泉浜鎮守府航海日誌 飛べないハヤブサ   作:沖野潤一

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スープの冷める距離

一.

 

 真田に対する加賀の第一印象は「海が好きではなさそう」だった。

 加賀が着任して早二か月が経過している。その後も順調に泉浜鎮守府の規模は拡大を続け、ようやく艦隊のローテーションが組める程度の余裕ができた。

 頭数は揃った。一方で、実際の戦力が比例するかと言えば、そうでもない。

「加賀。日向に搭載可能な主砲のリストをくれないか。今載せてるやつ以外で」

「伊勢型ですか……搭載可能な主砲はこれだけです」

「巡洋艦クラスのだけ? 建造も開発もなんてやってたら、資材が追い付かないな」

「近隣で廃棄予定のものがないか当たってみます」

「頼む。少しでもいいのが使えるなら、それに越したことはない。……っ、くぁ」

 あくびをかみ殺す真田を横目に溜息ひとつ、加賀は廃棄される艤装のリストを端末から呼び出した。

 ふと、その手が止まる。

「提督」

「うん?」

「海、お好きですか」

「う、海? 別に嫌いというわけじゃないが……どうかしたか」

「そう。いえ、何でもありません」

 何故だかそう思い、素直に聞いた加賀。脈絡もなく訊かれて困惑する真田。

 ほどなく訪れた沈黙の時間、真田は慎重に息を吐いた。

「そんなに緊張なさらないで下さい」

「ちょっと深呼吸しただけだ」

「私も別に機嫌が悪いのではありません」

「――ああ、分かってる」

 真田はディスプレイに映し出された資料へと意識を戻す。

 加賀の目線が時折自分を射抜く様子を肌で感じながら、目の前に積まれたタスクを消化に掛かった。気まずいが、仕事は仕事だ。

 一方加賀は、自分の印象がどこから来たのか少し悩んで、やはり自分の仕事を片付けることにした。

 執務室には無機質なキーを叩く音と紙が擦れる音が響き、そうして二人は今日も並んで執務に励む。

 

   ◇   ◇   ◇

 

 自分の仕事、そして真田の仕事が片付いた終業後。加賀は一つの決意と共にあった。

「どうした、加賀」

 加賀は、目の前の青年に対して()()()告げることにする。そうするべきだと思ったのだ。

「あなたは艦隊運用が下手です」

 話があると真田を呼び止めた加賀は、はっきりと自分の提督にそう言った。

 真田は差し出された書類と加賀の顔を交互に見てから、頬をかく。

「――ああ、自覚はしてる」

「昨日の演習結果をもとに、簡単な資料を作成しました。私の知識の範囲で、ですが」

 書類には艦隊初期配置からの動き、そして戦闘詳報を元にした概要が書かれている。そのほぼ全ての部分に赤で修正が入れてあるのを見て、真田は思わず口を結んだ。

「全体的に動きが悪いのもありますが――特に空母の配置、艦載機の運用、護衛駆逐艦の配置が素人も同然。これではいくら艦娘が頑張ろうと……」

「素人だ」

 ふて腐れるわけではなく、真田は真面目な顔で加賀の言葉を遮った。

「いくら教本で付け焼刃の知識を付けたところで、オレは船乗りじゃない」

「開き直らないで……」

「それを言い訳にするつもりもない」

 思わず強く言いかけた加賀を、再び真田はより強く遮った。

「まだオレの艦隊……いや、真田幸一という人間は、提督としては半人前もいいところだ。それは自覚しているし、オレは必ずそれを挽回してみせる。必ず」

 思っていたより強い言葉で反発されて、加賀は目を丸くした。

(……この人)

 自分を見つめる真田の瞳に、使命感や希望とはまた違う何かを見た加賀。

 それ以上を口にしなかった加賀に、真田は資料を指で叩く。

「資料ありがとう。参考にさせてもらう」

「はい……あの」

「どうした」

「いいえ……なんでもありません」

 ――いま自分が先ほどの出過ぎた態度を取り下げたら、彼の立場が無くなってしまう。加賀は喉まで出かけた謝罪の言葉を飲み込んで、目を伏せた。

「そうか。じゃあまた明日。色々あるが、秘書艦は頼んだぞ」

 掛ける言葉を探しているうちに、真田の背中は執務室から滑り出る。

(逃げられたみたいで悔しい)

 こつりと机の脚を蹴ってから、加賀は自分の感情の後始末と、終業の支度を始めた。

 

二.

 

 鎮守府の建物は、大きく三つのエリアに分かれている。

 最も大きなものは工廠やドック、武器庫など艦隊行動に関するエリア。そして執務室、医務室、酒保など出撃以外の艦隊運営に関わる事務棟エリア。

 最後に、今まさに加賀が歩いている居住エリア。寮に似た造りになっており、グループで分けられた艦娘たちが共同生活を送っている。無論、提督や交代制の特海職員たちはフロアが分けてある。

(……月が)

 加賀は事務棟と居住エリアを繋ぐ渡り廊下から、窓に映る月を見ていた。

 何とはなしに眠れなかった加賀の、日付が変わってからの宛てもない夜の散歩。

 艦娘として生を受けて三か月、着任してからは二か月が経っていたが、様変わりした世の中に対して彼女の意識はさほど乱れていなかった。そんな彼女が考えるのは、自分の存在について。

(私が成すべきは、深海棲艦の殲滅。そして――人類の勝利)

 かつての正規空母加賀から、艦娘の加賀へ。倒す相手こそ化け物になってしまったが、自分の背中に命を背負って戦うことに変わりはない。自分たちが敗けることの意味は分かっているつもりだった。

 それでも、悩みは尽きない。

(あの提督で、これからもやっていけるのかしら)

 聞けば真田は、元々海軍……もとい海上自衛隊の人間でもないらしい。よく分からない資格とやらがあるからと提督になった人間に、艦隊を回すことができるのだろうか。加賀は、自分が生まれたてにも関わらず、そんなことを考えていた。

 加賀は影の形を変えながら、思いを巡らす。

 共に戦い散った、赤城や飛龍、蒼龍はどんな艦娘なのだろうか。

 深海棲艦の正体は何なのだろう。

 テレビジョンに映っていた『家系ラーメン』とはどんな味なのか。

 流星、烈風、彗星……聞き覚えのない、或いは未知の艦載機を扱ってみたい。例えば、海外の――

(……明かり?)

 取り留めもない加賀の思索は、正面の建物からかすかに漏れている光に中断された。

 加賀が寝惚けているのでなければ、その場所は執務室。最後に退室して鍵を閉めたのが自分であり、その際は確かに消灯を確認したことを、加賀は思い返す。

(消し忘れ……? いえ、そんなはずは)

 まさか、不届き者か。しかし鎮守府はそれなりに警備網が整備されており、関係者以外がおいそれと立ち入れはしない。まして、鍵の掛かった執務室へ立ち入ることなど考えにくい。そもそも不審者なら電気など点けたりはしないはずだ。

 そこまで考えて、加賀はひとつの可能性に思い至る。

「提督」

 昼間見た青年の、少し暗さを帯びた瞳を脳裏に浮かべ、加賀の両脚は、知らぬうちに急いでいた。

 

   ◇   ◇   ◇

 

「はい、お茶よ」

 龍田は湯気を纏った湯呑みを、そっと真田の視界に入れた。

「悪いな。昼間、知り合いが置いてった羊羹がある。お前も食べるなら半分どうだ」

「この時間に、女の子へ甘いものなんて食べさせるつもり?」

「艦娘がカロリー気にしてるの、初めて知ったぞ」

「失礼しちゃうわねー。デリカシーがないって言われない?」

 口元だけ笑った真田の目は、目の前に広げられた資料とディスプレイを行き来している。その両手は忙しく端末を操作しており、龍田を相手しているのは口だけなのではないか、と思えるほどだった。

 どこか呆れたように龍田は笑う。

「だいぶ形にはなってきたのに、ばっさり駄目出しされちゃったのね」

「駄目なもんは駄目だ。加賀の言ってることは正しい。合格点を超えられてないんだから」

 龍田が目を通しているのは、真田が加賀に突き付けられた演習の資料。艦隊二つを使用した連合艦隊編成で、近隣の鎮守府と行ったものだ。

 結果は惨敗。航空戦でいきなり先手を取られた泉浜艦隊は、長距離砲撃戦力である日向が早々に中破判定。以後も制空権を取られた状態での戦闘が続き、最終的に全艦が撃沈判定を受けて終了した。

「私、頑張って向こうの旗艦落としたんだけどな。不知火ちゃんも」

「ゼロ対九。こっちが沈めたのはたった三隻っていう結果に変わりはない」

「今のあなたの場合、そこの動きが大事なんだけどね」

 呟いた龍田の声は、ドアが軋む音でかき消された。

「あら」

 立っていたのは、加賀。

「失礼します。……消灯時間はとっくに過ぎています。急用ですか、二人とも」

 執務机で親しげに寄り添うふたりを見て、加賀は咄嗟にそんなことを口にした。一瞬、二人がここで逢引きでもしているのかと思ったからだ。

 彼女は数秒後、自分の短絡的な思考を後悔する。

「ま、急用と言えば急用だな」

「よく言うわねー。いつ終わるのかしら、その急用は」

「加賀には見つかりたく無かったんだが」

 ずらりと紙の束や書籍が並んだ執務机で、まるで埋まるような状態の真田。

 戦術指南の教本を片手に、真田の横にいる龍田。

「――一体、何を」

 見ればわかる答えを、加賀は自ら口にできなかった。

 代わりに、ぬるりと女教師が笑う。

「ふふ。深夜のお勉強会に決まってるでしょ。シロウト提督さんの」

「素人は確かにその通りなんだが……たった三か月の着任前研修じゃ、やっぱり足りないんだよな」

 加賀は混乱すると同時に、いくつかの腑に落ちないことへの答えが埋まっていくのを感じていた。

 真田がたまに欠伸を噛み殺していたこと。

 自分の弱点をあっさり認めていたこと。

 龍田が、他の艦娘より幾分彼と近いように感じていたこと。

「提督。おひとり様追加ってことでいいわよね」

 真田が何かを言う前に、龍田は給湯室へと消えていく。

 一瞬その背を見送った真田は、やはり目の前の資料へと目線を戻した。

「黙っていてすまない、加賀。龍田に出撃や遠征の合間、こうして勉強会をやってもらっていたんだ」

「――それは分かります。ですが、隠れてやる意味が分かりません」

 息を吐いた真田は、目頭を指で揉みながら言った。どこか、自虐的に。

「最初は、君たち艦娘との溝を埋めたかったんだ。オレたちは君らが戦った戦争を知らない。何がどうなって戦争になったのか。君らが幾多の戦場でどう戦ったのか」

 どう散ったのか。真田の沈黙は、加賀に無言でそう付け加えてくれた。

「戦争は悪だ、日本は鬼だ、軍事力は不要だ。オレたちはそう言われて育った。そんな奴が、過去からやってきた君たちのことを、よく知りもしないで命を奪い合う戦場に送り込む」

 そこで、ようやく真田は加賀のほうを見た。

「そんな失礼だけは、とてもじゃないが出来ないと思ったんだ」

 加賀はその目線に、まるで射抜かれたような思いを抱いた。自分こそ真田のことをよく知りもせず、半人前の提督扱いをしていたというのに。それは、彼が未熟であることとはまた別の話だった。

「まあ、理由はそれだけじゃあないけどな」

「けれど、そんな風に言われて育って、何故あなたは陸軍……自衛隊に」

 意図せず加賀に「それだけじゃない」図星を突かれた真田は、思わず笑っていた。

 何故なら、それはまさに彼がこうして身を削っている理由の一つでもあったからだ。

「笑わないで欲しいんだが……夢だったんだ」

「夢?」

「空を飛びたかったんだ」

 背もたれに身を預けた真田は、まるで空を掴むように手を伸ばす。そこには天井しかない。

「最初は航空自衛隊かと思っていたんだが……どうにもパイロットの適正がなかったらしい。それで、せめてパラシュート降下部隊のある陸自を選んだんだ」

 そういえば趣味は落下傘降下と言っていた、と加賀は思い出す。

「ハヤブサを知ってるか」

「猛禽のですか」

「そうだ。高高度から急降下して獲物を捕らえる――その名前を冠した部隊が、オレの夢だった」

 空挺降下部隊『隼』。占拠された泊地の奪還作戦などを目的として編成された部隊の名だった。

 今はまだ深海棲艦への打撃力を持たない人類が、将来その力を得た時に備えたもの。或いは艦娘との共同作戦を目的としたもの。つまり、部隊そのものが既に夢のようなものでもある。

「では、何故あなたはここにいるの」

 加賀は、目の前の青年が決して軍人として劣っているとまでは考えていなかった。兵站を始めとする鎮守府の運営に関わる雑事、畑違いの海軍兵装への一定の理解力。

 そして演習で唯一見せた、龍田率いる水雷戦隊による敵旗艦一点突破の判断。

 加賀の真田に対しての評価は、マイナスだけではなかった。

 そして、真田の答えは実にシンプルだった。

「特海への配属辞令は、『隼』の合格通知と同時。どっちが優先されるかは言わなくても分かる」

 ようやく加賀は、昼間の真田が見せた瞳の色に納得する。彼は本来望んでここにいるわけではなく、しかも、自分の希望(ゆめ)を蹴る形でやってきた。使命感や希望と、果たされるべき責任が混ざり合った複雑な思いが、彼の奥に渦巻いていたことにようやく気付く。

 目を伏せた加賀に、真田は敢えて明るく言った。

「レ・ミゼラブルってお話がある。……君には『ああ無情』と言ったほうが分かりやすいか」

「ええ、それは……知っています」

 艦娘には、彼女たちの元となった艦の『生きた』時代……当時の世情や風俗について一般的な知識が備わっている。共に過ごした乗組員たちの記憶とも言われているが、定かではない。

「映画化もされたんだが、劇中に『夢やぶれて』という歌がある。必死に一人で生きる女性が、娘への仕送りが必要なのに仕事もクビになり、身の回りのものどころか髪の毛を売り、最後には、自分の身を売る。そんな場面で歌われる歌だ」

 話の筋は加賀の知る物語と変わりない。加賀はその後女性が命を落としてしまうことも知っていた。

「夢見た人生は地に堕ち、夢はもう二度と帰らない……」

 さらりと歌詞を口にした真田。加賀は、何故かその歌に聞き覚えがあった。

「だが、オレにこの話を聞かせて教えてくれた人が言ったんだ。たとえ、どんな絶望が襲ってきても、どんなに世界が敵にまわろうと、絶対に最後の希望はある……それはけして消えることはないって」

「命を落とした女性の娘は、苦難を乗り越えて愛した人と結ばれた」

 その時、加賀は真田の横顔に何故か胸の苦しさを覚える。

 どこか遠くを見ていた彼が、加賀のほうを見るまでそれは続いた。

「オレの破れた夢なんか、生きていく上での絶望なんかにはほど遠い。それでも、夢は夢だ。そいつを諦めたんだから、選ばされた道であっても全力を尽くす。そうじゃないと、夢を諦めた意味がない」

 先ほど加賀が感じた、真田の複雑な思い。それが何を元にしていたのか、彼から語られると同時に、彼女の中である一つの思いが生まれた。

 彼と共に戦いたい。願わくば、肩を並べて。

 少なくとも彼は、人として信じることができる相手だ。そして今は未熟でも、鍛えれば将来必ず良い提督になる。その確信に似た思いが『加賀』の記憶によるものか、それともオンナの勘によるものか、加賀は判断できないでいたが。

 ふと、加賀は机に並んだ資料の中に『加賀』に関するものを見つけた。

「私のことも調べたのですか」

 一瞬照れた風に笑った真田の代わりに、戻ってきた龍田が答えた。

「提督、随分熱心だったのよー。空母加賀に関する資料は、もうほとんど暗記しちゃうぐらい」

「ごっ、誤解を招く言い方をするなよ。艦載機運用に関する知識を少しでも身に着けるためだ」

 加賀は言い争う二人を横目に、印刷された資料を手繰る。

 上海事変から始まり、ミッドウェーに終わる戦歴。戦艦として進水しながら、曲折を経て空母として改修された数奇な命運。そこには、加賀の歴史があった。

「真田幸一提督」

「な、なんだ」

「この資料で一番印象に残ったのは何ですか」

 資料を手にとったまま、加賀は敢えてその名を呼んだ。

 問われた真田は、ほぼ間髪入れずに想いを吐き出す。

「ミッドウェーの深海五千メートルに眠る空母加賀の……船体写真だ」

 加賀は、真田の口にした答えが自分の見ている資料そのものだったことに、どこか満足げだった。

 深海に横たわる『自分』の写真に、目の前の青年が惹かれた。大したことのない事実ではあったが、それでも加賀にとっては十分と言えた。

 もう大丈夫。加賀は心中にそう呟いてから、彼女の提督を見つめた。

「そうですか」

 囁くような加賀の言葉に、真田は笑う。

「今の『そうですか』は、ちょっと嬉しい」

「――どういうことですか」

「一応、ひよっ子提督の姿勢だけは認めてくれた感じがした。違うか」

 真田はいつの間にか、加賀が単に無愛想なだけではないと気付いていた。辛辣な加賀の対応の中にも、裏にどういった感情が潜んでいるかを何となく掴みつつあった真田。

 艦娘に何とか歩み寄ろう、寄り添おうとしていた真田のことを加賀は理解してくれつつある。真田は加賀の短い言葉からそれを感じ取った。

 龍田が置いた湯呑みの音を合図にしたように、加賀が息を吐く。

「――非効率的なことは止めましょう、提督」

 言葉だけならば、真田の努力が間違っていると取れる内容だ。しかし加賀は続ける。

「龍田。あなた、沈んだのはいつ」

「昭和十九年の三月よ。八丈島沖」

「そう。私より二年あとね。誤差の範囲ではあるけれど」

 加賀は執務机にあったいくつかの資料を手に取り、ここ最近の指定席である秘書艦用の机に着いた。

 ほどなく龍田も、予備の椅子を手に真田の横に陣取る。

 いつもの笑みを浮かべた龍田と、戸惑う真田。

「龍田は提督の補佐を。私は、自分の知識を更新します」

「私もう寝ようと思ってたんだけどなー」

「嘘を吐くものではないわ。これから寝ようとする人が、人数分のお茶菓子を用意するものですか」

 龍田が持ってきた盆には急須と湯呑み、そして羊羹が載っている。加賀が()()に合流すると最初(はな)から読んでいた龍田は、いたずらがばれたように口を尖らせた。

「提督にはまず、第一次大戦からの復習をさせて頂戴」

「そこは私の得意分野だからもう予習済みよ。太鼓判捺しておくわ」

「そう。では、そのまま水雷戦隊の戦闘方法を叩き込んでおいて。今夜はもう遅いですから、そこから先は明日からみっちりやりましょう」

 ようやく事態に追いついた真田。二人を交互に見て、首の後ろを揉んだ。

「――これは、講師二人体制に変更ってことかな」

「少しずつで構いません。私や龍田、そして他の艦娘たち……みんなのこれまでのこと、私たちをどう動かせばいいかをわかって下さい」

 加賀の言葉を受けて、龍田が歌うようにつぶやく。

「私たちも、ちゃんと新しい戦い方を覚えていかないとね」

 第二次大戦中だけでも初期と末期では多くの違いがある。まして艦娘たちの兵器はその性質上、戦中から機能は大きく変わっていない。

 そして現代兵器や技術の多くは深海棲艦に通用しないことが分かっているが、艦娘を補佐する多くの技術は、現代の()()によって成り立っている。

 つまり、艦娘たちも知り、理解しなくてはいけないことが山ほどある。

「あなたが提督として未熟であるなら、私たちもまた艦娘として……戦士として未熟です。これからもひとと共に戦うのであれば……」

「少なくとも、特海の人たちとお互いに連携できるだけの知識を付けないとね」

「そっちの資料も言ってくれれば準備する。ここは、お互い足りない部分を補おう」

 思わぬ方向に転がった加賀の夜の散歩は、どうやらよい形で終わりそうだった。代わりに始まるのは未来に向けた新たな一歩。それもいい、と加賀は口元を緩める。

 ふと、加賀は先ほど真田が口にした演劇のことが気になった。

「そう言えば、提督。あなたに『ああ無情』を教えてくれたのは誰ですか」

「誰か……だって?」

「ええ。あなたは何かの機会に知ったのでなく、その誰かに教えてもらったのでしょう」

 真田は先ほど、誰かに教わったと言った。『ああ無情(レ・ミゼラブル)』は確かに有名な話だし、多くの示唆を含んでいるとはいえ、加賀にとっては聞かせて教える類のものでもない気がしていた。

 あるとすれば、語った人物が、よほど思い入れを持っていたとしか思えない。

「――ええっと」

 その時、真田の目線が泳いだ。

「提督……?」

 しかし、それは都合の悪い話を誤魔化そうとした風でもない。口元を抑えた真田は、しばらく虚空を見つめてから、ようやく口を開いた。

「いや……すまない、思い出せないというか……」

 真田の顔に浮かんでいたのは戸惑い。

「覚えて……ない、のか。これは」

 そこにあったのは、絶対に持っているはずの答えがそこになかったという困惑だった。

 龍田も彼の異変に気付き、眉根を寄せる。

「誰だったんだろう。確かに、あまり子供へ聞かせるような話でもないよな……」

「そうよねぇ。提督がそのお話聞いたのって、いくつぐらいの時?」

「――分からん、ガキの時だと思うんだが。オレがこのお話を語って聞かされて、そして希望はあると諭されて……それだけは間違いなくあったっていう、その確信しか……」

「若いのに健忘症かしらぁ」

「そういうんじゃない……はずなんだけどな」

 熱っぽく希望について語った時の真田と、それを教わった相手は覚えていないという彼。加賀はそのギャップに戸惑うが、同時にもう一つの疑問を抱いてもいた。

(――私は、何故彼の口にした歌詞に聞き覚えがあるの)

 真田の話を信じるならば、『ああ無情』が映画の形で世に出たのは加賀が沈んだもっと後だ。

 何故、自分の知るはずがない歌に覚えがあるのか。

「――どうかしたの、加賀」

 龍田が首を傾げたのに首を振る加賀。何しろ、艦娘についてはまだ全容が知れていないらしい。そういうこともあるだろうと、加賀は無理矢理納得することにした。

「いいえ。……素敵な人だったのかしらね」

 資料へ目線を戻した加賀の言葉で、何故か龍田の手刀が真田の後頭部にめり込んだ。

 夜は、ゆっくりと更けていく。

 

 

三.

 

「加賀、水くれるか」

「はい……どうぞ」

「ありがとう」

 昼時の執務室には、静かな時間が流れていた。

 真田の目の前には素麺(そうめん)が置かれている。ひと口それを食べた提督に、加賀からグラスが渡された。

 グラスに満ちた水を半分ほど減らしたところで、真田は息を吐く。

「なあ、加賀」

「何でしょうか」

「お前、このめんつゆ薄めたか」

「薄める、とは……?」

 心底不思議そうな加賀に、真田は何も言えなくなる。

「いいや、何でもない」

「そう」

 加賀は、そのまま無言で食事を再開した提督の横顔で気付く。また何かやってしまったと。

 どうも加賀は他の艦娘よりも記憶のバランスがよくないらしく、一般的な生活面において一部が少しズレた状態にあった。

 食事の準備をすれば、レシピ通りに作ったつもりが失敗する。

 洗濯をすれば洗剤の分量を間違える。

 掃除は比較的問題なかったが、その他細かい部分でワザとやっているのではないか、というレベルの失敗をすることも多かった。

(ふねに生活能力は要らない……というのは言い訳ね。私は、艦娘なのだから)

 一方で、加賀の艦娘としての戦闘能力はずば抜けていた。

 戦闘面での『艦の記憶』は熟練の艦娘と引けを取らないのか、空母道の所作ひとつ取っても美しく、そして無駄がない。今後練度が上がって行けば、間違いなく鎮守府の戦力でもトップクラスになれる。加賀はその自覚があった。

 しかし真田は、そんな彼女のアンバランスさを見て、とある決断をした。

(――しばらくの問、秘書艦をやれと言われたけれど…‥)

 それは、ある程度持ち回りにしていた秘書艦を当面加賀に固定すること。

 加賀は戦闘に関することや、秘書艦娘が担当する事務作業、様々な場面で使用する端末などの扱いにおいては覚えが早く、事務方としての動きに何ら問題はなかった。

 龍田と一緒に始めることになった勉強会でも、その能力は如何なく発揮されている。おかげで真田もずいぶん知識を付けてきたと自信が出てきたほどだ。

 しかし艦娘として生活していくに当たって、それ以外の部分が壊滅的では今後に支障が出る。真田の決定は、加賀の入れたお茶のような渋みの塊を飲んだ龍田や電によって、満場一致で受け入れられた。

 加賀が気付くと、真田は既に素麺(そうめん)を平らげている。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「加賀、次からめんつゆは水で薄めてくれ。分量は多分容器に書いてある」

「――分かりました。申し訳ありません、提督」

「気にするな」

 空っぽになった皿を載せた盆を手に、真田は立ち上がる。

「片付けは私が」

「ん」

 慌てて席を立った加賀に、真田は肩をすくめて見せる。加賀はその様子に少々むっとしたが、それを表情に出すことはない。

 確かに、加賀はここ数日皿やコップの類をいくつか割っている。だが、それもやらないことには上達しない。そのために秘書艦として仕事をしているというのに、と加賀は自らの扱いに不満を持った。

 ふと、真田が咳払いをした。加賀は彼の机に空っぽのグラスが残されていることに気付く。

(遠まわしな人。いえ……彼なりに、私を立ててくれているのか)

 加賀は、自分の性格がかなり掴まれていることに、嫉妬にも似た感情を抱く。グラスを忘れた提督の不始末を手伝う秘書艦、という建前を用意してまで、加賀の生活能力を改善しようとしている。恐らく真田は、この後食器を洗うところまで一緒にやるつもりだろう。

 それはそれで思うところがある加賀だが、指導を受けている立場の彼女としてはどうしようもない。もはや加賀には、真田の用意したレールに乗る以外の選択肢を持ち合わせてはいなかった。

「提督、グラスをお忘れです」

 真田にため息を気付かれないよう、加賀はグラスを手に取る。

「あ、っ」

 水滴に手を滑らせた加賀の手から、グラスは零れ落ちていった。

 

 

四.

 

『ありあけづき、係留作業開始』

 警備艇ありあけづきは、まだ規模の小さな泉浜鎮守府の艦隊に随伴するには、丁度いい艦艇だった。それ故使用頻度も高く、今日の出撃で懸念を抱いた船長から緊急メンテナンスの要望が出されている。恐らく、何日か船舶用のドックに回されて精密検査になることだろう。

(――艦娘も増えてきたことだし、そろそろ小型護衛艦にも慣れておくべきか)

 艦娘はよほど長距離航海でなければ自力で海を走るが、遠方への出撃命令が下るようになるとそうも言っていられない。色々な思惑を抱えて泉浜鎮守府へ帰還した真田を迎えたのは、今回出撃しなかった加賀からの通信だった。

『こちら加賀です。お疲れ様でした、提督。二点ほどご報告が』

「悪いニュースから聞こう」

『はい? ……ええ、では……申し訳ありません、フライパンを一つ駄目にしてしまいました』

「焦がしたか」

『……はい』

 加賀の料理の腕は相変わらずだった。真田の許可というより指示でやっていることだが、その成果は未だに芳しくはない。電曰く『筋は悪くないのに色々な加減がアバウトなのです』。

 加賀本人もそれなりに出来ないことを気にしているのは、真田にも既にお見通しであった。

『本部からの連絡を受けているうちに、気付いたら……』

「わかった、気にするな。それで、いいニュースのほうは何だ」

『え』

 さらりと失敗を流された加賀は、困惑の声を漏らした。加賀としては、始末書の一枚も覚悟していたぐらいの報告だったらしい。悪いニュースという言い回しが空回りし、真田は吐息を漏らした。

 二人の思惑が余計なところですれ違うが、加賀は咳払いと共に提督の言葉を優先した。

『留守の間に、先日建造された榛名が着任しました。一応、提督のお戻りに合わせてご挨拶できるようスケジュールしておきましたが……いかがなさいますか』

「お、そうか。榛名は建造完了のタイミングが悪かったんだよな。まだ会ってないんだ」

 艦娘は建造された日に提督と面通しするのが通例。榛名は建造された日に緊急の出撃が入り、真田と面識がないまま着任研修へと回されていたため、今日が初の対面となる。

『着任研修のレポートが来ていましたので、いつもの場所に入れてあります』

「分かった。チェックしておくよ。報告は以上か」

『はい。……あの』

 瞬間、真田は提督としての背筋を伸ばした。

 加賀は基本的に、事務仕事は問題なく出来る。その加賀が『報告は以上か』という問いに『はい』と返したのだから、つまり加賀が言い淀んでいる何かは報告ではない。

 相談、或いは彼女の悩みや戸惑い。提督として、また艦娘たちと共にある仲間として真剣に受け止めなくてはいけないものだと、真田は直感した。

「加賀、少し待て。……いいぞ」

 ありあけづきで受けていた通信を自身のインカムへと転送した真田。加賀の話が、お悩み相談か料理指導か、いずれにせよ彼女のプライバシーは守ってやるつもりでいた。

 数秒の沈黙のあと、加賀は口を開いた。

『これはいつまで続けるつもりですか』

 それは単純な疑問や非難ではなかった。

『正直に申し上げて、秘書艦のやることではないと思うのだけれど』

 加賀の言葉には二重の意味が込められていることに、真田は何故か安心を覚えた。

 秘書艦はただのお茶汲みではない。提督の執務を補佐する事務作業、やり取りをする際に艦娘同士のほうが都合のよい細かなコミュニケーション、いくらでも仕事はある。

 あくまで『ついで』の仕事である食事の準備は、秘書艦の本来の仕事ではないこと。

 提督の執務を支えるべき秘書艦が、付帯作業である食事の準備すら満足にできないこと。

 加賀本人がどちらを大きく捉えているか分からなかったが、真田には()()として聞こえていた。

「気持ちは分かるが、加賀の秘書艦ローテを特別扱いは出来ない。だからこそ、今のうちに早いところ慣れておいてくれ」

『ですが……』

 なおも食い下がろうとする加賀を、真田は遮った。

「加賀。フライパンは新しいのを手配させる。今日、不知火が非番だったから買って来てもらうよ」

『いえ、そういうことではなくて』

「フライパンぐらいなら大したことない。加賀が不安なく料理できるようになってくれるならな」

 あくまで自分の判断を元に加賀に秘書艦を続けさせていた真田は、『修行』に関わる出費のすべてを自腹で賄っていた。雑費を圧迫するほどではないにしろ、責任は取る。真田なりのやり方だった。

 どうやら自分の上司に退く気がないことを知った加賀は、溜め息一つ。

『期待はなさらないで下さい。顔合わせの件、よろしくお願いします』

「了解。期待しておく」

『それは新たな戦力についてのものだと思っておきます』

「ゆっくりでいいから、台所でも役立つ戦力になってくれ」

 真田の皮肉にも取れる言葉に、加賀は無言で通信を切ることで答えた。

 

五.

 

「高速戦艦、榛名です。あなたが、真田提督ですね」

 そう可愛らしく笑った榛名は、目の前の提督に首を傾げて見せてから、ゆっくりと頭を下げた。

「よろしくお願い致します。榛名、誠心誠意頑張ります」

「こちらこそ、よろしく頼む。ようやく来てくれた戦艦のふたり目だ、しばらくは覚えることも多いと思うが、何でも聞いてくれ」

 ここ数か月、多くの艦娘をこうして鎮守府に迎えてきた真田。ようやく新しい仲間への声掛けも様になってきたところで、彼は手痛い……というか、予想外の洗礼を受けることになる。

 突如、榛名が真田へ抱き着いた。文字通り。

「感激ですッ! 榛名、素敵な提督さんのところへ着任できて幸せです!」

「お、あの、榛名ちょっと」

「ちょうど建造完了したときは、皆さん揃って海域の攻略に出撃をされていたので……榛名、ようやくお会い出来ました。寂しかったです」

「榛名、ちょっと近……いやだいぶ近いから。離れてくれると助かるんだけど」

 真田は陸自時代の同僚を必死で思い浮かべて抵抗する。彼も一応健康的な男性であるが故に、女性と密着して平気な顔はしていられない。仕事中に少し距離が近付くくらいならどうということはないが、明らかに好意を持った直接接触において耐性などないに等しい。柔らかさに何かが負けそうな真田。

 そんな真田に助け船を出したのは、頼れる秘書艦だった。わざとらしい咳払いが場に割って入る。

 音の主である加賀と、榛名の目線がぶつかった。

「あら――あなたは」

「榛名、提督が苦しがっておいでです、離してあげて下さい」

 加賀の言葉でようやく真田は解放され、榛名の腕から逃れる。ひと息吐いたのもつかの間、彼の背を悪寒が走り抜ける。何故だかは分からなかったが。

「あっ……ごめんなさい、提督。榛名つい熱くなってしまって」

「っ、いや、大丈夫……気にするな」

 真田をそっと手放した榛名は、軽く衣服を整えて姿勢を正す。その目線が見据えるのは、加賀。

 何も言わない加賀に、榛名は数歩歩み寄る。はたから見ればガン付けにも似た距離。

 そして榛名は、にこりと笑い掛けた。

「ええと、お話は伺っています。あなたが加賀さんですね。メシマズの」

 加賀は一切表情の変化を見せなかったが、真田には分かった。いや、真田どころかその場の全員が、加賀の腕に力が込められたことを肌で理解していた。

 いきなり何を言い出すのか、と執務室にいた全員に緊張が走る。張り詰めた空気に電が息を呑むが、それでも、加賀はいつも通りに答えた。

「そう。航空母艦、加賀です」

「メシマズおかんですか?」

「航空母艦です」

 真田は側にいた雷に耳打ちする。

「電、お前あの子に何吹き込んだッ」

「ななな、何も言っていないのです」

「榛名の着任前研修、お前が現地の説明担当者だったろ。他に誰が話すんだよ」

 身に覚えのない罪を着せられそうになった電は激しく首を振る。しかし真田には、他に榛名が加賀のひどさを知る機会などないと考えた。加賀については建造の経緯が経緯であり、あまり他と違う様子を表立って報告してはいない。と言っても実害があるのが主に食事なだけで、他にも酷い部分はあるが。

 そんな真田たちの疑問には、榛名自身によって回答が投下された。

「たまたま着任の研修でお近づきになった明石さんに色々と伺いまして。何でも、こちらと懇意にしていらっしゃるとか」

「あんのクソ工作艦……」

 加賀の建造での一件以来、あれこれと真田から大小の無茶を押し付けられている明石にしてみれば、これぐらいの仕返しは大目に見ろということらしい。

 食えない工作艦の『てへぺろ』を思い浮かべた真田は、ため息を吐いた。

「あいつのことだから、事実しか話してないってシラを切るだろうな」

「司令官さん、事実でも名誉棄損は成立するのです」

「罪に問えるか問えないかというより、これはもうアウトだろ」

 氷河期のごとく冷え込んだ執務室の惨状に、真田は肩を落とす。

 一方加賀と榛名は、目を合わせたまま微動だにしない。笑顔の榛名、無表情の加賀。

「こりゃいかん」

 真田はそこに見えた火花に、ようやく一歩を踏み出した。

「二人ともそこまでしておけ。加賀は榛名の着任手続き頼む」

「わかりました」

 まるで魔法が解けたように身を返す加賀。安堵の真田は、横に居た電へと矢継ぎ早の指示。

「電、榛名に鎮守府を案内してやってくれ。終わったら午前中は説明会」

「了解したのです」

 そして真田は、電に耳打ちする。

「マウント取れ。手段は問わない」

「アイアイサーなのです」

 この数か月、頼りないはずの電が時折見せるようになったエッジの効いた人格。気付いた真田が電に訊いてもとぼけるばかりで、大した収穫はない。

 唯一の可能性は、改装時に『何か』を彼女が自分自身に施したこと。

 電の強化改装を行う際、『偶然にも』明石が泉浜を訪れていたことを真田は思い出していた。それが電自身の何らかの決意によるものであれば、真田は受け入れるしかない。そして、利用もする。

「それじゃ、今日も一日安全運航。以上、解散!」

 真田の叩いた両手と共に、泉浜鎮守府の波乱の一日が始まった。

 

六.

 

「加賀以来のイレギュラーだな、これは」

「何のことでしょう?」

 執務机に並んだ、成人男性でもすべて食べるには骨の折れる量の料理。真田のために榛名が用意した昼食は、情け容赦ない怒涛のボリュームで彼を襲おうとしていた。

 乾いた笑いしか出ない真田を、にこにこと榛名が見つめている。

「さ、提督。お召し上がりになって下さい」

「いや、確かにもう昼だからそろそろかなとは思ってたんだが」

「榛名、皆さんに伺ったあなたのお好きなものを作ってみましたっ」

「いや……確かに……オレの好きなものが並んでるな。山ほど」

「ちょっと作りすぎてしまいました」

 そう言って首を傾げる榛名の姿は、恐らくはた目には愛らしい姿だったろう。しかし昼食は秘書艦の担当と聞いていたにも関わらずの行動。着任初日とは言っても限度はあるし、何より自分の指示を無視されたことに、真田はほんの少しだけ苛立ちを覚えた。

 それに真田は、先ほどから秘書艦である加賀の姿が見えないのも気にかかっていた。自分の指示した仕事をやっていない加賀に、らしくなさを感じていた真田。

 そんな彼がため息と共に言おうとした言葉は、榛名によって遮られた。

「加賀さんには、昼食はご遠慮して頂くようにお伝えしました」

「――なに?」

「今日は榛名が提督にお作りするので、お昼はご自分の分だけどうぞと」

 きっと食堂でお召し上がりになっているのでは、と榛名は曖昧に笑う。

「そうか」

 まるで寄せた皺を隠すかのように、真田は人差し指を眉間に当てた。

 本人の思惑はあるにせよ、榛名がやっていることが彼女の善意から来ていること。

 そしてそれを黙って受け入れた加賀の心境。

 渦巻くように入り組んだ三者の気持ちを、どう制御すればいいか。 真田は海域攻略作戦の時よりもよほど悩んでいる自分に自嘲の笑みを浮かべた。

「まさか、艦隊の舵取りでこういう問題が出て来るとはな……」

「どうかなさいましたか」

「提督はどこもこうなのか、と思っただけだ」

 真田は、執務机に置いてあったインカムを手に取った。そのまま携帯端末から通話履歴を呼び出し、頼れる相方の応答を待つ。真田にとってこの選択が正解か自信はないが、後戻りする気もなかった。

『はい、電です』

「加賀の現在位置は分かるか」

『……? はい、今は……寮の自室にいらっしゃるみたいなのです』

「自室……そうか、ありがとう」

『お呼び出ししますか?』

「昼食後、そのまま部屋に居るよう言ってくれ」

『了解なのです』

 真田は仕込みを終えて、改めて榛名と料理に向き合った。見た目も香りもいい。恐らく味も問題ないだろう。洋食を中心にして、揚げ物も揃えたなかなか本格的なメニューが並ぶ。

 榛名のこの情熱がどこから来ているのか、真田は考え始めていた。

 艦娘は、最初から提督に対する好意を持つような条件付けをされているわけではない。通常、艦娘は艦隊運営に支障なく命令を聞ける程度の分別を持ち合わせているので、その必要がないからだ。

 無論、人格を持つ個人としての艦娘に対して、何らかの強制をすべきでないという考えが根底にあってのことでもある。そうしたほうがやり易いという声もあるが、あくまで一部に留まっている。

 一方で、一般的な話として提督に個人的な好意を持ちやすい艦娘というのは居る。金剛型で言えば、ネームシップである金剛、そして榛名がそれに当たる。しかし、榛名の見せた猪突猛進っぷりはとても一般的とは言い難い。最初からラブが全開振り切れた状態というのは、いくら艦娘が人ならざる者だと言っても、普通ではないと考えて差し支えないだろう。

 そこで真田の脳裏に思い浮かぶのは、やはり。

「加賀のような事例……か」

 加賀の建造で起きた事態は、何者かの思惑で混入させられた、深海棲艦の艤装によるイレギュラー。しかし、その結果はどうやら予想外だったらしい。明石から話せる範囲で引き出した情報からすれば、深海汚染度もすぐ下がって落ち着き、多少基礎能力の高い程度の艦娘が建造される予定だった。

 それにも関わらず、加賀は『溶鉱炉』内で暴走してしまった。危うく装置を破壊する寸前で止まってくれたことは、不幸中の幸い以外の何でもない。

 榛名と加賀の建造に共通しているのは、提督である真田か、泉浜の建造施設ぐらいしかなく、前任の提督からはそんな話を聞いていない。

 つまり……自分がボンコツ提督である故に、イレギュラーな艦娘が建造されているのではないか。

 そんな考えを抱いたところで、真田は思索を一度打ち切った。

「――とにかく今は、目の前の食事だな」

「はい。冷めないうちに召し上がれ」

 改めて皿に盛られた食事を眺める真田。取り合わせはともかく、彼自身が食べ切れるかどうか。

 提督としてある意味で負けられない戦いを迎え、真田は思わず箸を取った手に力を込めた。

「ところで……」

「なんだ?」

「提督は、トランクス派なのですね。畳む時に全部チェックさせて頂きました」

「私室の洗い物は自分でやるよ! っていうかどうやって入ったんだお前!」

「それは乙女の秘密ですよ、提督」

「後で電に頼んで、侵入経路は吐かせるからな」

「アッヤメテクダサイゴメンナサイ榛名ハ大丈夫ジャナイデス」

「電のやつ、やり過ぎたな……」

 機械のように一点を見つめて呟く榛名に、真田は肩を竦めてため息を吐いた。

 

 

七.

 

「――ふぅ」

 加賀はひとり、部屋で鍋を手にして悩んでいた。中には野菜スープだったものの残骸が揺れている。

 昼食の一品として作ってみたスープだったが、味は悪くなかった。

(これは、どうしたものでしょうか……」

 欠点は、肝心の野菜が煮崩れてしまい原型を留めていないものがあったこと。玉ねぎやジャガイモも入っていたはずのスープには、にんじんやグリーンピースしか姿が見えなかった。切り方がまずかったのか、火加減を間違えたのかは加賀には分からなかった。

 いっそのこと捨ててしまうのも手ではあった。しかし、普通に食べられるものを捨てるのは加賀には忍びなかったし、失敗とはいえ自分の成果ではある。

 ふと、加賀は成果を報告すべき相手が、もうこれを食べる機会のないことに気付いてしまった。

(そう……きっとこれからは榛名が)

 今日やってきた戦艦艦娘は、早くもあの提督に一目惚れらしい。これから自分が敢えて不味い食事を食べさせる必要もなく、あとの世話はきっと彼女が焼いてくれる。加賀はそう結論付けた。

 自分のためあれこれやろうとしてくれた真田に対して、多少申し訳ない気分を抱いた加賀。しかし、いつまで経ってもあまり成長したように見えない自分のあれこれを思い出し、頭を振る。

 加賀が思い切って鍋を持ち上げた時、部屋のドアが二度鳴った。

(電かしら……)

 先程内線で待機を指示してきた駆逐艦を思い出した加賀。鍋をそっと机に置き、慌ててドアを開けた彼女の目の前には。

「待たせたな。今、加賀だけか」

「提督……?」

 真田が立っていた。

 予想を外した加賀だったが、すぐに考えを変える。加賀は本来なら昼食を担当していたはずが、彼に話を通さず勝手に榛名へ役目を譲っていた。真田はその連絡不行き届きを咎めにきたのではないかと。

「昼食の件でしたら申し訳ありません。私からもお話ししておくべきでした」

 頭を下げた加賀に、真田の厳しい声が飛んだ。

「まったくだ。命令違反だぞ、これは」

 意外に思える言葉の強さに、加賀は伏せた顔を少しだけ歪ませた。

「オレは加賀の生活能力改善のために、秘書艦として食事を作らせていたはずだが」

「それは、そうですが」

 顔を上げた加賀の目に入ったのは、真田の苦笑。

「昼飯を食いに来た。何か作れるか」

「え……」

 そう言った真田に、加賀は返す言葉がない。と言うより、意味が分からなかった。

 今日の昼食は榛名が作っていたはず。しかも張り切った様子で準備していたため、普通に作るだけで相当な量になる。そして何より、昼休憩の時間はとうの昔に過ぎていた。まさか真田は、榛名の食事を食べなかったとでも言うのだろうか。

 そんな加賀の疑問は、先に真田のほうから打ち崩された。

「榛名のお昼で、だいぶ腹がもたれてるんだ。出来たら優しめのものがありがたいんだが」

 加賀はその言葉に目を見開く。彼女としては珍しい表情に、真田は少しだけ吐息を漏らした。

(普通に昼食をとって、どうして私にも作れなんて……この人は私に、一体何を求めているというの)

 何も言えないでいる加賀を余所に、真田は目ざとくテーブルの上の鍋を見つけた。

「お。あるじゃないか。スープか何かかな。……お邪魔させてもらおう」

 普段から男性が入ることのない寮の部屋に侵入した真田は、さっさと鍋の正体を確かめてしまった。追った加賀は、ルール違反を咎めるべきか言い訳をするべきか悩んで、結局後者を選ぶ。

「失敗してしまったものです。一応今日も作ってはみたけれど、相変わらずでした」

「そうか? 美味そうに見えるけどな」

 煮崩れが、と言う加賀を背後に、真田は止まらない。未使用のマグカップを見つけると、鍋に入れたままだったお玉でスープを注ぐ。そしてそのまま、マグカップからスープを一口。

「うん、いい味じゃないか」

「提督、それは」

 なにごとか口にしようとした加賀を手のひらだけで制して、真田は加賀に向き直った。

「加賀。これが今日のお前の成果か」

 加賀が見る限り、真田の目は冗談を言っている目ではなかった。

「確かに、それは私が今日作ったものですが」

「じゃあ成果物として、オレが納品を受けても問題ないな」

「――はい」

 少し温めてくれるか、と言う真田に、加賀は頷くことしかできない。

「提督。榛名の昼食は」

「食べたよ、全部。なかなか美味しかったけど、ちょっと量が多かった」

「――そうですか」

「次からは一般的な量にしてくれと言っておいた。次がいつかは知らんけどな」

「――そう」

 強くし過ぎないよう慎重に火を加減する加賀。その後ろ姿に、真田からの問いがそっと投げられた。

「どうして榛名から申し出を受けた時、オレに相談しなかった」

「榛名からお話があると思いましたので」

「建前はどうでもいいんだよ。面倒な責任から解放されたって思ったのなら、それはそれで仕方ない。加賀があまりこの食事係じみた仕事に気が進んでいないのは、何となく感じてた」

 それは違う、と言おうとして、加賀は振り向いた。

「でもな。余計なお世話だったとしても、お前にはしっかり生活できるようになって欲しい。せっかく今の時代に生まれたんだ。生きていく中で色んなことを楽しむために、加賀にはたくさん色んなことができるようになって欲しいっていうのは、オレのワガママかな」

 これだから男の人は、と言おうとした加賀は、一旦首を振る。

「提督……」

 真田は、ただ加賀の言葉を待っていた。彼は彼なりに、これから加賀の口から語られることが重要であることを察している。

 数分とも、数秒とも思える沈黙の後。控えめに息を吸った加賀は、ようやくその言葉を口にできた。

「私は、料理が下手です。そんな私の作る食事を、まるであなたに処理させているみたいで……それが嫌というより、申し訳なかったんです」

 自分が明らかに劣っていることを告白するというのは、加賀という艦娘にしてみれば自殺にも等しいことだった。一航戦の正規空母加賀、誇り高いその欠片を宿した自分が、よりにもよって炊事や洗濯が下手だなどと。

「私は戦いでならお役に立てますが、他のことでご迷惑をお掛けするのは耐えられません。ですから、榛名に役目を譲りました」

 そう言って俯いた加賀。後ろ手にガスを止め、真田の言葉を待った。

「お前は今、自分が何だと思ってる」

「えっ」

「第一航空戦隊所属、正規空母加賀。教科書通りなら、それが答えだ」

「――それは、その通りです」

「でも一航戦の空母加賀は、スープの火加減を体で分かって止めたりしないだろ」

 加賀は自分が先程ガスを止めていたことに、たった今気付いた。信じられないとばかりに自分の手を見つめた加賀に、真田は追い打ちをかける。

「加賀、忘れるな。今のお前が建造されたのは、神戸の工廠、川崎造船所じゃない。この泉浜鎮守府の建造ドックで、お前は生まれたんだ」

 正規空母加賀は、加賀型戦艦の一番艦として川崎重工業の造船所で建造されている。しかし、真田の言葉は今の彼女に向けたものだった。

「お前は、ウチの艦娘だ」

 真田の力強い言葉に、加賀は黙って後ろを向いた。スープをマグカップに注ぎ、スプーンを添える。

 マグカップを差し出された真田は、満足そうにそれを受け取った。

「これを、明日の昼食でもう一度出してみてくれないか。リクエストぐらいは聞いてくれるだろ」

 野菜スープを口に運びながら、さらりと真田は告げる。

「――これを、ですか」

「もう一度飲んでみたい。明日も加賀は、担当秘書艦だろ」

 つまり彼はこう言っていた。昼食はお前の担当だ、と。

 真田はスープを飲み干した後、加賀に笑顔でマグカップを向ける。お代わりの仕草だと気付くのに、加賀は数秒を要した。

 マグカップを受け取った加賀の背中に、真田は一人頷いた。

「さて、午後の事務仕事が溜まってる。少し今日は残るけど、付き合ってくれるか」

「構いません。お手伝いします」

 スープの入っていた鍋の底が見えるようになるまで、さほど時間は掛からなかった。

 

八.

 

 出撃の疲れが残っていた真田の申し出で、残業のあと夜の勉強会は中止となった。

 加賀は夜霧の漂う中庭を歩く。渡り廊下を通るより、何となく外の空気を吸いたかったのだ。靴底で砂利が音を立て、加賀の歩みを示している。

 ふと、加賀は立ち止った。寮の前に、人影が見える。

「お帰りなさい、加賀さん。遅くまでお疲れ様でした」

「榛名……どうしたの、終業時間はとっくに」

 そこまで言って、加賀は彼女が自分を待っていたのだと気付く。

 当然だ。今日の真田とのやり取りで、榛名が無関係なはずはない。

「少しお話しませんか」

 そう言う榛名は、わずかに憂いを帯びている。初日から見せた暴走ぶりは成りを潜め、金剛型らしい淑やかさに溢れていた。

 そして加賀の予想していた通りの問いが、榛名から撃ち込まれる。

「加賀さんは、真田提督をお慕いなさっているのですか」

 加賀の答えはノーだった。何しろ相手は、指揮命令系統の上位者である提督。命令を受けて、忠実にそれを実行するのが使命。艦娘というひとの形を得たとしても、そこに一切変わりはない。

「いいえ。私も彼と会ってせいぜい三か月です。そんな風になることはありません」

 そうして首を振る加賀。しかし、榛名はどこか納得していない。

「ですから、榛名。あなたが提督に懸想(けそう)するのはあなたの勝手です。お好きになさい」

 自分には関係ないという加賀の宣言があっても、榛名の表情は変わらなかった。

「――言われなくても、もちろんそうさせて頂きます」

 ふと、加賀は昼間見た真田の笑顔を思い浮かべた。目の前の榛名が彼の笑顔に寄り添う様を想像した加賀。ひとつの思いと共に榛名の瞳を真正面から見据えた。

「あなたには覚悟があるの」

 それは、単純故に重い質問だった。しかし加賀の思惑をよそに、榛名はあっさりと頷く。

「はい。榛名はたとえ何があっても、提督と添い遂げるという覚悟を持っています」

 着任初日の艦娘がそう言ってのけるのを、加賀は重苦しい思いで聞いていた。

 そして加賀は、もう一歩踏み込んで確かめることにした。

「自分が海の底へ還ることになっても、使命を果たすのが私たち艦娘です」

 加賀は、自分たちが哀しい存在だとは思っていなかった。しかし、課せられた使命の大切さ故に思うことがある。敢えて加賀が榛名へそれを問いたくなったのは、彼女のある意味真っ直ぐな姿勢がどこか羨ましかったのかも知れない。

「あなたは自分がもしそうなった時、提督……相手が抱く想いと、ほんのひとときの幸福感とを天秤に掛けられるの。榛名」

 もし、誰か大切な相手と結ばれたとして。

 その相手なしではいられないような思いを抱いたとして。

 そして相手も、自分と同じような気持ちでいてくれたとして。

 そのどちらかが永遠に失われた時、果たしてその痛みはどれほど残った者を傷付けるのだろう。

 しかし、加賀の言葉に榛名は即答した。

「榛名は掛けます。たとえそれがひとときの幸福であっても、決して――榛名も提督も後悔しないよう全力を尽くします」

 榛名の瞳は真っ直ぐに加賀を射抜いていた。

「それが……恋です」

 恋。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 榛名の口にした単語が、どこか緩やかに加賀の胸を満たしていく。馴染みのない単語だというのに、しっくりとそれは加賀の欠けていた何かを埋めていた。

「そう」

 すっかりやり返された気分の加賀は、頭上の月を眺める。美しい弧を描き、月はただそこにあった。

「では、私は……まだ恋をしていないのね」

 月がいつか満ちるように、自分に欠けた何かを埋めるように、恋に落ちるのだろうか。加賀はそんなことを考えてから、自嘲する。

 先程まで恋の『こ』の字すら考えたことのなかった自分に、そんな縁があるはずはない。

「そうでしょうか。榛名はそうは思いません」

 榛名は、そんな加賀を否定した。

 胸に手を当て、目を伏せた榛名。そんな彼女に引っ張られるかのように、加賀も何気なく同じ仕草をしていた。

 榛名の追撃は続く。

「あなたが美味しくご飯を作れた時、どなたに食べて頂きたいですか」

 唐突ではあったが、核心を突く質問だった。

「――それは」

 加賀は一瞬誰かの顔を思い浮かべそうになり、慌てて首を振る。相手が誰かというより、そういうことについて考える自分を恐れるように。

 そんな加賀の反応を見て、榛名はまるで自分のことのように笑う。

「きっと、それが答えです。もし今そうでなくても、きっといつか」

 榛名の笑顔に、加賀は戸惑う。これが、今日一日自分とあれこれやり合っていた相手かと。

 両手を広げた榛名は、ただ希望を口にした。

「だって、私たちは生きているのですから。誰かのために何かをしたい……その想いがいつか恋になることなんて、いくらでもあるはずです」

 最後の最後まで呉の空を仰ぎ、最後の最後まで戦った榛名から出た言葉。

 加賀は目の前にいる艦娘が、いつの間にか追う存在になっているように感じた。艦だ人だとあれこれと考えを巡らすより、艦娘という存在として生まれた意味を既に見出しているような、榛名の姿に。

「――そう」

 加賀は後輩に後れを取った自分のことを、何故か清々しく認めていた。一瞬思い浮かべかけた相手がどこかの提督に似ていたことは認めなかったが。

 何しろ真田は提督だ。艦娘が最も接する時間の多い男性なのだから、好意的な感情を勘違いしているだけに過ぎない。加賀はそう結論付けた。

 勝手に納得したと見える加賀を見て、榛名は笑う。

「加賀さん、よろしければ、一緒にお料理を勉強しませんか。榛名もまだまだ花嫁修業中ですから」

「それは――ええ、望むところです」

「榛名でいいなら、お相手しましょう」

 月明かりに、二人の艦娘の笑顔が浮かぶ。

 

 そうして翌日から、執務室は少し、賑やかになった。

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