イヌネコパンクハート -Good Dog & Great Cat-   作:明暮10番

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異世界の洗礼 2

 なんにせよ、みすみす野垂れ死ぬのを待つだけなのは性に合わない。そもそも死にたくない。

 

「必ず……帰る方法はあるハズ……うん……絶対にある」

 

 凭れていた街灯から離れ、あてもなく歩き始めた。立ち止まると胸が苦しくなるほどの絶望感がやって来そうだからだ。

 だがいざあてもなく歩くとなると、無駄な考えばかりが頭を埋め尽くす。結果やはり、不安や焦燥、そして絶望感からは逃れられなかった。

 

 それでも彼を紙一重で奮い立たせているのは、元来の根性強さによるものだろう。「これが折れれば俺は終わりだ」と本能的に理解しながら、弐郎介は奇跡を求めて街をさまよった。さまようことしかできない自分を情けなくも思いながら。

 

 

 人を乗せたカマドウマ──さしずめ竈馬車が往来する大通りを横切り、少し薄暗い道に入る。

 更にその道を行くと、暫くしてでこぼこした石畳と汚れた煉瓦造りの家が続くストリートに辿り着いた。

 

「……多分、ここが貧民街って奴?」

 

 東京にもこう言った荒れた場所があるものだ。そして治安の悪さは大抵、その場所の荒れ具合と比例することも知っている。もちろん、この街の治安が東京のそれと同じ程度だとは微塵も思っていやしないが。

 家の壁にへばり付いた巨大なトカゲに驚いたり、見慣れない人間だと訝しむ通行人の目に恐縮したりしながら、こんな街さっさと通り抜けてしまおうと早足で進む。

 

 

 路地裏前を通り過ぎた弐郎介。

 ふと目の端に映ったものに気が付き、スッと後ろ歩きで後退してから、さっき通り過ぎた路地裏を覗く。

 

「…………」

 

 無言で見つめる弐郎介のその目の先には柄の悪そうな三人組青年男と、彼らに絡まれている少女がいた。

 路地裏に入って少し進んだ先だ。家々の影にすっぽり覆われたそこから、彼らの声が聞こえる。

 

「──!────っ!!」

「──っ!!──!」

「──?──!──!?」

 

 言語は全く分からない。しかし声音から分かる、彼らの下卑た感情。

 対する少女の表情は怯えに満ちている。三人組に囲われ、壁際に追い詰められている状態で、それでも出来るだけ離れようとべったり壁に凭れている。

 

 

 刑事としての感性──それ以前に誰が見たって分かる。明らかに少女にとって危険な状況だ。

 弐郎介は一度目を閉じ、困ったように眉を潜めながら天を見上げた。

 

「あー……刑事としての(さが)だよなぁ……」

 

 それからまたスッと俯くと、そのまま路地裏へ入って行く。

 ちょうど少女はなんとか逃げようと駆け出すも、あれよあれよで男の一人に無理やり腕を掴まれた。痛そうに顔を歪める彼女を見て、彼らはニヤニヤ笑っている。

 

「……っ!」

 

 振り離そうとしても、がっしりと掴まれた男の手は離れようとしない。

 次第に少女の目に絶望の涙が滲み、身体が震え始める。その震えが足を止めてしまい、抵抗する力を奪う。

 青年らは彼女のその絶望の顔を面白おかしく感じているのだろう。ギャハハと笑ってから彼女を再度囲み、路地裏の奥へ引き摺り込み始める。

 

 

「ヘイ」

 

 弐郎介が声をかけたのは、そのタイミングでのことだ。

 青年らの足が止まり、一斉に声の主である弐郎介の方を向く。

 彼らだけではない。救いを求めていた少女もまた、彼の方を見ていた。

 

 

 全員の視線を浴びながら、弐郎介はその全員を観察する。

 

 少女の獣耳は小さく丸く、尻尾は細長い。ネコ科っぽいなと弐郎介は思った。

 対して青年らは大きく上に立った獣耳とブワッと毛の立った短い尻尾をしており、イヌ科ぽかった。

 

「──?」

 

 三人組の一人が弐郎介になにか言う。「なんだテメェ?」と言ってそうな声音と表情をしていた。

 言語の壁に困り果てながらも、なんとか「その子を離せ」と伝えようと、頭を掻きながら弐郎介は話し始めた。

 

「あー……なんだろ……えーっと……ヘイ・ユー。えー……ゲット・ユア・ハンド──」

 

 リーダー格と思われる男が遮る。

 

「なに言ってんだこの馬鹿?」

「誰が馬鹿だコンニャロ、失礼な。俺はね? その手を離せって言って…………」

 

 

 弐郎介は少し黙り込み、キョトンと青年らを見つめる。「アレ? こいつら今、日本語言ったよな?」と困惑しているようだ。

 

「……え? に、日本人?」

「は? ニホン? さっきからなに言ってんだテメェ?」

「…………え。つ、通じてる?」

 

 なんとこの犬獣人の青年らには、日本語が通じた。通じただけではなく、向こうも流暢な日本語を喋っている。その衝撃がすっかり弐郎介の頭から、「少女を助ける」と言う本来の目的を吹き飛ばしてしまった。

 

「マジか!? お、おたくら日本人!? 日本語通じるんなら日本人だよなぁ!?」

 

 嬉しさと言葉が通じたと言う安堵が勝り、興奮気味に彼らに話しかけた。

 

「は?」

「日本人だよね!?」

「だからテメェ……なんだコイツ」

「だよね!?」

 

 突然現れては「ニホンニホン」と騒ぎ始めた弐郎介に、青年らも少女もぽかーんとしている。

 そのうち三人組の一人が、弐郎介に話しかけていたリーダー格に「こいつヤバくないですか?」と耳打ちした。それは薄々感じながらも、リーダー格の男はまた弐郎介に尋ねる。

 

「……なんだテメェも『オロト人』か?」

「お、オロト? 日本じゃなくて?」

「だからニホンってどこだよ! オロト語使ってんなら、『オロト皇国』の出なんだろぉ!?」

「オロト皇国……!?」

 

 どうやら彼らは日本人ではなく、「オロト皇国」と言う日本に近い別の国の人間らしい。

 

「……いやまぁ、いい! この際、日本じゃなくてもいい!」

「オロトだツってんだろッ!」

「言葉が通じるんならちょっと、話を聞いて欲しい! ちょっと俺、実は異世界に飛ばされ──」

 

 その時、少女が思いっきり腕を引いて、リーダー格の手から離れた。弐郎介の登場で困惑したが故に、少女を掴む手を緩めてしまったようだ。

 自力で離れた彼女は颯爽と駆け、弐郎介を横切った。青年らはそこでやっと、「逃げられた」と認識する。

 

「おい待てッ!?」

 

 再度捕まえようと伸ばした腕は、弐郎介に掴まれ、止められた。

 

「……ッ!!」

 

 表通りに消える少女を見送ってから、反射的に弐郎介の顔を見る。

 彼は皮肉っぽい、薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

「ヘイヘイ、駄目よぉ? レディーに無理やりやっちゃぁ?」

 

 おちゃらけた声と言葉遣い。

 しかしその目は一切笑っていない。さっきまでの間抜け面とは打って変わった、冷めて据わった瞳をしている。

 

「……ッ!?」

 

 その目にゾクリと寒気を覚えながらも、男は腕を強く引いて拘束から逃れる。

 パッと離れて見た弐郎介は、表通りの光を背にして、まだあの薄ら笑いを浮かべ続けていた。

 

「なんだかなぁ……そのぉ、オロトってトコには江戸っ子精神みたいなのがないのかねぇ?」

 

 訳の分からないことを言っているのは相変わらずだ。

 だが三人組はもう、彼を明確に「敵」と認識していた。握り拳を作って睨み付け、いつでも喧嘩を始められるよう構える、

 

「……テメェのせいでパーじゃねぇか」

「パーはおたくらの頭でしょうに。男三人がよってたかって女の子にちょっかいかけるってさぁ、どうなの?」

「勘違いすんな、『仕事』なんだよ」

 

「仕事?」と、首を傾げる弐郎介。ただの悪質なナンパではないのかと、リーダー格の言葉に引っかかってしまう。

 

 その時、控えていた三人組の一人が深く腰を落とす。突撃するつもりだ。

 

「オイおたく! 先陣切って突っ込むつもりだろうが、こう見えて俺ぁ柔道と空手を──」

 

 

 

 弐郎介の忠告を無視し、その男は動き出す。

 しかし真っ直ぐ突っ込んでは来なかった。大きく跳躍した彼はそのまま壁を蹴り、素早い身のこなしで弐郎介の頭上を飛び越え、後ろに回り込んでしまった。

 アスリートばりの驚異的な身体能力を目撃した弐郎介は思わず回り込んだ彼の方を向き、目を瞬かせる。

 

「……ちょっと待て。それは聞いてな──」

「オラァッ!!」

 

 注意が逸れた隙に、後ろから背中を思い切り蹴られる。

 

「グホッ!?」

 

 蹴りの衝撃で弐郎介は、回り込んでいた男の方へ吹っ飛ぶ。

 そして男は弐郎介の胸ぐらを掴んで受け止め、すぐにその頬をぶん殴った。

 

「死ねッ!!」

「ゴフェッ!?!?」

 

 殴られて体勢を崩したところを、待ち構えていたもう一人がタイミング良く殴る。

 

「おっせーいッ!」

「ウゲッ!?!?!?」

 

 倒れ込んだ先に壁があり、なんとか手を付いて顔をぶつけないようにする。

 後ろではゲラゲラと三人組の笑い声が響く。

 

「なんだよオメーッ! ザコじゃねぇーかッ!?」

「よくまぁそんな口叩けたもんだぜッ!!」

「身長ばっかの軟弱バカがよ!」

 

 散々後ろから罵声を浴びせられ、ズレた眼鏡を直しながら弐郎介は、血の滲んだ口角を怒りでひくつかせる。

 

 

「……ほんのちょっと油断しただけだっつのクソどもが……!」

 

 怒りを小さく漏らしつつ、崩した体勢を立て直そうと、壁伝えに立ち上がる。

 そんな彼を、すっかり余裕を見せた男一人が大股で近寄り、引き寄せて殴ろうと肩を掴む。

 

 

 瞬間、弐郎介はサッと振り向き、完全に油断しきっていた彼の顎下に掌底を食らわせた。

 男は舌を噛み、激痛から仰け反る──その空いた顔面に、弐郎介は渾身の一発を与えてやった。

 

「ゲ……ッ!?」

 

 くぐもった声と共に男は倒れる。

 仲間が反撃されたと悟ったもう一人が大きく踏み込んで蹴りを食らわせようとするが、弐郎介はそれをサッと横に避ける。

 そしてその足を脇で抱えて固定すると、前へ前へと押してやる。

 

「ぉおととととと!?」

 

 足一本で踏ん張りはできず、そのまま男は壁に背中をぶつけた。

 痛みで歪んだその彼の顔面に、弐郎介は何度も拳をぶつける。

 

「キチショウッ!! このヤロウッ!! やりやが──」

「やめろォッ!!」

「ウギャッ!?」

 

 横からリーダー格が弐郎介を殴り、仲間を助けてやる。

 殴られてふらつき、地面を這う弐郎介。リーダー格は上から踏み付けてやろうと駆け寄る。

 

 倒れた彼の目の前には、捨てられた空き缶詰。

 それを手に取り、迫るリーダー格の顔面に投げ付けた。空き缶詰は見事に命中し、怯ませる。

 

「舐めんなッ!!」

 

 その隙に立ち上がり、前蹴りで彼の腹を蹴り飛ばす。

 

「オェッ……!?」

 

 嗚咽と共に、男は地面を転がる。

「やってやったぞ」と指を差す弐郎介だったが、最初に殴り倒した男が復活し、横から殴られる。

 

「イッ!?」

「どうだぁッ!?」

「なにしやがんだッ!?」

「グェッ!?!?」

 

 拳を受けたものの何とか弐郎介は耐え、カウンターで一発頰を殴り返す。

 そこへ死角からもう一人が現れ、頭から弐郎介へ突っ込み、彼の腰をホールドする。

 

「離せっつの!?」

 

 背中に肘をぶつけて膝を折らせる。

 腰に回された腕が緩んだと見るや、今度は彼の頭を掴んで鼻面に膝蹴り。

 

「いぎゃっ!?」

 

 堪らず倒れる男。その男を飛び越えて、カウンターで殴り倒したハズの男がまた弐郎介に挑む。

 

「くたばれーーッ!!」

 

 また殴ってくるも、そう何度も受ける弐郎介ではない。

 飛んで来た腕を避けることで、男の胸元に入り込む。そしてその腕と胸ぐらを掴むと、大きく後ろへ重心を下げながら引き込む。

 

「お前がくたばれぇーーッ!!」

「うわぁあッ!?!?」

 

 体勢が崩れて足が浮いた彼を、背負い投げで以て石畳に叩き付ける。

 

「どうだクソがこの野郎ッ!!」

 

 投げ飛ばし、もう立ち上がれなくなっている男に渾身の罵声を飛ばす。

 それから弐郎介はスーツの襟を正しながら踵を返す。さっき蹴り飛ばしたリーダー格の男がヨロヨロと立っていた。

 

「こ、この……テメェ……!!」

「降参か? えぇ?」

 

 リーダー格は首を振る。その目は血走り、瞳孔は開いていた。口からもギラリと、鋭い牙が見える。

 相当怒っていることは容易に分かるが、現状はもう二人やられて、彼との一騎打ち状態。弐郎介からすれば、一騎打ちで負ける気はしていない。

 

「いいか? さっさと、降参して、回れ右して家に帰れ。これ以上すんならおたくのその自慢の牙が一本なくなる羽目に──」

 

 リーダー格は腕を振るう。

 

 

 

 

 直後、側頭をなにかで殴り付けられた。

 男の拳ではない。そもそも弐郎介とは三メートルも離れていた。

 

 攻撃を受けた弐郎介は倒れながらも、自分の頭を殴ったものを見て目を疑った。

 それは男の振るった腕から伸びた、青白い触腕。半透明でスライムのようなその触腕が、鞭のようにしなって自分を殴り付けたのだ。

 

 触腕は弐郎介を殴った後、空中を漂っている。

 それはなんだと言うより前に、再び触腕が倒れた弐郎介の顔面に叩き付けられる。

 

 

 

 

 その一発で脳震盪を起こした弐郎介は、とうとう気絶してしまった。

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