飛鳥馬トキは先生と一緒の時間を過ごしたい   作:アラベスク@arabesuque_38

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先生に同じだけの感情を返してほしい飛鳥馬トキ

「先生、コーヒーをお持ちいたしました。次の指示をどうぞ」

「うん、ありがとう。トキも一緒に休憩しようか」

 

 トキがシャーレに入り浸るようになって数か月が過ぎた。

 私が生徒たちに毎日バニーガールの格好をさせている、だとか。メイド服を着せた生徒を連れまわしている、だとか。そんな醜聞もいつの間にか収まっていた。

 心なしか得意げに「私の言った通りでしたね」と胸を張るトキに対して、降参ですと両手を上げる。満足そうに頷いた彼女の今日の格好はバニーガール。気分によってその日の服装を変えているようで、何を着ているかは日によって違っていた。

 

「休憩、ですか。仕方ないですね。それが先生の指示であれば従う他ありません」

「トキがいつも手伝ってくれているから、最近はあんまり忙しくないんだ」

 

 その口ぶりとは裏腹にどこか嬉しそうな雰囲気を漂わせる。実際のところ。食事や洗濯、掃除といったシャーレの業務の忙しさにかまけていた家事をトキがしてくれるようになったおかげで、体調がものすごくいい。

 それに加えてシャーレの業務も補佐してくれているため、単純に作業効率が格段によくなっているのだ。

 

「それならば……先生、迅速なご褒美を要求いたします」

 

 ぴょん、と擬音を口に出しながらトキが私の膝の上に飛び乗ってきた。私の身体にもたれかかるトキをしっかりと抱き留める。遅れてきた彼女の長い髪から、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。

 安心しきった顔で私の胸に頭を預ける。そう、トキの距離がものすごく近いのだ。生徒のことを第一に考える「先生」としては生徒が幸せそうにしている姿を見ているだけで嬉しくなってしまうのだが。流石にこれはマズい気がしていた。

 今は私とトキしかいないからいいものの、他の当番の子たちがいる前でやられた日には何を言われるかわかったものじゃない。

 以前もやんわりとやめるように伝えたのだが「やはり私がここにいては……邪魔、でしょうか……?」なんて、捨てられた子犬のような表情を浮かべてしゅーんとするものだから、それ以上は何も言えなくなってしまった。

 

「先生、手が止まっています。大事なことなので、もう一度言います。迅速なご褒美を要求いたします」

 

 ぺしぺしとトキが私の膝を叩く。はいはい、と頷いて彼女の髪に手を伸ばした。

 長く伸ばされた綺麗な亜麻色。カチューシャにぶつからないようにゆっくりと手を滑らせた。スーッとつっかえることもなく指が亜麻色の海を泳いでいく。

 背中越しにトキの顔を伺うと気持ちよさそうに目を細めていた。よく手入れされたトキの髪は触っている側としても心地いい。手櫛で髪を梳きながら、時折彼女の頭を撫でる──これが彼女から要求されたご褒美・・・だった。

 髪は女の命というし、こんなに無造作に触ってもいいものだろうか。そんな葛藤は「先生は私の特別な方、ですから」という言葉とともにトキによって既に一蹴されてしまっていた。

 

「──……まぁ、形はどうあれ甘えてくれるようになったのは喜ばしいことかな」

「別に、甘えているわけではありません。常に最善の状態を保つこと、それがC&Cの名に相応しいメイドの在り方ですから。私にとって、先生にこうして頂くことが整備と同じ効果を持つ、ただそれだけです」

「はいはい。そんなこと言って、ふにゃふにゃになっているけど大丈夫?」

「心配無用です。私は最高のエージェントですから…………ぁふ」

 

 キリッと表情を引き締めて、またふにゃっと緩む。トキにとって、ここが居心地のいい空間であることは私にとっても嬉しいことだった。突然居場所をなくした彼女にとってそういう場所はひとつでもあった方がいい。

 

 ──あとはもう少し常識をつけてくれたら言うことはないのだけれど。

 

 本来であれば年頃の女の子がこうして成人男性とくっついていること自体に問題があるとは思う。それをトキに伝えても「問題ありません。先生が望むのであれば……そちらの『お世話』も完璧に対応してみせましょう」なんて真顔で言い出すのだから困ったものだ。

 ただでさえ際どい格好をしていて目の毒なのに。気にしないように努めていても、いつの間にか目を奪われてしまう。

 高い位置にある腰から伸びた長くスラッとした脚。際どい鋭角を描く鼠径部。V字に深く切り込まれた衣装は、鼠径部のラインをはっきりと際立たせている。

 大きく露出した肩、ぱっくりと開いた背中はトキの長い髪のおかげで隠れてくれているけれど、隙間からちらりと見える臀部は布地が鋭く食い込んでいて、もはや肌を隠すという役割を放棄していた。

 意識してしまったが最後、じりじりと何かが削れていくような気がする。とはいえこうして信頼してくれている彼女に不快な思いをさせるわけにはいかない、と改めて気合を入れ直した。

 

「──……先生?」

「ああ、いや。大丈夫だよ」

 

 肩越しに不思議そうな顔をしたトキにかぶりを振る。ちらりと目に入ってしまった布面積の少ない胸部のことは、無理やり頭から消した。

 彼女が身動ぎをするたびに擦り付けられる柔らかいおしりも、髪を梳くたびに鼻腔をくすぐる甘美な芳香も、頭を撫でるたびに脳髄を揺さぶってくる甘ったるい声も。頭の外に追いやって、無心でトキを甘やかすことに集中する。

 

「…………?」

 

 何かが気になったのだろうか。トキが首を傾げながら、私の顔と自分の身体の間で交互に視線を動かした。まるでアクアマリンのように蒼く透き通った瞳が、私の心の奥底を見透かすようにジーっと私の目に向けられる。

 トキは表情こそあまり変わらないものの、時折その感情を彼女の瞳が雄弁に語ってくれる。嬉しいことがあったときは瞳の奥が輝いているし、悲しいときは逆に翳りが見える。それなのに、今は彼女の感情が読めなかった。

 無言で見つめてくるトキに内心動揺した私はたまらず声を掛けようとした。同時にトキの瞳が得心したような色を浮かべる。口を開きかけた私を視線で制した彼女が、自分の胸元に指を掛けて────、

 

「ご安心ください。きちんとニップレスを付けておりますので」

 

 何を思ったのか、引っ掛けた指を下ろしてぺろんと布地を捲ってみせた。ぷるんっと弾けるようにまろび出た白いふくらみに目を奪われる。こぼれ落ちた頂には存在を主張するハートがひとつ。

 形よくツンと上向いた半球の中心はぷっくりと盛り上がっている。見てはいけない──なけなしの理性がそう警鐘を鳴らしているけれど、不思議と目を離せなかった。ただひとこと「誤解だ」と言えば済む話だったはずなのに。

 

「その……そこまで凝視されるのは……無敵のバニーガールとはいえ、恥ずかしいのですが……」

 

 表情こそあまり変化はないが、彼女の白い肌はしっとりと汗ばみ、紅潮していた。耳の先まで赤さが伝播している。捲った布地を元に戻せばいいのに、目の前の少女は主人私が良いというまでそのままでいるつもりらしい。

 不安そうに瞳の奥を揺らす彼女の頭を撫でる。着衣の乱れを元に戻すようにお願いすると、瞬きの間に元の状態に戻っていた。

 

「その……ええと」

 

 私とトキの間を気まずい沈黙が奔る。黙ったまま俯いた彼女に何か声を掛けようとしても、さっきまでの光景が網膜に焼き付いてしまった私も、なんだかどきまぎしてしまって口ごもってしまう。

 咄嗟のことでいつものように紳士的な対応ができなかったことが悔やまれる。トキとしても、今まで向けられたことのない劣情の籠った視線を私から向けられたのだ。彼女の動揺は計り知れない。

 ヘイローを持たない身である私は膂力ではトキに大きく劣っている。ここで彼女に突き飛ばされたら軽いケガどころでは済まないだろうけど、それもやむを得ないことだろう。

 

「申し訳ありません、先生……先生になら、見られても平気だと……そう、思ったのですが……何故か身体が硬直してしまい……体温も上昇していて、私の中で初めての感情が渦巻いているのです」

 

 覚悟を決めた私に向かってポツリとトキの口から戸惑うような囁きが零れ落ちた。赤くなった頬を抑え、何かが溢れ出てしまうのを堪えるように身を縮めている。

 

「先生以外の男性に見られるのは抵抗があります。ですが、先生相手には見られてもよいと。そう思ったのです。ただ……それと同時に見られたくない、という気持ちも私の中に存在しています」

 

 自分の中で生まれた感情に困惑の色を深めるトキを黙って見守る。余計な口を挟むことで彼女の妨げになりたくはなかった。

 その結果として、先生自分にとって好ましくない事態になったとしても。それを見守ることが私の使命であると、そう思っていた。

 ──思えばこの時点で、私の答えは決まっていたのかもしれない。

 

「困ったことに……もっと見てほしい──そんな感情さえ、私の中にあるようです」

 

 トキがぐるりと身体を反転させる。膝の上に座る彼女と向かい合うような体勢。

 彼女の鮮やかな蒼い瞳が私の身体を椅子へと縫い付けた。

 

「どうしてそのように感じるのか、自分でも分かりません。先生なら……この感情の正体を、ご存知でしょうか?」

「トキ、それは…………」

 

 トキが私との距離を詰める。息が触れ合うような近さで、彼女の細い手が私の頬に添えられた。瞳の奥はまだ、ゆらゆらと揺れている。

 ある種の確信をもって、私は口を開いた。生徒を教え導くのが先生私の職務だ。そのことに対しては疑う余地はない。ただ、これは……? 今この瞬間、彼女にその感情の正体を明かしてしまうことで、彼女の感情を決めつけてしまったら……?

 それが呪詛のように彼女の行動を縛り付けてしまう。そんな恐れからか、私の言葉は喉の奥に張り付いたまま離れてはくれなかった。

 

「いえ……本当は、わかっていたのかもしれません」

 

 言葉に詰まった私を慈しむかのように、トキがふわりと表情をやわらげた。初めて見る彼女の表情。不覚にも、私はそれに目を奪われてしまった。

 彼女の腕が背中に回される。ぎゅっと押し付けられた彼女の柔らかさの中に大きく響く彼女の鼓動を感じた。ゆるゆると近づいてくる彼女の顔。

 爛爛とした瞳には、はっきりとした感情が灯っている。彼女の中ではっきりと正体を現した感情が籠められていた。

 

「先生……先生は私にとって特別な方です。どうか……私と同じだけの感情を、私に返して頂けますか……?」

 

 トキがそっと瞼を閉じる。触れ合う直前で動きを止めた。長い睫毛が緊張に震え、背中に回された手はぎゅっと握られている。伝わってくる不規則な鼓動。それら全てが彼女の不安と期待を雄弁に語っていた。

 

「トキ」

「先生……私をずっとおそばに置いてください……私のことを、おそばで、見守っていてください……」

 

 ぎゅっとしがみ付くように。何かに捕まっていないと不安で仕方ないかのように。そんな可愛い教え子を、私はしっかりと抱きしめ返した。

 ビクリと肩を震わす彼女に優しく唇を落とす。触れ合うだけの口づけ。そこに全ての想いを込めた。

 

「…………ん」

 

 瞬きの間の逢瀬だった。いや、私たちからしたら永遠にも感じるくらい永い時間のできごとだったのかもしれない。

 これまでの想いを吐露するように、小さく開かれた彼女の口から熱く湿った吐息が漏れる。触れたら火傷してしまいそうな熱さだった。

 

「『好き』というのは……こういうこと、なのですね」

 

 そう言って頬を綻ばせた彼女の相貌は……『無敵のバニーガール』の名に恥じない艶やかな笑みを浮かべていた。

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