泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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エネミー・イズ・アプローチング

一.

 

 海が、蠢いていた。

 鎮守府の近海。本来ならば、月に照らされる波が美しく光っているはずのそこは、黒光りする何かで埋め尽くされようとしていた。まるで何かの待機列のようにも見える。

 どうやらそれは、動いている。ゆっくり、ゆっくりと島を目指して。

 『彼女たち』が目指しているのは、入り江になっている鎮守府の基地施設、その港湾部分のようだ。近海をこれだけの物体が通っているのだ。本来であれば、すぐさまセンサーが作動し、鎮守府の一角、夕張のオフィスこと工作室へと、起きた異変の第一報を知らせるはずだった。

 その時夕張は、工作室で取り寄せた海外艦娘の艤装に関する資料を読み漁っていた。横で光っているディスプレイには、センサーが捉えたデータが表示されている。

 夕張はめくった資料のページ、ドイツ艦の連装砲を見てため息を吐いた。

「はぁぅ。ドイツ製はやっぱいいなぁ……ポテチでも齧りたい気分……不知火ちゃん、何かない?」

「塩味のものはあいにく切らしています。チョコ菓子なら、不知火のキノコがありますが」

「何だとぅ。タケノコ派にケンカ売る気?」

「硬派なフリをしてチョコが薄っぺらいタケノコは、不知火の趣味に合いません」

「カサから下がボキボキ折れてるのばっかりじゃない。軟弱なキノコのくせに、よく言うわよ」

 注意深く見れば、センサーは本来、様々な反応を示している。しかし、今部屋で稼働している画面は何の情報も示していない。そう、一切。

「今日は、随分静かねぇ」

 そう独り言を言ってから、夕張は異変に気付く。

(……待って。静か過ぎる……?)

 慌てて夕張は、菓子を求める怠惰なエンジニアから、鎮守府の技術担当艦娘に立ち戻った。

 水中センサー。あまり信頼度は高くないが、海中を進む駆逐艦や潜水艦を捉える。

 海上センサー。熱や赤外線、金属などの感知機能を組み合わせており、敵味方を問わず海の上を進む者がいれば、その対象を比較的正確に捉える。ブイが沈まない限りはほぼ定位置から情報を送る。

 対空センサー。開戦当初はいざ知らず、瀬戸内海は既に制海権、制空権を取り戻している。時間にもよるが、内地を目指す航空機などがその姿を見せている。艦娘の艦載機ぐらいまでなら感知可能だ。

 普段ならば。

「これは……」

 夕張はモニターを信じられない思いで見つめていた。そこに示されていた情報はただ一つ。

「何も映っていない……!」

 それは本来、考えられない。どちらかと言えば、不自然なことだった。

 水中センサーであれば、海中の水流や魚群。海上センサーであれば波や船舶。対空センサーであれば近隣を飛行する航空機。センサーはそういった雑音が発する、何かしらのデータを捉えてレーダー側に情報を渡しているからだ。たとえどんな小さな変化であっても。

「ちょっと、どうして。故障? ……いや、違う」

 夕張は元より実験艦としての側面を持っている。艦娘として生まれ変わってからも性質を引き継いで様々な場所で技術者としての才能を発揮することが多い。彼女も多分に漏れず、勝手に鎮守府の設備をいじくり回しては真田にデコピンをされている。

 そんな夕張だったが、今は技術者として真っ当に状況を把握し始めていた。

「センサーが生きているのに、何の情報も送ってこない……?」

 夕張は迷わず、手元の無線機から発信した。執務室備え付けの無線機、いつも夕張が電たちに軽食を要求したりするのに使う回線だ。別に無線である必要はないのだが、有線と無線、両方の通信が生きていることを普段から確認するついでの儀式だ。

「……出ない。というか、向こうに届いてないと見るべきね」

「夕張さん。何かありましたか」

 夕張があれこれ独り言を呟くのは日常茶飯事。しかし、何故か彼女と一緒にいることが多い不知火は、明らかに様子のおかしい彼女に気付く。

「不知火ちゃん、執務室に電話掛けて。すぐ」

「はっ。了解しまひた」

 不知火は口に放り込んだチョコの甘い香りと共に、受話器を手に取る。今日の秘書艦は電。であればまず執務室には彼女がいるはずだった。

『……はい。執務室、電なのです』

「こちら工作室、不知火です。お掛けした電話で申し訳ありませんが、少々お待ちを」

 受話器の向こうからは、いつも通りの可愛らしい電の声が聞こえる。不知火は電話機本体のボタン、マイクのスイッチを入れて、夕張に目線を送る。

「夕張さん、電さんです。執務室に繋がりました」

「出たのね?」

「はい、お話できますが……」

 夕張は、手元の端末から得たいくつかのデータと、そして自身が試したいくつかのことを照合する。それらが導き出す結論が、彼女を椅子から立ち上がらせた。

 届かない無線、データを寄越さないセンサー類、繋がる電話……。

「繋がったッ!」

「脳細胞が」

「トップギアよ! ……って何言わせんのよ! 古いのよ!」

 状況がよく分からず、不思議な顔で夕張を見上げる不知火。

 一方の夕張は、一筋の冷や汗を頬に滑らせる。状況から自分が導き出した結論が示しているものに、まだ実感を持てないでいた。どちらかと言えば、今まさに起こっている事象そのものではなく、それを引き起こした原因自体に夕張の関心が向いていたことによる。

 つまり、異常を引き起こした何かの正体。そして、それが今まさに、この島で発生している。

「あの時と同じ……半年前の()()()と同じ何かが、ここで……」

『夕張さん』

 マイクから送られた『半年前』というキーワードに、執務室の電が反応した。声のトーンも違う。

『何かが、起こっているのですか』

「夕張さん、まさか」

 電と不知火の鋭い声に、夕張は一瞬のあと、作業机に手を叩きつけた。それは彼女なりの決意表明。既に始まっていた戦いに、これから挑むのだという宣言だった。

「電ちゃん、多分敵襲よ。無線や電探、レーダーは使えなくなってる」

『……! それって、まさか』

「ええ。()()()()()()かも知れない――ううん、同じと見るべきね」

 彼女たちの言う『あの時』。『半年前』と同義で語られるその言葉は、元々真田の配下だった彼女たち三人には特別な意味を持っていた。

 今自分たちがここにいる意味。真田がここに来た理由。そんな全てを含んだ単語が『半年前』。

 夕張が、作業用のツナギを脱ぎ捨てた。

「電ちゃん、総員戦闘配備させて! 提督に連絡は取れる?」

『やってみるのです!』

 何の情報も示さないレーダーたちを、夕張はもう一度だけ見て、艤装のグローブを手に取った。

「来るわよ――敵が!」

 

 

二.

 

「誰だ?」

 天龍が漏らした誰何の声。立っていたのは、天龍と似た雰囲気の艦娘。

(……資料で見たことがある。いや、()()()()

 月明かりに微笑んでいたのは、軽巡洋艦・天龍型二番艦、龍田だった。

「お久しぶりね、真田クン。……提督って呼ぶほうがよそよそしくて、ちょっと面白いわよね」

「散歩にしちゃ遠出だな、龍田。あっちでも上手くやってるか」

 天龍は、二人の短いやり取りですぐに事情を察する。つまり、龍田も元々真田の顔見知りということ。電たちと違い、彼女は真田の元を離れた艦娘だということを。

「悪くないわよー? 島に引きこもってるよりは、全然刺激的だし」

「言ってくれるな。鎮守府立ち上げは大変だが、一度やった仕事だ。背後を気にする必要もないしな」

「まぁ、そんなことを言いに来たんじゃないんだけど。ちょっぴり大事な、お話に来たのよ」

「何の話だ……あいにくセールスなら間に合ってるぞ」

「ふふ。せっかちさんは嫌われるんだから。あなた、ムキになるところは変わってないのね」

 あまり龍田の存在を歓迎していないように見える真田。天龍は理由を窺い知ることすらできないが、龍田のほうはお構いなし。天龍の方に笑顔を向けてみせた。

「取り敢えず、先にご挨拶からね」

 真田クンの顔は拝めたしね、と冗談めかして言った龍田。

「初めまして天龍ちゃん。この人が前いた鎮守府で一緒だった、龍田だよー」

 龍田の言葉に天龍は悪意こそ感じなかったが、勿体ぶった雰囲気はひしひしと伝わってくる。それは事情を知る者と、知らない者の差。天龍はやはり、敢えて彼女のそれを受け止めることにした。少なくとも、先ほど何かを話そうとした真田同様、彼女も隠しごとをする気はないように思えたからだ。

「前の、鎮守府?」

「そう。もう気付いてたでしょう、この人が新人じゃないの」

 黙って頷く天龍に、龍田は満足気な顔で笑う。未だに座ったままの真田は、成り行きを見守るように軽く握った自分の手を見つめている。

「そこが、この人が最初に赴任した場所よ。そして……もう無くなってしまった場所」

 彼女が言葉を紡ぐたびに、天龍の背をぞわりとした感覚が走る。

「ここからは少ぉし遠く。賑やかな街の近く、それなりの規模の鎮守府だったわ」

 先ほど恐らく、真田が自分で語ろうとした答え。龍田はまるでそれを上書きするかのように、妖しい唇から語り出す。まるで、真田に対する何かの嫌がらせか、仕返しのように。

「……名前は、泉浜鎮守府」

 龍田が言うその名は、天龍にも馴染み深いもの。カッコがついている、この島の鎮守府に付けられた名前だった。しかし天龍が知りたいのは、その名が付くことになった理由。何故この鎮守府にその名が相変わらず引き継がれたのか。何故、真田がここへ来たのか。

「どうして、そこは無くなったんだ」

「……それはね、半年前……」

 しかしその疑問に対する答えは、お預けになる。

「!――隠れろッ」

 突如、真田が龍田を抱き寄せた。返す身で姿勢を下げながら、空いた手で天龍の頭を押さえつける。いきなりのことに抗議の声を上げようとした天龍は、険しく海を睨み付ける真田の顔に考えを変えた。

「っ――なんだ、いったい?」

 起こっている事態が、只ごとではないのを察知する天龍。茂みに身を隠した三人は息を潜める。

「龍田、見えるか」

 声を抑えた真田が、抱いた腕を緩めて龍田に訊ねた。すっかり置いて行かれた気分の天龍だったが、自分の頭を抑え付けた真田の手がそっと髪を撫でるのに気を取られる。次の瞬間、もう天龍の不機嫌は意識の外だった。恐らく真田が無意識のうちにやっている、手慣れたご機嫌取りらしい。

 そんな天龍を他所に、二人は海を睨んで事態の重さを知る。

「アレは……輸送船かしら。深海棲艦なのは間違いないけど、あれ全部だとすると相当よ、数」

「ああ。数える気にもならん」

 彼らがいる見張り台、眼下には海の様子がよく見えていた。偶然に海を向いていた真田が慌てたのも当然で、海からも見やすい場所ということ。植え込みの隙間からでは見通しも悪いが仕方ない。

「敵襲か……? でもよ、輸送船だろ? 何だってそんなもんが」

「護衛艦隊がいる様子もないわね。輸送船だけみたい……それにしても、随分とゆっくり」

 彼女らは体内に油などを貯めるタンクを持った輸送船タイプの深海棲艦。本部から課せられる任務でお馴染み、深海棲艦の補給線を断つ目的で、一定数の撃破ノルマが課せられている。

 海上を移動する際はそれなりの速度で動く彼女たち。しかし、今目の前で列をなしている様子からは機敏さが感じられなかった。

「速度はともかく、島周辺の警戒網をどうやってすり抜けた……まさか!」

 何かを言いかけた真田が、自分の言葉で息を飲んだのが分かった。龍田もそんな真田をちらりと見て、また海の方へと目線を戻す。敵艦は、不気味な静けさと共に暗闇に蠢いていた。

「まさか……あの時と、同じっていうこと? 真田クン」

「分からん。……分かるわけがない。だが、状況が一刻を争うのは確かだ……」

 二人の話に置いて行かれつつ、雰囲気だけで()()()()()()事情は察した天龍。中途半端だった姿勢を直そうとしたその時。硬直しかけていた全員の意識を一気に吹き飛ばしたのは、爆発音と閃光だった。

「爆発だ、提督伏せろ!」

「いや、そんな距離じゃない……鎮守府のほうだ!」

「――あらぁ」

 三人の目線の先で、港に爆炎が上がっているのが見える。しかし敵襲にしては砲撃音も聞こえて来ず、肝心の爆発も散発的。どう見ても組織立った攻撃には思えない。

「おい提督! 鎮守府襲われてんぞ!」

 殺気だった天龍が叫ぶ。

「そんなことは分かってる。……気付いてるか、二人とも」

 真田は手元で携帯を手繰る。いつもならば島内の基地局に繋がっているはずのアンテナは『圏外』。

 提督の様子に戸惑う天龍。一方で龍田は落ち着き払っていた。

「無線通信、ダメそうね――やっぱり」

「チッ、電探もだ……! 何だこりゃ、どうなってんだ」

「いずれにせよ、鎮守府がヤバいのは間違いなさそうだな」

 こちらへの攻撃はないと見てか、真田は立ち上がって龍田に向き合う。

「龍田、援護を頼めないか。恥ずかしい話だが、人手が足りないんだ」

 敢えての小規模な戦力が仇となった。龍田は真田の焦った様子を見て、どこか楽しそうにしている。

「ふふ。半年前は、あんなに元気なかったのに。ちょっとはやる気を出したのかしら?」

「前は見えてない。だが……とにかく進むしかないと決めた。頼む、この通りだ」

「ふぅん……そっか。ふふ」

 龍田に頭を下げる真田。少しばかり寂しく笑う龍田。天龍には、この二人の過去に何があったのかを想像すらできないでいた。互いの信頼は変わりないように見えるのに、二人の距離はどこか遠い。

「んー……」

 わざとらしく頬に指を当てて、考えるような仕草の龍田。

「いいわ。じゃあ、代金前払いで手を打ちましょ」

 龍田はそう言うが早いか、真田に歩み寄り、迷いなく彼の唇を奪う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ッ、……た、龍田、お前っ!」

 その速さ、まさに電光石火。油断した真田、一瞬の隙を突いた早業だった。

「うふふ。ごちそうさまでした、真田クン」

「クソっ。……代金分は働いてけよ、釣りは無しだ! ……こちら真田、誰かいるか!」 

 備え付けの電話で誰かに連絡を取る真田。どうやら有線は生きているらしい。真田の張り詰めた声を背にしながら、天龍たちは爆発音の元、港へと走り出す。

 天龍は結局、真田がどういう人間なのかは聞けていない。しかし、事情を知る龍田の訪問によって、これから事態が動くことを確信していた。つまり――真田の止まっていた時間が動き出すことを。

 そして、あの提督が異性に唇を奪われて戸惑う可愛げを持っていることも分かった。大収穫だ。

「じゃあ、天龍ちゃん。一緒に頑張ろうねー?」

 天龍は笑って決意した。とりあえず今は、前向きに考えることを。襲って来た連中を叩きのめした後、真田の隠しごとを洗いざらい開いてやるのもいい。

 それは戦いが終わってから、ゆっくりと考えることにした。まずは目の前の敵だ。

「天龍型一番二番、揃って出撃といくか!」

「参りましょー」

「も、もうちょい、こう、気合い入れろよ、龍田!」

「あら、私はいつもこうよ?」

 計らずも泉浜で揃った天龍型。

 『世界水準ぶっちぎり』のふたりが初めて手掛ける共同作業は、どうやら大掃除になりそうだった。

「――あァ、分かった。お前の実力、見せてもらうぜ」

「あら怖い。心配しなくても、真田クン取ったりしないから大丈夫よ」

「ち、ちげぇよ! 戦力としてお前が役に立つか気にしてるんだよ! ……ったく、行くぜ!」

 決意と共に、天龍は右手の刀を握り直し、龍田は不敵に笑った。

 

 

 

三.

 

『総員、戦闘配備! 繰り返します、総員戦闘配備なのです! 敵の部隊は島の南側から進行中の模様、各自ドックに集合、砲撃戦装備で迎撃に当たって欲しいのです!』

 恐らく数回しか使われたことのない鎮守府の館内放送から、電の声が鳴り響く。

 人の身体を得た彼女たちは、海に浮かんでいた頃と違って陸で過ごす自由を得た。しかし、自由には制約がつきもの。居場所が変わるからこそ出来ることもあれば、目的の場所へ移動する不便もある。

「もう! せっかくのティータイムを邪魔するなんて!」

 馴染んできた自室で食後の紅茶を嗜んでいた金剛。優雅な時間は一転して、鉄錆びの香るドックへとその身で走らねばならなかった。行き先が提督の私室なら色気があったものを、と歯噛みする。

「シット、鎮守府がダイレクトに攻撃(Attack)されるなんて、聞いてないデス!」

 危うくこぼし掛けた紅茶を何とかカップに押し留め、金剛は部屋を飛び出してきた。そのきっかけとなったのは、鎮守府の建屋を揺らす振動と閃光、そして散発的な爆発音だった。

 そんな異常事態が、こんな時間に間近で起きる。それは敵襲以外にはない。

「それにしても、何デス、この妙な感覚は! それに、電探が無反応(No signal)……?」

 金剛の言う違和感は、既に鎮守府の艦娘全員が感じていることだった。不快感と言っていいそれは、彼女たちの電探などを通して、言い知れない不安を煽っている。通信妨害であることだけは分かるが、それ以上の何かが邪魔しているように思えてくる。金剛はそんな不安を取り敢えず胸に押し込んだ。

 飛び込んだドックには、怒声と共に出撃準備をする特海隊員、そして戸惑う雷や響たちがいた。

「へィ、雷! いったい何が起こっているのデス!」

「そんなこと言ったって、な、何がなんだかさっぱりなの」

 何故か白露型の艤装を身に着けようとしていた雷。可愛らしい眉毛を八の字にしている。金剛は口を開くのも惜しいとばかりに、無言で暁たち特型駆逐艦の艤装と取り換える。まるで着替えの手伝いだ。

 とにかく何かを話そうとした雷だったが。

「いきなり海の方で爆発が……きゃあ!」

「シット!」

 しかし彼女の言葉はすぐに不要となった。開け放たれたドックの出口付近で起きた爆発が、今起きている事態の大体を金剛に教えてくれたからだ。

 伏せた姿勢から海を伺った金剛の目に、蠢く黒い影が見て取れる。

「もう、何なのよぉ!」

「決まってマス。エネミー・イズ・アプローチング!」

「よ、よく分かんないけど敵襲でしょ! そんなの分かってるわよ!」

「なら、私たちの出番ネ!」

 泣き言の雷を横目に、金剛はすっかり慣れた自身の艤装を身に着け、外へ飛び出した。

「……ホワット……イズ」

 そして、異様な光景に絶句する。

 ドックから出た先には、中型の一般的な護衛艦が入れる程度の港が整備されている。艦娘たちは普段そこから出撃や護衛艦への乗船を行う。しかし蠢く何かが、そこを漆黒に埋め尽くしていた。

「金剛! 多分あれ、輸送船だ!」

 叫ぶ時雨の声に目を凝らした金剛。それが確かに外洋で見かけるタイプの深海棲艦、輸送船タイプであることを視認した。しかし何故大挙して押し寄せているのか、一体何をしに来たのか。疑問に対する回答はない。そして、彼女たちが砲撃戦を仕掛けてくる気配もない。ただ、押し寄せている。

「産卵でもしに来たっぽい?」

「なワケないでショ!」

「ふふ、確かに魚の産卵みたいだね」

 夕立のとぼけた発言に突っ込みつつ、金剛は輸送船に主砲の照準を合わせた。上陸しようとしている数は多いが、とにかく少しずつ漬していくしかなさそうだ。通常弾の装填と同時に、金剛が吠える。

「一番二番、ファイヤァ!」

 瞬間、金剛の連装砲から爆音と共に砲弾が放たれる。弾はあっさり目の前の輸送船にめり込んだが、次の瞬間に起こることを誰も予想できていなかった。

 輸送船は、明らかに普段と異なる熱量を放ち弾け飛ぶ……すなわち、大爆発を起こした。

「ワッツ」

「きゃあッ!」

 何が起こったのかも分からないまま、金剛は反射的に雷をかばう。爆風と熱、弾けた金属片が背面の艤装を叩き、金剛は内心で舌を打った。抱え込んだ雷はどうやら無事らしい。

「雷、大丈夫(Are you okay)?」

「だ、大丈夫。ごめんね、って金剛こそ、血が……!」

「こんなのはかすり傷デース。大丈夫ヨ」

 金剛の頬を伝う血は、掠めた破片の残した一撃。確かにそれ自体は大した傷ではなかったが、爆発を受け止めた艤装は違った。残念ながら、かすり傷で済んではいない。

(二番と四番、砲身にダメージが……残った主砲でバトルするしかないデス)

 主砲の損傷は深刻だった。今の状況では悠長に交換している余裕はなく、戦力低下は避けられない。

 そして金剛は、遅まきながら確信した。この輸送船たちが取っている戦法が何であるか。

「シット……カミカゼね」

「かみっ……それって!」

「こんなタクティクスは、やりようがなくて追い詰められたほうが仕方なく選択(Choice)するものデス」

 かつて自分たちが選択せざるを得なかった戦法を、金剛は自虐的に表現した。

 恐らく『彼女ら』は、体内に大量の爆薬を抱えている。金剛の攻撃による今の爆発と、港で炸裂した爆発から導き出された結論に、艦娘たちは寒気を覚えた。死を運ぶ輸送船とは悪い冗談だ。

「アタックでも誘爆、タイミングが来ても爆発。まったく素敵なスーサイドタクティクスよネ」

 ともあれ、現時点で敵部隊の目的が港湾施設の破壊……或いは無力化にあるらしいことは判明した。金剛は第一艦隊の旗艦として、迎撃準備を整えつつある艦娘たちへ指示を飛ばす。

「ヘィ、エブリワン! なるべく距離を取って攻撃してネ!」

「わ、わかったわ。暁、響、行きましょ!」

「誘爆するから、味方の位置に気を付けてネ! こんなことで怪我しちゃノー! なんだから!」

「了解っぽい!」

 一応補給を受けつつ戦えるとはいえ、まだ駆逐艦たちが主力の泉浜鎮守府ではジリ貧。金剛は内心の焦りを出さないよう奥歯を噛み締める。この状況でリーダーが冷静さを失うことは避けたかった。

 そこに飛び込んできたのは、彼女が待ち望んでいた声だった。

『っ、真田だ! 遅くなってすまない!』

「! テートク!」

 ドックのスピーカーから聞こえてくる真田の声が、金剛に花を咲かせた。

『状況は把握してる。まずは金剛を中心に敵輸送船への対処を頼む。天龍ともう一名がそちらへ援護に向かってるから、合流して港湾施設への破壊行為を阻止してくれ!』

 金剛は『もう一名』とやらが誰なのかということよりも、目の前の問題へどう対処するのか決まったこと、何よりも真田という指揮官が後ろについたことが安心できた。目的の決まっていない、指揮官が不在の軍隊ほど役に立たないものはない。艦娘が艦としての仕事をするには何よりも必要なことだ。

「了解! テートクは?」

『オレは『よいまちづき』に向かう! 艦砲射撃で湾内への侵入をなるべく遅らせるから、敵が洋上でバラけたところを個別に撃破、防衛線を押し上げてくれ!』

「オッケーイ! テートクの代わりに、こっちの指揮は引き受けマース!」

 港に停泊している護衛艦『よいまちづき』。主に遠方への出撃で移動手段として使用するが、金剛の着任後は出撃で使用する機会がなかったものだ。幸いにも停泊位置は敵部隊の侵攻とは反対側。しかし搭載しているのは深海棲艦には直接打撃力のない通常兵器。物理的な衝撃により深海棲艦の侵攻を牽制することはできるが、逆に言えば、人間が出来るのはせいぜいその程度だった。

 加えて真田は『よいまちづき』を最後の撤退手段として使うことも視野に入れていた。離島の基地をいきなり直接攻撃された指揮官としては、最悪を考えれば当然の行動でもある。緊急時に限り、提督が艦長なしで護衛艦の操艦含む全機能の権限を与えられている理由はこのためだ。

『通信は有線以外使えないが、執務室の電が中心になって状況把握をしてる。射撃管制を立ち上げたらあとは隊員に任せてすぐにそちらへ向かう!』

「了解デース!」

 金剛は、真田の信頼を全て受け止める決意の元、不敵に笑った。

(テートクが最前線を私に任せてくれたんだから)

 健在の主砲、一番と三番の動きを確かめる。異常はない。通常弾でなく徹甲弾も次弾装填済み。

(パーティーは盛大に、ばっちり成功させないとネ!)

 指揮官すら迎撃に回らなくてはいけない危機的状況。彼の信頼にここで応えなくてはオンナがすたる。金剛は決意と共に、数えることも面倒な敵艦の群れに砲門を向けた。

 真田の言った援軍到着まで、恐らくあと少し。待っている時間も惜しい。

「ヘィ、駆逐艦たちィ! 主砲スタンバイ、オーケイ?」

「了解!」

「ファーストミッション……手前の(Enemy)を一斉射!」

 金剛の号令で、時雨や夕立を始めとする『陸の駆逐艦』という妙な集団が、手にした主砲を構えた。

 少なくとも海を使えるようにしなくては、艦娘の能力は十分に発揮できない。絶望にはまだ早いが、この状況の見えなさと押し込まれ様では、一つの油断が命取りとなる。

 頬を伝う汗を、金剛は笑顔で無視することにした。

「エヴリワン! 全砲門……」

 そうして全てを背負った金剛。前線を押し上げるべく、ありったけの力で叫ぶ。

「ファイヤァ!」

 

四.

 

「っ、はあッ、もう少しで港だ!」

「天龍ちゃん、艤装はどうするの?」

 走る背後、龍田から掛けられた言葉に、天龍は愛用の刀しか提げていないことを思い出す。とにかく駆け付けることに夢中で、そこまで考えていなかった。

「いちいちドックに戻って補給して、なんてやってられっかよ!」

 港への道を駆け抜けながら、体一つでも戦う決意をした天龍。その前方に、見覚えのある帽子が飛び出してきた。

「天龍! こっちこっち!」

 帽子の主は暁。小さな体に黒光りする大きな荷物を抱えてよたよたと走ってくる。

「俺の艤装じゃねーか!」

「司令官から頼まれたの! 受け取って!」

 暁は手に持った艤装を重そうに掲げて叫んでいた。無論それは見た目だけで、艦娘である暁はさほど重さを感じていない。とはいえ、駆逐艦である暁にはバランスの悪い持ち物であることも事実。

(まったくあの野郎、随分と手回しがいいじゃねぇか。これだからいけ好かねぇ)

 思わず笑う天龍だったが、龍田はそれに雰囲気で気付き、ため息を吐いた。

「こういうとこ相変わらずね、真田クン。ちょっと安心したかも」

「あん?」

 龍田の呟きに反応する暇もなく、駆け寄った暁から愛用の艤装を受け取る。その場で身に着け、暁というお供を増やして、天龍はまた走り出す。

 もう港は目の前……見えた!

「エヴリワン! 全砲門、ファイヤァ!」

 金剛の号令と共に、一斉射撃が目の前に並ぶ敵艦に降り注ぐ。そのどれもが着弾と共に派手な爆発を起こして、夜空と島を明るく照らす。

「金剛! 待たせたな!」

 さながら待ち合わせに遅れた彼氏のように、天龍は金剛に駆け寄った。

「ノンノン、今来た所ヨ!」

 不敵な笑顔でそう答える金剛に、天龍も釣られて笑う。天龍は未だ数週間の付き合いしかない金剛に対して、もう十年来の仲間でいるような感覚を覚えていた。

(なんつーか、『艦の記憶』って眉唾だったけど。こうしてみると実感するもんだな)

 かつての艦としての経験、共に戦い抜いた記憶。過去から引き継いだそれらに、艦娘としての様々な経験が上乗せされる。艦娘たちの練度とは、単純な戦闘経験だけではない。

 天龍は龍田と共に、目の前の湾に空いたスペースに滑り込む。

「金剛ちゃん、『アレ』の中身は爆薬?」

「イエス! あなたが援軍ネ、龍田!」

「よろしくね。それにしても、ずいぶん趣味のいい攻撃方法ね。ゾクゾクしちゃう」

「おいおい、自爆特攻を仕掛けるほど大した場所か、ウチは」

 こんな場末の鎮守府、正直なところそこまでやって攻め落としたとしてどうするのか。漁業の拠点にでもするのか、などと天龍が考えた時。

「お、おい! 龍田」

「えい!」

 龍田はいきなり、隊列の先頭にいた輸送船に斬り掛かった。炎に鈍く光った薙刀が、でっぷりとした輸送船にめり込み、海面を滑りながら躯体を見事なまでに切り刻む――いや、解体していく。

「……なんて腕前だよ、下手したらドカンだってのに」

 数瞬の後、哀れな輸送船は貯蔵庫部分を綺麗に落とされてしまった。

「うふふ。 ……『バラし方』さえ知ってれば、これくらい問題ないのよ?」

 そう言って笑う龍田の背後で、爆薬を貯め込んだ中心だけが海中で小規模な爆発を起こした。天龍は笑顔の妹分に寒気を覚える。明らかな練度の違いと、冷徹なまでの戦闘能力。

「天龍ちゃんは無理しなくていいから、暁ちゃんと援護よろしくね~」

「ッ、分かった。おい暁、行くぞ! 後ろに逸らしたのは金剛たちに任せる。俺たちはとにかく、前へ出てラインを押し上げるぜ」

「りょ、了解!」

 艦隊の反撃が始まったにも関わらず、鎮守府へ迫る速度は変えない輸送艦たち。そうするうち、島の反対側からは牽制の艦砲射撃が始まる。護衛艦の主砲が弾着して申し訳程度に立てる波が隊列を崩し、物理的な衝撃で前進の勢いを削ぐ。直撃しても何の効果もない、ということを逆手に取った戦術だ。

「バーニングッ……ラァブ!」

 金剛たちの砲撃が、バラけた輸送船を爆発させる。誘爆の合間を縫って進む天龍たちが数を減らし、そうしてあまり広くはない湾の中に少しずつスペースが出来て行った。

「暁! ちょいと前で暴れるぞ! 後ろに着いて離れんな!」

「わかったわ!」

 天龍と暁、それに龍田は沖へと進む。浮かぶ残骸、艦砲射撃で散らされた輸送船の間を縫うように。数はかなり減っているが、まだ数える気にならない群れが鎮守府を目指していた。

「暁、二時方向、まとめて魚雷でやれッ!」

「任せてっ……やあッ!」

 龍田が斬り刻み、天龍と暁が主砲や魚雷で潰す。その地道な繰り返しによって、戦場は次第に沖合へ押し上げられていく。輸送船はようやく、その数を減らしていた。

 湾内がある程度使えるようになり、時雨や夕立を始め、他の駆逐艦たちも洋上で爆弾処理を始めた。こうなれば、機動力のない輸送船などただの的だ。

「暁、後ろのは僕がやるよっ」

「こっちにも任せてくれて、問題ないっぽい!」

「ありがと! 助かったわ」

 天龍は群れを抜けて沖合へと出た。敵の後続は既に途切れており、これで湾内の金剛たちと天龍とで挟み撃ちの形にできたことになる。

「よぉし。後は、残った連中さえ片付ければ。……おらぁ!」

 龍田の真似事で輸送船を斬り刻んだ天龍。

 その背後を守っていた暁が、突如吹っ飛んだ。

「ッきゃあ!」

「暁!?」

 天龍が、暁を吹き飛ばした正体が砲撃だと気付いた時には既に遅かった。暁と背中を合わせるようにしていた彼女にも、容赦なく砲弾が襲いかかる。弾着の水柱が立ち、一発が天龍の艤装を直撃した。

「ち――っくしょお! やってくれるじゃねぇか!」

 姿勢を崩し、火花を散らしながら回避機動。何とか射線を躱し、反転した天龍。

「沈むな、暁っ」

 洋上に力なく浮かぶ暁を何とか拾い上げ、損傷を確認する。天龍は主砲の一門が損傷、航行には影響なし。一方の暁は直撃弾、艤装大破。魚雷を使い切っていたのが幸いし、誘爆による被害はない。

「暁、しっかりしろ! 生きてるな!?」

「天龍……暁は、だいじょ、ぶ……」

 弱弱しい暁の答えだが、命に別状はないと見た天龍は直後、自身に砲撃を見舞った敵艦を補足した。戦艦一隻を中心にして、重巡洋艦タイプの深海棲艦が三隻。どうやら駆逐艦もいる。

「……マジかよ」

 薄く笑って砲を構える戦艦ル級。比較的どの海域にも出没するが、戦艦の名は伊達ではない。

「くそっ」

 放たれた主砲弾は、危ういところで回避行動に移った天龍を掠めていく。

「当たってたまる……ッかァ!」

 脇に抱えた暁を振り落とさんばかりに、左右、そして波を蹴って進む天龍。ル級の砲撃は重巡たちと連携しており、容赦なく天龍たちを追い立てる。姿を消した駆逐艦も魚雷で狙っているだろう。

「龍田、残弾は! 魚雷は何本ある!」

「あんまり余裕ないかな。結構使っちゃったかも」

 三人は沖合まで出ている関係上、鎮守府の艦娘たちからは孤立している。単純な数の差はもとより、負傷者を抱えて燃料、残弾も余裕がない。かつ敵は、この状況で簡単に相手できる戦力ではない。

 天龍は、愛刀の柄を握りしめた。

「龍田……暁を連れて下がれるか」

「あら、どうして?」

「俺が突っ込んで時間を稼ぐ。一旦引いて、体勢を……そうすりゃ、まだなんとかなるだろ」

 少なくとも、天龍がそうすることで一瞬だけでも隙は出来る。夜の闇に紛れた、損傷の少ない龍田の足なら逃げ切れるはず。負傷した暁だけでも救えるなら、それに越したことはない。

 そんな天龍の決意は、状況に反して能天気な龍田の声で打ち砕かれた。

「さぁて。うん、時間的に……そろそろ大丈夫かしら」

「あん?」

「えい!」

 涼しい顔で砲撃を回避した龍田は、艤装に取り付けた筒から何かを撃ち出す。

 それは光の尾を引いて上空へと飛んでいき……次の瞬間、まばゆい光の球が上空に現れた。

「っ、これは、照明弾!?」

「そ。探照灯は……別にいいかな」

「探照灯? おい、いったいなにを」

 うねる波間で砲を構える深海棲艦と、艤装から火花を散らす天龍。夜空に現れた光球は、その全員を平等に照らし出した。夜の闇に現れた日の光。思わず目を細めた天龍は、照らされた波が立てる音とは違う何かを捉えた。敵からの攻撃の合間、それは確かに天龍の耳に届く。

(なんだ……今、なにか……いや、これは砲撃?)

 天龍が捉えたのは、島とは違う方角からの砲撃音。それを認識したのは天龍だけではなかったらしく、数名の深海棲艦が周囲を警戒する様子が見て取れた。

 そのうちの一隻、重巡タイプの深海棲艦が――突如、爆散した。

「なッ」

 照明弾が演出した沈黙を打ち破ったのは、飛来した砲撃――雨のように降り注ぐ主砲弾だった。

「弾着ッ、龍田気を付けろ!」

 それらが敵戦艦と重巡へ命中し、弾着の火花と爆炎を散らす。反射的に距離を取った天龍だったが、左右、正面から降り注ぐ砲弾は、容赦なく敵主力集団だけに襲いかかっていた。

「天龍ちゃん、離れましょ」

「な、おい! くそっ、何なんだよ……」

 その光景に呆然とする天龍は、龍田に促されて湾の方へと進路を取った。しかし、一体何が起こっているのかは分からないまま。天龍は呆然と呟いた。

「……龍田、どうなってんだ」

「時間ジャスト、遅刻しないでご到着ってことよ。天龍ちゃん」

「だから、なにがだよ。誰がだよ!」

 龍田の主語がない物言いに、天龍は苛立った。隠しごとのあるやり取りが好きではない彼女。そんな天龍の気持ちはわかっていながら、龍田は天龍の小脇に目線をやった。

「ケリはついたみたいだし、今は暁ちゃんを入渠させましょ」

 龍田の言葉通り、そこには傷付いた暁が荒い息を吐いている。命に別状はなくとも、彼女が傷付いていることに変わりはない。焦り苛立つ天龍にも、それは理解できた。

「……っ。わかった」

「ちゃんと説明したげるから。……大丈夫、味方よ」

 そう言って先に鎮守府へ戻る航路を取る龍田に、天龍は渋々従った。

「味方? お前、一人じゃなかったのか」

「そ。元々、集合時間より早めに来てたの……ちょっと、真田クンにいたずらしたくなっちゃってね。そしたら、通信できなくなっちゃったでしょ。今は結果オーライってことにして欲しいなって」

 未だ弾着の煙は晴れないが、背後の様子は見なくてもわかる。全機撃沈、目標撃破だ。

(……あんの野郎、何発殴ってやろうかな)

 半ば八つ当たり気味に真田の顔を思い浮かべ、その顔面に拳を決める想像をした天龍。

 背後で起こった出来事に目を瞑って、未だ炎に照らされる鎮守府の建物へ向けて船足を上げた。

 

 

五.

 

「初めまして、金剛お姉様。比叡以下、金剛型二番から四番艦、着任しましたっ! 素敵なお姉様で、比叡、気合い入っちゃいます!」

「あ、ハイ。ヨロシクデース……」

 戦闘の痕跡が文字通り燻る鎮守府の港。

 金剛は、突如訪れた艦娘――姉妹艦である比叡たちから挨拶を受けていた。ぺこりと頭を下げる比叡、榛名、霧島の横から、こちらも威勢よく声がかかる。

「摩耶だ。アタシらも忘れんなよ。摩耶、鳥海、隼鷹の三名、着任したぜ。ヨロシクな」

「お、おう。俺は天龍。よろしく……」

「よろしくです。さ、隼鷹さんも」

「よっす! ここじゃちょっと、酒の調達には苦労しそうだなァ」

 戦闘に介入し、瞬く間に敵部隊の主力を叩き漬した部隊、それが彼女たちだった。金剛姉妹を始め、重巡に軽空母となかなかのメンバーが並んでいる。

 突如やってきたように見える彼女たちは今、確かに()()と言った。

「ヘィ、あなたたち。随分な艦隊だケド、この鎮守府に着任? 一気に艦隊ごと?」

 金剛型戦艦が三隻、高雄型重巡二隻、飛鷹型軽空母一隻。普通に考えれば、これだけの戦力が一気に着任するなどまずない。当然の疑問に、金剛姉妹の末っ子は少し複雑な笑みを浮かべた。

「私たちは、元々泉浜鎮守府に所属していた艦娘です。――そうですか。では真田司令から皆さんに、まだお話はされていないんですね」

「ふぅん。……テートクとは、長い付き合いってやつネ」

 事態から置いてけぼりを食らっている金剛は、ちくりとそう言った。

 天龍も、彼女の言葉に一歩前へ出る。

「それだ。泉浜鎮守府。ここと同じ名前――おい龍田、お前もそこにいたとか言ってたよな」

「そうよー。私たちは、そこで真田クンとお仕事してたの。事情があって、彼のお知り合いのところにみんな転属って形で離れてたんだけどね」

 天龍の呼び掛けに、龍田がのんびりと答えた。その答えは知りたいことの一つではあったが、求めているものとは違う。金剛は、ようやく訪れたチャンスとタイミングを逃す気はなかった。

「教えてクダサイ、全部(Everything)。何があってドーなって、今コーなってるのか。テートクや電たちが、悪いヒトじゃないことは私でもわかりマス。でも……」

「金剛や俺はここへの着任からずっと、肝心の話を聞けてないんだ。よくわかんねーうちに鎮守府まで襲撃されて、黙って言うことだけ聞いてろ、なんてのはナシだぜ」

 ここ数週間で、いつの間にか戦友のようになっていた金剛と天龍。考えていることも似ていたようだった。二人は思わず、目を合わせて苦笑いする。

 一歩踏み出た龍田は、くるりと振り返った。鎮守府の建物へと目をやり、口元だけで笑う。

「うふふ。それじゃあ――あっちから来る誰かさんに、直接聞きましょう?」

 龍田の声に、全員がそちらを見た。ドックから漏れる照明に、()のシルエットだけが浮かぶ。

「みんなをここに呼んだのは私だけど、そうした原因はあの人だもの」

 あの人、と他人行儀にも親しげにも聞こえる呼び方で呼ばれたのは、彼女たちの提督――真田。

 彼の後ろには、夕張と電が控えている。その表情はどこか硬い。よく見ればいわゆる『訳知り組』は皆似たような表情をしていた。

 辿り着いた真田が、その場の全員を見回し終わる前、一歩前に出た天龍が口を開く。

「――ってことらしいぞ、提督」

「テートク。お願い(Please)。私たちに、貴方のコト、教えて」

 先ほど見張り台で天龍が口にしたのと同じ言葉を、金剛も重ねた。

「――まずは、皆にお疲れ様と言わせてくれないか」

 真田は静かに、何かを押し殺すような顔でそう言った。

「損傷中破以上は暁だけか。敵襲、しかも通信妨害で状況も掴めないまま、みんなよくやってくれた。本来なら、労をねぎらって皆には早々に休んでもらうところだが……」

 一度そこで言葉を切った真田は、自嘲気味に笑う。

「撃退のご褒美は、オレの告白でいいのか、みんな」

 事情を知らない側の艦娘は黙って頷き、事情を知る側の艦娘はただ俯いた。

「真田提督。よろしいのですか」

 その中で、榛名が一歩前に出る。

「半年前のこと……無理をなさらなくても」

「いや……これを皆に話していなかったのはオレの責任だ。オレという提督がどんな人間か。それをちゃんと知ってもらっておくべきだったよ。たとえオレが、どんな情けない提督でもな」

「ですが、提督のお気持ちを考えると、榛名は素直に『はい』と言えません」

「すまないな、気を遣わせて。でも、これは必要なことだ。これからのために」

「提督が、そうおっしゃるなら。榛名たちは何も……」

 天龍は、見張り台で真田から聞いた話を思い出す。これから自分が彼に話させようとしていることが、どれほどの傷を抉る行為なのか。聞かなくては分からないし、聞いてから後悔するかも知れない。

(――それでも)

 天龍は知りたかった。自分が、彼を信じるために。

 金剛は、初陣の後に彼から言われた言葉を思い出す。『無茶はするな』。金剛の目はラブでやや視界が狭くはなっていたが、それでも言葉に込められた意味は分かる。彼がそう言ったからには、無茶をしたなにかが、彼を傷つけたことがあるということだ。恐らく、普通なら耐え切れないほどに。

(バット、それでも)

 金剛は知りたかった。自分が抱いたときめきを信じ、これから提督(テートク)として彼を慕うために。

「みんな、聞いてくれ。入渠中の暁にも、繋いでやってくれるか」

 真田は、軍服の襟元を少しだけ緩めた。

「オレは、鎮守府を一つ漬している」

 ひと際大きく打ち寄せた波の音。彼の告白の始まりを、いかにもそれらしく飾っていた。

 鎮守府を潰したという言葉は、それが自分の責任であることを示している。真田の言葉に、何人かが息を呑んだ。軍事拠点である鎮守府の壊滅という事実は、重い意味を持つ。特に、艦娘にとっては。

「泉浜鎮守府。それが元々オレの預かっていた場所だ」

「ここが同じ名前なのはどうしてだ」

 天龍の言葉通り、仮称ではあったが、既にこの基地はそう名付けられている。

「大した理由じゃない。旧所属をそのまま引き継いだだけだ――せめて名前だけでも、とは思ったが」

 俯いた真田は、そっと指輪を撫でた。真田の動きに気付いたのは天龍だけだったが、彼女にとってはそれで充分だった。敗北が彼から奪ったのは、鎮守府だけではないということだ。

「半年前、オレの鎮守府は大規模な襲撃を受けた。制海権も制空権もある真っ只中、外海からそこまで他の基地や鎮守府も点在している場所に、だ」

 大きなため息。真田のそれは、まるで過去の後悔を吐き出している。

「敵がどうやって内海まで侵入したのか……何を目的として侵攻してきたのかは一切不明。警戒網にも引っ掛からなかったから、当然ながら救援も後手に回る。ウチの戦力では、守り切れなかった」

「じゃあ、その戦闘で、テートクの鎮守府……イズミハマは」

「壊滅だ。深海棲艦は、まず市街地に向けて侵攻して来た。手持ちの艦隊を迎撃に回して対応したが、慣れない陸戦で思うように戦えない。無線通信もいきなり無効化し、戦況もロクにわからない」

「無線……そうか、それでお前や龍田は『半年前』がどうこうって言ってたのか」

「そうだ……そして、連絡が途絶した直後」

 突如、そこで真田の言葉が詰まった。彼の様子は、普段と変わらないように見える。握りこんだ拳、それが小さく震えている以外は。

「さらに、敵部隊が来たのよね。ほとんど空っぽの鎮守府を目指して」

 龍田が、横から口を挟んだ。

(こいつ、他の連中と何か違うな……何がってわけじゃないけどよ)

 何故か天龍はそう感じた。初対面から彼女は落ち着いているように見えるが、比叡や摩耶たち、他の『元泉浜』所属艦娘たちとはどこか何かが違って見えていた。

 真田は俯きながら、話を再開する。

「――龍田が言った通りだ。市街地への侵攻を止めるために全戦力を投入していたウチの鎮守府には、それに立ち向かえる艦娘がいなかった」

 真田は、そこで一度言葉を切り、そして空を見上げた。

「彼女を、除いて」

 まるでそこに、かつて自分が仰いだ何かがいるかのように。

「――カノジョ?」

「指輪の、相手か」

 事情を知らない金剛と、少なくともそこまでは知っている、察している天龍。

 金剛は表情を曇らせた天龍を見て、自分が一歩遅れていることを知る。

 咄嗟に真田の左手へと目をやった金剛は、そこに光る指輪の存在に気付いた。

 シルバーのごくシンプルな指輪。

 練度が低かろうが、経験が浅かろうが関係ない。艦娘であればその存在は知らされているし、意識しない者はまずいない。『ケッコンカッコカリ』の儀式で、艦娘と深い絆を結んだ証である――いわゆるケッコン指輪だ。

「鎮守府に残っていた艦娘は、秘書艦だった彼女ひとり。他の全員は、市街地で戦闘中。彼女は一人で、第一艦隊旗艦として出撃した……もう戻れない戦いに、ただ足止めのために」

 敵部隊というからにはそれなりの数だということは、天龍にも分かる。つまり文字通りの死地へと、自らのパートナーを送り出す。

「――それで、哨戒任務中ってことか」

「ああ」

 そんな選択をしたと、真田は告白した。

 金剛と天龍を交互に見て、それから榛名たちを見る真田。

 そして彼は、ついにその名を口にした。

 

「加賀型航空母艦一番艦、加賀。……オレの、第一秘書艦で、ケッコン相手だった」

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