異世界歴1939年2月15日
日本とクワトイネ、クイラ王国で国交が締結されてすぐに日本企業と日本政府が両国の市場に参加しようとした。
結論失敗した、そもそも日本の大型船舶や飛行機が着陸できる土地が中世レベルの文明であるクワトイネやクイラになかったのである
日本政府は一刻も早く食料や資源を国内に受け入れ、安定させたかった。そこで強硬手段に出ることにした、まず輸送艦をクワトイネの沖に配置し、そこからヘリコプターで物資を分けて大量に輸送。急ピッチで飛行場や簡易港を作り上げたのだ。そこから小規模、中規模と急拡大させやっと貿易ができるほどになったのである、実にここまで半月である。日本政府がどれだけ本気だったかがうかがえる。
クワトイネ公国マイハーク港
そこにカナタや日本の外交団が集まっていた
「これより入港式を始めます」
カナタが日本製のマイクで宣言し、場が沸き上がる
クワトイネに初めて貿易船がやってくることを受けカナタが企画するしたものである
遠くから徐々に巨大な船影が見え始め、数分もすれば日本・クワトイネ両国の国旗を靡かせていることが伺える
「壮観だ…」
誰かが言った。慣れていれば何の変哲もないただの貨物船、しかしこの世界の住民、ましてや第3世界の住民にとって通常なら3度生き返っても見ることのなかったであろうものなのである。
さて、その初の貨物船が汽笛を鳴らし港に入港する、ボーっという重低音に皆顔をしかめたが豪勢な日本の音楽隊(外交団とともに政府が派遣した)が音楽を奏で始め、船から船員が出てくると場はすぐに狂乱と言っていいほどの熱狂に包まれた。人が多すぎて貨物の輸送が滞るなど、思いがけなこともあったが無事に貿易が完了し日本に向けて農産物などを積み出港していった。
日本はクワトイネ、カナタ両国と国交を結んだ直後に技術流出防止法を設立し1924年より最近の技術の外国への流出を禁止した。だが中世レベルのクワトイネ・クイラにとって明治期の技術でも十分すぎるものであった。
ちなみに入港式から半年ほどは貨物船のボーという汽笛に子供たちが大声でボーと返す遊びが流行っていたとか
異世界歴1939年4月15日
クワトイネロウリア国境
貿易開始からおよそ2ヶ月、前からきな臭くはあったが最近はさらにその重さを増してきた。
つい先日も国境近くの村では小競り合いと略奪があったとか
今日も国境近くの要塞都市リムでは防衛隊がロウリア方面を監視していた。
「今日も暇だな、ロウリアの連中さえ来なければ」
「あぁ、この前も緊急徴収されたっけな…、結局何もなかったが」
「まぁ何も無いに越したことはないが、深夜に起こすことはないだろー」
そんな雑談を繰り返していると、ふと遠くに砂ぼこりが見えた気がした
「なんだあれ?」
双眼鏡を覗いて一人が固まる
「なんだ?動物の大群でもいたのか?」
「て、て………敵襲だ!!!」
この日、クワトイネ国境リムの町へのロウリア王国軍襲来と他の城塞都市でも同じ報告が公国政府へ通達された