泉浜鎮守府航海日誌 飛べないハヤブサ   作:沖野潤一

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海と空の狭間に

一.

 

 真夜中の鎮守府。出撃用ドックで慌ただしく動くクレーンや機材の音に負けず、警備艇の船室にあるスピーカーを通して龍田の声が響く。

『提督。こちら第一艦隊、旗艦龍田。聞こえてる?』

「こちら『ありあけづき』。真田だ。通信に問題なし。どうぞ」

『第一、 第二艦隊共に、出撃準備完了よ。いつでも大丈夫』

「ありあけづき、真田了解」

 先に出港した警備艇「ありあけづき」に届く龍田の声は、どこか弾んでいる。ついに『艦』としての仕事をする時が来たのだから無理もない。真田も同様に、緊張より興奮のほうが大きかった。

 姫島大佐の艦隊との合流に向けた深夜の出撃が、泉浜鎮守府の初陣。艦娘たちは既に着任前の研修、そして近海警備で実戦を経験しているが、大掛かりな艦隊としての出撃は初。真田提督以下、鎮守府の『特海』隊員を含めて全員が高揚を抑えきれないでいた。

 真田は思わず自分の頬を張る。これから彼らが向かうのは、文字通りの戦場。敵と生命のやり取りをするというのに、視界が狭まっては危険だと。

(――らしくない、かな)

 一度深呼吸をして、真田は静かにマイクへと語りかけた。

「泉浜鎮守府・第一、第二艦隊に達する。これがオレたちのデビュー戦だ――マルサンマルマル、全艦出撃。その後、マルロクマルマルまでに予定の合流地点に向かう。陣形は……」

『ねぇ提督』

「私語は慎め、龍田……どうした、トラブルか」

 真田の言葉を遮った龍田。スピーカーからは、彼女得意の含み笑いが聞こえてくる。

『一番頑張ったコにあげる、ご褒美は決まってるのかしら』

 あらゆる手順をすっ飛ばし、いわゆるMVPのことに言及した龍田。真田は肩を落とした。警備艇の船室にもクルーの苦笑が広がる。

 横に立つ船長が、真田の肩に手を置いた。

「彼女、なかなかやり手ですね。真田提督」

「まったくです」

 当然ながら、船に乗っているのは提督だけではない。船長を始めとして航海士や機関士、通信士から火器を取り扱う砲手……それらのクルーとして特殊海棲生物防衛隊……特海(とっかい)の隊員が乗り込んでいる。 提督と艦娘たちの戦いと日常を支えている彼らの役割は多岐に渡る。艤装の整備から、今夜のおかずまで彼らが面倒を見てくれていた。

 そんな一人である若い操舵士が、真田を冷やかす。

「真田さん、ここはひとつ、ご褒美のチューでどうすか」

「バカ言うな、セクハラだぞ」

 調子に乗った操舵士は、ついに真田をイジりだした。

「着任からこっちずっと思ってましたけど、結構身持ちカタいですよね。真田さん」

「女の怖さはこれでも身に沁みてるんでね。どっちかと言えば君らが軽いんじゃないのか」

「だってかわいい女の園ですぜ。軽くもなりますって」

 真田の目配せで、船長からの一発が調子に乗った操舵士にめり込む。呻く青年を横目に咳払いをした真田は、ようやく龍田に答えを返した。

「ご褒美のチューだ」

『馬鹿じゃないの』

 龍田の容赦ない即答に、船室は苦笑から爆笑に変わった。頭を抑えた操舵士が気まずそうにする中、真田は改めて艦隊に宣言することにする。

「冗談だ。三丁目の商店街に、新しいケーキ屋が出来たのはみんな知ってるな」

 口々にスピーカーから肯定を示す艦娘の声が流れるのを耳にして、真田は満足げに頷く。

「実はオレもこっそり行ってみたが、雰囲気も悪くないし、ケーキもなかなかに美味かった。ケーキ屋併設カフェの、二時間甘味食べ放題コースに、ペアで招待してやる」

 船室に満ちる黄色い歓声に、隊員の顔は逆に曇る。今さらのことではあったが、彼らが背負うものは何とも重苦しい。全員が無事に帰投できるよう、全力を尽くすしかないと分かっていても。

 ふと、龍田の返事が無かったことに気付いた真田。そっと個人充ての通信で彼女に呼び掛けた。

「龍田?」

『さっきはああ言ったけど、私は別にケーキじゃなくてもいいわよ?』

 からかいを含んだ龍田の声に、真田はむせるのを誤魔化すのに精一杯。思わぬ手痛い反撃に目を白黒させつつ、真田はもう一度マイクのスイッチを入れた。

 時刻はマルサンマルマル。出撃の時間だった。

「龍田。泉浜第一、第二艦隊共に抜錨。出港後は全員巡航速度まで加速を維持しつつ、ありあけづきを中心に輪形陣を敷く」

『了解』

「航路上では二日前、敵潜水艦の目撃情報がある。対潜警戒も怠るな」

『不知火ちゃん、水中探信儀で索敵お願いね。後方はありあけづきに任せましょ』

『了解しました。不知火、前方で対潜警戒を担当します』

「頼む。ありあけづきのソナーは艦娘の探信儀ほど性能は良くないが、後方警戒なら十分だ」

 艦娘との通信を一旦止め、真田は深呼吸をする。

 おしゃべりの時間は終わり、これから彼らは『戦争』へと向かう。いいや、彼らはずっと『戦争』の中にいた。ただ自分たちの所に届く弾がなかった、それだけのことでしかない。上下左右、あらゆる所から命を狙われる場所へと向かう彼らは、例外なくただ戦闘単位の一つと化す。それが、戦争だ。

(今回の出撃で、オレたちの艦隊に何が足りないのかはすぐに分かるはずだ。経験、艦数、艦種どれも足りてない。だが、その重み付けをするには実戦で理解するしかない)

 真田は宣言した。震える腕を、抑え付けて。

「泉浜第一、第二艦隊……抜錨!」

『出撃します。死にたい艦は……どこかしら?』

 真田の出撃命令に続いた龍田の物騒な一声と共に、艦娘たちは海へと滑り出した。

 

二.

 

『初出撃にしては数が揃ってるな。真田少佐』

「水雷戦隊と支援の艦隊として、何とか格好だけは。まだまだです」

 せいぜい排水量三百トン程度のありあけづきが見上げているのは、文字通りの『護衛艦』だった。

 当初は海自からの供用が多数を占めていた艦娘の支援用艦船、それは新規で建造されるようになった今も『護衛艦』と呼称されている。

 泉浜鎮守府を呼び出した張本人である姫島大佐の乗艦である護衛艦の『ひたち』。真田にとっては、それが実力と規模の差だと理解するには丁度いい状況でもある。

 外海への入り口、合流地点で真田たちを待っていた姫島大佐の艦隊は、実に艦隊四つを備える大規模なものだった。真田も数が足りないながら用意した二艦隊で駆けつけたものの、その差は歴然。

(駆け出し提督を焚き付けるには、こんぐらい目に見える差が分かりやすくていい)

 胸を借りる立場の真田たちにとっては別に張り合うところでもない。真田は謙遜もそこそこに、他の艦隊と共に出撃していく龍田たちの背中を見守る。

「龍田。基本は姫島大佐の第一艦隊、その護衛だ。対潜、対空戦闘を中心。無理はするな」

『了解。みんな張り切ってるけど、ほどほどに頑張ってくるわね』

 洋上の龍田からは多少の緊張と高揚が伝わってくる。彼女も大規模な戦闘は『軽巡洋艦龍田』以来。これがよい方に作用すればいいが、と真田は姫島大佐に向けてマイクを取った。

「大佐。事前の作戦概要から変更点はないという認識ですが、相違ないでしょうか」

 予め説明されていた作戦は、作戦海域付近に進出してきた敵戦力の殲滅。単純ではあるが、根拠地が判明していないために良くある「倒しても気が付けばまたいる」というパターンだ。

『概要として変更はない。君たちの練習航海にはややハードかも知れないが、後任への発破だと思って甘んじてくれ、少佐』

「了解致しました」

『気になるのは、索敵中に敵の偵察機と思われる機影を確認したことだ。予想の範囲ではあるが、航空戦力を備えているらしい。ただし規模は不明』

「空母ですか。……相手はそれなりの戦力という前提で掛かる方が安全、ですね」

『恐らくはな。駆逐艦の群れ程度なら大したことはないが、この海域で敵空母をのさばらせておくのは戦略上得策じゃない』

「今ここで叩くしかない、と」

『その通りだ』

 となれば、真田たちのやることは一つ。無理せず対空警戒と共に護衛を淡々とこなすだけだ。

「龍田、聞いた通りだ。対空攻撃、姫島艦隊の直掩に当てるなよ」

『あら。言ってくれるじゃない。了解よ』

「オレたちも通信可能距離を維持しつつ待機する。状況報告は密にしてくれ」

『心配性ね。戦闘は任せて。……さて、いらっしゃったみたいよ』

 不意に龍田の言葉に混じった冷たい空気、真田がそれを感じた瞬間、艦内に接近警報が鳴り響いた。主力艦隊が接敵したことを知らせるそれは、不気味にありあけづきを揺らしている。

 いよいよ、戦闘が始まる。

『敵艦、見ゆ。みんな、陣形維持してね。電ちゃん、不知火ちゃんは対潜警戒。対空砲は自動照準に。まずは目の前の敵よ』

『了解なのです!』

『第一艦隊、戦闘機動入ります』

 ここまでは、全員の想定通り。

「真田提督!」

 しかし、やはり戦場にそれは通用しなかった。レーダー監視員を兼ねた通信士が叫ぶ。

「方位マルキュウマル、距離約五十キロ、機影多数!」

 その声に、ほぼ全員がディスプレイを見た。映る光点は十、二十……次第に数を増やしていく。それらは編隊を組み、真っ直ぐにありあけづきを目指している。明らかに深海棲艦の航空隊だ。

 もちろん多少の防弾措置はされているとはいえ、人間の兵器が深海棲艦の攻撃を貰っては、無事ではいられない。彼女たちの武装は、サイズに比して明らかに過剰な威力を持っている。機銃ならば斉射で艦に大穴を穿ち、爆弾ならいわゆる千ポンド爆弾に匹敵する。少なくとも、既存の兵器と一線を画した何らかの能力を有しているのは間違いがない。

 そんな兵器を満載した群れが自分たちの艦隊を狙って接近してきていることに、真田は息を呑んだ。しかも人類の兵器で有効打は与えられない。つまり、対抗手段は艦娘だけ。

「この距離まで探知できなかったのか……いや、これが『深海(しんかい)(ぐも)』か!」

「そのようです。誘い込まれましたね」

 深海棲艦たちによるものと断定はされていないが、人類が制海権を失った海域には不可視の『雲』が掛かる。文字通りの雲と違い、衛星からの撮影や電波の類すら遮断してしまう厄介な代物だ。

 今回の敵機は、ギリギリまでそこに身を隠して接近したらしい。

「隼鷹、対空戦闘用意! 零戦をありったけ上げてくれ!」

『おっ、いきなり面白くなってきたねぇ。了解さ、提督!』

「第二艦隊は摩耶、鳥海を前に立てて複縦陣、敵機を後ろに逃がすな」

『任せとけ! 鳥海、睦月、やんぞぉ!』

『司令官さん。対空戦闘はいいですが、敵空母本体はどうされるのですか』

 鳥海の指摘に真田は一瞬悩んだ。主力艦隊を前に出した状態の護衛艦隊は、このままでは敵の攻撃を耐えているしかないことになる。敵航空隊を退けたとしても、空母が野放しでは意味がない。

「取り敢えず第一波を凌いでくれ。第二波が来るか分からんし、その時に主力艦隊の戦闘がどうなっているかも分からん。状況に柔軟な対処をしてくれ」

 姫島大佐側の艦隊にも空母艦娘はいる。泉浜は僅かに隼鷹のみではあったが、合わせればそれなりの航空隊で敵空母への対応ができる。

 しかし全力を差し向けた結果が囮だったら目も当てられない。真田は慎重にレーダー表示を眺めた。

「まずは敵主力が龍田たちの向かったほうか、背後の空母艦隊なのかを見極める」

 今回の作戦は真田たちに指揮権がない。姫島大佐の護衛としての任務が主で、彼から来ている指示は『主力艦隊の戦闘に注力、ありあけづき、ひたちの防御は第二艦隊に任せること』だった。

「――こっちも、やれるだけのことをやろう。自分の身を護るのは、自分の仕事だ」

 真田は通信士と共に、レーダーから読み取れるデータをいくつか入力する。海流の状態や風向、敵と自艦隊の配置など。それらと蓄積された過去の戦闘データを元にして、方角が二つ示された。

 そう、水上偵察機(ゲタ履き)による索敵だ。深海雲のある海域でも、艦娘の偵察機によって索敵はできる。

「摩耶、鳥海。水上偵察機を飛ばしてくれ。方位はマルヨンゴー、マルキュウハチに一機ずつ。来てる敵機にちょっかい掛けられないよう注意」

『へぇ。……オッケー、任せとけ!』

 これで敵部隊ないし空母の位置が割れればよし。そうでなくとも、敵の増援が来た時にいち早く探知できる可能性が上がる。真田は海戦の素人ではあったが、陸自での経験は無駄ではない。

 近代戦ではあり得ない、数十年前の戦いと変わらない深海棲艦との戦闘。しかし艦娘が主役を張り、深海棲艦と戦う海戦に於いてはこれが現実だった。艦娘とデータリンクのような繋がりを持つ艦載機による索敵は、あらゆるデータが情報源となり得る重要な行動になる。

 通信士からの報告が、ブリッジクルーの思考を戦場に引き戻す。

「主力艦隊、敵艦隊との戦闘に入ります!」

 ついに龍田たちが戦闘へ突入した。そして。

『提督、こっちも来やがったぜ! 摩耶、鳥海、対空戦闘機動に入る!』

 早くも捕捉された艦隊司令部。隼鷹の上げた零戦、そして姫島艦隊からも続けて戦闘機が飛び立つ。前方で龍田たちを含む主力艦隊がぶつかった敵部隊に空母がいるかどうか。敵配置が判明するまでは、追い縋る敵機を叩き落としながらの航行になるだろう。

 真田は知らず、これから何度も口にすることになる言葉を、一端の提督として叫んでいた。

「総員、戦闘配備! 対空戦闘よーい!」

 ブリッジクルーは静かに己の持ち場で集中する。一部のアナログな部分を除き、艦の外に出て人間が対応することはそう多くない。少なくとも、直接の戦闘において人間が出来ることは限られている。

 そうしているうち、泉浜第二艦隊は接敵していた。通信がにわかに騒がしくなる。

『摩耶、十二時方向の編隊をお願い! 私は三時を!』

『任せとけッ! 隼鷹ォ、上の爆撃機は頼んだ!』

『ちょっ、無茶言うんじゃないよ!』

『雷撃のコースに入られたらオシマイなんだよ! オメーはオメーでやれ!』

 防空に回された摩耶、鳥海、隼鷹がそれぞれの行動を始めた。敵艦載機はいくつかの編隊に分かれ、様々な角度から護衛艦を狙い始める。

 ありあけづきはサイズから言って狙われ難いと思われたが、念のためひたちの陰へと退避していた。装甲の厚さなどから言っても妥当な配置ではあったし、事前に指示されてもいる。

『隼鷹、押されてんぞォ!』

 レーダーに映る光点からは、爆撃機の編隊と接敵した隼鷹の零戦が苦戦しているのが見て取れる。

『うっさい! アタシは守るより攻める方が性に合ってんだよ!』

「泣き言は後にしろ。隼鷹、取り敢えず直掩を対空戦闘に回せ」

 一時しのぎだから早めに何とかしてくんな、と艦載機を飛ばす隼鷹。敵の雷撃機が雷撃コースに入る前に落とそうと機銃の雨で防ぐ摩耶、鳥海。

 そして最前線から、龍田たちの戦いぶりが無線とレーダーで伝わって来る。接敵した敵艦隊は少数の空母を備えた機動部隊であり、突入した姫島艦隊と艦隊戦闘を開始していた。今のところ、龍田たちは上手く主力の防御をカバーする形で動けている。真田は取り敢えず、息を吐いた。

『真田少佐! こっちは早々に勝負を決めるため、航空支援を出す。第二艦隊側の防御はどうだ』

「隼鷹の消費がやや想定より激しい状態です。敵の爆撃機が多く、随伴の戦闘機部隊のマークも厳しくなってます」

『十五分持たせてくれ』

「ありあけづき、真田了解しました」

 通信士が、肩越しに真田を見た。それも当然ではある。彼の目から見れば、一人苦戦している隼鷹に十五分も耐えろというのは酷な話だった。しかし、それは真田も重々承知している。

 空母の艦載機数には限りがある。一度空に上げた戦闘機が落とされると、補充は簡単には効かない。つまり消耗していく隼鷹の負担は、戦闘時間と比例して増えて行く。

 しかし、船長と操舵士の二人は違った。その態度は、真田が持つ手札を知っていることに由来する。船長が真田を見て帽子をかぶり直したのを見て、逆に彼は催促された形になった。少なくとも戦闘経験においては、彼らのほうが真田よりも間違いなく多い。

「真田提督。こっちはいつでも大丈夫だ。……おい、ちょっと操舵大変になるが、行けるな」

「はい……真田さん、遂にあのコ出すんですか」

 真田は出撃前に、彼らにとあることを相談していた。隼鷹へ負担が集中するような事態が予想されていたこともあるが、船を預かる船長と、戦術上操艦を担当する二人には知っておいてもらわないと話にならないことが要因だった。

 操舵士に頷いた真田は、一斉通信のためにマイクのスイッチを入れる。

「これより本艦は、隼鷹の対空戦闘を援護するため、ひたちの左舷後方に移動する。隼鷹!」

『何だい! こっちは忙しいんだ、勝手にやっておくれよ!』

「夕張、出すぞ」

『――マジで? 例のアレ? そりゃあ大変だ』

 ちゃんとカウントダウンはしておくれ、と苦笑いした隼鷹。

『高雄型のふたりぃ、敵さんは後方にいるんかい』

『おう。軽空母がいるぜ。距離百五十キロ、方位マルゴーサン。ぴったり付いてきてる』

『その他敵影は見えません。恐らくは単艦から数隻、護衛はいても駆逐艦程度です』

『そんだけ聞けば十分だ。提督、姫島艦隊から艦上戦闘機を借りてくんないか! 一小隊だけでいい、後ろのはアタシが沈める』

 隼鷹はそう言って、損耗した零戦との入れ替わりに第二次攻撃隊を上げ始めた。正規空母も顔負けのポテンシャル、そして今日見せている状況判断の速さには理由があった。

『提督ぅ! 一度言ったことは守ってもらうかんね!』

 隼鷹のやる気は、MVPは甘味の食べ放題の代わりに酒飲み放題でもいいと言ったことに起因する。きっと今頃頭の中では、つまみを何にするかで悩んでいることだろう。現金だが頼りになる女だった。

「真田提督。第一艦隊、敵主力との交戦に入ります」

「了解。……龍田、無理はするな。敵艦の動き、それと感覚に慣れてくればそれでいい。姫島大佐!」

 真田は姫島提督に支援要請を送りながら、後部格納庫から顔を出した夕張へと通信を飛ばす。

「夕張! 仕事の時間だ!」

『こちら夕張、いつでもやれます。……提督、特別仕様持ち込んだんですね。感謝します』

「お前の提案があってすぐに手配した。やれることはやっておきたいからな」

『その判断、イエスです』

 笑っているとわかる声色で、彼女の仕事を始めようとする夕張。

 第二艦隊最後の一人、夕張はありあけづきに待機していた。洋上に出していない理由は彼女の艤装に積まれている装備にある。元より対空戦闘に不安のあった泉浜鎮守府の艦隊。対応手段として、彼女が持ち込んだとある武装を使うことが目的だった。使用しなくてはいけない状況を考慮した場合、補充の効くありあけづきに待機しておくことは選択肢に入る。

『提督ぅ! 零戦隊、一旦下げるよ』

「了解した。夕張、捉えてるな。お前の獲物だ」

『任せて下さい。ありあけづきとのデータリンクに問題なし、対空電探の調整に問題なし……噴進砲、行けます!』

 夕張の艤装で出番を待っていたのは、三十連装噴進砲。いわゆるロケットランチャーに分類される対空用の装備だ。大量に搭載された小弾頭を撃ち出すこの装備の目的は、そのまま空中の敵機に対しての攻撃用途と、面制圧能力による飛行空域の制限。

「隼鷹の艦載機は下がってる。味方を巻き込む危険はない。思う存分ぶっ放せ!」

『了解です。軽巡夕張、三十連装噴進砲一斉射……てぇーッ!』

 空中から躍りかかる敵機目掛けて、夕張の噴進砲が吼えた。軽快にも聞こえる音と共に小弾頭たちが次々と空中へ打ち上がり、そして不用意に突っ込んできた敵爆撃機を包み込んでいく。それらが空中で弾けて、漆黒の艦載機を爆撃コースから散らした。いくつかの直撃弾も確認できたが、撃墜は少ない。どうやら元となった噴進砲が持つ性能はそうそう変わっていないらしい。

 しかし、敵機は休ませてはくれない。

「夕張! 第二次攻撃隊来てるぞ、第二射行けるか!」

『第二射、特殊弾頭行きます。第三射で通常弾頭を撃ちますので、補給は三射後にお願いします!』

「整備班、通常弾頭補給準備!」

「了解、整備班は第三射まで待機!」

『噴進砲、夕張スペシャルッ! 飽和攻撃(ハルマゲドン)モードォ!』

 どこかで聞きかじったらしい謎の用語と共に、夕張の噴進砲は別の弾頭を発射した。勢い良く空中へ炎を吐いて飛び上がったロケットが空中で爆ぜる。しかし、撒き散らしたのは衝撃と爆風ではない。

『掛かったッ』

 特殊繊維による網だ。

 打ち上げた網が空中で敵機を絡め、推進力と揚力を奪われた漆黒の翼は海へと没していく。派手さはないが、敵の『撃墜』率で言えばこちらの方が高かった。

「おい誰だ、夕張に漫画貸したのは! 変な用語覚えさせやがって」

 真田はそう言いながらも、夕張が開発したネット弾に対して手応えを感じていた。

 深海棲艦に物理法則は適用される。つまり、破壊を目的としていなければいい。うまく通用するのであれば、ネット弾は人間が使ったとしても有効な手になり得るということになる。

 真田は艦娘を支援する手が増えそうだという期待に、思わず手に力がこもるのを感じた。

 しかし彼は直後、この手の弾頭が今ひとつ普及していない理由を知る。

『ギャー! 提督、何だこれ! 網が海に降ってきたぞ!』

 その悲鳴は、洋上の摩耶たちからだった。今までも多くの提督が挑んだであろう課題だけに、真田の脳裏に素人の浅知恵という単語が思い浮かぶ。先駆者の失敗に学ぶべきだったと。

 だが支援される空母にとっては、その奇策が生んだ空白で十分だったらしい。

『ありがとさん、夕張! 第二次攻撃隊、行っけェ!』

 隼鷹の巻物から実体化した九九艦爆が飛び立ち、姫島大佐の零戦隊による護衛で戦場を抜けて行く。目指すは後方の敵空母。反転して追おうとする敵機を、再装填された噴進砲と摩耶、鳥海の対空射撃が捉えて逃さない。

 同時に、主力艦隊側にも動きが出た。

『うふふ。……覚悟は、いいかしら』

 物騒な龍田の言葉に、レーダーへの注目が集まる。真田は混戦の中、龍田の第一艦隊が外から一気に殴りこみ、敵旗艦への波状攻撃を仕掛けているのを捉えた。

 機銃による足止め、未来予測雷撃、すれ違いざまの薙刀による刺突。見えているのは光点だというのに、龍田が戦場で踊っているのが真田にもブリッジクルーにも分かった。

 そこに、姫島提督の航空支援が到着する。真田はその図ったようなタイミングに舌を巻いた。流石に、歴戦の提督は違った。今、この海域の戦闘は彼が支配している。

『あらぁ、残念。駆逐隊のみんな、一斉雷撃。いいとこは姫島さんに持って行かれちゃいそうだけど、出来るお仕事をしましょうね』

 龍田の合図で酸素魚雷が一斉に発射され、護衛の駆逐艦ごと敵旗艦の戦艦を削りとっていく。怯んで足を止めた戦艦に襲いかかるのは、上空からの急降下爆撃。真田には、零戦に懸架された爆弾が戦艦に吸い込まれて行く様子が、まるで見ているように感じられた。

「真田提督、隼鷹の攻撃隊が目標にまもなく到達します。敵艦、空母含め二隻です」

「隼鷹、外すなよ!」

『任せてくんな。龍田だけに美味しいとこ持ってかれてたまるかっての』

『隼鷹ちゃん、私は別に大したこと出来てないわよー?』

『酒はアタシのだかんね!』

 独り占め宣言と、レーダー上の攻撃対象を示す光点が全て消えるのは、ほぼ同時だった。

 

三.

 

「マジか」

「マジなのです」

 執務室の机に山と積まれた書類の束。真田の目の前で存在を誇示するそれらは、しっかり文字通りの物理的な仕事量を彼に教えてくれていた。

 真田がうんざりとした顔で天辺の一枚を捲ると、案の定装備品の使用に関するものだった。大人しく目を通し、承認の判子を捺す。資料分の厚みはあるとしても、かなりの押印が控えている。

「申請と報告書の使用数、実在庫の証跡との照合……早いとこ電子タグのシステムを導入してくれんと、規模が大きくなったら死ぬな、これ」

「私も頑張ってお手伝いするのです。がんばりましょう、司令官さん」

「前線に出てる暇なんかないっていう提督の言い分も、やってみりゃ分かるってもんだ」

「なのです」

 実際のところ『提督』なる立場は言葉から想像されるほど優雅なものではなかった。本来の語源から言えば将官以上、場合によっては海軍大将の敬称だが、実態とは大きくかけ離れていた。

 旧帝国軍式に引き戻した階級制で言えば、提督に任命されている者たちの多くは佐官。優秀な一部の提督たちには将官も存在しているが、それも決して、言葉通りの階級が保障されているわけではない。生々しい規模で言えば企業の地方支店長。悪く言うならフランチャイズ店長程度が実情だ。

 つまり、机上演習図上で軍を動かし、旗下の艦隊を指揮する『提督』像とは違う。しかし――

「多少危険があっても、オレはみんなと一緒に海へ出て、自分の目でみんなを護りたい。それが、何も出来ない人間である自分に出来る精一杯だと思ってる。なるべく邪魔にはならないようにするからさ」

「――司令官さん。この前、歓迎会で」

「あ! 頼むからあん時のことはツッコまないでくれよ、電。すっごい恥ずかしいんだから」

 かつての過酷な戦いで失われ、そこから新たな生命を得て生まれてきた艦娘たち。彼女たちを戦場へ送り込まなくてはいけないという事実。そんな運命を受け入れている艦娘。笑顔で「自分は戦闘単位、兵器として扱え」と笑う少女たち。

 ――そして、それに頼るしかない人間。

 情けなさとは違う。真田はただそれが哀しかった。

「あれ以来、みんなに陰で(わら)われてるんじゃないかと気が気じゃない」

 恥ずかしさを誤魔化すように、真田は承認の印を捺す。

「ふふ、逆なのです」

 ばらけた書類を机で整えた電が笑った。

「逆?」

 真田は、自分を見ない電を気にした。しかし電は構わず言葉を続ける。

「みんなあれから、司令官さんのことをちゃんと信頼できるようになったのです」

「信頼……オレを?」

「私たち艦娘は『提督』や『司令官』を信頼します。『(ふね)』だからなのです」

「無条件の信頼、ってやつか」

 元からそういう造りになっている。真田は、電の言葉をそう解釈した。

 電は真田が納得したと見えて、次のステップへと進む。

「でも、電たちにはもう『自分』があるのです。好き嫌いだったり、苦手があります。それは、艦娘になって分かるようになったことなのです」

「自我というか――()を手に入れたからだな」

「はい。だから、司令官さん」

 真田を呼んで言葉を切った電は、自分の胸の前で握りこぶしを作ってから力を込める。

「電は――あなたのことを信頼します。『提督』や『司令官』だからじゃないのです。電たちのために泣いてくれる、真田幸一さんだからなのです。みんなも、きっとそうなのです」

 ざ、と風が部屋を抜けていく。

「そうか」

「はい」

 そう言ってにっこりと笑う電。真田は安堵より嬉しさの方が大きく、目頭が熱くなるのを堪えるのに必死だった。こんなに弱い感情を表に出すべきではないと分かっていても。

「――そうか。そう思ってくれるのか、みんなは」

 真田は、目の前にいる秘書艦が彼女であったことに感謝していた。どこか気弱なのに、大事な場面で情けない司令官を支えてくれる。最初の秘書艦は、どうやら彼女で正解だったらしいと。

 ふと、真田は握りこぶしの腕に巻いた包帯に気付いた。

「電。腕、治してないのか」

「あ、はい。ちょっと痛いですけど、入渠ドックを他の方に譲ったのです。かすり傷ですし。それに」

「それに?」

「今のうちに司令官さんのお手伝いしないと、明日からのお仕事が大変なのです」

 こんな可愛らしい駆逐艦に仕事の心配をされるとは、と実に失礼なことを考えた真田。仕返しに少しだけ意地悪をしてやることにした。

「言ったな。ちょっと来い、お仕置きだ」

「えっ」

「いいから」

 そっと電の腕を取って引き寄せ、痛々しく包帯の巻かれた左腕をそっと撫でる真田。

「痛むか」

「は、はわわ」

 そのまま戸惑う電の額をつん、と突く。気を逸らすためだ。

 ぎゅ、と彼女が目を閉じた瞬間を狙って、真田は包帯に包まれた手の甲に口付けた。感触に目を開いた電と真田の視線が合い、即座に固まる。

「あああ、あの。あの、これ。っこれ、き、キ、キ……」

 意地悪く笑った真田は、電の頭をそっと撫でた。

「早く治るおまじないってやつだ」

「お、おまじない。おまじないなのですか。でも、これ、キス」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 まるで、ゆでだこのようになっている電。真田が一矢報いた満足感に浸っていると、荒っぽくドアがノックされた。夢から覚めたような二人が見ると、既に開いたドアからノックの主が姿を見せている。

「あらぁ楽しそうね。お邪魔だったかしら」

「げ! 龍田!」

「そういう趣味があったの?」

「ち、違うっ。誤解だ、そういうつもりじゃ」

「ふぅん。どうかしらね」

 慌てる二人を横目に見て執務机に近付く龍田。冷たい彼女の目線は、真田の前に置いてある作業用のタブレット端末へと吸い込まれた。

「あら?」

 そこに表示されていたのは、予定されている鎮守府全体の動き。演習日程、遠征スケジュール、任務消化行程……そして、龍田が気にした艦娘の建造予定。

「――ふぅん。実戦の結果を受けて、方針修正ってわけね」

 当初は出撃で使い切らなかった余分の資材を投入して三隻の建造を行う予定が組まれていた。しかし真田が今回の出撃から得たものは、この先の戦力を見据えた不足艦種の補充が急務だという教訓。

「ああ。大人しく砲雷戦力に注力しようかと思っていたが…‥考えを改めざるを得ない。今回、隼鷹に掛けた負担は大きすぎたよ」

 今の泉浜鎮守府に最も必要なのは戦艦や巡洋艦ではない。それは、航空戦力。

 隼鷹は優秀な艦娘で、練度が上がれば今後も主力として働いてくれるだろう。しかし現実としては、彼女一人で出来ることは限られてくる。まして軽空母のネックである艦載機の搭載数は、戦闘の規模が大きくなれば戦力として徐々に不足してくることが目に見えていた。

「やっぱり、隼鷹ちゃんだけじゃなくて摩耶ちゃんたちの苦労も見て?」

「制空権を取られるってことがどれほどのことか。今回は実際に取られたわけじゃないが、そうなった時に艦隊がどうなるかは、一応分かったつもりだよ」

「ふふ。昔からそう。足りないものに、早く気付けたのはいいことよ」

「最優先課題だ。狙うぞ、空母」

 居住まいを正した真田の机で、建造用コアマテリアルが静かにその出番を待っていた。

 見る者の耳にレシプロエンジンの音が聞こえてきそうな、油に汚れた一つの手袋が。

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