泉浜鎮守府航海日誌 ツバサよもう一度   作:沖野潤一

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艦娘・イン・ザ・スカイ

一.

 

 第一艦隊が見下ろした敵泊地。現地では派手に上がる黒煙と共に、交戦中であることを示す曳光弾の軌跡が描かれている。近付く夕暮れに、その様子は次第に大きさを増していく。

 真田は降下する寸前に受け取った、最後の通信内容を艦隊に伝達した。

『第一艦隊総員。荷物は無事配達された。第二艦隊の進攻も問題なし。各自、対空攻撃を警戒』

『了解!』

 今回の攻略作戦における最初の一手は、第一艦隊に対する発光信号を兼ねた、通常兵器による弾幕。島の南側、泉浜艦隊が降下する反対側にある岩場を目標地点に設定している。

(まったく何の有効打にもなりはしないが、一瞬だけ敵の注意はそちらへ逸れる。続けて、島の別方向から進行する第二艦隊が牽制気味に動き、次の第三艦隊が本命であると『誤認』してもらう)

 敵に情報が漏れていることを前提として、当初の進攻計画が変更されたことを逆手に取る。そうすることで、救出部隊の突入タイミングが実際はいつなのか判断できなくするのが目的だった。

 通常兵器による攻撃は分かり易い陽動、しかし次に来た艦隊も強く攻め込んではこない。では、次が本命なのか。突入手段が変更されたのか、そうでないのか。

(敵にそう考えてもらえればまずは成功なんだが……とにかく、救出班であるオレたちが無事に敵地へ飛び込むことが最優先)

 空中からの侵入は危険度が高いものの、他の侵入方法より危険に身を晒す時間が短くて済む。人質の救出さえ済んでしまえばしめたもの。あとは一旦内部で敵の混乱を誘う行動を取って、他の鎮守府から出た艦隊が空爆後、揚陸部隊として突入する、というのが全艦隊に通知されたシナリオだ。

『金剛、聞こえるか』

『オーケイ、ばっちりデース』

 金剛は万が一補足された場合に備えて、艤装で真田を守れるよう背面を下にして降下している。追加装甲で多少防御面積は増やしているが、真田もこれで自分が安全だとは欠片も考えていない。

『下から補足されたら、すぐオレを放り出して戦闘に入れ。これは命令だからな』

『バット、でも……』

『オレだって空挺降下は素人じゃない。自分で何とかするさ』

 真田も自分が、艦娘よりは狙われにくいとは考えている。しかし人外の戦場に紛れ込んで、果たして無事で済むのかが問題だった。自分という存在そのものがリスクというのは、はっきり言ってしまえば作戦ミスも甚だしい。

 しかし、そうする、と最終的に決めたのは自分。そして支えると言ってくれた艦娘たちのためにも、今は発見されないことを祈るしかできなかった。

『そう言えばテートク、『隼』にはお知り合いがいるのネ』

『副隊長とは自衛隊の同期だし、隊員にも顔見知りがそこそこいるからな……あそこまで大勢が今回の作戦で一緒になるとは思わなかったが』

 基地や機内で語る真田の横顔を、艦娘たちは複雑な思いで眺めていた。果たして、かつて自分の手が届いていたはずの夢を目の前にして、彼はどういう気持ちでいたのだろうと。

 そして訪れた一瞬の沈黙。それを破ったのは、真っ先に降下した天龍の鋭い声だった。

『来やがったぞッ』

 その言葉と同時に、全員の意識が一気に眼下に向けられる。

『シット……! 偵察機にキャッチされたのネ』

『丸見えなのは隠しようがない。連中の目が良かったってことか』

 深海棲艦由来である疑似ステルス技術『隠蔽二式』。装置の使用中は対象者への電波干渉などを打ち消す効果がある。恐らくレーダー通信その他を打ち消している『深海雲』と同様の技術に由来していると思われることから、敵勢力圏下においては一種のステルス状態になることが可能となる。

 これを使用することで上空からの侵入を可能としたが、物理的に見えなくなるわけではない。数機の敵機が下から上がってくるのは一瞬。撃たれたら無事では済まない。真田は思わず息を呑む。

 しかし敵機は第一艦隊を視認しながら、攻撃の気配なくすれ違う。息を吐いたのもつかの間、真田は彼らの狙いが元々自分たちでないことに気付いた。

『まずい、狙いは飛行艇だ! ……持たなかったか!』

 既に離脱に入っている飛行艇『うみつばめ』。敵の狙いは、空挺降下に使用する移動手段だった。

『テートク、『ハヤブサ』がっ!』

 金剛の悲痛な声。鈍重な飛行艇に、敵艦載機の機動力から逃れる手段はない。人類の手による兵器であり、攻撃に対する防御手段も皆無。そうなれば、自ずと辿る運命は見えている。

 真田はしかし、冷徹に言い放った。

『総員、戦闘態勢。対空砲火を警戒、恐らくこちらの存在もバレたと考えたほうがいい。散開しろ』

『提督! 榛名たちに出来ることは……?』

『ない。榛名、集中しろ』

『そんな……!』

 なにごともなかったように話す真田に、金剛は思わず抱き締めた腕に力を込めた。

『テートク……』

 無論、真田も冷静ではなかった。

 数分を待たず、間違いなく飛行艇は撃墜されることだろう。その原因は自分たちにある。それが作戦内容であり、彼らの職務とは知りながら、真田は彼らがそうなることを止められない。作戦における、最初のターゲットが『(彼ら)』になることは百も承知で、今回の作戦は計画されている。

 だからこそ今、真田たちが動揺することは許されない。それは仕事として請けた彼らへの侮辱だ。

『心配するな。『隼』は空挺部隊のエリートだ。真っ先に狙われることは分かっているし、何の備えもしていないわけじゃない。脱出の手筈も、回収の手配もやってある。あとは、彼ら次第だ』

 事実、彼らが無抵抗で殺されるなどとは真田も思っていない。脱出して海面に降下しようと、彼らは必ず生き延びるよう行動するだろう。今は、彼らの無事を祈る以上のことは出来ない。

『天龍、龍田! ダミー放出準備。総員衝撃に備えろ、攻撃で身体を持って行かれるなよ!』

 そこまで真田が言い切らないうち、ついに海上の敵艦から対空攻撃が始まった。機銃、そして主砲の斉射が、空気を切る音と共に通り過ぎて行く。真田はカスっただけでも全身が吹っ飛ぶという事実に、今更の寒気を覚えた。間違いなく命のやり取りをする戦場。久々の感覚だった。

『第一艦隊散開!……金剛、そろそろオレを離せ』

 敵の狙いを絞らせないため、泉浜第一艦隊は降下しつつ互いの距離を離す。真田は当初の打ち合わせ通り、金剛から離れるつもりでいた。

(真横で主砲ぶっ放されたらオレが真っ赤なトマトだ。大丈夫……まだオレはやれる)

 降下訓練は真田も受けており、現役時代の感覚はすっかり戻っていた。ただし、実戦を経験するのは初。そうなれば、あとは自分を信じてやるしかない。

 しかし、金剛は真田を離さなかった。

『金剛! さっき言ったろ、オレを離せ!』

『ノー! このバレット・シャワーにテートクを放り出せまセン!』

『バカ、打ち合わせ通りにしろッ』

 金剛は身を挺して真田を被弾から庇おうとしている。元より、そのために真田は金剛とペアでいた。しかし今は作戦中で、金剛にはやるべきことがある。恋は盲目と言うにも程度というものがあった。

 機銃弾の一発が艤装を掠め、金剛の姿勢が揺らぐ。

『っ、これぐらい全然平気なんだカラ!』

 金剛の艤装はある程度増加装甲で守られているが、いつまでも無事ではいられない。痺れを切らした真田が、もう一度叫ぼうとしたその時だった。

『金剛ちゃん、ちょっといい』

『ホワット、龍田?』

『下、多分二隻なの……先に行ってくれるかなぁ?』

 龍田からの唐突な提案に、金剛はすぐその意図を理解する。下から狙っている敵艦は二隻。空挺降下している全員を無事に降ろすため、一人が先行する。

 つまり――戦艦である自分が道を拓き、艦隊の全員を……ひいては真田を守る。防御力に不安のある龍田や天龍、夕張たちには出来ない。降下が遅かった榛名ではタイミングが合わない。

 そう理解した金剛の行動は早かった。

『――金剛?』

 真田は不意に、酸素マスクのバイザー越し、金剛と目が合う。ひときわ強く抱き締められると同時に、こつんとマスク同士がぶつかった。

 まるで別れのキスのようだ、と真田が思った次の瞬間。

『テートク。必ず、加賀を救出(Rescue)して無事にカムバックしてネ。私まだ、ライバルとして彼女に宣戦布告してマセン。勝負はこれからデース』

『金剛、待――』

 金剛はそう言うと、抱きしめていた真田を解放する。二人の間を繋いでいたベルトが切り離されて、真田は一人空に舞った。

 次の瞬間金剛は酸素マスクも、防寒具のコートも脱ぎ捨て、そして最後にパラシュートを投げ捨てていた。広げていた艤装のアームを折りたたみ、抵抗を最小限に留める。

『榛名、テートクをお願いネ』

 ぐんぐんと落下の勢いを増す金剛。一方の真田たちは一人、また一人とパラシュートが自動で開き、一気に金剛たちと距離が離れていく。真田はそこまでされてようやく、金剛がパラシュート無しで敵に吶喊するつもりであることを理解した。先ほど受けた抱擁が、別れのキスの代わりであることも。

『――金剛ォオオオオオオオ!』

 その時既に、真田に出来ることは叫ぶことだけだった。

(だから……無茶するな、と言ったんだ、くそっ……!)

 夕日に照らされて降下していく金剛の姿は、真田のまぶたの裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

二.

 

 風を切る金剛は、出撃前のことを思い返していた。鎮守府の全員で食事をし、笑い、歌ったことを。

(テートク、きっと後悔してますネ)

 真田が恐らく自分の存在自体を悔いていること。人間である自分さえいなければ、金剛たちを危険の少ない他の方法で出撃させられる――自分さえいなければ、と。

 しかし、金剛たちにとってそれはどうでもいいことだった。

(あとで、しっかりハグして教えてあげないと、デース)

 人間たちに必要とされ、彼らのために戦う。それが存在意義だと信じていたからだ。

 艦娘として新たに生を受けて、再びひとのために戦うこと。たとえ相手がどんなに強大であろうとも、どんなに困難な作戦であっても。永い眠りから目覚めた自分たちの目の前で、その手を叩いて祝福してくれた人たちのためならば戦える。立ち向かえる――それが、金剛の思いだった。

(一緒に私のこともバーニングラブしてくれるなら、それはとてもハッピーなんだケド)

(さあ、金剛型一番艦の実力、見せてあげるネ)

 金剛の脳裏に、出撃前に霧島たちと歌った歌が思い浮かぶ。

 落着まではもう時間はない。金剛はおおよその高度と目標地点までの距離を冷静に計算する。

(大丈夫ネ、水の上にさえ降りられれば。バトルシップは簡単に沈みまセン)

 別れる前に真田の唇を奪えなかったことを心残りにして、金剛は眼下を睨み付けた。

 敵が見える。真田を傷付け、艦隊を傷付け、そしてすべてを奪おうとする敵が。

 電探の情報と、砲撃の射線を照合。金剛は主砲の狙いを付けた。

「一番、ファイヤァ!」

 金剛はお得意の水上ダンスを空中で披露することにした。発射の衝撃は、艤装による踏ん張りが効く水上とは違い、全てが砲に……ひいては自分に降りかかってくる。その勢いを利用して、金剛は舞う。まるで戦闘機のバレルロールのごとく。手足で微調整する事も忘れない。

 直後、金剛の真横を敵の主砲弾が抜けていく。

 敵戦艦と重巡が、同時に金剛を捉えた。それを感覚で理解した金剛。次の発射は、ある程度の範囲をカバーしてくるはずだと考えられた。

 だが、そこでやられるほど金剛は甘くない。真田からもらった勇気と愛が金剛に力を与えていた。

(シット……(Love)は、もらえてなかったネ)

 金剛の主砲が軽やかに狙いを付けた。

「一番、四番、ファイヤァ!」

 両舷の主砲発射と同時に、金剛は二番と三番のアームに取り付けた追加装甲を羽のように展開した。主砲発射の衝撃と、装甲を広げたことで落下速度を調整。山なりの軌道を描く敵の主砲弾は、金剛の少し下を抜けていく。読み通り、土壇場で編み出した空中機動は悪くない。

「オーケイ、二番三番、徹甲弾装填……ファイヤァア!」

 豆粒ほどだった敵影、その片方に金剛の九一式徹甲弾がめり込む。爆散する敵戦艦の姿が大きくなって行き、金剛は着水に備えた。落着後の集中砲火をしのげば、あとは殴り合いで勝てる。

(重巡さえ倒せば、テートクの安全は確保出来マース)

 その瞬間。真横を猛スピードで落下していく影があった。龍田だ。

『金剛ちゃん遅れてごめんねー』

『龍田!』

 どうやら開いたパラシュートを切り離した上、換装した主砲を上空に向けて発射し、無理矢理金剛に追いついて来たらしい。彼女も元々、金剛だけを行かせるつもりはなかったと見える。

『お邪魔虫は早く掃除しないとねー』

 龍田はそのまま、機銃の雨を掻い潜って一直線に洋上の敵重巡へと突撃して行く。相手は龍田のまさかの行動に、棒立ちになっていた。機銃弾が龍田の頬をかすめ、血が跳ねる。

『死にたい艦は、あなたね?』

 深々と、薙刀が敵重巡へと突き刺さる。盛大な水柱を上げて、龍田は水面へと着水した。元々水面落下は覚悟の上だったというのに、無茶をするものだと金剛は自分を棚に上げた。

 龍田に続いた金剛は、すかさず周囲を警戒した。少なくとも目視範囲に敵影はなく、泉浜艦隊が降下中に発見されたことを除けば、作戦は上手く行っている。

「さあ、あの人は……あっちにそろそろ降りる頃ね。無事みたい」

「ひとまず作戦成功ネ。私たちも早く合流しないとデス。パーティに遅れちゃいマス」

 どうやらパラシュート降下組は予定の地点へと降下できたことに、金剛は胸をなでおろした。機銃の掠った腕に応急処置をしつつ、艤装の損傷を確かめる。龍田も頬の傷を拭い、刃こぼれに舌打ちした。

「オーケイ、まだ戦えマス――龍田、ドーシテ私と一緒に? テートクをガードする人が減るじゃナイ」

「一人より、二人の方が生き残る確率が増えるでしょ? 大丈夫、すぐ合流すればいいのよ」

 にこやかに語る龍田。元々、防御力に秀でる金剛に先行させてターゲットを絞らせつつ、揚陸後の近接攻撃要員としては自分が主力になる。全てを見越した上で、龍田は金剛に声を掛けていた。

「それじゃ……私たちもパーティ会場に乗り込みましょうか」

「イエース」

 戦いは始まったばかり。鼻歌混じりに、金剛は島へと向かう船足を上げた。

 

三.

 

「第三艦隊、砲撃開始ッ!」

「なのです!」

「島周囲、濃霧で視界が悪いわ。陣形崩さないように。同士討ちになるわよ」

 霧島を旗艦とした泉浜第三艦隊の主砲が、轟音と共に放たれた。

 第一艦隊の空挺降下に先んじて開始された洋上の戦闘。既に第二艦隊が同様の艦隊行動を取っている。無論、目的は陽動。上空から侵入した第一艦隊に対する目を逸らし、発見された場合でも可能な限り敵戦力を引き付ける。数が減らせれば上出来と言ったところ。

 霧越しの無為な牽制合戦に、霧島は眉根を寄せた。

「桂提督、こちら泉浜第三艦隊霧島。敵の攻撃は散発的。妙です」

『桂、了解。様子見なのか、それとも……対空、対潜警戒。真田からよろしく頼まれてっからな』

 第一艦隊と行動している真田に代わり、泉浜の第二と第三艦隊は旧知の桂が指揮を引き受けていた。あっさり陽動に釣られてくれるとは誰も考えてはいなかったが、タイミング的には降下中の第一艦隊へマークが行きかねない状況。

 電は不安を押し殺し、上空を見上げた。

「霧島さん、このままでは司令官さんが」

 敵が主力を海上の部隊だと『誤認』してくれなくては、パラシュートで降下してくる第一艦隊が攻撃されてしまう。それだけは絶対に避けなくてはいけなかった。

「そうね。気付かれてしまう前に、なるべく私たちに注意を向けてもらいましょう。少し前線を……ッ!」

 霧島が、突如戦闘態勢を取った。いつの間にか、敵艦隊と砲雷撃戦距離で同航になっている。

「――来たわね、タ級!」

 旗艦と思しき深海棲艦の姿を認め、霧島は砲の狙いを絞り始める。

 比較的敵勢力の深部で見られる、戦艦タ級。同じ戦艦のル級などと比べると、纏ったセーラー服などが艦娘に近い、より洗練されたスタイルの強力な深海棲艦。ここに彼女が出てきたということは。

「食いついてくれたのです……」

 タ級、しかもエリート級がただの牽制に出てくることは考えにくい。第三艦隊を主力艦隊と認識してくれたと見て、赤城や龍驤の航空隊が一斉に艦載機を発艦させた。島への爆撃を行う可能性から、艦載機はほぼ艦上爆撃機に絞ってある。

「ッ――桂提督! これより、真田の泉浜第三艦隊は戦闘機動に入ります!」

『了解した。通信圏外に入るんだ、支援が行くまで無茶すんなよ!』

「回収、よろしくお願いします!」

『な……おい! 霧島ッ』

 何故か霧島は同航の敵に向けて取舵、敵の艦列ど真ん中へと突っ込んでいく。

「霧島さん、どうしてなのです!」

「おおおぉおおおッ!」

 咆哮と共に突撃する霧島。状況も読めず牽制射撃をする電は、旗艦のタ級がにたりと笑うのを見た。

(――まさか!)

 その瞬間、全員に一つの予感が走る。

「見つかった」

 霧島は電探の片側、そして三番砲塔が吹き飛ばされるのも構わず、敵の列に突っ込んだ。

「どけぇええええ!」

 ただひたすら、()()()()目標を目指して。遅れて、摩耶が気付く。

「しまった、電……ツ級だ! やつら、第一艦隊を撃ち落とすつもりだ!」

「ツ級って、あの……!」

 軽巡洋艦ツ級。対空射撃の能力に優れた、空母艦娘の天敵とも言える深海棲艦。二隻のツ級が、砲を上空へと向けようと仰角調整の真っ最中だった。

 全速力で海を奔る霧島は、偶然霧の合間に捉えたツ級の姿に全てを悟っていた。その瞬間から彼女が何をすべきなのかも含めて。だから、霧島は奔った。希望を繋ぐために。

 霧島の吶喊は予想外だったのか、隊列を乱しつつ数隻のタ級たちが追い縋ろうとしていた。その時、砲を向けようとしたタ級に摩耶が飛び掛かる。タ級の背部から伸びた主砲が摩耶を狙い、摩耶は射線を縫って腕の連装砲を斉射した。超至近距離での砲撃戦の中、摩耶は発砲音に負けず叫んだ。

「させねぇよ……行け霧島ァ!」

 摩耶の行動に敵艦の陣形が崩れた。電と響はその合間を縫って霧島に食らいつく。他の敵艦は赤城の艦爆が頭を抑えた。共に戦うことになって間もないのに、泉浜艦隊の連携能力はかなりの水準にある。

 その中でも霧島と旧知の仲である電が、的確に旗艦の霧島を補佐する。

「霧島さん、右舷側に魚雷行くのです!」

 援護の魚雷が並走する霧島を追い抜き、ツ級へ向かった。雷跡に気付いた片方の一隻が向きを変えたところを見て、霧島は残る一隻の外側へと回り込む。

 ツ級の巨大な腕部が霧島を捉えようと動く――読んでいた霧島が身を屈めて躱し、勢いのまま背後へ。

「邪魔ァ!」

 霧島は振り向きすらせず、主砲を背面斉射。直撃したツ級が体勢を崩すのを横目に、魚雷を回避したもう一隻へと躍りかかる。ツ級が魚雷を避けるために水面へついた手を、霧島は見逃さない。

「もらったぁああァ!」

 水面を蹴った霧島、次の一歩はツ級の腕を踏み締める。そして――体躯に比して小さなツ級の顔面に、霧島の膝蹴りがめり込んだ。深海黒鉄の頭部が割れ、ツ級がもがく。

「霧島さんのシャイニングウィザードなのです……!」

「まぁたキレが増してんな……どんだけ好きなんだ、あの人」

 泉浜鎮守府でも一二を争う武闘派だった霧島の得意技。アルゼンチンバックブリーカーと共に彼女を象徴する技だ。相手の身体を使って駆け上がり、勢いのままに打撃を加える。『金剛式近接格闘術』と豪語しているものの、実態はただのプロレス技なのだが。

「電、響! 始末して!」

「りょ――了解。任せて」

 電たちの砲撃で崩れ落ちるツ級二隻を背中で置き去りにし、霧島は反転した。まだ、敵艦隊は残っている。タ級に振り解かれた摩耶は一旦距離を取り、牽制に徹していた。

「摩耶、旗艦以外を! ――タ級はッ」

 私が倒す。霧島の言葉を途切れさせたのは、タ級の砲撃。近距離で放たれた砲撃が霧島の艤装、その右半分を吹き飛ばす。しかし姿勢を崩しながらも、霧島は止まらない。

「ォオオオオッ!」

 爆炎を裂いて霧島が叫ぶ。

 残った左の四番砲塔が嫌な音を立てつつ回転し、砲撃がタ級の艤装を削り取って行った。タ級が霧島に苦悶の表情を向けたと同時。

「させるかぁああああ!」

 発射の反動で最後の砲が沈黙し、霧島の主砲は全門使用不能。タ級がしぶとく上空の第一艦隊を狙う動きを見せたのを目にして――。

「そのォ薄汚い筒をぉッ」

 霧島が吼える。

 渾身の回し蹴りがタ級を海面に弾き飛ばした。波に転がるタ級が立ち上がろうともがく。艤装から火花を散らした霧島が、役目を果たした四番主砲を捻り切った。

 砲塔を頭にした、まるでハンマーのごときシルエット。それは単純な暴力の象徴だった。

「あの人たちに向けるなァァァァアア!」

 タ級の鳩尾付近に、全速で突っ込んだ霧島の主砲塔がめり込んだ。まるで打ち返された打球のように吹き飛び、ボロ雑巾のように倒れ込むタ級。続けざまに、第三艦隊の主砲一斉射が降り注ぐ。

 タ級は、波に埋もれるような形で完全に沈黙し、数秒後には海中に没した。

「頭脳の勝利ね」

「頭脳かそれ」

 摩耶の突っ込みを余所に、ひび割れた霧島の眼鏡へ夕日が照り返す。

 第一艦隊の降下が無事に終わったことを見届けて、電が息を吐いた。

「――まだまだ、これからなのです」

 まずは一手。この作戦が成功するかどうかは、全てのパズルが組み上がった時に分かる。

 果たしてピースの合わさった完成形を思い描けているのは、人間たちか……それとも深海棲艦なのか。後退する霧島を守りながら、電はもう一度空を見上げる。

「司令官さん……ご無事で、なのです」

「心配すんな、電」

 不安げな電の肩を響が叩き、摩耶が親指を立てる。

「あいつらなら大丈夫。絶対に加賀さん助けて、帰ってくるよ」

 少なくとも、艦隊の士気は未だ高い。

 第一艦隊もそうあればいいと、電は後退する船足を上げた。

 

 

四.

 

「オイ! こっちに道があるぞ」

 泉浜艦隊は樹木の間を縫うように進む。空挺降下により降り立った彼らは、予定通りの進行ルートをひたすら進んでいた。最後に彼らが上空から見た限り、金剛たちも無事に敵を退けている。

 真田は胸を撫で下ろしたが、時間的な猶予はあまりない。攻略作戦のためにもスケジュールの遅滞は即失敗に繋がる。しかも敵艦が殺到する恐れもある敵泊地で、ただ立ち止まるのは自殺行為。目の前に障害があろうと、叩き潰して前に進むしかない。

 天龍を先頭に、真田を挟む形で榛名と夕張が左右と後方を警戒する。それなりの規模がある島だが、陸上部分は意外と範囲が狭い。三日月状の構造は古いカルデラ状火山の火口と思われたが、その痕跡は正面に見えている典型的な溶岩質の岩山にだけ見て取れた。

 ふと、天龍が背後を気にした。真田も遅れて反応する。

「提督、気付いてるか」

「バカ言え。オレは何となく感じたレベルだよ……来てるのか」

「ああ。多分……数までは分かんねぇな」

 未だ『隠蔽二式』は作動しているが、第一艦隊が森を進んでいることは敵も察知していることだろう。目視で発見されてしまえば、追手が殺到する可能性は高い。

「どうする提督。倒すか」

「内部侵入後の挟撃は避けたいな。追い付かれるにしても、退路確保が必要か……」

 慎重かつ大胆な行動が要求されている中では、悩んでいる時間すらも惜しい状況。一瞬止まりかけた第一艦隊だったが、その背中を押したのは唯一別のアプローチをしていた夕張だった。

「提督。正面の岩場にある大き目の穴、多分出入り口です」

「そのゴーグルは温度センサーか。出入りの痕跡があるってことは、そうだろうな」

「恐らく」

「他にも入口はあるかも知れんが……探してる猶予はなさそうだな」

 ここまで『幸いにも』敵艦には遭遇していない。罠の可能性も十分あった。しかしもとより彼らは、罠だった場合は食い破ってでも進むつもりで臨んでいる。

 榛名が立ち止まり、全員に背を向けた。

「皆さん……榛名は、ここに残って入口を護ります。榛名が精一杯頑張りますから、人質になっている艦娘や提督さんたちを、一人でも多く助けてきて下さい」

 榛名が残ると言った理由は言わずとも分かる。潜入先のような閉鎖空間での戦いにおいて、金剛型の大きな艤装はやや不利となる。主砲の射撃で味方を巻き添えにする可能性をも考えれば、彼女が屋内の戦闘に不向きと考えるのは当然のこと。

 ならば、全力で真田たちを追う相手を足止めできる屋外の方がいい。榛名の判断は理に叶っていた。

「分かった。恐らく龍田たちもここを目指しているはずだ。背中は任せるが、無理はするな」

「提督のそのお言葉で、榛名は百人力。大丈夫です」

「――ああ」

 半年前に、加賀も同じ言葉で戦場に出撃していった。そして、帰って来なかった。真田はその言葉を何とか飲み込んで、背負っていた小銃を構える。今は不安を吐き出す時ではない。

「榛名、全力で守りますから――天龍さん、夕張さん。提督のことをお願いしますね」

 ぺこりと頭を下げる榛名に、天龍が無言で手を挙げる。入口の門番として残る榛名と、前へ進む三人。

 榛名が少し離れた場所へ身を隠すと同時に、突入メンバーは薄暗い洞窟へと足を踏み入れた。

 両手を広げたより少し広い通路には一応照明のようなものが設置されており、進むのに支障はない。洞窟の壁は剥き出しの溶岩質で、艤装の発砲には注意が必要そうだった。

 抜き身の刀を構えた天龍の背中に続きながら、真田は慎重に思考を巡らせる。

(……気になることはいくつでもあるが……)

 ここまで追手の気配はあるものの、施設を護っている深海棲艦が一切居ないこと。

(仮にも敵の根拠地で、このザル警備はあり得ないな。明らかに相手の意図があると考えた方が自然だ……誘い込む気か、或いは)

 元より、敵は真田を含めた提督の確保を目的としている。追い込んで無傷のまま真田を確保しようとしていると考えるほうが正しいと思われた。

「提督……静かすぎますね」

「BGMが風の鳴る音とは風流じゃないか。……各種センサーの反応、注意してくれ」

 夕張も同様に、センサーの類を警戒しつつ進んでいる。しかしここに至るまで、警報装置なども一切検知できていない。まるでご自由にどうぞと言われているようだった。

 慎重にクリアリングしつつ進む天龍。入り組んではいるが、敵の気配はない。

(警戒要員がいないということは、元からそこに重要なものがないか……それとも、こちらの知らない方法で行動がバレているのか)

 仮にそうだとしたら、既に隠密行動の意味はないに等しい。

 ふと、真田は『()()()()()()』という思考に立ち返った。

(絶対に相手が来ると分かっているのなら――そして、そいつを無傷で確保したいのなら、戦力を削いでからゆっくり捕まえてしまえばいい。少しずつ人数が減るように仕向けておいて、後は一気に――)

 ここまで辿ったルートと取った行動。今のところ、順調に第一艦隊の人数は減っている。これが敵の想定通りのシナリオだとしたら、このまま進むことは自殺行為に他ならない。

(やはり、当初の予定通り行くしかないか)

 実のところ作戦は最初から『真田が囮となる』こと前提で進んでいた。真田はわざと敵に確保されることで真実に近付き、かつ身の安全もある程度は保証される――あくまで、希望的観測の範囲だが。

 しかし、どちらかと言えば――真田にとっては、それが加賀のところへの最短ルートでもあった。

「――夕張」

 真田は天井近くから小さく外の光が差し込んでいるのを見付けた。足場も何とか確保できそうだ。

「何でしょう、提督。今のところ、人質の手掛かりは――」

「天龍と二人で外へ出ろ」

「――は?」

「どういうことだ」

「どうもこうもない、言った通りの命令だ」

 泉浜第一艦隊の目的は人質救出。しかし恐らくは、見つけた人質を脱出させることが困難を極めると予想された。もちろん脱出用のゴムボートなど、いくつかの物資は空挺降下時に用意している。

 そして、脱出のためにやらなくてはいけないことは他にもある。

「提督……私たちはもう?」

「ああ。そこに穴を開けて脱出ルート兼抜け道を確保。天龍と一緒に離脱して、発動に備えてくれ」

「――想定より早いですが、分かりました。時間は予定通りに」

「ちょっと待てよ。何のことか分かんねぇし、そもそもオメーはどうするんだ」

 天龍の疑問は、真田が単独になると言い出したことに起因する。元々屋内での戦闘に備えて呼ばれていた彼女が、ポジションを外されるに等しい指示を出されたのだから当然のことでもあった。

「お前たちは『仕込み』の発動まで確実に夕張を守ってくれ。オレはこの先へ進む――『仕込み』さえ発動すれば、他の艦隊が攻めても何とかなる可能性が上がる」

 自分がたとえ作戦を全うできなくても。真田が言外に示したそれを、天龍はお構いなしに噛み潰した。照明に刀を鈍く光らせて、真田を止める。

「アンタが死にに行くってなら、その命令は聞けねぇな」

 切っ先を眼前に突き付けられても、しかし真田は動じない。

「バカ言うな。全員生き残る可能性を上げるためだ。仕込みは絶対に必要になるからやるだけ。それに恐らく、相手はオレ以外を排除に掛かるはず――だったら、お望み通り単独になってやる」

「わざと捕まりに行くのかよ……! そんなに何人も助けに行けねぇぞ、荷物を増やすんじゃねぇよ」

「夕張の仕込みさえ上手く行けば、たとえ捕まってても何とかなる」

「その根拠のない自信はどこから来てるんだよ」

「少なくとも提督は、相手に捕まるまで生きてる。だったら、何かされる前に事態を変えてやればいい」

 真田は薄暗い一本道の奥を指差す。それは、今まで進んで来た道であり、これから踏み抜いてやろうとしている『用意された道』。

「いいか。オレたちは今、間違いなく相手の敷いたレールの上を進んでる。何もこのまま相手の好きにさせてやることはない。オレたちが主導権を握る――そのために、お前らは別行動をしてもらう」

 真田は一つ、賭けに出ることにした。しかし、分は悪くない。

「乗ってやるフリ、ってことですね」

「相手にとっての不確定要素は多ければ多いほどいい。今は、打てる限りの手を打つ――天龍、夕張を頼むぞ。今回の作戦が成功するかどうかは、夕張に掛かってる」

 そう肩を叩かれて、今さら首を振る天龍ではなかった。

「お前がそう言うなら、信じるよ……ま、仕込みとやらが終わったらとんぼ返りしてやるぜ」

「オレが死ぬ前に頼む。できればな」

 そうと決まれば、日没までの貴重な時間を無駄にしている理由はない。

「さて……夕張。これは、お前が持っていてくれ」

 真田は懐から、小さな発信装置を取り出した。

 その装置は真田の持つ切り札のひとつではあったが、あくまで状況に応じて押されるべきスイッチ。これから自分がどう扱われるかを考えれば、彼自身で持っているべきものではない。

 手渡された夕張は一瞬唇を結んだが、そのまま頷いた。

「二人は仕込みが発動するか、他の三人と合流できたら、ここに戻って人質の捜索を続行。発見次第、確保と救出に当たってくれ」

 まだ生きている人質がいるならば、そこまでの大人数ではない。これまで発生した鎮守府壊滅事件とその延べ期間を考えれば、ここで無事にいるのは数名だろう。

 その数名と、身柄確保対象である佐伯中佐。そして――。

「オレは――加賀と、佐伯さんを探す」

 夕張と天龍の敬礼を背中に受けて、真田は一人暗がりに消えた。

 

 

五.

 

「龍田! スクワット、ダウン!」

「っと」

 金剛の三番主砲から放たれた徹甲弾が、頭を下げた龍田の輪っかを掠めていく。弾丸は狙いを外さずル級を沈黙させた。戦艦だけあって、さすがに硬い。

「金剛ちゃん。主砲弾は節約しなきゃダメよ?」

 切り刻んだ重巡をヒールで踏みつけた龍田が、やんわり金剛の弾薬消費を窘めた。確かに補給が受けられない現状、艤装を運用した戦闘を続けることには限界がある。もっともその点は、龍田がご自慢の薙刀で近接戦闘をすることで補ってはいるのだが。

「彼女たちも慣れない陸で頑張っているのデス。少しは相手してアゲルのが礼儀でショ」

「大人しく海から砲撃で狙ってもいいでしょうに。拠点があるのにあまり人数は多くないし、陸の上に陣取るのはミスチョイスよねー」

 艦娘は、基本的に陸では戦闘行為を避ける。『艦』としての能力は当然ながら水上でしか発揮できず、人としての動きしかできない陸では能力の十分の一も発揮できないからだ。当然、それは深海棲艦にとっても同じ。お互いに『艦』であることに変わりはない。

 この泊地であれば、押し寄せてくる人間と艦娘の部隊に対して、数に任せての殲滅戦略をとることも容易いはず。彼女たちが現時点でその選択をしないということは、ここにいる『誰か』に危害が加わる可能性を考慮していると考えられた。

 つまり、乗り込んだ真田か、相手の提督。

 いずれにせよ、相手がその気にならないうちに決着をつけるしかない。

「龍田は――」

 金剛は二人きりになったのをいいことに、気になっていたことを確かめることにした。

「テートクのこと、好きなの?」

「あらぁ。随分直球ねぇ」

 まさか色恋沙汰の話になるとは思っていなかった龍田は、周囲警戒のついでのように金剛へと笑ってみせた。ほんの少しだけ、普段と口調が違う。

「答えは、ナイショ」

 その笑みは、いつもの彼女に見える張り付いたような微笑みではない。

「――そうデスか。分かりマシタ」

 金剛はその言葉だけで察した。龍田が泉浜に残らなかった意味を。

「だから、()()()には戻ってきてもらわないと困るのよね」

 一度自分でつけた決着を蒸し返されるのはゴメンだと、龍田の背中が語っていた。

「テートクたちは無事だといいケド」

「ええ。天龍ちゃんもいるし、ちょっとした遭遇戦ぐらいなら戦力的に問題はないけれど……本格的な戦闘になったら危ないわね」

「霧島なら艤装なしでもバトルできちゃいマス。ずいぶんヤンチャな妹ができマシタ」

 金剛と龍田のペアは上手く機能していた。防御に秀でる金剛が敵を抑えている間に、接近した龍田が刈り取る。弾薬は有限、敵を引き寄せる危険性もあることから弾薬は最小限の消費を心掛けている。

 海と陸上では勝手も違う。主砲の反動は海と比べ物にならず、回避行動もままならない。それは金剛たちだけではなく、深海棲艦たちにとっても同じ。普段と違う戦いはどこかで無理が出て来る。

 人のかたちはしていても――。

「私たちは、やっぱり『艦』ってことデスネ」

「そうね。早く海に戻れるといいんだけれど」

「そう言えば、陸軍の艦娘は陸の方が強いんでショ?どういう理屈なのか知りたいデス」

「さあ。『そういうもの』だからじゃないのかしら――……陸軍?」

 金剛は、何度か見かけた地味な出で立ちの艦娘を思い浮かべて疑問を口にした。しかし、龍田はそこから別の疑問を抱く。目的地への足は止めずに言葉を呟く彼女は、猛烈な勢いで思考を回転させていた。それは、今回の作戦行動について。

「――どうして、飛行場まで御影提督が見送りに来たのかしら」

「テートクのフレンドだから――で、済ませるには危険(Danger)な人だったネ」

「あら。付き合いも浅いのによくわかってるのね。いいカンしてる」

「女のカンってやつデース」

 ここへ来るための飛行艇に乗り込む前、飛行場まで護衛を買って出てくれたのは、提督の友人である御影提督。向かう航路では真田と二人で話をしていたが、彼らが何を語らっていたのかは龍田を含めて誰も聞いていない。

 彼は、ただ見送りに来ただけなのだろうか。龍田の脳裏を、御影の嘘めいた笑みが満たす。

「龍田。四時に一隻」

 そんな龍田の思考は、金剛の短い一声で断ち切られた。

「金剛ちゃん、そっちお願い。私は十時のを黙らせてくるから、しばらく耐えてね」

「オーケイ、任せて」

 二人はすぐに障害を排除に掛かる。

 疑問は横において、指示と同時に先へ駆け出した龍田と、逆の方向へと足を向ける金剛。残弾を気にしたのか、金剛は周囲を見回したあと、思い切った行動に出た。

「パージ!」

 金剛は腰部へとマウントしていた背面の艤装を切り離した。途端、重力を得たかのような音を立てて艤装は地面へと転がる。簡単に茂みの枝葉でそれを隠し、金剛は近くの大木からそっと周囲を伺った。

(――敵は重巡タイプ、一隻ネ)

 軽巡以下はともかく、深海棲艦の重巡や戦艦級は人としての形がはっきりしている。

(ボディの構造が人と似ているってことは、『壊し方』も応用できるってことデース)

 金剛は自分の身長より倍以上高い岩の上へと身を隠し、接近してくる敵深海棲艦を待ち受けた。

 艦と艦が、陸の上で肉弾戦をやろうとしている。その絵面に金剛は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

(タイミングは一度)

 草木を慎重に踏みしめて、重巡が金剛の潜む岩場へと近付いて来る。艤装の砲門は常に目線と照準を合わせており、先に金剛が発見されたら手痛い一撃を貰うのは確実。

(まだ、妨害装置は生きてマス。アウトレンジから接近してのアタックで一気にフィニッシュ……)

 そういう意味では数度の戦闘を経ても、夕張の妨害装置がまだ生きているのは幸いだった。有視界でのみの索敵であれば、身を隠せば凌げる。

 金剛は、息を潜めてタイミングを測った。

(5……4……3……2……)

 金剛が上から飛び掛かれるよう、岩に手を掛けた時。

(――シィット!)

 脆くなっていた岩が、ぱらぱらと小石を散らして砕けた。小石はそのまま、重力に従い下の重巡へと落ちていく。そうなれば、自然に彼女は上を向くだろう。そして、金剛を見付ける。

 やるしかない。金剛は思い切って勝負に出た。タイミングも合わせ切らないまま、金剛は岩を蹴って宙へと舞う。飛んだ距離は幸運にも敵の真上、小石に気付いた重巡が上へと顔を向けた。

(トゥ――レイトッ)

 慌てた重巡が腕の主砲を構えようとしたその時、金剛は飛んだ勢いのまま両足で敵の頭部を挟み込む。肩車のようになったのは、ほんの一瞬だった。幸いにも倒れず踏み止まった重巡、逆に金剛はそのまま全体重を預けて体を倒れこませ――そして、地面に置いた手を支えとした。

「スマァッシュッ!」

 地面に突いた手を支点、挟み込んだ頭を作用点に。金剛は落下の勢いと体重――。

(それに、テートクへのラブッ!)

 全てを乗せた一撃を見舞う金剛。重巡の体が一瞬宙に浮き、そのままの勢いで地面へと叩きつけられた。鈍い音と共に何かが砕ける嫌な感触が金剛の足へと伝わり、思わず顔を歪める。

 霧島曰く『金剛流近接格闘術』の一つ。フランケンシュタイナーだ。

 目の前に転がった亡骸に思わず手を合わせてから、金剛は息を吐き出した。

「ふぅッ」

 金剛もまさかぶっつけ本番で上手く行くとは思っていなかったのか、意外そうな顔をする。

(相手へのサプライズぐらいしか期待してなかったのに、ビックリデース)

 嬉しい期待外れと共に、金剛は艤装を再び身に着けた金剛。背後の気配に振り向くと、龍田が薙刀の血を払いながらやってくるところだった。

「――結構えげつない事するのね?」

「龍田、見てたのネ。たまたまデース」

「さすがはお姉さんよね。霧島ちゃんの技も凄いけど、あなたのもなかなかだったわ」

「龍田こそ。ル級の砲撃をリッスンしまシタ。あっさり戦艦を倒すなんて、一体どうやったんデス?」

「ふふふ。ナイショ」

 笑みを浮かべたまま、龍田が空を仰ぐ。陽は既に沈みかけており、木々の間からは星も見え始めた。救出作戦はこれから後段に入る。それは同時に、泊地攻略作戦の開始も意味していた。

「先を急ぎましょうか、金剛ちゃん。私――何だか隠しごとされてる気がしてきたわ。よく考えたら、私たちが突撃したからって、そうそう海上での敵優位を崩せるわけではないもの」

「私もそんな気がしてマース。メイビー……テートク、夕張たちと何かするつもりじゃナイ?」

 情報漏洩を気にしたのか、はたまた真田お得意の情報隠しか。これほどの作戦で仲間に対しても徹底された秘密主義は、金剛たちに真田のものだけではない何者かの意図を感じさせていた。

 真田も担がれているだけなのか、それとも提督たち全員がグルか。少なくとも現時点で泉浜の艦娘が把握している作戦内容において、いくつか不審な点があるのは確かだ。

「とにかく早くお仕事を済ませちゃって、私たちの戦場に戻らないと。真田クンを張り倒すのは、全部終わってからでも遅くはないわ」

「バッチリ同意するネ」

 龍田の言葉には、ある意味で確信めいたものが含まれている。泊地での工作を含む潜入作戦において、その工作が何であるかは説明されていない。真田が何かを隠しているのは間違いなかった。

 ミステリアスというよりは、単に意地が悪い。真田のキャラも掴めてきた金剛は苦笑する。

 と、森を進む二人の前に、溶岩質の岩山が現れた。

「これが、テートクの言ってた場所ネ」

「そうみたい……さて、入口を探しましょ」

「その必要はないみたいデス」

 金剛がわずかに捉えた音。もはや聞きなれた、金剛型の主砲を発射する時の破裂音。この島でそれが聞こえるということは、もう一人の金剛型が戦っていることに他ならない。

「急ぎましょうか。榛名ちゃん、きっと一人よ」

 一瞬で表情を切り替えた龍田が奔る。続こうとした金剛は、彼女の通り過ぎた草むらに転がるル級の亡骸を見た。正確には、胴と生き別れた()()を。

「ウップス……」

 龍田の翻るスカートを眺めつつ、金剛は彼女と正面からやり合うことだけはするまいと心に決めた。

 

 

六.

 

 天龍、夕張と別れて少し進んだ先。誘い込まれていることは承知で、真田は細い通路を進む。

 あちこち崩落した天井から見える空が、そろそろ夜が近いことを教えていた。

(夕張の仕込みが発動したら、もう全面攻撃までは間がない。タイムリミットが近いな)

 その時、真田は通路の奥に人影を見た。

(――人か!)

 そのシルエットは明らかに人間。しかしよく見れば、その人物は拘束されている。まさかの遭遇に、真田はそっと岩陰に身を隠した。一瞬見えた様子からすると、その手前に枝分かれした道がある。

 ここから外までは一本道、背後を気にする必要はない。頼りになる艦娘は連れていないが、発見したのは明らかに人質となっている提督の一人だろう。

(行くか)

 迷ったのは一瞬だった。真田は腰に下げたスモークグレネードを手に取る。

 艦娘や深海棲艦相手に、通常兵器やスタングレネードの類は効かない。それにこの場で使っては人質が無力化してしまうため、救助が難しくなる。

 視界を遮る煙幕だけが、唯一真田の持つ有効な手段だった。

(敵は重巡タイプ一隻。艤装はあるが、この空間で発砲はないと信じよう)

 提督は、生きた状態で確保する必要がある。

 真田は佐伯から聞いたその言葉と、閉鎖空間という状況を信じることにした。相手は、少し先の角を曲がり、外の灯りが差し込んでいるほうへと歩んで行く。

(――チャンスは一瞬)

 スモークグレネードの安全ピンを静かに引き抜いて、真田は足音を潜めて走った。角を曲がる直前、グレネードをその先へと放る。軽い物音のあと、異変を察知した深海棲艦の身動きが伝わって来た。

 煙の噴出開始から数秒後、真田は小さく叫ぶ。

「後ろだ!」

 それと同時に、真田は角から飛び出す。拘束を手放していたらしい深海棲艦の脇を、男性が煙と共によろけて出て来た。服装からして、明らかに特海の提督だ。

 ここに至って、出し惜しみする意味はない。真田は小銃の銃床で、思い切り深海棲艦へ殴り掛かる。効果がないこと前提、自分に注意を向けてもらうための突撃。

「そのまま外へ! 艦娘と合流してくれ!」

「す――すまない」

 弱弱しい返事と共に、男性提督は角を曲がる。

 真田は大振りな重巡の一撃を、何とか躱した。まともに受けたら骨折で済むかは分からない。

「ッつぅ」

 避け損ねた次の一撃が、小銃を跳ね飛ばした。岩壁に当たった小銃はブリキのように曲がり、打撃の威力を無言のうちに教えてくれている。

 咄嗟に真田は、横薙ぎの一撃をしゃがんで躱した。溶岩質の壁に艤装がめり込んで、一瞬だけ重巡の動きが止まる。その隙は千載一遇。真田に、細い通路が味方した。

(今だッ)

 転がり込むようにして重巡の脇を抜けて、真田は煙の中へ。手探りに先へと進む真田は、そこが既にほぼ屋外であることにようやく気付く。

「! ――しまっ」

 そう、発砲により崩壊する恐れのある屋内ではない。

 真田が前に踏み込んだその時、背後で重巡の主砲が炸裂した。

「ぐッ――うぁあああぁッ!」

 数歩踏み込んでいた真田だったが、爆風をその身で受けることになった。その勢いは人間を木の葉のように跳ね飛ばすのには十分。

 地面に落ちる瞬間、咄嗟に取った衝撃吸収姿勢。柔らかい砂浜が、真田を受け止める。

「が、ッ……くそ」

 痛む頭を振り、何とか立ち上がった真田。

 その後頭部に、いつまで経っても慣れない、硬い感触が押し当てられた。

「ようこそ、真田提督。処刑場へ」

 殺気立つ目の前の重巡ではなく、その声は押し当てた銃の持ち主から発せられた。

「――月見酒を一杯、やりに来ましたよ」

 作戦目標である、佐伯中佐。

「まだ月は出てないが――お前は飲めないクチじゃなかったか。真田」

「よく覚えてますね。あなたとはそう何度も飲んじゃいないのに」

 ゆっくりと両手を挙げた真田は、目線だけで周囲を伺う。どうやら空挺降下時に見た、三日月状の島……その中心に広がる、円形の入り江のような場所らしい。

 洞窟と同じような溶岩質の岩に囲まれた、さながらコロッセオ。

(――そうか。処刑場……つまり)

 真田は全てを理解した。先ほど助けた提督の行き先がここであったこと。そして――佐伯中佐が島で口にした、『お前は個体としては死ぬ』という言葉。

 提督は、ここで何らかの形で死ぬのだと。しかも恐らく、あまり愉しくはない形で。

「佐伯さん――」

 そして、彼はすぐにそれを知ることになる。

「加賀は、どこですか」

 真田の問いに返って来たのは、佐伯の一撃。

「ッが」

 昏倒する真田は、倒れる直前に聞いた気がした。

「……ヤット、会えタ」

 ずっと聞きたかった、しかし聞きたくはなかった、ある人の声を。

 

 

七.

 

 時刻は夕方。空は既に闇が近付き、日没を迎えようとしている。

 薄暮に乗じての泊地一斉爆撃。当初予定されていた作戦では、泉浜艦隊の工作によって生じた混乱と合わせ技の攻撃が行われるはずだった。

「夕張……お前、意外と焦ってねぇな」

 洞窟から抜け出し、一路岩山の高台へ。天龍と夕張は、あまり遮蔽物のない斜面を慎重に歩いている。

 聞いていたタイミングを逸しかねない状態でも動じない夕張に対し、天龍は逆に疑問を覚えた。

 これはひょっとしたら、予定行動なのではないか。

「――何すんのか知らねぇけど、もう話してくれていいんじゃねぇか」

 真田の隠しごとは今に始まったことではないが、情報漏洩を危惧しての統制であれば既に目的は達成しているはずだった。

 天龍の言葉に、夕張はようやく口を開いた。

「テラでは足りなかったの。下手したらペタでも全然」

「寺ぁ? 仏像がなんだよ」

「そりゃそうよね……だって、そもそも既存の通信概念とは違うんだもの。オーバーフローさせるにしても、一体どれだけの情報量が必要か」

「悪ぃ、分かる言葉で言ってくれ」

 恐らく夕張が、今回の作戦に関する何かを言っていることは分かった天龍。周囲に目を配りながら、続きを促す。

「――簡単に言うと、私はこれから敵の通信を潰すの。通信に使っている層に大量のノイズを流し込んでやることで、一時的に通信不可の状況を作る。敵の艦載機も飛べなくする」

「さっき足りないとか言ってたのは何なんだよ」

「単純に大量の通信データを流すだけじゃダメだったの。実験に使った水偵は元気に通信が出来てるし、視覚共有が乱れる気配もなし。だから、単純なオーバーフローを狙うんじゃなくて――」

 言い掛けた夕張を、天龍が突き飛ばす。

「俺にはさっぱりってことがよくわかった。とにかく、お前の仕事が出来るようにすりゃいいんだな」

 二人の間を主砲弾が抜けていった。狙っているのは重巡二隻。その初撃を躱した天龍が一気に距離を詰める。遅れて夕張も駆け出した。

「えー語らせてよぉ。明石とすっごい頑張ったんだから」

「無駄口叩いてるヒマがあるなら、とっとと掃除しちまおうぜ」

「仕方ないなぁ」

 夕張の機銃を縫うように、天龍が走る。

 軽巡と重巡であれば、砲の威力から言っても明らかに後者が有利。前者が唯一勝るのは、艦の機動力。しかし、陸の上で艦としての速さは意味を為さない。

(――だったら)

 頼れるのは己の腕と、『艦娘』としての経験。

(連中は、多分陸の上での近接戦闘なんざ想定してねぇ)

 天龍は対艦刀を構えたまま走り、感覚で主砲弾を受け流す。斬り捨てた砲弾が背後で爆ぜ、夕闇に花が咲いた。それが二発、三発と続く。天龍は、止まらない。

 砲撃を物ともせず吶喊する天龍に、重巡たちが狼狽える様子を見せ、夕張もその隙を逃さない。

「これでも食らえぇ!」

 副砲から放たれたのは通常弾ではない。狙いを外したように見えた弾は、重巡たちの足元に着弾する。

 瞬間、接近する天龍の動きに対応しようとした重巡たちが体勢を崩した。

「夕張ィ! アニメの見過ぎだろ!」

 敵の足を止めたのは粘着弾。地面にばら撒かれた強力な接着剤が瞬時に硬化し、機動力を奪った。

「冗談! 主砲が使えない屋内戦想定よ、まだまだ色々あるんだから!」

「失敗するようなの持ってきてねぇだろうな!」

「てってれー! カラシぐれねぇどぉ!」

「こないだのワサビ爆弾より酷いことになりそうじゃねーか! 絶対使うなよ、フリじゃねぇぞ!」

 重巡たちは混乱していた。目の前の艦娘たちが――笑い、語り合いながら戦っていたからだ。確かにこの場の戦局だけならば彼女たちに向いている。しかし敵泊地のど真ん中で孤立した泉浜第一艦隊に、笑うような余裕があることが理解できない。

 もちろん、天龍たちは相手がそんな戸惑いを覚えているなど知る由もない。自分たちがただ、背中を預けて戦える相手と共に走り、同じ目標を達成しようと足掻いている。その状況に自然と溢れただけの笑みが、相手の動きを鈍くしているなど――。

 それはまさに、艦娘と深海棲艦――正と負の存在それぞれの違いであった。

 まだ戦いたい。まだ戦える。もっと強ければ。

 かつて沈んだ艦船そのもの、或いは乗組員、共に戦った戦闘員。彼らの抱いた負の感情が『だから、お前たちも同じに』と寄り集まって肉体を得、個体として顕現したのが深海棲艦。

 抱いた負の感情を『()()()()()()()』と昇華できたのが艦娘。

 多くの艦娘は後悔を抱いている。かつて自分たちが果たせなかったのは、戦争に勝つことではない。

 手にした力を発揮できなかった。

 助けようとした相手を目の前で失った。

 最後まで戦い、そして力尽きた。

 そんな彼女たちの『今度こそ』に込められているのは、並大抵のことでは折れない思い。

「おぉおおおおお!」

「させるかぁ!」

 天龍の対艦刀が、重巡の右腕を落とす。カバーしようと構えたもう一隻、主砲の砲門が謎の粘着弾で塞がれる。主砲弾は誘爆し、重巡たちの戦闘能力を奪った。

 倒れ込んだ重巡たちが、最期に聞いたのは――。

「次は、一緒に戦えるといいな」

 沈みかけた夕日を背にして表情の見えない、天龍の静かな声だった。

「――じゃ、夕張。この辺でいいのか」

 刀を鞘に収め、天龍が空を見上げた。既に星が瞬き始めている。

 夕張は背負っていた荷物からアタッシュケースを取り出し、そして表情を変えた。艦娘としての戦いが今一息吐いたと考えれば、夕張にとってはこれから連戦となる。技術者として積み上げてきた成果の答え合わせ兼、ぶっつけ本番。

「――よし、カウントダウンは順調。計器にも問題なし」

「いつからカウント始めてたんだ、物騒だな……どうする。ここに居座るか、それとも逃げ回るか」

「ここなら窪んでいるから狙撃も受けにくいし、大丈夫そう。発動までしばらく耐えるにはいいかも」

「そう言うからには、放り出して置いておくわけにもいかないのか。ずいぶん大事なものらしいな」

「今回の攻略作戦の全てが掛かってるわ。コレが発動すると同時に、あるミッションが開始される――だから、発動を見届けるまでは耐えなきゃいけないの」

 天龍が咄嗟に岩陰へと身を隠す。星に紛れて、空には警戒の偵察機が上がっているらしい。先ほどの戦闘が察知されていないといいが、と天龍は弾薬のカートリッジに手を伸ばした。

「時間までは絶対に守ってやるから心配すんな。お前は、お前の仕事を片付けてくれ」

 かつて防空巡洋艦への改装計画もあったという天龍型。あいにく装備しているのは連装砲だったが、少なくとも夕張の盾にはなれるだろう。一世代型落ちの世界水準越えにとっては、仲間の盾も悪くない。

 天龍のそんな決意を知ってか知らずか、夕張はただ親指を立てて返した。

 

 

八.

 

「ヘイ、龍田。敵はもう私たちがアプローチしてるの知ってるんでショ。それにこの暗さじゃ、島への一斉爆撃が出来なくなっちゃいマス」

「そうね」

「ソーネじゃないでショ――それとも、何か知ってるノ?」

 周囲に転がる敵の残骸を横目に、金剛は首を傾げた。

 龍田と金剛は、ほどなく真田たちが潜入した洞窟の入口へと辿り着いていた。数隻の敵艦と交戦中だった榛名を危ういところで救った二人は、先程の話を続けている。

 つまり、この作戦にはまだ本筋が隠されているということ。

「ううん、さっぱりよ。今だって御影提督の動きが少し不審って以外には思いつかないぐらい。それも、私の個人的な感情によるものが大きいし」

「あなたがそれなら、本当にサッパリじゃナイ」

「龍田さんは、作戦前に御影提督と別行動なさっていましたよね。私たちより、いくらか事情に接していらっしゃるのではないですか」

 言いながら、榛名は二番主砲塔のハッチを開けて、中を覗き込んでいる。先ほどの戦闘で装填不良を起こしたらしいが、メンテナンスを行うには夕張や明石の手が要る。戦力半減は避けられそうにない。

 榛名の言葉に、龍田は首を振る。

「私はほとんど彼に付いて回っていただけなの。もちろん、作戦計画の変更を伝えるっていうお仕事はしてたわ。でも、あの提督さんがやっていたのは、せいぜい情報がどこから漏れたか分かりやすくする工作ぐらいだもの。特別なことはなにも」

「普通の情報戦ですね。情報戦と言えば……夕張さんは何か役目を振られているのでしょうか」

 技術寄りとは言え、夕張もそれなりの艦娘。第一艦隊に帯同することにさほど不思議なところはない。

(――夕張ちゃん?)

 しかし、龍田はそこに一つの筋を見出した。

「もともと夕張ちゃんが何か仕事を振られていたとしたら」

「ホワッツ?」

「この作戦、もともと私たちの潜入が上手くいって、人質を助け出して……その混乱に乗じて泊地への空爆をする予定だったでしょう。でも実は、そうじゃない。夕張ちゃんが何かをしでかして、それからもっと別の、空爆じゃないなにかを――」

 龍田は真田が繰り返し言っていたことを思い出す。この作戦はバレている、と。

 相手の情報網が上、戦力も相手が上。作戦の何もかもが相手の手のうちにあることを見越した上で、全てをひっくり返す何かがあるとしたら――。

「夕張さんって、明石さんとどこかに籠られていましたよね。それが妨害装置の開発だけじゃないなら、この後何かが予定されているのでは」

 龍田は、榛名の口にした単語に表情を変える。

「妨害装置……」

「――龍田さん?」

 空挺降下の際、龍田は一つだけ引っ掛かっていたことがあった。かなりの高高度にあった飛行艇が、あっさりと敵機に捕捉されたこと。目視でバレる可能性があったとは言っても、あまりにも敵の反応が早すぎた。まるで、その前から見つかっていたように。

「――あの時、真田クンなんて言ってた?」

「ヘイ、龍田?」

 その時、三人は瞬時に戦闘態勢を取った。

 洞窟の奥から、人の気配がする。

 金剛と榛名が主砲を合わせ、龍田が姿勢を低く取る。出て来るのが誰であれ、そこに敵が付いて回るのは自明だった。臨戦態勢の三人が見守る中、よろけながら出て来たのは、見慣れない提督服。

「――人質?」

「大丈夫デスか――怪我は?」

 金剛が、倒れ込みそうなその人物を咄嗟に支える。それは、先ほど真田が助けた提督だった。傷付き汚れてはいるが、その人物は確かに特海の『提督』。

 龍田は警戒を崩さず、短く問いを投げかけた。

「あなた、お名前は。どうしてここにいるの」

 男は弱弱しく口を開く。

「私は岡本……呉本部所属の提督、岡本だ……中で、深海棲艦たちに連行される途中……く、ゲホッ」

「お、岡本さん。落ち着いて。大丈夫ですからね」

 どうやら目当ての人質の一人らしいと知り、警戒を緩める三人。注意深く周囲を警戒する金剛と榛名、そして男の素性より状況を知りたい龍田。龍田が背中をさすり、続きを促す。

「途中、男性に助けられた。外に艦娘がいるから合流しろ、と……」

「ホワッツ、男性? 艦娘はいなかったノ?」

「分からない……煙に紛れて脱出して来たが、少なくとも中で戦闘していたのはその男性だけだった。特海の隊員か、彼は」

 龍田の顔色が変わる。男と言うからには、恐らくその人物は真田だろう。しかし、語る彼の言葉から艦娘の存在は聞き取れない。

 彼の言葉を信じるならば、真田が内部で単独行動をとっている。先ほどから龍田の中にあった疑問が確信に変わり、龍田は冷たい笑みを浮かべた。

 相変わらず、黙ってあれこれやってくれる、と。

「金剛ちゃん、榛名ちゃん。この人を一旦安全な場所へ。まだ洋上は危険だから、出来たら妨害装置を持たせてどこか見つかりにくいところに」

「龍田さんはどうなさるのですか」

 口ぶりから、龍田が一緒に行動しないと見た榛名。不安げな声に、龍田は笑っていない笑顔で答えた。

「ここに来るまで会わなかったのなら、夕張ちゃんは多分外にいるわ。きっと作戦の要になる仕込みをしてるんでしょ」

 私も合流して突き止めてくるわ……一歩踏み出した龍田の背中に、金剛の声が飛ぶ。

「バット……龍田、テートクが中で一人なんでショ」

「そうね。多分」

「状況は分からないケド、ヘルプに行かないと――龍田?」

 そこまで口にした金剛は、龍田が背中越しに見せた横顔……その表情に息を呑む。まるで北方の海のような、冷たい怒りの瞳に。

 金剛が何も言えないでいる中、龍田は振り返らずに吐き捨てた。

「あのおバカさん、わざと捕まりにいったの」

「そんな、真田提督が」

「少なくともすぐには殺されないと見越して――自分すら囮にして、作戦の成功と加賀ちゃんの発見、両方一気に片付けるためにね」

「ああ、なんてこと……榛名に一言言って下されば」

 悲痛な榛名の表情に、金剛が思わず砲塔を殴りつける。

「シット! ひょっとしたら、最初からテートクはそのつもりで」

「分からないけど、今は時間がないわ」

「もう、人には無茶するなって言って……自分が一番無茶してマース」

「そ、おバカさんが死ぬ前に、早く何とかしましょ」

 駆け出した龍田に、金剛が掛けられる言葉はひとつ。

「龍田!――あとで私もテートクに一発入れてあげないと、このアングリーな気持ち、収まりまセン。だから、勢い余って殺しちゃノーなんだからネ!」

 その言葉に龍田は、ほんの少しだけ留飲を下げた。

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