泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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吹き始めた風

 一.

 

 真田幸一。対特殊海棲生物海上防衛隊、呉本部・西瀬戸内地区『泉浜鎮守府(仮)』を担当する提督。階級は少佐。両親は既に亡く、兄弟もなし。そして――『配偶者』も海に還った。

 騒動の直後、一時期は幽鬼のようだった彼は、多くの人々に支えられる形で何とか生きている。

「――ふむ」

 そんな彼が、ふと思い立った艦娘建造。油と鉄材をやや多めに配分した建造の結果は『戦艦・金剛』だった。いま所属艦の多くを占めている水雷戦隊の艦娘とは一線を画す彼女は、通常艦隊を編成するに当たって間違いなく重要な一隻となる。

 しかし、彼は納得していない部分にぶち当たっていた。原因は――。

「なぁにが『サービスしときました』だ。明石のやつ」

「明石さんからのお手紙なのですか?」

 無言で手紙を差し出した真田。のぞき込む電。ご丁寧に文章の末尾には『草』が生やしてある。

「草が生えているのです」

「おハーブ生え散らかしてんな」

 この『泉浜鎮守府(仮)』には、建造設備がない。基礎設備があらかた揃った状態の現地に赴任した真田は、当然ながらそれに気付き、照会を行った。

 結果は『中継・補給基地の用途が主であるため、当初より建造設備の設置予定はなし』。当然ながら、フダ付きのいち提督がそれをどうこうできるものでもない。

 しかし、現実として艦は必要となる。

 故に、真田は旧知の人脈を通じて『建造設備を借用した』。相手はかつて世話になり、とある事件のあとは後始末まで頼んだ姫島提督。手紙の主の明石は、その配下にいた艦娘だ。

 取りあえず最低限の艦娘を建造した真田だったが、半年経った今、少々戦力不足を補う必要が出た。その建造結果が、金剛だった。

「あれから、もう何年になる」

「司令官さんが着任してすぐなので、もうずいぶんなのです」

「そうだな。あれ以来明石とは色々あったけど」

「はいなのです。すごく色々あったのです」

 明石とは、真田の『配偶者』を建造した際の浅からぬ因縁があった。その彼女から『サービス』などと言われては――。

「だから、イヤでも何かあるんじゃないか、と思うのは不思議じゃないだろ」

「でも金剛さんは、特に問題はなさそうなのです。だから、加賀さんの時とは……」

「そうだな。電、お前が見てそう言うなら、説得力はある」

 だからこそ。真田は、この建造がなんの意図も隠されていない綺麗なものだとは考えていなかった。表面上はそう見えるようになっている。しかし必ず何かある。真田は妙に、そこだけは感じ取ることができた。それはもう、本能に近い。

「……オレは別に、刺激が欲しいわけじゃないんだけどな」

 単に日々の艦隊運営のため。重巡洋艦や戦艦、そして空母は、近海の哨戒任務以上を望むならば必ず必要になる艦種だ。当初は鎮守府の周りが守れる規模でいいと考えていた真田だったが、とある一報はその考えを変えるに充分だった。

 散発的な鎮守府の襲撃。それも、壊滅的な被害を受けるレベル。統制された状態で入ってきた情報がそのレベルで、実態の被害は更に酷かった。死傷者、施設の復旧作業に要する日数……どれもこれもが数字だけで被害を推し量るに足るような有様だった。しかし、彼が反応したのはそんな部分ではない。友人知人でも巻き込まれていれば別だが、この戦時下において軍組織が受ける被害に一喜一憂するほど真田は熱血漢ではなかった。

 彼が注目したのは、鎮守府の場所。九州は長崎にほど近い、そこそこの規模を持つ艦隊を擁している中規模の基地。周囲は市街地で、警戒網も敷かれている。そんな場所が、()()()()()()()()()

 そう。まるで、『あの日(半年前)』のように。

「そんな時にやった建造に、明石から妙な証文が付けられてたんじゃあな……」

 なにかある。或いは、なにかある()()()()()()から、そうした――。

「――司令官さん、お出かけなさいますか」

「察しがいいな」

「私も、秘書艦なのです」

「そうだな」

 そうと決まれば島に引きこもっている場合ではない。仮に、この半年で似たようなことが続いているとしたら。その情報が、何者かの思惑で表には出ないまま、ここまで来ていたら。そして――ついに、それを押し止めることができなくなったのだとしたら。真田は、久しぶりに拳を握りしめた。

「なにかが出来るとまでは思ってない。でもな」

「司令官さんは、ちゃんとお仕事が出来る人なのです」

「ああ――」

 そう。これは、やらなくてはいけない仕事だ。真田はそう考えることにした。使命というほど重くもなく、身勝手な暴走行為でもない。大人ならば、当然のようにこなすべきこと。その捉え方は、久しく火の入っていなかった真田の炉を動かすには充分だった。

「ちょっと、行ってくる。金剛と天龍のほうは頼んだぞ」

「了解、なのです」

 帰ってくる頃には優秀な旗艦とサブリーダーが仕上がっているだろう。数日前に見かけた二人の演習風景を思い出した真田は知らず微笑み、さっさと宿と足の手配を進めることにした。

 

 

二.

 

 気に入らない。いや、気に入らなかった。

 天龍が提督、真田に対して抱いていたのは、そういう感情だった。自分を差し置いて格好付けていること。鎮守府に着任するなり自分を建造し、妙に手際のいい仕事っぷりで周辺海域の警備体制を敷いて見せ、小規模ながら運営を軌道に乗せてしまったこと。Tシャツの柄の趣味が悪いこと。いくらでもネタはあった。

 何より天龍は、真田の上から目線が気に入らなかった。水雷戦隊が出来上がったあと、真田が天龍に言い放ったのはこうだ。天龍に続いて建造した駆逐艦たち……暁や響、雷の現状には問題がある。お前が解決してみせろ。

 その課題が与えられてからしばらく経つが、金剛の着任や、彼女を交えた訓練や演習といった環境面の変化はあったものの、肝心の問題は解決していない。

 なにが問題か。天龍は当初、単純に暁たちが『弱い』からだと思っていたが、数度の演習を経て確信した。彼女たちは、連携ができていないと。そして、それが何に起因するのかも――

(今日の演習でちょっと掴めた気はするんだよな……)

 今日行われた演習では、暁を旗艦としたやや変則的な艦隊編成での戦闘を行った。

 旗艦の暁に、響と雷、夕立と時雨、そして天龍を加えた水雷戦隊。相手の艦隊も同様。しかし戦果はといえば、全艦が撃沈判定をもらった泉浜側に対して、相手は撃沈判定二隻。負けも負け、戦闘内容も散々だった。唯一、暁の光る部分――旗艦適正を見つけたのが収穫だと思っていた天龍だったが。

(戦略や戦術の稚拙さ、練度の低さとは別。あいつらが抱えてる問題は多分……)

 そんな演習での戦闘内容を思い返した天龍は、そこでふと気付いてしまう。彼女がずっと抱えていた悩みと、暁たちの抱えていた問題の根っこが、まったく同じことに。

「……ハハ、マジかよ」

 思わず前髪をかき上げて、天龍は笑う。もし、あのいけ好かない提督が全てを織り込んだ上で自分にあれこれさせていたとしたら、と考えたのだ。

(もしそうだとしたら……俺はずっとあの提督に踊らされてたってことになるじゃねーか)

 その可能性に気付いた時、天龍は一気に前が明るくなったような気がした。悩んでいたことに説明がついて、問題が解決する。たとえそれが、底意地の悪い提督の仕込みだったとしても、事態が前に進むことには何ら変わりない。

 答えはこうだ。『結局、相手を信頼できていない』。

 今の暁たちの場合は、単純に練度から来るものだろう。艦娘となった自分たちの能力を理解し、制御しきれていない。故に、敵がどう動くのか、自分がどこまで対応できるか。そして――どこまで味方の力量を信じて任せてもいいのか――そういった根本的な信頼の欠如から来る、艦隊行動のぎこちなさが原因。天龍はそう結論づけた。

 では、彼女(てんりゆう)の場合は。

(――アイツのことがわかんねぇ)

 何故だか、どうやら自分は信頼されているらしい。天龍は妙にそれだけは感じ取ることができた。

 これがズブのシロウト提督の、秘書艦におんぶに抱っこな鎮守府運営ならまだ分かる。単なる信頼という皮をかぶせた責任の丸投げだったなら、艦娘としての人生数ヶ月の天龍にも感じ取れただろう。

 『お前を信じている。任せた』という言葉は、言う人間によっていくらでも空虚にできる。しかし、真田の信頼は恐らく、なにかに裏打ちされている。そのなにかが分からないことが、天龍を混乱させていた。意味も分からず信じられては困る。

(まぁ、アイツが艦娘のことをそれなりに知ってるのは分かる。少なくともどっかで特海にいた……いいや、艦娘を扱ったことがあるのは間違いねぇな)

 真田の立ち振る舞い、時折見せる様子からただの新人提督ではないことは分かる。

 そして恐らく電や夕張、不知火たちは以前から真田と付き合いがある……つまり真田は完全な新任でなく、他からの転任。そして元から彼の配下にいた艦娘が電たちだったのではないか。天龍は、今まで与えられた情報からそう結論付けた。そして、事実その予想は当たっている。

 しかし天龍にとっては、何故それが隠さなくてはいけない情報なのかが分からなかった。

(……何かを前の任地でやらかした、性悪提督だとか)

 そんな勝手な想像に、真田の姿は重ならない。やり手かどうかはともかく、艦娘の扱いに関しては細かい気遣いができている。少なくとも無能な指揮官ではない。たまに叩く軽口は年齢よりはやや彼を幼く見せていたが、笑顔を浮かべた腹の底で一計案じるようなガラでもなさそうだ。

 詰まるところ、天龍に道はひとつしかなかった。つまり、目の前のドアを叩くこと。

「天龍、入るぜ。――なんだ、電だけか」

 しかしドアを開けた先にいたのは、秘書艦の電だけ。確かに時間は過ぎていたが、彼が今日ここにいるのは知っている。数日前から陸に上がっていた彼が戻って来ているのは確認済みだった。

「天龍さん、何かご用なのですか?」

「あァ、いや……」

 首を傾げる電を見て、天龍は行儀悪く鼻を鳴らした。

 よくよく観察してみると、彼女はいつもさり気なく真田の傍にいる。金剛はそれが恋慕と疑っていたが、天龍は違う。まるで、何かから彼を守るかのようだと、薄々考えていた。そして、それはある意味で当たっている。

「提督はいないのか。ちょっと話したいことがあるんだけどよ」

「お話、ですか」

 問うた天龍に、電は少しだけ考えた様子を見せる。その仕草が何を示すのかは天龍には分からなかったが、自分に悪意あってのことではない――そう、天龍は感じた。

「司令官さんは、多分お散歩に行かれたと思うのです」

 そんな彼女の言葉を受けて、鎮守府の外へと歩み出した天龍。散歩といっても、島内にあまりウロウロする場所はない。行ける場所といえば、少し小高い丘にある見張り台のような場所ぐらいなもの。この島は大きくもなく、小さくもない。整備された道を歩くだけなら小一時間で一回りできてしまう。

(……見張り台の方、誰かいるな)

 外に出て様子を伺った天龍は、うっすらと光る明かりに人影を認めた。

(幽霊じゃなきゃ、ありゃ提督だな)

 天龍は念のため腰に下げた愛刀を確かめた。

 幽霊だったら刀は役に立たないな、などとこぼして、彼女はゆっくりと見張り台への道を歩き出す。

(しっかし、ここは鎮守府っていうより秘密基地だな。ナントカ防衛隊だ)

 まさに自分たちの所属する組織が『対特殊海棲生物海上防衛隊』であることをすっかり忘れた天龍。本来であれば、静かな小島。基本的には穏やかな海。暖かい気候。人里を離れてのんびりと暮らすにはよい場所であっただろう。風に吹かれ、釣りをしながら。

 だが、ここに限らず海には『特殊海棲生物』が時折現れる。未だその状況は続いている。

 一般的には深海棲艦と呼称される『彼女たち』は、ある日突然に現れて、人類から『海』を奪った。同時期に現れた艦娘の存在がなければ、恐らく人類は生活もままならず衰退していただろう。

 天龍は鬱蒼とした森の中、申し訳程度に整地された道の砂利を鳴らす。目指す見張り台は、距離的に鎮守府建屋のすぐ側、小高い山の上にある。ちょっとした山道を上るため、多少時間は掛かる。

 歩みだけは進める天龍だったが、どう話を切り出すかは悩んでいた。しかし。

(考えてもしゃーねぇか。俺にはあいつみたいなやり方向いてねぇしな)

 天龍は苦笑し、やはり自分らしく直球勝負で行こうと決めた。

 小道は開け、目の前に見張り台が姿を現した。と言っても、外見は小さな屋根付きの休憩所と言っていい。事実、普段は職員や艦娘の散策休憩スポットと化している。静かな場所だ。

 何となく足音を忍ばせていた天龍は、そっと真田の背後へ迫る。

「天龍か」

 しかし、隠し切れるものではない。今更自分だと言い当てられるのにも慣れていた天龍は、ため息と共に真田の前へと回り込んだ。腕を組んだ天龍だったが、すぐにその両手は無意識のうちに解かれる。それはまさに、天龍が抱えていた警戒心を解いた瞬間だった。

「提督。課題、なんとかなりそうだ」

「そうか。お前なら大丈夫だろうとは思っていた」

「よく言うぜ。どうせ俺のことも手懐けるつもりだったんだろ。そうはいかねぇ」

「何のことやら。オレは鎮守府の戦力を強化したかっただけだ。ま、お前の働き次第だったけどな」

「うるせぇ、バーカ。仕事丸投げしといてよく言うよな」

 それは恐らく、天龍が真田と初めて打ち解けて話すことができた瞬間だった。

(……何でこれが最初から出来なかったんだろうな)

 思えば、自分が意地を張っていたこともある。最初から懐に飛び込んでぶつかっていれば、あれこれ悩まずに済んだ可能性も高い。

(けど……)

 それをさせなかったのは恐らく真田の方だった。最初に会った時、真田がその身に帯びていた独特の雰囲気。それが天龍に、最初の一歩を踏ませなかったのではないかと今更に気付く。

 寂しげな真田の笑みを思い出した天龍は、思い切って切り込むことにした。

「なあ、提督」

「どうした」

 あんたのことを教えてくれ。

 そう言おうとした天龍の目は、月光を受けて光る何かに釘付けとなった。

「お前、それ……」

 それは、美しい指輪だった。

「提督。その指輪、ケッコンの……?」

「……ああ、そうだ」

 天龍が見た指輪。それは練度限界に達した艦娘が、その限界を突破するため提督とペアで身に着ける指輪。『ケッコンカッコカリ』と呼ばれる指輪型の艤装だった。

(こいつ、いつもは指輪なんか着けてなかったはずだ……)

 真田の手の平に載ったものと同じ意匠の指輪が、いつもは空いている彼の左手薬指に収まっている。

 天龍は、何故か口の渇きを覚えた。今から自分がしようとしている質問を、真田がどう捉えるのか。何と答えるのか。果たしてそれを訊いてしまっていいのか。

 天龍が自分のやろうとしていることに不安を覚えなかったと言えば、ウソになる。しかし。

「相手は……」

 天龍は踏み込んだ。最初に一言口にしてしまえば、あとはどうということはない。

「お前のケッコン相手は誰なんだ、提督」

 夕張、電、夕立、時雨……数名の艦娘を思い浮かべるが、しかし彼女たちが指輪をしていた記憶は、天龍には無かった。当然、着任したばかりの金剛は論外だ。それに、指輪を彼が持っている理由に結びつかない。本来、指輪はペアとなる艦娘が着けているべきで、寂しい顔で提督が月の光にかざして見ているようなものではない。

 天龍の言葉に、真田は一瞬だけ俯いた。そして、これ以上ないぐらいに明るく笑って見せた。それはもう、不自然と言っていい。その理由を、天龍は次の一言で思い知る。

「彼女は……今、哨戒任務中だ」

 哨戒任務中。

 どう見ても無理をしていると見える彼の答えが、天龍の疑問全てに答えを与えてくれた。

(……ケッコン相手は、もういない)

 軍人の戦死を意味するその隠語が、今彼の側にいないケッコン相手の辿った道を教えてくれていた。

(こいつは、新人提督じゃない)

 練度限界に達するような艦娘を擁していた提督が、新人であるはずはなかった。

(こいつが、何故ここにいるか)

 語らずとも、ケッコン相手の轟沈が一因となっていることは疑いようがない。そうなる原因となった戦いが、恐らく後悔の残るものだったことも。そうでなければ、仮にも鎮守府を構えた提督が他所へと移ることなど考えにくい。もはや、その鎮守府には戻れないということでもなければ。

(だったら……だったら何だってんだ。隠しごとしていい理由にはこれっぽっちもならねぇ)

 天龍は、それらを受け止める覚悟をした。大袈裟ではなく、彼の抱えた秘密は真正面から受け止めてやらなくてはいけない。そう、感じたからだった。

「なぁ、提督。俺に……俺たちに、あんたのことを教えてくれないか」

「オレのことを?」

「ああ。俺たちはまだ、あんたのことをよくは知らない。分かってるのは、それなりに仕事ができて、たまにいけ好かない、ちょっと変なやつってことぐらいだ。あと、Tシャツの趣味が悪ィ」

「全くもって、適切な分析だな」

「茶化すなよ。お前が新任の提督じゃないなら、それはどうしてなんだ」

 課題、俺は解決して見せたぜ。天龍は言外にそう付け加えた。

 天龍が真田から与えられた、暁たちの課題だけではない。

「そうだな……ちょっと底意地が悪かったか」

「たりめーだろ。そりゃあ、いきなり新人提督を信用しろなんて言われたら無理だけどよ。最初っからデキるところ見せてりゃ良かったじゃねぇか」

 つまり、指揮官としての真田を信用して欲しいという無言の要求。回りくどいやり方だった。

「お前の性格上、それをやるとヘソを曲げるかも知れないと思ってな」

「な、うるせぇ! ……否定できねーけどさ」

 ひとしきり二人で笑った後、真田は大きく息を吐く。雰囲気を変えた真田に身構えた天龍。

「……ここに来る前のことだけどな」

 そうして、真田が口を開こうとした瞬間だった。

「それは、私が代わりに教えてあげようかしら。天龍ちゃん」

 二人の背後から、誰かの声がした。

 

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