そんなこともあると思います。
コミケに行く前に寝不足で倒れる、そんな感じな話です。
いえ、全く本編とは関係ありませんが。
002
少女
それがおおよそ三ヶ月前くらいのことで、順調に戦果を上げていた。
学校を雲まみれにした怪人雲男をレーザーで焼き尽くし、街中の街路樹を枯れ木に変えていく暴走機械ビッグマシンをレーザーで焼き尽くし、街中の鳥を鳥かごに拉致監禁し代わりに謎の物体Xを撒き散らす変人マスクド・スラーンをレーザーで焼きを入れるなどして街の平和を守ってきた。誰に頼まれるでもなく、なにか明確な理由があるわけでもなく。己の正義に従って彼女は街の平和を守るため戦ってきた。
しかし、今回街の空を覆い尽くした巨大な侵略者、侵獣イーターオブスカイに敗北した。いや、敗北などではなく全く持って戦いにすらならず弾き飛ばされた。ご自慢のレーザーはかすり傷すら与えられず、空飛ぶ箒はボロボロに破壊され、体を守るフリフリの魔女っ子コスチュームはずたずたに引き裂かれていた。それでも晴が生きていたのは魔法少女としての強靭な肉体と(補正と)助けてくれた謎の怪人がいたからである。
あのまま地面に墜落していれば死は免れなかっただろう。九死に一生を得たのは間違いなく怪人のおかげだった。
しかし、命が助かり骨折で入院する程度に収まった彼女の心はズタボロに折れていた。
晴は魔法少女になってから一度も負けたことがない。それどころ苦戦すらしてこなかった。ご自慢のレーザーで全て焼き尽くしてきたからだ。だから恐れることはなく自分を信じて戦ってこれた。そして今回初めて格上の相手、いや埒外の規格外の相手と出くわしてしまったのである。
晴が怯えず戦いを挑んだのは正義感と自分なら勝てるという根拠のない自信があったから。
今回の敵はそんな晴など一瞬でボロボロにするほどの強大で巨大な敵だった。
歯が立たないなどではない、相手になっていない。
それが現実である。
晴の勇気を支えていた自信は打ち砕かれ、今では空から落ちる夢を見て毎晩飛び起きるような日々を送っている。
『しばらく休みなさい』
協力者で侵略者を研究している学者でもある晴の叔母の秋口豊子《あきぐちほうこ》にそう言われて、晴は学校を一週間ほど休んでいた。怪我による検査入院もあったが、晴の精神が不安定なことを豊子は見抜いていた。
一週間。長いような短いような期間、趣味のスケボーも怪我のせいでできないため晴は暇を持て余しぼーっと過ごしていた。そして漸く冷静に負けた日の戦いを思い出せてきたところで思い出した。
「あの真っ黒な怪人さんにお礼を言ってない」
晴はすぐに家を飛び出した。
悪夢で飛び起きた夜中の三時過ぎのことである。
晴は魔法少女になってから、いやなる前からもよく夜中に街へ出歩いていた。それはスケボーの練習だったり、ストレスの発散だったりと様々な理由がある。夜中に出歩いても危険な目に合わなかったという経験が彼女から夜の恐怖を忘れさせていた。
衝動のままに飛び出した晴だが、彼女が探している真っ黒な怪人の行方など知らない。名前も知らないし、場所もわからない。しかし、アテはある。晴が敗北したあの日。晴が変身したのはいつもスケボーの練習をしている公園。そこに確かに晴以外の誰かがあの日いたのを晴は今更思い出した。
そんなアテとも言えない理由で公園までたどり着いた晴だが、案の定公園には誰もいなかった。
人もいない猫もいない、健全な夜中の公園である。
この街は住宅街こそあるが居酒屋などは少ない。夜に人があまり出歩かない閑静な街である。
人はいなくても痕跡はあるのではないか。未練がましく晴は探索をするが事件から一週間も立っているのだ。当然、痕跡らしきものなど何も残っていない。
「だーれもいないか。まあ、いるわけもないよね」
ジャングルジムに登り、足をブラブラとさせながら晴は呟いた。
ここに来て漸く晴は冷静さを取り戻した。
精神状態が不安定で悪夢を見て飛び起きたのだ。夜の空気をに触れて、走り回り、疲れたことで精神が安定した。晴はそんな状況だった。
ここからどうしようと晴は夜空を見ながら考え始める。衝動のままに走ってきたが何も手がかりはつかめなかった。当然行く先はない。帰ってもいいが気分が乗らない。少なくと今日はもう寝付けないだろう。じゃあ、街をぶらつくかといえばそんな元気もない。骨折はまだ完治していない。できればゆっくりしていたい。なぜこんなことをしているのか?そもそも本当に礼をしたいのか?会ってどうする?名前も知らないのに?あなたにあのとき助けられましたありがとうございますとでも伝えるのか?恥ずかしい。でも、お礼はしたい。でも、どこにいるのかわからない。あの人は今何をしているのか?また侵略者と戦っているのか?私みたいに。
「…………。」
つらつらと考えが浮かんでは消えていく。
「なんであの人は戦ってるんだろ」
あんな化け物と、とは呟けず黙す。
晴は負けたが侵略者は撃退されたと聞いた。あの状況でそれを為したのは間違いなくあの真っ黒の怪人だろう。あれは人なのか侵略者なのか、それとも同じ魔法少女なのか。
事実として、その得体のしれない誰かに晴は助けられている。
「私のために彼は戦った……?私が弱かったから――」
私が弱く負けたから、彼が戦う理由となった。ポツリと自虐を晴は口にする。
「そのとおりですよ。あなたが弱々しく、そして敵があまりにも強大だったがためにあの方は戦い、そして押し返した。あのお方は強い、強すぎるほどに。強すぎる力を振るう理由は自分のためではなく、弱いもののためと相場は決まっております」
ひどく透き通る高い声が聞こえてくる。
公園の街灯に照らされぼんやりと人影が見えてくる。
黒い貫頭衣に包まれた豊満な体つきは布の上からでも女性だとわかるほどで、色鮮やかな金髪と合わせて日本人ばなれした容姿を強調してくる。
「……何者?」
晴はその人影に向かって問いかける。
見た目は修道女そのものだが、日本でしかもこんな夜更けすぎに公園をうろつく修道女など不審者以外の何者ではない。
話しかける晴れには警戒心の欠如が見られる。あるいは中学生特有の好奇心かもしれない。
「田畑イア、あるいはイア・ハウベトと申します。非営利団体『
名を名乗り優雅に礼をする女性。
晴は当然この不信人物の名前など知らないし、『宇宙の叡智派』などという組織のことも知らない。
尋ねたのは晴の方だが良く律儀に自己紹介するものだと晴は勝手に思った。
「魔法少女」
けれど晴が最も興味を示したのはそこである。
よくわからない不審人物だが、魔法少女と口にすれば晴からすると聞き逃すわけにもいかない。
「ええ、私この公園の上空で起きたことを見ていましたから。あなたが変身して負けるところも、そしてあの方があなたを助け侵略者を撃退するところも」
イアと名乗る女性はそれはそれは満面の笑みで晴に話す。屈託のない笑顔。好きなことを語る学者のように。
「……イアさんはあの人のことを知っているの?」
イアの口ぶりから晴はあの怪人と知り合いだと予測して晴は尋ねる。なんでもいいから晴は情報がほしい。
「一方的に知っているだけです。追っかけ、まあファンみたいなものです。あの方は神出鬼没なので、ここで目撃できたのも偶々です。私がここへ来た本来の目的は実を言えばあなたに会うためなのです――魔法少女さん」
そう言いながらイアはジャングルジムへと近づいた。
そこで漸く晴は警戒心を抱く。
興味の対象が晴自身であり、偶然ではなく意図して遭遇したことを察したからだ。気がつくのが遅い、というよりも警戒が鈍い。晴の危機管理能力はかなりズボラである。――故に侵略者に負けたのだろう。勝たないまでも逃げることはできる相手だったし、もっと安全な戦い方もできたはずである。それができなかったのは晴の危機感が薄かったからだ。魔法少女になってからか、あるいはなる前もそうだったのかもしれないが晴は鈍い。特に自身の安全については。
「私に用って、何?――もしかして、戦いに来たの?」
晴はジャングルジムから飛び降りてイアに向かい直す。ファイティングポーズをとって威嚇する。晴に武道の経験などなく、そもそも魔法少女としても専ら遠距離専門ではあるのだが。いや、ビーム専門と言い換えても良い。
負けたばかりなのに後も調子をこくのは晴の胆力の賜物か、思春期の病のせいか。少なくとも自分と同じ程度の大きさの敵には威勢がいいのが晴のらしさとも言えるだろう。
「戦いなどと、滅相もありません。寧ろ協力、保護しに来たのです」
静かに首を横に振ってからイアは答えた。
イアの威勢の良さもにこやかな笑みで受け流される。
ふくよかな女性はこうもおおらかな性格になるのか、と晴は勝手に感心した。自分もふくよかになりたいとも勝手に思った。ほんと勝手にすればいい。
「協力はわかるけど、いやまあどう協力してくれるのか説明してもらいたいけれども、保護って何?匿われるの?動物園のパンダみたいに?」
保護と聞いて絶滅の危機に瀕しているパンダを連想するあたり中学生らしい純粋さが晴にはある。
檻の中に入れられるのかなあ、とか妄想しだすあたりやはり危機感が欠如している晴である。
「あくまでも私達が後ろ盾となり庇護化に入ってもらうだけです。あなたの自由を害したりはしません。とはいえ、先日のようなあからさまに敵わない侵略者に挑むのは控えてもらいますが」
イアは懐(ふくよかな胸の谷間あたり)から名刺入れを取り出し、晴へと一枚名刺を手渡した。
「何これ、ちょっと生暖かい」
手渡された名刺を晴れはしげしげと見つめる。
イアの名前と電話番号、そして『宇宙の叡智派』の本拠地の住所が書かれている。
「もし興味があればお電話ください。今日は挨拶だけでもと思いまして。後日またゆっくり、あなたの傷が癒えてからお話しましょう」
と、言い残しイアは一礼して踵を返し始める。
「ちょっと待って」
晴は名刺を上着のポッケに乱雑に押し込んで、帰り始めているイアへと駆け寄った。
「どうかいたしましたか?詳しいご説明であればまた後日いたしますが」
「それはまあ置いておく。気になりはするけれど。私が聞きたいのはイアさんが言ってあの方のことなんだけど」
イアの前に回り込んで晴は話し始める。
「あの方についてですか……私も詳しいことを知っているわけではないのですが」
イアは困ったように首を傾げる。
「何でもいい、あの方の名前とか、どこにいるかとか。私助けられてからまだお礼を言えてないんだ。だからせめてお礼を言いに行きたくて」
晴はバツが悪そうにそういった。晴の胸中には助けてもらった礼を後回しにしてしまった罪悪感が在った。
「なるほど、わかりました。では明日――もう今日ですか、会いに行きましょう」
「え?場所わかるの?」
「ええ、ファンですから」
イアは得意げに笑った。
晴はイアがおかしい人だとここで漸く気がついた。警戒心を一つ上げ、『宇宙の叡智派』には保護されないようにしようと密かに決心した。
寝るときに限って話が思い浮かぶ。
話を書こうとしているときに限ってお気に入りの物語の続きが投稿される。
そんな感じの話です。
タイミングがいい人間になりたい。