「さて、本日の勉強会を始めよう」
彼は食堂を借りて、講義を行おうとしているのはリブラだった。
私達は無学の従者も多い。彼は貴重な知識階級の人間だったので、こうして度々私達に講義を行ってくれる。
「本日の科目は歴史だ、我らの故郷の文化や社会の成り立ちについて語ろう」
「はん、教会の人間らしい題目だぜ」
と、嫌味を言うハーフエルフの従者をリブラは一瞥したが、無視した。
「我らの故郷たる世界は度々年号が変わる。
それはなぜか、手を挙げて答えたまえ」
「はい!! 魔王が現れるからです!!」
私の隣に座る二世が勢いよく手を挙げて答えた。
その答えにリブラは頷いた。
「魔王。それは意志を持つ災厄であり現象、無論魔王とは個人の事ではない。
それらはおよそ400年から600年に一度現れるとされ、人類の文明を徹底的に破壊する。
酷い時は人類の九割が殺傷され、魔王が出現する度に人類は文明水準が大きく後退したとされている」
それくらいは私も知っている。
というか、それを知らない人間がいるはずも無い。
「特に、我々の前の世代は酷かった」
「……大魔王ギルフェイネス」
二世が俯いてぽつりと呟いた。
そう、そしてその名を知らぬ者もいない。
「そうだ。魔王は死なない。肉体を滅ぼしても魂だけで生き長らえ、依り代があればそれに憑依し肉体を再構成し復活する。
魔王ギルフェイネスは三度も復活し、人類を滅ぼさんとした。奴が大魔王と恐れられる由縁だ」
「リブラ殿、口を挟んで申し訳ないが」
講義を聞いていた騎士らしい従者が手を挙げた。
私はまだ従者の全員を把握していないので、あんまり面識は無いが、彼は確かかなり最後の方の序列の従者だったはずだ。
「四度だ」
これには、リブラだけでなく序列の若い私達も絶句した。
言われてみれば我が主は五百年も生きている。
魔王の登場に出くわしていてもおかしくはない。
「しかもその二百年前くらいに別の魔王が誕生している。
その攻撃性は歴代に比べても高く、大陸を真っ二つに引き裂いたと言う」
よくそれで人類は無事だったな、と私は思った。
我が主もそんな過酷な時代によく生きていられたものだ。
「……魔族の者からも話を聞こうか。
お前たちにとって、魔王とはどのような存在だ?」
「我ら魔族にとっても、魔王は災厄よ」
そう答えたのは、ダークエルフの魔女殿だった。
「彫刻家か。魔族にとっても、魔王はそうなのか?」
「まず魔王が現れると、我ら魔族は知性を奪われる。
狂奔のままに人類を殺す為の装置と化す。
そもそも我ら魔族は魔王の眷属の末裔、道具なのだから当然よね」
まさに、災厄。
魔王とは全ての生命体にとっての死なのだ。
「……話を戻そう。脱線が過ぎる」
私達の世界を語るに魔王の話題は欠かせない。
だが、これは歴史の講義なのだ。
「魔王が撃退された後に最も組織的に行動できるのは我らオラクル教会だったと言う。
故に、国家と言う統治形態が崩壊し、都市国家が乱立し自治を行っていた私達の時代に教会の影響力は絶大だった。
教会は聖騎士団を編成し、都市国家の安全を保障し、その為の武力を派遣する。それが社会構造の基本だった」
それが、私達の時代の常識だった。
「でも上から下まで腐りきってやがったじゃん。
俺は教会の連中が誰かを守ってるのを見たことないぜ」
リブラの授業内容を野次ったのは、またもやハーフエルフの青年だった。
彼がゲミニ。我らの中でも目を引く容姿の彼は、迫害と共に人生を終えた。
「止めなよ、ゲミニ。
彼に言ったって仕方ないじゃん」
それを止めたのは同じハーフエルフの少女、サジタリウス。弓の名人。
ゲミニより幼く見えるが、それはエルフの血が濃いかららしく、彼よりずっと年上らしかった。
二人はずっと寄り添って生きていたらしく、二人の関係は一言では言い表せないようだ。
「君たちの怒りや不信は理解できる」
リブラは溜息を吐いて、眼鏡の位置を直した。
「オラクル教会はその体質から腐敗しきっていた。
私もそれが嫌で地位も捨てて放浪を始めた口だからな。そこで我が主に出会った。ここの教会関係者は、そういう境遇も多い」
ただ普通に暮らしていた私でさえ、教会には不信と嫌悪を抱いていた。
内部に居たリブラや、迫害されていたゲミニ達はそれもひとしおだと思う。
「人間のお前でもか?」
「私は裁判官だった。教会の正義を信じて、判決を言い渡しているつもりだった。
……それが間違いだと、気づくのが遅すぎた」
リブラの表情には後悔と苦渋に満ちていた。
それだけで彼がどのような人生を歩んだのか垣間見えてしまう。
「教会が古い組織だというのは認めますが、我が魔術師同盟もなかなかに古い組織でしたぞ」
空気が重くなってきたので、興味深そうに聞いていた教授が話題を逸らした。
「その偉大なる盟主はかの御方の代行者であり、その結成は大魔王ギルフェイネスの二度目の復活の頃からだそうです。
私が産まれた時点で、千年以上も歴史があるとか」
「魔術師同盟か……」
これにはリブラも顔を顰めた。
まあ魔術師なんて基本ヤバい連中なので、それが集まったらもう教会とはいがみ合う他ない。
「かの御方?」
私はその単語を聞き逃さなかった。
「全ての魔術師どもがひれ伏す、絶対的な不老不死の魔術師。
その存在が、教会と魔術師同盟の不可侵を決めたと私は聞いている。
その異名は、『黒の君』。実在なぞ眉唾だと思っていたが」
「かの御方は実在しますよ」
「ええ、実在するわ」
リブラの言葉と裏腹に、教授と魔女殿はどこか陶酔気味な笑みを浮かべていた。
「『黒の君』は、全ての魔術師の神のような御方です。
崇めることも、その名を呼ぶことも許されない。かの御方の機嫌を損ねたモノは、誰であろうと罰せられる。
諸説ありますが、『黒の君』とは“黒魔術師の暴君”の略称だと言われています」
それ、一番略されちゃいけないところが略されてない!?
「大魔王ギルフェイネスの二度目の復活を鎮めた、二十万の軍勢を単独で撃退した、かの御方の伝説は枚挙にいとまがない」
それを尾ひれだと、誰も言わせないほどの絶対的存在。
それが、教授たち魔術師にとっての“かの御方”らしかった。
「……ねえ、じゃあどうして『くろのきみ』はずっと大魔王を倒してくれなかったの?」
エリュシオンが素朴な疑問を投げかけた。
「だって、とってもつよかったんでしょ?」
「さて。それは私には分かりかねます。
ですが、かの御方の唯一の弟子である盟主は仰っておられました。
かの御方は人類に絶望している、と」
絶望、か。
私は少しだけ分かる気もした。
教会の支配は閉塞的で、私の暮らしていた都市も余裕は無かった。
連中は誰かを悪役にしなければ、民衆は耐えられないと知っていたんだ。
「しかし脱線が過ぎるな。集中力が続かないなら、今日はこのぐらいにしておくか」
リブラは淡々とそう言った。
別に誰も急いでなどいないし、私達に時間は無限だ。
……ただ、私達が自分の故郷の歴史を学ぶことが無意味だと知るのは、そう遠くない未来の話だった。
§§§
「赤錆さん」
「ちッ」
あ、思わず舌打ちが出てしまった。
私に話しかけてきたのはボマーの奴だった。
「なんだ、ボマーか」
「聞きましたよ、我が主と一緒に敵勢を皆殺しにしたとか」
「それがどうしたって?」
「ずるい!! 私も爆弾で人間を爆殺したいです!!」
こいつ死ねよ。ああ、もう死んでたか。
「次は私も連れて行ってください!!」
「ダメだ。我が主が許しても誰がお前なんか連れてくか」
「じゃあ赤錆さんで我慢します……」
なぜ頬を染める。そしてすかさず爆弾を取り出すな!!
「止めんかボケ」
「私は爆殺したいだけで、殺したいわけじゃないんです!!
爆弾くらいで死んじゃうほうが悪いと思いませんか?」
「お前今爆殺したいって言ってるじゃないか!!」
「その点、赤錆さんは幾ら爆破しても死なないから好きです」
「こっちは八つ裂きにしてやろうか」
おい、なぜ鼻息が荒い。
こっちを見るな、気色悪いんだよ!!
「でも、そろそろマンネリです。
ここで幾ら爆破しても、振動と爆音の刺激が同じですから。
さながら、男の人が同じネタをオカズにするように……」
「おい、下ネタは止めろ!!」
「ウブですね、赤錆さん。
……あれ、言っていませんでしたか、私には前世の記憶が有るんですよ」
急にボマーはそんなことを言い出した。
いろんな意味で香ばしい奴だな、こいつ。
「私の前世は男で、テロリストでしたわ。
組織には崇高なお題目もあったようですが、私には興味ありませんでしたわ」
「だろうな」
「重要なのは、どれだけいっぱい爆破できるか。組織はそれはもういっぱいいっぱい爆破させてくれましたわ……」
「お前も爆破されればよかっただろ」
「?? 何を当たり前なことを。最期は爆弾を体に巻き付けて高層ビルを吹っ飛ばしましたわ」
あ、そう……。
別に聞きたくなかったわ。
「そしたら、死後に人類の造物主を名乗る神に会いましたわ。
端的に言うなら、罰としてお前みたいなサイコパス野郎は二度と誰にも理解されない世界に転生させてやる、みたいなことを言われました」
「なんで神様は地獄にぶち込まないんだよ」
いや悪魔が居るんだから神様も居るんだろうけどさ。
正直コイツの話を真に受けるのはイヤである。
「確か、私が誰かを殺しても何とも思わないのは、私の所為じゃないからと言ってましたわ。
お前が人間の失敗作で欠陥品なのはこっちの落ち度だ、と」
「意外と謙虚な神様だな」
「それはそれとして、転生先で反省しろとも言われました」
「それで、お前は反省したのか?」
「何で私が反省しないといけないんですか?」
「神様メッチャ正しいじゃん」
こいつを地獄にぶち込まなかったのは判断ミスだけどな!!
「後は知っての通りです。
私は科学のかの字も無い、魔法が蔓延る世界に王族の末席として転生したわけです」
「え、お前王族だったの?」
正直、どこかの元貴族の令嬢かと思ってた。
「ええ、ですが頭のおかしな姫として五歳の時には幽閉されていましたわ」
「頭がおかしいのは正しいのでは?」
「だから私、幽閉をされた屋敷を爆破し逃げ出しましたの」
「ほらやっぱり」
「でも家族ですから、私を理解して貰おうと努力してみたのです」
「へえ、お前でもそう思うんだ」
コイツにもそんな感情があるとは思わなかった。
「だから、うちの国と戦争している敵軍を爆破したり、川の麓にある敵国の水源を破壊して氾濫を起こしたり、いっぱい頑張ったのに最終的に悪魔付き呼ばわりされてしまって」
「いや当然だろ」
やっぱこいつ頭おかしい……。
「我が主に出会ったのもそれくらいの頃でしたか。
結局、家族は要らなくなったので城ごと爆破するしかなくなってしまったのです」
「お前、前後の文脈がおかしいって理解してる?」
こいつが手に負えないイカレサイコ野郎であることはよーくわかった。
「よーし、お前の事はよくわかったよ」
「ええ、じゃあ!!」
「我が主にクビにしてもらうわ」
「えいッ」
ドカン!!
爆発オチかよ……。
これでこの話は終わりと思いきや。
「我が騎士と教授、赤錆は来い。召喚の気配だ」
我が主に呼ばれたのは、序列上位三人だった。
師匠と教授とのバランスは良いのに、なんで私まで同行するんだろうか。
とにかく、私たちは召喚に応じた。
呼ばれた場所は、どこかの城の中だった。
「せ、成功した……」
「本当に召喚できたのか!?」
「間違いなく成功はしたはずだ」
我らの足元には大きな魔法陣が光っており、その四方には魔術師らしき人物が狼狽していた。
「僕を呼んだのはお前たちか?」
「しょ、少々お待ちください、勇者様!!」
そう言って、魔術師たちは部屋から出て行った。
「勇者? この僕が?」
「ふむ……」
教授がしゃがんで床の魔法陣を調べると、首をひねった。
「これは特定の条件に合致する人物を別世界から召喚する術式ですな。
詳しくは調べてみないとわかりませんが、これは……」
「何か変なのか?」
「ええ、この方式で我らが呼ばれるなんてことは……」
教授がぶつぶつと考えをまとめ始めた頃。
「お前たちが勇者か」
なにやら全身を着飾った男が、衛兵を伴って現れた。
「違うよ、僕は『赤い文字の悪魔』。
人間でもなければ勇者でもない。赤錆」
「はいはい」
私は恒例となった悪魔の仮装を生やした。
「ば、化け物!?」
「宮廷魔術師ども、これはいったいどういうことだ!!」
「陛下、お下がりください!!」
男たちは大騒ぎを始めた。
なかなか話がまとまらないので、欠伸をした我が主がこう言った。
「あのさ、僕らに用が無いなら帰るけど」
「馬鹿め、帰すと思うのか?」
「それを決めるのは僕さ」
すると師匠が前に出て、先方を睨んだ。
「我が主の無礼は、私が許さんぞ」
師匠が魔剣を抜いた。
それと同時に、衛兵たちも陛下と呼ばれた男たちの前に出る。
「陛下……」
その時、魔術師らしき男が陛下に耳打ちをした。
「お前たち、下がれ」
「しかし、陛下!!」
「この際、悪魔でも何でも構わん」
彼の言葉に、衛兵たちが引き下がる。
「それで、僕に何を頼みたいわけ?」
我が主が面倒そうに尋ねた。
「この世界は滅亡の危機に瀕している。
お前たちに頼みたいことはただひとつ」
陛下と呼ばれた男はこう言った。
「────魔王の討伐だ」
前回、元商人はマウザーじゃなくて“マイザー”でした。ごめんねマイザー君。
今回は、登場人物たちの世界観の説明ですが、重要人物がいるということを覚えていれば十分です。
なぜなら、赤錆が言っていたように、もう覚える意味なんて無いのですから。
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それではまた、次回!!
どの従者のエピソードの掘り下げを見たい?
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序列一位、総長
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序列二位、教授
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序列三位、赤錆
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序列四位、二世
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序列五位、グルマン