

 

 高貴な者の命令に、魔術師めいた男は振り返る。

 

「お前の出番だぞ、フェリン」

「はい」

 

 その言葉に、虚ろな表情の少女が応じた。

 

 少女の尾てい骨から伸びる、人ならざる尻尾が不安を示すように足に巻き付いた。

 

 

 

 

*1
類義語:オブラートに包む。




神前試合編は今回で終わらせるつもりでしたが、もう一話かかりそうです。

次回、新キャラ登場!!
ではまた!!
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