泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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ひとつかみの手がかり

一.

 

『第二艦隊の救援は比叡、暁、響。準備でき次第出撃して欲しいのです!』

 鎮守府の島に、不在の提督に代わって指揮を執る電の声が響く。夕張は一人、声を背負って鎮守府の建屋から離れた見張り台に立っていた。走ったためか、息は少々荒い。

「さて……」

 彼女の戦いは既に始まっている。それは、技術担当艦娘としての戦い。敵が使っている謎の妨害との真っ向勝負だ。特定範囲で各種電探、レーダー、そして通信を無効化するという相手の手口をどうにかしなくては、これからの戦いに勝てない。そんな確信に近い思いで、夕張は一度空を見上げた。

「……あれは!」

 その時彼女が上空を見たのは偶然に過ぎなかった。タイミングが一瞬ズレていたら、気付かなかったほどの違和感。しかし、その()()を、彼女は捉えた。

 遥か上空に小さな点を認めた夕張は、それが敵の偵察機であることに思い至る。これまでの予想通りセンサーには何の反応もない。敵機は元より小型で、目視で確認できたことは運以外の何者でもない。

 そして次の瞬間、タブレット端末が警報音を立てる。その様は、まるで悲鳴のようだった。

「これは……センサーの反応が、消えてってる」

 島の外側から一直線に増えていく、レーダー波が打ち消された『不可視』の円。あたかも地面を雨が濡らしていくように、探知不能となるエリアが増えていく。

(……徐々に、徐々に……何かが進んでいるように)

 目の前で起きている現象を元に、夕張の中で理論が組み上がっていく。

 敵の妨害手段は、一気に発動して周囲一帯を巻き込むようなものではない。手元の画面表示を信じるならば、()()を中心にした小さな範囲が積み重なり、広がったもの。

 先日の襲撃の様子から見ても、この妨害行為は敵側の通信などを阻害していない。あくまで人類側の機器にのみ影響を及ぼしている可能性が高い。これは理論ではなく、戦闘での相手の動きを見た結果。

 そして、敵の襲来に伴って発動していることから、深海棲艦の位置と何らかの関連性がある。

(でも、今日はまだ、島に深海棲艦は来てない。……やっぱり、敵機か!)

 最後の考えに思い至った時、夕張のはるか頭上を数機の敵偵察機が通り過ぎていく。

(――この音は何? 雨……いや、違う)

 敵機の通過に伴って、まるで雨のような音が木々の葉を叩いていた。しかし天候は晴れ。雨雲もない。咄嗟に手元の画面を確認した夕張は、自分の辺りが真白く塗り潰されていることに気付く。

(……奴らは、何らかの方法で妨害装置の効果を増幅してる。きっと、装置そのものでカバーをできる範囲は限られているんだわ)

 頭上をパスしていった偵察機がレーダーに映らない状態だったことを、夕張は思い起こした。

(そう……そして、これは……)

 夕張は念のため頭上を気にしつつ、見張り台を出て様子を伺う。木製の天井から、無色透明な液体が()()()()()ことに、彼女は気付く。粘度があり、辛うじて水とは違うとわかる程度のもの。

(雨や、海水じゃない……)

 慎重に液体を採取した夕張が目にしたのは、島の向こうから迫る敵艦載機の集団。

「来たわね。……でも、これで色々繋がった」

 妨害装置を積んだ少数が先陣を切り、妨害装置の先行散布を行う。併せて何らかの方法により装置の妨害効果を高める仕込みをする。夕張は、ボトルに収めたジェル状の液体がそれと睨んでいた。

「これ、水に溶けてもある程度効果があるとしたら……昨日のは最初の大きな爆発で、かしら」

 そして、今度は妨害装置の効果を増幅させながら、本隊が突撃する。そうすることで、ひとつひとつ範囲は小さいのに、合わされば広範囲をカバーできる謎の妨害システムの出来上がりだ。この方法なら、昨日の襲撃も、半年前の鎮守府壊滅で起こったことにも一通り説明が付く。

「よし……()()は掴んだわ。あとの勝負は連中を追い返してからね」

 そうして手がかりを手中に収めた夕張は、測定器具と一緒にアタッシュケースへ放り込む。何しろ、技術担当と銘打たれてはいても彼女は艦娘だ。人的資源の少ない鎮守府、戦闘要員と二足の草鞋を履く彼女に、立ち止まっている時間はなかった。

 鼻息も荒く、夕張は決意する。必ず尻尾を掴み、カラクリを暴いてみせると。

「さぁて、迎撃! 殲滅! いずれも……!」

 荷物を小脇に抱えて、夕張は走り出した。

 

 

二.

 

「響! こっちカバーできる」

「十五秒くれないか、暁。あと少し」

 第六駆逐隊だけでなく、鎮守府の艦娘総出の対空迎撃戦。鎮守府に襲い来る敵艦載機は、数を減らす気配がない。空襲は港を焦がし、鎮守府の建屋を揺らし、艦娘たちを傷付けている。

「霧島! 三式弾は!」

「準備していますから、対空迎撃は私と榛名に任せて下さい。比叡姉様は、第二艦隊を!」

「オッケー! 任せて。暁ちゃんたち、行っくよぉ!」

「了解!」

 電の指示通り、比叡は第二艦隊の支援へと向かう。艦載機を放っている敵空母が、摩耶たちを追っているものと同じか、或いは別働隊なのか。いずれにせよ摩耶たちが危険なことに変わりはない。答えは自分たちで見つけるしかないと、比叡は走り出した。

「ックショー! 二日酔いの軽空母にあんま仕事させんじゃないよぉ。まぁ、まともにお仕事ができる状態でもないんだけど……さっ!」

「っ、わ! ……あ、ありがと隼鷹。さすが元レディよね」

()は余計だっつーの、自称チビレディ。こんな麗しいレディ捕まえて、失礼言うんじゃないよ」

「ふふん。じゃあ、行ってくるわね!」

「気ィ付けてな! アタシも空が片付いたら、すぐ飛ばしてやっからさ!」

 第二艦隊の出撃を支援する隼鷹も、敵機が多過ぎて索敵機すら出せないでいる。艦載機を上げても、飛び立った途端に蜂の巣だ。対空迎撃でようやく数が減ったかと思う頃には次の爆撃機がやってくる。これでは守りきれない。戦闘時間が長引いた時のことを考えると、楽観視はできなかった。

「なぁんて言ってもな……電、空がこの調子じゃ、海も押し込まれたらヤバくないかい」

「……はい、なのです。でも、金剛さんや天龍さんも……」

「あァ……そっか。ちぃとばかし間が悪かったね。それとも……」

 言い淀んだ隼鷹と目線を合わせた電は、無言で対空砲を空へと向けた。今は、目の前の敵だ。

 正面では霧島が、主砲に装填した三式弾を斉射している。

「三式弾装填、よーい……てェー!」

 霧島が放った三式弾は、飛来した敵機の直前で炸裂、無数の弾子を放出した。散った弾丸が降り注ぐ雨の様に敵機を撃墜していく。しかし次々と現れる敵機に、戦艦の主砲だけで迎撃は追いつかない。

「霧島! 榛名が、代わりますっ」

「お願い! 私は今のうちに三式弾と徹甲弾の予備を!」

「了解!」

 戦艦姉妹たち、そして駆逐艦の対空砲火は着実に敵の爆撃機を撃墜していく。それでも、敵の猛攻が収まる気配はない。遠征である敵に対して本営である泉浜が苦戦するのは、ひとえに航空戦力の少なさ故だった。唯一の空母、隼鷹が頭を抑えられている以上、じり貧になってしまうのは当然の帰結。

「霧島さん! 二時の方向! っぽい!」

 弾薬の補給に離れようとした霧島を狙った爆撃機。数発の機銃弾が霧島の艤装を叩いた直後、それは夕立の対空砲火で蜂の巣になった。背中に軽く手を挙げて、そのまま格納庫へ走る霧島。

 手が、足りない。

「電ちゃん、提督さんはまだっぽい?」

 息を吐いた夕立の口調はいつも通りの脳天気だが、一方でどこか鋭くもある。

「襲撃の少し前に、向こうを出発した連絡があったのです。そこからは、通信が」

「そっかぁ。有線経由でもダメっぽい? 海底ケーブルやられちゃったかな」

「ホットラインもダメで、パソコンもインターネットに接続していません、が出ちゃってました」

 いずれにせよ外部に救援を求めることは難しそうだった。何しろ、鎮守府があるここは瀬戸内の島。どこかに連絡を付けようにも、無線通信が妨害された上に有線もダメとあっては。

「あとは狼煙でも上げるしかないっぽいね! まぁ、爆撃で煙モクモクだけど!」

 地面に転がる敵艦載機の残骸を蹴り飛ばして、時雨は空を睨み付ける。

「敵がなにを目的にしてるのかは知らないけど……提督はここに戻ってくるんだ。それまでボクたちがしっかり支えないと。提督に、鎮守府を二度も失わせちゃいけない」

「その通りっぽい!」

 迫り来る敵機から目を離さず、時雨は背中にマウントしていた主砲を腕に構え直した。夕立も時雨に倣って主砲を構える。

「援護行くよ、夕立。ファイブカウントだ。ファイブ、フォー……」

「……よぉし、準備おっけー!」

 白露型の二人は、時雨の牽制射撃が終わると同時に駆け出した。

 二人の背中を見送った後、空を見上げた電の目に、再び飛来した敵爆撃機が映った。彼女には珍しく『キリがない』などと思いつつ、電は主砲の角度を調整する。

(仰角よし、射程まであと少し。……今!)

 衝撃と共に連射した主砲弾は、狙い違わず編隊の一機を撃墜する。しかし弾着の爆炎を切り裂いて、残りの敵機が現れた。電は艤装の火器管制に機銃の調整を任せて、主砲で別の機体に狙いを付ける。

(一機でも。一機でもたくさん落として、鎮守府を守らないと)

 自動で反応した機銃が左舷の敵へ斉射を行うのを余所に、電は構えた主砲の調整に入る。

(数を減らして、摩耶さんたちが無事に帰ってこれるようにしないと)

 電を含めて、目の前の敵を相手にするのが精一杯。敵空母を発見して撃破しないことには、一方的に攻撃される状況が好転する兆しが見えなかった。

 必死で攻撃を続ける電の背後。敵機が迫っていたことを教えたのは、機能を停止している彼女の電探ではなく、空を見上げた雷の悲鳴だった。

「いなづまっ、上!」

「え」

 咄嗟に振り仰いだ電が目にしたのは、自分を目掛けて降下する敵爆撃機。

 かつての戦争で空母を始めとする多くの艦を、そして今でも、艦娘となった彼女たちの多くを水底に還して来た、急降下爆撃。

「あ、わ」

 電は主砲を無調整で撃つが、敵の空中機動であっさり回避された。牽制しようにも、機銃は斉射後の冷却中。今からでは起動が間に合わない。

 電の足は、疎んで動かなかった。本能的な恐怖。感情を手に入れた故の、逃れ得ない死への恐怖。

(ああ、ダメ……うごかない)

 電はその時、何故か冷静に考えていた。

 果たして、艦娘は陸で死んでも海に還れるのだろうか。

 自分が沈んだら、真田を誰が支えてくれるのだろうか。

 艦娘は死んだら……どうなるのか。

「避けてェ!」

 援護射撃と共に、雷の悲痛な叫びが響く。

 そして――棒立ちの電を目掛けて、敵の爆弾が直撃――するはず、だった。

「はわぁ!」

 突如、横から飛び出した何者かに電は吹っ飛ばされる。

「あわわわわ」

 背後では爆弾が炸裂、勢いのままに地面を転がった電へと、その人物は笑いかけた。

「へへぇ。めちゃ危なかったなぁ、()()

「食堂のお姉さん! どうして」

 電を救ったのは、少し前に本部から配属された、特海の職員……食堂の調理担当だった。

 特海隊員とはいえ一般の職員。その彼女が何故戦場真っ只中にいるのか。混乱する電が我を取り戻すより先、その()()()()はぴしゃりと言った。

「自分、第一秘書艦やろ。提督が留守でも、指揮権持っとるよな」

「は、はいなのです」

「ほな大丈夫や――ウチの、能力限定装置のロック解除してくれへん?」

「げ、げんてい? かいじょ? のうりょくげんてい?」

 いきなりまくしたてられて目を回しそうな電を他所に、女性隊員はツナギを脱ぎ捨てた。その下から現れた出で立ちに、隼鷹は目を丸くする。

「あ、あんたそりゃ鎧かい? 随分ゴツいねぇ」

 隼鷹が言うとおり、ツナギの下はまるで鎧のような金属パーツで覆われていた。動きは阻害しないが、重量だけでもかなりのものだろう。所々にランプが灯っているあたり、何かの装置を内蔵している。

 女性は自分の胸の部分……何かのセンサーのようになっているパーツを叩いた。

「ここやで。ここにタッチして、『限定解除許可』て言うだけやから。タッチアンドゴーや」

「自動改札じゃないんだからさぁ。一体何の……おわっ!」

 舞い戻った敵機の機銃が脇を掠めて、隼鷹は改めて空を見上げる。攻撃隊は休まることを知らない。

「ほら電、はよせな鎮守府がやられてしまうで!」

 急かす女性に、電は考えることを止めた。

「えいっ……『限定解除許可』なのです!」

 わおん、と可愛らしい犬の鳴き声を模した電子音が鳴る。

「そっちかいっ」

 女性が思わず叫ぶと同時に、体に取り付けられた装置のランプが消灯した。ほどなくジョイント部が外れたのだろう、巻き付いていた鎧のような装置はばらばらと地面へ落ちていく。

 下から現れたのはアンダーウェア姿。少しだけ照れくさそうに、それを振り払うかのごとく。

「さぁて、行ってみよう!」

 景気よくそう言った女性が指を弾くと、彼女の周囲を()()が舞う。

「あ、あんた艦娘かい? さっきまでは、全然そんな気配無かったじゃないか」

「ふふん。こっそり隊員に紛れ込んで様子を伺ってたんや。潜入捜査っちゅーやつやな」

 式符が体を覆い、彼女の艤装を形成していく。まるで魔法少女の変身だ。

 ほどなくして、そこに居たのは――。

「軽空母龍驤や。ちょっち事情があってこそこそしてたけど、もう大丈夫って言うか……今は鎮守府を守るのが先やね。お仕事お仕事っ」

 突如戦場に舞い降りた龍驤は、取り出した巻物を勢いよく広げた。途端、隼鷹が目の色を変える。

「あ! アタシの巻物!」

「予備使(つこ)ぉたぐらいでケチケチ言わないの。ちょっち借りとくで」

 式符が巻物の甲板を通して実体化、発艦していく。艦上戦闘機、零戦五二型。

 膨れた隼鷹も、龍驤の意図を遅れて理解した。自分の巻物を広げ、同じく式符を戦闘機へ。

「さあ、この戦場はウチらが仕切るでぇ! 攻撃隊、発進っ」

「よっしゃ、出番だよ! お仕事しといで、あんたたちィ!」

 飛び立った零戦の編隊が、空を埋めていた敵機を追い回し始めた。突如現れた日の丸に驚いたのか、敵機の反応はあまり機敏ではない。空中戦闘において一瞬でも怯むことは大きなスキとなる。

 そのスキを見逃さない編隊が、もう一つ。

「あん? 零戦か? ……いや、ありゃあ紫電改だ!」

 味方が来たぞぉ、と弾む声の隼鷹。

 横合いから突如現れたのは、艦上戦闘機である紫電改の編隊。龍驤たちの零戦隊へ反撃を試みていた敵戦闘機たちは、再び予想外の方向から襲撃を受けてあっさりと墜ちていく。

「おォ、いい動きしてるな……まるで、誰かさんみたいだ」

 飛び回る紫電改は、先程まで空を覆っていた敵機をいとも容易く散らして行く。取りこぼした敵機も龍驤と隼鷹がカバーする。圧倒的だった敵の数は見る見る減っていった。

 紫電改の動きは、かつて泉浜にいた正規空母に勝るとも劣らない、見事な空中機動だった。

「提督のやつ、助っ人連れて来やがったな。あんにゃろ、美味しい所で戻ってきやがってぇ」

「多分赤城やね。ウチと一緒に、ここへ配属されるのが決まってたんよ」

「アンタたちがどうしてここに、ってのは後で聞かせてもらうからさ! 今は敵部隊をぶっ潰そうぜ」

 空の優勢を見て取った駆逐艦たちも行動を始める。連装砲に予備の弾薬カートリッジを詰め込んで、電と雷が表情を引き締めた。鎮守府がこの状態だったことからして、沖に出た比叡たちも苦戦していることが予想される。こうしている間にも轟沈者が出かねない。

 陸では出番のなかった魚雷発射管を取り付け、雷が自分の頬を叩く。

「よし! 敵機は空母に任せて、私たちは第二艦隊の援護に出ましょ、電!」

 駆け出そうとした二人を、慌てて隼鷹が呼び止める。

「おっと待ちな二人とも。何機か直掩機付けてやるよ。……そぉら!」

 隼鷹が続けて実体化した艦上戦闘機が、電たちの上空を護るように飛び立った。美しいその姿に、感嘆の声を漏らす雷。

「すっごい! 空を鷲が守ってるみたい!」

「ハヤブサかタカって言っとくれよぉ。アタシのなんだからさ」

「えへへ。格好いいからいいじゃない!」

「うーん……格好の問題じゃあないんだけどなぁ」

 空母と共に戦うのは、電にとっては久しぶりの感覚。そして雷にとって未経験。

 何とも頼りがいのあるプロペラの音に、戦場の全員が勇気づけられた。恐らくそれは、かつて艦船であった頃の記憶が影響しているのだろう。

「よぉし。雷の出番、まだまだこれからなんだから!」

「隼鷹さん、ここはお願いするのです! 私たちは沖へ出ます!」

「任しときな。状況を見て支援は出すからさ、思いっきり暴れてきな!」

「了解、なのですっ」

 そう、艦娘本来の戦場は海。その使命は海で果たされるべきで、陸の砲台ではない。

 仲間を助けるため、鎮守府を守るため、電と雷は海へと駆け出した。

 

 

 

三.

 

『提督。鎮守府周辺の制空権確保、完了しました』

「流石、早いな。被害状況は分かるか」

 真田は通信を寄越した赤城へと、インカム越しに呼びかけた。

 旗艦の金剛を先頭にし、洋上を速力一杯で突き進む艦娘たち。先行させた赤城の攻撃部隊は、無事に敵機動部隊の空襲から鎮守府を守り切ってくれたようだった。

『建屋に多少の被害が見られますが……人的被害はほぼ無い、ようです。艦娘も、見える範囲では特に大きな損傷は見られません。健在です』

 帰投中、連絡に応答がないことで全てを察した真田たちは、空母による航空支援隊を発艦させた。

『どうやら龍驤さんも戦線に加わったようですね。零戦の数が想定より多いですから』

「――そうか。さすがに隼鷹だけでは手が回らないだろうとは思ったが」

 服部相談役は、元々泉浜鎮守府に一人の艦娘を潜入させていた。真田の監視と、もしもの時の戦力を兼ねた潜入工作員のようなものだと白状した老人を、真田はじっとりと見つめるしかできなかった。

『状況を見て、紫電改部隊は一度戻します。龍驤さんが張り切っているみたい……ふふ』

 赤城は妨害されている通信ではなく、艦載機とリンクした『感覚』……文字通りの視覚を共有して、報告を上げていた。使い方によっては便利だが、基本的には見えることしか分からない上、気力体力も消耗する。あまり多用はできない手段だったが、戦況把握のために少し無理を続けていた。

「襲撃の状況は掴めないが、一昨日みたいに鎮守府まで押し込まれてはいないのか……ウチをそんなに狙って、何の得があるのかは知らんが」

『テートク、深海棲艦にバーニングラブされてるノ?』

「知るか。深海棲艦に知り合いはいない。いない、はずだ」

 真田は、御影たち、そして川西中将や服部相談役から得た情報について考えていた。

 こうして何度も自分の鎮守府が襲われる理由が『特定の条件の提督』を狙ったものだということ。

 真田はある意味、その囮として今の島へ放り込まれたこと。

 そして自分たちが、提督と餌に使われた艦娘たちを救いに行かなくてはならないということ。

(……提督を標的にしているというのが正しければ、()である加賀が生きている可能性は高い)

 今回、加賀の天山が確保されたことは、果たして偶然なのか、もしくは相手側の何らかの狙いによるものなのか。それすらも、現時点では分からない。

(分かってるのは、今もまた、オレの艦隊が襲われてるってことだ。クソッタレ)

 そんな時だった。真田と全員を現実に引き戻したのは、雑音混じりに真田のヘッドセットを鳴らした赤城の報告だった。

『提督。島の南……少し離れた位置で一部隊が交戦中。偵察機を寄せてみます』

「南に? 西の海域へ偵察にでも出た帰りに捕まって、追い込まれたか……状況はどうだ」

 泉浜鎮守府のある島は瀬戸内海の航路真っ只中に位置している。当然制海権はあるものの、太平洋へ繋がる立地上から常に警備行動は必須。日頃から偵察兼掃除役として部隊を出撃させているが、恐らくそれが会敵したのだろう。港に戻ろうとして、敵に誘導された動きと真田は予想した。

『状況、高雄型の大破が一隻。よくありませんね……他の高雄型、金剛型、駆逐艦三隻は健在』

 赤城が報告したポイントは、真田たちから見ると反対側、島の真裏に位置する。普段の艦隊編成からすると、追われた数名と救援部隊が合流した状態だろうと、真田は予想した。

「島の裏側……回り込んでる時間はないな」

 一刻を争う事態に、第一艦隊を緊張が包んだ。

『提督、第二次攻撃隊、上げます。よろしいですね』

 しかし赤城はあくまで冷静に、これからの行動を宣言した。早くも彼女は、この艦隊に呼ばれた自分の立ち位置、そして仕事を理解し始めていた。それが彼女の一航戦たる所以でもある。

 真田は、自分が言おうとしたことを先取りされ、少しだけ悔しそうにしつつ、微笑んだ。

「上げてくれ。敵の第二次攻撃、鎮守府への揚陸も考慮して、艦爆中心で頼む」

『なるほど……そうですね。了解』

「この時間なら、風もあるし東寄りのルートがいい。編隊は直行の艦攻と東周りの艦爆に分けてくれ」

 赤城は背に負った矢筒から、矢を一本その手に取る。彼女の着任祝いとして受領した紫電改と、彼女自身が使い慣れた九九艦爆、九七艦攻が収まっている。攻撃機はともかく、爆撃機、雷撃機に関してはまだ慣れたものを使いたいという彼女の要望に応えたものだった。

(さすがに一航戦。それに航空優勢をもぎ取った龍驤……頼れる艦が増えたのは、ありがたいことだ)

 鎮守府を襲った戦力から考えて、敵の本隊は恐らく空母機動部隊と思われた。戦力は未知数だったが、襲われている艦隊を救うために躊躇している時間はない。

『赤城、飛ばします。第二次攻撃隊、全機……発艦!』

 赤城の放った艦載機が空へ飛び立つ。全員が渡り鳥にも似た背を、祈るように見送った。

 そんな中、金剛が赤城に近寄った。

『ヘイ、赤城。ユーの偵察機はまだ戦闘エリアの近くに?』

『はい。偵察機ですから戦闘力はありませんけど』

『ノンノン。ユーは、これから私にいくつかデータを教えてくれればいいだけデース』

『何のことです?』

 金剛は、不思議そうな赤城に向けて笑ってみせた。

 真田も彼女の言葉を聞いて、思わず指を鳴らした。何故こんな単純なことを思いつかなかったのか、ということらしい。事情が読めない空母は、目を瞬かせた。

(やはり……加賀のことを気にしているせいか、少しカンが鈍ってる)

 真田はインカム越しに、金剛へと呼びかけた。

「お前ならやれる。いや、やってみせろ、金剛」

『テートク。私の活躍、しっかり見ててよネ』

 顔の見える距離でないことを分かっている金剛。わざわざ通信ではなく、船の上にいる真田に向けて、大きく手を挙げてみせた。彼女の自信に満ちた笑顔が、『テートク』に伝わるように。

 

 

四.

 

「クッソぉ。しつこいったらありゃしない」

 追いすがる敵艦載機を機銃の斉射で逸らし、摩耶はそう吐き捨てた。

「ごめんね、摩耶。支援に来たのに一緒に捕まっちゃう……なんてッ!」

 同じく、後方に向けて牽制の三式弾を放つ比叡。横では暁と響が対空迎撃をしている。

「頭を抑えられちゃ、戦艦だろうが重巡だろうが同じだろ……にしても、アタシらを鎮守府に寄せない気かよコイツら……うっぜぇな」

「襲撃も二回目だもの……相手も、こちらの戦力や地の利は把握しているはず。……邪魔っ!」

 後方の敵機に向けて鳥海が投げつけた主砲は、先ほど敵の爆撃で大破した彼女自身のもの。すかさず不知火がそれを撃ち抜き、残った主砲弾の誘爆がいくつかの敵機を葬った。

 爆発に合わせて追撃を放った摩耶は、にやりと笑う。

「へへ。不知火の腕前は相変わらずだな」

「ええ、本当に。安心、しました。……くぅっ」

「鳥海さん、ご無理なさらず。不知火がカバーします」

「ありがとう……この敵の動き、あまりよくない傾向ですね」

 唯一大きな傷を負った鳥海。船足の落ちた彼女をカバーして航行する第二艦隊は、徐々に自分たちが誘導されつつあることに気付いていた。鎮守府の置かれた島は変則的な丁字型をしており、南北にそれぞれ港が存在する。

 艦隊は合流当初、近い南側の港へ退路をとっていた。しかし島から次々飛来する敵機によって接近を阻まれている。こうしている背後にはおそらく空母が追走してきているはず。止まることもできない。

「これじゃ、ジリ貧だ。うまく援護が来てくれるか……!」

 そう言ってから、摩耶は気付く。先日鎮守府を襲った敵と、今の相手は同じ手段を使っている。

 比叡たちと合流後も救援を求める通信は送っているが、呼び掛け先、鎮守府からの応答は一切ない。まるで最初からそこに何もないかのように。

 これがそうか、と心中で舌を打ち、摩耶は波を一つ越えた。

「なっ!」

 驚愕の摩耶。壁を作るかのように並んだ敵駆逐艦の群れが、一斉に水中から姿を現した。待ち構えていたかのように、開いた口から主砲の斉射が始まる。着弾の水柱を縫うように回避する摩耶たち。

「オイ、これ!」

 回避航行で周囲に落着する弾をかいくぐり、不知火は歯噛みする。敵の狙いにまんまと嵌ったこと、それに気付くのが遅すぎたこと。鳥海のカバーを優先していたとはいえ、彼女にとっては屈辱だった。

「――なるほど。これが元々の狙いですね……不知火、不覚を取りました」

「らしいな。まんまとハマっちまった」

「ひえぇ……ここまで綺麗にやられると、清々しいくらいだわ」

 反転した彼女たちは、これから自分たちを待っている事態を予想し、海を睨み付けた。

 恐らく、お手本のような挟撃。この先には空母、それに随伴の護衛部隊が待ち構えていることだろう。左舷、右舷、共に複数のイ級が挟むようにして並走している。

 弾薬、魚雷は温存していたが、回避しながらでは当たるものも当たらない。

「せめて、空から狙われてなけりゃ!……おらァ!」

 ふらふらと現れた敵機を打ち落とし、左舷側の駆逐艦たちから射線を外す摩耶。下手に足を止めれば魚雷、油断すれば敵主砲弾。大破した鳥海を抱えて戦うには、今の状況は厳しい。

 摩耶は思い切って、勝負に出ることにした。

「比叡! そっちは左舷を抑えてくれ!」

「任せて。やるよ、暁ちゃん、響ちゃんっ」

「ま、まかせてっ! 響、大丈夫?」

「大丈夫」

「不知火! 右舷の二隻、後ろからやる! 二時の方向に魚雷だ、一本でいい!」

「了解。撃ちます」

「アタシに当てんなよ、タイミングを見て続けっ!」

 不知火の一発に合わせて、艦娘たちが動いた。

 摩耶は自分スレスレに撃たせた魚雷に続き、面舵を取った。気付いた左舷後方のイ級が主砲を放つが、艦娘たちは既に回避行動に移っている。

 不知火の放った魚雷が、一隻のイ級を直撃した。しかし、沈めきってはいない。

 摩耶はもがくイ級に飛び乗り、そのまま駆け抜けた。軽やかにその背中を蹴って空中を舞った彼女の主砲弾が、狙い違わず半死のイ級へ吸い込まれていく。

「喰らえェ!」

 爆発四散する一隻の分、空いた包囲の穴。それを、不知火は見逃さない。

「不知火、そのまま抜けろ! アタシが後ろにつく!」

「行きます」

 鳥海の前に不知火が付いて、島を目指す。少しでも近づくことで、救援が間に合う可能性を増やす。やれることをやるしか、今の第二艦隊に生き残る道はなかった。

「沈め……ッ!」

 置き土産とばかり、不知火は魚雷発射管を背後に向けた。陽炎型独特の艤装、アームが動いて器用に狙いをつける。背後を一切見ず、その経験と感覚だけで、不知火は魚雷を放った。

「ナイスッ」

 一本は駆逐艦の船足を止め、もう一本は追いすがる別の駆逐艦を直撃。未来予測からのピンポイント雷撃だった。

「よぉしいい調子だ。このまま……」

 摩耶は主砲をけん制に使い、不知火たちの後ろを守る。今は撃破よりも離脱が優先。わずかに作った時間が優位を生み、わずかな油断がスキとなる。

 片手で足りない数いた敵駆逐艦は、少しずつ数を減らしている。しかし、摩耶たちが追われる状況であることに変わりはない。

「あぶねえ!」

 不意に正面から飛来した敵艦載機。その雷撃をすんでのところで躱した摩耶の背後。

「! しまっ……」

 一瞬足を止めた彼女に、砲弾が降り注いだ。風を切る音に、回避行動を取ろうとした摩耶だったが、その動きは間に合わなかった。

 不知火が思わず叫ぶ。

「摩耶さんッ!」

「う、っあぁああっ!」

 火花と煙を纏った摩耶が、海面を文字通りバウンドした。波に洗われながら、摩耶は勢いを利用して態勢を立て直す。航行には影響なさそうだが、咄嗟に体を庇った主砲の一つは使いものにならない。

 生き残った主砲と機銃で牽制しながら、摩耶は叫んだ。

「不知火、鳥海! 行け!」

「ですが!」

「いつまでも庇いながらじゃ、耐えられねぇって言ってんだ! アタシはまだ行ける!」

 事実、援護に来た比叡たちの火力は活かせていない。空母機動部隊相手の対空戦闘が中心とはいえ、追い縋る敵艦たちの数をなかなか減らせないことは、確実に戦力の疲弊を招いていた。

「……了解しました。不知火、撤退します」

「摩耶、これ!」

 振り向きざまに自分の生きていた主砲を投げ渡し、鳥海は離脱する。

「へへ、摩耶サマをこの程度で止められるかってんだ」

「さっすが。……さあ、お客さんがおいでだわ。気合い、入れて!」

「ぶっ潰してやんぜ!」

「あ、暁たちだって!」

 比叡と摩耶、そして暁に続こうとした響が、鋭く声を上げた。

「! 暁、回避行動!」

 声も上げずに舵を切った暁、その元々の進路に派手な水柱が立つ。放ったのは数隻のル級。

「来やがったな……暁、響! 対空戦闘、任せるからな!」

 自分たちの艦隊を追い回していた敵本隊。ついにその姿を認めた摩耶は主砲を構え直した。戦艦と空母を中心とした機動部隊は、流石に四人で相手をするには荷が重い。

 それでも摩耶は、希望を捨てていない。

「覚えとけ、暁! お前らの提督はな、こういう時こそオイシイとこ持ってくんだぜ!」

「意味わかんないわ!」

 戦闘機動に入った摩耶は、弾着の波を器用に使って飛び上がった。爆撃を仕掛けようと降下してきた敵機を叩き落とす。着水と同時に周囲へ敵主砲が着弾するが、物ともしない。

「嫁さん亡くしたからって、艦隊指揮の腕前が落ちるわけじゃないってこった!」

 摩耶に続く響は、顔の前で手を振る。

「まだ加賀の生死は確定してない――そうだね、彼は信頼できる。私たちにも分かるよ」

 対空迎撃で手一杯ながら、響はそう言って微笑んだ。水雷戦隊のリーダーである天龍からもあれこれ聞かされてはいるが、真田の指揮能力は低くない。別の鎮守府で提督を務めていたのなら当然だ。

「ああ。あの提督はあれでも、艦隊四つ持った鎮守府の提督だったんだぜ。アイツが港を出た時間と、ここまでの距離を考えたら……もう援護のひとつやふたつ寄越しても、おかしくねぇよ」

 つまるところ、摩耶は真田から救援が来ることを確信していた。それは比叡も同様らしく、握り拳で語って見せる。無論、攻撃やけん制の手は休めていない。相手への信頼と、それを掴むための努力。

「真田司令は、そりゃあちょっとヘタレることもあるけど……基本的にはしっかりしてるから!」

 フォローになっているのかよく分からない比叡の言葉に、暁が不安がる。

「そ、それ大丈夫なの? た、例えばどういうところ?」

「……例えば」

 比叡はいつの間にか上空に付けている二式艦上偵察機に気付いていた。故に、この後の展開も読めていた。それはかつて泉浜で真田と戦った経験のある摩耶も同様。それ故に彼女たちは、駆逐艦などの雑魚掃除を優先していた。語らずとも行動が理解できる……共に過ごし、共に戦った仲間だから。

「無茶振りと、その無茶を実現させちゃう人との組み合わせ。あの人、そういうの使うのが得意なの」

 笑う比叡の目線の先は、変わらず狙ってくる戦艦ル級の後ろ、空母ヌ級。今まさに頭部から艦載機を吐きだそうとしている。数秒後には必殺の爆弾を積んだ翼が飛び出してくるだろう、発着孔が開く。

 ――しかし、大きく口を開けていた一体が、突如爆ぜた。

「な、何っ」

「ははっ! 当てやがったぞ!」

 状況の読めていない暁だったが、それは敵部隊も同様だった。不意の攻撃に乱れた隊列、その左右に弾着の水柱が立つ。その色は赤。至近弾は海を揺らすだけでなく、敵艦たちの狙いも、姿勢も乱す。

「あの煙色……金剛お姉様だわ!」

「帰って来たか、あんにゃろめ」

 笑みと共に二人は主砲を放つ。回避行動中の敵艦は、襲い来る砲撃と眼前の第二艦隊、二方向からの射線に晒されて足が一瞬止まる。一瞬の躊躇を、艦娘たちは見逃さなかった。

「暁っ、響ィ! 魚雷全門一斉射!」

 摩耶の声と共に魚雷発射管が回転し、駆逐艦たちは必殺の魚雷を放った。魚雷の着水を待たず、再び遠距離から飛来した徹甲弾がまた空母の一隻を貫く。最初の()()()当たりからここまで、かなりの命中率を誇っている。比叡は同じ艦種だからこそ、その実力に舌を巻いた。

「着弾観測射撃――お姉様の水上偵察機じゃないのに、こうも当ててくるなんて……」

 艦娘が行う着弾観測は、文字通り本人と繋がった偵察機から『見えた』情報――着弾した座標などの情報を元にする。空母艦娘の遠隔視認と同様の仕組みだからこそリアルタイムに結果を出せる戦術だが、近くに戦艦が扱う水偵はいない。唯一、空母が飛ばした二式艦上偵察機が上空に付けている。

「上の二式偵察機、アレから座標もらってるんだとしたら、大したもんだ」

「さすがお姉様……島越えの遠距離狙撃とは! 私も負けてられません!」

 暁たちが放った魚雷が、ル級の一隻を直撃した。比叡、摩耶の追撃がそれを確実に貫く。

 圧倒的な数の差があった状態から、敵艦は着実に減って行く。それでも、泉浜艦隊が頭を抑えられた状態には変わりない。真田のことを摩耶たちが信頼しているのはともかく、何故こうも落ち着いていられるのか、暁は不思議に思っていた。そして、その不安を口にした。

「ねえ! 敵の艦載機はまだいっぱい飛んでるのに、どうしてそんなに余裕なの!」

 背中を合わせるようにした響は、暁と対照的に理由を理解し始めていた。

「暁……多分だけど、司令は咄嗟のパーツの組み立て方が上手いんだ。流れを一度自分に引き寄せたらどんどん手持ちのパーツで自分のペースに持っていく。だから、比叡たちには見えているんだ。()が」

「おぉ。分かってんじゃねーか、響。アイツなら多分、次はこうやるぜ」

「こ、こうって」

 人差し指と中指、薬指と小指をそれぞれ合わせた手の仕草。摩耶は頭上に挙げたその手を、得意げに下ろして見せた。まるで、羽ばたく鳥のような仕草は。

「決まってんだろ――航空支援だ」

 摩耶の言葉を裏付ける音が、上空から響く。プロペラを回す力強いエンジン音。

「砲撃支援とは別、空母艦娘を扱う時の基本技! 水上部隊との連携を前提にしてる――行きますか!」

 その言葉と同時に、比叡と摩耶は前に出た。獲物を狩る目で摩耶が叫ぶ。

「暁、響! 仕掛けんぞ!」

「でも、まだ敵機が!」

「それは放っとけ! なんとかなる!」

「なんとかって無責任じゃない! ど、どうすんのよっ」

「やかましい、来るぞ! 全員回避しつつ、近距離戦闘ォ!」

 ル級たちの砲撃、敵機の雷撃を躱しながら、比叡と摩耶は近接戦闘機動に入った。距離を詰めてくる比叡たちに対して、深海棲艦たちも主砲で迎撃を続ける。弾着、水柱、砲塔を掠めた火花。

 しかしル級たちを揺らしたのは、比叡の主砲ではなかった。

「わっ! あれ、なんだっけ……ら、雷撃機っ」

 波を被りそうな低空を貫いて侵入してきた雷撃機は、九七式艦上攻撃機。懸架していた魚雷を、ル級目掛けて放つ。雨のような敵機の機銃をくぐり抜け、日の丸の機体は鮮やかに離脱し、着水した魚雷がル級の一隻を直撃――そのスキを、突っ込んだ摩耶は見逃さない。

「おぉらああああァ!」

 爆炎を抜けてル級へと肉薄した摩耶の、至近距離からの主砲・副砲・機銃の一斉射撃。ル級の艤装が爆ぜ、穴を穿ち、怨嗟の叫びと共に海へと沈んでいく。摩耶はまとわりつく声など気にも留めずに突っ切る。そんな摩耶の背中を狙う、残ったル級。気を取られた彼女に比叡の主砲弾がめり込んだ。主力を失い、慌てて距離を取ろうとするヌ級の数隻も、暁たちの牽制で思うように離脱できていない。

「はは――やっぱ、そう来るよなァ、提督!」

 摩耶の弾む声通り、航空支援は止まない。

 はるか上空、彗星がヌ級の一隻を目掛けて急降下してきた。太陽を背にした、お手本のような急降下爆撃。目を凝らした暁は、編隊に九九艦爆も混じっているのを確かめた。機体に懸架している爆弾は、狙い違わず飛行甲板に当たる頭部へと吸い込まれていく。

「ハラショー……雷撃機の先制、それから爆撃機。時間差で自然な二段階攻撃になるように組んだのか」

「急降下のために回り込む時間を? でも、それって偶然じゃないの?」

「こらこらチビども。元々敵はこっちと雷撃機に注意が向いてるんだ。頭上への警戒が緩んだところを急降下で一撃すんのは、空母艦娘使ってりゃ常識のパターンだ。アイツなら普通にやるよ」

 最後のヌ級がその頭部を爆散させるとほぼ同時、空中の敵戦闘機に躍りかかる影があった。戦闘機、零式艦上戦闘機。先ほどまでは漆黒の不気味な影が埋めていた戦場の空を、翼に日の丸を抱いた機体が駆けている。機体には式神型独特の文様と、紫のラインが引かれていた。

 そこで暁はようやく、空が既に泉浜艦隊のものとなっていることに気が付く。

「いつの間にか制空権取っちゃってるじゃない! 何なのよぉ、ホントに……」

「ありゃ隼鷹のじゃねぇか。……ってことは」

 すれ違いざまに、ル級の一隻へ蹴りを叩き込む摩耶。よろけた体勢すら戻さないまま、ル級は摩耶に向けて主砲を放つ。砲弾は偶然にも腕部の主砲塔へ直撃し、摩耶へのダメージを和らげた。

 黒煙を切り裂いて、摩耶は不敵に笑う。

「残念だったなァ! お前らのっ……」

 壊れた右手の主砲でル級を殴りつけ、摩耶は目線をル級の背後へやった。

「負けだ! ……いいぞ、電ァ!」

 驚愕の表情を浮かべたル級を蹴りつけて、その勢いのまま空中で体を捻る摩耶。着水と同時に全速で離脱したその場を、無数の雷撃が襲う。

「お待たせしたのです!」

「ヒロインは遅れてやって来るんだから!」

 遅れて支援に出た、電と雷。そして彼女たちに随伴していた隼鷹の直掩機。迎撃に出た戦力が一気に出揃い、敵艦たちを次々と沈めていく。

「どぉだ、チビども。あのバカも、ちったぁやるだろ」

 戦艦と空母、そして随伴の巡洋艦たちを片付けながら、何故か摩耶が得意げな顔をする。

「アタシらだって、やる気もなければ、艦娘の使い方もダメな提督になんか着いていかねぇよ。少なくともこうして、まだオツムは死んでないとこ、ついでに手持ちの戦力もしっかり鍛えてたことがよーく分かったしな。なかなかやるじゃん、金剛も、新しい空母もさ」

「金剛さんは、姉妹艦で唯一着任していなかったのです。司令官さんもムキになってました」

「そーだったな。加賀さんによく怒られてたもんな」

「……今日のお話が何だったのかは聞いてないです。けど、今回のことに関係あるご様子だったのです。だから、きっと司令官さんも……」

「真田司令、やる気さえ戻れば出来る人だから! ……たぶん」

 そう言った比叡が、最後の駆逐艦を沈めた。圧倒的劣勢な状況で始まった戦闘は、夕日の訪れとともに決着した。

「さぁて。提督のヤローを『遅い!』って殴りに行こうぜ!」

「い、一応お仕事で陸へ上がっていただけなのです」

「加賀さんのこと、何か分かっているといいですね」

 笑顔の第二艦隊は、暮れる夕日に照らされて帰港の途へ就いた。

 

 

 

五.

 

 島には、霧が出ていた。

 再度の襲撃を退けたその夜。入渠を済ませた艦娘たちを集めた真田は、一週間後に開始される作戦の概要を語ってみせた。

 敵泊地に乗り込み、制空権を奪った後に第一艦隊が空挺降下。その間、第二と第三艦隊たちは降下を支援するために前線で戦う。もちろん他の艦隊との連携を前提としたものだが。

 提督が狙われ、ケッコン艦娘が狙われ、そしてついでのように鎮守府を壊滅させていく。敵の手口に艦娘たちは怒りをあらわにした。同時に、自分たちがその救出を担うという重要な任務を帯びたことに使命感を燃やす者も多かった。

 真田は丁寧に作戦内容について語ったあと、半年前に泉浜鎮守府を襲った事件が、一連の襲撃と関連している可能性についても触れた。そして仮にそうであれば、ここ数回の襲撃は全て真田を狙ったものであるということも。

(……加賀。生きているのか、君は)

 海面が夜霧に煙る様子を眺めて、真田は答えのない疑問を投げかける。

 彼は懐中電灯、それに緊急用のブザーを手にして港を一人で歩いていた。夜の散歩ではない。艦娘や鎮守府の特海隊員、それに彼を含めた夜の見回りだった。

 敵が使っているレーダー無力化技術。本来なら必要ない、目視による索敵が必要になる事態。それは電探を使う艦娘だけでなく、現代技術に慣れた人間にとっても想定外のことだった。敵がごく至近距離にいても気付かない、気付きにくいというのは戦闘だけでなく哨戒行動にも支障が出る。

 懐中電灯で照らした地面が焼け焦げているのを見て、真田はため息を吐く。

(加賀の天山は、今もその機能を維持している。……つまり、生きてはいるということ)

 回収した天山を調べた結果、艦載機妖精は衰弱し切っており意識不明。艦娘と会話が出来る状態なら情報も得られたはずだが、今は回復を待つしかない状態だった。

 もちろん、死んだと思っていたパートナーが生きている可能性があると分かって、嬉しくない者などいない。真田も頭では理解しているし、期待もしていた。しかし。

 作戦の過程で、彼女を救い出せるかも知れない。

 真田は敢えて、艦娘たちの前でその言葉を口にしなかった。

(提督を深海側に引き込むため、ケッコン艦娘を攫う。……そこまではいい)

 果たして、その状況で提督はただ深海側に寝返るというのか。

 目の前で大切なパートナーの命を盾にされ、その場で恭順を誓ったとして、それで済むものなのか。そしてパートナーは無事でいられるのか。真田は、首を振る。

(そんなはずはない。艦娘さえ助けてくれれば言うことを聞く、などと……深海棲艦を相手に、そんな口約束が通じるわけがない)

 深海棲艦と人類は言語によるコミュニケーションが取れるという者も多い。しかし真田は、仮にそうであっても、あくまで言葉が通じるだけだろうと考えていた。

 彼女たちが何らかの目的をもって人類と戦争をしている以上、その目的を達成するのに邪魔な存在、不必要なものを許容などしないだろうと。

(その場合、提督は必ず何らかの形で深海側に従うような仕組みになっているはずだ。或いは……)

 真田は、提督が生きて確保された後で何かの処置を施される可能性も捨てていなかった。つまりは、生きた状態であることだけが重要で――()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 その想像に、真田はこみ上げるものを思わず堪えた。

(――ああ、綺麗な月だ)

 不意に、空を覆う夜霧が一瞬晴れる。ひと際大きな月に照らされ、真田はそれを仰ぎ見た。

(加賀。無事でいてくれ。どうか……生きていてくれ)

 半年前、パートナーを救うことが出来なかった真田。そんな人間が考えるにはおこがましいことなのかも知れない。それでも、彼はそう願わずにはいられなかった。

 そんな彼の願いに応えたのは……皮肉にも、絶望的な存在だった。

「――歌?」

 真田の耳に飛び込んできたのは、日本語の歌。それも、彼が聞き覚えのあるもの。

 

 ――夢を見ていたわ 望み高く生きて 愛が全てだと 神は許し給うと

 

 『夢破れて』。かつて真田が、加賀と親しくなるきっかけともなった歌。叶わなかった夢の絶望に負けることなく生きようとした、真田の決意を語った時の歌。

 そんな歌が、真田の耳を満たした。夜の港の波音にも負けず、その歌声は彼を掴んで離さない。何故かは分からないまま、真田は心臓を鷲づかみにされたように感じた。そして、足は歌声へと勝手に向く。

 真田の背後から靴音が響くと同時。彼は『声』に呼ばれた。

「ねぇ、『()()()()』。月が、綺麗ネ?」

 真田の動きを止めるのに、声はさして強さを必要としない。その名を呼ぶだけで良かった。

 港に立つ彼の背後から、その声はねっとりと這い上がって来る。まるで粘着質な液体のように。

「誰だ!」

 真田は思わず、手に持った警報装置に手を掛けた。ボタンを押せば派手な音が鳴り響き、少なくとも数分のうちに隊員や艦娘たちがやってくるだろう。今にも、指はそれを押し込もうとした。

 しかし、ゆっくりと振り返った真田の頭から、そんなことは全て消え去っていた。

「お前は……誰だ」

 口をついてもう一度出たその言葉。しかし真田は、何故自分がそれを口にしたのか分からなくなっていた。元自衛隊員として、生物としての本能が全力で警報を鳴らしているにも関わらず。

 そこには一人の深海棲艦が立っていた。

「やっと、また会エタ。半年ぶり……いえ……今更どうでもいいことネ」

 月明かりに照らされた、白い肌。いつか彼が触れたような。

 長く伸びた、白いサイドテールの髪。いつか彼が撫でたような。

 過ぎ去ったいつかの日に『彼女』と見た雪のような色。真田は夏だというのに、寒気を覚え、そして同時に思ってしまった。美しい、と。

 真田の体は、まるで凍り付いたように動かない。

 何故なら、その深海棲艦は、まるで『加賀』に()()()だったからだ。纏った雰囲気は冷徹で、しかしどこか気品がある。加賀がそうだったように。

 そんな彼を見つめながら、深海棲艦は一歩、また一歩と踵を鳴らす。

 ついに目の前に立った深海棲艦。その紅い瞳に吸い込まれることを拒否するかのように、真田は体を動かそうとした。しかし、何故かそれは叶わない。

「か」

 ようやく真田が動かせたのは口だった。しかし、ただそれだけを発したところで、彼は思い切り歯を食いしばる。それ以上……つまり、目の前の彼女が何者であるのかを言葉にした時、彼の中ですべてが終わってしまいそうだったからだ。ただ一言、『加賀』と言うだけで。

 白い肌と、夜霧に揺蕩う美しい髪。その妖しい輝きは、彼の心を捉えて離さなかった。

「夜の一人歩キは、危ナイワ。提督ハ、海に呼ばれるノ――それはもう、運命のようなモノ」

「なにを言っている……!」

 薄く笑った彼女の言葉は、ただ真田の中に滑り込んでくる。言葉が意味すること、今の状況を考える思考力を奪い、紅い瞳へと全てを引き寄せてくる。

「ふふ……アナタは、変わらナイのネ。あんなコトノあとデモ。何がソウさせタのかしラ?」

 静かな問いかけに、真田はようやく、言葉を取り戻した。

「一体なんの用だ。もう終業時間はとっくに過ぎてるぞ」

 少なくとも、彼女がその気ならば真田はもう死んでいるはず。真田の首が胴体と繋がっているということは、今すぐ彼を殺すことが目的ではない――無論、遊ばれているだけの可能性もあるが。

「アラ。昼間、お邪魔シタデショウ? ご挨拶に」

「普通は、用事があるなら玄関でノックをするもんだ」

 ようやく、軽口だけは叩けるようになった真田。しかし、はっきり言って状況は絶望的。そんな彼の焦りを感じ取ったのか、美しくも妖しい深海棲艦は微笑み、次の瞬間には真田の目の前に立っていた。

「じゃあ、コレなら良イのかしら。……ねぇ、遊びまショウ?」

 微笑んだ顔のまま、彼女は手を伸ばした。真田はその手に捕らえられ、人でないものの膂力によってあっさりと首を締め上げられる。

「あ、ぐ」

 痛みと窒息により、彼の視界を星が舞った。

「探シ物をシテイルの。アナタ、知ッテル?」

「な、っに、をだ……!」

 まるで面白いものを見ているかのように、彼女の目が細められたとき。

「指輪だ」

 もう一人、男の声が真田に投げかけられた。

「お前が持っているんだろう、真田。彼女の指輪を」

 真田は、遠のく意識の中で思い返していた。その聞き覚えのある男の声を。

「佐伯、さん……!」

 何とか向けた目線の先。夜霧の中から湧き出るように、漆黒の影が現れた。

「お前の軽口を聞くのも何年ぶりかだな」

「っ、あ、あなたなのか……佐伯さん」

 その顔は、真田のよく知っている先輩の顔。しかしその瞳は、まるで近所へ散歩に来たかのような、無感動な瞳だった。約一年前に姿を消したはずの人物が、底の見えない目線を真田にただ向けていた。

 その男は漆黒の衣装に身を包んでいる。まるで旧海軍や特海の白服を反転させたかのような。

 ()(えき)(かず)(ひと)中佐。かつての真田の先達であり、数年前に死んだはずの佐伯の表情は、ただ真田を嘲笑うかのように歪んでいる。或いは、この世界の全てを。

 心底愉しそうな声で、佐伯は深海棲艦に向けて顎をしゃくって見せた。

「こっちだ」

 短いそのフレーズと共に、真田の体は地面へと投げ落とされた。その身体は、佐伯中佐の足もとまで転がっていき、止められる。

「がはッ……!」

 彼の足によって。

 真田は背中に食い込む靴の感触を、何故か冷静に感じ取っていた。それは束の間の窒息から解放され、正気を取り戻そうとする体が欲した感覚。痛みと言う、確かな実感。

「面倒だから一度しか言わんぞ。指輪はどこだ」

「ゆ、びわ……ケッコンカッコカリの、か」

「そうだ」

「あいにく……あれは、失くしました。佐伯さん」

 真田の軽口に返って来たのは、佐伯のつま先だった。先ほどまで真田の背中に置かれていたそれは、行き先を彼の腹部に変える。ろくに声も上げず転がる真田。

「っ、は、ぅ……が、は」

「女々しいお前のことだから、今は手元にあるだろう。……ポケットか? いや、違うな」

 襟首を掴まれて、無理矢理引き起こされる真田。唇や額からは血が滲んでいるが、彼の目は真っ直ぐ漆黒の男を睨みつけていた。

 何を目的として、いきなり作戦目標たる彼がここに現れたのか。何のために、わざわざ汎用の艤装でしかない加賀の指輪を求めてきたのか。

(――感覚で分かる。この人がやろうとしてることは、とにかくロクでもないことだ)

 でなければ、仮にも敵のど真ん中にこうして現れたりはしない。

 真田は、首から提げた紐、そこに通した加賀の指輪が見つからないよう祈った。何気なく身に着けた加賀の指輪。まさか、敵がそれを必要としているとは思いもしない。

「お前の考えることぐらい、俺が分からないとでも思ったか」

 そして、真田の願いはあっさりと断たれることになる。

「おおかた、しまい込んでた指輪を引っ張り出したんだろう。ネックレスにでもしたか?」

「……!」

 図星を突かれた真田。咄嗟に首のそれを引き千切り、思い切りそれを振り被る。

 加賀との約束が詰まったこれを奪われるぐらいなら、いっそ海に――。

 しかし、真田のそんな捨て身の行動すらも叶わなかった。

「手間をッ……掛けさせるんじゃない……!」

 漆黒の男の拳が、真田の顔面にめり込んだからだ。

「ぐ、ぅッ」

 暗転しそうな意識を辛うじて繋いだが、真田の手からは命に等しい宝物がこぼれてしまう。

「つまらん抵抗をするな。まぁ、お前が持っていてくれる分には構わんのだが」

「フフ。今日は随分ご機嫌斜メね? あまりいじめないでアゲテちょうだい」

「気のせいだろう」

「そういうコトにシテおいてアゲル」

 佐伯は、足もとに転がった銀の指輪……真田が受け取った、加賀の遺品であるそれを、無造作に拾い上げた。軽く月にかざして光を確かめ、丁寧に懐へと収める。

 真田は、顔を伝う血を拭うことすらせず、ゆらりと起き上がった。

「佐伯さん……何故です」

 何故、佐伯は生きているのか。

 真田の言葉は、語らずとも佐伯に届き、そして繋がっていく。旧知の仲であるからこその、ふたりのやり取り。

「元から私は死んではいない。もっとも、『人間として』ならどうか知らんが」

 生命としての死は迎えずとも、人間の提督――佐伯和人としての彼は死んだ。

「何故ですか」

 何故、佐伯は深海棲艦と共にいるのか。真田の目線は、彼の横にいる女を向く。

「それが、この世の中の仕組みだからな。沈んだ艦娘はやがて深海棲艦となり、世界を浄化するために戻ってくる。……彼女のようにな」

 その言葉に、白い女は黒い男に寄り添った。

「そうそう。お前の加賀が持っていたものだ。指輪と交換にしておいてやろう」

 軽い音と共に、真田の目の前へ小さな金属片が投げ出される。

 それはドッグタグだった。

「……ッ!」

 血に塗れ、焼け焦げている。加賀の所属番号と艦名が入った、彼女の持っていたものに違いなかった。

「愛でる遺品が増えて良かったな、真田ァ」

 そう口にして、佐伯は抑えられないとばかりに笑い出した。高らかな笑い声が夜霧の港を揺らす。その声に頭を揺すぶられた真田は、かつてこれ程までに抱いたことのない感情を、爆発させた。

 それは、怒り。

「加賀に、何をしたァ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 こみ上げる笑いを何とか抑えながら、佐伯は馬鹿にしたような声を出した。

「ちょっと死んでもらっただけだ」

「な――!」

「それが必要だからそうした。なに、お前たちのやったことが招いた結果だ。受け止めるがいい」

「何の話をしている――!」

 よろめく真田の襟首を再び掴み、佐伯は吐き捨てるように言った。

「――お前もうすうす感じていただろう。お前の加賀が普通と違うというのは」

「それは……っ」

 叩きつけられた言葉に、真田の中で建造の時の様子が思い起こされる。

「まぁ、今となってはどうでもいい。何故なら、お前は死ぬからだ。……個体としては、だが」

 ついでとばかりに、真田の腹へ拳をめり込ませる佐伯。その瞳は、怒りとも、喜びともつかない色にぎらついていた。漆黒の衣服の中で輝くそれは、彼が間違いなく生きている人間という証拠でもある。

 真田は、それでも目線だけは外さない。それは今、彼が出来る唯一の抵抗らしきものだった。

「その深海棲艦は……」

「彼女がどうかしたか」

「加賀……なのか。佐伯さん」

「――くく、ははは」

 真田は、ついにその疑問を口にした。

 何故なら真田は、彼女の立ち居振る舞い、そのいくつかにどこか懐かしいものを感じたからだった。

 ふとした瞬間の横顔、その雰囲気、足運び……。

 絞り出すような真田の言葉に、佐伯は口を歪ませた。

「おいおい。お前、まだ彼女が誰か分かっていないのか。酷い男だ」

 佐伯がそう言うのに合わせて、深海棲艦も笑う。どこか感情の薄い笑みは、誰かに似ていた。

「残念だが、彼女はお前の大事な大事な加賀じゃない」

「だったら、何故――」

 この深海棲艦はまるで加賀のような雰囲気を持っているのか。何故真田は、彼女を知っているような気がしているのか。彼女の歌は何なのか。渦巻く疑問が、かえって真田の口を閉ざした。少なくとも、その問いに答えてくれるほど彼らは親切ではないだろうと。

 何も言えなくなった真田を見て、佐伯は再び真田の襟首を掴む。

「少し付き合ってもらうぞ。ここともお別れだ」

「く……離せ……!」

 そう宣言して、佐伯が横の深海棲艦へと目線を移した瞬間だった。暗闇に紛れ、音もなく飛び掛かる影があった。深海棲艦に手を引かれ、体勢を崩す佐伯。

「ちっ!」

 その攻撃は、正確に佐伯の腕を狙っていた。服の切れ端を残して真田を手放した彼は、舌打ちと共に闖入者を睨み付けた。

 薙刀を揺らめかせ、その女はゆらりと笑う。

「あらぁ。残念。私も、相手が人間だから躊躇っちゃったかしら」

 龍田が、いつも通りに見える笑みを浮かべた。そして彼女に寄り添うように、もう一人が姿を現す。月夜の霧を切り裂いて、二人の龍がそこに立っていた。

「龍田。お前がブチ切れるとそんな感じになるんだな。……怖ぇから気を付けよっと」

 抜き身の刀を提げて、天龍が不敵に笑った。

「あら。私はいつも通りよ? ちょっと、気に入らないだけ」

「よく言うぜ……しかし提督よぉ、随分派手にやられたな」

 自然と真田を庇う位置に立つ天龍に、真田は何とか答えを返した。

「気を付けろ……あの深海棲艦、上位種だ」

 真田はそれだけ言って、口内に溜まった血を吐き出し、何とか起き上がる。

()()は加賀じゃないらしい……すまん、引っかかった」

「そうみたいね」

 龍田は、そう言って吐息だけで笑う、真田の頭を撫でてやりたい気持ちを抑えることに必死だった。加賀を想う真田のことを、恐らく加賀の次に理解している彼女だからこそ。

 龍田は怒っていた。

 かつて共に戦った加賀を踏みにじられ、今また、大切な仲間である真田を傷つけられていることに。

「こことお別れですって? 面白い冗談ね。……佐伯さん、あなた、何がしたいの」

 かつて交流があった彼とは面識がある龍田。しかし目の前の男は、彼女から見ても異質だった。人間ではあるが、()ではない。どこか何かが違っている。

 それが、何によるものか。龍田は一瞬だけ考えかけたが、中断せざるを得なくなる。

「っ!」

 霧を裂いて現れた敵艦載機が、天龍と龍田の足許に機銃を斉射した。

「危ねぇ! 提督、下がってろッ」

 しかし、上空へと注意が逸れた一瞬。漆黒の提督と白い女は、龍田たちと距離を取っていた。

「邪魔が入ったな」

 近接武器を持った二人と、提督を抱えた空母深海棲艦。少なくとも近距離戦闘では龍田たちに有利。状況的には賢明な判断だった。

 そして、佐伯は笑う。

「真田。近いうちにお前から来てくれるんだろう。楽しみにしている」

「何……!」

「お前には生きていて貰わなくては困る。途中で死ぬんじゃないぞ」

 佐伯がその身を翻すと同時に、再び空から爆撃が襲って来た。龍田、天龍の手前に着弾したそれは、派手な煙を夜霧と混ぜ合わせて視界を奪う。

「クソッ、逃げんのかよ! おい龍田、アイツ今捕まえちまえば解決なんじゃないのか!」

「天龍ちゃん。無理しちゃダメ。横にいたの、『姫』か『鬼』クラスよ」

「な――ただの深海棲艦じゃないとは思ったけど、マジか」

 龍田は冷静にそう判断した。いわゆる『級』ではなく、その上位に位置する深海棲艦。一部の海域にのみ配置されており、戦場では多くの艦娘や護衛艦が犠牲になっている。

 今目の前にいたのがそうであると聞かされて、天龍は息を呑んだ。

「加賀の指輪が……持っていかれた」

 ふらつく真田は、天龍の肩を借りて何とか地面に立っている。

「何を企んでるのかは知らないけど……あんまり、楽しいことじゃなさそうね」

 龍田の言葉に、真田は頷いた。

 彼らが持って行った指輪は、ただの支給品。加賀がそれを付けていたというだけで、何の変哲もない指輪型の艤装。特別な部分は何ひとつなく、それこそすり替えても問題ないほどの品。

 しかし彼らは、『真田と()()()()()構わない』と言った。つまりなにかにその指輪を使うつもりで、しかも提督とセットで存在する必要があるということ。真田は意味するところを想像しようとしたが、負った傷がそうさせてはくれないようだった。

 ぐらり、と真田の体が揺れる。咄嗟に天龍が支えるが、どうやら意識は朦朧としているらしい。

「奴らが、加賀をどうしたのか……どうするのかは知らん。知りたくもない……」

「……おい、提督?」

「真田クンっ」

「だが……オレは絶対に諦めない……加賀に、何が……あったとしても……」

 真田はついに、意識を手放した。受けた傷の痛みも、流れた血のことも忘れて。

 そんな真田の視界が黒く染まる瞬間。

『――また、会おうネ――』

(……誰だ……?)

()()()()()

 彼の耳には、いつか聞いた気がする声が届いていた。

(……ねえ、ちゃん)

 波音、砂浜……そして、涙を堪える自分を撫でる、冷たくて、優しい手の感触。まるで海に抱かれるような感覚と共に、真田の意識は深い底へと落ちていった。

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