「皆さーん、朝食の時間ですよ!!」
フライパンにオタマを打ち鳴らす音が聞こえた。
もうそんな時間か、と私は自室のベッドから起き上がった。
睡眠を必要としなくなった私は、眠気さえなく起きた。
城砦の一階にある食堂に移動すると、従者たち全員がのそのそと集まっていた。
「本日の献立は私の故郷の郷土料理、キノコの燻製シチューですよー!!」
ちっこい女性のコックが満面の笑みで大鍋を用意していた。
彼女はグルマン。序列は五位。
私が生前生きていれば、恐らくは会えただろう人物だ。
配膳を手伝うのは、修道院育ちという経歴のある従者たち。
我が主は、なんと世間から悪魔呼ばわりされていながら十人以上も教会関係者を従者にしていた。
これはまとまりの無い私達たち従者間でも最大派閥である。
そもそもの話、我々は物理的な食事を必要としていない。
グルマンも実際に食材から調理しているわけではなく、ボマーのように食材をどこからともなく取り出し、調理と言う過程を経て、我々に食事を提供している。
要するに、我々という存在のエネルギーの総量は変化していないのである。……らしい。
要するに、水路の水が同じところをグルグルしているだけなのだ。
我々は個々人ではなく、総体。我が主を含めて、一匹の悪魔なのだから。
つまり、何の意味も無い。
むしろ、エントロピーの法則が何たらかんたらで、ロスが生じて微量に消費してしまっているらしい。
品の無い男どもは、「オナってんのとかわんねーな!!」と笑っていやがったので、“オシオキ”しておいた。
コックであり美食家にして探検家、拾い食いの食中毒で死んだ女ことグルマン。
彼女が食堂にて食事を作りだしたのは、我が主の要望だったらしい。
「グルマン、久々にお前の食事が食べたいよ」
それまでずっと昼夜問わず食堂にこもって独り料理を繰り返していたグルマンは、我が主の頼みに満面の笑みを浮かべたそうな。
それ以来、我らは精神衛生の為に彼女の料理を食べるようになった。
眠った振りをするのも、人間らしさを維持する為だった。
「グルマンさんの故郷の郷土料理ですか。
いつか私の故郷の料理もお願いできますか?」
「ええ、勿論!! レシピを詳しく教えてください!!」
彼女の食に対する貪欲さは異様と言うほかなく、先日の初仕事先の世界でどんな料理が出されていたか、根掘り葉掘り私に聞いてきたのである。
「ならば、私のも頼めるか?」
そう言ってきたのは、華美にならない程度に着飾られた白い祭服を来た厳つい眼鏡の男だった。
彼はリブラ。序列は七位。教会出身の従者たちのまとめ役をしているだけあって、古巣では彼らの中で一番高い地位にいたらしい。
「私の居た宗教都市に伝わる伝統料理があってな。
司教以上の地位でなければ、食べることもできない料理があるのだ。作るコックにも面倒な資格の取得が課せられていた」
「それは本当ですか!?」
リブラの提案に、グルマンは目を輝かせた。
これは別に聞いた訳ではないけど、二人は生前に面識は無いっぽい。序列五位と七位と順番は近いのに。
察するに、我が主の従者となってからグルマンはかなり早死にしたんだろうな、と思った。
「昔、教会の書庫にレシピ本を求めて侵入したことがあったのですが、摘まみだされてしまったのです!!
次侵入したら処刑すると言われ、泣く泣く断念したのです!!」
「そ、そうか……」
こ、行動力がエキセントリックすぎる……。流石は我が主の従者となっただけはある。
これにはリブラもドン引きだった。
「早く本物の食材とキッチンで料理したいなー。
思い通りの味が出せるのと洗い物が出ないのは便利ですが、そんなものは料理とは言えませんからねー」
私には彼女の料理人としての矜持やこだわりがよく分からなかった。
ただ、不死身になったことを嘆いている者も居る中で、彼女はそんな悩みとは無縁だな、と私は感じた。
「へっ、坊主の食べるメシなんか食えるかよ」
そんな風に悪態をついたのは、ウルフと呼ばれている人狼。
そう彼は魔族、人類の敵対者だ。
「なんだと? ケダモノ風情が、口を慎めよ。
貴様なぞ見世物小屋が似合いだ。残飯でも与えておけばよい」
そして当然、教会の者は魔族を人類と対等と見なしていない。
当たり前だ。私だってそうなんだから。
魔族と魔物の違いは知性があるかどうか。その対処は害獣に対するそれと同じなんだ。
「なんだと!?」
ウルフはスプーンを持ったまま拳をテーブルに叩きつける。
そして、共用の長椅子から立ち上がるとリブラを睨みつけた。
「貴様、この俺を馬鹿にしたな!!」
激怒するウルフに、リブラは冷笑を返した。
「おい、いい加減にしろ。ここをどこだと思ってんだ!!」
この場に教授や師匠、ましてや我が主も居ない。
必然的に、一番序列の高い人間は私だった。
リブラもウルフも、相応の実力者だ。
教会関係者は基本的に出世に神聖魔法の腕前が必要だし、人狼は魔族でも強い部類の種族だ。
私は不死身だ、不死身だ、と内心唱えながらピリつく二人の間に割って入ったのだ。
「食事をしないなら、出ていくがいい。蛮人」
「なんで俺が出ていく前提なんだ、カス野郎?」
ダメだ、この二人私の言う事聞いてくれない……。
「二人とも」
その二人が、ゆっくりと一点を振り向いた。
「美味しい、と思う心は平等です。
あなた達が暴れたら、お料理が台無しになっちゃいますよ?」
そこには、グルマンが居た。
笑顔だった。
とても、迫力のある笑顔だった。
「食べ物を粗末にする奴は、ゴミ以下です。
聖書にそう書いてませんか? リブラさん」
「う、うむ」
「ウルフさんはどう思います? それともお母さんに教わりませんでしたか?」
「お、仰る通りで……」
二人はグルマンの迫力に押され、すごすごと引き下がった。
はぁ、と私は肺から息を吐いた。
生身じゃないのにね、ははは!!
はは……。はぁ……。
§§§
「私、やってける自信ない」
私は自室に戻って弱音を吐いていた。
「赤錆さん、あなたはよくやっておりますよ」
向かいのベッドに腰かけ、聖書を開いてページに目を落としている修道女、アイアンハートはそう言った。
今更ながら、我々はお互いに本名を知らない。
その理由は単純だ。
「悪魔にとって、本名は絶対に相手に知られてはいけないものだよ」
とは我が主の言葉である。
故に我らはお互いに、我が主の付けたあだ名で呼び合う。
私の場合、赤錆が浮いた剣を持っていたから、ずっとその名で呼ばれている。
師匠はどうかは知らないが、魔術師である教授は元々本名を名乗らない文化を持っていたから生前から違和感は無かったようだ。
「私、どうやって接すればいいんだろ。
なんで私がナンバースリーなの?
教授もあんまり部屋の外に出てこないし」
師匠は我が主に常に付き従って不在、教授は魔術師なので食事の有無で揺らぐような精神性をしていない。
「なんで何の取り柄も無い私が、あんな連中の上に立たないといけないの……」
私は十四歳で家から逃げ出し、三年くらい放浪して死を迎えた。
戦いでもずっと足手まといだった。生前はいざと言う時に、我がご主人を庇って死ぬ役目だとそう決めていた。
才能も学も無い、凡人。
それが私だった。
「貴女は『悪魔』殿に信頼されているからなのでは?」
目の前の若い修道女は言う。
「……そんなわけ無い」
もし私が信頼されているとしたら、それは私の弱さだけだろう。
私は、彼女の表情が揺らいでいるのを見たことが無かった。
だから、意地悪を言うようにこう言ってしまった。
「貴女は、悪魔になったことをどう思ってるの?
神に仕える修道女なんでしょ?」
「特に何とも」
即答だった。
私は呆気にとられた。
「悪魔の従者が、何故に神に祈ってはいけないのですか?
悪魔そのものになったこの私が、なぜ信仰を捨てる理由になるのです?
私はちっぽけな人間だった頃と、何一つ変わりませんよ」
ぺらり、と彼女はページを捲る。
「信仰とは自ら見出すモノ。
このようになったのは、私の信仰の道程のひとつに過ぎません。
研鑽に終わりは無く、悪魔ならば悪魔なりにヒトを救う道を示すだけの事です」
不動。
鋼鉄の心臓。
揺るがぬ信仰心。
私は初めて、この同室の彼女に圧倒された。
彼女は悪魔になったことを、堕落と考えてはいなかったのだ。
自分の内面に変化が無いのならば、何も問題が無い。
きっと彼女は、醜い化け物の姿になろうと、何一つ変わらないのだろう。
そんな彼女が、何故に我が主に付き従うことになったのだろうか。
「それに、この身体は便利ですよ。
晩年はベッドで寝たきりだったのが心残りだったのです」
「え?」
私は思わず目が点になった。
「……あの、享年は何歳だったんですか?」
「さて、71歳まで数えましたが。
我らは御尋ね者だったので、『悪魔』殿に世話をお掛けしました。
医者に掛かれれば、もっと長生きできたのでしょうが」
──後で知ったことだけど、彼女は私達の中で、唯一寿命で亡くなるという偉業を成していた。
あの波乱万丈を体現した、我が主に付き従っておいて。
それが序列十五位、アイアンハートと言う女であった。
§§§
私は何だか居心地が悪くなって部屋を出た。
考えても見て欲しい。
自分の四倍以上年上の女性と同室なのである。
今更年齢なんて無意味だと思うかもしれないが、私は彼女と違い過ぎたのだ。
自分のちっぽけさに嫌になったと言ってもいい。
私は思ってしまったのだ。
──ああ、復讐を終えた私には何もないのだ、と。
「お姉~さん♪」
その声に振り返ると、体に小さな衝撃が来た。
小さな少年が抱き着いて来たのである。
我が主の見た目が十三歳ぐらいの小柄なガキなら、この少年は八歳くらいの幼児だった。
名前はエリュシオン。
序列最下位。我が主の最後の、七十二番目の従者。
我ら従者一同で最年少にも関わらず、恐らく実力的に上からは数えた方が早いだろう生粋の戦闘要員である。
なにせあのウルフが、手も足も出なかった。
そんな相手に、なぜか私は懐かれていた。
「ねえ遊んで、遊んで!!
お兄さんが遊んでくれないから退屈なの~!!」
我が主を兄と呼び慕う彼に、私はやれやれと首を振った。
「いいよ、遊んであげる」
どうせ、暇だったし私は頷いた。
数分前の私を、ぶん殴りたかった。
「それ~」
どかーん!!
「あははは!! たのしー!!」
「ふざけんな──!!」
どかーん、と背後で爆音が鳴る。
私達は、両手に爆弾を持ったボマーに追いかけられていた。
「楽しいですわねー、赤錆さん」
「お前頭おかしいよ!!」
小脇にエリュシオンを抱えた私と一緒に横を走るのは自称吸血鬼のチェリー。
吸血鬼のくせに人畜無害で戦闘力皆無のふるゆわのおっとり系の女である。
このチェリーとボマーが、エリュシオンの今回の遊び相手だった。
当然、遊びの内容は鬼ごっこなどではない。
ボマーが数に入っている時点で、爆弾が爆発する以外の選択肢が無いのである。
それでも逃げているのは、あいつの爆弾でやられるのが癪に障るからであった。
「えーい、汚い花火になーれ」
「調子に乗んなよ、おめえぇ!!」
しかし、ボマーは腐っても爆破のスペシャリスト。
通路の角を曲がった直後、私の目に入ったのは時限爆弾が設置されている壁だった。
「くそー!!」
私達三人は爆発四散した。
エリュシオンとボマーの奴と遊んでやった後、私は“献血”をしていた。
「ぺろぺろ、れろれろ、ちうちう」
「……」
私の右手首の動脈を切って、ひたすらにチェリーはあふれ出る血を舐めていた。
最初の頃はドン引きしたが、もう慣れた。
そういうモノだと、思うことにした。
「うーん、やはりブラッドソーセージでもご用意した方が良いでしょうか」
食事、と言うことで食堂でしているせいかグルマンが心配そうにこちらを見ていた。
「じゃあ、ご主人様のか、赤錆さん、グルマンさんのも試してみたいですわ~」
この吸血鬼モドキは、生意気にも偏食らしい。
こいつは親しい人間以外の血を飲まない。生涯、十人以上の人間から血を貰っていないそうな。
「なるほど、私の自身の血を食材にするのは盲点でした!!」
そしてグルマンもグルマンである。
「お前なんかの戯曲であった自分まで食べる美食家の女貴族みたいなことにならないよな、なあ?
……なんで、その発想は無かったみたいな顔をしてるの?
無いって言ってくれ、そこまでイカれてないって言ってくれ」
「少なくとも私自身は美味しくないですよ」
私の問いは段々と懇願に変わっていたのを見て、流石のグルマンも苦笑していた。
それを聞いて私は心底ホッとした。
「……“魔剣”は、美味しいんでしょうか」
どこか遠くを見るようにそんなことを言う彼女を見て、わからない、としか言えなかった。
グルマンの食事も、チェリーへの献血も、所詮は無意味な自慰行為。
私達はもう、既に狂っているのか?
悪魔に仕えたから、神に見放されたのか?
このかりそめの永遠は、そんな我々への罰なのか?
私は、無心に私の手首を舐めるチェリーを見やる。
彼女はにっこりと無垢な笑顔で私を見返した。
いや、と私はそんな考えを否定した。
少なくともこの人畜無害の吸血鬼は、我ら従者全員を含めて最弱っぽい彼女は、産まれた瞬間から誰が邪悪だと決められるのだろうか。
エリュシオンも、ボマー……の奴は例外でいいや。
私達は、『悪魔』に縋る他なかった。
これが神様の罰だと言うなら、私は神を憎むだろう。
「赤錆」
その声に、この場に居る私たちは視線を向ける。
「おかえりなさい、我が主よ」
私達三人は頭を下げた。
我らの礼賛する、『悪魔』の帰還であった。
「仕事だ、供をしろ」
「御意のままに」
どうやら、仕事の時間のようだ。
赤錆ちゃんのイメージ画像は8月5日の活動報告に載せています。
次回は次の仕事のお話になります。(ノープロット)
ではまた!!
どの従者のエピソードの掘り下げを見たい?
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序列一位、総長
-
序列二位、教授
-
序列三位、赤錆
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序列四位、二世
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序列五位、グルマン