イヌネコパンクハート -Good Dog & Great Cat-   作:明暮10番

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彼女を怒らせるなら 2

魔臓(まぞう)」。

 魔法の行使を可能にする臓器で、右心房に対し「左心房」と呼称される場合もある。すなわち魔臓は心臓を構成する一部位であり、血液の循環を担う重要な器官でもある。

 

 地球上全ての空間は「マーナ」と呼ばれる不可視の物質で満たされており、魔臓を持つ生物は体表、または酸素と共に肺からマーナを吸収できる。

 吸収されたマーナは「聖脈(せいみゃく)」と呼ばれる、神経や血管と共に身体中に張り巡らされた組織を伝って魔臓へと運ばれる。そして魔臓内でマーナは様々な姿に変換され、再び聖脈を通じ、「魔法」と呼ばれる能力として発揮される仕組みだ。

 

 

 魔臓を持つ生物は数多いるが、「人間が使える魔法」は三種類。

 

質化(ゲラーレ)」。マーナを凝結させて一本の触腕に変換し、主に手の甲や掌から発現させる魔法。遠くの物を取る、あるいは叩き付けて攻撃すると言った手の延長として広く使われている。

 

 

流化(フルーメ)」。マーナを液化させ、自身や他者の身体に流し込む魔法。探し込まれたフルーメ物質は損傷した細胞の修復を促進させ、傷の治りを早める。また聖脈を通じて自身の筋肉や神経組織に流し込み、一時的に筋力や身体能力を向上させる効果も付与できる。

 

 

風化(アエール)」。マーナを気体に変換し、主に口から発現させる魔法。自分の声を、離れた所にいる特定の誰かにだけ届けると言った事が可能。ゲラーレやフルーメと比べてやれる事は少ないが、離れた店員に注文をする時や内緒話をすると言った時など、コミュニケーションの手段として使う場面は多い。

 

 

 

 一方、特殊な方法によって「人間以外の生物が使う魔法」を、人間が扱えるようにもなれる。

 生来から使える魔臓能力が魔法なのに対し、異種から得たこの能力は「異法(いほう)」と呼称される。

 

(外科医・解剖学者エドワード・スペンサーの著書『魔臓学入門』より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある大通り沿いにある一つの古い建物。

 その建物の三階にいる一人の男が、奥の部屋から出て来た。そして煩わしそうに、血に塗れた手袋とエプロンを脱ぎ捨てた。

 

「えぇい! 全くゥ! このワシにまた死体を切らせおって!」

 

 男は傷んだ長髪を後ろで括った、老年のフェリア人。もじゃもじゃと生えた髭を触りながら、カーテンで閉め切られた窓に寄り、そのカーテンを開いた。

 窓から表の通りを覗く。多くの通行人や竈馬車が往来していた。

 

「クソゥ〜……一服一服……」

 

 窓を開けてから、持っていたパイプに火をつけて喫煙。それで少し落ち着いたのか、忙しなく動いていた耳や尻尾は大人しくなった。

 

「ふぃ〜〜…………」

 

 吐いた煙が空に向かってふわっと舞い上がる。その様をぼんやり眺めながら、ぶつぶつとぼやく。

 

「……ちくしょう、野蛮な犬どもめ。ワシは帝国医師学会に籍を置いていた天才外科医だぞ。本も出している……生きた人間を切らせろ! 生きた人間をっ!」

 

 男は外科医のようだ。

 しかし彼がいる建物は古い倉庫と言った感じであり、どう見ても病院ではない。明らかに彼は正規の医師ではなさそうだし、ここで行われている事も真っ当な医療行為ではなさそうだ。

 

 そのまましばらく一服を続ける彼だが、扉の乱暴な開閉音に反応して振り返った。

 部屋に入って来たのは、三人のカニスの青年。三人ともなぜかボロボロのヨレヨレだ。どこかで喧嘩でもしたのかと、医師は呆れ顔だ。

 

「なんだなんだ、どうしたぁ? 喧嘩でもしたのかぁ?」

「い、医者……」

 

 しかし三人組のリーダー格である男を見て、医師はギョッとする。今にも倒れそうなほど顔面が蒼白としていたからだ。

 

「おいおいキミキミ! 魔法を使ったのかぁ!?」

 

 医師はパイプを咥えたまま慌てて駆け寄る。

 

「キミの心臓は移植したばかりなんだからぁ! まだ身体が慣れない内に魔臓を使ったりしちゃぁ駄目じゃろてぇ!」

「し、仕方なかったんだ……変なヤツに絡まれてよぉ……」

「明らかに今のキミは『マーナ欠乏症』が起きておる! 最悪死ぬぞぉ!? 座って深呼吸するんじゃ!」

「そ、それより医者、こいつを見てくれよ……」

 

 リーダー格は仲間に目配せをすると、仲間は一度廊下に出て、そこに寝かせていた誰かを引きずって戻って来た。

 その誰かは両手両足を縛られた状態のまま、頭に袋を被されていた。気絶しているのかぴくりとも動かない。

 医師は露骨に嫌そうな顔になる。

 

「また運び込んで来おって! それにまだ生きとるじゃないか!? ワシは生きた人間からは摘出せんぞ! 殺人はしたくないからなッ!」

「あ? 手術でしくじって貴族のバカ息子殺したんだろ?」

「医療ミスは殺人じゃないッ!!」

「まぁとりあえず見てくれよ! 変なんだこいつ!」

 

 運んで来た男を粗末な椅子に座らせ、被らせていた袋を取る。

 その男とは、弐郎介だった。医師はその弐郎介を怪訝そうに観察する。

 

「なんじゃコイツ?」

「俺らが女さらうのを邪魔して来たヤツだ」

「そっちがしくじっとるじゃないか!」

「まぁまぁ、聞けって!……で、この通り、俺のゲラーレ一発でぶちのめしたんだけどよぉ……」

 

 後ろで仲間が「正確には二発ですよ」と訂正するが、無視する。

 

「良く見てくれ。こいつの耳」

「なに?」

 

 促されるまま、医師は男の横髪を掻き上げて耳を見てみる。

 なんとその男の耳はこの場にいる者たちと違い、側頭部からではなく顔の両横から生えていたのだ。しかも毛皮で覆われておらず、耳の形も丸っこくて小さい。下部にはぷくっと膨れて柔らかい肉が果実のように付いている。

 

「……見た事ない耳だ」

「そうだろぉ!?」

「しかしぃ、顔の横から耳が生えておるのは『コルヌー人』がそうじゃろ?」

「コルヌーだったらツノ生えてるだろが! コイツにはない!」

「『ツノなし』もおるじゃろて。確かに耳は変じゃが……ただの一般コルヌーじゃないのかぃ? かけておる眼鏡もコルヌー式だし」

 

 しかしリーダー格は引かず、「それだけじゃねぇ!」と言って、仲間二人に弐郎介を無理矢理立たさせた。

 

「おい医者!」

「今度はなんじゃあ?」

「コイツの尻見てくれ!」

「ワシにそんな趣味はない!」

「いいから見ろって! 尻尾がねぇんだよ!?」

「なに?」

 

 上着を捲り、ベルトを緩めてから、医師は弐郎介のズボンと下着の裾を引っ張って確認する。

 

「……こいつは驚いた。本当に尻尾がない……」

 

 やっと興味を示した医師は、弐郎介のズボンに手を突っ込んで、本来尻尾が生えているハズの箇所を触る。

 

「……骨の出っ張りはある。尾椎の根元っぽいが……しかし、切断されて癒着した感じはない……なんじゃコリャあ?」

 

 確認を終え、再び弐郎介を座らせる。

 顔を顰めて考え込む医師に、リーダー格は嬉々として聞いた。

 

「変な耳! そんで尻尾なし! もしかしたらコイツの魔臓、肥大型かもしんねぇ!」

 

 それを聞いて医師は呆れた。

 

「身体の特徴と肥大型魔臓は関係ないと言ったじゃろうて!?『肥大型魔臓の持ち主は変わった身体になる』ってのはありゃ迷信だ!」

「一年前に取っ捕まえた『グレイ』って女は肥大型持ちで、そんで尻尾が折れてたぜ!? 迷信とも言い切れねぇ!」

「関係ないっつの! しかもアレは、ワシが持ち出したカルテで肥大型だって分かったんじゃろ!?」

「俺の心臓の元の持ち主だってオッドアイだったろ!?」

「ワシの祖父もオッドアイじゃったが普通の魔臓だったわいッ!」

 

 ギャーギャーと喚き合う医師とリーダー格、そして「どうする?」と困惑気味に見つめ合う二人の仲間。

 

 

 

 

 その騒ぎのせいか、弐郎介はやっと気絶から覚めた。目をしばつかせ、殴られた衝撃でまだぼんやりする頭を振り乱しながら、顰めっ面で顔を上げた。

 そんな彼に気付いた医師が「アァッ!」と苛立ちの声を上げる。

 

「なんでとっとと布を被せんのか!? しっかりワシらの顔を見られたぞッ!?」

「おぉ〜、気が付いたかぁ」

 

 リーダー格は医師と話す際に使っていたルビーリオ語からオロト語に変え、弐郎介に話しかけた。

 

「機嫌はどうだ?」

「あ〜……イッタぁ……ここどこよ……?」

「残念だがお前はおしまいだ。今からこのお医者さんがテメェの胸掻っ捌いて、心臓取っちまうからな?」

 

 それを聞いた途端、ぼんやりしていた弐郎介の脳は瞬間的に冴える。さすがにマズイと焦ったようだ。

 

「ふざけんな!? おたくらアレか!? 臓器売買のシンジケートだなァ!?」

「顔も見られているし、お前は死ぬの確定だ。せいぜい俺らにたてついた事後悔しながら死ね」

「このヤロ──むぐっ!?」

 

 控えていた仲間に布を噛まされ、弐郎介は呻き声しか出せなくなる。

 抵抗しようとジタバタもがくが、縛られている上に男二人に取り押されられている。どうしようも出来ない。

 

 惨めに抵抗する彼を愉悦に思いながら、リーダー格はまた医師に話しかけた。

 

「んじゃあ、医者。奥の『手術室』に連れて行くぜ? 仮に肥大型じゃなくても、若い男の内臓は売れる」

 

 医師はパイプをふかしながら、「分かった分かった」と観念したように手を上げた。

 

「しかしせめて、そいつはキミらが殺したまえ! じゃないと執刀せんッ!」

「あいあい……」

 

 リーダー格が目で合図すると、仲間二人が弐郎介を両脇から立たせ、「手術室」へと引きずり始めた。

 

「んぐぐぐぐーーーーッ!?!?」」

 

 完全に手立てを失った弐郎介はただ呻いて暴れるしかできない。

 鼻腔が微かに捉えた血と、生っぽい肉の匂い。「手術室」へ近付くたびに強まるその匂いにゾッとしながら、「ここまでか」と腹を決めた。

 

 

 

 

 その時だった。

 扉を蹴り開ける、激しい音が部屋中に響く。医師はその音に反応し、神経質に怒鳴った。

 

「なんじゃッ!? 最近の若いモンは静かにドアも開けられんのかッ!?!?」

 

 音に反応したのはリーダー格も弐郎介も、その彼を運ぶ二人組もそうだった。皆が一斉に、入り口の方に目を向ける。

 

 

 

 扉を蹴り開けた足が覗いている。革製の茶色い、サイハイブーツだった。

 足はゆっくりとたたまれ、一度消える。そしてコツッ、コツッと小気味よい足音を鳴らしながら、足の主が姿を現す。

 

「こんな大通りの近くで人体解剖やってるなんざ、誰も思わないモンよね」

 

 部屋に入って来たのは、見知らぬフェリアの少女。

 絹のような白い髪を靡かせ、優雅に尻尾を揺らしながら、呆然と立つ男たちの延長線上で止まる。

 

「……しかしちょっとアンタ、落ちぶれ過ぎじゃない?……『ミスター・スペンサー』?」

 

 その名を言われ、医師はぎくりと身体を震わせた。咥えていたパイプもぴこっと跳ねる。

 どうやら身内ではないと察したリーダー格が、一歩前に出て怒鳴る。

 

「ナニモンだッ!」

 

 横顔だけを見せていた少女は、やっと彼らの方へ正面を向けた。

 

 

 赤いマフラーと、やや長めのブラウンのコート、そして丈の短いパンツと言う活発な装い──明らかに「戦える」装いだ。

 顔立ちはまだ幼い。点々と連なるそばかすも相まって一層あどけなさが強まっている。しかし彼女の赤い目は、そのあどけなさとはアンバランスに鋭く細く、男たちを刺し続けていた。

 

 

「ナニモンだっていいでしょが。アンタら全員ブチのめして、ケーサツ突き出すから」

 

 黒い手袋に覆われた指を男らに差し向け、少女──アントニナはそう宣言した。

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