転生する術式を持つ少女がいろんなキャラの地雷になる話 作:おにい
転生術式の縛りには"世界との縛り"と"自身との縛り"の二つがある。
世界との縛りとは天元と星漿体、六眼との因果などと同じもの。
転生術式は何者にも明かすことができないという縛りと転生する身体は必ず女性であり呪術師としての適性を持っているという縛りがこれに該当する。
世界との縛りは自然と周りにも影響を与える。
呪力を持たない甚爾は縛りの対象外であるが、それ以外の意思を持つものは全てが対象になる。
自身との縛りとは天与呪縛などが該当する。透自身が設定した訳ではないが、術式が透に刻んだ縛り。
転生術式は二十歳になると必ず死ぬ、死ぬことはできないという縛りと転生し五歳になるまでは記憶は戻らないという縛りがこれに該当する。
故に、この縛りは術式が放棄しない限り破ることはほぼ不可能だ。
それが甚爾であっても、術式が透の死を許容しない。
「──な、なにして……」
透が自身の頭を銃で撃ち抜き、その場に倒れる。
それは誰から見ても即死だった。
呪力も底をついて、蘇生も不可能。
──だが、転生術式は透の死を許容しない。
透の肉体は死んだ。
心臓も動かない透の体から、呪力が溢れ出す。
「……!?」
呪力を感じ取った甚爾が驚き身構える。
魂を知覚することのできる甚爾は気付いた。
普段、透の魂は透の体の奥深くに隠れている。
それは術式が肉体という盾を使い、術式の刻まれている魂を守っているからだ。
だが、盾となる肉体が死んだ時──術式の刻まれた魂は透の体の奥底から顔を出し防衛を始める。
同時に魂に少しずつ貯蔵されていた呪力が溢れ出したのだ。
「おはようございます」
普段黒色の透の瞳が赤く染まる。
それは魂が表面に出てきた時の透の特徴であった。
この状態は、透の身から危機が去るまで戻らない。
「……なんだそれ」
透の頭の傷が塞がる。
次に切り落とされた腕が元に戻る。
「それがオマエの本当の術式か……」
「やはり、甚爾兄様には認識できるんですね……今までこれを見た人は疑問を抱かなかったんですが……」
透は立ち上がる。
甚爾は警戒を緩めない。
「甚爾兄様……お願いを聞いていただけませんか?」
透は頭に付いた血を拭き取りながら言う。
甚爾は睨むように透を見ていた。
「聞く訳ねぇだろ」
「ですよね……」
透が肩を落とす。
瞬間、甚爾の刃が透の脇腹を斬り裂こうと高速で斬りかかる。
しかし、透の脇腹に当たった刀身はバキッと折れた。
「刃が折れやがった……」
甚爾が折れた刀を見ながら呟いた。
呪力が籠った刀を生身の体が折るなんてありえない事だ。
顔には出さないが甚爾は心底驚いていた。
「今の私に傷を付けたいなら、私以上の呪力と出力がないと不可能です」
そんな甚爾に透は笑みを浮かべて答えた。
そして透は自分の脇腹を摩りながら、
「……甚爾兄様、なぜ今、首を斬りに来なかったんですか?」
と聞いた。
「……」
甚爾は黙って答えない。
そんな甚爾を見て透は嬉しそうに笑う。
「やっぱり、甚爾兄様は禪院甚爾は今でも私の兄様です……」
「……もう禪院じゃねぇ……今は伏黒だ」
意趣返しのように言った甚爾の言葉に透は目を丸くした。
「…………えっ……?」
そして甚爾に近づく。
甚爾は距離をとった。
「えっ、えっ!? 甚爾兄様ご結婚を!? お、おめでとうございます!!」
透は涙をこらえている。
甚爾はそんな透を何とも言えない顔で見ていた。
「そうですか……甚爾兄様を愛してくれる方を見つけたんですね……良かった……」
涙を溜める目元を拭いて、透は言った。
その表情は心底嬉しそうだった。
「……もう居ねぇよ」
「えっ……」
透は甚爾の言葉に嬉しそうな表情を固まらせた。
甚爾の妻はもうこの世にはいなかった。
「無駄話はここまでだ。次は本気で殺す……」
甚爾は周りの木々を足場にし、高速で透の周りを移動し始めた。
透は甚爾の動きを目で追うことも出来ていない。
透の転生術式の効果は死なない為に肉体を超高出力の呪力で覆い、防御力を上げるだけで身体能力が向上するわけではない。
「やっぱり、その状態でも身体能力が上がるわけじゃねぇんだな。俺のことを目で追えてないだろ」
甚爾は透の弱点を見抜き、特級呪具"
特級呪具"天逆鉾"──十手に似た特徴的な形をした短刀。
その効果は刀身に触れた相手の術式を強制解除させる。
天逆鉾が透の首に触れた瞬間。
転生術式の超出力の呪力の鎧は弾けた。
「がはッ……!?」
「その硬さが術式由来のものならコイツで殺せる……」
しかし、それでも透は死なない。
例え、術式の防御を突破できたとしても、今の透は魂で動いている。
肉体へのダメージは今の透にとってはかすり傷よりも軽い。
透は天逆鉾を首に刺したまま、拳を甚爾に向かって振りかざす。
「──黒閃」
甚爾の脇腹に透の拳が当たった瞬間。空間は歪み、黒い稲妻が走る。
甚爾はその威力に数メートル吹き飛ばされる。
だが、手の力は緩めず透の首に刺さった天逆鉾は引き抜かれた。
「ぐッ! これでも死なねぇのか……」
透は首を反転術式で即座に治す。
「こうなった私を殺すのは無理ですよ……諦めてさっきの話の続きをしましょう」
透は微笑みながら甚爾に言った。
しかし、甚爾は諦めない。
「話す事なんてねぇよ」
またしても目にも止まらない速度で動き始める甚爾。
その手には天逆鉾のほかに特級呪具"
特級呪具"釈魂刀"──見た目は普通の刀である。
その効果はあらゆる物の硬度を無視して魂を切り裂くことができる。
甚爾は透の頭に天逆鉾を突き刺した後、胸を釈魂刀で貫いた。
「ッ……!!」
釈魂刀。魂へのダメージは今の透にも効いた。
予想外のダメージに透は即座に離れ、反転術式で傷を治す。
「そろそろ諦めろ……オマエがどれだけ硬くても、俺には勝てない。分かってんだろ」
距離をとった透に甚爾は言った。
しかし、透は諦めない。
「……いやです」
「じゃあ、死ぬしかねぇな……」
「それも嫌です!」
透は手を前に出して拒否した。
そんな透に苛立つ甚爾。
「……相変わらずわがままが……!」
「そうです! 私はわがままなんです!! 甚爾兄様に殺されるのも、甚爾兄様に殺させるのも絶対に嫌です!! 大好きな甚爾兄様の手を汚させたりなんかしません!!」
透は地団駄を踏んで言った。
そんな透を甚爾は悲しそうな目で見ていた。
「……オマエは、本当に変わんないんだな」
「私からしたら甚爾兄様も変わっていません……苗字は変わりましたけど……いや本当におめでとうございます」
透は頭を下げた。
どう見ても隙だらけだが甚爾は攻撃をしない。
「……俺は変わった。変わろうと禪院家を出てオマエも捨てたんだ」
「別に私は捨てられただなんて思っていません……勝手に捨てないでください不法投棄です」
「軽口を……オマエを捨てて結局この様だ」
ため息交じりに甚爾は言った。
甚爾は変わりたかった。透に認められたことで、自分自身を肯定できる生き方を探したくなり、家を出た。
そこで新しい生き方を見つけた。
──だが、それも長くは続かなかった。
家を出て初めて愛する人を見つけた甚爾だったが、甚爾の愛した人は死んでしまった。
それから、甚爾は壊れたのだ。
どんどん腐っていき、汚い仕事も金のためにするようになった。
「なら……もう一度戻ってくればいいじゃないですか」
そんな甚爾に透は言った。
「あ゛……?」
甚爾はそんなことを言う透を睨んだ。
簡単に言うな。そんな気持ちだった。
「変わる前にもう一度戻って……もう一度変わってみればいいじゃないですか……甚爾兄様にどんな辛い事があったのか。私にはわかりません」
「オマエはまたそうやって……」
甚爾はまた人の心にずかずかと入り込もうとする透に昔を思い出してしまった。
変わる前の自分を思い出してしまった。
「でも、私は甚爾兄様にそんな苦しそうな顔させたくありません……きっと、甚爾兄様を愛してくれた人だって……甚爾兄様がそんな顔をして喜びはしないでしょう?」
「──!!」
透の言葉に甚爾は手に持っていた呪具を手放した。
もう戦うという気持ちは甚爾の中に無い。
「俺の手は、もうオマエの傍に居れるほど綺麗じゃねぇ……」
甚爾は自分の手を見ながら言った。
「私だって、沢山の人を殺してきました。きっと、善人も悪人も甚爾兄様よりずっと多く」
「っ……!?」
甚爾は今まで見たこともないほど冷たい眼をした透を見た。
そんな見たこともない透の瞳に驚く甚爾。
「私の手はずっと昔から、誰よりも汚いです……私からしたら甚爾兄様の手はとても綺麗ですよ……」
透は甚爾に近づいて、甚爾の手を取り言った。
もう、甚爾は距離を取ろうとしない。
「……透」
「甚爾兄様……もう一度変わりましょう……次は甚爾兄様のなりたかった甚爾兄様になれるように……」
透は優しい笑顔で甚爾に言った。
それはあの日と同じ、自分を肯定してくれた時と同じ優しい目だった。
「なんでオマエは……そうやっていつも……」
※ ※ ※
甚爾と和解した透は箱の中から理子と美里の二人を出し、甚爾を縄でぐるぐる巻きにしていた。
「──透!!」
するとそこに悟が駆けつけた。
悟を見た透は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あっ、悟さん! 無事だったんですね……!」
「……どういう状況だ?」
悟は縄で縛られた甚爾を見て顔をしかめて言った。
「甚爾兄様は無事捕縛しました!」
「……マジかよ」
悟は静かに驚いた。
どう考えても透が甚爾を倒すなんて不可能だ。本人もそう言っていた。
それが助けに来てみたら捕縛していた。驚かないわけがなかった。
「──透……」
透と悟が話していると茂みの中から血まみれの傑が合流した。
薨星宮本殿から血を流しながら来たのだ。
「傑さん! って大けが!? すぐに治します!!」
透は傑の傍に駆け寄り、すぐに反転術式で治療を開始した。
「……理子ちゃんと黒井さんは?」
傑は縄に縛られている甚爾を警戒しながら聞いた。
「二人とも気を失っていますが大丈夫です。甚爾兄様も無事お縄につきました!」
透はにこにこと笑顔で言った。
「……殺しておいた方がいいんじゃないか?」
傑は甚爾を睨みながら言った。
傑の判断は間違っていない。
普通なら殺しておくべきだろう。
透は傑の言葉に首を横に振った。
「駄目です!」
「家族だからか?」
傑は険しい表情で聞く。
「はい!!」
透は曇りのない眼で言った。
そんな透の返事に悟は肩を落とした。
「少しは誤魔化せよ……」
「でもそれだけじゃないですよ! 甚爾兄様は天元と星漿体の因果を壊せるからです」
「天元様と星漿体の因果……? なんだそれ」
悟は首を傾げる。
透に傷を治されている傑も不思議そうな顔をしていた。
「実は天元と星漿体、そして六眼は運命、縛りで結ばれています。つまり、必ず同化は行われるんです」
「!?」
透の言ったことに傑が驚いた表情を見せる。
「でも、甚爾兄様はその呪力の因果から脱却した存在……世界で唯一天元と星漿体の同化を阻止できる存在です。理子ちゃんが同化を拒否したんです。絶対に必要でしょう?」
「それは……本当なのか?」
傑は透の目を見て聞いた。
「はい」
傑の問いに首を縦に振る透。
嘘だとは思えない透の真剣な表情に傑は先程まで感じていた甚爾への怒りを鎮め落ち着かせた。
「天内が同化を拒んだ……なら、仕方ねぇか……」
悟は理子が同化を拒んだという話に納得するしかなかった。
「できればお礼したかったんだけど」
悟が甚爾を半笑いで見ながら言った。
そんな透に黙っていた甚爾は口を開く。
「はっ、反転術式を覚えたオマエとやりあう訳ねぇだろ。タダ働きはごめんだ」
「そうかよ」
透は二人の会話を笑顔で聞いていた。
ここで戦闘が起きなかったなら、もう大丈夫だろう。
「──よかった。一件落着です……ッ!?」
笑顔で安心した透の口から──大量の血が溢れ出した。
「お、おい!? どうした透!?」
「透!!」
「……!!」
その場の全員が透に近づいた。
透の胸には先程治したはずの釈魂刀で刺された時の傷が浮かび上がっていた。
血液は止まらない。反転術式も使用できない。
──呪力を練ることができない。
(あれ、この感覚……)
透はその現象に身に覚えがあった。
「ごめんなさい……これ、死ぬヤツです……」
これは転生術式が発動し、死ぬ時の感覚だ。
透の言葉に三人は驚く。
(まだ二十歳じゃないのに……なんで……)
しかし、一番驚いているのは透自身だった。
転生術式の発動まではまだ二年以上ある。
なぜ今、転生術式が発動したのか。
それは、透が釈魂刀により魂に致命傷を受けてしまったからだ。
転生術式は"自死"によって生み出される大量の呪力を使い発動する。
他者に殺されては発動することができない。
甚爾──他者から致命傷を受けた転生術式は殺される前に"自死"を選び、二十年の縛りを放棄した。
「何言ってんだよ!! 早く反転術式!!」
透の言葉に声を荒げる悟。
「無理です……皆さん、これから遺言を残すので……聞いててください……」
透は冷静だった。
突然死ぬことにはなったが、死ぬこと自体は慣れている。
(あぁ、まだやりたいこと沢山あったんですけど……)
しかし、内心では悲しみを感じていた。
だが、それを悟られないように微笑を崩さない。
「透、死ぬなッ!!」
悟の言葉を無視して、透は遺言を話し始めた。
「甚爾兄様……理子ちゃんと家のことをお願いします……。もう、後悔するようなことしちゃ駄目ですよ……」
「透……ッ」
甚爾は悲しそうな目で透を見た。
魂を知覚できる甚爾は、透の死が不可避であることを悟っていた。
「傑さん。アナタはもう少し自分勝手でも大丈夫ですよ……みんなと仲良くしてくださいね……」
「……透!!」
傑は涙を浮かべる。
誰よりも守りたかった人間が、目の前で死ぬという光景に心が追いついていない。
溢れる涙が透の手に落ちる。
「悟さん。悟さんは強いです……だから、これからも皆を守ってあげてください……でも、自分を蔑ろにしたら駄目ですよ……?」
透は悟の手を握り言った。
悟も涙が抑えられずに、頬を伝って地面に落ちていた。
(あぁ、こんなに……)
透も涙を流していた。
死ぬ時に涙を流すのは透も久しぶりだった。
「硝子や先生達に……約束破ってごめんなさいって伝えて下さい……」
透は微笑みながら言う。
その目にもう生気はなかった。
魂は転生を開始していた。
(こんなに未練を残して死ぬのは……久しぶりです……)
「死ぬな……死なないでくれ透……!!」
今にも魂の抜けそうな透の手を握って訴えかける悟。
そんな悟の顔を見て、困ったように笑う透。
「あはは……それは……無理……で……」
禪院透は眠る様に死んだ。
沢山の未練を残して──。