泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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陸の上の四人

一.

 

 真田は手短に自分のことを語り出す。

 自分の夢を諦めて特海にやってきたこと。初めての戦いで実感した戦力不足のこと。

 建造時に起こった事故のこと、そしてその建造で加賀と出会ったこと。

 叶わなかった自分の夢を、加賀に重ねたこと。

 ようやく加賀と思いが通じ、彼女に受け入れられたこと。

 そして――ケッコン当夜に襲撃を受け、彼女を喪ったこと。

「加賀の指輪は、残されていた弓の弦に結びつけてあった。……彼女が沈む直前、遺したらしい」

 着任からここまで真田が取って来た態度、表情、それらに納得が行き、同時に胸を痛めた天龍。

「――そうか。悪い。確かに、自分から話したいことじゃないのは分かるぜ」

「いや。提督として大事なことを隠してたのは確かだ。お前たちには悪いことをした……すまない」

 真田はそう言って、全員に頭を下げた。

「龍田。お前が他の連中まで集めて、オレの元に戻ってきた理由を教えてくれ」

 話していなかった過去……自分の「弱さ」を語り終わった真田は、一人微笑む龍田に問いただした。

「ちょっと待ってね」

 全員の目線が彼女に集まる中、龍田は引っ張り出した背嚢を探った。彼女はそこから薄汚れた棒状の何かを取り出すと、全員の前で示して見せる。

「さーて。これは、何でしょうか」

 唐突に始まった謎かけ。薄汚れ、傷ついてはいるが、それは空母が扱う武装の一つだ。

「艦載機……の矢だよな?」

 天龍が即答し、龍田は嬉しそうに笑い、そして矢羽根の日の丸が投光器に照らされて光った。

「正解ぃ。天龍ちゃんばっちりね」

 龍田は居並んだ仲間の一人、隼鷹のほうへと歩み寄って、手の棒切れ……矢を無造作に差し出した。いきなりの事に面食らう隼鷹に、龍田は変わらぬ笑顔で質問を投げる。

「隼鷹ちゃん、これ艦載機にできるー?」

「ええ? コレをかい?」

 笑顔で無茶振りをする龍田に、さすがに困り果てた様子の隼鷹。それもそのはず、本来飛鷹型空母は『陰陽師式』とも通称される手段で艦載機を具現化したものを操る。和弓で矢を飛ばす弓道式の矢は、専門外だった。

「いつも飛ばしてるのとは違って、慣れないからなぁ。一応やってはみるけどさ……うん」

「お願いねー」

「こう、かなぁ? えい、このっ。こんチクショウっ、……いいコだから変わんなよホラ」

 叩いたり軽く曲げてみたり、気合いを入れてみたりする隼鷹。矢は何も変わらない。

 大きく息を吐いた隼鷹は、真田を睨んで言った。

「はー。提督、酒くんない」

「お前に呑ませる酒はない、なんてな……電、備品に空母用の弓があったろ、持ってこい」

「えぇー。酒精のひとつもくれりゃあさ、アタシゃ空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだってできんのにさァ。燃料なしじゃ、ここから呉までだって行けやしないよ」

 そう言ってにへらと笑った隼鷹だったが、不意にその表情は鋭さを帯びる。

「なぁ提督。アタシら、龍田に呼ばれて来てはみたけどさ、心配してたんだ。半年前のアンタは、正直見てらんなかったからね……それこそ、死ぬんじゃないかと思ったさ」

 加賀の沈んだと思われる付近で見つかった、弦に指輪の結ばれた和弓。それを無言で受け取った時の真田の顔を、隼鷹は今更に思い出していた。

 しかし、吹けば飛びそうだったその時の顔と、今の真田はどこか重ならなかった。

「半年は傷心を癒やすにはちぃと短いけどさ。それでも多少は立ち直ったんかね、提督」

 真田は隼鷹の言葉に、答えを持たなかった。自分が加賀の死を受け止めきれたのか。それは今もってわかっていなかったからだ。ただ黙して、隼鷹の瞳を見つめるのみ。

「――ま、少なくとも目は死んじゃいないみたいだね。相変わらずの色男だ、アンタ」

 そこへ電が弓を抱えて走って来た。

「お待たせしたのです!」

「アタシ、()()苦手なんよねえ。固ッ苦しい射法八節とかさ」

 弓を手にしてぶつくさ言う隼鷹だったが、ふと目の前に立つ真田を見て、目の色を変える。くい、と猪口を傾ける仕草は、隼鷹のやる気を引き出すのには十分だった。さっきと話が違う、とは言わない。

「ま、まあ、他ならぬ提督や龍田の頼みじゃあ、仕方ないね。うん」

「あら、口元が緩んでるわよー」

「にひひ。バレたか」

 舌を出した隼鷹は、次の瞬間雰囲気を一変させた。先ほどまでの笑みは消え、冷気さえ纏うほどに。

 普段は巻物型の飛行甲板に式符を通して艦載機を実体化させている彼女。しかし、弓道式の艦載機を全く扱えないかと言えば、そうではない。無論適正というものはある――。

「さぁて。ちょっくらやってみますかね」

 単に向き不向きがあり、彼女は陰陽道式が合っていた。ただそれだけのことだった。

「ワオ……」

 隼鷹の纏った鋭い空気に、金剛が思わずため息を漏らした。波音を背景に、隼鷹は上空へ向けて弦を引き……そして、手放した。

「いってぇ!」

 同時に響いた隼鷹の悲鳴。慌てて天龍が駆け寄る。

「お、おい大丈夫か」

「チックショウ、これだから弓道式はイヤなんだ」

 矢を放った戻りの弦で、したたかに体の()()を打たれて毒を吐く隼鷹。

 そんな彼女の放った矢は、それでもしっかりと上空へ飛んでいく。

「よぉし来いッ」

 呼び掛けた隼鷹の声に応えるかのように、矢は光を放った。一瞬の後にそれは艦載機の形状になり、港の投光器に照らされて、一機の艦上攻撃機へと姿を変える。

「いよっしゃあ! 酒のアテは魚介で頼むぜ提督ぅ!」

 しかしそのまま飛ぶかと思われた艦載機は、プロペラが回転していない。飛び上がった勢いを減じたそれは、重力に従ってゆっくりと下降を始めた。

「オイ、元気ねえな。……とと、よっ、と」

 地面へと落着する前に、駆け寄って器用にキャッチした天龍。ラジコン程度の大きさを持ったそれを、彼女は真田にそっと手渡した。

「ホレ。……何だっけ、これ」

「天山だな」

 九七式艦上攻撃機の後継機として開発された中島飛行機製の攻撃機、天山。かつての大戦時、敵艦の横っ腹に超低空で迫る写真が残されているが、意外と操縦にくせのある機体と資料には記されている。

 真田はそれを手に取ろうとして、顔色を変えた。

「な――これは」

 その様子に気付かないまま、隼鷹も彼同様に天山を覗き込んだ。

「天山かぁ。いい機体だよねえ。アタシも……」

 そして隼鷹も、眉間にしわを寄せる。

「あン?」

 二人は信じられない思いでそれを見ていた。何故ならそれは、『()()()()()』ことだったからだ。

 様子がおかしいと見て、金剛も顔を寄せる。

「何か、ストレンジなことでもあったのデス?」

 金剛は、興味深げに艦載機を見つめた。訓練で模擬戦を行った際に見たことがあったものの、間近でこうして眺めるのは彼女にとって初めての経験だった。

 しかし、さほど実物に触れていない金剛でも、その機体を一目見て気付くことがあった。

「ウイングのラインとナンバー、これは?」

 艦載機は規格品のため、機体の種類、搭乗する妖精の熟練度以外の部分で性能差は出にくい。逆に、それ以外の部分で個性を設定することは簡単に出来る。艦娘の所属番号、カラーリングやマーキング。そういった部分で自分らしさを表現する艦娘もいる。

 真田の持つ機体には、美しいブルーのラインと所属番号が記されていた。

 『IZM-〇一一』。泉浜鎮守府のコードを示すアルファベットと、十一番目の艦娘という意味だ。

「この天山、二週間前にちょっと遠くの基地で回収されたの。たまたま私、そこを訪れててね」

 龍田は、まるで歌うように言った。

「さて、問題です。このコは、誰が飛ばしたものでしょう」

 楽しそうに、寂しそうに。様々な感情の混じった龍田の言葉が、真田を思い切り殴りつけた。

 比叡や榛名を始めとする他のメンバーも、このことについては聞いていなかったらしい。真田の手にある天山の識別番号。それに覚えがあるのは、元・泉浜鎮守府所属の者たちだった。

「なァ。この番号……アタシの、見間違いじゃないよな。提督」

 すっかり酒のことなど頭から飛んでしまった隼鷹の、断定に近い質問。

「オイ、まさか……この天山の持ち主って」

 天龍の言葉に、真田はただ一言、返した。

 

「――持ち主は、加賀だ」

 

 

二.

 

「じゃあ、加賀さん……生きてるってことですよね」

 比叡の自信なさげな声は、目の前の事実と過去の出来事が相対していることに起因している。。

 艦載機と空母艦娘は特殊な『リンク』と呼ばれる繋がりを持っており、それが断ち切られる……別の艦載機に載せ替える、或いは艦娘自身が轟沈することなどで途切れる。リンクが切れた艦載機はその後持っていた属性を全て失い、初期の状態に戻る。轟沈の場合は、艦娘と運命を共にすることになるが。

 真田が手にしている天山には、加賀の所属を示すマーキングが残っている。それは持ち主である加賀とのリンクが健在であること、つまりは彼女の生存を意味していた。

「――少なくとも、この天山を飛ばしたのは加賀に間違いない。普通に考えれば、な」

 龍田が真田の側に立ち、天山の主翼を撫でた。

「私も最初は目を疑ったもの。だって、半年前よ? 彼女が沈んだの」

「で、これを見てすぐ、元メンバーに召集を掛けたってところか」

「そう」

 頷く龍田に、比叡が付け足す。

「龍田さんからここに来るよう連絡を受けたんです。慌ててそれぞれの鎮守府で転属願いを出しつつ、ここに集合する算段を立てたわけです」

「たまたま襲撃のタイミングだったお蔭で、ウチは全滅を免れたわけだな」

 未だ襲撃の痕跡を漂わせる港を見回して、真田は苦笑した。

「――気になるのは、今日の襲撃で無線通信やレーダーの類が使えなかったことだ」

 真田の言葉に夕張は手元の端末を手繰る。島に設置されたセンサーやレーダーの類は、何もなかったかのように()()()()()()データを表示していた。そこに、今日あった不自然な静寂はない。

「はい。念の為、いくつかの機器を調査しましたが……故障では、ありませんでした」

 真田は、半年前の襲撃を思い起こしていた。鎮守府を、仲間を……そして加賀を失った戦いを。

「泉浜が襲撃された時……あの時も、同じだった」

 警戒網をすり抜けて、突如市街地へ侵攻した深海棲艦。通信もできず、レーダーや電探も役に立たず。先ほど受けた襲撃も、全くと言っていいほど同じ状況だった。

「私も今日の襲撃と、半年前に用いられた妨害の手段には類似する点があると思います。まあ、それが何なのかは、まだ分かってないんですけど……ごめんなさい」

 夕張はそう言って苦笑した。彼女の技術を生かそうにも、情報が不足している。

 うつむいた一同だったが、後を霧島が引き継いだ。

「私たちが島に到着した時、確かに島を中心として、レーダーの反応が消失していました。ただ、形状というか、感覚が独特で……こう、()()()を回す感じでしかうまく表現できませんが」

「それとよ、確かにアタシの電探なんかも反応が消えてたんだけどさ。何て言うか……その海域に入る直前、一瞬だけ別の部隊の反応があったんだ。なあ鳥海」

「ええ。すぐに消えたと言うか見えなくなって、恐らく後退したのだと思われますが……あれが、本隊だった可能性もあります」

 金剛が指を立てて、自説を披露する。

「それは多分、慌てたというより……正体不明(Unknown)な比叡たちを警戒したのかもネ」

「そうかも知れませんね、お姉様っ」

 抱き着く比叡を横目に、真田は思案する。

 半年前に突然の襲撃を演出した何かが、今日の襲撃でも用いられていた可能性。そして突撃部隊とは別に本隊が存在した理由。そこに思い至った真田は、一つの仮説に辿り着いた。

(奴らは、何かの目的のために動く時、この手口を使っている? 陽動として別働隊を動かし、目的を遂げるために別働隊として、本隊が動く……襲撃とは別に、何らかの行動を起こしているのか)

 それは単なる思い付きだったのかも知れないが、真田は不思議とそれが腑に落ちた。

 しかし、続けて真田は首を振る。

(――だから何だ。半年前にオレが、加賀を……鎮守府を守れなかったことに変わりはない)

 癒えかけていた彼の傷跡は、思い出された記憶、そして仲間との再会によって再び生々しく蘇る。

 死ぬと分かっていて、パートナーを死地へ送り出したこと。そんな状況に追い込んでしまったこと。何も出来ない人間である自分。焼け焦げた弓と、それに結び付けられた指輪。

 真田は、胸の内を吐きだすように、大きく息を吐いた。

「今日は、もう遅い。金剛は着任したみんなを案内してやってくれ。警戒のために、後で見張り役だけ立てよう。対象のメンバーには追って連絡する……みんな、今は休んでくれ」

 そんな真田の、無理矢理にも思える言葉。反発するように霧島が一歩前へ出る。

「ですが真田司令、まだ話は終わっていません。今は加賀さんを探すことが」

「――霧島」

 真田は、そんな彼女の言葉を遮った。

「今日この状態で出来ることは、何もない。それに……鎮守府は私設軍隊じゃないんだ」

 全員の戸惑いを断ち切るかのように、真田ははっきりと言い切った。

()()()空母の一隻が生き残っていたとして……それに対して艦隊を動かすことはできない。捜索するだけでいくらリソースを取られると思う? 特海は、そんなことに付き合う戦力的余裕はないんだ」

 冷たく放たれたその一言に、比叡を始めとした()泉浜所属の艦娘たちが顔色を変えた。

 比叡と摩耶が真田に詰め寄る。

()()()って! あの人は、真田司令の……!」

「おい。ケッコンまでした相手にその言い草はねえだろ、提督」

 怒りを露わにする艦娘たち。真田はあくまで無表情に、彼女たちの目線を受け止める。

 しかし、その場に、高らかな声が響いた。

「シャラーップ! 比叡、摩耶!」

 比叡たちを制したのは、他ならぬ金剛姉妹の長女、金剛だった。

「でもお姉様!」

「止めんなよ、金剛。オメーは知らないことだ」

 金剛にさえ食って掛かろうとする、比叡の肩……金剛は優しく抱き、そっと撫でた。

「ねえ、比叡。テートクが、ホントにそんなバッボーイ(bad boy)だと思う?」

「バッ……何です? それって、どういう……」

「――ちゃんと彼のことを、見てあげてネ」

 この場で恐らく、金剛だけが分かっていた。

「し、司令! 血が……」

 握り締めた強さのあまり、真田の手に血が滲んでいること。

「提督……お前、やっぱり加賀さんのこと」

 もし生きているのならば、誰よりも加賀を探しに行きたい。そう叫びたくて仕方ないことを。

「真田指令、あなたは……そうですよね、あなたは、そういう(かた)でした」

「比叡たちは知ってるかもだケド、テートクが素直なヒトじゃないの、もう私にも分かりマース」

 金剛の優しい声に、比叡の勢いは削がれた。自分より付き合いが短いはずの金剛が、自分よりどこか真田のことを理解している。憧れの姉に対して、比叡は少しだけ悔しさを抱いた。

 金剛は、敢えて話を元に戻した。

「比叡たちを確認して離脱(Escape)した部隊。多分(Maybe)、ほかになにかミッションがあったんじゃナイ?」

 襲撃部隊が戦力を削ぎ、主力部隊が侵攻する。輸送船タイプという派手な捨て駒を使って主力部隊が何をしようとしたのか。金剛は、恐らくそこに答えがあるという結論に達していた。

 霧島がずり下がったメガネを直した。

「確かに……。単なる殲滅なら、もっと効率的なやり方があったはずですね」

「んだな。後から来たアタシらを素通りさせる意味もないし。見逃されたのか……」

 比叡同様にクールダウンさせられた摩耶も、頬をかく。そんな全員を見渡した金剛。

「今はみんな(Everyone)、疲れてマス。カラダも、気持ちも全部ネ。こんな時にトークしても何も決まりまセン。今夜はテートクの言う通り、お休み(Rest)しまショ。ね?」

 戦闘とそれ以外で積み重なった疑問と疲労は、確実に全員の動きを重くしていた。これ以上の議論は確かによい結果を生まない。金剛は第一艦隊の旗艦として、真田に同意を求めた。

「それでいいでショ、テートク」

「ありがとう、金剛。繰り返しになるが、みんな今日は休んでくれ……これからのことは、明日の朝に改めて話し合おう。それでいいか」

「イエース。それじゃあ今日来たみんな、私に着いて来て下さいネー」

 日付は既に変わり、空には雲が立ち込めている。月は見えず、夜もまだこれからだった。

 

 

 

三.

 

「マルフタマルマル、敵影なし……と」

 真田は見張り台に設置された暗視装置から、島の周囲を窺った。念のために照明も落とした暗闇で、真田は祈る。今日これ以上の襲撃がないことを。静かな海は、ただ波音だけを返してくる。

 真田は自ら、この場所の見張り役を買って出た。傷付いた艤装のメンテや入渠、それに艦娘の休息を優先するためだったが、本当の目的は別。独りで冷静に考える時間が欲しかった、ただそれだけ。

 特海の一般隊員や艦娘たちも何も言わなかったが、恐らく全員がそれを理解していた。

(――とは言え。あと少しすれば別の隊員と交代だ。一体、何がどうなってるのかすら分からんのに、それまでに何か答えが出るわけもない、か)

 死んだと思われていた加賀が生きている可能性。目的不明の襲撃と、それに伴う不可思議な現象。 それを繋ぐ糸はあるはずと真田は考えたが、手元にあるカードだけでは結論に至らない。

 何度目かのため息と共に、真田は水筒を傾けた。

「カラっぽ。……カラか」

 わずかに残った水を飲み干して、真田は重い息を吐く。

 真田にとって、半年前の出来事からしばらく、彼の中身は何もなかった。ただ空虚が満たしていた。

 パートナーを死地へと向かわせた無力感。預かった鎮守府を丸ごと失った敗北感。民間人の死者こそ出なかったものの、結果として多くの被害を出してしまった、罪の意識。それらを乗り越える気力を、当時の彼は持ち合わせていなかった。

(……恩師の後押しと、電たちに引っ張られなきゃ、海に飛び込んでたかも知れん)

 この島への転任が決まった真田は、軽巡洋艦以上の艦娘をほとんど移籍させた。本人の意思や希望を聞いた上でのことだったが、実質は再出発のためのリセットに等しい。泉浜で抱えていた艦隊規模と、それまでに築いた関係性。普通は真田を助けてくれるはずのそれらは、その時の彼には重すぎた。

 その後の真田は、急ピッチで進む基地としての整備と戦力強化に追われ、何も考える暇がなかった。それが半ばうつ状態だったメンタルには却って良かったのかも知れないと、真田は苦笑した。

(今にして思えば、あんな駆逐艦たちにケツを叩かれないと動けないとは)

 情けない司令官もあったものだ、と息を吐いて、真田は空を仰いだ。

 星は見えない。

 かつて船乗りは、空に浮かぶ星座から己の進むべき航路を割り出したという。今の真田には、向かうべき方角も、目指すべき港も定かではなかった。

(一体、何が起きてるんだ。オレは、どこに行こうとしてるんだ……どこへ行けばいい)

 何度目かになるため息を吐いた時、背後から葉擦れの音と共にやってくる気配があった。

「ねえテートク。ティータイムは、いかが?」

 ポットを脇に下げた金剛が、そこに立っていた。いつものテンションからは想像できない落ち着いた様子で、彼女は静かに首を傾げている。

「金剛か。まだ交代には早い……いや、お前はローテーションに入れてなかったろ」

「テートクこそ。あまり無理しちゃノーなんだから」

「ドンパチやってるお前たち以上に、疲れてるやつなんかいない。気にするな」

「ふふ……ソーリィ、ホントは自慢のスコーンも出したかったけど、それはまたネクストタイムにネ」

 隣に並んだ金剛は、湯気を放つ紅茶をコップに注いだ。鼻腔をくすぐる香りが、先程まで真田の頭に充満していた硝煙の匂いを、すっかり吹き飛ばしていく。真田は茶葉の香りで、初めてそれを自覚した。

「テートク、ケッコンカッコカリしてたのネ」

 金剛はただ、そう呟いた。そこに怒りや悲しみといった感情は読み取れない。

「隠すつもりは無かったんだが。……やっぱり、割り切れていなくてな」

 金剛の熱い茶を啜った真田は、素直にそう白状した。加賀とペアだった指輪をそっと撫でて。

 彼は艦娘との『ケッコンカッコカリ』を結婚と同一とは捉えていない。と言って、加賀と結んだ絆が大事でなかったわけではない。まして未婚を気取っていたわけでもない。

 ただ、加賀と過ごした日々、そして象徴である指輪の重みに耐えられなかっただけだった。

「オトコの隠しごと、一つや二つスルーできないようじゃ、テートクのワイフなんてなれないネ」

 指を振って自信満々にそういう金剛に、真田は思わず笑みをこぼす。まるで本妻気取りのその態度に、彼は普段の軽口を少しだけ取り戻した。

「ケッコンカッコカリは、別に妻を娶る儀式じゃないぞ」

 苦笑の真田を、金剛の意地悪なジト目が襲う。

「ノンノン。その割に、加賀はずっと特別(Precious)だったんでショ。説得力ナッシン、デース」

 胸を張る金剛の態度と言い、いつの問にか立場が逆転していた。真田はそんな様子が可笑しくなる。

「違いない」

 そう言ったきり、遠くで寄せる波音、そして茶を啜る音だけが二人の間にあった。

 恐らく真田が今夜初めて感じる、心地よい沈黙の時間。

 単に励まされているのとも違う、微妙な距離を保って傍にいてくれる存在。金剛はそんな駆け引きを無意識に真田へ仕掛けていた。誰に言われるともなく、彼女はラブを武器にしようとしている。

 ゆっくりと歩み寄ったのは、やはり金剛。

「ドースルの、テートク?」

 彼女らしい、ど真ん中ストレート。受け止めきれる自信のないまま、真田は正直に答えた。

「わからん……さっき言ったことは事実だし、こそこそ動いてどうにかなる事態だとも思っていない。何より、本来ただの人間に出来ることは……何もないんだ」

 真田は、ただ淡々と自分の置かれた状況を語る。加賀がどこにいるかも、本当に生きているのかすら分からない。敵の目的も不明。艤装を操る術を持たず、敵に対して打撃を与えることも適わないただの人間には、艦娘のために出来ることはない。普段やっていることは、あくまで手助けの範囲だと。

 何もない。それが今の、真田にとっての事実だった。

「オレは――無力な負け犬だ」

 あの日加賀を失ってから、空っぽの真田を埋めていた感情。真田は今ここに至って、それをようやく吐き出した気がしていた。口にすることで初めて、絡みつく鎖に気付いたような感覚があった。

「――そんなこと、ナイヨ」

 ふわり、と紅茶の香りをはためかせて、金剛は立ち上がる。真田が息を吐く暇もなく、金剛は真田を後ろから抱きすくめた。真田の冷え込んだ体に、金剛の熱がじわりと伝わる。

 

 

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「お……おい、金剛……」

 それ以上何をするでもなく、しばらくの間、金剛はただ真田を抱いていたが、照れた真田の気持ちを見透かしたのか、そのままで金剛は、そっと口を開いた。

「あなたがとてもステキなテートクなのは、もうみんな知ってることデス。鎮守府のメンバーのために体を張れる、ちょっと意地悪な人……だから、あなたはしっかり自信を持って下サイ」

 真田は、意外と彼女に買われていたことに驚いた。確かに金剛型は、比較的『なつきやすい』艦娘と言われている。しかし真田は、特別彼女に気を遣ったつもりもなかった。少なくとも、本人としては。

(――もし加賀がいたら『あなたはそれだから始末が悪い』と怒られてたかもな)

 女心は難しいものだと、真田は心中で息を吐いた。

「何か、ルートはあるはずデス。諦めないでネ」

 体を離しつつ言った金剛の、最後の『ネ』。やけに悪戯っぽい声だと真田が思った次の瞬間。

「――ふふ」

 真田の頬に柔らかく触れる感触。

「今は、まだ見ぬライバルの加賀に免じて、これぐらいで許してあげマース」

「なにをお許し頂いたんだよ」

 真田は自分の顔が赤くなっている事を気付かれないか心配したが、どうせ彼女にはお見通しだろう。彼にしてみれば、今夜は龍田に続き二人目の『してやられた』事案だった。

「私もケッコンなんかまだまだだけど、それでも、テートクの(Heart)を掴むのは私デス!」

 握りこぶしが威勢いい金剛の言葉に、真田は気遣われたことを思い知る。

「まったく……気の早いやつだ。着任したばっかだってのに」

 金剛の激励に応えるべく、真田は、少しだけ、気合いを入れる事にした。

「――ありがとう、金剛。だが、なびいてやるかはまた別の話だ」

 少なくとも真田は、彼女のお蔭で軽口は叩けるようになった。持つべきものは、優秀な艦娘。

「イエース。まずは、ライバルをバトルに引き摺り出さないとネ!」

「助けたいのか潰したいのかどっちなんだ。艤装は使用禁止だからな」

 彼らは自分たちが見張りをしていることも一瞬忘れて、見張り台を小さく笑いで満たす。頭上で星を覆っていた雲はいつの間にか晴れ、欠けた月が雲間から顔を覗かせていた。

 

 

四.

 

 襲撃から二日後。真田は島を離れて陸に上がっていた。

「呼び出しってのは何の用なんだよ提督。馴染みのある街だから別にいいけどよ」

 天龍の言葉通り、真田たちが呼び出された特海『本部』の場所は、古くからある軍港の街。先の大戦では数隻の戦艦や巡洋艦たちが大破着底状態で終戦を迎えた場所でもある。

「詳しくはオレも聞いちゃいない――ほら天龍、訓練に励む自衛隊員に手振ってやれ」

「お、俺が振るのかよ」

「真田クン、天龍ちゃんをあんまりからかわないの。……はぁい、こんにちはー」

 ランニング中の自衛隊員たちに笑顔で会釈をされ、天龍、金剛、龍田は手を振った。

 特殊海棲生物海上防衛隊――特海は便宜上、既存の自衛隊とは別の括りに置かれている。しかし当然ながら、その二つは密接に関わりあっている。人にしろ機材にしろ、或いは思想にしろ。

 細かい部分はさておき、旧軍と現代軍、現代戦の経験者と過去からやってきた未経験者という、先輩であると同時に後輩でもある二者の仲は、自然と悪くない関係になっている。

「ハロー、皆さん(Everybody)! 元気デスかー! 頑張って下さいネー!」

「おめーらしっかりやれよ! 海は俺らが何とかすっからよ!」

 もちろん、艦娘という存在が持つヒロインとしての側面が、両者の関係性へ大いに貢献しているのは否めない。通り過ぎる訓練中の隊員たちに手を振る天龍や金剛を見て、真田はそんなことを考える。

 一行は、古いレンガ作りの建物へと足を踏み入れた。

 加賀の生存について、まず情報収集を始めていた真田たち。彼らの出端を挫いたのは、唐突な呉本部からの招集命令だった。近隣の基地施設、鎮守府に対して発せられたそれは、その規模に比して目的が伏せられている。意図は不明だったが、真田にはそれが今回の件と繋がっている気がしてならなかった。

「ヘーイ、テートク。手を振ってる人がいますヨー」

 不審そうな声に、真田は目線を戻した。金剛の言う通り、二人の男が手を振っている。

 真田は一目で、その二人の正体に至る。それは約半年ぶりの再会。

「遅ぇぞ真田ァ! 定期便が遅れたか!」

 白い歯で笑う大柄な男は自衛隊時代どころか、幼少からの旧友。真田と同じく、自衛隊員から提督になり、別の鎮守府で任についている桂だった。

 互いの胸板に拳を合わせて、再会を祝う二人。

「相変わらずデカいな、桂。ちょっと出発前に色々あってな」

「ま、元気そうで何よりだ。なぁ御影」

 彼の隣には、小柄な少年と見紛う男がもう一人。

「真田君、久しぶり」

 そう言って可愛らしく手を振るのは、同じく学生時代からの付き合いである御影。彼は真田の背後へ目線をやる。見られた天龍は軽く敬礼して見せたが、金剛は一瞬遅れて礼を返した。

「……あら」

 龍田はそんな二人の様子を見てから、ゆっくりと御影に頭を下げて見せる。真田に着いてきた三人の中では、彼女が唯一、この二人と顔見知りである。

 目線を真田に戻した御影。艦娘を引き連れて現れた真田のことをからかうように言った。

「それにしても、随分物々しいね。どうかしたのかい」

 引き連れた金剛たちのことをそう表現した御影に、真田は苦笑する。

「白々しいこと言うなよ。お前こそ、お供の彼女はどこに潜ませてあるんだ」

 真田の指摘に、御影は一瞬目を細めた。彼は常に傍へ一人の艦娘を置いている。陸軍の艦娘である、あきつ丸。恐らく、どこかで臨戦態勢を取って待機しているのだろう。

 少なくとも、真田の勘は鈍っていなかったらしい。御影の隠しごとを見抜ける程度には。

「流石にお見通しかぁ。君のところも大変だったみたいだしね」

 恐らく唯一、事情を分かっていない桂。御影の頬を指でつつく。

「オイ、仲間外れにすんなよ。何の話だ」

「一応、まだ正式には発表されていないんだけど」

 

 

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 いつものとぼけた調子を取り戻した御影が、声を一段低くした。

「先月ぐらいから、各地の鎮守府で深海棲艦による襲撃事件が出てるんだ」

「それは今までもあったことだろ。それこそ、半年前だって……」

 何かを言い掛けて、桂はそこで言葉に詰まる。

「――すまん、真田。無神経だった」

 桂は、意識せず真田の鎮守府が壊滅した件に触れてしまったことに気付き、頭を下げた。真田もその心遣いは泣く程嬉しかったが、話の本題はそこではない。

 桂に軽く右手を上げて制し、真田は御影との話を引き継いだ。

「いい、気にするな。……わざわざそう言うからには、ただの襲撃じゃないってことだな」

 この小柄な提督は、その見た目に反して相当の曲者であることを真田は長い付き合いで知っていた。彼が話を出し惜しみするときは、必ず裏で二手三手……あるいはそれ以上先の情報を握っている。

「彼女たちの襲撃の手口は、基本的には一貫してない。ただ、一つ共通していることがある」

 そこで何故か、御影は真田を見た。

「襲われた鎮守府の提督が、『行方不明』になってる」

「テートクがッ」

 単語に脊髄反射した金剛の頭を抑えつつ、真田は当然とも言える疑問を呈した。

「戦死じゃないのか。死体が見つかっていないとか、あってもどのパーツが提督か分からんとか」

 鎮守府や護衛艦を襲われて、提督を始めとする人間たちが戦死することはままある。いわゆる戦闘中行方不明であっても、状況によっては早々に戦死認定がされることもありうる。

 真田の問いは、そういった形で扱えない事情があるのか、ということだ。

 そして真田の言葉に、御影は首を縦に振った。

「敢えての『行方不明』なんだ。どこもかなり手酷くやられたせいか、正直目撃証言すら覚束ない状態なんだけど……ただ」

 そこで一旦言葉を切った御影は、桂を見て、それから真田の目を見た。

「数少ない証言の中に、『提督が、深海棲艦に()()()()()()()()()』と」

「ほぉう、提督が自発的に確保されてった可能性があると。確かにそりゃ、戦死とも言いにくいな」

 御影と桂の言葉は、真田の中で何かを刺激した。それは一昨日に自分が受けた襲撃の他、彼の記憶の底で引っ掛かるものがあった感覚。ただ、それが何であるかは思い出せない。

「それにしても……艦隊規模から考えてもよく無事だったよね、真田君」

「何ィ! 真田、お前まさか襲われたのか!」

「ああ。一昨日ご丁寧に訪問受けたよ。実際、結構危なかったよ。夜襲だったしな」

「こら御影ェ! お前はまたそういう隠しごとを! 教えろよこのタコ!」

 じゃれ合う二人に真田がため息を吐いた時。背後から彼らを呼ぶ声があった。

「おう、お前たち相変わらずだな」

 提督三人は、笑うその声に慌てて振り向く。立っていたのは、すらりとした和装の老人男性。彼らにとっては見知った顔の老人は、顔に刻まれた皺に似合わぬ、少年のような笑顔だった。

「おやっさん!」

「あ、服部少将。お久しぶりです」

 桂と御影が、揃って頭を下げ、真田もそれに倣う。

 かつて陸上自衛隊で教鞭を執っていた彼。退任に伴って特海に籍を移してからも、折に触れて何かと面倒を見てくれたのが、前に立つ老人だった。しかも桂と真田とは子供の頃から旧知の仲。

「おいおい、俺ぁもう相談役だ。階級で呼ぶな。久しいな、お前ら三人が揃ってるのも」

「近所の悪ガキだった頃から、そんなに変わっちゃいませんよ、おやっさん」

 照れと共に肩を竦める桂の背中を叩き、老人は真田を見つめた。

「よう。この前相談を受けた件だが、少し勝手に動かせてもらったぞ」

「先日は半年ぶりに押しかけて、無理を言いました。ありがとうございます」

「なに……教え子がやる気を出したのなら、それに超したこたぁない。半年前よりゃ、だいぶマシだ」

 加賀を失った当時の真田に対して、今は体を動かせと半ば無理矢理の転任を斡旋した老人。どうやら真田の目線が一応は前を向いていることを見透かしたらしい。

「――背中を支えてくれる連中のためにも、あまり後ろばかり向いてはいられませんから」

 覇気なくそう言う真田に、それでも老人は満足げに笑った。

「そうか。そりゃあ、何よりだ」

 横合いから顔を出した御影が、当然の疑問を口にした。

「二人とも、内緒話はほどほどに。それにしても、相談役も呼び出されたんですか」

「真田たちが呼ばれた会議とは別口だ。まぁ、ヒマだったら覗こうとは思ってたんだが」

 招集の目的を聞かされていなかった真田は、桂と目を見合わせる。

「相変わらずですね……で、何らかの会議だったんですね、オレたちが呼ばれたのは」

「おっと口が滑った。まぁ、しっかり話聞いてこいや。大事な話だぞ、多分な」

 意味ありげな目線を真田に送り、老人は口元をゆがめた。提督三名は、それだけで老人の隠しごとを察した。少なくともこの場は、まだそれを話す時ではないらしいことも。

 真田は、背後に控えた艦娘たちを振り返った。

「金剛、しばらく相談役の相手をしてやってくれ。この人、和洋問わずお茶にうるさいんだ」

「オゥ。オーケイ、問題ナッシン。了解デース」

「よろしくな。セクハラされたら腕の一本は構わないぞ。龍田は加減しろよ」

「あらぁ、私だってお手つきがなければ何もしないわよ?」

「おい真田、随分なお目付役だな。相談役に付けるにしちゃ物騒じゃないか」

「龍田に殺されかけたの、まだ根に持ってるんですか。自業自得でしょう」

「はーい、真田君、行くよ――それじゃ相談役、失礼しますね」

 提督たちは自分たちの戦場へ歩き出す。海の上での戦いとは別の戦い。

 そして、命を賭けるばかりが戦いではない――真田、御影、桂はそれをよく知っている。

「うっし、それじゃ! 乗り込むとしますか!」

「桂君、別に殴り込みじゃないんだから」

 真田は襟元を、桂は袖を、御影は帽子を正して。三人は静かな戦場へと抜錨した。

 

五.

 

「以上が、今回多発している事件の概要です」

 会議室の空気は、表現できない重苦しさに包まれていた。真田は襟を緩め、息を吐く。

(……御影の言う通り、ただの襲撃じゃないってことか、一連の騒ぎは)

 呼び出された提督たちに知らされたのは、やはり頻発している鎮守府襲撃事件について。

 そして何より、その襲撃後に『提督』が行方不明になっていることが本題となっていた。

 集められた周辺の提督たちは、皆一様に事態を深刻に受け止めていた。すなわち、昨今発生している一連の襲撃が、最終的に自分達の身を脅かすことが目的と思われるという、その一点に。

 事態の説明をする妙高型の艦娘・妙高は、押し黙る提督たちを見回した。

「急な話で申し訳ございませんが、質疑応答を受け付けます。何かある方、いらっしゃいますか」

 その声に、数名の提督が手を挙げる。

「何故提督が狙われるんだね。狙われる基準や、危険度は分からないのか」

「現時点では不明です。少なくとも彼女たちの侵攻は散発的で法則なども見られません。今の状態では予測も不可能と思われます」

「いつ襲われるかもわからないということか! ふざけるのも大概にしてくれないか」

 そう言って弱音のような何かを吐く提督は、軍人としてはあまりに細身。学者然としている。

 実は『提督』になるのは軍人ばかりではない。一定年齢以上の者に義務付けられている、ある試験において適性が認められることが条件。そこで認定を受ければ、誰でも提督になれる。元が学者だろうが事務職員だろうが、一般人だろうが女だろうが関係ない。

 何故なら、艦娘を扱う立場、象徴としての『提督』を置くだけで、彼女たちのパフォーマンスは向上するため、取り敢えず提督は居さえすれば構わない。艦娘が元は『艦船』である故に、指揮命令系統の仕組みを割り当て『使われる』形にすることが重要らしく、既に様々なデータにより実証されていた。

 無論、提督が優秀なのに越したことはない。単に深海棲艦との開戦直後、人類はそれほどまでに追い詰められていただけ。当初は、その人物が優秀かどうかはある程度二の次だったということだ。

「お言葉ですが――私たちや、あなたがた提督は、元よりそういう立場にあるのではありませんか」

「それとこれとは、話が違う」

 事務的な笑顔の妙高に、捨て台詞のようにそうこぼして、学者提督は椅子に背を預けた。

 続けて挙手をしたのは真田だった。

「真田少佐。どうぞ」

「自分の預かる鎮守府は、一昨日……深海棲艦による襲撃を受けました」

「襲撃だと……?」

 真田の言葉に、一部でざわめきが起きる。身近で敵襲を受けた者がいたことにより、事態の深刻さを実感した、というところらしい。

 襲撃の際に見られた原因不明の現象を、真田は掻い摘んで報告した。襲撃当日に詳細なものは上げてあったものの、居並ぶ提督たちにもそれなりの覚悟と心構えを持ってもらいたい。

 そんな真田のささやかな配慮は、一部の提督たちには届かない。

「――彼、確か、島流し食らった奴じゃなかったか」

「前んとこで派手にやらかして、田舎に逃げて来たんだろ」

「ケッコン艦にも逃げられたって噂だろ。J隊上がりの割に、部下の扱いもビミョーなんだな」

 桂の腕の筋肉が盛り上がるのを見て、真田は目線だけで彼を制した。真田にとって、この程度の話は半年の間に何度も耳にしたことだった。人の口に戸は立てられないし、一部事実も含んではいるのだ。

「自分からの報告は以上です。各位は、当事者となっても落ち着いて対処を願います」

 少なくとも、この場で自分にやれることは終わった。真田は、静かに椅子へ体を預ける。

「ありがとうございます、真田少佐。……では最後に、川西中将、お言葉をお願いします」

 彼女の言葉を受け、会議卓の中央に陣取っていた初老の人物が軽く手を挙げた。真田や桂の鎮守府を含む、近隣地域一帯を統括している人物、川西中将。

 彼も元々現場上がりの人間で、比較的話の出来る人間であることは広く知れている。今回、わざわざ提督たちを呼び出したのも、緊張感を持って事態に当たらせようという彼なりの配慮なのだろう。そう真田は勝手に判断していた。

「川西だ。今回は、急な召集に応じてくれて感謝する」

 低く通る声が、会議室の空気を震わせた。

 軍組織に限らず、上に立つ人間の種類は大きく二分されてくる。世渡りに長け、実務よりも政治力でのし上がったもの。そして逆に、叩き上げ故の実力を持ち、現場の実情を知る者。当然、川西は後者。少なくとも数名が背筋を正すあたり、彼の声が持つ力は本物と言えた。

「聞いての通り、今回脅威に晒されているのは……君たち提督だ。こちらも可能な限り協力はするが、最終的に自分の身を守るのは君たち自身である事は覚えておいてくれ」

 それは残酷な宣言でもあるが、事実だった。本当に深海棲艦の襲撃から逃れようと考えるなら、陸に逃げて引き籠っている他にはない。つまり、日常を海に触れて過ごしている提督は、当面のあいだ敵の襲撃を警戒して過ごすことになる。

「新しい情報が入り次第、君たちには速やかに共有することを約束する。厳しい情勢が続くだろうが、皆気を引き締めて事態の収拾に当たってくれ。……以上だ」

 当たり障りもないが、少なくとも彼なら現場のために動いてくれるだろう。それはこの場に集まった多くの提督たちにとって、一応の共通認識となった。

 そうして解散を告げられ、一斉に提督たちが重い腰を上げた時だった。

「真田少佐、失礼します」

「……はい?」

 真田が他の提督たちに続こうとした時、彼の背後から声が掛かった。先程まで司会をしていた艦娘、妙高。声を少し低くした彼女は、真田に囁いた。

「このあと、お一人で残って頂けますか」

 問いかけでありながら、有無を言わさぬ雰囲気の妙高。さすがは将官付きの艦娘、と心中にこぼし、真田は彼女の左手に指輪が光っていることを確かめる。少なくとも逢引のお誘いではなさそうだった。カッコカリとは言え、この指輪の意味は重い。

「構いませんが……どういったご用件でしょうか」

 努めて普通に返した真田は、ふと正面に座ったままの中将が目配せをしたのに気付いた。

(……問題児にお小言か、はたまた事情聴取か)

 真田は、一昨日の襲撃についての聞き取りもロクにされていなかったことに思い至る。考えてみれば、それぐらいの対応はあって然るべき事案だったと、真田は溜め息を吐いた。

 物言いたげな桂と御影も退出し、会議室には川西中将と妙高、そして真田だけが残される。

 真田は中将の手招きに従って、彼のそばへと寄った。促されるままに着席した真田は、彼の雰囲気が会議中と少し変わっていることに気付く。幾分、丸い。

「真田少佐、時間を取らせてすまない。なに、取って食おうというわけではないから心配するな」

 川西が妙高に目配せをして、それを合図に彼女は会議室から退出する。茶でも用意しに行ったのか、それとも彼女も外してもらったのか、真田には判然としなかった。

 首元のボタンをひとつ外した中将が、静かに言葉を紡ぐ。

「さて、もう言わなくても分かってると思うが……ここからの会話は内密に頼む。私も正直なところ、この件をどう取り扱っていいのか、まだ悩んでいるところだ」

「は……了解、しました」

 いきなりその雰囲気を変えた川西に、戸惑いを隠せない真田。それを面白そうに見つつ、川西は手のボールペンを軽く鳴らしてみせた。

「単刀直入に聞こう。轟沈したと思われた艦娘の、生存に繋がる情報が見つかったというのは事実か」

「……はい、事実です」

 真田は一瞬だけ躊躇したが、結局認めることにした。真田のこれまで掴んだ情報は、あくまで加賀の天山が見つかったということと、それに付随したいくつかの証言のみ。

 これが真田に取って貴重な情報であったことは確かだが、特海全体にとって、まして中将たる川西がわざわざ時間を取って確認するような情報ではない。そう、本来は。

 逆に言えば、加賀の生存についての話は、彼が本来確かめたい別の情報に繋がっているのではないか。ここ数日である程度冷静になっていた真田は、掴みたい尻尾の端っこを見た気がしていた。

「君の掴んだ話、具体的な部分を聞こうか。どういった艦娘だ」

「半年前に轟沈したはずの、自分の筆頭秘書艦です。一、二週間前に、彼女が所持していることを示す所属番号付きの艦載機が、稼働状態で確保されました」

「ふむ。艦載機ということは空母か」

「――はい。加賀型一番艦、加賀です」

 真田の語った話は、彼が抑えた情報とさほど違いがないと見えた。この程度の情報であれば、龍田が天山を受け取った鎮守府からも断片的に報告が入っているだろう。

「二つ目の質問だ。君は『歌う深海棲艦』の話を知っているか」

「歌う……いえ、話としては。ただ……」

 一瞬迷ってから、真田はやはり正直に話すことにした。大した話でもない。

「以前、海域攻略の際……海風に紛れて聞いた気がします。無論、気のせいだと思っていますが」

 シズメ、シズメ。海ノ底ヘ。そんな呪いの言葉にも似た歌声を。

()()()か」

「……は」

 中将は指先でペンを挟んで、軽く振った。どうやらそれで歌の件は終わりらしい。大きく息を吐いた中将の様子に、真田は次が彼の本題らしいと気付く。次に彼が口にしたのは、真田の知る名前だった。

()(えき)和人(かずひと)中佐、という人物に――覚えはあるか」

「はい。陸自で世話になった先輩隊員でした。自分より先に特海の所属になりましたが……」

 まだ入隊したてのヒヨッコだった真田を鍛え上げた、師匠とも言うべき恩人。しかし真田が恩を返す前に、特海へと移っている。真田が提督となってからも付き合いは続いていたが。

「私が以前の鎮守府にいた頃……亡くなったと便りを頂きましたが」

 まだ加賀がいた頃、執務室で彼の訃報を受け取った時のことを、今更に真田は思い出していた。

 しかし、中将から出た言葉は、相応の衝撃をもって真田を襲う。

「つい先日、彼を戦場で見たという証言があったら、信じるかね」

「今……何と言われましたか」

 真田は混乱していた。言葉の意味は分かる。内容の理解もできる。脳の思考が追い付かない。そこに中将から、さらなる追撃が入る。

「戦場で深海棲艦と並び立つ、黒ずくめの佐伯中佐を見たという者がいる」

「な……佐伯さんが……生きていると?」

 中将の言葉がにわかには信じられず、真田は思わず額の汗を拭う。彼の言葉が本当ならば、行方不明だった佐伯中佐が、深海棲艦の提督になってしまったとも取れる。

(……待て。行方不明になった提督が、生きていて……深海側に?)

 今まで手にした断片的な情報と、川西の証言。それらを元として、真田の中で何かが実を結び始めた。彼が置かれた状況。今まで起こった事件。それらは次第に結びつき、形を成していく。

 中将は真田の反応を楽しむかのように沈黙した後、しかし眉間にしわを寄せた。

「彼は陸側のとある将のご子息らしいな。話が回りまわってようやく私の元へ来た時には、既に扱いが非常に難しい形に膨らみ切っていた。何とも厄介な形にな」

「厄介な形、ですか」

 佐伯中佐が代々軍人の家系ということは、真田も耳にしていた。しかし、死んだはずの中佐が生きていたという話。それが『膨らむ』という言葉が意味するものに、真田は頭痛を覚えた。

「……まさか。助けてこい、と」

 ぴん、と中将は指のペンをはじいた。ご名答、ということらしい。

「そうだ。生きているのだから何とか連れ戻せ、そこは特海の仕事であるはずだと」

「ウチよりは自衛隊の方が向いてるでしょう」

 自分が諦めた特殊部隊のことを思い返し、真田は胸を少しだけ痛めた。

「馬鹿馬鹿しいと思うかね」

 川西のどこか呆れたような、諦めたようなその声に、しかし真田はかぶりを振る。

「――いえ」

「ほう?」

 真田も相手が全くの無関係であったならば、そういう思いを抱きもしただろう。外野が勝手なことを言ってくれる、と。しかし、当人は自分のよく知る恩人でもあり、そして広義の仲間だ。

 個人的な意見ですが、と前置きをしつつ、真田は彼なりに言葉を選んで口にした。

「消え失せたはずの希望が目の前にぶら下げられたら、誰だって飛び付きます。何をしてでも、何とかしたいと思うでしょう。それが、命という代えがたいものであるならば、尚更」

 それは、真田の本心からだった。

 加賀というパートナーを失って半年。それだけの時間であっても、電たちの力なしではロクに立っていられなかった真田。そんな彼が、加賀が生きているという可能性に取りつこうとしている。真田には佐伯中佐の家族らが抱いたであろう思いを、否定することはできなかった。

「そうか」

「――はい」

「ふ……そうか。君はどうやら、聞いていた通りの人物のようだな」

 川西は真田の返答を聞いて、薄く笑った。それはどこか『期待通りの反応』といった様子だったが、真田が彼の様子を訝しむ間もなく、話は進められる。

「私個人の考えだが、近ごろ発生しているこの一連の襲撃と、それに伴う提督の失踪……そして、君の艦娘が生きている可能性があるという話には、繋がりがあると考えている」

「繋がり……これらが、何らかの一連の出来事ということですか」

「その通りだ。少なくとも、私はそう解釈している」

 川西のその言葉は、真田の絡まっていた思考に一筋の光明をもたらした。見えていなかった、複数の情報を繋ぐ横糸の存在に手が届いたような、そんな感覚。

 襲撃された鎮守府で、提督が行方不明になっている。

 その際、同様と思われる手口――通信妨害のようなものが観測されている。

 死んだと思われた提督……少なくとも一名が、深海棲艦側にいる。

 そして襲撃で轟沈したと思われた加賀が、生存している。……だが、まだピースが足りない。

「中将。失礼ですが……まだ何か、情報をお持ちでは」

 真田は、ほぼ確信に近い思いでそう問うた。真田の視線を受け止め、川西は笑う。

「そうでなくては困るな」

「艦娘がいなくなり、そして生きているケース。自分の、加賀と同じようなことがあったのでは」

「半分正解だな。鎮守府が襲撃されて提督が行方不明になっているケースにおいて、艦娘が轟沈或いは行方不明となっている事例がいくつか確認されている」

「なるほど……」

 頷く真田に、そして、と前置きをした川西。真田はそれが、川西の持つ最も重要な情報だと確信した。

「そのケースにおいて行方不明になった艦娘には、とある共通点がある」

 真田はその瞬間、耳鳴りがしたように感じた。

 提督と共に行方不明となった艦娘の条件。その情報は、まさに結論へと辿り着く道標だった。

 真田は仮説を口にするか迷う。そして、結局正直に語ることにした。目の前で自身を見つめる中将と真田の考えは、同じ道を辿ろうとしている。そう感じたからだった。

「ケッコンカッコカリ……行方不明の艦娘は、みな練度限界を突破した者たち。違いますか」

「君が話の早い男で助かるよ、少佐」

 ケッコンカッコカリ。つまり、鎮守府の長たる提督と、配下の艦娘が深い信頼関係に結ばれた状態に限定して、彼女達の能力限界を取り去る特殊な手続き。

 ただの書類手続き。ただの指に付ける艤装。客観的に見れば確かにその通りでしかない。

 しかし、当人たちに取ってどういう意味を持つかというのは別の話だ。彼女たち艦娘が相応の能力を手に入れるまでに費やした時間。それが二人の関係に『特別な』感情を引き起こしたとしても不思議ではない。そして、第三者がそれをどうにか出来るものではない。

「つまり……奴らは、ケッコン艦娘の命を盾に提督を誘き出しているのではないか、と」

「もっと直接的に、目の前で艦娘を殺すと脅された可能性もあるな」

「――そんな」

 大切なパートナーを盾に身柄を抑えられたとして、彼らを一方的に責めることなど、できはしない。

 そして、行方不明になったと思われた提督は生きており、深海側に付いている可能性がある。

 今まで人類が考えるに至らなかった『深海棲艦も提督を擁している』という発想。それを事実として彼らのここまでの行動を照らし合わせた場合、話の筋が通る。

「奴らの目的は、基地の殲滅や提督の殺害ではなく、言わば人材確保ということになりますか」

「現状ではそう考えざるを得ないな。何しろ、提督は人類側の戦力に関する情報の塊だ」

「――確かに」

 提督は、出自の差こそあれ、ただの人間。深海棲艦たちが『提督』を手に入れる手段はない。

 だが、もし、どこかで彼女たちに付く者が現れたら。

 いや、実は開戦時から、彼女たちを指揮する者がいたとしたら。戦況の変化に伴い、組織の細分化を図る動きがあったとしたら。根拠がない想像ながら、不思議とそれは真田の腑に落ちた。

(佐伯さん……あなたは、深海側に?)

 真田はしばし天井を見つめた。一連の襲撃事件についてはこれで一応の説明がついた。無論、他にも想定できる理由は存在するだろうが、現時点ではその根拠が見つかっていない。少なくとも今は置いておくことにした。

 後は、真田が一人でこの場に呼ばれた理由がまだわかっていない。

 加賀の生存に関する情報についての確認などはあくまで『ついで』で、中将は明らかに真田ヘ何かをさせようとしている。さすがに真田も、それが分からないほど間抜けではない。

「それで、中将。自分に何をさせようと仰いますか」

「やはり、君は話が早いな」

「何しろ、他にこうして呼び出される理由が、特海をクビになる以外に思いつきません」

 真田は、単刀直入に行くと決めた。少なくとも、目の前の中将はそれが出来る男らしい。真田の開き直りを見てとったのか、中将は苦笑と共に指を鳴らす。

 部屋の入り口で控えていたのだろう、妙高がすぐに部屋へと姿を現した。

「君に頼みたい事は、()()になっている提督……佐伯中佐の確保および救出」

「な……しかしそれは自分のような……実績のない提督にさせることではない、と考えますが」

 まるで出前でも頼んでいるかのような気楽さで、中将は真田を呼び出した目的を告げた。真田もある程度予想はしていたものの、まさかといった様子で彼の言葉を受け止めた。

「理由は後で話す。まあ、最後まで聞いてくれ。救出に加えてやってもらいたいのは、敵に確保されたと思われる提督および、貴重な戦力……つまり、艦娘の保護だ」

 その言葉が意味する事に、真田は思わず目を閉じた。

 つまり、中将が言っていることはこうだ。これは深海棲艦から拉致された提督だけでなく、艦娘……加賀たちを救出する作戦でもあると。本来無理筋である救出依頼を受ける代わり、ついでに提督と艦娘たちを何とかしてこいという寸法らしい。

「しかし、敵の根拠地は不明というのが、先ほどの会議での話では」

「君は釣りをするかね」

「場所柄、はえ縄漁から一本釣りぐらいまでは嗜みます」

「私はトローリングをやるんだ。小さなコンテナ船をいくつかの海域に派遣して、食い付くのを待つ。それで引っ掛かったのを釣り上げようというのが、これからの話だ」

「つまり……既に敵根拠地は掴んでいると」

「そうだ。そして私が懸念しているのは、特海の情報が提督を経由してどの程度敵に渡っているのか。そして――今後どう漏れ得るのか」

「今も相手側の情報網がこちらに及んでいる可能性がある、ということですか」

「その可能性が高いだろうな。情報の出しかたによって、ある程度の漏洩ルートを絞ることはできる。少なくとも今はまだ、攻略海域の情報や規模は伏せておくことで、敵の動きを探る」

 川西中将は、机の上にペンを置いた。

(つまり、オレたちは色々な意味での囮役も兼ねている――ということか)

 戦いにおいて味方を守り、勝利するためには手段を選んではいられない。しかし。

「お聞かせ下さい。自分の艦隊に、何をさせようとおっしゃいますか。川西中将」

 真田は切り込んだ。捨て駒になる気など毛頭なく、鎮守府を預かる者として、既に一度全てを失った提督として、真田は勝負に出ることにした。場合によっては、椅子を立つことも暗に含ませて。

 そして中将は、それを真っ向から受けた。

「君らの役目は、空挺降下部隊だ。制空権、制海権の確保と同時に、泊地上空から艦隊を降下させる。そのまま現地に突入後、速やかに()()を確保することが任務となる」

「空挺降下……ですか」

 救出行動を目的としており、かつ敵地への強襲揚陸を要求される作戦の性質から考えても、空挺降下部隊は確かに理にかなっていた。海を渡らなくてはいけない艦娘の性質上、隠密行動には限界がある。

 しかし真田の頭は別の考えが埋め尽くしていた。思考のまとまらない真田を、川西の一撃が襲う。

「『(はやぶさ)』を知っているか」

「――ッ!」

 空挺降下部隊『隼』。陸上自衛隊にて編成される、特海の戦力――つまり艦娘との連携を前提とした既存の戦力とは思想の異なる部隊。かつて真田が合格をもぎ取っていながら、インターセプトしてきた特海提督への着任辞令によって空に消えた――真田の夢だった部隊。

「今回の空挺降下を支援するのは、この『隼』だ。……もう分かるな、真田提督」

 敢えて真田のことを提督と呼ぶ川西。真田は彼の顔を見ることができなかった。

 つまり、空挺のノウハウを持ち、かつ部隊員とのパイプもあるだろう真田は、今回の作戦においては空挺部隊を率いるのにこれ以上ない適任だということだった。

 しかしもちろん、そこに真田の個人的感情は考慮されていない。

「妙高、作戦概要をここに」

 手を挙げて呼んだ妙高に、川西は机上演習図を広げさせた。それらに示されていたのは、真田が想像していたものよりも遥かに大掛かりな作戦要綱。見る限り、空挺降下作戦を含んだ十数の艦隊の動きが示されており、それを構成する空母機動部隊を中心とした様々な艦隊の参加が予定されていた。

 真田は、間違いなく空挺降下部隊の真横に自分の名が書かれていることを確かめた。

「つまり、海域攻略の中で行われる作戦の一つ、救出作戦。その突撃部隊としてウチを使いたいと……やはり自分のキャリアが大きいと考えてよいでしょうか」

「その通りだ。提督として着任していなければ、君は『隼』として空にいただろう」

「それは――」

「人間としてこの戦争に関わるには限界がある。かつて君は、その限界を超えるために志願した」

「――はい、確かにその通りです。しかし」

 敵が深海棲艦であるが故に、唯一の対抗手段を持つ艦娘や自分たちで潜入・救出行動をやらなくてはいけないことは、真田にも理解できる。それが自衛隊と特海が分けられている意味でもあるからだ。

 しかし、真田の持つ戦力や実績から任せるに足ると判断したことを、彼は信じられなかった。

「自分は、鎮守府(いずみはま)を守れなかった提督です。やはり他に、適任がいるのではないでしょうか」

 そう弱気を口にした真田だったが、なんと川西はそんな彼を笑い飛ばした。

「バカなことを言うな、君も。先ほど、君は自分で口にしたじゃあないか」

「自分が、ですか」

「そうだ――目の前に現れた希望を、その手に取りたいと最も強く願うのは、誰だ」

 その言葉に、真田は思わず目を閉じた。

「消え失せたはずの希望を取り戻す――そうですね。その通りです」

 中将は一転真面目な顔に戻って、椅子の手すりを指で叩いた。

「遅々として進まない海域攻略に、正直なところ提督たちの意欲は落ちている。しかも今回は、自分が命を狙われている状況だ。大した関係もない提督を敵地に乗り込んで助け出せなどというバカみたいな作戦に駆り出される連中に、何のモチベーションが期待できるものか」

 提督の性質上、任務に対する姿勢に差異が出るのは仕方がないことだった。ただでさえ出自も意欲も均一ではない提督たち。そして彼らが指揮する艦娘にも、当然それは伝わるもの。無茶な命の賭け方を彼らにさせても成果は出ない。中将が言いたいのはそういうことだった。

「一通り、今回の事態については理解しました……断るという選択肢がないことも含めて、です」

 真田がため息と共に言ったところで、妙高が横から湯呑みに茶を注いだ。

 彼女は、ある程度話が上手くいっている事を察したのであろう、中将へと笑いかける。

「私も、もし彼女が同じ立場だったら何をしてでもやるだろう。馬鹿らしいし、古臭いのかも知れんが、男っていうのはそういうものだ。……そうだろう?」

 いきなりの問いかけだったが、それに答えたのは真田ではなかった。

「あら。ご家庭でのおっしゃりようとは随分違いますわ。いつもはもっと、お優しく……」

 そう言って笑う妙高が、中将を横目で見た。家庭での尻に敷かれっぶりが伺える、そんな二人の様子。真田は小さく、肩を諌めた。ごちそうさま、ぐらいは許されると判断したらしい。

「ん、ん! ……真田少佐、君らの戦力はある程度把握している。砲雷撃戦力はともかく、航空戦力が不足していると見たが、補充の宛ては?」

 慌てて誤魔化したと見える中将は、しかし作戦に関して重要な、戦力について言及した。

 泉浜鎮守府の戦力は目下、戦艦四隻、重巡二隻と軽空母一隻。それに、軽巡駆逐の水雷戦隊が主力となった、どちらかと言うと水上部隊としての色が強い。航空戦力は僅かに隼鷹のみ。

「ありません。元々、制海権下での警備行動が主任務との認識だったため、空母は編成対象外でした」

「まぁ、そうだろうとは思っていた」

 正直に言う真田に、分かっていたと言わんばかりの中将。

「君が今、受けている扱いについては同情する。後々、この作戦を成功させることで、少しでも周囲の扱いが変わるといいが……妙高、彼は」

「先程いらっしゃいました。お呼びいたしますね」

 中将の言葉に、妙高は入口のドアを開け、外に呼び掛ける。

「お入り下さい」

 妙高の招きで入口から姿を現した意外な人物に、真田は思わず目を見開いた。

「よ。そんなわけで、俺が呼ばれてたのはこっち」

「……服部相談役」

 颯爽と入って来たのは、先程廊下で会った服部相談役だった。和装で風を切るように歩く彼は、軍装でもないのにその纏った歴史を感じさせる。

 どか、と椅子に座った服部は、やや涼しくなった頭を掻いて言った。

「教え子にしてやれることが少ないのは申し訳ないが、何とか二人ほど空母艦娘を確保しておいた」

 相談役が妙高に目配せすると、彼女は廊下の方へと向かう。どうやら、新しい戦力はもう姿を見せているらしい。にやにやと笑う相談役は、膝を叩いた。

「一応これだけは言っておく。アイツ、食うから覚悟しとけよ」

 老人のその言葉に、真田はとある艦娘を思い出す。もし、目の前の老人が連れてきたのがその艦娘であるならば、真田にとっては不思議な巡り合わせになる。

「ご心配なく。我が鎮守府では食事は自給自足がモットーですから」

「そりゃいい。……着任先が空母の扱いヘタクソでな。使いこなせもせんで『手に余る』とか抜かして本部に送り返して来やがったらしい。いずれにせよ勿体ない話だ」

 言い終わる頃に入口から姿を見せた艦娘の出で立ちに、真田は予想が当たったことを知る。

 そこに立つ彼女は、加賀と共に第一航空戦隊の主力を務めた、かの正規空母だった。

「一航戦・赤城、着任致します。……あの、私で本当に大丈夫ですか?」

 控えめに言う彼女だったが、恐らく老人の言うごたごたが影響しているのだろう。それはともかく、真田にとっては強力な戦力なのは間違いなかった。

「ウチは朝から釣りに行ってもらうことになるが、おかげで魚介には困らないぞ」

「つ、釣りですか?」

「ああ。……よろしく頼む、赤城」

 にこやかに微笑んだ真田の回答。歓迎されると思っていなかったのか、当然ながら釣りという単語に馴染みがなかったのか、戸惑った様子の赤城。

「りょ、了解です。よろしくお願いしますね、真田少佐。……いえ、提督!」

(……提督、か)

 提督。彼女からそう呼ばれた時、しくりと真田の胸を何かが突き刺す。

 赤城の姿や佇まいは、やはりもう一人の一航戦を思い起こさせる。真田は胸の痛みをこらえながら、決意を新たにした。加賀が生きていることを信じて、現実に立ち向かうことを。

「――二人?」

 真田は先程、老人が『空母艦娘を()()用意した』と言っていたことを思い出す。

「赤城は分かりますが、もう一人はここにはいないんですか」

 そんな真田の当然な疑問に対して、老人はイタズラが見つかった子供のように笑って見せた。

 

 

六.

 

「はい、はい。了解なのです。お気をつけて、なのです」

 帰途の司令官から受けた連絡を、電はそうして終わらせた。

 当たり障りのない通信に、しかし電は、今朝の真田からの変化を感じていた。

(……ちょっと、お声に元気があったのです)

 ()()()違う。それは、真田を着任からずっと支えてきた彼女だから分かることでもある。最初に泉浜鎮守府へと着任した真田に付いたのが、初期秘書艦である電だった。以後、加賀に座を譲ってからも、陰日向に彼の力になってきた。戦いにしろ、暮らしにしろ。

 転機となった泉浜鎮守府の壊滅において、遺された加賀の弓と指輪を見つけたのは電だった。遺品となってしまったそれを真田に渡すことはあまりに辛く、同行していた隼鷹が代わって、その役を担ってくれた――それは電にとって、後悔の残ることだった。

 以降、加賀がいなくなってから、真田の横には常に電がいた。最初の秘書艦の意地でもある。

(……加賀さん、あなたは……生きておいでなのですか)

 電の問いに答えるものはいない。

 どんな形であれ、今まで共に戦ってきた真田が生きる力を取り戻すのであれば、電にとっては願ってもないことだった。

 電は執務室から空を見る。雲一つない快晴とはいかなかったが、風も凪いでいて、ゆっくり歩くにはいい日かも知れない。つまりは、ピクニック日和だった。

(ひょっとしたら、久しぶりの攻略作戦かも、なのです。……準備、しっかりしておかないと)

 そうして、電が息を吐いた時。

『泉浜、応答しろっ! こちら第二艦隊!』

 緊急用回線から呼び掛ける声は不知火、鳥海と共に近海の偵察へ出ていた摩耶だった。

「電です。摩耶さん、状況を……!」

『しくじった! 第二艦隊、偵察行動中に敵機動部隊と遭遇、発見されちまった!』

「現在位置を教えて下さい!」

『鎮守府の南西二十キロ。お客さん連れてそっちに向かってる! 数は六隻以上!』

「少なくとも六隻……! 艦隊レベルの対応が必要なのです」

 定期的に行っている海域偵察任務において、少数編成の敵部隊と遭遇することは珍しくない。何しろ人類側のリソースには限界がある。網の抜け穴は、どこかに存在するし、抜けてくる例外も同様。

『電……ひょっとしたら、ひょっとするかも知んねぇぞ、コレ。通信状況が……』

「ま、摩耶さん! 応答して下さい、摩耶さん!」

 制海権を取り戻した今であれ、日々の出撃でそういったはぐれ深海棲艦を倒すことはよくある話だ。しかし、ここは離島とはいえ瀬戸内海に位置する島。四国と九州に挟まれた海峡を、それなりの部隊が抜けてくる状況は考えにくかった。

 そう、通常ならば。

(……まさか)

 電も、そして逃走中の第二艦隊もうすうす気付いていた。

「電です! 総員、戦闘配置について下さい!」

 館内放送に叫びながら、電は数日前を思い出していた。センサーやレーダーの類を無効化し、通信を遮断し、泉浜鎮守府(仮)へとやってきた敵部隊のことを。

 確信に近い号令を、電は下す。

「また、来るのです! 通信を……特海隊員は、無線通信以外の連絡手段を確保して下さい!」

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