泉浜鎮守府航海日誌 飛べないハヤブサ   作:沖野潤一

6 / 11
『やっと会えた』

一.

 

「空母の作り方ぁ?」

 ハチマキの下、可愛らしい眉を八の字にして、明石は呆れた声を上げた。頬は油で汚れている。

「何とかコツみたいなものはないのか。零戦か空母のプラモでも入れればいいか」

「工夫するにしても、もう少し愛のあるアイデアはないんですか。真田さん」

 工作艦である明石は、一部の鎮守府にしか常駐していない。彼女をはじめ、大淀、間宮などが同様の扱いとなっている。艦娘としての希少性か、それとも他の事情があるのかは定かではない。

 ともあれ、泉浜鎮守府に現在、艦娘・明石は着任していない。今こうして工廠(こうしょう)の定期点検をやっているのは、前任の姫島提督からの厚意によるものだった。姫島提督のところに常駐している明石がこうしてやって来るのは、今回が初めてではない。

「愛で何とかなるならいくらでも投入するんだけどな」

「建造中ずっと呼び掛けてたらどうです」

「ただの怪しい人だろ、それ」

「空母来い、空母来~いって感じですかね」

 作業中の明石を捕まえた真田が何を質問したか。当然、彼らの抱えた課題――空母艦娘確保についてだった。艦娘の建造についてのノウハウは既に確立されているため、それ以外の知識を頼ったのだ。

 だが、そんな都合のいい情報はない。真田も分かってはいる。しかしそんな真田の困り顔は、明石にとっても面白い見世物だったらしい。

 新任提督を見つめた明石は、じゃあ、と流し目でいたずらに笑う。

「コア・マテリアルと一晩同衾(どうきん)しちゃえば、案外、情が湧いて来てくれるかも知れませんよ」

「持ち主は空母の飛行士って決まってないだろ。陸軍艦娘が来たらどうすんだ」

 真田は先日の選別で、飛行士のものと思しき手袋を確保している。だが彼の言う通り、何も飛行士が空母の搭乗員とは限らない。母数から言えばそうでない確率の方が高く、真田の言う通り陸軍艦娘との縁結びになる可能性もあった。最終的には運頼みに近いとは言っても、なるべく確率は上げたい。

 溜め息を吐いた真田を見て、明石は一瞬目を細めた。

「うーん。じゃあ、このお守りでも入れてみます?」

 そう言えば、という風に明石は懐からお守りを取り出した。

「何も書いてないぞ。何のお守りだ、これ」

 真田が手渡されたお守りは、普通なら家内安全、商売繁盛などと書かれている部分が空白だった。

 真田が罰当たりにも中身を確かめようとした瞬間、明石は慌てて答えた。

「そこには、お好きな文言を書いて下さい! 空母祈願とか!」

 どうやらお守りは明石の自家製らしい。好意とは言え、技術の象徴である工作艦から出て来た代物に文句を言いたげな真田。明石は何故か胸を張った。

「神頼みもたまにはいいもんですよ、真田さん。何しろ、私たちは海の守り神みたいなものですから」

「神様はサインペンで書いた文字でも受け付けてくれるのか」

 皮肉めいた真田の言葉にも、明石は動じない。

「まぁ、当たるも八卦というやつです」

「占いと神頼みを同列に扱うなよ。頼ってるものの対象を考えろ」

「そういう問題ですか。いいじゃないですか、騙されたと思って!」

「どこのセールスだよ、まったく」

「お安くしておきますよ。次回の出張費に載せといて下さいね」

「分かったよ、分かった。……これで空母以外が建造されたら何してもらおうかな」

「カラダ以外なら何要求してもらってもいいですよ。姫島提督への申請付きで」

 スパナを手にした明石の笑顔。真田はため息を堪えて、ポケットへとお守りを仕舞い込んだ。

 

 

二.

 

「なあ、電」

 始末書の一枚にトドメを差した真田は、ぽつりと秘書艦を呼んだ。

 掃除の手を止めて、小首を傾げる電。

「どうかなさったのです?」

「オレは指揮官として、どういう能力を伸ばせばいいんだろう」

「能力、ですか」

 先だっての戦闘において、真田は他の提督の指揮下に入った。泉浜艦隊の動きについては当然真田と旗艦の二人によるものだったが、海域にいた全艦隊から見て言えば、指示に従っていたのみ。

 それ故、真田が痛感したのは航空戦力の不足よりもよほど大きいもの。彼の戦略的な艦隊指揮能力の欠如。一朝一夕で何とかなるものではない故に、より難しい問題だった。

「陸自に居た頃、小隊の隊長はよくやった。目的達成のためにチームの隊員たちと協力して行動する。まあ、言ってみれば艦娘の旗艦みたいなもんだ」

 ぬるくなったお茶を少しあおって、真田は息を吐く。

「でもな、提督はそれじゃ駄目なんだ。複数の小隊中隊を纏めて動かす、言わば大隊長としての動きが要求される。そこらの近海警備ならともかく、作戦海域ならなおさらだ」

 そこで真田は、頼りないようで意外としっかりしている秘書艦を見た。

「オレは電たちをどう使えばいい。ただのターゲットマーカーならバカでも出来る。だがオレは仮にも軍人で、お前たちの司令官だ。たとえ指揮官としては能力不足でも」

 真田が電のことを戦闘面で頼ったのは、実の所初めてだった。何しろ普段は優しく、頼りなさのある彼女。真田が聞くのはせいぜい艦隊編成などの簡単なアドバイス程度。

 しかし今ここに至って、真田は『第六駆逐隊の駆逐艦・電』に対して教えを乞うた。かつてのいくさぶねとしての彼女を頼ったのだ。

 電は、真田の瞳を真っ向から受け止める。

「例えば、なのですけど」

「うん」

「水雷戦隊の駆逐隊は同型の艦で編成されることが多いのです。それは別に仲良しさんを集めているのではなくて、その方が艦隊行動をし易いからなのです」

「艦の性能が似通っているからか」

「なのです。最大船速や加速度――航行能力が揃っていないと、一緒に行動しても連携がしにくくなるのです。当たり前なのですが、駆逐隊が共通の目的を持って動くことが多いからなのです」

 真田は、いつもの彼女とはうって変わった饒舌な様子にも驚かなかった。何故なら、彼女は艦娘で、駆逐艦・電だからだ。

「だから、司令官さん。まずは第一艦隊から順番に簡単な役割を決めるのはどうでしょうか」

「役割分担?」

「第一艦隊は主力として火力と速力を中心に編成、第二艦隊は水雷戦隊として砲撃と雷撃に特化する。役割を明確にすることで、どの艦隊がどんなお仕事をすればいいか、分かり易くなるのです」

「そうか……そういうことか」

 電にそう諭されるまで、真田は艦隊をガチガチの自己完結した小隊として捉えていたことに気付く。

 複数あるユニットがそれぞれで同じ役割を持つ。そればかりに囚われていたことで、真田の考え方は膠着していた。柔軟性を持たせようという意図が、実は艦隊全体の柔軟性を奪っていたのだと。

 真田の中で何かを結び始めた編成案だったが、ほどなく壁へぶつかった。

「となると、やはり艦種の幅と層を厚くする……この場合、空母が足りないってことになるな」

「なのです」

「艦隊行動の方針を絞って特化するにしても、どうしても弱点は補う必要がある。コンパクトに纏めるのはいいが、足りない戦力の拡充が必要か……」

 考え込みそうになった真田に、電が笑う。

「今までと違うことをするのですから、難しく考えすぎないのが一番なのです。司令官さんのやり方を見付けてくれれば、電たちはそれに従うのです」

「そうだな」

 いずれにせよ、これから泉浜鎮守府が外洋に出ることになれば、空母艦娘は必要になる。

「索敵の目、敵艦への先制攻撃と敵航空隊への迎撃……強力な空母艦娘を、何としても配備したい」

 やはり結論はそこに行き着く。

「頑張って建造しないと、なのです」

「建造か……」

 真田はポケットに仕舞い込んでいた、明石からのお守りとやらを手に取った。

 軽く手中に手遊んだ真田は、呼んだ電にそれを手渡す。

「建造用のコア・マテリアルに加えておいてくれ。おまじないだ」

「了解なのです!」

「建造ドックは何時から使える? 今日メンテだったろ」

「明石さんからもうすぐ終わると聞いているのです。建造開始はヒトマルマルマル予定なのです」

 明石がやってきた目的は泉浜鎮守府の工廠設備全体メンテナンス。それが終われば建造ドックも使用できるようになる。

 今日予定されている建造で、真田が手に取ったマテリアルをコアとした艦娘が生まれる。結局は運という性質から言っても、空母がやってくるかは未知数だった。

「今日はその一人に絞る。願掛けも兼ねて、今回やれることは全部やるとしよう」

「ふふふ。……そう言えば、夕方から雨の予報が出ていたのです」

「天気予報は雨模様か。建造結果の涙雨にならないといいけど」

「運よく空母艦娘さんがいらっしゃったら、きっと夕方ごろに完了するのです」

 溜め息と一緒に不安を吐き出したい、と真田は心の中でこぼして、天井を見上げた。

 空。真田の手が届かなかった世界に手の届く艦娘。

「運命の女神が微笑んでくれることを祈ろう」

 神仏ごちゃ混ぜの願いを込めて、真田は立ち上がった。

 

三.

 

 艦娘の建造に掛かる時間は、艦種によって大きく異なる。

 一般的には駆逐艦や巡洋艦、そして戦艦や空母の順――艦の全長に比例して建造時間が伸びる傾向がある。龍田や隼鷹、不知火たちは三か所のドックを一つずつ使って順番に建造したため、奇しくも似たような建造完了時間になった。真田が着任してからの建造でも、駆逐艦は数十分単位で建造が完了している。最も長かったのが隼鷹で、高雄型重巡の二人が続く。それでもそれぞれ、三時間に満たない。

 真田は、手にしたタブレット端末に建造残り時間を呼び出した。ドックの施設とリンクしたデータが表示され、タイマーの残り時間が減って行く。

「四時間少々……あと三十分程度か」

 過去、巡洋艦クラスでこの建造時間を要した例はないらしい。決まった時間ではないため、あくまでこれまでに蓄積されてきた、一般的な建造結果からの予測ではあったが。

「戦艦、ないしは空母。重巡の可能性は……一応無さそうだが、どうなるかな」

 少なくとも現在泉浜鎮守府に不足している艦種、戦艦や空母の艦娘が建造されるとの予想に、真田はわずかな安心を覚えていた。いきなり軽巡や重巡が建造されたら期待も何もなくなるところだ。

「ボイラー……よし。高速修復材投入装置もよし。シャンプーリンス、脱衣カゴは……オレが見なくていいか。艦娘に任せよう。セクハラとか言われちゃかなわん」

 実施された鎮守府のメンテナンス結果を確認して回っている真田は、入渠ドックの点検を終えた。

「これでよし。……電、今どこだ」

 真田が耳に掛けたインカムに呼び掛けると、すぐに電が応答する。

『電です。今は執務室で今日建造される艦娘さんの受け入れ準備をしているのです』

「ちょうどいい。入渠ドックの点検確認が終わったから、集中管制システムからお湯を張ってくれ」

『了解なのです。あとは何のチェックが残っているのですか?』

「あとは各設備の配電盤とか、細かい電気系統だけど……そろそろ建造も終わるしな」

 ふと電が天気を気にしていたな、と真田は廊下の窓を開けた。空にはうっすらと雲が掛かっており、遠くに雨雲のような厚みが見える。風向きからすると、少しすれば降ってきそうな空模様。

(天気予報は残念ながら当たりか……うん?)

 空から目線を下げた真田の目に、見覚えのある後姿が見えた。

 あまり使われていない倉庫の方へと消えていったお下げのオンナは。

「――明石?」

 工作艦である明石は、艤装の技術を流用した各種設備を点検するためにやってきている。武器装備の開発やメンテナンスを行う工廠施設、艦娘の傷を癒す入渠ドック。そして――建造設備。

 それらの主要な施設は既にメンテナンスが終わっている。何しろここは比較的平和な海とは言っても緊急事態は突然やってくるものだ。いざという時にそれらが使えないとなると話にならない。

 つまり、彼女が面倒を見なくてはいけない作業は終わっている。そんな中、艤装を身に着けていない彼女の動きに、ほんのわずかな違和感を抱いた真田。耳のインカムから再びコールを掛けた。

「電、ちょっといいか」

 我知らず声のトーンが一段低くなっていることに気付く真田だが、今は無視することにした。

 ほどなくして応答した電。

『はい、何かご用なのです?』

「定期メンテナンスのスケジュール表を送ってくれ」

『はい……よし、なのです。司令官さんのアドレスにお送りしたのです』

 作業全体の面倒を見ている電のスケジュールは最新のものが使われている。変更があったとしても、基本的には反映されているはずだった。

 真田は手早く予定されたスケジュールを順に追う。

 スケジュールに引かれた線表には、主要な施設と護衛艦の装備品が終われば明石の予定は空白。

 そして、明石の消えていった倉庫には護衛艦の装備など置いてはいない。

『司令官さん、どうかなさったのです?』

 今さら予定を確認し始めた真田に違和感を抱いた、電の問いは無視された。

「電、ドックのお湯はお前が頼む」

『は、はい。了解したのです』

「それと……」

 何事かを小さく囁いた真田。

『……了解したのです』

 そして、真田の言葉を受けた電。二人の間に交わされた密やかな会話は、鎮守府を任された提督と、それを支える秘書艦としてはやや異質でもあり、しかし職務には沿っていた。

(ここはもう、オレの鎮守府だ。姫島提督のものじゃない。それに、周りを気にするあの動き……)

 通りがかった夕立に点検簿を放り投げ、真田の足は倉庫へと向かう。

「これ執務室に届けといてくれ。失くすなよ」

 夕立の声を背に受けた真田の目は、いつの間にか半年前の陸自隊員に戻っていた。

 

四.

 

「――言われた通り、手渡しました。使われるかどうかは彼次第です」

 明石はうんざりしていた。自分がやっていることの後ろめたさもそうだが、自分がはっきりと素性を知らない相手と隠しごとを進めるのも気に入らない。

 何より、自分が手の及ばない範囲の事柄を押し付けられたこと。技術的にも、立場的にも。

「私はここの所属じゃないんです。彼は一般人じゃありませんし、言い包めるにも限界があります」

 通話相手の要求は満たした。この後どうなるかは誰にも分からない。明石は、早く通話を切り上げて全ての責任から逃れるのに必死だった。

「これ以上を求められるようでしたら、他を当たって下さい。もうすぐ結果が出ますので失礼します」

 溜め息と共に面倒ごとを吐き出し切った明石。

 相手と自分への怒り故に、明石は背後の気配を見逃していた。

「何の結果が出るって?」

「さ、なだっ……提督」

 恐らくは通話が終わるまで気配を殺していた真田が、倉庫の陰から姿を現した。

 明石は瞬間、冷静な技術屋としての自分に戻ろうとした。

 いつからだ。最悪、最初から……しかし、相手の素性に繋がることは口にしていない。

 どこまで掴んでいる。明石のしゃべった言葉は、それだけでは何があったか把握できない。しかし、何に関することかは容易に分かる。

 逃げ道は。言い逃れは不可能。鎮守府の監視網は把握しているから、彼を『黙らせて』……。

 そこまで一瞬で考えた明石に向けて、目の前の真田は。

(……くっ)

 優しく笑って、無言でインカムを指で叩いて見せた。()()()()()()

 明石は油断していた。相手は提督になって半年、着任して数週間。姫島提督の評価も新人提督の域を出ていない。経歴も陸自のレンジャー部隊で、情報部の人間でもない。

「聞きたいことは山ほどあるが……さて」

 しかしその油断と偶然が、明石の足許をすくった。

「私は……言われたことを、しただけです」

 未だ、明石は自分を立て直せていない。慎重に言葉を選ぶべき場面だというのに、彼女の口は勝手に言葉を紡いでしまう。油断を突かれた動揺は、彼女から余裕を奪う。

「言われたこと?」

「っ、はい。……今日の建造資材に、手渡されたものを入れるようにと」

 そして、明石はいきなり自分が初手で失敗したことを悟った。目の前の青年は、今の失言を見逃してくれるだろうか。内心を悟られないよう、深呼吸をして反応を待つ。

 真田は目を逸らさない。そして、明石のミスもスルーはしなかった。

「何を入れた」

「それは……」

 自分が何をやったかを言ってしまったこと。それが明石の失敗。とにかく誤魔化して逃れていれば、立場上逃げ切れる可能性もあった。しかし明石は、思わず言ってしまった。

 何故ならそれは、すぐに結果が分かってしまうことだったからだ。

 そして、『結果』が鳴り響く。

「警報……? 電、真田だ。状況を報告しろ」

 鎮守府内に響き渡った警報。真田は呼び掛けたインカムから、通話先の混乱を耳にした。

 サイレン音の合間に誰かが走り回る音。何事か叫ぶ声。

 ほどなく、電からの切羽詰まった声が真田の耳を突いた。

『司令官さんっ! 建造ドックが……警報を、汚染って』

「落ち着け。建造ドックか。警報の内容を報告しろ」

 そう言いながら、顔を伏せたままだった明石の手を真田が取った。目線で『来い』とだけ伝えられた明石は、目的地に向けて走り出す。手を引かれるままに従う明石。

『建造ドックの装置から、汚染警報が出ているのです! 深海汚染なのです!』

 息を呑んだ明石と、奥歯を噛みしめた真田。

 

 走る二人の背中を、冷たい雨が濡らし始めていた。

 

五.

 

「建造ドック出入り口閉鎖! 隔壁は!」

「第一艦隊に出撃要請まだか! 砲撃戦装備でスタンバらせろ!」

「先程入電ありました! 第一艦隊、あと三分で到着とのこと!」

 駆け回る妖精たち。警戒対応を始める警備部の特海隊員たち。真田と電が駆け込んだ建造ドックは、分かりやすい混乱状態にあった。

 真田、そして明石の姿を見付けた電が駆け寄る。

「司令官さん!」

「すまん、待たせた。状況に変化は」

 真田は言いながらも建造装置である『溶鉱炉』を眺めた。警報と共に、不気味に鳴動する装置からはいつも通りとはいかない何かが起こっていることが伺える。

「深海汚染警報の、汚染深度数値がすごく上がっているのです。さっきはAマイナスだったのですが、今はもうGプラスに」

「下手したら艦娘じゃあなく、深海棲艦が建造中ってことか。何てこった……!」

 俗に『深海汚染』と呼ばれる現象がある。艦娘が何かのきっかけで深海棲艦となってしまうことで、通常は艦娘が大きく傷付いたり轟沈する際まれに見られる現象だ。

 そして建造時、何らかの原因で、艦娘が深海棲艦のかたちで建造されてしまうことがある。建造時にそれを検出できるよう、『溶鉱炉』には検知する仕組みが実装されていた。

 今鳴り響いている警告は、まさにその仕組みが作動したことによる。つまり、真田の投入した資材に何らかの形で深海棲艦の一部が含まれていた可能性が高い。

 真田は思い返した。今回、鋼材やボーキサイト以外に投入したのは、飛行士の手袋。しかし、手袋が深海棲艦の一部……生体部分や艤装とは考えにくい。

 やはりこれは、と真田が振り向いた明石は、驚愕の表情を浮かべていた。

「そんな、まさか……たったあれだけの黒鉄鋼(こくてつこう)で、汚染度Gプラスだなんて」

「明石! お前、今何て言った。黒鉄鋼って……深海(しんかい)黒鉄(こくてつ)のことか!」

 明石は無言で目を伏せた。肯定だった。

 深海棲艦が身に付けている艤装の素材、深海黒鉄鋼(ディープシーダークスチール)。物理的には過去に沈んだ艦を構成していた鋼材などの金属と見られている。しかし科学的に説明が付かない強度と奇妙な性質を持っている。

 それは生体金属とでも言うべき、自己再生能力。

 別の金属を取り込んでゆるやかに元の形状を復元しようとするなど、金属と呼ぶのが適切かどうかも怪しい。形状記憶合金とはまた違う性質が一体何によるのかは、未だ謎に包まれている。

「空母型の深海棲艦から回収した、ごく微量の破片……です。でもあんなお守りに入る程度で」

「量の問題じゃないだろう。資材に混入した時点でアウトじゃないのか……!」

 頭に血が上るのを感じながら、抑えても抑えきれない声が真田の腹の底から飛び出した。

「お前、オレの艦娘を実験台にしたのか!」

 壁際の明石に詰め寄った真田。そして真正面からその視線を受け止めた明石。

「っ、そうです。昨今、敵には反攻の兆しがあります。敵の素材を取り込むことでより強い艦娘が建造できれば、それだけ戦いも楽になって、犠牲も少なくなるはずです。そのためなら……!」

 思わず壁を殴りつけた真田の剣幕に、明石の言葉は止まる。しかし目線は外していなかった。彼女も何かを抱えていると見た真田は、ひとつの問いを投げかけてみることにした。

「そのためなら艦娘がどうなってもいいのか」

「勝つため、ならば」

 明石はそこで、一瞬目線を下げた。

「その言葉、お前の言葉じゃないな」

 どうやら図星だったらしい明石は、見透かされていたことに唇を噛む。

「――っ」

「まあいい、犯人探しは後だ。それより」

 建造装置の軋みは大きくなり、噴き出す蒸気は勢いを増していた。汚染の深度を示す値は測定限界をとっくに越え、針が振り切れている。明石にも予想外ということは、本来はここまでの事態が発生するような実験ではなかったはずだった。そこまでリスクのあることを行うつもりはなかっただろう。

 つまり、事態は明石の理解を超えている――何が起こるか分からない。『中にいる誰か』が大人しく出てきてくれる保証すらないことに、真田は戦慄した。が、それは彼を止める理由にはならなかった。

(……だから、何だってんだッ)

「司令官さん!」

「さ、真田提督?」

 いきなり建造装置(溶鉱炉)へと駆け寄る真田を、電と明石は止められなかった。

「危険なのです! 離れて下さい、司令官さん!」

「無茶です、真田さん!」

 駆け寄ろうとする電を、真田は手で制した。そのまま逆の手を揺れる建造装置に当てる。

 龍田や隼鷹たちを建造した時のことを思い返しながら、真田は目を閉じた。

「聞こえてるか。オレがお前の提督、真田だ」

 真田は信じていた。提督が艦娘と何かの繋がりを持てる人間だと言うならば、自分の言葉は中にいる相手に通じるはずだと。

 『溶鉱炉』の内側から金属を削るような音が響き、何人かの隊員が悲鳴を上げた。

 そして、まるで自身の内側からなにかが染み出すような感覚に、真田は呻く。

「ッ、く……! なんだ、これは……っ」

 真田に装置の中から流れ込んできたのは、殺意にも似た意識の奔流だった。どこか穏やかだった龍田たちの時とは似ても似つかない、混じりっけなしのマイナス感情。それと……断片的な記憶の映像。

 憎しみとも、怒りともつかない『彼女』からの挨拶に、真田はただ素直に頭を下げた。

「妙なものをお前に与えたのはオレだ、すまない」

 それは嘘や言い訳ではなかった。真田は明石の言葉を真に受けたとは言っても、中身を確かめもせずコア・マテリアルと一緒に投入したことは確かだった。

 つまり、起きていること全てに責任を持つべきなのも自分。真田は、その覚悟を背負っていた。

 だから彼は、せめて自分の言葉で思いを伝えることにした。

「お前が例えどんな艦娘だろうと、オレは持てる全てでお前を守る。それだけは覚えておいて欲しい。気に入らなければオレの命をやってもいい。だから」

 彼は何度でも言うつもりでいた。艦娘を迎えるたびに、仲間を迎えるたびに。人間には限界がある。だが、無力ではない。守り神である艦娘を支え、一緒に戦い、共に笑う。少なくともそれは、『提督』なる存在になってしまった者だからこそ出来ることの一つでもある。

 だから、真田は手を差し出した。

「オレと、オレたちと一緒に、戦ってくれないか」

 建造装置の中から『声』は応えない。代わりに返事を寄越したのは、空だった。

 窓から覗く空が、一瞬光る。数秒後、轟音が鎮守府を揺らした。

「照明が落ちたぞ!」

「電、状況知らせ!」

「停電なのです! すぐ予備電源に切り替わります!」

 落雷はどうやら送電設備を直撃していた。幸い、予備電源への切り替わりは一瞬で行われたらしく、周囲の機械は変わらず音を立てている。しかし、訪れた暗闇は晴れる気配がない。

 真田は建造装置から離れず、電に呼び掛けた。

「電。照明はどうなってる」

「わ、わからないのです。ひょっとしたら、照明用電源回路か非常用のバッテリーが」

「定期点検もアテにならないな……今度、チェック項目を見直そうか」

 どうやら、鎮守府は生きている。しかし外は変わらず荒れ模様で、雨粒が空のご機嫌を嫌というほど真田に伝えてくれていた。

 雷鳴の後、真田は電に目配せする。

 意図を察した電は手元のタブレットを慌てて手繰った。求めている、求められている情報を確かめた電は、恐る恐る口を開く。

「――建造は、もう完了しているのです」

 電のタブレットが、暗闇でただ眩しく、規定の時間が過ぎ去ったことを教えていた。外から聞こえる雨音、風の鳴る音だけが満ちていた建造ドック。

 そこに、異音が割り込んだ。

「っひぅ」

 電が辛うじて叫ぶのを堪えた。無理もない。ドアを内から乱暴に叩く音、そしてがたがたと取っ手を揺らす音がいきなり目の前で響いて、驚かないものはいない。

 その場の誰も、異常事態に動けないでいた。そんな中で、真田は何とか言葉を絞り出す。

「龍田、いるな」

「もう、気付いてるなら言ってちょうだい。第一艦隊、全員揃ってるから」

 呼ばれた龍田は逆に驚くが、今はそれどころではない。

 いつの間にか到着していた第一艦隊の面々は、艤装を手にしている。何しろ建造されたのが深海棲艦だった場合、即座に排除しなくてはならない。万一市街地への侵攻を許したら、犠牲者は特海の関係者だけでは済まなくなってしまう。

 真田は決意と共に一歩を踏み出して、龍田の珍しく強張る笑顔に指示を出す。

「龍田……もしオレに何かあったら、お前が指揮を執って事態の収拾に当たれ」

「ちょっと。あなたが行くことないでしょ」

 龍田の言葉には何も間違いがなかった。脆弱な人間(ていとく)よりも、戦闘行為が可能で『丈夫な』艦娘が前に出る方が理にかなっている。真田も当然、そう思っていた。

 しかし、これは同時に責任の問題でもあり、真田の意地でもあった。

 鎮守府の運営においては、すべての責を負うのが提督。そして、明石に異物を混入させた『誰か』の企みを見抜けなかったのも、気付かずに建造を始めたのも提督である真田だ。

「これは人間がやらかしたことのケジメだ。大丈夫、何とかする」

 そう言い残して建造装置の傍に近付く真田の奥に、飛び込んできた声があった。

(龍田たちの時と、同じか)

 声はどうやら、苛立っていた。少なくとも真田にはそう感じた。

『アカナイ』

 声の主は、建造装置から外に出ようとしているらしい。一応ドアにはロックが掛かっている。中から全力を出せばドアごと破られそうだが、そこまではする気がないのか、まだ出来ないのか。

 真田がそう思った瞬間、派手に三回、ドアが叩かれる。

『アケナサイ。ソコニ、イルノデショウ』

 命令にも似たその言葉は、字面よりは幾分穏やかに真田へ届いた。

 声と言っても、強いて言えば直接脳に届いているような感覚。どこか快感にも似た刺激が真田の背を通り抜ける。思わず息を漏らしそうになり、真田は一度目を閉じた。

(……艦娘か、はたまた深海棲艦か)

 真田は一瞬だけ躊躇って、それからドア横にあるロックをひとつ、手動で解除した。

「真田クン」

 敢えて名を呼んだ龍田に、彼女の提督は振り向かずに己の手のひらを示して見せる。振り返らずとも龍田が武器を構えて飛び掛かる寸前であることが、真田には見なくても分かったからだ。

 艦娘の建造ドックという特殊な場所、言わばこの世とあの世の境目に似た場所にいることが、真田の感覚を鋭敏にしていた。龍田も何となくそれを理解し、ただ狙いを定めた。

 ドアが、再び揺れる。

『……アカナイ』

 最初の勢いとはずいぶん違う、どこかに戸惑いを含んだ声。真田はその声に、一つの確信を持った。

 真田はそっと装置に顔を寄せ、静かに中へ囁いた。

「ロックはもう一つある。開けるから、少し待て」

『……っ』

 声は何も言わないが、真田は理解していた。ゆっくりと最後のロックに手を掛け、解除する。

「第一艦隊、武器を下ろせ。それと……」

 真田は電を呼び、耳打ちをする。すぐさま電が走り回り、ドック内にいた数名を外へ押し出した。

 最後の一人が外へ出るのを待って、真田は密閉されていたドアに手を掛け、そして思い切り引いた。

 

 

 艦娘が、立っていた。

 

 まるで『彼女』の建造完了を祝福するかのように、ドックの照明が息を吹き返す。

「初めまして。ようこそ、鎮守府へ」

 そこにあったのは美しい裸体。長い髪と、すらりとしていながら女性的な丸みをしっかりと主張するライン。思わず目を瞬いた真田に、その『女神』は短く言った。

「あなたが、私の提督なの」

 静かに、しかしよく通る確かな声。まっすぐな瞳が真田を射抜き、彼は知らず背筋を伸ばしていた。一瞬遅れて、提督は彼女の問いに答える。

「ああ。真田、幸一だ。……君は」

 ある種の確信を持って、真田は彼女に名を問うた。それまでに何度も見た艦娘型録、比較的初期から人類と共に戦ってきた、とある艦娘の名が脳裏に浮かんでいたからだ。

 果たしてそれは、彼女の言葉で裏付けられる。

「航空母艦、加賀です。……それなりに、期待はしているわ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ドック内にどよめきが湧く。泉浜鎮守府が空母を切望していたのは周知の事実で、真田は狙った建造一発目で正規空母を引き当てたことになる。自然と拍手し始める隊員もいた。

 真田は、電の差し出したタオルで手を拭う。

「期待に応えられるよう、全力を尽くすよ。加賀」

 そうして差し出された提督の手を、加賀は不思議そうに握った。

「こちらこそ、まだよく分かっていないけれど。……ドアに鍵が掛かっているとは思いませんでした」

「やっぱり、普通に開けようとしたのか」

「はい。何となく、そこが出口であることは分かっていましたから」

 さすがにロックされたドアを開けようとしたことは恥ずかしかったのか、頬を赤らめた加賀。初めて見せた彼女の感情表現に、真田から自然と笑みがこぼれる。

「今度、出口と書いて内側にでも貼っておくかな。……それと」

 真田は脱いだ上着を加賀に被せて、なるべく彼女を見ないようにして言った。

「オレは、何も見てないから。もう忘れたから」

「――っ!」

 裸体を拝んでしまったと言外に詫びた真田の目を、今度は殺気が射抜いていった。

 

 

六.

 

 一人……いや、二人残った建造ドックで、真田は息を吐いた。

 ほぼ全員が、ようやくやってきた正規空母・加賀を囲むようにしてドックを出て行ったが、彼ともう一人は暫く無言で立ち尽くしている。静かに窓を叩く雨音だけが部屋に満ちていた。

 そして、その沈黙を破ったのはやはり真田。

「さて」

「っ……」

 真田の短い言葉に、残ったもう一人……明石が身を震わせた。

 思い立ったように真田は、一歩二歩と薄暗い建造装置の中へと足を踏み入れた。遅れて続いた明石が彼の背後で体を強張らせる。

 真田には、もう彼女を責めるつもりはなかった。起きた事態に比して、どこか明るい気持ちだった。何故なら、正規空母の建造という大きな目的は達成されたからだ。

 決して、無事に、ではなかったが。

「明石」

「――はい」

 しおらしい声になった明石。彼女も純粋な悪意でこうしたわけではなかったが、予想に反して起きた目の前の事態をそれなりに重く受け止めているらしい。

 しかし真田にとって、泉浜鎮守府にとっては、滅多に手に入らない工作艦の弱みを握れたまたとないチャンス――正攻法以外にも、提督がやるべき仕事はある。

 真田は諜報面などの()()()()について素人だったが、今回起きた事件が今後も重要な意味を持つことぐらいは分かった。

「高いぞ、これは」

 おちゃらけた真田の声に、明石はやはり沈んだ声で返した。

「そうみたいですね」

 真田が言ったのは建造装置の修理費用のことでもあり、今回彼女が背負った貸しのことでもある。

「修理はお前んとこで面倒見てくれるんだよな。メンテナンス時の調整ミス、ってところか」

「そのように手配します。……あの」

「何だ」

「ごめんなさい」

 深々と真田に頭を下げた明石。言われた提督は背中越しに見て、ため息を吐く。それから近付いて、少しだけ震える彼女の肩をそっと叩いた。

「その言葉は、耐久性能を越えて頑張った建造装置に言ってやってくれ」

 明石は工作艦として、技術者として、結果として色んなものを傷付けてしまったことに激しい後悔を覚えていた。たとえそれが、彼女自身で制御できない流れに沿ったものだったとしても。

 無言で、指を溶鉱炉の内壁に這わせる明石。

「ごめんね……」

 鋭い何かであちこちが抉られ、捲り上がった『傷跡』を撫でるようにして。

「我が国の神は荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)を併せ持つって言うが……新たなウチの女神は、どんな神なんだろうな」

 真田の独り言に似た問いに、明石の答えは無い。それも仕方のないことではあったが、真田は彼女を今更どうこうしようなどと思ってはいなかった。

「なあ、明石」

 だから、真田はちょっとした秘密を明かすことにした。彼にとっては何とも照れくさい話を。

「オレな、実を言うと手袋と一緒に寝たんだわ。明石と話したあと、仮眠室で」

「――はい?」

「結果としてお前の助言は当たったわけだ」

「助言って、ひょっとして……」

 明石からのアドバイスである『同衾したらどうですか』。もう試せることの無かった真田は、彼女の冗談にまで手を出していた。やけ気味にコア・マテリアルである手袋を枕のそばに置いて。

「――寝たんですか」

「ああ、二十分ぐらいだったけど、意外とぐっすり寝てた」

 目を丸くしたままの明石に、真田は笑って見せる。

 今日、見事に空母はやって来た。しかしそれが何によるものかは、誰にも分からない。

 逆にもう理由など要らないことも、真田はよく分かっていた。

「夢枕の飛行士に、感謝しないとな」

 青年の不器用なウインク。明石の溜息と苦笑いが、真田の抱いた照れ臭さを誤魔化してくれていた。

「訊いていいか、明石」

「答えられることなら、何でも」

 加賀と対面してから真田の胸中に芽生えた一つの疑問。明石がその答えを持っているかは別として、真田は訊かずにはいられなかった。

「艦娘の記憶は……どこから来る」

「記憶……? 建造直後の初期記憶のことですか」

「ああ。元となった艦の乗組員、その記憶の寄せ集め……それだけなのか」

 真田の口にした一般的な説と、彼が抱いた疑問の元には大きな開きがあった。

「はい。あとはコア・マテリアル由来のものが混ざることがある、とは聞いたことがあります」

「――そうか」

 真田はそれだけ聞いて、今は疑問を胸に仕舞い込んでおくことにした。

「何もないところから記憶は沸いてきません。私たちは、過去から来たんですから」

 明石のダメ押しとも言える答えは、より真田の思いを強くする。

(……ガキの頃のオレを見つめる記憶なんて、一体どこから来るっていうんだ)

 建造時に加賀から流れ込んで来た『記憶』の断片。

 そこに自分を見た真田は、説明のつかない現象をどう落とし込めばいいのかしばらく悩んで、結局は明石へのデコピンで済ませることにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。