イヌネコパンクハート -Good Dog & Great Cat-   作:明暮10番

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彼女を怒らせるなら 1

 アントニナは早速、調査を開始した。

 依頼主が話していた、心臓麻痺で死んだと言う青年の名は「オリビオ」。地方から叔父を頼って帝都に来た、いわゆる出稼ぎ労働者だ。

 そしてその叔父の娘こそ、オリビオが探していた行方不明の従姉妹だ。名前は「グレイ」。一年前、昼に市場へ行ったきり忽然と姿を消したようだ。

 

 アントニナはまず、オリビオの死にはこのグレイの失踪が関係していると考え、彼女の住んでいた町で聞き込みをしてみた。

 

 性格は自信家でやや強情だが、裏表のないカラッとした姉御肌で、父親思いとのこと。その父親は杖なしでは歩けないほど足が悪く、そんな彼をグレイは置いて出て行くとは考えにくい。ちなみに父親は半年前、足の悪さが災いし、階段から落ちて事故死した。

 

 よって彼女は自ら消えたのではなく、何者かに連れ去られた可能性が高いが──その理由は大体分かっている。依頼主も言っていた通り、彼女が「肥大型魔臓」だったからだ。

 この特殊な臓器を狙う輩は数多い。普通ならば肥大型魔臓であることは絶対の秘密だが、恐らく情報が漏れ、裏社会の人攫いに誘拐されてしまったのだろう。

 

 

 行方不明となってからもう一年だ。残念ながらグレイの生存は絶望的だろう。

 しかしオリビオは諦めていなかった。消えた従姉妹を見つけ出そうと独自に調査し、帝都のあちこちで聞き込みをしていたようだ。恐らくグレイのことが好きだったのだろう。

 

 そしてその彼が、二ヶ月前に心臓麻痺で死亡した。偶然だろうか。

 

 

「……確かに怪しい」

 

 調べれば調べるほど依頼者が言っていた通り、青年オリビオの死に何者かの作為を感じずにはいられない。

 アントニナはまず調査の足がかりとして、リックヒッツストリートの一角にある薄汚れたバーに来ていた。

 

 

 このリックヒッツストリートは、地方から来た労働者たちを住まわせるために作られた街だ。

 工場群が近くにあり、日中は延々と音が響く。空もすっかり、工場から排出される魔蒸気によって赤く霞んでいた。誰が見ても、陰気で治安の悪い場所だと分かるだろう。

 

 そして彼女が訪れたこのバーだが、情報によると「斡旋屋」のアジトでもあるようだ。

 まだ日中で開店前ではあるが、アントニナはお構いなしに扉を開けようとする。

 

 案の定、「閉店中」の札が掛かった扉は施錠されていて開かない。

 舌打ちをしてから、アントニナは渾身の力を込め、無理やり蹴破った。

 

 

 電球が数個ばかり点灯した薄暗い店内で、フェリア人の中年男が一人、カウンターで酒を飲んでいる。

 突然開いた扉からの陽光を眩しがりながら、彼はくるりと振り返る。

 

「……開店前だ。それ以前に嬢ちゃん、まだこんな店に来る歳でもねぇだろ」

 

 男の視線の先で、陽光を背にしたアントニナが腕を組んで立っている。その腕は肘までもある手袋で、すっぽりと肌が隠されていた。

 

「あたしはもう十六」

「十分ガキだろ」

「てか、そう言うのはどーでもいい。さっさとあたしが欲しい情報だけを言って」

 

 店内中央のビリヤード台やテーブルを横切り、男のいるカウンターまでアントニナは近寄る。

 

「そしたらとっとと出て行くし」

 

 男の真隣に立つ。彼はグラスに残った酒を全て飲み干した。鬱陶しそうに尻尾をくねらせている。

 

「……嬢ちゃんは、なんだ? 裏の人間には見えねえな。警察にしちゃあ若いし、それか『ONES(ワンズ)』か?」

「あんなクズどもとは関係ない。早く言わないと手が出るかも」

「ヘイヘイ、お盛んだねぇ」

「あんた斡旋屋でしょ?」

「なんのこったよ」

「ここ最近で人攫いを斡旋してやった人間とかいない?」

「知らねぇな」

「ジョーク。残念だけどあたしには確信があんの。口を割らないのならあんた、二度と仕事出来ない身体にしてやれるけど」

 

 男はアントニナを無視し、空いたグラスに酒を注いでまた飲み始めていた。

 アントニナの右目がぴくり、一瞬だけ引きつる。そして豪を煮やした彼女は、彼を無理やり振り向かせようと肩を乱暴に掴んだ。

 

 

 肩を掴んだアントニナの右手首に、男は隠し持っていた腕輪をかけてやる。

 すぐに手を引いて離れたアントニナだが、腕輪は手錠と同じ仕組みで、可動部が固定され外せなくなっていた。

 

 腕輪に嵌め込まれている緑色の石が、鈍く輝き出す。それを無表情で睨むアントニナの前で、男は「くっくっく」と笑いながらくるりと身体を向けた。

 

「嬢ちゃん、いけねぇなぁ? 油断は禁物だぜ?」

 

 勝ち誇ったように、男はグラスを回す。

 

「その腕輪は軍でも使われている、『マーナリリースブレスレット』だ。埋め込まれている『リリースストーン』が、体内の『マーナ』を強制的に排出しちまう。これで嬢ちゃんは、『魔法』も『異法』も満足に使えなくなった」

「……なんでそんな物を持ってるワケ?」

「軍の友達の横流しだよ。俺は、友達が多いんだ」

 

 カウンターに置いてあったベルを鳴らす。途端、店の奥からぞろぞろと、屈強な男たちが現れる。

 すぐにアントニナは店から出ようとしたものの、店の外からも数人ばかりが入り込んで来た。完全に囲まれてしまった。

 

「……なにこれ」

「斡旋屋の情報網を舐めちゃいけねぇ。嬢ちゃんがあちらこちらで嗅ぎ回っていたのは、とっくに知ってたんだ。つまり誘い込まれたんだよ、嬢ちゃん」

「…………」

「グレイだったっけな? 嬢ちゃんが調べていたのは。あー……確かに聞き覚えがあるなぁ」

 

 酒を飲みながら男はおちょくるように言う。

 アントニナを囲う彼の部下たちは、ざっと十人ほど。一部の者は、右腕が赤褐色に変色していた。その赤褐色の腕を見て、アントニナは目を細める。

 

「……『異法者』……」

 

 普通の腕をしている者は、その腕から触腕を作り出し、伸ばしている。

 一方でアントニナが「異法者」と呼んだ者たちは、触腕の代わりに鋭い爪を、手の甲から現した。

 

 触腕も爪も身体から生えている訳ではなく、現す際に腕から放出された青いオーラが凝着するようにして形作られている。この青いオーラこそが「マーナ」で、それを別の形や現象に変化させる技が「魔法」、そして「異法」だ。

 

 その技の使用を制限させるのが、男がアントニナにつけた腕輪だ。つまり今の彼女は無力も同然と、男はほくそ笑む。

 

「しかしまぁ、ここへ一人で乗り込むその気骨は良い。そこでだ嬢ちゃん、これは提案なんだが……ここにいるこいつらを全員『相手』してくれたら、嬢ちゃんの欲しい情報をくれてやってもいいぜ?」

 

 男たちの下品な笑い声が響く。

 そしてアントニナに突き刺さる、ねっとりとした視線。それを感じながら、また彼女は右目を引きつらせる。

 

「……断ったら?」

「ヘイヘイ嬢ちゃん……断れる立場だと思ってんのかぁ?」

 

 酒を煽りつつ、男は鼻で笑う。もはやアントニナを無事に帰すつもりはないらしい。

 店の入り口近くにいた男が、扉を閉めた。差し込んでいた陽光がなくなり、店内はまた薄暗くなる。その薄暗さがまた、男たちの獣欲を煽っていた。

 

「ジョーク」

 

 アントニナは吐き捨てる。

 

「ジョーク、ジョーク、ジョーク」

 

 吐き捨てながら、腕輪のかかっていない左腕の手袋を掴む。

 その間、近くにいた男の部下がアントニナに寄り、腰に手と、自身の尻尾を回して来た。

 

 

「ねぇ、こいつら全員──」

 

 アントニナは手袋を外した。

 

 

「──相手すりゃいいんだっけ?」

 

 そして彼女の赤い目の瞳孔が、縦に割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──数分が経ち、バーの扉が開く。

 出て来たのは、左腕に手袋をつけ直しているアントニナだ。少し髪は乱れているが、全くの無傷だ。

 その乱れた髪をくしくしと直しながら、流し目で店内を見やる。

 

 

 割れたグラスや溢れた酒にまみれた床、真っ二つにされたビリヤード台、傷だらけの壁、バラバラに散らばった椅子やテーブルの破片──そして、あちらこちらで伸びている男たち。その男たちは皆、立ち上がれないほどに叩きのめされていた。

 

 特に酷い目に遭っているのが斡旋屋の男。顔は人相が変わるほどに腫れ上がり、歯も数本折られていた。

 そんな彼を見ながら、アントニナは鼻で笑う。

 

「間抜け」

 

 そう言い残すと、アントニナはバーの前から立ち去る。

 斡旋屋の男からは、命乞いをさせてからきちんと情報を吐かせた。その情報を元に、アントニナは次の目的地へと向かう。

 

 

 

 途中、まだかけられたままだったマーナリリースブレスレットを見る。

 

「こんなのであたしは止められないっつの」

 

 ブレスレットは、通りかかった家の石壁に勢いよく叩きつけて壊した。

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