「よっしゃあ! 行くぜチビども!」
「了解なのです!」
元気な声と共に、遠征艦隊が出発していく。泉浜鎮守府に課せられた指令はタンカー護衛。外洋から戻って来た船を、無事に国内の港まで送り届ける任務になる。
昼下がりの執務室で、真田と加賀は後始末と日常に追われていた。
「提督。桂さんから、食費の請求が来ています」
「食費?」
「前回の作戦で、赤城さんが余計に食べた分を寄越せと」
「ああ……そりゃあ仕方ないな」
「こんなに食べたんですか……と言っても、私も人のことは言えませんが」
聞くところによると、桂の配下の赤城と、泉浜の
未だに包帯の取れない腕をもどかしく動かして、真田は承認の判を捺した。
「じゃ、後処理よろしくな、加賀」
「ええ」
加賀は、元の
日々を過ごすうち少しずつ戻っていったそれらは、まるで日常に満たされていくかのように見えた。
しかし、真田も加賀も知っている。加賀の半身は既に深海棲艦と同じ。簡単にまた
やってしまったこと、起きてしまったことはもうひっくり返せない。離島の司令官にできることは、日々を加賀と共に過ごし、共に戦う。ただだそれだけだ。
「加賀、後でお茶入れてくれ」
「緑茶が切れているの。ほうじ茶でも構いませんか」
「ああ」
真田は事件のあと、開かれた査問会に向けてシナリオ通りの行動を取った。
結果、巻き込んだ姫島提督に頭を叩かれた以外、特段の被害も影響もない。作戦自体は主目的だった佐伯提督を確保できず、結果失敗という扱いにはなった。救い出した提督たちの陳情で、特にお咎めはなく、特海と陸自の仲が悪化したということもない。
無事に戻った真田を迎えた川西中将も、こっそり親指を立てて見せた。彼の面子は少々被害を被ったわけだが、元々仲の悪い陸側相手のものを気にすることはない、と笑い、真田は胸をなで下ろした。
(……御影は、元気にやってるかね)
あれ以来、真田は御影と顔を合わせていない。陸自の上層部がきな臭いという話だけは伝わって来ているものの、それが御影の仕事に起因するものかどうかは判然としなかった。
ただ、真田が日常を過ごしている。その事実が、御影の仕事に問題がないことの証明になるだろう。
(明日は、桂の所と演習だったかな)
ふと窓の外が気になった真田は、大きく伸びをしながら立ち上がった。外は快晴、海から吹き付ける風が執務室を抜け、心地よく真田と加賀を包んでいる。
背後から、加賀が呼び掛けてきた。
「そう言えば、提督。『ここ』の名前、まだカッコがついたままなのだけれど」
加賀が言う、鎮守府の正式名。確かに書類上、真田の鎮守府はまだ「泉浜鎮守府
真田は決意の元、加賀に命じることにした。
「カッコを取って、前と同じにしよう。名前に規定はないし……オレたちはここから、再出発だ」
「……そうね」
なにも、やり直すからと言って全てを改める必要はない。前から引き継いだもので、活かせるものは残していけばいい。
泉浜鎮守府。
瀬戸内に浮かぶ小さな島、そこが、彼らの居場所。
そこには、今までしばらく欠けていたものも、これからの未来も、しっかりと揃っている。
「ヘーイ、テートクぅ! 第二艦隊、出撃しマース!」
「おぉ、哨戒任務よろしくな。オレはこれから書類のつるべ撃ちだ」
「私は書類より実戦タイプなの。今日のところは加賀に譲りマース」
ひらひらと手を振って出て行く金剛を、真田は苦笑、加賀はため息で見送った。
鳥の声と波の音。戻ってきた日常の音が満ちる。
「なあ、加賀」
不意に、真田はそうしたい気分になった。
「なんですか」
とんとん、と書類の束を揃える加賀。
「キスしないか」
真田の自然な言葉に、加賀も平然と返す。
「お断りします」
わかりきってはいた答えに、真田はそれでも笑ってきいてみた。
「なんで」
「――それは、仕事の後で、ゆっくりと」
ひとりの提督と、ひとりの艦娘は、どちらともなく微笑んで。
ひとしきり見つめ合ってから、それぞれの仕事に戻った。
(続)