泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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宴の支度

一.

 

「昨夜の状況は、以上だ。皆、十分警戒してくれ」

 頬の腫れ上がった真田は、艦娘たちを前にして状況報告をそう締めくくった。

「……一番警戒しなきゃいけないのはオメーだったな、提督」

「返す言葉もないよ。……どうやら、一人になるよう仕向けられてたらしい」

「へへ。礼はいくら返してくれてもいいからな。期待してるぜ」

 昨夜の功労者、天龍はそう言って笑った。

 提督を狙った襲撃が発生している中、真田は確かに迂闊だったと反省した。真田と共に見回りをしていた隊員は、姿が見えなくなったところで昏倒しているところを確保されている。結果的に鎮守府にも艦娘にも被害がなかったという意味では、一番犠牲の少ない結果になったと言えた。

(今のところは、というところだけどな……)

 真田は息を吐いたあと、思い出したように声を上げた。

「金剛、榛名。それと天龍と龍田、あと夕張は残ってくれ」

 集まった艦娘たちは、持ち場へ戻っていく。既に出撃に向けた準備が始まろうとしていた。

 そんな中で呼び止められた五人の艦娘は、集会室の中央で真田の言葉を待った。これから自分たちに何らかの役割が振られようとしている。そんな予感と共に、艦娘たちは立っていた。

 真田は残ったメンバー全員の顔を眺めて、それから金剛の肩を叩く。

「まず、これから今度の攻略作戦について、本部に意見具申をしようと思っている。作戦内容の変更を促すものだが――その前に金剛」

なぁに(What's)?」

「当作戦の概要を説明してみろ」

「オーケイ、テートク」

 泉浜鎮守府は、今回の攻略作戦において作戦目標の中核を担っている。金剛は第一艦隊の旗艦であり、必然的に最重要のポジションを務めることになる。

 真田はまず、金剛の頭に作戦が入っているか確かめることにした。

「艦隊の数、二十六。ファーストステップは、そのうち半数以上を占める空母機動部隊による制空権の確保掌握。それから水雷戦隊メインの突撃部隊が一気に敵泊地を攻撃(Attack)。タイミングを少しずらして空母艦載機による泊地の一斉空爆」

「続けろ」

 金剛は、至極真面目な顔で言葉を紡ぐ。着任から日が浅いにも関わらず、彼女は既に『戦艦金剛』としての実力を如何なく発揮している。周囲の味方に引っ張られつつ、或いは彼女自身の才能によって。それは真田に取っても嬉しい誤算であり、()()()()()想定通りだったことになる。

「私たち第一艦隊は、制空権の確保と同時に敵泊地の上空へ侵入。海上の部隊が攻撃したタイミングでパラシュートダイブして、空爆の前に人質を確保。あとは、倒すか逃げるか(Hit or escape)デース」

 胸を張る金剛に、真田は傷も痛々しく、苦い笑みを返した。

「その作戦は、キャンセルする」

「ホワット」

 手元の書類をひらつかせ、真田は一歩前に出た。

「昨日、佐伯中佐は言っていた。『お前から来てくれる』と。これが意味するのは何だ、天龍」

 急に話を振られた天龍は、しかし落ち着いていた。

 彼女は彼女で、昨夜は実際に敵と相対している。実体のない幽霊ではなく、生身の人間と深海棲艦。彼らと顔を合わせたことで、天龍にはもう心構えができていた。敵は単純な命のやり取りをするだけの相手ではなく、戦術や戦略を持ち、様々な手で裏をかいてくるということを。

 天龍の答えはシンプルだった。

「バレてんだろ、こっちの作戦」

「そう考える方が自然だな」

「シット……そういうことネ」

 元々の作戦立案者である川西中将が危惧していた、既に敵側の情報網が人類側まで及んでいる可能性。つまり、昨日の会議に出席していた関係者の中に、内通しているものがいるということになる。

 出撃規模、作戦内容、そして最終的な目標。それらが全て筒抜けだとしたら。

「それジャ、私たちに勝ち目がナッシン! デース!」

「だからこその意見具申だ。昨夜は、痛み止めでも寝れなかったんでな、ずっとどうするか考えていた」

 真田は手元の書類を丸めて、ゴミ箱に放り投げた。

「テートク、ちゃんとシュレッダーしなきゃノーなんだから」

「格好ぐらいつけさせろよ」

「私だって、ちゃんと秘書艦のお仕事は出来マース。ふんだ」

 見事にゴミ箱から外れた書類を拾い上げつつ、真田は得意げな金剛に問い掛けた。

「金剛。今回の作戦でひとつだけ、不確定要素がある。それは何だ」

「――私たちデース。中将さんとのお話(Talk)が漏れてなければ、ダケド」

 金剛の言葉に、真田は黙って頷いた。

 中将の言った通り、泉浜以外の艦隊に対しては『制空権、制海権の奪取後、特殊部隊がタイミングを計って泊地に突入、人質を救出する』という形でダミーの作戦内容が通知されている。

 侵入タイミング、方法、救出部隊の規模。それらの情報は今のところ伏せられた状態だった。

「唯一、人間側にあるジョーカーがオレたちだ。つまり、オレたちの動きを変える。時間がないから、電たちに頼んだ本部への意見具申が通ったという前提で話すが……」

 真田は、龍田に向き合った。

「まず龍田だが……御影提督と連携して、各鎮守府に作戦内容の変更を伝えてくれ。オレたちの部隊の突入タイミングに変更が掛かったという話だけでいい。細かい内容は、御影の指示で変えるように」

 真田が何故御影提督の名前を出したか。それには理由があった。彼は元々情報畑の人間で、陸自とも太いパイプで通じている。海域攻略任務を主とする真田たちと違って、彼の本領は諜報任務だった。

 つまり、龍田の任務は情報戦。敢えて情報を流すことにより敵の情報網との接点を探ること、そしてそれによる相手側の混乱を引き起こすことが目的になる。真田は諜報行為については一般の隊員程度の知識しかないが、その点でそれを専門にする御影は違う。

「えー。私、あの人嫌いなんだけどな」

「だからお前にやってもらう。情報部門と仲が良くて悪いことはないが、アイツの場合は特別だからな」

「何の話デス?」

 二人の会話に、金剛が疑問を挟んだ。彼女と天龍は会議で少し顔を合わせただけ。御影の人となりを知る真田と龍田の、どこか歯に物の挟まった会話を気にした。

「金剛ちゃん。挨拶した時、やるわねって思ったのよ。私」

「御影提督とのデスカ?」

「そ。あなた、一瞬躊躇したでしょ」

 金剛は、確かに初顔合わせの際に自分の反応が一瞬遅れたことを思い出す。

「それは……ちょっとストレンジ……妙な感じが」

 金剛はその時、屈託ない笑顔の御影提督の裏に、何かを感じ取っていた。違和感を抱き、彼のことを受け入れるのに戸惑った。理由は後付けではあるものの、当時は本能的な反応をしていたらしい。

「その直感、正しいからね。あの人を信用しちゃ駄目よー?」

「あまり多くは言わないが、一本線は引いておいてくれ。油断するなよ」

 それが諜報部門を相手にする時には役に立つ、と真田は締めくくった。

 一方、話に呼ばれたが出番のない天龍が一歩前に出た。

「で、金剛と榛名、俺は何をすりゃいいんだ」

「今残ってもらったのは、全員空挺降下をしてもらう第一艦隊のメンバーだ」

 真田は、並んだ五人の顔を眺めて言った。

 戦艦である金剛と榛名、そして陸上での近接戦闘を考慮した天龍と龍田。工作員としての夕張。戦力と作戦目標のバランスを考慮した編成だった。

「この中で、パラシュート降下の経験がある者」

 真田の声に、龍田と夕張が手を挙げる。二人は以前、泉浜で経験したことがあった。

 天龍はそれを見て、一筋の汗を垂らした。

「――まさか」

「三人は降下訓練、頑張ってな。コーチは陸自の部隊に頼んである。本番想定して海の上でやるから、仮に失敗しても艦娘なら死にはしない。心配無用だ」

「マジかよ……」

 まさかぶっつけ本番でやるとは思っていなかったが、パラシュート降下訓練をみっちりやらされるとまでは想定外だった天龍。金剛と榛名はすっかりやる気で、若干引いているのは天龍だけだった。

 真田はそんな天龍を見て笑いつつ、さらりと重要なことを口にした。

「金剛は、オレを抱いて飛んでもらう。今のところは艤装と簡易的な防弾装備を下にした、背面降下になる予定だ。充分訓練で慣れておくように」

「ワオ。テートクをハグできるなんて! ラッキー、デース」

「金剛お姉様、ずるいですっ」

 その様子を見ていた夕張が、自然と浮かんだ疑問を口にした。

「あのぉ。提督も降りるってことですか。パラシュートで」

 夕張の言葉に、その場の全員、龍田以外の動きが止まった。

「テートク! 何考えてるノ! 護衛艦のブリッジや指揮所ならまだ分かりマース。戦場ヨ」

「提督がそんなことをする必要ありません! 危険なだけです!」

「お前、人間だろ! なに考えてんだ! 死にたいのか!」

 口々に真田を非難……もとい、心配する艦娘たち。

 そんな彼女たちを、真田は敢えて見ずに言った。

「オレが行かない、という選択肢はないんだ」

「どうしてだよ!」

 食って掛かる天龍に、龍田が静かに答えた。

「あの提督さんは『指輪と生きてる真田クンがペアであればいい』って言ってたわ。逆に言えばそれが揃わないことになれば、もう色んなものに用が無くなるってことでしょうね――」

 龍田の言葉に、全員が言葉を失った。

「どう考えても罠でしかないし、真田クンが現地にいないことで起こる事態と、指輪と揃って深海側に確保された時起こる事態のどっちがよりマズいかは分からないわ。でも、行かなきゃきっと人質たちは無事じゃ済まない。そんな気がするのよね」

「契約を示す指輪が必要なんて、何の冗談かと思うけどな。そこは本部でも詳しくは掴んでいない」

 龍田の言葉を受けた真田は息を吐いて、ついでのように言う。

「それに、現地ではある程度シビアな判断を求められる。人質たちの救出と戦闘行為の優先度、細かい状況判断。通信が出来なくなる以上、それを戦闘要員であるお前たちに全て任せることは出来ない」

「だから、アンタが行くってことか」

 天龍の諦めたような言葉に、真田は頷いた。

「ああ。最も危険な状態である降下時……お前たちが頼りだ。訓練、しっかり頼んだぞ」

 金剛たちは黙って頷き、降下訓練組と龍田が集会室を抜け出す。

 一人残された夕張は、自信のなさそうな、或いは戸惑った様子で真田の言葉を待っていた。

「さて夕張。結論から言えば……オレはお前にガッツリこの命を預けることになる。いや、この作戦に参加する全員の命と言ってもおかしくないな」

「――はい。ばっちり分かってます。ばっちり」

「よろしい」

 真田は敢えて、プレッシャーを掛けるような言い方をしていた。

 それは事実、目の前の艦娘に作戦の成否、参加する艦隊の命運が掛かっているからであり、彼女から正直な言葉を引き出すための手段でもあった。

 夕張は、静かに真田の問いを聞いている。

「技術者として、そろそろ深海棲艦のレーダー無効化技術については、その仕組みの見当が付いてると思ってるが……実際のところは、どうなんだ」

「それは……」

 真田は定期的に夕張から上がる情報を確かめてはいたが、彼女が一体どこまで理論を組み立てているかについては把握していなかった。少なくとも現時点で、夕張は弱音を吐いていない。つまり彼女は、何らかの手掛かりを掴んでいる。そう真田は考えていた。

 夕張は、ついに真田にも詳細を上げていなかった報告を始めた。

「恐らく、強力ですが極めて範囲の限定される、妨害電波のようなものの一種と思われます。例えば、様々な電波の類を打ち消すような。ですが、シールドされている有線への影響はないと考えます」

「範囲が限定される、という意味は?」

「その出力を維持するために、ごく狭い範囲でしか効果を発揮しない。例えば半径数メートル程度の」

 真田は、慎重に夕張の語る内容を頭に入れていく。

 彼は技術者ではないが、一通りの軍事知識は頭に入っている。近年ステルス技術としては、レーダー波を反射しにくい素材や形状を工夫するものが主流となっていた。しかし、これは設計思想が異なる。そもそも、そのように範囲が限定されるのでは、レーダー波の打ち消されている範囲が即ち目標ということになる。これではステルスの意味があまりない。

 真田が目線で次を促し、夕張は次へ話を進めた。

「――その限られた範囲を、増幅している物質があります。これです」

 夕張は、手に持ったシリンダを真田に示す。無色透明だが、粘度のある液体が収まっていた。

「これの正体は? 何らかの液体にしか見えないが」

「ジェル状の有機物というだけで、相手の妨害電波を極めて強く増幅する効果がある、としか」

「相手がこれを、事前に散布しているということか」

「恐らくは先発部隊など……一回目の襲撃は最初に爆発した輸送船です。二回目は空爆前にやってきた偵察機。それらが広範囲にこれをまき散らすことで、妨害効果が増幅されていたと思われます」

 夕張は自らの集めた情報を元にした報告を終えて、息を吐いた。

 真田は、彼女の報告に抜けていた部分を確かめる。

「妨害電波の発信源は、個々の深海棲艦だと思っていいか」

「ええ。何らかの装置を身に着けていると思われます」

「普通に考えれば、敵はこれを実用化、量産してるな」

「でしょうね。恐らく今回の攻略対象である敵泊地には、この妨害装置が張り巡らされていると考えていいと思います。性質上数が多いために、これを破ることは極めて難しいかと」

 唇を噛んだ夕張は、そう言って俯いた。

 恐らくは技術者として一番口にしたくない『手の打ちようがない』という言葉。それを言った夕張がどれほどの屈辱を味わっているかは、真田にはよく分かった。

 しかし真田は、彼女にやってもらうべきことがあることを知っている。

「一回目の襲撃、龍田と天龍が輸送艦……ワ級を数体、無力化した上で排除していたはずだな」

「へ? ……はい。確かに、報告書で見ましたけど」

「その際、解体した連中の外殻部分をいくつか回収してるな」

 真田のその言葉に、夕張の瞳が急に力を帯びる。真田は、知らないうちに口が笑っていた。

「――装置は、身に着けてると言ったよな」

「ソーシャル・ハッキング! なんで気付かなかったのかしら! あるじゃない、装置自体が!」

 ある種の波を発する性質上、また範囲が限定的であることから、深海棲艦の体内奥深くに仕込まれていることは考えにくいと、真田は考えていた。

 つまり、回収した外殻部分。そこに手掛かり、或いは装置そのものが残っていたとしたら。

「お前にやってもらいたいのは妨害装置を破ることじゃなく、こちらが使えるようにすることだ」

「なるほど……空挺降下時に使用して、敵側の索敵を逃れるんですね」

「そう。対象は、可能であれば艤装を装備して突入する第一艦隊の人数分だ。もしそれが不可能でも、空挺降下時に使用する侵入用の航空機一機に対しては絶対に装備できるようにして欲しい」

 真田の横やりは、あれこれ考え込んだ末に視界の狭くなっていた夕張にとって光明だった。

「ここまで言えばわかると思うが、今回の作戦……オレたち泉浜が、真っ先に突入する」

「つまり……突入タイミングで制空権が取れていない部分を、敵の技術を利用することで補う、ということですね。長距離の索敵から逃れ、空挺降下の瞬間までの安全を確保する」

「ああ。降下は滞空時間が極めて短いとは言え、下から狙い撃ちにされたらひとたまりもない」

 ゼロから何かを開発するとなればとてつもない時間を要する。しかし既にある装置を流用、複製するのであれば、技術的な問題をスルーしつつ、短時間での対応が可能となる。

 夕張の技術力を信じた、真田の賭けではあった。しかし、分は悪くない。

「そう言えば、もう一つ。敵側はこの妨害を展開した状態でも、通信ができていると思うか?」

 真田の口にした疑問は、ここまでの戦いで芽生えたものだった。敵の技術がどういったものか定かでないが、基本的には人類と変わらない方式で通信のやり取りをしているだろう。

 もしそうなら妨害電波の領域では通信できないはず。しかし、これまでのところそうは見えない。

「そこは私も不思議だと思ってはいるんです。でも、今一つ決め手が無くて」

「もし一瞬でも相手方の通信を妨害することができれば、攻略の決め手になり得るんだけどな。連中は通信で連携できることを前提としているから、そこを崩せればこっちが優位に立てる」

「ううん……それはそうなんですが。仕組みが分からないことにはどうにも」

 腕を組んだ夕張に、真田はぽつりと零した。

「いわゆる、こう……通信のレイヤーが違うんじゃないか、みたいなことは考えたんだが」

「はい?」

「オレたちの通信とは、概念としての『層』が違うんじゃないかってな。ほら、通信の階層モデル」

「ああ、ネットワークレイヤーのアレ。異なる帯域を使ってるってことですか」

「と、考えるのはタダなんだが……そんなものがあるのか、という話だからなぁ」

 真田は先程くしゃくしゃにした書類を、何とはなしに紙飛行機にした。

「もう一つ、決め手があれば……潜入してからの生存率も上げられるんだが」

 ごく簡単なその飛行機は、皺だらけの割には器用に部屋の中を飛んで、床に落ちた。

「あ」

 そして、その光景は、夕張の中でひとつのひらめきを生んだ。

「ああああ。それだ。それです、提督」

「ど、どうどう。何がどうした」

「何でこんな簡単な発想を持てなかったんだろ。悔しい!」

 真田は戸惑いながらも、期待に満ちた目で夕張を見つめた。目の前の艦娘が、どうやら一つの仮説にたどり着いたことを確信したからだ。

「提督。艦載機です。艦載機の、空母艦娘とのリンクシステム」

「――そうか。その手があった。アレは確かに、既存の通信とは全く違う未知の技術だ」

 空母艦娘が、搭載した艦載機とリンクを持つシステム。彼女たちは遥か離れた位置の艦載機と感覚を共有し、搭乗した艦載機妖精を通じて視覚的情報を得ることができるものだ。当然、艦娘が備えているオカルティックな技術の産物であり、詳細な仕組みは判明していない。それは確かに、既存技術の範囲外にあるものだった。

「考えてみれば、あの妨害の最中でも艦載機は元気に飛んでました。つまり、艦娘と艦載機の通信には一切妨害が作用しない……恐らく、敵が通信に使っているのはそこの帯域です」

「あとは、実際に妨害を発生させる仕組みだな」

「それには多少、心当たりがあります。以前、艦載機のリンクシステムを応用して、遠隔地との通信をしようとした時の悪だくみが役に立つかも。でも……ここの設備じゃとても」

 おおかた視聴範囲外のアニメでも見ようとしたのだろう、などと真田は苦笑した。

 それはそれとして、確かに泉浜にはごく小さな工作室しかない。質も量も足りない現状では、今回の作戦に必要な準備はとても間に合わないだろう。真田もそれは理解していた。

「ねぇ提督。どこか大規模なラボとか、設備を借りられませんか。時間と手が足りません」

「ふむ」

 真田は夕張の求めに対して、一瞬だけ目を瞑る。

 次に彼が目を開いた時、手には私物の携帯電話が握られていた。

「――提督?」

 不安げな夕張に対して、真田の表情は苦笑に近い。

「ここは、数少ないVIPのコネクションを使わせてもらうか」

 電話帳を手繰る真田の指は、すぐに止まる。大した迷いもなく、彼はメールを打ち込み始めた。

「提督、どちらに連絡を?」

 文章を器用に打ちながら、真田は笑って答える。

「メインは恋愛相談室かな。あと、他にも何人か――個性的な提督の知り合いがいてね」

 事情の読めない夕張は、ただ真田の横顔を見つめていた。そして真田の携帯電話にはメールの文面が出来上がる。満足気に文章を見直した真田は、そっと送信ボタンを押した。

 文面にはこう記されている。

『恋愛相談乗られたし。哀れなアヒルに、帝釈天と水天の加護があらんことを。追加の兎も所望』

 あとはメールの返信を待つのみ。息を吐いた真田が顔を上げると、入口に一人の艦娘が立っていた。

「お。こっちもお早い到着だな」

 工作艦、明石。

「どうもー。来ましたよ、真田さん」

「遠路はるばる悪いな。技術的課題は伝わってるか」

「ばっちり。立ち聞きしちゃいましたけど、機材は大丈夫そうですね」

 彼女は壊滅した泉浜鎮守府で、真田の前任だった提督の艦娘。加賀の建造でひと悶着あって、以後は真田にある意味で弱みを握られた形でのゆるい協力関係が続いていた。お互い、腹に抱えたものがあるからこそ協力し合えていたとも言える。

 しかし真田がこの島に飛ばされてからは久々の再会。真田もダメ元で連絡したはずだったが、明石はあっさりとやって来た。

「そっちは何とかする……加賀のいない今、お前に貸しはなくなったようなもんだろ。なんで来た」

 加賀の建造時に、後ろ暗い依頼を元にしたレシピ変更を施した明石。結果として建造された加賀は、真田を裏切った明石の弱みそのもの。その加賀が沈んだあと、真田に協力する理由はそこにない。

「私は技術者ですから。もし加賀さんが生きているとしたら、その仕組みに興味があります。これじゃダメですか」

「それぐらいの生臭い理由の方が安心できるけどな。こっちも話は聞いてるんだ、お前のこと」

「――なんのことでしょう」

 離島である泉浜鎮守府(仮)には、建造設備がない。

 その理由は『前線への補給基地、或いは警戒拠点であることから、建造設備は不要』とされていたが、

当然ながら真田にも察しはつく。妙な建造結果を出した提督に、『もう一度』を起こさせないため。

 無論、囮として放り込んだ手前、規模を拡大されて状況が変わるのを防ぐためでもあっただろう。

 大人しく離島に引っ込んで小規模な基地をこねくり回しているならよし。お上に弓引くような真似を取らせないための、分かりやすい警告を込めた制限の一つだったということだ。

 そして真田は、その扱いに抗議した者がいたことを聞いている。明石と、その提督である姫島大佐。

「気を遣ってくれてありがとう。直接連絡を取るのも良くないと思って、今まで言えなくてすまない」

 頭を下げた真田に、明石は照れ隠しがてら書類を振り下ろした。

「はいそこまで。今は目の前の仕事を片すのが先でしょ」

「違いないな」

「よろしい。それじゃ、早速始めましょう」

 取り出した書類を机に広げた明石。タブレット端末には装備のスペックが踊る。この仕事の速さこそ真田が彼女に協力を依頼した理由でもある。限られた時間で何かを成し遂げるのに必要なのは、技術と連携。その点において、勝手知ったる明石と夕張が組んだコンビ以上の適任はいない。

「救出作戦の段取りについてお聞きしたいです。加賀さんがどういう状態にあるかというのを考慮して組み立てないといけないんですけど……そこまでの情報はないんですよね」

「ない。ただ――」

「予想はつく、と言いたげですね」

 加賀が他の『加賀』や艦娘と比べて特殊である、という敵方の言葉を信じるならば。明石を真っ直ぐ見つめ、真田は問う。

「建造の時のこと、覚えてるな」

 わずかに明石が顔を曇らせるが、真田はお構いなしに続けた。

「あの時、建造装置の中で……加賀は『深海棲艦化』していたんじゃないか」

 建造装置の中は傷だらけで、内壁はへこみ、破損により装置が危うく吹っ飛びかねない状態だった。

 そんな建造完了直前のわずかな時、真田は建造装置に向かって呼び掛けた。

 お前がどんな存在であろうと構わない。一緒に戦ってくれ、と。

「――恐らく、そうだったんじゃないかと思います。あの後の数年間をずっと見守っていましたけど、それからは一度もそんな兆候ありませんでした――幸いにも、と言ったら失礼かも知れませんが」

「ああ。建造直後の不安定な状態だったから、提督が呼び掛けることで何とかなったと思ってる」

 もし提督という存在が、何かを元にして選ばれている者であるならば、艦娘たちと何らかの繋がりを持てる者であってもおかしくはない。真田はそう考えていた。

「だからこそ、加賀は艦娘としての存在でありながら深海棲艦としての意識を有している状態……そう考えるのが、一番しっくりくると思う」

 艦娘としては死んでおらず、一方で普通の存在ではない――艦載機とのリンクなどは切れておらず、しかし佐伯提督からは『死んだ』と称される状態。状況から推察すれば、妥当と思われた。

 普通に考えれば、その状態の加賀を元に戻すことは難しい。しかし……。

「オレたちは一度、『そうなった』加賀を引き戻してる。ある意味で不安定な建造時の状態ではなく、既に個体として安定してしまった状態で……強制的に艦娘へ引き戻す方法はないか」

 真田が明石を頼ったのは、まさにこのためだった。夕張は技術艦娘としては優秀だが、あくまで表に出ている技術に長じているだけ。一方の明石……とりわけ彼女が接する情報は清濁含めて多岐に渡る。その中に可能性を見出すことができれば、加賀を元に戻すことも可能なのではないか。

「それなんです。例えば龍驤さんが使っていた『オリジナルパーツ』による艦娘の能力制限を使えば、表に出ている深海棲艦としての意識を封じられるかも知れません。ただ、艦娘としての能力はその場で使えなくなくなります。海に浮かぶ、艦載機を飛ばす、艤装を操る……その全てです」

「荷物が一つ増えるってことだな」

「ええ。戦場ど真ん中でしょうし、当然ながら意識がこちらへ戻ってくれるのかも……博打です」

「体のあちこちに付ける装置も、結構大がかりだったしな……」

 真田は龍驤が元々使っていたボディーアーマーのような装置を見ているが、全身にいくつもパーツを取り付けた上で作動させる必要があるものだった。普通の人間では持ち運ぶのも一苦労で、潜入任務に持ち込むのは非現実的と思われた。真田は腕を組む。

「大人しく仕掛けるまで、待ってはくれませんからねー。一時的に沈黙させるだけなら、暴徒鎮圧用の艦娘向けスタングレネードが使えるんですけど」

「なんだそりゃ」

「さっきの『オリジナルパーツ』を金属片にして、その艦娘用に調合したものをばら撒くんです。半径五から十メートルぐらいが有効射程……まぁ、通信妨害用のチャフみたいなものですね」

「大掛かりな装置じゃない分、性能は落ちるんじゃないのか」

「もちろん。その艦ごとに使わなきゃいけないし、材料も限られるのであまりメジャーではないです。ただし、金属片が周囲を満たしているごく短い間……無力化は、できます」

「しかし、効果が切れたら元に戻るんだろ? 島全体にばらまくなら別だが、今度は素材が足りない」

 一時的に加賀が暴れられないような状況にしたとして、それを維持する方法がなければ意味がない。救出を目的とするには、クリアする課題が多過ぎる。

「あァ、くそっ……問題はまだまだあるってのに、肝心なのがこれじゃな」

 真田は珍しく、頭を苛立たしく掻き毟った。

 そんな真田の様子を面白げに明石が見つめていた。真田も程なく、その視線に気づく。

「なんだよ、オレだってイラつきぐらいする」

「ふふー。真田さんの貴重なお姿を拝めてラッキーですね。夕張、写真撮っといて」

 ころころと笑う明石に、真田は組んだ両手を広げて降参して見せた。

「――オレがこれから作る借りは、どんぐらいの大きさなのかね」

 明石が既に何かを企んでいることを見越して、真田は先を促した。

「うふふ。大きさはともかく、借りは焼き肉の形をしています」

「焼き肉でも寿司でもケーキでもいい。聞かせろ」

 明石はようやく、小さなアタッシュケースを取り出した。

「もし真田提督が私に賭けてみる気があるなら、手が無くはありません」

「オレが賭けに弱くて、しかもムキになりやすいのは知ってるだろ」

「――んふ。加賀さんに怒られちゃいますね。賭けごとに誘ったって」

 そう言いながら、明石はそっとケースを広げてみせた。

 

 

二.

 

「真田君。考え直す気はないかい」

 真田は護衛艦の甲板で、御影と共に海風を浴びていた。

 彼の横で海を眺める御影提督は、どこか彼らしくない意味を込めた言葉を、真田にぶつけた。

「もう決まったことだ。今回の作戦は、一切の通信が出来ない中で孤立して艦隊行動することになる。艦娘たちだけ送り込んで後はよろしく、というわけにはいかない」

 それに、と真田は付け加える。

「人質救出が絡むんだ。シビアな判断を迫られることもあるだろう。そんなことは戦闘要員が戦いつつ考えるより、それ以外の奴がやったほうがいい」

「本当、甘いよね、真田君は」

「お前とも長い付き合いだ、とっくに分かってることだろ」

 君がここまでの無茶をするとは思っていなかったよ、と御影は息を吐いた。

 真田の無茶とは、当然降下作戦のこと。生身の人間が艦娘に混ざって、敵泊地のど真ん中に空挺降下など、普通ならば正気の沙汰ではない。

 提督は通常、鎮守府で出撃して行った艦娘の帰投を待つのが通例となっている。手続きを踏む必要はあるものの、配備された護衛艦で海に出て、随伴することは可能だ。しかし、それ以上のことが提督に求められることはなく、あとは当人のやる気や信念。どうするかは提督本人の裁量に任されている。

 御影は何故真田がそこまでするのか、敢えて一線を踏み越えて確かめようとした。

「――君は、大事なパートナーが友人に寝取られて、冷静さを失ってるんじゃないかい」

 束の間の沈黙の後、真田は大きく息を吐いた。

「お前、オレに殴らせようったって無駄だぞ。その手は食わない」

「バレバレ過ぎたか」

「お決まりの拘束コースだろ。勘弁してくれ、結構グサリと来た。桂なら間違いなくブン殴ってるな」

 こういう所ではやや直情的な面のある友人の名前。真田の口にしたその名を聞いて、御影は自嘲的な笑みを浮かべた。

「僕はただ……大事な友人を()()()()()()死なせたくないだけだよ」

 御影の言ったことは、真田にとって穏やかでない響きを持っていた。

 加賀は生きている。しかし恐らく、通常の艦娘と違う存在になっているだろう。それを寝取られたと表現した御影は、単に残酷な現実を真田へ突きつけたに過ぎない。

 果たして、対面した時、加賀がどういう状態なのか。真田は、あまり深く考えないことにした。

「まぁ、全ては自分の目で確かめるしかないだろ。そういうことだ」

 真田が乗り込むのに、それ以上の理由はない。少なくとも、全てを受け止める覚悟は出来ている。

「すまんな、いつも騙すような役ばかりやらせて」

「諜報担当だからね、僕の仕事だ。気にしないで」

 真田が龍田を使ってやらせた情報工作。少なくとも成果が出るのは、早ければ敵泊地に乗り込む時。上手くいけば、真田たちの作戦行動はかなりやり易くなる。

 もし上手く行かなかったら。真田はそれを、胸の内にしまい込んだ。

「後の段取りが上手く行くかどうかは、神のみぞ知る……だな」

「夕張さん、頑張ったんだってね」

「ああ。アイツはきっちり仕事をやり切ったよ」

「人数分と飛行艇分ね……もう一声欲しかったけど、仕方ないかな」

 真田は、とある提督の伝手を頼って研究施設をひとつ確保した。人も選りすぐりを用意してもらい、夕張は俄然張り切った。当初の予定を二日繰り上げて、無事に艦隊の人数分の妨害装置、飛行艇用の分も合わせた装置を用意して見せた。

「オレを含めた第一艦隊六人分、それと乗り込む飛行艇分。数としちゃ上出来だよ」

 大荷物で通り過ぎる特海隊員のために道を空けた真田は、艦が目的地へと辿り着こうとしているのに気が付いた。自分たちを乗せて飛ぶ、飛行艇の待つ基地だ。

 遥か上空の飛行艇から飛び、ギリギリまでパラシュートを開かず降下する。いわゆるHALO降下と呼ばれるその降下方式は、パラシュートを開いた状態での滞空時間がごく短いのが特徴だ。つまり敵に狙われる時間が少なくて済み、発見の危険性もやや下がる。

 しかし、降下する先は敵の勢力圏真っ只中。果たして降下形式と妨害装置がどれほど危険を減らしてくれるものかは、真田を含めてあまり過度に期待している者はいなかった。

「君が別に命を捨てに行くわけじゃないのはわかってる。君のやり方が大体いつもこうなのも知ってる。それでも、こんな規模の大きい軍事作戦でそれをやるとはね」

「成否はお前に掛かってるんだ。分かってるなら、お前の仕事をきっちりやってくれ」

 真田と御影。海風に語る二人の目線は、重ならない。

「――僕の、仕事かぁ」

 同じ方向を向いているのにも関わらず、二人の見ているものはどこか違っているようだった。二人は内心どこかで分かっていながら、今は敢えてそれを口にしなかった。

「なぁ、御影」

「何だい」

「一つ……頼まれてくれるか」

 真田は、何となく考えていたことを、恐らく唯一頼めるであろう相手に伝えることにした。

「遺書なら受け取るけど、渡す相手がいないだろうに。僕でいいのかい」

 両親も亡く、親戚も縁遠い。唯一加賀だけが彼の『遺書』を受け取る権利があったが、今の状況ではそれも難しい。御影の言葉は、そんな真田のことを思い遣った一言ではあった。

 真田は、笑いながら目を閉じた。

「オレがもし、深海側に堕ちたら――その時は、迷わず殺してくれ」

 少し強くなってきた海風が、艦を揺らす。

 真田の言葉に、御影は沈黙をもって答えた。

 

 

 

三.

 

「泉浜鎮守府、真田少佐です。第一艦隊以下、隊員含め二十五名、お世話になります。よろしく」

「武田です。こちらこそよろしく、なんてな……『隼』へようこそ、真田()()

「まさか、お前が副隊長とはな……あれからもう何年になる?」

 泉浜第一艦隊を送り届ける、特殊部隊『隼』。ブリーフィングルームで引き合わされたのは、部隊の副隊長である武田3佐だった。見知った顔である彼と真田は、同じ部隊にいた過去がある。

「隊長はさっき飛行艇の最終点検に出たよ。戻ってきたら呼び出そう」

「すまん、そうしてくれ。こっちも慣れない任務であれこれ準備状況を確かめなきゃならん」

 そう言ってから、夢を掴んだ男と、夢を見送った男は互いに見つめ合った。

「真田。うちは既にある程度、実戦での艦娘運用経験がある。まだ地道に実績を積んでる状態だが……お前たちを無事に送り届けるぐらいは朝飯前だよ。心配するな」

「――武田、そのことだが」

「おっと」

 咄嗟に、武田は真田に手のひらを向けた。それ以上は()()だ、という意思表示。

「もし、お前が今口にしようとしたのが、『隼』副隊長の武田に対するものじゃなく……同じ釜の飯を食い、同じ泥を啜って過ごした武田(おれ)に向けたものなら、それは野暮ってもんだ」

 殴られても文句は言えねぇぞ、とこぼした武田に、真田は苦笑する。

「すまない。配慮に欠ける発言だった」

「ああ。お前は陸自の頃から何も変わってねぇな……基本的には冷静なのに、妙に甘いところがある」

「これはもう、性分だ。特海に行っても、そこは変わりようがないらしいよ」

 陸自の特殊部隊『隼』。特海の所属である艦娘と垣根を越えて、より密に連携することを前提として設立された部隊。選抜試験に合格した真田と武田は、陸自の隊員として艦娘と共に戦うはずだった。

 一通の通知――真田に届いた、特海への転属辞令がなければ。二人の道は、そこで分かれた。

「いずれにせよ、俺たちは俺たちの仕事をする。だから――」

「オレはオレのやるべきことをやれ、だろ。言われなくても、分かってるよ」

「上等だ。お前が特海へ行ってから、どれぐらい(なま)ったかじっくり見せてもらおうか」

「デスクワークで鍛えた判子押しを見せてやるから覚悟しとけ」

 軽く手を挙げた真田。それに口元を緩めて応えた武田。同じ道を目指し、今は別の道を歩んだ二人が、偶然にも再会する。運命のいたずらに、二人の戦士は苦笑いするしかなかった。

 踵を返した真田の腕に、突如やわらかな重みが加わる。金剛だ。

「――テートク」

 少々不安げな金剛の表情は、真田の事情を聞いていたからこそ浮かべたものだろう。或いは、かつて目指した道を歩く友人を見て、真田が万一にも提督を辞めてしまいはしないか、などと。

 そんな金剛の上目遣いに、真田はデコピンで返事をする。

「あだっ……ひ、ひどいデース……」

「思ったより痛いとこ入ったな。すまん」

 自分で痛めつけた金剛の額を、今度は自分で撫でる真田。思っていたよりもごつい手のひらの感触に、金剛は思わず赤面した。その様子を知ってか知らずか、真田は金剛の胸に満ちた霧を晴らすことにした。

「心配するな。大事なお前たちを放り出して、今さら出戻ったりはしない」

「リアリィ?」

「ああ。オレはもう、すっかり特海の提督以外は出来ないカラダらしい」

 正確には、特海から陸自へ復帰することが難しいという事情もある。基本的には通常兵器による作戦行動をする陸自では、『隼』などごく一部の部隊以外の存在価値は相対的な低下を続けている。そして、一度合格を蹴る形になった『隼』に、真田が戻る術はない。

 それでも、真田の言葉は金剛の不安を打ち消すのには充分だったらしい。

「えへへ。テートクは、やっぱり私たちのテートクでないと」

「ありがたい言葉だが、いつの間に所有権が発生したんだ」

 呆れ混じりにそう口にした真田から、金剛が離れる。そのまま足早に真田の先を数歩進んだ金剛は、くるりと振り返って意味深に微笑んだ。

「きっと――あなたが海を見た時――デス」

 それは、いつだ。

 適当に口にしたにしては出来すぎている金剛の言葉に、真田はただ、頭をかいた。

 

 

四.

 

「作戦概要を説明する」

 飛行場の一角に設けられた簡易テント。設置されたモニタには、本土からやや離れた場所に存在する小さな島が示されていた。

 真田と艦娘たちは、降下用の防寒着を抱えてモニタを囲んでいた。艤装の取り付けまでを考慮されたそれは、艦娘にとっては穴や切抜きだらけであまり意味はないと言える。しかし、現地で迎えてくれた基地隊員から贈られたそれは、せめてものという心遣いが痛いほど伝わるものではあった。

 真田は、指示棒で島の全景を指し示す。

 ただのサンゴ礁と、隆起した海底火山が作り上げた大雑把な地形。しかし、長年のうちに茂った森と風雨によって削られた山、流れ込んだ海が、実に厄介な構造を作り上げていた。

「これは上空の監視衛星が、深海棲艦の海洋進出以前に撮影したものだ。ここが今回の攻略対象となる敵泊地……天龍、見えてるか」

「ああ」

 深海棲艦の確保している海域は、何らかの手段で衛星からは不可視の領域となっている。

 以前は海という海が真っ黒に覆われた状態だったが、今は徐々に近海から解放されて行っている状態。艦娘と人間の、日々の戦いがもたらした成果だった。

「人が流れ着いてもまず開拓から始めなきゃならん程度の、まったく整備されていない場所だ。見ての通り、あまり散歩しやすい島じゃない」

「テートクと一緒なら、どんなデートでもオッケー、デス!」

「ブリティッシュ・ジョークのレベルが知れるな……つまり、空挺降下後の進行ルート選定についてはぶっつけ本番になる。人質の位置も、基本的には当てずっぽうだ」

 あっさりとそう言った真田に、天龍が両手を広げた。

「おいおい。そんなんで、捕まってる連中を助けられんのかよ」

「まあ待て。公式な記録ではないが、以前この島を生物調査に訪れた研究者のレポートがある。それによると、島の北部、火山岩質の山が広がっているんだが……」

 指示棒が示したのは、所々に緑の見える岩山。衛星写真では高さが分かりにくかったが、艦娘の手元にある資料には小高い丘程度の標高が書いてある。

「この岩山には、あちこちに風化が進んだ洞窟状の構造物が点在しているらしい。長年の隆起や風雨による浸食で、かなり広いスペースがあるものも確認されているとある」

「つまり、何かを閉じ込めておくならそこってことか」

「普通に考えればな。だからこそ、そこが守られていないわけがない」

 それを聞いて俄然やる気を見せたのは、当然ながら近接戦闘要員として参加している天龍。空挺降下訓練の傍ら、精鋭の揃う空挺部隊の隊員たちを相手に稽古を繰り広げたと、真田は報告を受けている。

 天龍を見て苦笑した真田は、付け加えるように言った。

「だが、こちらに有利な点が一つある。報告書を信じればだが……ここの内部構造は一部の広い空間を除けば、狭い通路で構成されている。深海棲艦たちのバカでかくて尖った艤装は持ち込めないか、動きが制限されるだろう。無論それはこちらも同じだが」

「狭い分、俺たちが少人数でも、相手と人数差が付きにくいってこったな」

「まずは走って逃げるでござる」

「夕張、何言ってるのデスか」

「何でもないです」

「続けるぞ」

 脱線しかけた話を戻し、真田は次に進んだ。

 モニタに映された島が拡大され、その南側がフォーカスされる。

「パラシュートによる降下ポイントはこの海岸だ。すぐ近くに森があり、降下後に発見されたとしても逃げ込みやすい。仕組み上、指定の高度になれば勝手にパラシュートは展開される」

「ギリギリ無事に降りられる高さだってのは分かってんだけどさ。あまり気持ちいいもんじゃねぇよな」

「――榛名、まだちょっと怖いです」

「心配ナッシン。艦娘なら落ちても生きてマス。海ならネ」

 降下ポイントを示す丸印から、点線が北へ延びる。森の中を抜け、岩山の一角へと辿り着くそれは、予定している侵攻ルートを示している。陸を行軍する艦娘というのも何かの冗談のようだったが、敵がそこに陣取っている以上は仕方のないことだった。

「現地の地形はなるべく頭に入れておいてくれ。記録は古いが、向こうも海を埋め立てたり、島の形を変えたりはしていないはずだ。不案内な分、情報量がモノを言う」

 そう言えば、とついでのように真田がポケットから何かを取り出した。

「金剛と榛名には、この位置情報取得用の腕時計を渡しておく。現地では恐らく機能を果たさないが、まぁお守りだと思ってくれ。時間は合わせてある」

 プレゼントだと喜ぶ榛名と、機能性重視の無粋なデザインに膨れる金剛。真田は苦笑しつつ、ずれた話を元に戻す。元々、上陸後の艦隊行動の話だ。

「発見されることを前提として行動するのも後ろ向きだが、さすがに敵のど真ん中に突っ込んでおいていつまでも隠密行動が出来るわけもない。そういうのはどっかの伝説の傭兵に任せときゃいいんだ」

「そんで、そんな奴ぁいない。だから、俺たちが行くんだろ、提督」

 黙って頷く真田。

「今のところ人質の人数は不明。オレたちの任務は、ルートに沿って侵攻し、人質となっている提督と艦娘の安全を確保して離脱させること。そして……元々の目標である、佐伯中佐を『保護』することだ」

「足の一本は構わないでしょう?」

 冗談めかして言う龍田の目は、一切冗談には見えない。

 どうやら、目の前で逃げられたこと、味方を直接傷つけられたことが相当腹に据えかねているらしい龍田。下手をしたら本当に殺しかねない。

 そんな殺気を放つ彼女を前にしても、真田は落ち着いていた。笑っている。

「報告書で誤魔化せる程度に頼む」

「あら。難しいこと言ってくれるじゃない? 逆に燃えるけど」

「龍田なら、死なない程度に痛めつけるぐらいのことは楽勝だろ」

 流石に腫れは引いていたが、真田も殴られた分ぐらいは佐伯の暴力を根に持っていた。

「ともあれ、彼が何故ああいう状態になったのかは不明のままだ。深海棲艦どもに何らかの『処置』をされたのかも知れない。或いは何かの引き金があって、人類側と敵対する道を選んだのかも知れない」

 しかし、と前置きをした真田。溜め息の後、彼の瞳は鋭く光っていた。

「そんなことは、知ったことじゃない。オレたちは、捕らわれた提督と艦娘たちを救出する。ついでにあの中二病くさい軍服を着た中佐をぶん殴ってでも連れて来る。やることはだたそれだけだ」

 そんな真田の言葉に、天龍がゆっくりと挙手をした。

「オメーの嫁さん、連れ戻すんだろ。ちゃんと目標に加えとけよ」

「余計な気を遣いやがって」

 真田が加賀に関して一切触れなかったのは理由があった。作戦に私情を挟むべきではないし、それが全員を危険に晒す行為であることは分かり切っていることだ。

「彼女を特別扱いはしない。他の人質と同じように考えている。……これじゃ、ダメか」

 作戦を指揮する提督としての顔ではなく、真田幸一としての弱さを持った顔で答えた彼。

 しかし、彼の味方はいなかった。

「駄目だね」

「イエース。ダメダメネ」

「榛名も、駄目出しさせて頂きます」

 夕張と龍田も頷き、少なくとも泉浜のメンバーからは全員ダメ出しをされた真田。

 先程までの凛々しい語り口は消え失せた提督が、両手を上げた。

「じゃあどうすりゃいい。オレは加賀だけ助けに行けってことか」

 幾分ヤケになったようにそういう真田だったが、彼にとっては意外な答えが返ってきた。

「本音を言うなら、それでいいんじゃねぇの」

「おっ……お前、何を言ってるんだ」

「テートク。ちゃんと私のライバルを連れて来てくれなきゃ困りマース」

 真田が気付けば、彼を囲む艦娘全員が意地の悪い笑みを浮かべていた。どうやら、彼を抜きでいつの間にか艦娘たちは結束していたらしい。

 戸惑う真田に、天龍が一歩前に出た。

「人質は助ける。中二病提督は連れて帰る。ヨメさんも助ける。これじゃ何か不味いのか」

「不味いも何も、作戦行動中にオレが私的に動けるわけないだろう。目標達成のための行動はするが、そのラインを外すつもりはないぞ、オレは」

「途中で二手に分かれてもいいだろ。どっちみち、全員でウロウロするわけじゃないんだし」

 それについては、確かに真田も考えていたことだった。脱出班と潜入継続班の二手に分かれることは理に適っている。少人数での突入であることを考えて、敢えて作戦行動レベルまでの落とし込みはしていなかったが。

「それは、確かに現地では状況次第でそういうことにもなるだろう。しかしだな」

「もう面倒だからはっきり言うぞ。自分のヨメさんは自分で何とかしてこい。手は貸すからさ」

「イエース。どっちにしても、ナントカっていう提督を捕まえなきゃダメなんでショ。きっと、加賀もそこにイマス。だから、加賀を特別扱いしないなんて言わないで下さいネ」

 特別な人を特別に扱わないなんて嘘デース。金剛の優しい笑みに、全員が頷いた。

 つまるところ、艦娘たちは全員、加賀を助けたいと思っていた。そして、そうすることでしか真田も救われないことを知っていた。

 彼女たちの提督を助けるため。

 それがひいては自分たちのためにもなるかも知れない。しかし、彼女たちが優先したいと思うのは、あくまで真田の気持ちだった。

 数秒の沈黙が続き、ついに真田は両手を掲げた。

「降参だ」

「誰も島で何があったか、誰を優先して動いてたかなんて見ちゃいねぇよ。さっさとやることやって、捕らわれの姫を助けにいこうぜ」

「まったく……無茶を言う部下だな、お前らは」

 笑う天龍に、苦笑いの真田。

「オレはあくまで軍組織に属する人間だ。任務を疎かにするつもりはない」

 語る言葉はお堅いが、真田の顔は先程と違って穏やかだった。

「オレが預かっているのはお前たちだけの命じゃない。人質の提督や艦娘、それに作戦に参加する艦隊たち。彼らを背中に置いた状態で、オレ自身の我がままを通す気はない」

「その割には、吹っ切れた顔してんな」

「ああ――加賀は、助ける。そうだったな。この前、自分で言ったことだった」

 たったそれだけの短い言葉に、真田の決意が現れていた。

 軍人としての意地、建前と本音の境目に置いた、ちょっとした決意。

「テートク。それで、いいと思いマース」

「はい。榛名も、そのお言葉だけで十分です」

「加賀ちゃんには私、色々貸しがあるのよねー。会ったら請求しないと」

 口々に、真田の『心変わり』を歓迎する艦娘たち。

 作戦目標は決まった。深海棲艦に捕らわれている、提督と艦娘全員の救出。真田が敢えて引いていた「加賀」だとか「佐伯」だとかの属性によるラインは、艦娘たちによって取っ払われた。

 結局、目指すべきところはそう変わらない。しかし、最終目標が高くなる分だけ、燃えるのが人間というものだ。真田はそれに気付かせてくれた、彼の艦娘たちに心中でそっと頭を下げた。

「なんだかんだ言っても、それが出来ないやつなんか、俺たちの提督としちゃ半人前だぜ」

 得意げにそう言って笑う天龍を、真田は指示棒で叩いてみせた。

 

 

 

四.

 

『ロメオ1、間もなく降下予定地点に到着。『発光信号』確認次第、通知する。スタンバイを』

『ロメオ1了解』

 泊地を目指す飛行艇は、そろそろ夕方に差し掛かろうとする空を突っ切っていた。

 眼下には薄く雲が広がっており、目視での発見を遅らせてくれている。真田の艦隊は夕張の開発した妨害装置を装備してはいたが、あくまでレーダー上の欺瞞効果しかない。

『泉浜鎮守府、第一艦隊に達する』

 真田は、降下用の装備一式を身に着けた状態でマイクに向かって呼び掛けた。夕張の研究の副産物で、近距離であれば妨害下でも通信が出来るようになっている。

 咳ばらいをした真田。先程まで通信していた時とは、そうして声の調子を変えた。

『実は、オレは週末が誕生日なんだ』

『ワオ! ハッピーバースデー、デース!』

 真田は、唐突に語り出した。

『残念だが、オレには共に祝うような家族がいない。まぁ鎮守府の場所が場所というのもあるが』

『そーいや、親御さんとかいないんだっけ』

『だから当日は、一日非番にして陸で一人焼肉にでも行こうと思ってる』

『寂しいこと言うのね、真田クン』

『しかし、最近誰かのせいで無駄遣いが多くてな……給料日前だし、財布が寒いんだ』

 夕張が自分の前で手を合わせ、頭を下げる。

『ごめんなさい、艦娘フィギュアシリーズのお金は来月必ず』

 先日彼女は、わざわざ鎮守府までどうしても欲しかった艦娘関連のグッズを届けさせている。しかも民間ルートを使用したために、料金がやたら掛かって真田に借りたのだった。

 真田は夕張に目線をやって苦笑いをした後、堂々と言った。

『そこでだ。オレは来月分の鎮守府の食費を、こっそり私的に使うつもりだ』

『て、提督? それぐらいなら榛名が……と言いますか一緒に参りましょう、そうしましょう?』

 榛名は以前から真田に懸想しており、非常に重いタイプの愛情をぶつけていた。彼が加賀と懇ろになってからも、だからどうしたと言わんばかりのアプローチを続けている。

 手袋に包まれた人差し指を合わせて、体をくねらせる榛名。しかし真田は意に介さない。

『なに、成人男性一人の飲み食いだ。たかがしれてる』

『そういう問題じゃねぇだろ! なに堂々と横領宣言してんだ、バカ!』

 天龍の鋭いツッコミ。公的なものである鎮守府の会計をちょろまかすという真田の発言には、彼女も他人事ではいられなかったらしい。

 そんな言葉もどこ吹く風。そして真田は、少しだけ語り口を変えた。

『ただ――』

『ただ、何デスカ』

『今日の作戦が成功したら、横にもう一人増えるかも知れない』

『加賀も連れてくつもりナノ』

 さらりと言った彼の言葉に、金剛がヒートアップした。

 真田の発言をそのまま取るのであれば、助け出した加賀と二人で、陸に出て焼き肉パーティ。字面だけでも腹が立つ金剛だった。無論、許せる彼女ではない。

 そしてそれは、他の艦娘たちも同様。

『オレに、そんなささやかで幸せな週末をくれる艦娘はいるか?』

 艦娘一斉のブーイングが真田を襲う。

『じゃあ、こうしよう』

 両手を上げた真田が、にやりと笑った。

『予約は、全員分だ』

 最初からそのつもりだったらしい真田。彼なりに、重要な戦闘の前に緊張している艦娘たちのことを落ち着かせるのが目的だったらしい。

 そして、それは見事に成功した。『楽しい週末』に向けて戦おうという意欲。彼女たちの目は士気に満ちていた。目先のエサに釣られたわけではない。自分たちの指揮官が、そうして彼女たちを励まそうとしたことが嬉しかったのだ。

 艦娘たちの声に、真田が満足気に頷いた時だった。

『ロメオ1、『発光信号』を確認した。第一艦隊、降下開始』

 作戦の開始が告げられた。

 空挺部隊長の宣言に、全員が立ち上がる。慌ただしく飛行艇後部の扉が開き、そして降下開始の合図であるシグナルが、青く光った。

 いよいよ、艦娘たちが空へ舞う時がやってきた。

『よぉし、パーティに乗り遅れるな! 全員降下開始!』

『了解!』

 眼下の海では、既に真田たちを無事に降ろすための準備が始まっている。本格的な戦闘はこの後に開始されるが、段階を踏んだ牽制による支援攻撃が予定されている。真田たちがタイミングを逃しては、全てが無駄になってしまう。

 彼女たちの提督は、最後に、朗々と宣言する。

『泉浜第一艦隊、出撃!』

 そうして真田と金剛は、空へと()()した。

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