泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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宴の始末

 

「よっしゃあ! 行くぜチビども!」

「了解なのです!」

 元気な声と共に、遠征艦隊が出発していく。泉浜鎮守府に課せられた指令はタンカー護衛。外洋から戻って来た船を、無事に国内の港まで送り届ける任務になる。

 昼下がりの執務室で、真田と加賀は後始末と日常に追われていた。

「提督。桂さんから、食費の請求が来ています」

「食費?」

「前回の作戦で、赤城さんが余計に食べた分を寄越せと」

「ああ……そりゃあ仕方ないな」

「こんなに食べたんですか……と言っても、私も人のことは言えませんが」

 聞くところによると、桂の配下の赤城と、泉浜の()()は妙に仲良くなったらしい。作戦中には大したやり取りもなかったはずだが、人の縁というものはそこかしこに転がっていると、真田は納得した。

 未だに包帯の取れない腕をもどかしく動かして、真田は承認の判を捺した。

「じゃ、後処理よろしくな、加賀」

「ええ」

 加賀は、元の()()に戻った。深海黒鉄に覆われた一部や、白化した肌――そして、紅い瞳。それらは今はもう、普通の艦娘と変わりない。

日々を過ごすうち少しずつ戻っていったそれらは、まるで日常に満たされていくかのように見えた。

 しかし、真田も加賀も知っている。加賀の半身は既に深海棲艦と同じ。簡単にまた()()()()だろう。それはつまり、加賀次第で全て制御できることの証左に他ならないのだが。

 やってしまったこと、起きてしまったことはもうひっくり返せない。離島の司令官にできることは、日々を加賀と共に過ごし、共に戦う。ただだそれだけだ。

「加賀、後でお茶入れてくれ」

「緑茶が切れているの。ほうじ茶でも構いませんか」

「ああ」

 真田は事件のあと、開かれた査問会に向けてシナリオ通りの行動を取った。

 結果、巻き込んだ姫島提督に頭を叩かれた以外、特段の被害も影響もない。作戦自体は主目的だった佐伯提督を確保できず、結果失敗という扱いにはなった。救い出した提督たちの陳情で、特にお咎めはなく、特海と陸自の仲が悪化したということもない。

 無事に戻った真田を迎えた川西中将も、こっそり親指を立てて見せた。彼の面子は少々被害を被ったわけだが、元々仲の悪い陸側相手のものを気にすることはない、と笑い、真田は胸をなで下ろした。

(……御影は、元気にやってるかね)

 あれ以来、真田は御影と顔を合わせていない。陸自の上層部がきな臭いという話だけは伝わって来ているものの、それが御影の仕事に起因するものかどうかは判然としなかった。

 ただ、真田が日常を過ごしている。その事実が、御影の仕事に問題がないことの証明になるだろう。

(明日は、桂の所と演習だったかな)

 ふと窓の外が気になった真田は、大きく伸びをしながら立ち上がった。外は快晴、海から吹き付ける風が執務室を抜け、心地よく真田と加賀を包んでいる。

 背後から、加賀が呼び掛けてきた。

「そう言えば、提督。『ここ』の名前、まだカッコがついたままなのだけれど」

 加賀が言う、鎮守府の正式名。確かに書類上、真田の鎮守府はまだ「泉浜鎮守府(仮)(カツコカリ)」だった。  加賀がいなくなってからも、彼女のいない世界で生きていけるか。その自信がなかった真田が、その名前にカッコを付ける事で、いつまでもその名前だけでも残しておこうとした、情けない証拠の一つ。それが、未練がましく残った「(仮)」だった。

 真田は決意の元、加賀に命じることにした。

「カッコを取って、前と同じにしよう。名前に規定はないし……オレたちはここから、再出発だ」

「……そうね」

 なにも、やり直すからと言って全てを改める必要はない。前から引き継いだもので、活かせるものは残していけばいい。

 

 泉浜鎮守府。

 

 瀬戸内に浮かぶ小さな島、そこが、彼らの居場所。

 そこには、今までしばらく欠けていたものも、これからの未来も、しっかりと揃っている。

「ヘーイ、テートクぅ! 第二艦隊、出撃しマース!」

「おぉ、哨戒任務よろしくな。オレはこれから書類のつるべ撃ちだ」

「私は書類より実戦タイプなの。今日のところは加賀に譲りマース」

 ひらひらと手を振って出て行く金剛を、真田は苦笑、加賀はため息で見送った。

 鳥の声と波の音。戻ってきた日常の音が満ちる。

「なあ、加賀」

 不意に、真田はそうしたい気分になった。

「なんですか」

 とんとん、と書類の束を揃える加賀。

「キスしないか」

 真田の自然な言葉に、加賀も平然と返す。

「お断りします」

 わかりきってはいた答えに、真田はそれでも笑ってきいてみた。

「なんで」

 

「――それは、仕事の後で、ゆっくりと」

 

 ひとりの提督と、ひとりの艦娘は、どちらともなく微笑んで。

 ひとしきり見つめ合ってから、それぞれの仕事に戻った。

(続)

 

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